0201:月下美人





「あのガキ…死んでなかったのか?!」
青年、夜神月は考える。ここは森の中、福島県。あの後、月は脇目も振らずに…とはいえ、警戒は怠らぬまま、南下していた。
何故、森の中なのか。それは、自身の安全のため。町の中では、殺人者に襲われる可能性がある。
何故なら、殺しをしたくてたまらないような連中は、少しでも人の集まる場所に向かおうとするだろうから。
それでも、森の中にいるようなヤツは、何かの目的を持っていると考えていい。
先程は向こう見ずなガキのせいで交渉は決裂したが、自分ひとりなら、目的を持った殺人者の一人や二人、何とでも切り抜けてみせる。
森の中にいる一般人は、きっと自分と同じように誰かから逃れてきた人物の可能性が高い。
それを狙った殺人者が森の中にいることも考えたが…確率の問題だ。
少し頭を働かせれば、獲物の数が多いほうへと向かうに決まっている。獲物の分母の問題。
このような頭を働かすことが出来ない馬鹿は、早々に脱落していく。
あの、火口のように。

「クソッ、悪運だけは強い…」
月は考える。あのガキ、イヴが生き残っていたらどう思うか。
半死半生の傷を負っているはずだが…翼が生えたりするような女だ。もしかしたら、 生命力も異常なのかもしれない…
目が覚めたらどう思うか。そこに居るのは彼女一人。あの雪女は水になって消えてしまった。
ならば、彼女は自分が裏切られたと感じるだろうか。

「いや、それはないな」
あのガキが馬鹿でも、あの惨劇は自分の先走りが招いたものだとは理解できるはずだ。
夜神月は悲劇に心を痛めながら、涙を噛み殺し、使えるものを回収して、先を急いだ。
そう言いくるめることは十分に可能。

と、そこで。夜神月は気付いた。誰かが自分の行く手に居る、ということに。

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(カズキ…カズキ…カズキカズキカズキ…キミは一体何処に居るんだ!?)

「カズキィッ!キミはここに居るのか!!」

少女、津村斗貴子は焦燥感に苛まれていた。先程の放送。14人の犠牲者。呼ばれた名、防人衛
戦士長が殺された。人間離れした身体能力を持つ、あの戦士長が。折れることの無い正義を持つ、あの戦士長が。

斗貴子には、戦士長が負けるなどとは想像し難かった。
斗貴子には、その放送を聴いて、武藤カズキがとてつもなく深く傷つく、ということは想像するまでも無かった。

早く、早く会いたい。先程の、頭の無い死体がリフレインする。
もし、あれがカズキだったら…と思うと。まるで、身が引き裂かれるような想いを振り払うように、彼女は進む。
群馬県には居なかった。長野県では死体を見つけた。なら、ここ、福島では…?
身が引き裂かれるような想いを振り払うように、彼女は進む。

そして。行く手に誰かが居る、ということに気付くと同時に。一つの声が響いた。

                    「唸れ、真空の斧」

                     ――突風――

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(さて、初手は上手くいったな)
青年、夜神月は駆ける。木々の合間を縫って。目の前の、突風に服をはためかせ、白い下着を覗かせている少女に向かって。

だが、目の前の少女は微塵も臆することも無く、燃えるような瞳でこちらを睨みつけると同時に、片手に下げていた散弾銃を容赦なく発砲してきた。

だが、それも月の想定の範囲内。このような障害物の多い場。
相手の射線上に立たないよう、立っても常に間に障害物を挟むようにしていれば、簡単に被弾することは無いはず。

月は駆ける。駆ける。蛇行しながら。かつ、一直線に。目の前の少女に向かって。炸裂音と共に、踊るように。
…まるで、誰かの心に滑り込むかのように。そして。

少女が動いた。まるで、爆発するかのような気合とともに。爆風のような瞬発力を用いて。
散弾銃を放ると、鞘に入った剣とともに、凄まじい勢いで疾駆する。その様、禍々しきこと、死神の如く。

(散弾銃では捉えられないと踏んで、肉弾戦か)

