0420:RED  ◆xJowo/pURw




 赤い夕日が海に沈んでゆく。
世界が赤い光に包まれ滲む。
そして日輪が海面にさしかかるにつれ、その光の色合いは刻々と変化する。
赤く、紅く。
夕日の赤に、世界が染まる。
赤い空。赤い山。赤い大地。赤い海。
赤に滲む世界は、まるで血に染まるようだ。
鮮烈で、単一で、目が眩むような、赤。
それは確かに唯のプリズムの偏光、物理現象の一つに過ぎないのかもしれない。
だがその赤は、
世界を一色に染めるその赤は、
見る者の心もまた、赤い光に染めてゆく。
だがしかし、その心を、
その色を、
一体どんな言葉で表せば良いと言うのだろうか。
一体幾つの言葉を並べれば足りると言うのだろうか。

世界を綴るには、人の心を描くには、
言葉は、無力だ。



.


 赤く染まる海を眼下に、悠然と佇む瀬戸大橋。
この世界がオリジナルの日本を縮小したミニチュアであったとしても、
この橋からの眺めは中々のものだ。
――否。
中々のものである“はず”だ。
なぜなら、その光景をきちんと臨んでいる者は、その場には誰一人としていないのだから。

 橋の上を歩く2つの人影。
夕日の赤い光を全身に浴びて尚、彼らの目にはその鮮やかな色は届かない。

影の一人は、異界の勇者ダイ。
友と別れ、新たに得た仲間を失い、それでもなお運命に抗う少年。
だがその両目は使命に殉じた戦士により潰され、光を受ける事は無い。
景色を眺めるどころか、眼前の道も分からないダイは、それでも懸命に歩みを進めている。
戦闘において如何なる技術を持とうとも、光を失ったその体での強行軍は彼の体力を急速に奪っていった。

そしてもう一人が、破格の警官、両津勘吉である。
元々多数の仲間や同僚を持つ彼にとって、それらを失う痛みは深い。
更に、彼もまた手を失ったばかりであり、その後も応急処置のみで移動を続けていた。
だがその体は、最早限界。
素人の応急処置程度では十分な止血も得られず、移動によって開いた傷口から血が滲んでいる。
斬られた右腕も焼けるように熱い。どうやら傷口から感染症を生じてしまっているようだ。
そのような、正に瀕死――寧ろ、半死と言った方が適切であろうか――な体の両津だが、
その歩みを止める事は無い。
ただただ、一歩、一歩と、歩みを進める。
その足を進めるのは、ただ一つの執念。
責任感だ。


両津には、世間一般の人よりも体力に勝る自信があった。
サバイバルに必要な知識も人並み以上に持っている自負もあった。
また、警官として、大人としての自覚も(多少なりとも)持ち合わせている。
だからこそ、両津は人一倍の責任感を感じていたのだ。
“こんな異常な事態だからこそ、自分こそが皆を率いて事態の解決を図らねばならない”と。

そして、その責任感は後に後悔へと昇華する。
離れ離れになったまま死別した同僚たち。
再会を誓ったまま、二度と見えることの叶わない仲間たち。
つい先ほど前別れたばかりの仲間への死亡宣告。
そしてまた、目の前で傷付いていく一人の少年。
両津はその自信によって、責任感によって、後悔によって苦しんでいた。
その苦しみが、両津を前に突き動かす。

だが、両津は判断を間違った。

この場に召喚された者達の中では、両津は然程特異な存在ではない。
平均よりやや優れただけの、唯の一般人だ。
体力面でも、知識面でも、両津のそれを遥かに凌ぐ者たちが参加者の中には犇いている。
そもそも、両津は唯の“人間”だ。
唯の人間が人知を超えた存在を相手にする事の荷の重さを、両津は軽視していたと言わざるを得ない。


両津とダイは、四国の拠点で留まり休息を取る事も出来た。
だが両津はそれをよしとせず、即座に四国を発ち、麗子達と合流すべきだと判断した。
日が暮れてしまえば移動に危険が伴うのも理由の一つだが、それだけではない。
相次ぐ仲間の死、ダイの肉体的、精神的なダメージ、自分達を襲った斗貴子の行方……
それらの不安と、自分が仲間達を守るんだという責任感が、両津を突き動かした。

