434:『DRAGON BALL project』総集編  ……特別ゲスト追手内洋一 ◆8nn53GQqtY



最初に身体が言う事を利かなくなったのは、二人の男――赤毛と黒髪――に「地球人か?」と聞いた時だった。

頭が、きりきりきりきり、うるさかった。
そこから先は、見ていたことが曖昧になる。

(「な……なに……!!?」)
赤髪の男を、殺した。
(「な…!?化け物野…郎…!!!」 )
憎しみの眼で銃を向けた男を、首をはねて殺した。
(「てめぇっ! ゲームに乗ってやがるのか!!」)
DIOと同じ技を使った男を、攻撃した。
(「さてはお前だな!? 石崎君を殺したのは!!」)
「翼」と呼ばれていた男から、責められた。
(「――覇極流奥義千峰塵!」)
槍を持った男を、かめはめ波で吹き飛ばした。

そうだ、殺して、殺して、攻撃して、吹き飛ばした。
頭が痛くなっては暴れて、
暴れては殺して、
殺しては恐くなって逃げた。
人を殺しながら、逃げ回っていた。
これまで、どんな強敵を相手にしても、恐ろしかったラディッツやべジータが相手でも、逃げることを考えもしなかったのに――逃げていた。
人殺しなんかしたくねぇはずなのに、地球人を殺せば楽になると思ってた。
何が起こったのかは分からない。
けど、どうして『そう』なっちまったのかは、何となく分かる。
オラが『サイヤ人』だったからだろう。
ラディッツやべジータとの戦いで『サイヤ人』がどういうのかは、だいたい分かった。
今とは違う姿だったけど、悟飯の爺ちゃんを踏み殺しちまったことも知った。
そのことを後悔していたはずなのに、『もう一人のオラ』を止められなかった。
それどころか、逃げた。
けど、全然思い通りにならない『もう一人のオラ』を、倒してくれた『仲間』がいた。

――オレは仲間に助けてもらわねえと、生きていけねぇ自信がある

ここに来てから出会った、クリリンに似た声のそいつが、思い出させてくれた。
オラが、どうして今まで『孫悟空』でいられたのか。

――悟空、そんなのも直せねえのかよ?情けねえなぁ…ハハハ!ちょっと貸してみろって!
――悟空さ~!晩飯が出来ただよーっ!?
――孫君、ほら、ここを押したら……ね?簡単でしょ?この光ってるのが四星球よ。

オラが――オレが、これからどこに向かえばいいのか。

――だからさ、頑張ってみてくれよ。オレの分まで。


◆  ◆  ◆


最初に自信をなくしたのは、俺よりはるかに強いはずのナッパが爆破された時だった。

栽培マンにさえやられた俺が、あのナッパをゴミのように殺した連中に敵うわけがない。
俺じゃない誰かが、事態を解決してくれると決めこんで、逃げようとした。
どう見てもか弱そうな少女に、あっさりと騙され、拷問され、死にかけた。
それでも、結果的に超神水なんてものを飲まされたおかげで、生まれ変われたと思った。
『地球人最強』の座を手に入れて、両津という男にもおだてられて、調子に乗った。
でも、そんなものは仮初めの自信に過ぎなかった。
妙な剣を使う男に押されかけ、どう見ても一般人の青年が蹴ったボールで転倒させられた。
妙な人形を連れた男にはタコ殴りにされ、「注意力が欠如している」とまで言われた。
それでも、ようやく一人を殺したと思ったら、妙な能力を使うおかっぱの男が現れて、恐怖から逃げ出した。
その上、腕が増える女に殺されかけて、殺し屋の力を借りなきゃならなくなって、
しかしその協力者もすぐに死んでしまって。洋一を拾って。
そして、やっと『頼みの綱』に出会えたと思った途端に、ドラゴンボールが使えなくなった。

