0218:筋の通し方





「おい、友情マン
先を行く連れに投げ掛ける桑原和真の声に満ちる、不満と怒りの色。
僅かとはいえ行動を共にした仲間――ガラの死を確認してから幾らか時間が経過し、
真上だった太陽は僅かばかり西のほうへ傾き始めていた。
大小二つの影。其の間には、先程までは在り得なかった――数mの距離。
急ぎ足の友情マンに、桑原は何度も声を掛けるが、彼は答えようとしない――唯、先を急ぐと。

「黙ってねえで返事ぐれえしたらどーだってんだ、ああん?」
つと。遂に我慢の限界に達し、桑原は足を止める。
元より人相の悪い顔には深い深い皺が刻まれ、今にも彼の身に般若が降臨しそうでさえある。
後ろを歩いていた足音が止まった事を感じ、友情マンも仕方なく、立ち止まった。
神妙な顔をして振り向き、
「なんだい桑原君。先を急ぐと言ったろう。まさかもう疲れたなんてこ――」
「ヤツは海側だと言った筈だぜ」
殺気だった桑原の気を解すために、可能な限り柔らかに語りかけた友情マンの言葉が、
全て吐き切る前に中断させられる。彼は、海の方角を見ていた。二人が歩くのとは、逆の方。

――ガラを殺した相手"ブチャラティ"
おかっぱの外国野郎の後を追い、殺されたガラの仇を討つ。其れが二人の行動方針だった筈だ。
桑原和真には優れた霊感がある。彼の目は霊の位置を感じ、彼の鼻は死の匂いを嗅ぎ分ける。
桑原和真は頭も人相も悪く、お調子者で、乱暴で下品である。然し――情に厚い男だ。
一時とはいえ仲間であったガラを殺害した"ブチャラティ"を許すことなど断じて不可能。
死んだガラの残り香を追えば、必ずや"ブチャラティ"に辿り付く筈だ。それなのに――

「俺は馬鹿な不良で地図も大して読めねえが、山と海との違いぐれえ分かる。
 生い茂る林、坂道、木の香り。こっちは山側だ。
 もう一度言うぜ、友情マン

山程の不良が、ヤクザさえもが恐れを成して逃げ出す眼光がハート型の顔を、射抜く。

「ヤツは海側だ」

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ドスをきかせた声が耳に響く。
提案なんて生易しいものではない。募る不満と怒りから生じた、静かな脅迫だった。
(……参ったな。コレだから頭の悪い不良は困る。)
表面上は神妙そうな表情を作っておきながら、友情マンは思い通りに動かない桑原に憤りを感じていた。
無論、友情マンとて可能なら"ブチャラティ"を討っておきたいという気持ちもある。
ガラとの戦闘で確実に安くない傷を負っている筈であるし、単独であることまで分かっている。
負傷者に、此方は二人。単純に考えれば勝率はかなり高い筈だ。然し――如何しても気になることがある。
(何故、"ブチャラティ"はガラ君の斬魄刀を"持っていかなかった"のだろうか?)
ガラの死体は焼き焦げ、殴打され、右腕が失われていた。そして傍らに残された"斬魄刀"。
――不思議な話だ。このゲームの参加者であれば、武器を持っていかない筈はない。
"ブチャラティ"が参加者を殺すほどゲームに乗った者であれば尚更だ。
故に、斬魄刀が残された理由は幾つかに限定される。

1.使えなかった
――刀を使いこなす自信がなかった。
然し、刀は鎖鎌やトンファーなどの扱いの難しい武器ではない。
突き刺し、殴りつけるぐらいなら素人でも扱える筈だ。素手であるより安心を得られるのでは?
多少使う自信がないからといって放置するだろうか?"一応"持って行こうと考えるのが自然じゃないか?

