0324:清里高原大炎上戦① 趙公明vsデスマスク





 これは、限りある時間の中で、運命の道標に立ち向かい、
 閃光の如く輝いた者達の、物語だ。


 ―――☆


 吹き荒ぶ風に草原が波立っていた。
 俗に、八ヶ岳おろしと呼ばれるこの地域特有の強風である。
 長野県と山梨県の境界にあるこの高原を、故人は清里高原と名付けた。
 縦横に広がるこの大草原に立つ者がいれば、彼方に八ヶ岳連峰と呼ばれる、
 日本国最高峰の山郡の壮大な連なりを臨む事が出来るだろう。

 しかし、現実にこの景色を愉しめる程、心に余裕がある者はこの場所には居ない。
 誰もがただ、目前に繰り広げられる、途方も無い光景の前に立ち尽くすのみだった。
 言葉を失う仙道と槇村香の横で、デスマスクが呻く様に呟いた。

「と、とんでもねぇ事になっちまったな」

 一瞬の出来事だった。
 見上げる程の巨大な植物が、眼前にそそり立っていた。
 二階建ての建造物程はあろうかという高さ。
 天へ向かい伸びる茎は、どんな千年樹の幹よりも圧倒的に太く、
 縦横に放射状に広がる無数の草葉は、一枚一枚が人一人を優に覆い隠せる程広く、長い。
 これが『妖怪仙人』(動植物・鉱物の化身)の元型、趙公明の真の姿である。

「待て、驚くのは早いぞ。アレを見るのだ」

 太公望の指し示す先を槇村香は見た。
 趙公明の化けた巨大植物の頂点に、これまた巨大な、花の蕾の様なものが蠢いていた。
 やがて花弁が徐々に開き始め、五分咲きを過ぎた辺りで一息に開花した。

 香は息を呑んだ。

 リアルサイズの10倍~20倍はあろうかという大きさの山百合の花が、夜空に咲き誇っていた。
 しかもその花弁には、趙公明自身の場違いな程に爽やかで、且つ濃ゆい顔が、
 これでもかといわんばかりに鮮やかに描かれていたのだ。
 直後、深夜の清里高原に、趙公明の声が大音響で響き渡った。

『 さ あ っ 、 戦 お う じ ゃ あ な い か ! ハ ーー ッ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ 』


 悲鳴が聞こえた。あたしの悲鳴だった。


「さて、帰るか」
「うっす、帰りましょう」
「待てい」

 香の悲鳴が続いている。
 悟ったような表情で揃って踵を返し掛けたデスマスクと仙道の肩を、太公望はむんずと掴んだ。
 帰りたくなるのも無理はない。いや、むしろ自分だって帰りたい。
 しかし、趙公明をこのまま放置しておく危険性は、誰より理解しているつもりだった。
 あらゆる意味でおぞましく、且つ恐ろしい趙公明の元型。
 しかしこの世界の制限の為か、かつての規格外の巨大さはない。

 うねりながら伸びてきた趙公明の触手を、太公望は真空の刃を放ち切り裂いた。
 未だ唖然としている者達を叱咤する。

「たわけが、ボサッとするでない。このまま放って置けばネズミ算式に増え続けるぞ」

 ようやく事態が呑み込めたのか、我に返り身を固くする三者を横目に太公望は考える。
 やはり、収集が付かなくなる前に、何としても決着を付けたい。

「良いか、わしが策を授けよう。心して聞くのだ」

 頷いて、固唾を呑みながら言葉を待つ三名に、太公望は口早に作戦を伝え始める。
 清里高原は、長野県と山梨県に跨っていた。少なくとも、この両県は焦土と化してしまうだろう。
 問題は、被害をそこで喰い止められるかどうか、であった。
 激闘の予感を、太公望は感じていた。


 ――――☆


『 見 給 え 見 給 え 、 こ の 僕 は 更 に 更 に 美 し く 華 麗 に 分 裂 す る 』


 高らかに笑う趙公明の巨大花。
 花から撒き散らされた『種』は、強風にも助けられ、瞬く間に清里高原の大草原に散りゆく。
 大地に落ちた種はとてつもない早さで、地に根を生やし、茎を伸ばし、葉を広げ花を咲かす。
 それらは各々が趙公明の『下僕』とも云える存在で、意思を持つかの様に標的に襲い掛かり、
 また大地の養分を吸収して更に増殖する恐るべき兵器だった。