それでも歩くことをやめなかったのは、「悟空さえ見つければ」と思い続けていたからだ。
いつからだろう。悟空さえいれば何とかしれくれると、信じるようになったのは。

ただ、悟空がいれば、こんな俺でも勇気を貰えるかもしれないと。
本気でそう思っていた。


◆  ◆  ◆


最初に、「夢であってくれ」と思ったのは、明らかに悪人顔のデカイおっさんの、首輪が爆発した時だった。

衝撃波。揺れる謎の広間。断末魔の叫び。爆風。
オレは思った。
逃げよう。
誰かが何とかしてくれるのを待とう。

オレが、ラッキーマンとして戦ってきた毎日の中で、悟ったことがある。
世の中、下手に強さをつけると、戦いに引っ張り出されて、鬼のような悪役と戦わされる羽目になる。
だから、オレは凡人のままでいい。
極力戦わずに他のヒーローに敵をやっつけてもらって、いざ戦う羽目になったら運の良さで生き残ればいい。
でも、この世界では、弱いからって誰も見逃してはくれなかった。
むしろ、ここでは弱いほどに危険だった。
弱くて運の悪いオレには、何もできることは無かった。
ハンマーの女性に間違って襲われて、銀髪の男に殺されかけて、金髪の自称貴族に殺されかけて命乞いして、
でも見捨てられて、Lからも見捨てられて、黒い大男に殺されかけて、
挙句にヤムチャさんに殺されかけて命乞いをしたら、助けてやるから人を殺せと言われて。
凶悪な殺人鬼に何度も殺されかけ、守ってくれる人に会えても、俺の不運で不幸にするばかり。
一思いに死んだ方が楽だったのかもしれないけど、それでも不運は俺を死なせてくれなかった。
かといって、自害なんてできねーよ。
怖いもん。
死ぬの怖いもん。誰だってそうだろ?

もう、勘弁してください。
俺の、この先一生分のラッキーが、全部なくなってもいいです。


◆  ◆  ◆

電気も通らない、夜の冷気が籠もる廃屋の中。
「……その放送が、お前が目覚める少し前のことだったんだよ」
長い話に一息ついて、ヤムチャは長い長い息を吐いた。
声が途切れて、音を立てるものは追手内洋一の寝息だけだ。
沈黙は気まずさとなって、床に座り込んだヤムチャを圧迫する。
その気まずさに、ヤムチャは耐えている。
ヤムチャの目の前には、ベッドに座る孫悟空がいた。
そのことが、今のヤムチャを暗澹たる想いにさせている。
「よっ、ヤムチャ」といつも通りの悟空が目覚めて、
「悟空だヒャッホゥ!!」と飛び上がらんばかりに歓喜したのもつかの間、そんな喜びはたちまちに霧散してしまった。
仲間と合流したら、まずお互い同士ですること。
それが、今のヤムチャを暗く沈ませ、恐れさせる。
「……だからオレは、ドラゴンボール計画をやめたんだ」
そう言って、ヤムチャは告白を終えた。
そう、それは状況説明。
「そうか」
呟いた悟空の顔を、俯いたままのヤムチャは見ることができない。
覚醒を喜ぶヤムチャを前にして、悟空は自らのしてきたことを語り始めた。
悟空には似つかわしくない、少し悲しげな笑みと共に。

孫悟空が、地球人を惨殺した。

ルフィというあの麦わらに殴られて、目が覚めた。

その事実もヤムチャにとっては衝撃に堪えないものだった。
しかし何よりヤムチャの心を突き落としたのは、直後に悟空が、
ヤムチャはどうしてたんだ?』
と、何気なく聞いてきた時だった。
見栄を張って『弱い者を助ける為に奮闘していた』と言おうともしたが、
これから再びサクラや鎧の男の仲間と出くわせばそんな嘘はすぐにばれてしまうし、洋一が目覚めれば口を滑らせないとも限らない。
観念して真実を告白しながらも、悟空の顔を見ることができなくなった。