その判断が、誤りだった。

両津は異様な環境下で体力を消耗した上に、身体を斬られ、腕を斬り落とされていた。
それでも人並み外れた体力を持つ自分なら何とかなると考えていた。
痛みに耐えつつ、ダイの前では不安を感じさせまいと、明るく元気に振舞っていた。
振舞い続けられると、思っていた。
だが、道中で聞こえる放送の声が両津の気力を奪う。
無情に知らされる、仲間達の死。
最早カラ元気は続かない。
歩みを進めるにつれ、どんどん体が重くなる。
いつの間にか、止血したはずの腕と胸から血が滲み出す。
血液と共に、体の熱が奪われていく。
一滴、また一滴……

両津は徐々に理解する。己の過ちを。
当初の予定よりも、はるかに時間と体力を浪費している事実が、両津を苛む。
自分とダイの怪我を楽観し過ぎていたのではないか?
怪我人の歩みの遅さ、辛さは計算に入っていたのか?
そもそも、四国の拠点を出発する段階でも、自分は正常な判断が出来ていなかったのではないか?
何故、切断された手なんかを持ってきている?
戦場で四肢が断裂した兵士の末路がどうなるかも、自分は知っていた筈では無かったか?
あの場で一晩を明かし、翌朝に動き出すのが正しかったのではなかったか?
一時の感情に動かされるのではなく、逆にそれを窘めるのが大人である自分の役割ではなかったのだろうか?

終わらない自問自答。
しかし、もう後戻りは出来ない。
もう、歩ききるしかない。
目の見えないダイを先導する自分が居なければ、ダイ一人では最早移動もままならない。
なんとか自分が動ける間に、誰か信頼の置ける者にダイを託さねばならない。
そのためにも、自分はこんなところで倒れる訳には行かない。
その責任感が、根性が、執念が、両津の身体を動かしていた。

「両さん、大丈夫? 一旦休憩をした方が良いんじゃ……」
「ぜぇ、ぜぇ……い、いや、もう少しだ。
 も、もう橋を渡り始められる。橋を渡れば、も、もうすぐだからな……」

最早、体の感覚は薄れている。
視界もぼやけ、暗い。
ダイもどうやら自分の状態に感づいてきたようだ。
それでも、一歩、また一歩、歩みを進める。

「も、もう少しだからな、ダイ。
 歩き出してから、ず、随分時間も掛かってしまって、もう、ゆ、夕方だな」
消えそうになる自分の意識をなんとか寄せ集め、ダイを元気付けようと話しかける。
何か話していなければ、気を失ってしまいそうだ。
「こ、この橋の上からの景色も中々だぞ。
 ダイの目もきっと治すほ、方法があるはずだ、だから諦めるんじゃない。
 この景色を、いつか一緒に見られる時が来るはずだ、だから……」
だがその言葉とは裏腹に、両津の目にはもう何も映ってはいない。
生気を失ったその目はしかし、真っ直ぐ先を見据えていた。
ただただ、道の先を。

永遠に続くかのような道。
歩き始めてから、本当にもうどれほど経ったのか分からない。
今、ここはどのあたりなのだろう?
思えば、遠くまで来てしまったものだ。
だが、そういえば歩き始めたのはどこからだったろうか?
香川のダム施設? いや、もっと前から歩き始めていたはずだ。
橋のたもとの小屋? 鵺野と会ったビル?
それとも葛飾の亀有公園前派出所からだっただろうか?
分からない。
もう、どこから歩いているのか、どこへ向かっているのかも。
分からない。

そのとき不意に、誰かが自分を追い抜いたような気がした。
誰だ? ダイか?
いや、中川か?
麗子じゃないのか?
まさか部長?
それとも……?


夕日の光が見える。
赤い、懐かしい光が。
そう、これは子供の頃、中川の土手から眺めた、あの夕日――

「両さん、両さん! 両さ―――」

ああ、誰かが呼んでいる。
待ってくれ、すぐに行くから、俺も仲間に入れてくれよ――




 * * * * * * * * * *




「よいしょ、っと! はあ、はあ、はあ」
どさり。
粗末なベッドが軋る。
その音と同期するかのように、狭い部屋の中に、荒い息の音が響いていた。
音源は、一つ……いや、二つ。
そこは瀬戸大橋近くの小屋。数時間前にダイと両津が居た小屋だ。
両津が倒れた場所からそう離れていないその小屋まで、ダイはなんとか両津を運び入れる。
両津の意思は薄れ、意気も絶え絶えといった様子だが、まだその命の火は消えてはいなかった。

