0306:静夜のシ者(下)(修正版)◆PN..QihBhI





 故人曰く、
『親不知 子はこの浦の波まくら
 越路の磯の あわと消えゆく』

 通称『親不知・子不知』。

 現、西日本旅客鉄道(JR西日本)北陸本線親不知駅周辺のこと。
 北アルプスの北端が、日本海に没する断崖絶壁と、海浜が織りなす雄大な景観である。

 古来より、北陸街道最大の難所として、
 数多の旅人を阻んできたその巨大な断崖絶壁が、
 今、大音響を轟かせて崩壊していた。

 ~~~

「ふっ、ふふふ・・・
 排撃貝は、貴方に当てる為のものではありませんでした」
「な・・・なんだと・・・!?」

 瓦解する岩石と共に、落ちてゆく飛影を尻目に、
 アビゲイルは、魔術『黒鳥嵐鳥』により空に浮かんでいた。

「し、しかしまさか・・・排撃貝の反動が、これ程までとは・・・グふッ」
「罠か・・・!」

 得意気な喋りは、込み上げてきた咽びに中断される。
 右半身が悲鳴を上げている。排撃貝の反動は、予想以上であった。
 しかし、高い代償に見合う価値はあったようだ。

『排撃貝で崖を崩し相手を海に落とす作戦』

 これが、アビゲイルの奥の手だった。
 不測の事態に備え、この場所に到着してから程なく、
 魔術“赤斬光波”にて、周辺の地盤に幾筋かの亀裂を入れてあったのだ。

 そして今、策は成り、飛影は崩壊する絶壁に飲み込まれ、
 瓦礫と共に遥か下、闇の海に消えようとしていた。

 ~~~

「くっ」

 嵌められた。
 無数の岩石と共に落下しながら、飛影は歯軋りをした。
 崩壊を免れた地点に向かい、試みた最後の跳躍も、
 掴もうとした手は、指一寸の差で空を切った。

 届かなかった。
 浮力が失われ、再び落下が始まる。
 落ちながら見渡すが、足場代わりになるような岩石はない。
 完全に、空に投げ出されていた。

 それにしてもアビゲイル。
 恐らく戦いの前から、周到に準備をしていたのだろう。
 予め、後一押しで崖が崩壊するよう仕込んでいたということか。
 遙か下は海面。いくら身軽な自分でも、これ程の高さから落ちれば唯では済まない。
 いや、その前に海へ侵入したと見做され、首輪が爆発するか。思い立ち、飛影は愕然とした。

(こんなものか・・・)

 最早、どうにもならなかった。

 首輪の爆発まで数秒とあるまい。虚しさが、飛影を包み込んでゆく。
 結局、幽助との再戦も叶わず、氷涙石も見つからなかった。
 成したことといえば、怒りに任せて氷女を殺したこと位か。

 そして今、このアビゲイルにも敗北した。
 戦って死ぬ。だが、それは悪くない。

「邪王炎殺拳・最大最強奥義・・・」

 せめて、派手に散ってやるか。
 飛影はありったけの妖気を、その手に集めた。

 ~~~

「トゥイ・ステッド・イントゥホーム 血の聖餐杯よ 還らざる怨霊の罪で満ちよ」

 最後の足掻も想定の範囲内。
 時を同じくして既に、アビゲイルの魔法も完成しようとしていた。
 後数秒。このまま飛影が海に落ち続ければ、自ずと首輪が爆発するはずだった。

 だが、その時を黙して待つような相手でないことは明白であり、
 何より、一刻も早くリンスに治療を施さねばならなかった。
 瞬きの時間すら惜しい。

 飛影の身体には、遠目にも分かる程の凄まじいオーラが漲っていた。
 恐らく、最強の技が放たれるのだろう。まさに正念場だった。だが防ぎ切れば勝つ。

 アビゲイルは精神を研ぎ澄ませ、気合いと共に魔力を放出した。


「 『 封 獄 死 霊 砲 』 」
「 『 炎 殺 黒 龍 波 』 」


 轟く咆哮。巻き起こる怨嗟の大合唱。
 黒龍と邪霊。解き放たれた暗黒の力が、親不知の夜空に激突した。


 『封獄死霊砲(闇属性)』
 邪悪な死霊の怨念を集約して攻撃する呪文。
 その威力は物理的・霊的両方に及び、対象を滅ぼすまでその攻撃は続くこととなる。
 ※BASTARDデータブックP104参照。


 全ては一瞬の出来事であった。

 黒龍が、牙を剥いて迫る。
 何という技だ。と、アビゲイルは舌を巻く。
 触れてはならぬ物に触れたように、邪霊が蹴散らされてゆく。
 禍々しき灼熱の炎。荒削りな部分も、何処かあのD・Sを彷彿とさせるものがある。

(ですが、ここまでですね)

 ふう、と息を吐き、アビゲイルは空中で乱れた髪を直した。
 やはり『格』という点に於いて、アビゲイルの魔力は数段勝っていた。
 『封獄死霊砲』は元来、一つの都市を壊滅に追い込む程の破壊力なのである。

 夜空を埋め尽くす程の邪霊が群がり、包囲し、黒龍に喰らいついてゆく。
 やがて、龍はその執拗な波状攻撃にのた打ち回り、
 遂には断末魔の咆哮を上げ、飛影もろとも崖下に墜落していった。

