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ある人形師の話

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匿名ユーザー

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テーブルを挟む形で配された二つの椅子と、それに座した二つの影。
一人は黒髪の老人。 一人はまだ若い青年。
老人は青年に言う。
「もうお前も大きくなったし、腕も私を超えている。 丁度良い機会だ、少し、昔話をしよう。」



――――ある人形師の話



昔、ある国の国境沿いの村に二人の若い男が住んでいた。
二人の男は共に生まれついて手先が器用で、人形師を生業としていた。
一方の赤みがかった茶髪の男の作る人形の見事なことと、同時にその器用さにより繰り師でもあった男は村の者達に名人形師と敬われていた。
他方の黒髪の男の作る人形も見事なものであったが、赤茶髪の男には及ばず、また人形を繰ることは不得手で、赤茶髪の男の影に隠れがちだった。
そのような状況であっても、黒髪の男は村を出はせず、いつかは赤茶髪の男に追いつくために日夜人形制作に勤しんでいた。
その姿勢を村人達は評価しており、二人の男は共に村の者達に好かれていた。
二人の男は良き友であり敵であった。
また、黒髪の男は一人身だったが赤茶髪の男には妻がいた。
女は鳶色の瞳にプラチナブロンドの髪、そして真珠を思わせる乳白色の肌を持ち、常々他の者から美しいと評されていた。
彼女は一本芯の通った、有体に言えば姉御肌な人物で、体の弱い者の世話をしたり、村の女たちや時には男たちの悩みを聞いていた。
そういったこともあり、この女もまた男二人のように村人たちに好かれていた。
黒髪の男はその女に恋をしていたが、女が茶髪の男を好いていると知った時も、茶髪の男と結婚した時も、心から応援し祝福した。
それが彼女の幸せなのだと信じて。

茶髪の男と女の生活は結婚後結構の時間が経っても全くと言って良いほど変わらず、周囲の者も互いがどれ程愛し合っているかを知っていたのでそれも当然と考えていた。
加えて、彼らは不思議と外見が若いままだった。 年は三十に近いというのに外見からは二十を幾らか過ぎた程度にしか見えなかった。
その為、中には 『あの二人は時の流れから外れてるんじゃないか』 と冗談を言う輩もいた。
しかしそうでないことは残念にも証明されてしまった。
女が病の淵に倒れた。 その病は近隣の村のどの医者をもってしても、治せない代物だった。
横になった彼女の周りには、常に人がいた。
昼には手の空いた村の者達が、夜は茶髪の男と時には黒髪の男もいた。
日に日に衰弱していく女の姿が見るのに耐えられず、見舞いに来る者達は目を伏せがちになっていった。
そんな者達にも彼女は 「大丈夫だから」 と気丈に笑って見せた。
そういった態度が、より他の者たちの悲しみを誘った。

ある黄昏時のこと、彼女が逝った。
茶髪と黒髪、二人の男が見守る中、ゆっくりと目を瞑り眠るように逝った。
今際の時、辛そうな二人の男に彼女は 「気を落とさないで。 見て、奇麗な空。 私はあそこへ行くのよ」 ……そう言い残した。



それからというもの、黒髪の男は殆ど家から出てこなかった。
外にいると、道の途中やちょっとした木陰、どこかの民家に彼女が居るような気がして耐えられなかった。
家に居ても何もしないで居ると悲しみに押しつぶされそうな気がして、男は黙々と人形を作っていった。
しかし、何体もの人形を作ってもどこかしらが彼女に似てしまう。 それが男には耐えられず、作っては壊すを繰り返した。
一週間ほど経った頃。 黒髪の男は漸く、作った人形を壊さずに済んだ。
作られた人形は暗い緑のウェーブがかった髪に、若草色の瞳を持ったものだった。
これなら、外に出ても耐えられないことはないだろう。 男はそう判断して、ゆっくりと散歩を始めた。
陽が眩しく黒髪の男を照らした。 それが男には心地よく思えた。
彼女がよく村人たちと話していた木陰、彼女が世話をしていた者の家、そういったところ見ても多少切ない気持ちにはなったが耐えられないほどではなかった。
道すがら会う者の皆に心配してたと言われ、申し訳ない気持ちに男はなった。
そんな時、男はふと思いついた。 茶髪の男はどうしたのだろう、と。
丁度、茶髪の男の隣人――と言っても家同士の距離はそれなりに離れてはいるが――に会った。
その男に、茶髪の男はどうしているのかと尋ねたところ、黒髪の男と同じく家に閉じこもっているのだが、なにやら様子がおかしいらしい。
茶髪の男の家の前を通ると時折、妙な声が聞こえることがあるという。
不審に思った黒髪の男は、その隣人を連れて一先ず様子を見に行くことにした。