ドラゴンボールを使う為とはいえ、殺戮ゲームに乗った。

仲間だった少女を見捨てて、悪人顔のおっさんから逃げた。

明らかにゲームに乗っていない鎧の男を殺して、その仲間から恨みを買った。

語り終えたヤムチャは、悟空がどんな言葉をかけるか、恐怖の時間を待つ。
ピッコロが死んで、悟空と再会した、今になって分かる。
そして、目覚めた悟空の、屈託のない笑みを見て、改めて悟った。
孫悟空が、ドラゴンボールを使う前提とはいえ、弱者を殺して回る計画に乗り気になるはずがない。
ましてや、最初から無理のある計画だったのだ。
フリーザたちを出し抜いてドラゴンボールを使うという難題をクリアすること自体が。
「助かるよ。オラは放送をずっと聞いちゃいなかったからさ」
意外なことに、第一声は裏表のない感謝の言葉だった。
顔を上げると、悟空はいつも通りのさっぱりした顔をしている。
「……ルフィは東京タワーで待ってるって言ったんだな?」
「ああ、けっこう前だったから、まだいるかは分からないけど。
すまん、ルフィと別れてこなきゃ、ややこしいことにはならなかったのに」
あまりにもスムーズな遣り取りに、ヤムチャは目と耳を疑いながらも、素直に答えた。
地雷の埋まっている草原を歩くかのような恐怖。
「いや、いいさ。どっちみち、オラが寝てたらルフィの荷物になったしな」
さっぱりした気性がいつも通りすぎて、恐い。
悟空の口から、ヤムチャのしたことを否定されるのが恐い。
ここで、唯一の希望に軽蔑されるのが恐い。
「じゃあ、まずは“東京タワー”ってところに行くぞ」
「お、おう……」
本当にルフィの仲間だったらしい悟空はともかく、オレはその中に受け入れてもらえるのか。そんなことを考えた時、
「その次は、お前の仲間の番だ」
悟空が、立ち上がった。
「へ……オレ?」
オレに仲間なんていたか、と虚を突かれる。
ヤムチャは、三日目の朝に仲間と合流をする約束したんだろ。“両津”と“サクラ”って奴は、まだ生きてるみてぇだ。
だったら、お前は仲間のところへ行かないと駄目だ」
少し厳しげになった悟空の口調に、ヤムチャは一瞬呆け、そして焦る。
それはつまり、あんな別れ方をしたサクラと、あの恐くて痛いサクラと、合流しに行こうということで。
「い、いや悟空……オレはサクラを見捨てて逃げちまったんだぞ」
「だったらなおさら、謝りに行かないと駄目じゃねえか」
その声には、ヤムチャの恐れる軽蔑はないが、怒りがこもっている。
敵を前にして真っ先に逃げるウーロンやヤジロベーを見て、苛立つような顔だ。
「で、でもな、こっちが何か言う前に攻撃される可能性もあるだろ。向こうはこっちをもう味方と思ってないかもしれないんだから」
すると悟空は、きょとんとして手を打った。
「あ、そうか。そういうこともあるのか」
……そうだった。孫悟空は、ヤムチャに輪をかけて、おおざっぱでどこか抜けている奴だった。
ちょっと待て、とヤムチャは自問する。
悟空は『いきり立った初対面の相手を説得する』とか、そういう細やかなことには向かない。
いや、むしろ不得手といっていい。実際、ヤムチャもブルマもあのクリリンでさえ、初対面の印象はお世辞にも良いものではなかった。
というか、こんな怪しい戦闘スーツを着た古傷だらけの男と一緒に歩いていたら、ヤムチャを知らない人間だって警戒するんじゃないか?
ルフィという奴にまた会うのだって、あんな別れ方をした後じゃ気が引けるし……
オレ、このまま悟空と一緒にいて、いいんだろうか……
いや、そもそも、悟空と一緒にいる資格がないのは、オレの方なんじゃないか?
そんな弱気に、ヤムチャは憑かれそうになり。