月はそれに応じるように、斧を構える。が、実力の差は歴然。身体能力ではなくそれは、ただ単に踏んできた場数の差。

月が次に言葉を発したのは、首筋に冷たい剣の鞘を押し当てられたとき。

…これも、月の想定の範囲内。

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月の計画。今回は、頼りがいのある人物だと思われるわけには行かない。
何故なら、今、自分は三人分の食糧を持っているから。傷を負っていないから。目の前の少女のほうが、自分よりも実力を持っているから。
他人の食糧を手に入れる手段は二つ。奪うか、与えられる。奪うには、相手を圧倒できる力か、確実に逃げ切る速さが必須。
どちらも自分には無い。そして、眼前の少女も、それはすでに察知しているはず。
ならば、与えられる。これも不可能。このような命を懸けた場で、他人に施すような馬鹿は考えにくい。
そして、自分が施しを受けるような、納得に足る理由も思いつけない。
施しを受けたのに、施しを与えた当人が、自分と一緒に行動していないというのも不自然に過ぎる。
何か、自分と同行できない理由が出来た?その理由を即興で考えても、情報が足りない以上、どうしても後々違和感が生じてくるのは確実。
ならば。

 最初の計画通り、自分は化け物に仲間を殺された。情けなく、哀れな存在。
そして力がないため、誰も護ることができないという無力感を噛み締めている男。
錯乱し、誰かを襲ってしまった、護るべき人間。このように振舞うのが最善。
そして、相手に同行を頼むか、最悪でも、相手から何か武器を入手しておきたい。

(欲を言えば、そのショットガンが欲しいんだがな…)

 流石にそれは望みすぎだろう。そう自分に結論付け、月は言葉を発する。眼光鋭く、こちらを圧する少女に向けて。

「すみません…仲間を殺されてしまい…気が動転していたんです」
「仲間を…殺された?」
「えぇ。黒い格好をした殺人鬼が襲ってきて。あっという間に…」
「それなら、何故キミは生きている?見たところ、たいした怪我も無いようだが…」
「それは…情けない話ですが、僕は隠れていたんです。最初から、最後まで、何も、何も、できずに…」

演技は一流。斗貴子はさして疑うことも無く、月の言葉を受け入れる。
この青年はダメだ…という言葉が浮かぶが、このような殺し合いの場に突然放り込まれれば、それも当然のことだろうと思い直す。
改めて、主催者達に対する怒りが込み上げる。この青年も、ただの一般人ではないか!
平和な生活を、誰かの幸せを、このような形で奪うこと。決して、許されることではない、悪魔の所業。
斗貴子の闘志が、さらに燃え上がる。黒く、熱く。

「無作法なのは承知で、お願いします。貴方は強い。どうか、僕に力を貸していただけませんか?」
月は斗貴子を見つめる。真摯な瞳で。一点の曇りも無い眼差しで。
「貴方に会えたのも、何かの運命だと思うんです。僕は、僕は…仮にも警察官を目指すものとして、このゲームを止めたい!!」
それは、迫真の演技。それを受けて、夜神月に対して抱いていた印象は、

(この青年はダメだ…)

から、

(この青年は、正しい資質を秘めている…)

へと、180度転換した。これも、月の演技力の賜物か。その様子を鋭敏に嗅ぎ取り、月はその場に荷物を広げる。

「これが、今の僕の手の内、いや、僕と仲間の全てです」

その場に広げられたもの、それは三人分の食糧。共通の支給品。そして、真空の斧。
アピールするのは、自分が相手を無条件で信用しているということ。
この少女は、直情径行型、ならば、このような方法が一番効果的なはず。
それが、月の計算。だが、斗貴子から帰ってきた返答は、月の想定の範囲外の言葉で。

「待て、キミのポケットに入っているものは一体なんだ?」
…子供用の下着。

(ク、忘れていた…)
刹那、月の心に動揺が奔る。斗貴子はそれに気付くことなく、無造作に月の上着のポケットをまさぐる。
それは、子供用の下着。しかも女性用だ。どう見ても、目の前の青年の所有物とは思えない。
蝶々仮面を被ったホムンクルスの姿が脳裏をよぎるが、目の前の青年からは、そのホムンクルスのような危うさは感じ取れない。
…感じ取れないからこそ、性質が悪いのかもしれないが。だが、一旦その想像を思考から外し、他の可能性を考える。

(彼は支給品を仲間の死体から集めてきたといった。だが、それは難しい。死体があるということは、殺害者が居るということ。
そして、殺害者は、往々にして略奪者でもある。食料品、支給品に手もつけずに去る略奪者が居るものか)