途中、何人かの村人に会い事情を説明したところ、全員が共に来た。
茶髪の男の家の扉を黒髪の男がノックする。
当然の如く返事は、ない。
仕方なく黒髪の男は扉を開け中に入った。
他の者は、不振がっているというよりは不気味がった様子で、茶髪の男の家の扉をくぐろうとはしなかった。
外は明るいというのに中は薄暗く、何か生臭い臭いがする。
家の奥にある作業場から薄く明かりが漏れていた。 臭いはそちらから漏れているようだ。
黒髪の男がそちらへ向かうと、入り口の正面の机に、茶髪の男がこちらを向いて腰掛けていた。
その部屋に入って初めて、茶髪の男は来訪者に気づいたようだった。
ゆっくりと顔を上げると、フッと笑った。
茶髪の男の頬はこけ、眼は充血しきって今にも落ちそうなほどに飛び出していた。
その様子はとても同一人物とは思えなかった。
「やぁ、君か」
しわがれた声で茶髪の男は言った。
「ついさっき、ほんのさっきだ。 ついに、ついに出来たんだ」
茶髪の男は言いながら肩を震わせている。
「出来たって、なにがだ」
黒髪の男が問うと、茶髪の男は緩慢な動作で震える左手を上げ、入り口から見て左手の暗がりを指した。

そこには、彼女が居た。

黒髪の男は眼を疑った。 何故此処に彼女が居るのか。
葬儀には参加したし、確かに埋葬されたのをこの眼で見た。 だというのに目の前に彼女が眼を瞑り佇んでいた。
そこまで思考した時に気づいた。
そこに居た彼女は、生前の彼女の半分程度の身長しかなかった。
「……これは、人形なのか」
黒髪の男は 『彼女』 に近づいた。 しかし、近づいても彼女にしか見えなかった。
「あぁ、人形だ」
茶髪の男の声は震えていた。
「そいつはただの人形だ。 いくら似ていても、彼女じゃあない。 彼女は死んだんだ。 何度、何を叫んだところで戻ってきはしない」
「おい、どうした」
茶髪の男の様子がおかしいと思った黒髪の男は振り向いた。
その時に男は初めて気が付いた。 茶髪の男の右腕の肘から先がなく、反対側の壁には赤い何かで陣が描かれていた。
「彼女が戻ってくるのなら、何だってする。 悪魔にだって魂を売ろう。 しかし、悪魔は見向きもしなかったよ」
茶髪の男は俯いている。 その様子は、何本か糸の切れたマリオネットのようだった。
「その人形、持って行ってくれ。 もう、私には必要のないものだ」
静寂が辺りを包んだ。 茶髪の男は俯いたっきり動かず、黒髪の男は何を言うでもなく茶髪の男を見ていた。
それからどれ程時間が経っただろう。 外に居た村人の内何人かが様子を見に入ってきた。
奥の部屋で佇む二人の男を見つけると、安心したような顔をしたが、それはすぐに崩れた。
茶髪の男の腕がないのに気づいたようだ。
彼らは直ぐに外の者達を呼んで、彼を医者の許へ連れて行った。
その様子を、黒髪の男はただただ見ていた。
彼に気づいた村人が彼に近づいた。
「なぁ、一体なにがあったんだ」
黒髪の男は何も言わず、何も言いたくないという意味で首を振った。
意味を察したのか、男は軽くため息をつくと 『彼女』 を指差した。
「ところで、そこにあるいやに大きい真珠みたいなものはなんだ」


三日後、茶髪の男は病室で死んだ。
『長い悪夢が終わると信じたい。 私は神に願う、記憶に残った美しい姿を今一度、と』 と書かれた紙を握り締めていたという。




「これで、話は終わりだ」
老人はゆっくりと眼を開いた。
話が終わったの確認した青年は口を開いた。
「その時お爺さんが作った人形と、茶髪の男が作った人形が、そこにある二体というわけですか」
老人は大仰に頷いた。
青年は畳み掛けるように問いかけた。
「その二体の人形、私にいただけませんか」
老人は驚いた。 まさかそんなことを言われるとは思いもよらなかった。
暫く間の後、老人が言った。
「まぁ、良いだろう。 ただ、私が死んだ後にしてくれ」
それを聞くと、青年は微笑んだ。


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