「でも謝るしかないさ。その時はオラもヤムチャと一緒に謝る」

視線を合わせると、いつも通りに笑う悟空がそこにいた。
ヤムチャや皆を勇気づけた、『いつも通りの悟空』が。
「オラも、人を殺した」
再びの告白に、改めて悟空もまた手を汚していたのだと気づかされる。
「違うぞ悟空。そりゃどうしようもなかったことだ」
考えるより先に慰めを口にしたのは、ヤムチャ自身、まだピンと来なかったからかもしれない。
しかし悟空は、既に結論を出していた。
「どうしようもあった。爺ちゃんを踏み殺しちまった時とは違う。オラが頭の声に我慢してたら、殺さずにすんだんだ」
爺ちゃんを踏み殺した、とは、幼いころの悟空が凶暴な大猿に変身して、知らず育ての親を殺してしまった一件を指しているのだろう。
ヤムチャたちはそのことを状況証拠から知っていたが、当時まだ子どもだった悟空にはとても話せずにいた。
出会った頃は、常識もろくに知らない野生児だったというのに。
いつの間にか、己のした罪を自覚し、痛みを抱え、それでも今すべきことの為に、前を向ける男になっていた。
ヤムチャは、糾弾される想像をしただけで、萎えてしまったというのに。
人を殺してもなお揺るがない悟空の様子に、いじましい羨望を覚える。
悟空はそんなヤムチャに気づくことなく、続ける。
ヤムチャのやってきたこと全部が悪いとは思えねぇ。同じ計画を聞かされたら、オラだって迷ったかもしれない。
それでも、人の命はそいつだけのもんだ。こっちの都合で勝手に奪っていいもんじゃない」
悟空の言葉は、あまりにも正論だった。
そんな『道徳的正論』が悟空の口から出たことを意外に思いながらも、悟空が共感をしてくれたことに安堵する。
そうだよな! 誰だってあの状況じゃドラゴンボールを使おうとするよな!と、
ヤムチャは前半部分だけをしっかり聞いて調子づこうとして、
「でも、それはヤムチャだけのせいじゃねえ」
しかし、悟空は全然違う角度から切りだした。
こんなに深刻な顔の悟空は、べジータとの戦い以来だろうか。
ヤムチャクリリンがそんな風に考えちまったのは、オラたちが今まで何回もドラゴンボールの力に頼ってきたからだ。
ドラゴンボールで生き返るのに慣れてたからだ」
「何回も……」
思わぬ角度から切り崩されたヤムチャは、過去の戦いを思い出す。
ヤムチャはほとんど活躍できなかったけど)

ウパの父親を生き返らせようとした時。
タンバリンに殺されたクリリンを生き返らせようとした時。
ナッパに殺されたピッコロや、他でもないヤムチャたちを生き返らせようとした時。
……確かに、ドラゴンボールの奇跡に慣れていたのかもしれない。
過去に悟空が一度死んだ時も、ドラゴンボールがあるから生き返らせればいいやと思った。
生き返らせなければ良かったとは、絶対に思わない。
その後の戦いは、悟空がいなければどう転んでも勝てなかった。
この殺戮ゲームが起きなかったとしても、あんなことがこれからも続けば、
いつか「地球が滅ぼされてもドラゴンボールで戻るんだから、今は修行しておこう」などと言い出す日が来たかもしれない。
その判断は、きっと正しい。
しかし、正しいけどおかしい。
『生き返るなら死んでもいい』と思うことが。死んだ人が生き返る奇跡が、お手軽にその辺に転がっていることが。
「オレは、クリリンからドラゴンボール計画を聞いて……どうして今まで思いつかなかったんだとすら思ったな」
ドラゴンボールを信じようとしない、サクラや、斗貴子の疑わしげな顔を思い出した。
(で、でもヤムチャさん、それだとみんな一度は死ななきゃいけないんですよ!?)
無理もない。常識では、死者が生き返るはずがない。
まして彼女らは、ドラゴンボールという「奇跡」のない世界から来たのだ。
それを当たり前だと思って、押し付けようとすればどうなるか。

