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ソーダの瞳に映る世界

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だれでも歓迎! 編集
「ふぁあああぁ……うわ、もうこんな時間か……おはよう黒曜石、悪いけど濃いめのコーヒー入れてくれ……」
  多忙による連日の徹夜に別れを告げ、泥のように眠った次の日。12時を回ってようやく起きた私は、リビングに出て黒曜石に声をかけた。
「おはよぉますたー! 黒曜石はお出かけしちゃったよ!」
「お姉ちゃん、晩ご飯のお買い物に行くって言ってた」
「……ん」
  だがそこにいたのは、テーブルで行儀よくお絵描きにいそしむ天河石、ソーダ、雲母。口々に――雲母はうなずいただけだが――黒曜石の不在を教えてくれる。
「あ~おはようみんな。そうか、黒曜石はいないのか……」
  黒曜石は毎日夕飯の買い物に行く。自分で煎れたコーヒーはまずいので飲みたくないのだが、こんな時間まで寝てた自分が悪いので仕方がない。
「ようやく仕事も片づいたし、今日はゆっくりできそうだな」
  一人つぶやき、ぎこちない手つきで豆を挽く。久しぶりの休暇をのんびり過ごすとしよう。子供たちもおとなしくお絵描きしてるし……。
(!! お絵描き!? お絵描きだと!?)
  ようやく血の巡ってきた頭に警報音が鳴り響く。3人がクレヨンを走らせている紙に目をやる。すでに大部分が原色で埋め尽くされている。それは危機が目前に迫っていることを意味していた。
(まだ間に合うか……いや、間に合わせるんだ! 気配を殺して寝室に戻り、鍵をかけて寝たふりを決め込む。簡単だ、簡単なことだ……)
  だが、リビングから廊下に一歩踏み出したところで、背後から刑の執行を告げる声が上がった。
「できた! マスター、見て見て! これな~んだ?」
「ソーダも! ソーダも描いたよ! 上手? ねえソーダ上手に描けた?」
「……描けた」
  腰のあたりにしがみつき、我先にと手にした絵を押しつけてくる3人。私は内心の動揺を押し隠しながら、引きつった笑みを浮かべてゆっくりと振り返った。

  難易度C:雲母の絵
「あ、あはははは……みんなもう描けちゃったの? もう少し、いやかなりゆっくり描いててくれてもよかったんだけどね……」
  だが3人とも、すでにこっちの話なんか聞いちゃいない。ぴょんぴょんと跳びはねながら顔に押しつけられる絵の中から、私は1枚を選び取った。
「3人いっぺんには見られないよ。順番、順番にね。じゃあまずは、一番お姉さんの雲母から」
「えー、天河石の方が早かったのにぃ!」
「次はソーダの! ソーダの見てね?」
  残りの二人は不満たらたらだったが、ひとまずはおとなしく引き下がってくれた。心を落ち着け、雲母の絵を見てみる。
「……」
「……」
  分からない……正直なところを言えば、黒い魔物が緑色のスライムをめった打ちにしているように見える。だが、雲母の絵には攻略法があった。
「これは……荒巻だね? 緑色だから、メロン味のやつ?」
「……秋季限定、ヨーロピアンベアー味……」
「あ、あ~そうだよね。ここんとこちょっとくびれてるもんね。雲母は細かいとこまでよく見てるなあ。で、こっちは黒曜石……分かった! 夕べのデザート作ってるところだね?」
  そう言うと、雲母はちょっとだけ顔を赤く染めてこっくりと頷いた。ほっと胸をなで下ろす。雲母の絵の題材は十中八九が荒巻と黒曜石なので、その路線を攻めていけばだいたいOKだ。
「うん、よく描けてる。雲母はやっぱり絵がうまいね」
  絵を返しながら、雲母の柔らかな髪を撫でてやる。いつものようにその手を乱暴に振り払うと、雲母は絵を抱きかかえてソファーの陰に隠れてしまった。
(照れてる照れてる……)
  そんな雲母を可愛く思いつつ、私は気を引き締めて次の難題に立ち向かうことにした。

  難易度A:天河石の絵
「じゃあ次は……天河石ね」
「わーい! 見て見て、頑張って描いたよ!」
「……ぐす……ソーダのは……?」
「わああああ! ソーダのも絶対あとで見るから! ね? 順番に見るから! ソーダはいい子だから、もうちょっとだけ待てるよね?」
「……うん、ソーダいい子だから待ってる……」
  危うく決壊しかけたソーダを何とかなだめすかし、片手で頭を撫でてやりながら、片手で天河石の絵を持って眺める……二正面作戦はきつい。
「どう? どう?」
「……」
  やっぱり分からない。いちおう、雲母と同様に攻略法があるにはある。経験上、天河石の絵は間違いなく食べ物の絵だ。それも1週間以内に食べたもの。だが……。
(久しぶりだから油断してたよ……毎食毎食食べたものを覚えてるやつなんていないって!)
  どうしようもないので、思いついたはしから食べ物の名前を列挙していく。
「えーと……け、ケーキかな? これなんかきれいなロウソクみたいだし……」
「ぶー! 全然違うよぉ!」
「だよねー。じゃあえーっと……炒飯……じゃないよね、カレー……も違うし、目玉焼き……は天河石嫌いだもんね……」
  まずい……天河石の眉がだんだんハの字になってきた。これが8時20分くらいになるとゲームオーバーだ……そのとき、脳裏に光が走った。
「!! 分かった!! お寿司、お寿司だろ!」
「あたり~! ますたーすごーい!!」
「そりゃあ分かるさ、マスターだからな。夕べテレビでお寿司王決定戦、一緒に見たもんなー」
  死後に間違いなく地獄で舌を抜かれそうなことを言い、私は滝のような冷や汗を拭った。思い出してよかった……まさか食べたことのない料理で来るとは思わなかった。
「これが大トロー、これがうにー、でねでね、これとこれがいくらと鯛だよ! ますたー、いつかお寿司のお店に連れてってね!」
「あ~、ははは、そうだね、いつかね……」
  ピンポイントで特上のネタばかりを絵にする天河石の笑顔が、このときばかりは恐ろしかった。

