女神の鎮魂歌 第一楽章
緞帳が開いてゆく。
ざわめきが膨れ上がり、巻き起こる大喚声がホールを震撼させた。
ミラーボールが、スポットライトが、目映いばかりに輝きを放ち、
DJのナレーションと共に鼓膜を軋ませる程のボリュームで、
コンサートの幕が切って落とされる。
壇上に躍り出て、煌びやかな衣装を翻して歓声に答えると、
観衆のボルテージは最高潮に達した。
歌を歌う。おどりをおどる。
たかがそれだけの行為に、狂喜乱舞する愚かなオーディエンス。
その光景は、数多の夢の亡骸を積み上げた山の、
頂点に君臨する者だけが臨むことの許される景色だった。
世界がいま、ひとつになっている。
そしてその中心にいる私。
富と名声。至福と快感。お前は、この世の全てを掴んだ女だと、
ここにいない者達は、或いはそんな眼差しで私を見ているかもしれない。
だけど、安心するがいい。
そんなものは、幻想だから。
<あるトップアイドルの独白>
≡ ≡ ≡
# A #
月夜だった。
瓦礫の散乱する車道に二つの影が揺れている。
廃墟と化した街を、ミサはダイの手を取って歩き続けていた。
大阪城が見えてきた。目的地はもう目と鼻の先だ。
いつ、誰と出会っても不思議はない。
「もうすぐ大阪だよ」
「うん、Lのヤツはそこにいるんだね。ミサさん」
「そうよ。でもダイくん、私、怖い」
「大丈夫。ミサさんを怖がらせるヤツらは、オレがみんな倒してやるから」
「本当?」
「うん、ほんの少しだけど、力も戻ってきたみたいだ。
いまならライデインもストラッシュも、一発づつは撃てると思う。だから、大丈夫」
声を震わせるミサに、ダイは敢然と言い放った。
(ほら、男なんて簡単なものよ)
ほくそ笑む。嫌々続けていた芸能界だったが、
その経験は、この世界では意外と役に立っていた。
ことは計画通りに進んでいた。
ミサの最終目標は、優勝の報酬として得られる死者の蘇生。
自分が優勝し、想い人・
夜神月を生き返らせる。
ダイはその為の道具に過ぎない。
だが、まだ物足りない
ミサは足を止め、道具に囁きかける。
「倒す?何を言っているの、ダイくん」
「え?」
「殺さないと、ダメに決まっているじゃない」
「こ、殺す?」
「そう。だってそんな悪い人達を放っておいたら、
善い人達がどんどん犠牲になってゆくのよ」
「でも」
「思い出して。ダイくんの仲間達も、みんな悪い人達に殺されたのでしょ。
何より親友の、
ポップくんのことを大切に思うなら」
そうだ殺せ。何を躊躇っている。
煮え切らないダイに、ミサは苛立つ。
「違う。みんなが死んだのは、オレのせいなんだ。
オレがみんなの言うことを、ちゃんと聞いてれば」
「そうよダイくん。だからもう、これ以上お姉さんを困らせないで」
「う、うんそうだね。ごめん。オレ、ミサさん言う通りにするよ」
ダイが俯いた。そうだ、分かればいい。
一転してミサはご機嫌になる。
「ごめんなさい。嫌なこと思い出させちゃったね」
「違うよ。謝るのはオレの方なんだ。
ミサさんはオレの為を思って言っているのに、オレは」
しゅんとなるダイ。
その姿は勇者というよりも、むしろ怯えた子犬のようだ。
ただ無垢な男の子。それも今時珍しい程に。
「ちょっと休もっか」
少しいたたまれない気持ちになって、ミサはそう言っていた。
ダイを誘い、道端にあったバス停のベンチに腰かける。
「ごめん、まだ怒ってる?ミサさんに見捨てられたら、オレ」
「大丈夫よ。私がずっと一緒にいてあげるから」
言葉に詰まるダイに優しく囁いて、
ミサは両腕をダイの体にするりと絡ませる。
抱き寄せた。ダイは束の間体を強張らせたが、
しかし大人しくミサに身を預けた。
抱き合う二人。
そう、あなたは盲目の勇者。一人では、歩くこともままならない。
だからせめていまは、ミサがあなたの目になってあげる。
勇者の眼。意外と悪くない響きかもしれない。
(でも、全ては)
ミサは空を見上げた。
夜空に浮かぶ月。魅入る。いや、魅入られる。
―――ライト。
「?」
ダイが身じろぎをした。知らず、呟いていたようだった。
ミサは微笑み、何でもないと小さく声を掛けた。
心が焦がれてゆく。
何もかもが虚ろな現実の中で、
ひとつだけ確かなものがある。
それが愛だ。