(「やいやいやいやい! あとで絶対に生き返らせてやるから、ここは黙って俺に殺されな!」)

…………何だか、傍目にはとても間抜けに見えていた気がする。
たとえ猛反対されたとしても、ドラゴンボールを使用するなら、殺される側の断りを入れて進めるべきだった。
『どうせ生き返るんだから死なせても大丈夫』などと言うのは、あくまでヤムチャたちの世界の常識(ルール)。
違う常識の世界に住む人間を、『どうせ分かってもらえない』などと馬鹿にしていいはずがない。
そうしていれば『主催者がいるのにドラゴンボールが使えるのか』という問題に、答えをくれる奴だっていたかもしれない。
それがおそらく、ヤムチャクリリンの最大のミスだった。
ああ、そうか。
だからこそ、悟空は『勝手に奪っていいもんじゃない』と言ったのだ。
いや、そこまで深く考えて言ったわけではないだろう。
しかし悟空は昔から、深く考えずに『正解』にたどり着くことがあった。
天下一武道会でマジュニア――今のピッコロと戦った時に、
マジュニアを殺せば神様が死に、神様が死ねばドラゴンボールもなくなることを、一人だけ見抜いてみせたように。
マジュニアを殺さなかったことで、結果としてサイヤ人が襲って来た時に地球を守れたように。

「だからオラも、一緒に謝るさ」
その言葉には、何の躊躇いもなかった。
「どうして、そこまで……」
オレなんかに付き合って、どうしてそこまで、という意味でヤムチャは言った。
しかし、悟空は少し違う意味で受け止めたらしい。
「暴れてたオラを、ルフィが止めた」
それは、どうしてそこまでして謝罪と協力を求めるのかという理由。
「オラの力では、どうしようもなかった。それを、ルフィに止めてもらった」
動転していたヤムチャにも、悟空がルフィという人物を完全に信頼していたことは、その話の端々から見てとれた。
「オラだけの力じゃ、どうにもできないことがある。
元の世界みたいに、ブルマがレーダーを作ってくれたり、チチが飯を用意してくれたり、
クリリンや天津飯たちが時間を稼いでくれるわけじゃねえんだ」
悟空の力だけでは勝てない。
その宣告は、ヤムチャに殴られたような衝撃を与えた。
「ここにはもう、オラとヤムチャしかいない。だから、ゲームに乗ってない皆の力を合わせないと駄目だ」
悟空より強い参加者など、いるはずないと思っていた。
「殺された連中の仲間が、オラたちと力を合わせられないってんなら、一緒に戦えなくても力を貸せる方法を考える。
もしかしたら、死んじまえって言われるかもしんねえけど……」
言葉が途切れ、ぎり、と歯を食いしばる音がした。
「『オレ』にはフリーザたちをほっとくことも、命を粗末にすることもできない」
フリーザたち』と口にしたその時、激しい激情が表情に浮かびあがる。

ブワリと、廃屋の空気が震えた。

瞬間的に、すさまじい“気”が、傷だらけの体から放出される。
刹那の内に過ぎ去ったそれは、“威圧感”を通り越して“恐怖”を呼び起こす何か。
(なんだ……今の感じは?)
ヤムチャが身震いを起こした時には、既に元の悟空が戻っていた。
「オラはクリリンに頼まれたんだ。も少しだけ頑張れってくれってな」
決して揺るがない、孫悟空の眼だ。
サイヤ人であり地球人でもある、孫悟空の眼だ。
クリリン……」