数時間ぶりに戻ったその部屋は、以前にも増して閑散としている。
あの時は、仲間が居た。
星矢が、麗子さんが、まもりさんが。
でも今、その仲間達はもう……居ない。
唯一人残った仲間の両津も今や虫の息だ。口を利くだけの力も残ってはいない。
誰に話しかけることも出来ないダイの心の中に、暗い思いが溢れ出す。

何故、こんなことになってしまったのだろう。
藍染という強敵を撃退し、仲間達に絆が芽生えだしたばかりだったのに。
何が悪かったのだろう。
誰かが、間違った事をしてしまったからなのだろうか。
そこまで考えたダイに、目を逸らし難い事実が浮かび上がる。

悪いのは、俺なのか……?
既に死んでいる竜吉公主の元に行こうと一人暴走し、仲間達と別行動をとったせいではないのか?
もしあそこで自分を抑え、星矢達と行動を共にしていれば、彼らは死なずにすんだのではないか?
仲間を殺し、両津に重症を負わせたのは、自分の失敗なのではないのか?


……そう、なのかもしれない。
確かに、あの時の俺は間違っていたんだと思う。
俺が、一人走り出したから。
俺が、まもりさんや麗子さんの後を追わなかったから。
俺が、斗貴子さんから注意を逸らしたから。
俺が、傷を負ったから……
考えれば考えるほどに、心が際限なく下を向く。
取り返せない失敗に、心が鉛のように重くなる。
何故、俺は冷静で居られなかったんだ。
何故、俺は感情に任せて走り出してしまったんだ。


「くそっ……」
自分で自分が許せなくなる。
何故、あんな馬鹿な事をしてしまったのか。

「クソッ、クソッ……う、ううっ……」
自分が許せない。
自分の過ちが、どうしようもなく許せない。

「う、ううっ……う……」
行く宛てのない感情が、際限なく溢れてくる。
でも、その感情を、一体何にぶつければいいというんだ。 


「うわあああああああああああああああああああああああッッッ!!」
感情が暴走する。
どうしてなんだ。
どうして、俺は、俺は、俺は……ッ!!



「――ダイ君!」
その時不意に、自分の名を呼ぶ声がした。
そして、体を包み込む温度。
誰かに抱きしめられる感触だった。
これは……そう、恐らくこれは、
この場に居る、3人目の、彼女のものだ。

「……ミサ、さん……」



ミサと出会ったのは、両津が倒れた直後だった。
彼女は別方向に向かっていたものの、道に迷っていたところに、ダイ達を見つけたそうだ。
両津の意識が無くなった事で、ダイは唯一の道しるべである両津の誘導を失い、途方に暮れていた。
そこで新たな人と出会った事、それが攻撃的な参加者ではなかったという事、
それらはとても幸運なことだと、ダイは思っていた。

「ダイ君、落ち着いて」
ミサはダイを抱きしめたまま、嗜めるように語りかける。


「辛いのは、分かる。私も辛いもの。でも」
血のにおいがする。彼女も怪我をしているらしい。

「でも、きっと何とかなる。だから、ね?」
そう言って、彼女は俺を優しく包み込む。
辛くて、悲しくて、負けそうになる俺を励ましてくれる彼女。
彼女のお陰で、俺はここに居られる、そう言っても過言じゃないとすら思える。
でも、俺は。
そんな彼女のことを、

何故か、好きになれないでいる。

理性は、彼女の存在を強く、高く認めている。
だが、感情だけは、なぜか彼女を拒もうとする。
彼女の透き通る声。
彼女の柔らかい指。
彼女の甘い香り。
彼女の優しい心遣い。
彼女のほのかなぬくもり。
その全てが、何故か俺に寒気と苛立ちと嫌悪感を引き起こす。
何故なのか?
理屈が合わない。
彼女を嫌う理由が、俺には無いはずだ。
こんなに優しく親切にしてくれる人に、何故、俺はそんな悪い印象しか抱けないのか?
そう理性で思う反面、感情は警鐘を鳴らし続ける。
彼女は嫌だ、と。
そうして、ダイは、過去の過ちのみならず、自らの感情にも苦しめられる事となる。