斗貴子の脳裏に浮かぶ情景は。誰も居ない森の中、動かない少女の亡骸から、そっと下着を抜き取る痩身の青年、夜神月の姿。
変質者に対して、ある程度の耐性は持っているつもりだった彼女の心にも、悪寒が走る。知らず、剣にも力が篭もる。
だが、彼は警察官を志しているという。

どう見ても犯罪者です。本当にありがとうございました。

一瞬、脳裏をよぎった謎のフレーズを振り払い、斗貴子は月に対して抱いていた印象を訂正する。

(この青年はダメだ…)

から、

(この青年は、正しい資質を秘めている…)

に。そして、


(…コイツは、もうダメだ。)

へと。

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(参ったな…あのガキ、つくづく疫病神だったんだな)
目の前の少女の雰囲気の変化を感じ取り、月は内心でそう独りごちる。
忘れていた、あのガキが生きているということに気を取られすぎて。
先程までは、自分の思惑通りに事が進んでいたというのに。

まず、少女が独り、怯える風も見せずに歩いていたことで、相手の実力を察した。
カズキという名を呼んでいた時点で、無差別な殺人者の可能性は低いと踏んだ。
そして、人探しをしている以上、何の情報もこちらから引き出さずに殺す確率は低いと考察した。
一度会話の切欠を作り出せば、懐柔は容易…そう考えていた。
しかし。これは、明らかに自分の失策、だが、挽回できぬものではない。

「それは…僕の仲間のものです」
月が苦しげに漏らした言葉に、斗貴子は我に帰る。が、何故仲間の下着をこの青年が後生大事に抱えているのか。
「今まであったことを、少し話してもいいでしょうか…」

月は語る。これまであったことを。一片の嘘を交えることも無く。決して全てを語ることは無く。
語り終える頃には、斗貴子から感じていた、先ほどまでの警戒心は幾分薄らいでいた。決して消えてはいなかったが。
…何故仲間の下着を後生大事に抱えているのか。

「可笑しいでしょう…でも、捨てられないんです。まるで、自分に対する戒めのような気がして。仲間のことを想うと、どうしても…」
仲間のことを思うなら、処分したほうがいいのではないか…そう思いながらも斗貴子は先を促す。
世の中には色々な変態がいる、そう感慨にふけりながら。
(クソッ、これじゃ、もう簡単にこの下着を処分するわけにはいかなくなった!)
月は、内心、臍をかみながら。

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しばらくの休息。そして情報の交換。
月が得た情報は、三つ。
目の前の少女には、探し人がいるということ。
目の前の少女は、名古屋城に仲間を集めようとしているということ。
そして、この会場には、ホムンクルスと呼ばれる人食いの化け物が潜んでいるということ。
先日までの月なら、まるで信じられないような言葉。だが、今は違う。
(もし、Lがそのホムンクルスとやらと同行していれば、色々とやりやすいんだがな…)
戯れにそんなことを考える。だが、実際その可能性は低いだろう。
ならば、人食いの化け物とやらがLを食い殺してくれることでも祈っておくほうが、まだ可能性がある。
まぁ、考えても詮無いことではあるが。

 月の思惑。少女の思慕。全てを飲み込み、森は、ただ佇んでいる…





【福島県南西部/日中】

【津村斗貴子@武装練金】
 [状態]:健康
 [装備]:ダイの剣@ダイの大冒険、ショットガン、リーダーバッヂ@世紀末リーダー伝たけし!
 [道具]:荷物一式(食料・水、四人分)、ワルサーP38
 [思考]1:人を探す(カズキ・ダイの情報を持つ者を優先)
    2:ゲームに乗った冷酷な者を倒す
    3:午後六時までには名古屋城に戻る

【夜神月@DEATHNOTE】
 [状態]健康
 [装備]真空の斧@ダイの大冒険
 [道具]荷物一式×3 (三食分を消費)
 [思考]1:目の前の少女との交渉。名古屋城にいくかを決断する。
    2:弥海砂の捜索。南下。
    3:使えそうな人物との接触
    4:竜崎(L)を始末し、ゲームから生き残る


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181:月は隠れて、消えはせず 夜神月 218:筋の通し方
174:焔に焦がす眼 津村斗貴子 218:筋の通し方

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最終更新:2024年03月10日 00:42