その言葉に、ヤムチャは改めて「現実」を知る。
クリリンは、決して生き返らない。
いや、元々、生き返れないはずだった。
クリリンは、一度、死んでいるのだから。
そんな簡単なことも、忘れていた。
その事実に、我ながら呆れる。
「だから、オラはなるべく多くの仲間を作る。
ここには、もう機械に詳しいブルマもいねぇし、いつも時間を稼いでくれる仲間も、ヤムチャしかいねぇんだ」
しばらく、何を言われたのか分からなかった。
「悟空……お前、オレたちが役に立ってたのか」

「当たり前だろ? オラが強くなれたのは一人じゃなかったからだし……“孫悟空”に戻れたのも、皆を思い出せたからだし」

事もなげに答える悟空。
その何気ない言葉が、ヤムチャの何かをひっくり返した。
それまで、悟空さえいれば主催者を倒せると思っていた。
悟空は、いつも一人で大事件を解決してしまうものだと思っていた。
役に立っていない筆頭が、他ならぬヤムチャだと知っていた。
その背中は、嫉妬する気すら起こらないほど、
ずっと、遠くに行ってしまったと思っていた。

その悟空が、皆が――ヤムチャも含めた皆が――必要だったと言ってくれた。

悟空は、ヤムチャを見捨てなかった。
悟空が、ヤムチャを仲間だと認めてくれた。
悟空が、ヤムチャが必要だったと言ってくれた。
それは、ドラゴンボールを使っても得られない。
ヤムチャにとって“世界でいっとうゆかいな奇跡”だった。
自他共にヘタレを認めるヤムチャにも、たったひとつ確信ができた。

ここで悟空と共に行かなきゃ、もう二度と誰かを“仲間”と呼べない。

サクラが怖いだとか、糾弾されるとか、足元がお留守だとか言っていられない。
ヤムチャは、このゲームが始まって、何度目かの『決意』を固めた。
ただし、今度の決意には、今までのヤムチャになかったものがある。
それは、覚悟。
噛ませ犬で上等だ。
また失敗するかもしれないのが何だ。
クリリンはもう、失敗さえできないんだ。
「やってやろうじゃないか悟空」
足元がお留守だろうと、仲間の盾になるぐらいはできる。
「戦闘力も地球人もサイヤ人も関係ない。『戦士』として、オレたちはこのクソッたれゲームを破壊する!
俺は、一度本気でゲームに乗っちまった人殺しだ。それでも、お前の仲間として意地ぐらいは張ってやる!」
「おう!」
握った2人の拳が、空中でゴツンと衝突した。
こうして、2人の戦士は充分に英気を充填したかに見えたが、

ぐうぅぅきゅるるうぅぅ~

「は、腹へった」
英気で食欲を満たすことは出来なかった。
腹の虫を大声で鳴かせて、悟空はそのままへたりこむ。
ヤムチャは焦る。
孫悟空は、空腹だと普段の半分も動けなくなる。
そして、食べる時はそれこそ何十人分も食べる。それだけの量を必要とする。
「そ、そうだな……オレたちの食糧が余ってるからやるよ。オレたちもそんなに持ってないけどな」
2人分のディパックを差し出した。
ヤムチャたちも正直、昼から食べていなかったのだが、戦力差を考えると全て悟空に与えるのもやむ無しだった。
「ありがとよ。けど、こいつの食い物も勝手に食べちまっていいのか?」
悟空はディパックを引き寄せながらも、睡眠中の洋一を気遣う。
「大丈夫だって。何かこいつ、小食みたいだから。昼間もあんまり食わなかったし」
正確には、洋一は「食わなかった」のではなく「疲労のせいで食えなかった」のだが、
そこに気づいてやれないあたり、覚悟ができてもヤムチャヤムチャだった。
「そうなのか? そう言えばひょろそうな奴だなあ」
悟空は空腹に急かされてさっそく缶詰を開け、そういやこいつも戦わせるつもりなのかと尋ねた。
いくら『皆で力を合わせて主催者を倒す』と言っても、戦う意思もあるか分からない一般人を巻き込むのには、抵抗がある。
孫悟空は良い意味で甘い男だった。
しかしヤムチャは事もなげに答える。
「連れて行ってやってもいいんじゃねえか?
洋一も俺に向かって役に立ちたいって言ってくれたし、第一ここに一人置いていっても危険に変わりないしな。
……ちょっと胡散臭い話だが、超すごい変身能力とやらもあるらしいぞ」
正確には『役に立ちたい』ではなく、『役に立つから殺さないで』と言ったのだが、
そこはおおざっぱに記憶を改ざんしてしまうのが、ヤムチャヤムチャたる所以であった。
そして、普通ならこれだけの情報では胡散臭く感じるのだろうが、
「……へえ、見た目より度胸のある奴なんだなあ。しかも変身なんてできるのか」
過去に何度も冒険をして、ドラキュラや透明人間や人造人間や地球割りをする少女などなどを眼にし、
不可思議な存在への違和感が摩耗していた悟空は、『変身すると超強くなる』という話をすんなりと受け入れてしまったのだった。