 既に趙公明の『元型』、巨大花の周辺は『下僕』の密林と化していた。
 本体の位置に近い程、成長も早いという事なのか。

「くっ、きりがねえぜ」
「た、耐えるのだ。これはおぬしにしか出来ぬ事なのだぞ」

 ボロボロの衣服、全身には無数の浅手。確かに仙道や香を守ってやる余裕等無かっただろう。
 絡みつく触手を引き千切り、涎を滴らせた巨大な食虫植物に気孔波を叩き込む。
 棘のある蔦が、鞭のように撓りながら太公望に襲い掛かる。
 それを辛うじて避わした太公望が叫んだ。

「危なっ!ふう、良いか、虎穴に入らずんば虎児を得ず。
 わしらの狙いは『首輪』の着いておる、ヤツの『顔』だ」
「あ、ああ。何度も言うな。解ってるよ、くそっ!」

 太公望の真空刃により足元に散らばった触手を踏み越え、デスマスクは悪態を吐いた。
 趙公明の『核』のある、巨大花を一挙に叩き潰す。それが太公望の作戦だった。
 しかし、密林の中心部まで後10m程、四方を囲む『下僕』達を乗り越えて、
 本体に辿り着く事が出来るのか。 舌打ちしてデスマスクは伸びてきた触手を断ち切った。
 全ては仙道と香の働きに掛かっていた。





 竜の咆哮。鍵爪が一閃し、又一つ趙公明の『下僕』を屠る。
 仙道は、『元型』のある密林から50m程の距離を保ちながら、
 撒き散らされた植物達を各個撃破しつつ、風上に回り込もうとしていた。

 大粒の汗が額に浮かんでいた。細心の注意を払い『真紅眼の黒竜』を操る。
 既に密林に突入したデスマスクと太公望の姿は見えなくなっていた。
 仲間は背後でウソップパウンドを振り回し、生まれかけの『分身』と格闘している香だけだ。

「香さん。オレとこいつ(『真紅眼の黒竜』)から離れないで下さい」
「大丈夫よ仙道くん。あたしの100トンハンマーの威力を知らないな?」

 声を掛けると香は、ハンマーを軽々と振るいながら、得意げに言った。
 蛙が潰れる様な音がした。見ると一体の『下僕』が、押し花の様に真っ平らになっている。
 確か、あれハリボテのハンマーだったよな。と、仙道は香の(怪)力に舌を巻いた。

『元型』から吐き出された『種』は、この風に流され殆どは逆方向に飛んで行った。
 個別に点在する『下僕』も在ったが、単独で来る分には、黒竜と香の敵ではなかった。
 更に風上に移動する。一刻も早く太公望より与えられた策を実行に移さねばならない。

 不意に悲鳴が聞こえた。

 振り返り、仙道は仰天した。
 見落としていたのか、或いは何処かに潜んでいたのか。
 地中から蝿取草に似た巨大な植物が湧き出し、鎌首を擡げ香に襲い掛っていた。
 ひと呑みにされようとしているのにも関わらず、香は一歩も動かない。
 いや、動けないのか。香の右足に蔦らしき物が絡み付いていた。
 愕然とした。間に合わない。『真紅眼の黒竜』の黒炎弾でも、間に合わなかった。





『フフフフフ、キミ達の考えは全てお見通しさ。
 風上に回り込もうとしている人間達には、僕の『下僕』達を幾つか放っておいたよ』

 大音量で趙公明が得意げに告げる。
 隣で奮闘しているデスマスクが、凍りつくのが分かった。
 太公望の耳にも香の悲鳴は届いていた。密林の中心部まであと5m程か。
 苛烈さを増す植物の波状攻撃に、懸命に耐えながら機を待っていた矢先の事だった。
 しかも気が付けば、無数の触手が完全に二人を包囲していた。
 粘着性の触手を揺らめかせ、幾体もの巨大な食虫植物がバリケードさながら、
 二人と巨大花の狭間に立ち塞がっている。デスマスクが荒い息を吐いて言った。

「聞こえたか太公望」
「うむ、不味い事になってきたのう」

 太公望は額の汗を拭った。疲労が圧(の)し掛かる。
 デスマスクの奮闘を盾にさしたる外傷はないが、俄仕込みの真空呪文を連発してきたのだ。

 太公望の真の狙いは即ち『火計』だった。
 デスマスクと太公望が囮となり中心部に進入。
 その間に仙道と香が『分身』の掃討をしていると見せかけ、
 風上に回り込み、『真紅眼の黒竜』にて火を放つ。
 植物は火に弱く、ましてこの風だ。
 成功すれば労せずに趙公明を分身もろとも葬れた筈だった。