2.拾う時間がなかった
――ガラの仲間が到着するのを察知し、拾っていては追いつかれると感じた。
ガラの死後、自分達は直ぐに到着したのだから、或いは単純に拾う暇がなかったのかもしれない。
"ブチャラティ"はガラの武器を狙って襲撃してきたが、思わぬ反撃に遭い傷を負った。
其れでも何とかガラを倒し、武器を拾って逃げようとしたところに友情マン達の到着を感じ――
いや。一見正解のようだが、これはこれで不可解なのだ。
"ブチャラティ"は如何なる理由か、"ガラの右腕を持ち逃げしている"
――右腕を拾う暇があるのに、刀を拾う暇がなかった? そんな馬鹿な。

("ブチャラティ"には十分時間はあった。敢えて、"斬魄刀を置き去りにしたのだ")

そう友情マンは結論付ける。となれば、斬魄刀が残された真の理由は何か?

3.必要なかった。
――簡単だ。必要なかったのだ。
見たところヤツは少なくとも2名の参加者の死に遭遇している。
両方が女性で、そして彼女らは武器を持っていなかった――誰かに武器を奪われた。
これらの事実から友情マンは思考する。
"ブチャラティ"は斬魄刀を必要としない程強力な武器を備えているのではないか?
ガラの死体は焼け焦げた痕があった。火炎放射?レーザー砲? 何にしろ厄介だ。
相手の武器が分からないのに向かって行っては、勝利はするだろうが、手痛い反撃も貰うだろう。
二度目の放送によれば、今度の死者は14名。未だ100名近く残っている。

(――勝ち残ることを考えれば、今はまだ戦いを避けるべきだ)

青森付近には例の緑の殺戮者も居る。"ブチャラティ"と相打ちになってくれるかもしれないのだ。
初めからガラは"捨て駒"だった。彼は盤上から取り除かれたが、代わりに自分は無傷だ。役に立った。
今、情に流され、残った桑原という駒まで失うべきではない、大勢を見失うべきではない――


そう考え、友情マンは"ブチャラティ"を探す振りをしながら、南下していたのだったが。
福島に辿り付いた辺りで、遂に誤魔化し続けるのにも限界が来たのだった。

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一つ、息を吐き、友情マンは口火を切った。
「……嘘を言ってすまなかった」
「嘘ォ? おい友情マン、そりゃあどういう……」

一気に詰め寄ると友情マンの胸倉を掴み、力を込めて持ち上げる。桑原の苛々の臨界点は突破する寸前だった。
友情マンは隠してさえいるが、本来は兄である勝利マンと同等近くの実力を持つ。
たかが人間の桑原の手を振り払うことなど造作もない。だが今は桑原の成すがままに任せた。
――相手は単純馬鹿な不良青年だ。押せば押し返す。叩けば叩き返す。寛容こそが、手綱を取るに必要。

「確かに今、私達は"ブチャラティ"を追ってはいない。寧ろ離れつつある、けれどそれは……」
「何だとォ?テメー友情マン、迷ったとかじゃなあなく、判っててやってやがったのか?
 くッ……何でテメェ!理由を聞かせろ!返答次第じゃただじゃすませねえ!」

意気消沈したように顔を背ける友情マンの表面上の真意を耳にし、
桑原は声を荒げ、自分よりは小さな身体をがくがくと力任せに振り回す。呼吸が遮られ、苦しそうに呻く。
「ごふっ…… 私は……怖かったんだ。どうしようもなく怖かったんだ」
「ああ?怖いだあ? テメェ友情マン、今更何くだらねェこと言ってやが――」
「だってあのガラ君が……ガラ君を殺せるような相手だよ? 確かに桑原君は強いから仇討ちも可能かもしれない。
 けれど、如何しても考えてしまうんだ――私のことじゃあない。桑原君が」
大きな瞳を潤ませ、桑原和馬の瞳を覗き込む。静寂が二人を包み、時間が止まるような気がした。
「桑原君まで居なくなっちゃったら、私は……こんな狂ったゲームに一人、如何したらいいのか……うう」
胸倉を乱暴に掴まれ、動きを拘束されながら、空を見据えた友情マンの瞳からは一筋、涙が零れていた。

友情マン、テメェ……」
湿っぽい場の空気に耐え切れず、渋々桑原も腕の力を抜く。
頭は悪いが、彼も愚かではない。ガラの仇を討ち、無念を晴らす。けれど其の先に何がある?
ガラは我が身を犠牲にしてまで、自分達を生かしてくれた。ならばこの命を大切にするべきなのではないか。
先ずは幽助達と合流し、仲間を増やし、主催者達をぶちのめす。目先の感情に囚われてばかりいては駄目だ。
分かってはいる。頭では分かっているのだが――


――難しいこと考えんな。らしくねェな、桑原のクセによ?