悟空が、ヤムチャと洋一のさほど多くない食糧を食べ尽くすのに一分とかからなかった。


 ◆  ◆  ◆


洋一が深い深い睡眠を選んだのには、疲労だけでなく、一種の逃避も含まれていた。
とにかく、目の前の現実から遠ざかりたいという逃避の願望。
しかしケンシロウの一件もそうだったが、絶対的な不運を持つ追手内洋一が眠りに落ちたとして、
目覚めた時に状況が好転している見込みは低い。
いや、状況だけ見れば、ゲームに乗っていた強い戦闘力を持つ2人が、
方針を改め、対主催に向けて動き出したのだから、確実に好転しているはずだった。
むしろ、悟空と合流してから、細かな幸運が彼らを何度も救っている。

例えば、洋一ヤムチャ一行が探していた孫悟空に、巡り会えたこと。

例えば、その出会いと時間帯をほぼ同じくして、フレイザードピッコロを殺したこと。
それにより、直後の放送でピッコロの名前が呼ばれ、ドラゴンボール計画が破綻したこと。
このことでヤムチャが指針を失い、結果として、目覚めた悟空と行動方針の対立が起こらずに済んだ。

例えば、このことが原因で電車が破壊され、ピッコロフレイザードの同盟も破綻したこと。
これによって、前世の実を持った最強マーダーが南下してくることはなくなり、フレイザードも一息ついた。
その結果、関東一帯にマーダーの気配はなくなり、悟空とヤムチャはゆっくり休息を取り、
情報交換を行い、ヤムチャに至っては頭を冷やして犯した過ちを省みる時間さえ手に入れた。

結果的に、彼らは得をする位置にいた。
これまで洋一と同行した人間が、例外なく不運な目に遭ったにも関わらず、
この六時間近くは悟空たちにとって驚くほど順調に流れていた。