 しかし策は看破され、仙道達の消息は知れず。
 更に自分達は視界を埋め尽くす程の触手に包囲されている。

「まさに四面楚歌じゃな。やむを得ぬ、こうなったら第二の策じゃ。ぬ、デスマスク?」

 最早一刻の猶予もならぬ。
 こうなったからには人命が優先。仙道と香を一刻も早く救出せねばならない。
 新たな策を伝えようとして、そこで太公望はデスマスクの異変に気が付いた。





「デスマスク、しっかりせい!」

 迫り来る無数の触手の気配も感じてはいた。太公望の切羽詰った声も耳に入ってはいた。
 冷静さは失っていない。遠隔視の能力で、事態の確認をしていただけだった。

 見えた。仙道と香。
 趙公明の言う通り、二人は食虫植物に囲まれ、今にも捕食されようとしていた。

『デスマスクさん。俺を助けてください』
『デスマスクさんが俺の力になってくれると嬉しいっす』

『OKだ。おめーに付き合うぜ』

 交わした約束を思い出す。
 守ってやると誓った。なのに、側にいてやる事すら叶わない。
 あの誓いは何だったのか、仙道に感じた希望は何だったのか。

「く、来るぞデスマスク!」

 紫龍はこんな気持ちだったのかもしれない。ふとデスマスクは思った。
 かつての十二宮で戦いの最中、紫龍の女(春麗)を、超能力で滝壺に落としてやった事がある。
 あの時の紫龍の絶望と悲しみ表情ときたら、それなりに傑作ではあった。

「ダアホ!動けデスマスク!」

『オレ達はムウに小宇宙の真の意味を語ってもらった。
 究極の小宇宙は第七感(セブンセンシズ)だと。
 人間誰しもが持っている六感を超える能力の事なのだと。
 その意味とは人から人へ教えられるものではなく、
 己自身が戦いの中で自覚し、高めていくものだからだ』

 紫龍の声。デスマスクの脳裏に当時の戦いが甦る。
 その後、豹変した紫龍の逆襲に遭い、無様な敗北を喫した。
 そこまで思い出して、デスマスクは目が覚める様な気持ちになった。

―――フッ、そうか。オレ様はそんな事も忘れていたのか。

『 そ ら っ 、 ア ン ・ ド ゥ ー ・ ト ロ ワ 』
「ギャー(^o^)/」←太公望

 盛大な掛け声と共に、無数の触手が一斉に襲い掛かってくる。
 充分に攻撃を引き付けてから、デスマスクは太公望を突き飛ばした。

 閃光が奔る。

『 ト 、 ト レ ビ ア ー ン 』

 趙公明の声は驚愕に震えていた。
 硝煙を漂わせながら、絡みついていた触手が、ばらばらと地に落ちた。
 敢えて攻撃を一身に受け、その瞬間に小宇宙を爆発させる事で、纏めて焼き尽くしたのだ。

「お、おぬし…」

 尻餅を付き、驚愕の表情の太公望に一瞥をくれて、デスマスクは向き直った。
 今なら分かる。何故、黄金聖衣に見捨てられ、格下の青銅戦士ごときに敗れたのか。
 眼前に聳える巨大花を指差して、デスマスクは静かに言い放った。

「趙公明、お前はこのデスマスク様の逆鱗に触れたぜ」





『ブラボー!マーベラス!最高だよ。
 こんなエレガントな戦いが出来るなんて思わなかったよ』

 巨大花が揺れていた。恍惚とした趙公明の声が響き渡る。
 『元型』の傍らにて、枝を振り回していた大木が、また一本薙ぎ倒された。

 デスマスクの全身を朧気に包む光は何なのか。
 恐らくは、ヤツの中で何かが目覚めたのだろう、と太公望は思った。
 眼前に繰り広げられる桁違いの攻防を横目に、倒れていたウェイバーを立て直す。
 凄まじい速度でデスマスクが跳び回る。
 暗闇から無数に飛んでくる棘の弾幕を拳の連打で叩き落とし、
 背後から槍の様に突き出される枝の穂先を紙一重で避わす。