≡ ≡ ≡
# B #
夜風が肌を刺してくる。
大阪城という城の頂きに昇り、飛影は街を見渡していた。
静かな夜。だがこれは嵐の前の静けさだと、飛影の直感が告げていた。
目は冴えている。
それは放送後、再び眠りに着いたのも束の間の時間だった。
まるで何かに呼び覚まされるように飛影は目覚め、そのまま戦いを求めて大阪に来た。
前に訪れてから実に6時間以上が経過している。
自分以外に、訪問者がいるかもしれない。
だが、いまの所その気配は無い。
ならば、この予感のようなものは、何だ。
問い掛けてから、いずれ嫌でも分かる。と飛影は思い直す。
別に答えを急ぐ理由もないのだ。
いまとなっては、何もかもが虚しかった。
小さな生きがいを、得ては失うということを繰り返してきた。
そんな生に意味はあるのか、考えるのにも飽きていた。
不意に、邪眼が何かを捕捉した。
人影、それも一つではない。
即座に、飛影は城の頂きから身を躍らせた。
二つの目で迫る地面を見下ろしながら、第三の目を閉ざす。
目的は、ただ戦いそのもの。だからこれ以上の情報は必要ない。
着地した。そのまま影に向かい疾駆してゆく。
風。傷口に沁みてくる。
満身創痍、特に上半身が顕著だった。
不完全だったとは言え、星矢の捨て身の投げ技で頭から地に叩きつけられたのだ。
だが一方で、下半身にはさしたる負傷は無かった。
まだ瞬発力は損なわれていない。
それでも長期戦は禁物。決着は一瞬で着けてやる。
もう虚しさは消えていた。
そうだ、いまなら分かる。オレには、戦いこそが。
≡ ≡ ≡
何かが来る。
そう思った時には、その影はもう目の前にいた。
風のような速さだった。ポップは狼狽を覚えつつLの前に出る。
「貴様は、強いのか?」
低い声。闇の中でぎらりと光る三白眼。
一瞬、呑まれそうになる気持ちを抑え、ポップは影に喰ってかかった。
「てめえ、いきなり何の用だ」
「ポップさん。まずは話を聞いてみましょう」
杖を構え、戦闘体勢を取るポップをLが冷静な口調で制す。
言いたいことは分かる。だが弱みを見せたら殺される。
そんな一触即発の気配がこの影にはある。
「聞いてやるさ。貴様らの体にな」
「ぐっ」
刹那、影が消えた。
衝撃音、そして呻き声。背後でそれが同時に響いた。
振り向くと、仰け反ったような体勢でLが宙に舞い上がっていた。
「え、L―――!!」
愕然とした。見えなかった。
背後に廻られた瞬間も。どんな技を使ったのかも。
「うおおおっ、ベギラマーッ!!」
闇に閃光が奔った。閃熱系中位呪文ベギラマ。
振り向きざまに、ポップが掌から放射させた熱線が、
Lを吹き飛ばしたまま至近距離で佇む影を貫く。
「ぐはっ」
声を上げたのは自分だった。
重い衝撃が腹にめり込んできた。激痛が奔り、呼吸が止まった。
「何だ。こんなものか」
憮然とした声が聞こえ、そのまま意識が闇に落ちた。
≡ ≡ ≡
「貴様には見覚えがある。確か」
「つっ、人に“名”を訪ねる前には、まず自分が名乗るのが礼儀だと思いますが」
「ほう、失くしたいのは持物だけではないようだな」
「殺すならどうぞ。あなたが首輪を外したくないというのなら。ゴホッ」
「何?」
(ノートは無事だ。後は“名前”さえ分かれば)
≡ ≡ ≡
Lは慎重に話し始めた。
まずは目的。首輪の解除を目指していること。
次に勧誘。主催者の打倒の為に、仲間を集めているということ。
そして、話が現段階で判明していることに及ぶと、影は鼻で笑って言い放った。
「話にならんな」
「やはりそう思いますか。ですが私達は」
「御託はいらん。いいか、まずは貴様らが結果を出せ。
次に会う時までは生かしておいてやる。だが、その次は無いと肝に銘じておけ。
そこで死んだ振りをしている鼻垂れ小僧もな」
「―――ちっ、ばれていたか」
「ポップさん。起きていたのですか」
「あ、お待ち下さい」
「?」
「いつか必ず、あなたを仲間に入れてみせます。
先程ご自身で言われたこと、どうか忘れないで下さい」
「フン」
「それともう一つ。彼の“名前”は鼻垂れ小僧でありません。
ポップという立派な“名前”がありますので、それも覚えておいて下さい。
ほら、ポップさんも未来の仲間に挨拶を」
「―――ッ!?