「ダイ君も酷い怪我して、疲れてるんでしょう?
 私が両さんを見ておくから、ダイ君は奥で休んでおきなよ」

「で、でも…」
ミサが、優しい提案を、不快な言葉で囁く。
ダイの心が理性と感情で揺れ動く。

「いいから、ダイ君はまだ子供なんだから」
「いや……でも…………」

そして、ダイは考える。
もう二度と、過ちは犯してはいけない、と。
あの時のように、感情だけで行動してはいけない、と。
仲間を危険にさらす行為を、また繰り返してはいけない、と。
今、自分に出来ることは何なのか?
傷付き疲れ、仲間を守りきれるかどうかも分からない今、自分は一体何をすべきなのか?
何が、仲間のためになるのか……?

しばしの熟考の末、ダイは答える。


「……分かったよ。俺は休ませて貰う。両さんを頼むよ」




ダイには強さが足りなかった。
既成概念を超え、自らの本能を信じ抜く強さが。



「ええ、任せて」


そして、ミサが微笑む。
もしダイの目が見えたならば、
そのミサの笑顔を何と表現しただろうか?




 * * * * * * *




両津をミサに任せて床に就いた後も、ダイは中々眠れずにいた。
自分が今すべきことは、休むこと。
休んで体力を回復し、次に現れた敵を撃退すること。
だから今は余計なことは考えず、唯々体を休めることに勤めるべきだ。
……そう自分に言い聞かせるものの、体は臨戦態勢を解こうとしない。
ミサが気になるのは分かるが、今は休まないといけない。
だが、ミサが気になる。果たして両津を任せてしまって良いのか。
ならば、自分が休み無く両津を看るのか? 
駄目だ。それでは自分の体力が減るばかりだ。
いざと言うときに自分が戦えなければ意味が無い。
そもそも、目が見えない自分に、両津の世話がどこまでできると言うのだ。
だから、今自分は休むべきなのだ。
しかし……

思考がループし、ループが延々と繰り返す。
終わりの無い思考に悩まされつつも、せめて体だけでも休ませようと、ダイはじっと体を横たえていた。



ダイが眠れぬまま、何分……いや、何時間経った頃だろうか。
ダイの意識は自然と周囲に発散し、周りの気配に敏感になっていった。
家屋の外の木々のざわめき、押し寄せる海の波、そういった音が風に運ばれダイの耳に届く。
そうやって耳を澄ませながら、ダイは小屋の周囲の気配を探っていた。
どうせ眠れないなら、せめて敵の接近には注意しよう。
そう思うダイであったが、しかし気になるのは、小屋の外ではなく、小屋の中。
となりの部屋で休んでいるはずの、両津とミサの事である。
両津の怪我の具合はどうなんだろう。
ミサはしっかり両津の傷を看られているだろうか。
何か、悪いことが起こってはいないだろうか……

結局のところ、ダイの葛藤はまだ続いている。
ミサを信用すべきだという思いと、信じたくないという思い。
両津をミサに任せるべきだと思いつつも、それを不安にも思ってしまう。
休むべきだと思う一方で、ミサから注意を逸らすべきではないとも思う。
ダイは苦悩の結果、体は休まらず、ミサへの注意も不十分という、極めて中途半端な状態に陥っていた。


そして、回復するどころか消耗する一方なダイの集中が散漫になった頃――


「――ぐッ」


声が、聞えた。
まるで、息を振り絞りつくしたような声。
魂の消え入るような声が。
……隣の、部屋から。

今の声は誰が? 
何故?
ため息か、寝言だろうか?
両津が痛みに呻いたのか?
それともまさか――自分の気付かない内に敵の侵入を許してしまったのだろうか?

ダイの心の振幅はさらに振れ、そして、振り切れた。
このままじっとしては居られない。
何が起こったのか、何がどうなっているのか、両津がどうなっているのか……
せめて様子だけでも見るべきだ。
そう思ったダイは、寝床から立ち上がり、ミサと両津の居る隣の部屋へ向かう。


ダイの部屋は暗闇に包まれていたが、ダイが見えるのは真の闇。
手探りで部屋の中を進み、やっとの思いでドアに辿り着いたダイ。
不安に震える手で、ドアに手を掛ける。
無事で居てくれ。
何も起こらないでくれ。
俺の思い過ごしていてくれ。
頼む、頼むから。
お願いだ。


軋んだ音をたてながら、ゆっくりと扉が開く。



――地獄の、門が、開く。



「うっ!?」
思わず嗚咽を漏らす。
異様な臭気が、扉の隙間から漏れ出してきた。
息が詰まるほどの、血の臭い。
得体の知れない化け物の胎内に迷い込んだのかと錯覚を覚える。
理解を超えている。
ここは、どこなんだ?
何が、起こっているんだ?