「やるのう…」

 思わず声が漏れていた。
 デスマスクの動く先、止まる先で趙公明の植物達が消し飛んでゆく。
 しかし趙公明も間断無く種子を撒き散らし増殖を図る。
 破壊と成長。両者の攻防は互角に見えた。

「ここは任せたぞ、デスマスク」

 太公望が声を掛けると、デスマスクは一瞬動きを止めて棒の様な物を放(ほう)ってきた。
 何時の間に拾っていたのか。化ける前の趙公明が捨てた武器(如意棒)だった。

 一瞬、デスマスクと視線が交錯した。

 哀しみ。いや、それ以上の深い何かを湛えた不思議な目だ、と太公望は思った。
 太公望は放られてきた如意棒を、しっかりと掴む。

「仙道達を、頼むぜ」

 それだけを言い残し、再びデスマスクは群がる植物達に突っ込んでいった。
 ここは任せろ、とデスマスクの背中が言っていた。
 遊戯王カードとやらの召喚の制限時間は15分という。まだ時は残されている筈だった。
 仙道等を救出すれば、まだ『火計』も可能であるし、勝機も見える。

「うむ。死ぬなよ」

 そう告げて、太公望はウェイバーに乗り、直後には走り出していた。
 仙道と香を救出する為、緩んだ包囲網を突き抜け、悲鳴の方角に向かい草原を疾走する。
 声が届いたかどうかは解らない。ただ、冷たい風が頬を打ち付けていた。





『アハハハハ、アハハハハハ!素晴らしい強さだよデスマスクくん!』
「チッ、やかましい」

 上空から、鋼鉄の様に堅い木の実を雨霰と降らせた。
 同時に、地からも木の根を槍衾の様に何本も突出させる。
 しかし、木の実は全て弾き返され、木の根は事も無げにへし折られてしまう。

 このデスマスクという男、信じられない強さだった。

 疲労があるとはいえ、この『元型』に戻った自分と生身で互角なのだ。
 たった今、太公望が離脱したようだが、既に関心はデスマスクの方に移っていた。

「アイツらに頼るまでもねえ。そろそろ決着を付けてやる」
『フフフ、最早無敵のこの僕を、どうやって倒すというのだね!』

 攻撃を繰り出しながらデスマスクが不遜に言った。
 虚言ではない。現にデスマスクの周囲の空気が変わり始めていた。
 元より趙公明も勝負を急ぐ事に依存はなかった。
 火を放たれたら、と考えると流石に悠長に構えてもいられないのだ。
 名残惜しいが、そろそろ決着を付けよう。心に決めて趙公明は大地の養分を吸い上げた。





―――高まれオレの小宇宙よ。

『セブンセンシズ【第七感】』それは小宇宙の真髄。
 人間の持つ五感(視覚・味覚・聴覚・触覚・嗅覚)+第六感(精神)を越えた第七感。
 いわば究極の小宇宙である(尚、第七感に目覚めているのは黄金聖闘士だけである)。

 小宇宙が更に高まったようだ。
 この現象に最も驚いたのは他でもないデスマスク自身だった。
 覚醒した新しい小宇宙が、躰の奥底から尽きる事無く湧き上がってくる。
 デスマスクは、負ける気がしなかった。

「フッ、さあ趙公明よ。この『積尸気』を通ってあの世に行け」

 デスマスクは右手を空に翳し、小宇宙を集中させた。
 力こそ正義。未だその信念に揺らぎはない。
 しかし、その力を生み出す源が何なのかを、
 自分は理解してこなかったのだと思う。

 気が満ちた。
 総攻撃を仕掛けようとする趙公明に、デスマスクは裂帛の気合を込めて小宇宙を放った。


『 積 尸 気 冥 界 波 !!! 』
『 な 、 な に ? 』

 巨大花を純白の光が包み込む。
 趙公明が苦悶の叫び声を上げながら地をのたうった。
 絡み付いていた触手達が、力を失った様にポトリポトリと落ちてゆく。
 密林に、明らかな異変が起きていた。