えっああ。オレはポップ。大魔道士ポップだ。
宜しくな、えーっとあれ? L、こいつの“名前”何だっけ?」
「(良し、通じた)いえ、確かまだ聞いては」
「そうか、なら最後にあんたの“名前”を教えてくれねえか?
オレも自分を倒したヤツの“名前”くらい知って置きてえし」
「フッ、一度しか言わんぞ」
「「(ドキドキ)」」
「―――ひえ・・・」
「「( 計 画 通 ・・・あれ?)」」
「気が変わった。じゃあな」
「「(ズコー)」」
≡ ≡ ≡
(ひ、ひえ)
(ひえ、ひえ、ひえ)
(ひえ、ひえ、ひえ、ひえ)
(えーと、ありました。“飛影”ですね)
(ああ間違いねえ。他にそれらしき候補もないし。
ふう、一瞬ばれたかと思ったぜ。でどうする?デスノートを使うなら)
(それはこれから考えましょう。確かにフェザーを奪われたのは痛いですが、
他に取られた物は、我々にはあまり使い道のない物ばかりですし)
(まあ、ノートも往復はがきも無事だしな。それにオレの杖や食料も)
(はい。身ぐるみを剥がされなかったのは、
ある意味では、彼の私達に対する期待の表れ、とも言えるでしょう)
(だな。それより引っかかるのは)
(はい。何故名乗るのを躊躇したのか。何かトラウマでもあるのか?)
(それはさて置きポップさん。
てっきり本当に気絶していたのかと思っていましたよ)
(あ、ああ。食らう直前に自分に回復呪文を掛けていたのさ。
あれだけ早いヤツに勝つには、どうにかして隙を作り出させねえと無理だしな)
(成程。最初から一発目は食らってやるつもりだったと。
そして倒れたと見せかけて密かに回復を図り、機を待っていた、か。
ただそれは、致命傷を貰わないという保証がなければ採れない策ですが)
(へっ、保証はあったさ。というか、この状況が証拠さ。
何よりもうバレちまった手品だしな。今更タネを明かしたって虚しいだけだぜ。
くそっ、あいつが気を抜くところを狙っていたんだが、全く油断も隙もねえヤツだぜ)
(あなたもね。というか早く治療をお願いします。痛くて適いません)
(ワガママなヤツだな。オレだってまだ痛えのに。ぐっ)
≡ ≡ ≡
その後、ポップと傷の手当をしながら、今後の方針を話し合った。
かなりの議論になったが、デスノートの切れ端は結局使わないことにした。
主な理由は以下の通りだ。
当面の危機は去ったということ。
飛影が無差別マーダーではないと思われるということ。
そして、僅かではあるが、彼を仲間に引き込める可能性を見出せたということ。
無論、彼を野放しにすることで、
これから集めようとしていた戦力が削られる可能性もある。
だが逆に言えば、ゲームに乗った強敵と潰しあってくれる可能性もあるのだ。
リスクもリターンもある。
ならばいつでもカードが切れる状態で、見が妥当だろう。
こちらもまだ
切り札を失いたくはない。ノートは連続では使えないのだ。
そして、決め手はポップのこの一言だった。
「それにしても飛影、恐ろしい相手でした。
ポップさんの親友、勇者ダイさんでも彼に勝つのは厳しいのでは?」
「大丈夫さ。あいつはいままでどんな強敵にも勝ってきた。
あいつは、ダイはオレ達の希望なんだ」
ならばいいのだが。
ノートの切れ端をポケットに仕舞いながらLはまた思案する。
不確定要素が多すぎる。
だから、覚悟だけはしておこう。
いざという時は、私がキラになる、と。
その後、L達は暫し休息を取ることにした。
自分達の治療により、残り僅かになったポップの魔力を回復させる為だった。
もしいま、迂闊に動き、敵に襲われたら戦える手段がないのだ。
≡ ≡ ≡
# C #
大阪と京都の県境付近。
高速道路のインターチェンジにて。
≡ ≡ ≡
銀さん。僕らはいま、お墓を掘っています。
これから埋葬されるのは、県境付近に野晒しになっていた学生らしき遺体です。
棒のようなもので殴られたのが死因だ、とサクラさんは言いました。
みんな無言で穴を掘り続けています。
掘りながら、死のあっけなさを、理不尽さを、改めて痛感しているのです。
銀さん。この学生と、僕の違いは一体何だったのでしょう。
いえ、ここまでに命を奪われた100人以上の人達と、僕らの違いは。
人生とは自ら切り開いていくもの。
