別れの際、彼女は不思議と涙を流さなかった。
つい珍しいと口をついてしまうほど、意外に思えた。
それを聞いた彼女は、くすりと笑った。
「また……会える日が来ますから」
そして、彼女はそう言って眠りに着いた。
つい珍しいと口をついてしまうほど、意外に思えた。
それを聞いた彼女は、くすりと笑った。
「また……会える日が来ますから」
そして、彼女はそう言って眠りに着いた。
ほんの四日前のことだ。だというのに、ずいぶんと前のことのように感じる。大切な者を失うということは、こういうことなのだなと一人得心した。
私は昨日まで自暴自棄になっていたのか、なにもせずただ亡羊と過ごした。
今日になってようやく、何かをしようという気になった。
まずやるべきことが他にもあったのだが、ふと彼女の部屋を掃除しようと思い立ち、準備を始めた。
彼女の部屋に入るのは久しぶりだった。今まで彼女と会い、話をするのはテラスやなどがほとんどであり、彼女の部屋の中に入る必要がなかったから。
なので、いささか入るのに途惑いを覚えた。後ろめたいことがあるわけではない。けれど、なかなか扉を開くことができなかった。
どれくらいのあいだ逡巡していたのだろう。ようやく決心がつき、扉に手を掛けた。
私は昨日まで自暴自棄になっていたのか、なにもせずただ亡羊と過ごした。
今日になってようやく、何かをしようという気になった。
まずやるべきことが他にもあったのだが、ふと彼女の部屋を掃除しようと思い立ち、準備を始めた。
彼女の部屋に入るのは久しぶりだった。今まで彼女と会い、話をするのはテラスやなどがほとんどであり、彼女の部屋の中に入る必要がなかったから。
なので、いささか入るのに途惑いを覚えた。後ろめたいことがあるわけではない。けれど、なかなか扉を開くことができなかった。
どれくらいのあいだ逡巡していたのだろう。ようやく決心がつき、扉に手を掛けた。
部屋は最後に見たときと変わらない、そのままの姿で佇んでいた。会って間もないころ、ここで話を交わしたのを思い出す。
そっと目をつむり、そのときのことを浮かべてみる。一言一句とまでは言わないにしろ、どのような会話をしたかは、まざまざと思い出せた。
ゆっくりと目を開き視線を机の上に移すと、見慣れない封筒が置いてあった。
アメジストへ。封筒にはそう書かれていた。その小さな字は、彼女のものに間違いない。思わず手にとり、中を改めていた。
中には地味な便箋、そしてそれに綴られた細やかな文字。
そっと目をつむり、そのときのことを浮かべてみる。一言一句とまでは言わないにしろ、どのような会話をしたかは、まざまざと思い出せた。
ゆっくりと目を開き視線を机の上に移すと、見慣れない封筒が置いてあった。
アメジストへ。封筒にはそう書かれていた。その小さな字は、彼女のものに間違いない。思わず手にとり、中を改めていた。
中には地味な便箋、そしてそれに綴られた細やかな文字。
貴女がこの手紙を読んでいるころには、私は貴女のそばにはいないでしょう。
言っておきたいことを、今になっていろいろと思いつきましたが、すべてを伝える時間はないことでしょう。
それらを伝えるために、私はこの手紙を残します。
言っておきたいことを、今になっていろいろと思いつきましたが、すべてを伝える時間はないことでしょう。
それらを伝えるために、私はこの手紙を残します。
まず貴女にお礼を言わなくてはいけませんね。
今までも何度かお礼を口にしましたが、それでも足りないくらいに私はあなたに感謝しています。
私はとても弱かった。
誰も傷つけないためにと自分に言い聞かせ、独りで生きていました。
けれど、貴女に出会って私はほんの少し変わりました。
それまでの私より、ほんの少しだけ強くなることができました。
貴女は『君は強いよ』と言ってくれましたが、強くなれたのも貴女のおかげです。
きっと、私独りでは変われなかったから……。
貴女は私が自責の念に打ちひしがれそうになるたびに慰めてくれました。
それがどれほど救いに、支えになったことか分かりません。
そして、貴女は私と共に屋敷にいてくれました。
まるで自ら翼を切り落としてしまったかのように。
それがとても嬉しかった。ですが申しわけない気持ちを覚えたのも事実です。
今までも何度かお礼を口にしましたが、それでも足りないくらいに私はあなたに感謝しています。
私はとても弱かった。
誰も傷つけないためにと自分に言い聞かせ、独りで生きていました。
けれど、貴女に出会って私はほんの少し変わりました。
それまでの私より、ほんの少しだけ強くなることができました。
貴女は『君は強いよ』と言ってくれましたが、強くなれたのも貴女のおかげです。
きっと、私独りでは変われなかったから……。
貴女は私が自責の念に打ちひしがれそうになるたびに慰めてくれました。
それがどれほど救いに、支えになったことか分かりません。
そして、貴女は私と共に屋敷にいてくれました。
まるで自ら翼を切り落としてしまったかのように。
それがとても嬉しかった。ですが申しわけない気持ちを覚えたのも事実です。