「浦飯………… くッ」
乱暴に友情マンを突き飛ばし、頭をかきむしる。苛々する。脳裏を過ぎるのは、けして友とは呼べぬ男の笑顔。
「桑原君………」
作戦は上手く行った。桑原和真はステレオタイプの不良。泣き落としは有効である。実際、効果覿面だ。
誤解した友情マンは駆け寄ろうとし――

「触ンな!!」
――腕を振り払われた。

「え……?」何が起こったのか友情マンは直ぐには理解出来ない。ただ、呆然。
何とも言えぬ友情マンの瞳を見て初めて、桑原ははっと我に返る。
力任せに動いたせいか感情の昂ぶりは幾らか治まった。途端、とんでもないことをしてしまった気になる。
「…………悪い。
 友情マンはオレのこと、心配してくれたんだよなぁ。分かっちゃいる、分かっちゃいるんだ……だがよぉ」
膝を折り頭を抱え、地面に座り込む。ガラは気のイイ男だった。僅かばかりしか行動を共にしなかったが、"仲間"だった。
友情マンは優しく、親切で、頼りがいもある。偽りの正義の味方の本性を知らぬ桑原は少なくともそう信じている。
ガラが仲間なら、友情マンも仲間だ。自分の感情一つで、無理をさせるわけにもいかない――けれど。

「浦飯なら……浦飯の野郎なら、逃げ回ったりしねえ」
「え…?」

気にいらねえヤツはぶん殴る。浦飯幽助は単純明快な阿呆だ。けれど、其の分かり易さには好感を持っていた。
最高に毛嫌いしていた馬鹿の顔が、脳裏に貼り付いて離れなかった。


――なんだ逃げんのかよ桑原。なっさけねえなあ?


何処かで生きている幽助の顔は、不甲斐ない桑原を嘲笑い、舌を出し、あろう事か尻まで叩いて――

「ちっきしょうがっ!色々考えるのはもう止めだ!あの馬鹿に笑われることだけは耐えられねえ!
 ――悪いが友情マン。オレはやっぱり、"ブチャラティ"を追う」

すっくと立ち上がった彼の真摯な瞳。見据えるはただ、ギャングの待つ海。
多少は聞いていたが、浦飯の人間性も、桑原との関係性も詳しくは知らない友情マンには全て唐突なことに思えた。
全くこれだから、単細胞は扱いに困る――此処で彼に逃げられては堪らない。慌てて腕を取ると、
「待ってよ桑原君!
 相手は怪我人だ。何も君が相手をすることはないじゃないか!ほっとけば間違いなく死んじゃうよ。
 君があの"ブチャラティ"に構ってる間にも、君の友達――浦飯君と飛影君は、苦しんでるかもしれないんだよ」

咄嗟に彼の仲間の名を出し、引き止めようと画策する。零した"浦飯"は桑原の友の名だった筈。
桑原和真は情に脆い、自分の安全では思い留まらせることが出来なくても、旧知の知り合いの安全ならば――

「それこそ心配いらねえ」

完全に逆効果だった。幽助と飛影が自分の不在のために、怯え竦む?――想像する方が難しい。

「あの馬鹿どもは、馬鹿だが、この程度の逆境に負ける程の弱虫じゃあねえ。
 寧ろ嬉々として楽しんでやがる場面の方が思い浮かぶぜ――洒落にならねえな。何人か殺しちまったかもしれん。特に飛影。
 まあ、俺が早めに行って止めてやらねえと、暴れすぎちまうかもしれねえって心配はあるが」