 光が消えた。
 趙公明の巨大花は見る影も無く萎び、枯れ木のような色彩に変わっていた。


 ―――☆


『何故だ、僕の『下僕』達が動かない?』

 信じられない事が起きていた。
 趙公明の呼び掛けに対し、蒔かれた植物達が全く反応しないのだ。
 鉛の様に重たい疲労に支配され、趙公明は何をされたのかを悟った。

『今のは、僕の精神を攻撃する技だったのか』

 鼻で笑うデスマスク。直後、追い討ちを掛ける様な事態が起こった。
 後方から火の手が上がったのである。

「フッ、あいつら…」
『し、しまった』

 悪夢、だった。
 風上に放たれた火の手は、凄まじい勢いで趙公明に迫る。
 更にデスマスクの技により、植物達との交信も、増殖を図ることも封じられてしまった。
 趙公明の『分身』である植物達は、あるものは萎れ、あるものは枯れ果て、炎に呑まれている。
 強まるばかりの火勢に対し、趙公明は全く打つ手が見つけられなかった。





 熱が伝わってくる。デスマスクは膝を突きそうになるのを堪えていた。
 『積尸気冥界波』によるデスマスクの疲労も予想以上だった。
 しかし、休息を取る余裕等ある筈も無い。炎に囲まれ、退路を絶たれようとしているのだ。
 既に密林は燃え始めており、ただ巨大花のみがデスマスクと向かい合っていた。
 それも最早、生ける屍だった。

「おめえはもう戦闘不能だ。念仏でも唱えてろ」

『お、恐ろしい男だキミは。『積尸気冥界波』と言ったね。蟹座の散開星団プレセペは中
 国では『積尸気』と呼ばれているらしい。『積尸気』とは積み重ねた死体から立ち昇る
 鬼火の燐気の事。そう、つまりプレセペとは地上の霊魂が天へと昇る穴。そして僕が見
 せられたのは『黄泉比良坂』。それは死の国への落とし穴。冥界の入り口に来た亡者共
 が黙々と入っていく坂。あそこに落ちたら二度と蘇(ry』

 趙公明の声はそこで途切れた。大穴が、巨大花の中心部に開いていた。
 デスマスクの隠し持っていたボーガンの鉄球が命中し、貫通したのだ。
 轟音と地響き。倒れた巨大花を、容赦なく炎が包みこんでいった。


「マンモス哀れなヤツ」


 言い捨ててデスマスクは、燃え盛る巨大花に背を向けた。


 ―――☆


 深夜の清里高原が紅に染まっていた。
 強風に煽られ、草原を舐めるように炎が侵食してゆく。
 たった今15分の制限時間が過ぎ『真紅眼の黒竜』が消えた。

 仙道は目を凝らし、戦況を確認しようとしていた。
 小高い丘で、香と共に戦場を見下ろす。思ったより火の巡りが早かった。
 濛々と立ち上る煙により、既に巨大花の姿を捉えるのは困難になっている。

 先程、蔦が解けても立てなかった香に、遊戯王カード『ホーリー・エルフの祝福』を発動させた。
 その甲斐があり、今は辛うじて歩ける程には回復していた。

 あの時、もし太公望が来なければ、と流れる汗を拭いながら仙道は思い出す。
 香を襲った食虫植物は、遊戯王カード『光の護封剣』にて封じ込めた。
 しかし、直後に現れた大量の新手に囲まれ、進退窮まっていたところだった。
 太公望がウェイバーに乗って現れたのは、死を覚悟した正にその時だった。
 その後は協力して周囲を一掃し、共に風上まで移動し、『真紅眼の黒竜』にて火を放った。

「ここまで来れば大丈夫っす。香さん」

 声を掛けると、香は気丈に笑い返してきた。
 強い人だ、と仙道は思った。足の痛みにも、心の痛みにも、決して弱音を言わない。
 或いは、自分に気を使っているのかもしれない。お互いに、知り合いを全て亡くしていた。
 自分だけが、泣く訳にはいかないと思っているのだろうか。

―――ちくしょう。

 ユニフォームで口元の汗を拭く。
 今は指を咥え、二人の帰還を待つ事しか出来ない。
 悔しいという気持ちと、諦めに近い気持ちが、同時に仙道の心に存在していた。

「あの二人なら大丈夫よ、きっと」

 傍らで勇気付ける様に香が笑う。相槌を打って、再び仙道は視線を遠くにやった。
 苦笑いが漏れてくる。心を見透かされていたのは自分だった、という事か。

 燃え盛る炎。あの中に、太公望はもう一度戻っていった。
 全てを見届けてから、再びデスマスクの救援に向かったのだ。
 高々と立ち昇る炎の揺らぎに目を奪われながら、
 仙道は、太公望に託そうとして拒まれた最後の遊戯王カードを握り締めた。