 ~~~

 凌ぎ切った。

 崖際に着地して、アビゲイルは膝を突いた。
 飛影の生存確認は、次の放送までは一先ず持ち越しである。
 だが万が一爆発を免れても、あの高さから落ちては無事では済むまい。

「ふう、あとはお嬢さん、貴方を・・・」

 一刻も早く、リンスの元へ急がなければ。
 だが意思とは裏腹に、脚が思うように動いてくれない。
 左肩は刀に貫かれ、排撃貝の反動に右半身が軋む。魔力の消耗も限界に近かった。
 朦朧とする意識。その中で、アビゲイルは確かに声を聞いた。

―――立て、アビ公!このヘチマ野郎!

「―――?・・・おやおや、こんな非理論的幻聴が、私にも聞けるとはねえ」

 気がつくと笑っていた。四百年も生きてみるものだ、とつくづく思う。
 不思議なもので、足は前へと動かされていた。

(ふふ、ですが勘違いしないで下さい、ダーク・シュナイダー
 貴方に捧げる為に、お嬢さんを救うのではありませんよ)

 小走りになっていた。リンスの元まであと僅か。
 しかし、アビゲイルはそれ以上進むことが出来なかった。

「どこへ行く。見せたいものはこれからだぞ」
「!!!」

 声。今度は、幻聴ではない。
 振り返ると岸壁に、立つ影があった。馬鹿な、そんなはずはない。

「見えるか、これが黒龍波を極めた者の妖気だ」
「お、おお・・・」

 飛影が、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
 後ずさりながら、アビゲイルははっきりと見た。

 稲妻のように迸る、闇の妖気。
 極限までに濃縮された、漆黒の炎。
 そしてそれを纏う、飛影。

 からからの喉を震わせて、何故、と問う。

「フン、黒龍波は単なる飛び道具じゃない」

 黒龍波を、食ったのだ。そんなことは解っていた。
 それより何故、海に落下していた筈の飛影が目の前にいる。
 周囲に視線を走らせて気が付いた。先の攻防で弾き飛ばされた雷人剣。
 それが見当たらない。まさか、飛影と共に落下したのか。

「はっ・・・!!」
「良い剣だったぜ、足場には勿体なかったがな」

 それでアビゲイルは全てを悟った。
 落下しながら、飛影は雷人剣を手にしたのだ。
 剣を崖に突き刺し、楔代わりにして墜落を免れ、
 更に足場代わりにしてここまで跳躍した。

 まさかそんな偶然が、だが飛影は現実にここにいる。

「さて、そろそろ死ぬか」
「くっ、(お嬢さん申し訳ありません)『衝・・・」

 咄嗟にGIカード『衝突』を発動させようとした刹那、身体が浮き上がった。
 一瞬で距離を詰めた飛影の掌底によって、空中に舞い上げられていたのだ。

「死ね、アビゲイル」

 脳天から、声が聞こえた。
 アビゲイルは観念した。次の攻撃で終わりだろう。
 全身を抉るような苦痛と絶望の中で、死を確信して瞼を閉じた。

 しかし、追撃は来なかった。

 何があったのか。
 目を開き、アビゲイルは信じられない光景を見た。
 飛影の身体を、白い光が包み込んでいた。
 新手の技なのか。しかし飛影の双眸もまた、驚愕に見開かれていた。

 そして、光が消えた時、飛影の姿も消えていた。
 忽然と、跡形も無く。

「まさか」

 突然の消失。
 辛うじて空中で体勢を立て直し、アビゲイルは着地に成功した。
 何が起こったのか、それはすぐに理解できた。

 倒れているリンス。その手に握られていた一枚のカードが、
 蒸発するように虚空に消えた。

 アビゲイルは痛みを忘れて駆け寄った。

 ~~~

 主よ、我が主よ。

 私は、こうしてお嬢さんに救われました。
 守りたいと願いながら、守られていたのは、この私の方でした。
 挙句の果てに、劣勢と見るや、お嬢さんを見捨てて逃亡を図りました。

 皮肉なものです。
 そんな私がおめおめと生き延びて、
 そんな私に救いの手を差し伸べたお嬢さんは、今、主の許に召されんとしています。

 主よ、せめてもの慈悲を、この哀れな子羊に与え給え。
 間も無く御許に参らんとするお嬢さんに、束の間の安らぎを与え給え。

 そして主よ、この愚か者に罰を与え給え。
 十賢者なるものを僭称し、冥界の預言者などと叡智を謳いながら、
 今、このお嬢さんに、掛ける言葉一つも見つけられないでいる、愚か者に。

 主よ、私は無力です。