「ダイ……君?」

血の海から、声がする。
赤い雫を連想させる、高い声が聞える。

「ミサ……さん? こ、これは一体どうなってるんだ!?
 この血の臭いは? 両さんは無事なの……!?」

どこにミサと両津がいるのか分からない。
血の臭いが、ほかの感覚も麻痺させるようだ。
鼓動が高まる。

「ダイ君……両津さんがね……」
うふふ。
目の見えないダイにとって、ミサがどんな表情をしているかは、想像に頼るしかない。
ダイの脳内のミサは、何故か、笑っている。

「両さんの傷を見ていたんだけれど、傷が深くて、
 血が止まっていたところからも血がでてきて、
 血がどんどん出て、止まらなくて」
うふふ。
笑い声が聞える。
幻聴だろうか。

「何度か包帯を替えていたんだけれど、間に合わなくなってきて。
 それでも、何とかしようとしたんだけれど……」
深刻な話の筈だ。真面目な話の筈だ。
なのになぜ、夕食時の談笑のような、くつろいだ印象を受けるのだろう。
この、血の池の真ん中で。
微笑む、女。


「両津さん、だんだん顔色が悪くなって、息も荒くなってきて、それで……気が付いたらもう」
分からない。
ミサの話の内容が、彼女の声色が、この部屋の臭気が、
その全てに統一感が無い。滅茶苦茶だ。
この空間が、上手く認識できない。
何が起こっているんだ。
何が。


「両津さん、息をしていないの」


「えっ!?」
赤い悪夢の中から、いきなり現実が飛び出した。
金槌で叩かれたように頭が痺れる。
「息をしてないって、それってどういうこと!?
 そんな、両さんが、まさか!?」
慌てて両津の元に駆け寄ろうとする。
場所が分からない。
手探りで探そうとするが、分からない。
触るところがどこもかしこも、血で汚れてべとべとした感触がある。
「こっちよ」
ミサが呼ぶ。
その声のする方へ、なんとか駆け寄る。
口を開けた怪物に、自ら進んで行くような感覚だった。

両津の体は、どこもかしこも血で汚れていた。
乾いてカサカサになった血と、凝固しゼリーのようになった血とが入り混じっていた。
皮膚は汗で湿り、冷たい。
毛深い体毛は、血でべたりとくっついている。
そして、その体は……動かない。
身じろぎも、息も、鼓動も……感じない。
そこに居るはずの両津は、既に自らが両津であるという主張をしていなかった。


「ウソ……でしょ? じょ、冗談は止めてよ。
 そんな、何やってるんだよ、両さん? 両さん!? 
 両さん!!!」
両津への呼びかけは強くなる。揺さぶる力は大きくなる。
ギシギシと、両津“らしきもの”の乗ったベッドが揺れる。
「ねえ、両さんなんだろ? なんで返事してくれないんだよ!
 両さん! ねえ、両さん!!
 起きてくれよ! 一緒に帰るんだろ!? なのにこんな所で何してるんだよ!!」

「ダイ君……」
取り乱すダイの肩を、ミサがそっと、優しく抱きしめ窘める。
「もう……止そう。
 両さんはもう、起きられないよ」
ミサの優しい声。
ダイが嫌いな声。
「そんな、でも両さんは、両さんは……ッ!」
嫌だ。
認めたくなんかない。
「両さんはもう、限界だったんだよ。
 きっと、頑張りきれないぐらい頑張っていたんだよ。
 だからもう、許してあげて?
 両さんを、休ませてあげましょう?」
ミサが、甘く優しい声で、ダイに話しかける。
ダイにとっては、何故かたまらなく嫌らしく聞こえるその声色で。
「でも……俺は、俺は……俺はッ!!」