そう考えていた時期が僕にもありました。
でも現実はどうでしょう。
運、不運。場所、支給品、天候、そして出会い。
自分の力では、どうにもならないことがあり過ぎる。
銀さん、もしかすると僕は、本当に生き抜いているのではなく、
生かされているのではないでしょうか。
≡ ≡ ≡
小休止の後、一行は周囲の探索をしながら徐々に西進してきた。
満身創痍の新八(と仙道)には辛い移動となったが、
みんなは不平も言わず自分にペースに合わせてくれた。
京都南部にて、男子学生のものと思しき遺体を発見したのはその道中だった。
早く四国へ行きたい気持ちは山々だったが、話し合いの末埋葬をすることにした。
兵庫から近づいてきた、
オリハルコンレーダーの反応も気になる。
対策も考えなければならない。支給品の配分の見直しもした。
墓を作り、話し合いが終わった後、サクラが単身で西へ向かった。
まずは反応の正体を見定める為だった。
その間、残りのメンバーは香の指導の下に周囲にトラップを張っていた。
万が一、戦闘になった際はここに敵を引き込む。
何より、敵に襲われる可能性は今すぐにでもある。用心に越したことはない。
そしていまに至る。
「「「L・O・V・E・お・つ・う!!」」」
「声が小さい!!もっと大きく!!」
「「「L! O! V! E! お! つ! う!!」」」
「おいリョーマァァ!いやナンバー3!何ぼけっとしてんだ声張れぇぇ」
「えええ!?」
「きゅ、急にどうしたんだ新八くん。香さん、早く新八くんを止めましょう」
「あはは、こう?L・O・V・E・お・つ・う!!」
「よぉーーし!その調子だナンバー4ォォ!」
「か、香さんまで。だ、駄目だこの人達、早く何とかしないと」
「はぁ、サクラさん早く帰ってきてくんないかな」
「ナンバー3ィィ!!ナンバー5ゥゥ!!」
「う、ういっす!L・O・(ry」「さあ、いこーかL・O・(ry」
喜怒哀楽。各々の感情を乗せた叫び声が夜空に響く中、
どの声よりも強く確かに、心の中でひとり新八は語りかけていた。
(なんちゃって。分かっていますよ銀さん。
いまは立ち止まっている暇なんてないですもんね)
(銀さん。僕、もっと強くなりたいです)
(いや。“なりたい”じゃなくて、強くなります)
(護られるばかりじゃなく、誰かを護れるくらい、強く)
(大丈夫。いままでだって何かを護る度に、
ちょっとずつだけど強くなってきたじゃないですか)
(だから涙を拭いて行こう)
(きっとまたひとつ、強くなれるさ)
(だから聞いて下さい。銀さん。これが僕の、僕なりの決意です)
新八は、仙道から譲られた雷神剣を振り翳し、空に向かって叫んだ。
「お前ら覚えておけェェェ!」
「は、はいっ」
「侍はァァ!!一旦護ると決めた物はァァ!!
死 ん で も 護 r「あぁどっこいしょ!」グボァー」「キャーサクラサーン」
≡ ≡ ≡
「ぐおっ、ぐおおおおっ!ぼっ、僕の顔がァァァ」
「ふう。また、詰まらない物を殴ってしまったわ」
顔面パンチを喰らい、のたうちまわる新八。
を横目に、偵察から戻ってきたサクラがパンパンと腕をはたきながら言った。
「おっ、おかえりサクラちゃん。ど、どうだった?」
「はい。反応の正体と会ってきました。
『勇者ダイ』くんと『ミサ』さんという女の子です」
「「「!」」」
「仙道先輩。ダイって、あの会場で主催者に向かっていった人?」
「ああ、そして
太公望さんの仲間だ。やりましたね香さん」
「ええ。それでサクラちゃん。そのダイくん達はいまどこ?」
「はい、少し休んだらこちらに向かうそうです」
≡ ≡ ≡
# D #
仙道だけでなく、香とリョーマも現代日本の関東出身だった。
だから、本来の名神高速道路の姿を熟知している者はこのチームにはいない。
ただ少なくとも、この世界における京都・大阪間は小規模な山岳地帯となっており、
当路線は、その山岳地帯を貫く短いトンネルにより両エリアを繋げていた。
トンネルを抜けて大阪に入ると道路は高架になっており、
道の両サイドにはアーチ型の仕切りが設けられていた。
車線は縮小された世界の影響か一般道と同じく上下一車線ずつで、
中央には白線のみでレールなどの障害物はない。
以上が、現在仙道達の行く名神高速道路の大まかな構造だった。