 ~~~


 静かな夜。波の音だけがはっきりと聞こえる。
 できれば朝日に輝く大海原を、この親不知の断崖から見てみたかった。

「どうやらお嬢さんに、お礼を言わなければならないようですね」

 アビゲイルが血塗れの顔を近づけてきた。とうとうこの顔に、慣れることはなかった。
 こんな時までそんなことを思う自分を、私は心の中で自嘲気味に笑う。

「始めに名乗らせておいて正解でしたよ」

 何か言おうとしたが、もう声が出ない。
 血を流し過ぎてしまったようだ。寒くて堪らない。
 でも、やるだけのことはやったんだ。死ぬのは仕方が無い。
 これでもプロの泥棒だから、最低限の覚悟はしていたつもりだった。

「申し訳ありません。
 最早、私の癒しの呪文でも、お嬢さんを救えないようです」

 そうだろう、と思う。胸に深々と突き刺さっている短剣は、何処から見ても致命傷。
 GIカード『左遷』を発動できたことさえ、今となっては不思議だった。

 それでも楽になった。寒気が、急速に和らいでゆく。
 仄かな光が私を包んでいた。きっとこれもアビゲイルのおかげ。
 胸が熱くなった。もうすぐ死ぬはずの私にも、彼はこうして残された力を使ってくれる。
 でも、無駄なことはしないで。本当は、そう言いたかった。

 重い沈黙が流れる。

 アビゲイルの表情は沈んでいた。
 責めている。痛いほど、自分を責めている。

 伝えたかった。私は、貴方のそんなカオが見たい訳じゃない。
 精一杯守ろうとしてくれたじゃない。そして今も助けようとしてくれている。
 それで充分だよ。

「・・・手を」

 残された力を振り絞って、出てきた言葉はそれだった。
 アビゲイルは驚いた顔をしたが、何も言わずに私の手を取ってくれた。想いを込める。
 絶え間なく響く波の音。どれだけの時をそうしていたのか、やがてアビゲイルの口が開いた。
 今度は打って変わって明るい声で。

「お嬢さんもついてない。
 最後の時を、こんなおじさんの腕の中で迎えることになるとはねえ」

 全くだわ。
 お返事代わりに、私はぎこちない笑顔で応えた。アビゲイルも笑っている。
 気持ちが、どれだけ伝わったのかは分からない。
 でも貴方が微笑ってくれたから、私は胸を張って、ブルマのトコに行けるわ。

 視界が暗くなる。
 さようなら、アビちゃん。ちょっとヘンだけど愉快で優しいオジサマ。
 どうか振り返らないで欲しい。貴方はこんなところで立ち止まってはいけない人。
 この狂った世界から、みんなを解き放つ希望なのだから。