ダイの中に、あらゆる感情が流れ込んでくる。
現実への無力感。
不条理な事実に対する無情感。
己の不甲斐なさへの苛立ち。
闇に包まれた未来への恐怖。
他者への当て所ない怒り。
ぶつける行方の無い憎しみ。
ミサへの生理的な嫌悪感。
そして、両津が死んだ悲しみ……
これらの感情が、ダイの中で激しく混ざり合う。
その感情はどんどんと膨れ上がり、ダイを内側から破裂させようと暴れ狂う。
「俺は……俺は……」
感情が、ダイの許容量を超える。
もう、自分が何を考えているのか、分からない。
何をしたいのか、分からない。
分からない。何も、何も……

「ダイ君……」
そして、感情の臨界点にいるダイに追い討ちをかけるように。
ダイの肩に、ふわりと、赤い手が舞い降りる。
触れたものを腐食させるような指が、ダイの体を抱きしめる。

「ダイ君、泣いて、良いんだよ。
 どうしていいか分からない時は、泣いて良いんだよ……」

限界まで膨れ上がったダイの心。
そのこころが、さらに理性と感情とで引き伸ばされる。
極限的な、葛藤。
こころが、伸びる。
ぴんと、薄く。
そして。


弾けた。



「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




キャパシティを超えた感情が、ダイの中から溢れ出す。
叫びと共に噴出する、あらゆる感情。
まるで、ダイの内面全てを吐き出してしまうかのように。


そんなダイを抱きしめ、ダイを見つめるミサの表情を、ダイが見ることは無い。
両津の今際の顔を、ダイが伺う事も無い。
そして、両津の首に、深い傷がある事も、ダイが知ることは無いだろう。
なにせ、ダイは目が見えず、ミサは一度も嘘をついていない。
傷にせよ、一体どんな傷が何時から両津に有ったのか、ダイが確認する術も無い。
ダイはただ、負けたのだ。
正常に、極めて敏感に他人の悪意を捉えていた感情が、
過去の、己の過ちによって積み上げられた理性に、負けたのだ。


ダイには、既成概念を超え、自らの感性を信じきる強さが無かった。
それが、ダイの弱さであり、ダイの敗因と言えるのかもしれない。


 赤い塊が血の海に沈んでゆく。
ダイの顔が赤い涙に包まれ滲む。
そしてその心が深遠に沈むにつれ、その心の色合いは刻々と変化する。
赤く、紅く。
血の赤に、世界が染まる。
赤い地面。赤い壁。赤い部屋。赤い世界。
赤に滲む世界は、まるで血に染まるようだ。
鮮烈で、単一で、目が眩むような、赤。
それは確かに唯のプリズムの偏光、物理現象の一つに過ぎないのかもしれない。
だがその赤は、
世界を一色に染めるその赤は、
見る者の心もまた、赤い光に染めてゆく。
だがしかし、その心を、
その色を、
一体どんな言葉で表せば良いと言うのだろうか。
一体幾つの言葉を並べれば足りると言うのだろうか。

血に染まるこの世界を綴るには、
ダイの心を、ミサの想いを描くには、
言葉は、無力だ。



【両津勘吉@こち亀 死亡】
【残り25人】


【岡山県/瀬戸大橋手前の民家/二日目・夜】

【ダイ@ダイの大冒険】
[状態]:失明、全身に裂傷、体力消耗大、MP大量消費
[装備]:ダイの剣@ダイの大冒険 、首さすまた@地獄先生ぬ~べ~
[道具]:アバンの書@ダイの大冒険、ペガサスの聖衣@聖闘士星矢、支給品一式、食料二日分プラス二食分
[思考] 1:放心状態

【弥海砂@DEATHNOTE】
 [状態]:全身各所に打撲あり、精神崩壊
 [装備]:魔槍@ダイの大冒険
 [道具]:荷物一式×3(一食分消費)
 [思考]1: 人を殺す
    2:  ?

※ピッコロ死亡に対するミサの思考は不明。思考がなされているかも不明。
※両津の遺品:装飾銃ハーディス、クライスト@BLACK CAT 、盤古幡@封神演技、支給品一式、食料二日分プラス二食分
以上は室内に放置。


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408:明日の勇者 ダイ 422:Monochrome
408:明日の勇者 両津勘吉 死亡
412:アマネミサと異常な愛情 弥海砂 422:Monochrome

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最終更新:2024年07月30日 23:21