冗談のつもりだった。然し冗談になってないことに気が付いて青褪める。
学ランのポケットに手を無造作に突っ込み、

「何にしてもオレの意志は固ェぜ。ガラの仇はきちんとオレが始末をつける。
 心配すんな。別に一緒に来いたァ言わねえよ。好きにするといい。

 ――テメエとは短い縁だったが、親切さには救われたぜ。あばよ、友情マン

言いたいことだけ告げれば、もう足早に歩き始めている。
桑原の目には、最早殺人鬼"ブチャラティ"の姿しか映っていなかった。ヤツはオレが、ぶちのめす。

思わぬ事態に桑原の背を睨みつけながら、友情マンは即座に損得を勘定し、天秤に掛ける。
彼を追えば、強力なマーダーと戦う可能性がある。けれど、彼の友人の強力な仲間と友達になれる。
彼を見送れば、一先ずは戦闘を避けられる。けれど、新たに自分を守ってくれる友達を探さなければならない。
――正解はどっちだ? 両方に損があり、両方に利がある。慎重に事を進めなければならない。

友情マンの脳裏に浮かんだのは、血に染まる貫手。ペドロ・カズマイヤー。最初の犠牲者。背を向けた桑原。





――殺すのもありかな。





そうすれば"ブチャラティ"を追わずに済む。
彼の友達には、彼が如何に残忍に殺されたかを吹き込もう。きっとコイツと同じ単純馬鹿だ。
仇を討つとか言い出して上手い具合に操れるに違いない。どうせ此処で分かれるのなら、いっそ――

縮まる二人の距離。殺意の腕が、桑原の背に迫り――――


ずだん!

「武器を持っているなら捨てろ。
 私達はゲームに乗る気はないが、妙な動きをすれば派手にぶちまけて貰うことになる」


放たれたショットガンが足元の地面に突き刺さる。身体を狙わない一撃は、明確な威嚇だ。
振り返った桑原と、そして友情マンの前に現れたのは、顔に傷のある少女。斧を持つ青年。
驚きを隠せない友情マンと桑原に向かい、彼女は言い放った。覚悟を持った一言を。容赦を見せぬ一言を。


「――臓物(ハラワタ)をな」





【福島県南西部/日中】

【偽りの友情】
【友情マン@とっても!ラッキーマン】
 [状態]:健康
 [装備]:遊戯王カード(ブラックマジシャン、ブラックマジシャンガール、千本ナイフ、光の封札剣、落とし穴)@遊戯王
 [道具]:荷物一式、ペドロの荷物一式、食料セット(十数日分、ラーメン類品切れ)、青酸カリ
 [思考]1:新たに現れた者達と交渉し、可能ならば友達になる。桑原殺害未遂に関しては誤魔化す。
    2:強い者と友達になる。ヨーコ優先。
    3:最後の一人になる。

【桑原和真@幽遊白書】
 [状態]:健康、怒りと悲しみ、ブチャラティのいる位置がなんとなく分かる。
 [装備]:斬魄刀
 [道具]:荷物一式
 [思考]1:ブチャラティを追跡、怒りに燃えている。ガラの仇をとる。
    2:ピッコロを倒す仲間を集める。浦飯と飛影を優先。
    3:ゲームを脱出する。

【津村斗貴子@武装練金】
 [状態]健康
 [装備]:ダイの剣@ダイの大冒険、ショットガン、リーダーバッヂ@世紀末リーダー伝たけし!
 [道具]:荷物一式(食料・水、四人分)、ワルサーP38
 [思考]1:人を探す(カズキ・ブラボー・ダイの情報を持つ者を優先)
    2:ゲームに乗った冷酷な者を倒す
    3:午後六時までには名古屋城に戻る
 [備考]:友情マンが桑原を殺害しようとしたのを見たかどうかは、次の作者に任せたいと思います。

【夜神月@DEATHNOTE】
 [状態]健康
 [装備]真空の斧@ダイの大冒険
 [道具]荷物一式×3 (三食分を消費)
 [思考]1:トキコに同行。利用する。
    2:弥海砂の探索。南下。
    3:使えそうな人物との接触
    4:竜崎(L)を始末し、ゲームから生き残る


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172:ブチャラティvsガラ 後編 友情マン 253:Black color stomach ~ encounter ~
172:ブチャラティvsガラ 後編 桑原和真 253:Black color stomach ~ encounter ~
201:月下美人 津村斗貴子 253:Black color stomach ~ encounter ~
201:月下美人 夜神月 253:Black color stomach ~ encounter ~

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最終更新:2024年03月10日 00:37