  難易度SS:ソーダ珪灰石の絵
  無事に第二関門をクリアした私は、天河石が雲母のところに行くのを見届け、最後の砦に立ち向かった。
「お待たせ、ソーダ。じゃあマスターにソーダの絵を見せてくれるかな?」
「うん! 上手に描けたよ!」
  さっきまでぐずってたとは思えない笑顔でさしだした絵は……まさにカオスだった。
「……これは……」
  ソーダはこの間契約したばかりで、まだ趣味や嗜好をよく知らない。その上、もっとも幼いソーダの絵はあまりに前衛的で、当てずっぽうで題材を口にすることすらできなかった。
「これは……うーん、その、なんだ、これはあれだよな……えーとあれ、なんだっけ? ここまででかかってるんだけどなあ……」
  最初はワクワクと私の答えを待っていたソーダの口がへの字になっていく。
「……ソーダの絵だけ分かんないの? ……ふえぇ……」
  奇跡が二度起きることはないだろう。諦めて見たまんま『カラフルなミミズがいっぱいだね』とでも言ってみようか……そう腹をくくったとき、買い物袋を下げた女神が降臨した。
「ただいま帰りました。あ、マスター起きたんですね。おはようございます。でも、今後はもう少し規則正しい生活を――」
「黒曜石! いやあいいところに帰ってきた! ずっと君の帰りを待ってたんだよ!」
「え? な、なんですかいきなり……」
「ほらこれ、ソーダが描いたんだよ。うまいもんだろう? なんの絵だか分かる?」
  私は強引に黒曜石の手を取って買い物袋を奪い、ソーダの絵を持たせた。怪訝な表情をしつつも、黒曜石は絵に目をやる。
「まあ、これソーダちゃんが描いたの? 上手なキリンさんとゾウさんね」
「そうそう、ほんと上手なキリンとゾウだよなってえええええええええええええええええ!!??」
  あまりに平然と答える黒曜石に、うっかり流しそうになってしまった。慌ててソーダを横目で見ると、すごいいい笑顔を浮かべていた……正解なのか!?
「こっちはおさるさんで、これがパンダさんね。ソーダちゃんは絵の天才かも。ね、マスター?」
「へ? あーそう、そうだな! こんなにうまい絵は見たことがない! さっきはごめんな。ちょっと動物の名前をど忘れしちゃってさ」
「ほんと? ほんとにソーダの絵、上手?」
「ああ、本当だよ。また新しい絵を描いたら見せてくれよ?」
「うん!」
  ちょっぴりこぼれてしまった涙の跡を指で拭ってやると、ソーダははにかんだ笑みを浮かべて雲母たちのところに駆けていった。どうやら今度は外で遊ぶようだ。
「助かった……」
  何とか危機を乗り切り、即座に第二回戦が始まるわけでもないと分かった私は、3人が玄関を出ると同時にソファーに崩れ落ちた。

「……ふう。やっと落ち着いた……ありがとう、黒曜石。しかしソーダの絵、よく分かったな」
  黒曜石が煎れてくれたコーヒーを飲みながら、ソーダの絵を改めて見てみる。どうやってもキリンやゾウには見えない。
「マスター、絵が逆さですよ。ほら、こっちから見れば分かるでしょう?」
「……うーん。言われてみればそんな気がしなくもないが……だけど何か変じゃないか? キリンにしちゃ足が5本あるみたいだし、これも象と言うには鼻が短いし」
  負け惜しみのように口にする。『子供の絵ですから』……そんな答えが返ってくるだろうと思っていたが、しかし黒曜石は意外な返事で私の胸を貫いた。
「それはしかたないです。ソーダちゃんは外の世界をほとんど知らないんですから。テレビで少し映ったのを絵にしただけ。このあたりは人里離れていて、犬や猫さえいませんから」
  少し悲しげな苦笑を浮かべる黒曜石には、もちろん責めるつもりなどなかっただろう。だが私はその顔を直視できなかった。
「……そうか。そうだよな……契約してからこっち、忙しくて全然かまってあげられなかったし。黒曜石たちがいるから安心して任せっきりだったか……」
  最初の娘、黒曜石を迎えたときのことを思い出す。何もかもが初めてで、手探りで、二人でいろんなところへ行き、いろんな体験をした。
「いつの間にか慣れてしまって、大切なことを忘れていたんだな……明日はみんなで、町の動物園に行こうか。黒曜石、お弁当作ってくれるかい?」
「ええ、よろこんで。きっとソーダちゃんも、もちろん雲母ちゃんや天河石ちゃんたちも大喜びしてくれますよ」
  ゆっくり休暇を取るつもりだったが、また忙しくなりそうだ。

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