 ―――☆


「バカ野郎、来るんじゃねえ!」

 デスマスクの叫び声が木霊する。
 しかし、太公望にウェイバーの速度を緩める気はなかった。
 倒れた趙公明の巨大花は、炎が引火して凄まじい勢いで燃え上がっていた。
 だが、趙公明が本当に死んだのならば、この事態はどう説明出来る。

 燃え広がる炎の合間を縫う様に、太公望はデスマスクに接近する。
 一刻も早くデスマスクを救出しなければならない。
 一段と濃くなっている煙幕を、太公望は一気に突き抜けた。
 見えた、デスマスク。触手に絡み付かれ、動きが封じられている。
 尚も接近しようとする太公望に向かい、デスマスクが衝撃の事実を告げた。

「良く聞け太公望、オレ様は確かにこいつの『核』を(ボーガンで)潰した。だが、うぎゃP」
「なにっ!?」

『そこからは僕が説明するよ。天国(ヴァルハラ)の土産にね』

 不意にデスマスクの声が遮られ、その背後から巨大な影がむくむくと起き上がった。
 一回り小さくなった巨大花。既存の物とは若干違う形態。そういえば位置も違うか。
 しかし、紛れもない趙公明、その表情が刻まれた『元型』がそこにはあった。

 趙公明。人質とばかりにデスマスクの首を締め付ける触手。密着されている。
 太公望は唇を噛んだ。 懐にはリミッターを解除した宝貝『五光石』が忍ばせてあった。
 しかし、ここで撃ってもデスマスクを盾にされてしまう公算が高い。

 止むを得ず太公望はウェイバーを止め、降りた。
 足元にも注意を払いながら、慎重に進んでゆく。
 デスマスクは趙公明の『核』を潰した、と言った。
 どういうことだ。『元型』は一体ではなかったのか。

 炎の爆ぜる音。近い。いや、まだ行ける。
 太公望は趙公明を見据えて言った。

「趙公明、おぬしの望みはわしと戦うことだろう」
『フフフ、まあ聞きなよ』

 顎の先から汗が滴り落ちる。
 舞い上がる火の粉を掻き分ける様に、太公望は如意棒を構えて間合いを詰めていった。
 両者の距離は歩幅にしておよそ二十歩程。尚も接近する太公望を制し、趙公明は喋り出した。

『何故、僕が生きているのか。
 その疑問に答える前に、まずキミ達の健闘を称えさせて貰うよ。
 太公望くんの機転、デスマスクくんの強さ。どれをとっても素晴らしかった』

『さて本題に入ろう。先程、デスマスクくんの精神を攻撃する必殺技を貰った結果、
 僕の『下僕』達は完全にその機能を失ってしまった。
 更にこの僕の精神も深い傷を負い、種子を飛ばし増殖を図ることも封じられてしまった』

『さすがの僕もこれで終わりかと思ったよ。だがね、忘れないで貰いたい。
 本来<僕らは一心同体>。全てを同時に滅ぼさなければ意味がない。
 かつて太公望くんが実践した様にね』

『僕は残された精神力を振り絞り、鉄球が命中する直前に転移したのさ。
 状況が状況ならもう少し遠くに行く事も出来たけれどね。
 敢えて手近な、この場所を選んだ事には勿論理由がある。分かるかい?』

『転移するにも、遠くの植物達と交信ができなくなっていたからなのさ。
 精神力を消耗した状態では、この辺りに転移するのが関の山だった。が、正確な答えかな。
 それに決闘を途中で放棄するのも、紳士として相応しくないしね』

「もうよい」

 一際強い風が吹き抜ける。太公望は話を遮り、如意棒を趙公明に向かい突きつけた。
 幾らほざこうがデスマスクを救い出し、趙公明を倒す決定に何ら変更は無い。
 しかし趙公明は挑発に乗らず、一笑して話を続けた。

『アハハハハ、まあ、待ちなよ。理由はまだあるのさ。良いかい?
 僕が転移したこの植物は食虫植物と言ってね。
 本来は飛び回る昆虫や微生物を捕えて、消化吸収する植物なのだが』

 何を今更、と言いかけて太公望は息を呑んだ。趙公明の巨大花がぱっくりと口を広げたのだ。
 朱色の口腔に大量の唾液を滴らすその穴は、人一人をひと呑みにするには充分な大きさだった。