 P.S. 短い付き合いだったけど、なかなか(?)楽しかったわ。

<リンスレット・ウォーカーの脳内手記・終>



 ~~~



「男の赤子、忌み子、忌み子じゃ」
「百年周期の分裂期に合わせ、男と密通しおったのだ」
「何という汚らわしい、恐ろしい娘じゃ」

 氷女の寿命は限りなく長い。
 百年毎の分裂期に一人の子を産む。誰の力も借りずに。
 子供は正に分身であり全て女である。ただ一つ、男と交わらない限りは。

「男と女の双子など氷河始まって以来のこと」
「長老、如何なされましょう」
「女児は同胞じゃ、しかし男児は忌み子、必ず災いをもたらし氷河を蝕む」

 耳元で騒ぐババア共を、丸焼きにする力くらいならあったかもしれない。

「泪、そなたと氷菜が懇意であったことは知っている。
 だが情けは無用、忌み子によって何人の同胞が殺されたことか、お前も知っておろう」

「情けは無用じゃ」

 生き延びる自信はあった。
 生まれてすぐ生きる目的ができたことが嬉しかった。
 氷河の女を皆殺しにしてやる。

―――またあの夢か。

 木々の狭間から、山並みが覗いていた。
 微かな風が木の葉を揺らして、瞬きをする様に月光が差し込む。

 標識によると、ここは『奈良県』という場所らしい。
 妙な力でここまで飛ばされた後、飛影は手近な木の上に登り、
 幹に背中を預け眠りについた。

 目覚めてから飛影は、そのまま木の上で無為に時を過ごしていた。
 休息は、左程必要ない。傷の手当も、既に施してある。

 ただ、幽助が死んでいた。

 考えられぬことは無い。
 現実に、自分を軽くあしらう程の実力者も存在したのだ。
 所詮は弱肉強食の世界、と理屈では解る。
 だが一方で、目的を削がれた様な虚無に、飛影は襲われていた。

 願わくば、もう一度戦いたかった。
 しかし、過ぎてしまったことは巡り会わせと思うしかなかった。
 共に戦えなかったことが巡り会わせなら、氷女をこの手で殺したことも巡り会わせだ。

 不思議な衝動に駆られ、飛影は眼前を横切る梢を切り飛ばした。
 遮る物が無くなり、雲ひとつない夜空に浮かぶ満月が、臆面も無く飛影を照らす。
 緩やかな風に木々がざわめき、舞い上げられた木の葉が頬を撫でた。

 不意に既視感に襲われた。闇に浮かぶ青白い光。
 いつの間にかこの満月に、氷泪石を重ねていたことに気付く。

 自覚すると共に、さながら渚に打ち寄せる波の如く、
 かつて、忘却の彼方に葬り去られたはずの想いが、飛影の心をさらった。

(故郷は、あれより遠いのか)

 隠密の帰郷。
 追憶に浮かぶのは、氷女共のいじけた眼差し。
 城の裏角、母の朽ちた墓標。厚い雲に覆われた流浪の城は、
 今も魔界の何処かを彷徨っているのだろう。

(フッ、下らんな)

 笑わせるぜ。今更何を考える。
 最早あの場所に、求める物など何も無かろうに。

 小さく苦笑して、飛影は立ち上がった。
 木の上から夜景を臨み、帰らない日々を改めて思う。

 かつて、憎んだ故郷があった。かつて、妙な人間達がいた。
 かつて、この月明かりの如く心の闇を照らす、ささやかな輝きがあった。
 いつの間に握り締めて、いつの間に零れ落ちていたのだろう。
 気が付けば、戦うことだけが残されていた。


―――だが、未練などない。


 巡る想いを断ち切るように、飛影は宙に身を投じた。
 高々と飛翔した自分を、満月が見つめてくる。
 それは、眩しさすら感じさせる程だった。


―――時は、帰らない。


 そのまま、音も無く着地した。
 柔らかな草の感触が足に伝わってくる。

 月明かりに背を向けて、自らの影に眼を落とした。

 闇が呼んでいる。戦いが呼んでいる。
 声なき声に耳を澄ませながら、飛影は歩き始めた。




 ~~~




【富山県宇奈月市(親不知)の岸壁/1日目・真夜中】

【アビゲイル@BASTARD!! -暗黒の破壊神-】
状態:精神力・体力・疲労大、左肩貫通、全身・特に右半身に排撃貝の反動大、無数の裂傷
装備:なし
道具:荷物一式、ブルマの荷物一式、クリリンの荷物一式(食料・水、四日分)、海坊主の荷物一式(食料・水、九日分)
   ドラゴンレーダー@DRAGON BALL、首輪、ディオスクロイ(片方)@BLACK CAT、排撃貝@ONE PIECE
   超神水@DRAGON BALL、ヒル魔のマシンガン@アイシールド21(残弾数は不明)、ベレッタM92(残弾数、予備含め31発)
   衝突・漂流 各一枚@HUNTER×HUNTER、マルス@BLACK CAT、無限刃@るろうに剣心
思考:1.リンスを埋葬する。呵責?
   2.体力回復
   3.首輪をさらに調べる
   4.この場所を拠点とし、ヨーコ達、協力者を探す。
   5.ゲームを脱出


【奈良県/2日目・黎明】

【飛影@幽遊白書】
状態:全身に無数の裂傷(応急処置済み)
装備:なし
道具:荷物一式
思考:1.未定
   2.強いやつを倒す
   3.氷泪石を探す(まず見つかるまいし、無くても構わない)

備考:雷神剣@BASTARD!! -暗黒の破壊神- は親不知の崖に突き刺さっている。
   燐火円礫刀@幽遊白書 は崖の崩壊に巻き込まれ海の藻屑と化した。

【リンスレット・ウォーカー@BLACK CAT 死亡確認】
【残り67人】

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305:静夜のシ者~アビゲイルvs飛影~【上】 飛影 364:狂殺万華鏡
305:静夜のシ者~アビゲイルvs飛影~【上】 リンスレット・ウォーカー 死亡
305:静夜のシ者~アビゲイルvs飛影~【上】 アビゲイル 316:ヘタレ放狼記 ~VSアビゲイル編~

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最終更新:2024年06月29日 17:41