しかし、洋一の主観ではどうだろうか。


逃避の夢から目覚めた時、洋一は再びヤムチャの背中で運ばれて移動していた。
その不愉快なデジャヴに、彼はしばし現状を把握しそこねてぼんやりとしていた。
そのままふと、横を向く。
すると、ヤムチャ曰く怪物のように強いという傷だらけで筋骨隆々の男がすぐ横を風のように並走しており、
「オッス洋一。オラは孫悟空だ!」などと人懐っこく挨拶してきたのだ。
ヤムチャの背中で失禁をせずに済んだのは、ひとえに一度ヤムチャの背中で吐いているという恐怖体験の生んだ教訓だったろう。
「あ、あばばばばばば…………」
「おう! 目が覚めたか洋一!」
歯の根が合わない洋一に、やけに明るくなったヤムチャが、尋ねもしないのに今後の方針をベラベラと話す。
「参加者を殺せなんて言って悪かった」というヤムチャの謝罪に、洋一は当初、奇跡を見た。
(ひょ、ひょっとして、オレが寝ている間に幸運がこっちに向かって……)
しかし、続く内容に凍りついた。
(主催者に戦いを挑む? マジで? オレも一緒に?)
洋一にとってその道は、先程までの道とどちらが楽だっただろうか。
(「参加者を殺せ」だとまだオレにも生き残れる可能性あったじゃん……ひょっとすると相手がオレより弱い一般人かもしれないし。
でも主催者を倒すとか無理だよ。オレはただの中学生なんだよ。
いや、らっきょがあったって勝てる気しないよ。何考えてんだよこいつら)
仮に洋一より弱い参加者がいたとしても、彼に殺害するだけの度胸があったのかは疑わしいが、洋一にそんなことを顧みる余裕はない。
そう、心の底から“戦いたくない”と思っている洋一にとって、
“絶対に主催者を倒してみせる”という鋼の意志を固めた悟空との出会いは、まさに恐れていた“ついてない”出来事だった。
全てが全て、洋一によって起こった事態ではない。
しかしこの時、悟空の目的が、洋一にとっての不運であったことは事実。
結果的に孫悟空は、追手内洋一の不運から逆に恩恵を受けていた。
とはいえ、洋一を保護する悟空たちの危険が洋一の不運でもある以上、いつ崩れるかも分からない幸運ではあったのだが……

(逃げよう。とにかくこいつらから逃げよう。
でも、オレなんかこいつらの前じゃゴミみたいなもんだし、逃げたいなんて言ったら何されるか……)
洋一の頭は、もはや『どうやって眼の前の2人から遠ざかるか』にのみ支配されていた。
(でもオレ、背負われたままだし、走って逃げたところで、追いつかれるのが眼に見えてるし……
そうだ、『足手まといはほっといて先に行ってください作戦』とか……?)
「……あの、背負ってもらわなくていいんで、オレ自分で歩きますよ」
「遠慮すんなって。オレにはお前一人の体重が増えたってたいして変わらねえよ」
「そうそう。お前、変身して戦うつもりなんだろ。その時が来るまでしっかり休んでおけよ……
それにしてもお前の声、クリリンに似てんなあ。それともルフィに似てるのか?」

(俺も戦わされること確定かよ…………ついて……ねぇ)
ガクッ


 暗転。



『DRAGON BALL project』総集編  ……特別ゲスト追手内洋一・おわり


  ――――――

 キャスト
 孫悟空:野沢雅子
 ヤムチャ:古谷徹
 クリリン(回想):田中真弓
 ブルマ(回想):鶴ひろみ
 チチ(回想):荘真由美
 ナレーター:八奈見乗児

 特別出演・追手内洋一:田中真弓

エンディング:『DAN DAN 心魅かれてく』
作詞坂井泉水
作曲織田哲郎
編曲葉山たけし
歌 FIERD OF VIEW


♪だんだん 心魅かれてく♪


     (CV八奈見乗児)
        「どじで、あかるくて
         やさしくて
         そんな悟空が、みんな大好きだったから……」


♪この宇宙(ほし)の希望のカケラ♪


――悟空、そんなのも直せねえのかよ?情けねえなぁ…ハハハ!ちょっと貸してみろって!
――悟空さ~!晩飯が出来ただよーっ!?
――孫君、ほら、ここを押したら……ね?簡単でしょ?この光ってるのが四星球よ。


♪きっと誰もが 永遠を手に入れたい♪


――もし叶うなら、生まれ変わっても……また、会おうな。
  だってお前は、オレの、一番の………


♪果てない暗闇(やみ)から飛び出そう♪


        「だからこのお話は、ここで『おしまい』じゃない」


♪hold your hand……

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最終更新:2024年08月04日 16:01