≡ ≡ ≡
真夜中の車道。
遠くから二つの影が近づいて来る。
みんなの歩みが早くなっていた。
遂に会える。そう思うだけで胸に迫るものがあった。
ダイというまだ見ぬ仲間の存在は、太公望が命と引き換えに渡してくれた情報であり、
心の拠り所だった。香も同じ気持ちだろう。
彼なら大丈夫だ。直ぐに会いに行こう。
仙道が言い出すまでもなく、満場一致でそう決まった。
ダイが主催者に立ち向かう姿は、みんな最初に見ているのだ。
仙道と香以上に嬉しそうだったのは、ダイに会った当人のサクラだった。
このまま合流すれば、ダイは頼れる戦力となってくれるだろう。
無力な自分達を一人で守らなければならない、という使命や重圧から解放される。
ただ、サクラは主にミサと言う同行者と話しただけで、
一緒にいた筈のダイの姿を良く確認していないようだった。
仙道はそこに少し違和感を覚えたが、
サクラは自信を持って、会ったのはダイに間違いなかった、と言った。
逆に少し複雑そうな顔をしていたのはリョーマだ。
事故とは言え彼が殺してしまった少年、キルア。
もしダイ達がキルアと何らかの関係を持っていたら、と考えているのだろう。
ただ、それはリョーマが自分で乗り越えなければならない問題だった。
足音だけが響いてゆく。
距離が近づくにつれて、みんな無言になっていった。
陰影もはっきり見えてきた。小柄な少年と少女、それは間違いない。
そして、その時がきた。
≡ ≡ ≡
トンネルを抜けてから数分歩いた頃か。
そこで一同は、初めてダイ達と相まみえることができた。
現在の両者の間隔は、バスケットコートに例えるとエンドラインからセンター程。
月明かりが逆光になっており、ダイ達の表情は良く分からない。
更に仙道達が近付くと、ミサという少女がダイに何か耳打ちをした。
仙道も確信した。雰囲気、服装、体格。
目の前の少年は、確かに自分の記憶にあるダイの面影と一致していた。
感慨が込み上げてくる。思えば、話したいことが沢山あった。
太公望のこと、ダイのこと、自分達のこと、今後のこと。
ただ、いざ本人を目の前にすると、
何から話すべきなのか、どう切り出すべきなのか、何も分からなくなった。
そんな風に一人悶々としていると、新八と香が前に出て言った。
「始めまして。あたしは
槇村香、宜しくね」
「ぼっ、僕は
志村新八。隊長って呼んで下さい」
「隊、長?」「オタク侍でいいっスよ」「オイイイ(ry」
「うふふ、私はミサ。で、この子はダイくん」
「知っているわ。ダイくんね、ずっと会いたかった」
「えっ、何でお姉さんはオレを知ってるの?」
「しっ。駄目だよダイくん」
「あっ、うんゴメン」
「?」
香に質問をしたダイを、ミサが小声で叱る。
何処に怒られる原因があったのだろう、と仙道は束の間考えた。
「ごめんなさい。会っていきなりなのだけど、私、みなさん達にお願いがあるんです」
「え、なに?」
「ダイくん、いくよ。準備はいい?」
頷いて、ダイが剣に手を掛ける。その時、仙道は初めて異変を感じた。
香も眉を顰めている。リョーマに至っては既にラケットを出していた。
「あ、あれ?抜けない」
「ちょっと何モタモタしてんの。いまがチャンスなのよっ」
「でもミサさん、オレの剣が」
「剣なんか無くてもやれるでしょ。早く」
「う、うん」
小声で言い合う二人に、香が不審そうに声をかけた。
「あなた達、何の話をしているの?」
「香さん、下がって下さい。何かおかしいです」
「いいわもう、私がやるから」
言うなり、ミサがスカートの中からそれを取り出しこちらに向けた。
仙道は息を呑んだ。その月明かりに黒光りするそれは、紛れもない、銃。
打って変わり冷然とした声で、ミサが言い放った。
「―――あんた達、死刑」
誰かが叫んだ。
「何すんだアンタぁぁぁぁ」
「みんな、逃げ」
銃声。
途端、仙道の全身にもの凄い衝撃が奔った。
体が宙に投げ出された。自分がいま、倒れようとしている。
「仙道くーん!!」
「ライデイーンッ!!」
二度目の銃声、絶叫、ダイの声。立て続けにそれを仙道は聞いた。
視界が真っ白になる。
何故ダイが。遅れてそんな想いが押し寄せてきた。
≡ ≡ ≡
最終更新:2011年01月14日 21:38