「まさか」

『そう、デスマスクくんは人質ではなかった、という事さ。感謝し給えデスマスクくん。
 キミは僕と“ひとつ”になって、この世に華麗な“華”を咲かす事が出来るのだから』

 話が終わる前に太公望は地を蹴っていた。
 趙公明の触手が、もがくデスマスクを担ぎ上げている。
 デスマスクは今にも趙公明に飲み込まれようとしている。
 逃げろ、とその眼が言っていた。

『さあ、僕と“ひとつ”になろうじゃないか』

 うっとりと開く趙公明の口元に、デスマスクの躰が運ばれる。

 全力で、太公望は駆けた。
 また、間に合わないのか。
 また、犠牲者を出してしまうのか。
 死に逝く者達の表情が、残された者達の慟哭が、太公望の脳裏を霞めてゆく。




―――もう誰も、死なせはせぬ。

 駆けながら太公望は、如意棒を振り翳し雄叫びを上げた。




【長野県と山梨県の県境、清里高原/一日目夜中】


【太公望@封神演義】
 [状態]:中疲労、完全催眠(大阪の交差点に藍染の死体)バギ習得、軽度の火傷
 [装備]:如意棒@DRAGON BALL 
 [道具]:荷物一式(食料1/8消費)、五光石@封神演義、鼻栓
     トランシーバー×3(故障のため使用不可)
 [思考]:1、デスマスクを救い出し、火の手から脱出する
      2、趙公明に対処する
      3、新たな伝達手段を見つける
      4、妲己から打神鞭を取り戻す
      (趙公明を追い詰めて原型化させたのは魔家四将の対策と同じ理屈です)


【仙道彰@SLAM DUNK】
 [状態]:やや疲労
 [装備]:遊戯王カード@遊戯王
     「光の護封剣」「真紅眼の黒竜」「ホーリーエルフの祝福」…使用済み
     「闇の護風壁」…未使用
     「六芒星の呪縛」…二日目の午前まで使用不可能
 [道具]:支給品一式
 [思考]:1、(ちくしょう…)
     2、首輪を解除できる人を探す
     3、ゲームから脱出。


【デスマスク@聖闘士星矢】
 [状態]:少しのダメージ、疲労大、食虫植物に飲み込まれようとしている
 [道具]:支給品一式
 [思考]:1、逃げてくれ太公望…
     2、仙道を…


【槇村香@CITY HUNTER】
 [状態]:右足捻挫(『ホーリーエルフの祝福』により回復、若干後遺症あり)
     海坊主、冴子の死に若干の精神的ショック
 [道具]:ウソップパウンド@ONE PIECE、荷物一式(食料二人分)
 [思考]:1、仙道、デスマスク、太公望の無事を祈る
     2、追手内洋一を探す


【趙公明@封神演義】
 [状態]:原型化(伝説の巨大花)、超度の疲労、増殖した『分身』の操作不能
     手近の食虫植物に転移済み、デスマスクを捕えた
 [思考]:1、デスマスクを取り込んで体力を回復する
     2、戦いを楽しむ


 ※制限による趙公明の原型の変更点
 1、弱点の存在・・・趙公明の顔がついた花が「核」であり、そこを破壊されると趙公明は死亡する
           首輪もその花に着いており、爆発すれば趙公明は死亡する
           「核」は趙公明の植物が制圧している場所なら移動可能
 2、増殖力の制限・・原作程の増殖力はない
           趙公明の体調が万全の場合、一日で県一つ制圧できる程度
           ただし、増殖力は趙公明の状態に大いに依存する
 3、大きさの制限・・最初の大きさは家と同じくらい


備考:黒炎弾の炎が凄まじい勢いで燃え広がっています。
備考:趙公明の荷物一式×2(一食分消費)、神楽の仕込み傘(弾切れ)@銀魂 は地面に落ちています
備考:アイアンボールボーガン(大)@ジョジョの奇妙な冒険とアイアンボール×2は趙公明の脇に落ちてます。
備考:ウェイバー@ONE PIECEは趙公明の巨大花から20歩程の場所に放置されています。

時系列順に読む


投下順に読む


309:悪夢の泡 太公望 325:清里高原大炎上戦②
309:悪夢の泡 仙道彰 325:清里高原大炎上戦②
309:悪夢の泡 槇村香 325:清里高原大炎上戦②
309:悪夢の泡 デスマスク 325:清里高原大炎上戦②
309:悪夢の泡 趙公明 325:清里高原大炎上戦②

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2024年06月16日 20:17