改めて形にしようとすると、いい言葉がなかなか浮かんでこなくてもどかしいばかりです。
私の言いたいことがすべて伝わるとは思えませんが、たとえ一割でも伝わったら嬉しいです。
私の言いたいことがすべて伝わるとは思えませんが、たとえ一割でも伝わったら嬉しいです。
これから見るであろう夢が明るく楽しいものでも、暗く冷たいものでもかまいません。
ただ、夢の中に貴女さえいてくれるなら。
私はそれだけで――幸せです。
ただ、夢の中に貴女さえいてくれるなら。
私はそれだけで――幸せです。
それは寝苦しい夏の夜のこと。どちらからともなく星を見ようと言い出し、ベランダに出た。そして夜空に浮かぶ大三角を見上げて彼女は言った。
「二人で星空を見上げたのを覚えていますか?」
「あぁ、覚えているさ」
忘れるわけがない。
あれは出会って間もないころ。今日のように二人並んで星を見上げた。
彼女は私に喜々として話しかけてきた。その内容は星の名前や星座、その星座にまつわる神話など多岐に渡った。
その辺りからだろう。私が彼女に引かれ始めたのは。
「あれがベガ」
私は記憶を辿り、星を指差す。
「あっちはアルタイル」
彼女も続いて指差した。
「そしてあれが……」
「「ポーラスター」」
二人の声が重なった。私たちはなぜだかおかしくてたまらず、笑いあった。
「二人で星空を見上げたのを覚えていますか?」
「あぁ、覚えているさ」
忘れるわけがない。
あれは出会って間もないころ。今日のように二人並んで星を見上げた。
彼女は私に喜々として話しかけてきた。その内容は星の名前や星座、その星座にまつわる神話など多岐に渡った。
その辺りからだろう。私が彼女に引かれ始めたのは。
「あれがベガ」
私は記憶を辿り、星を指差す。
「あっちはアルタイル」
彼女も続いて指差した。
「そしてあれが……」
「「ポーラスター」」
二人の声が重なった。私たちはなぜだかおかしくてたまらず、笑いあった。
次の便箋へと視線を移すと、先ほどまでの整った文字とは打って変わり、不揃いな震えた文字が並んでいた。場所によっては濡れた跡が残っている。また、よく観察すると折り目も今までのものより弱くついている。
いったんは覚悟を決め、締めては見ましたが、多少時間が空いただけで考えは変わるものです。
今の気持ちを思うと手が震えて仕方がありません。
私は、貴女と別れたくない。
永い眠りになんてつきたくない。
想像するだけで涙が零れてしまいます。
けど……これが今生の別れにはならないと、私は信じて疑いません。
根拠なんてなにもないけれど……ただそう思いたいだけだけれど。
それでも、私は信じています。
本当は面と向かって言うべきなのでしょうけれど、今まで言う機会を逸していました。
まだ機会がなくなってしまったというわけではありませんが、もしも言えなかったときのため、ここで伝えます。
今の気持ちを思うと手が震えて仕方がありません。
私は、貴女と別れたくない。
永い眠りになんてつきたくない。
想像するだけで涙が零れてしまいます。
けど……これが今生の別れにはならないと、私は信じて疑いません。
根拠なんてなにもないけれど……ただそう思いたいだけだけれど。
それでも、私は信じています。
本当は面と向かって言うべきなのでしょうけれど、今まで言う機会を逸していました。
まだ機会がなくなってしまったというわけではありませんが、もしも言えなかったときのため、ここで伝えます。
私は広く青い空が好き――穏やかな陽光が、私を励ましてくれたから。
冷たく強い雨が好き――私の悲しみを少しだけ流してくれたから。
爽やかに過ぎ去る風が好き――傷ついていた私を優しく包んでくれたから。
暗い夜を照らす数多の星が好き――私に、新たな想いを教えてくれたから。
そして、何よりも……貴女のいるこの世界が好き。
だから、いつの日かもう一度、この世界で過ごしたい。
そして……貴女の隣で笑いたい。
もう一度、あの星空を一緒に見上げたい。
それが、今の私の願いです。
……こんな私が望むには上等すぎる願いです。
けれど、願わずにはいれませんでした。
だって私は――貴女を愛しているから。
冷たく強い雨が好き――私の悲しみを少しだけ流してくれたから。
爽やかに過ぎ去る風が好き――傷ついていた私を優しく包んでくれたから。
暗い夜を照らす数多の星が好き――私に、新たな想いを教えてくれたから。
そして、何よりも……貴女のいるこの世界が好き。
だから、いつの日かもう一度、この世界で過ごしたい。
そして……貴女の隣で笑いたい。
もう一度、あの星空を一緒に見上げたい。
それが、今の私の願いです。
……こんな私が望むには上等すぎる願いです。
けれど、願わずにはいれませんでした。
だって私は――貴女を愛しているから。
手紙を読み終わった時点で、私はやっと自分が涙を浮かべていることに気づいた。不思議とそれは温かく、何だか優しい気持ちにさせた。
「ふふ、もとより目覚めるのを待っているつもりだったが」
私は手紙を懐にしまうと、ベランダに出た。
「また一つ、理由ができてしまったな」
私は見上げた。陽光で隠れてはいるが、確かにそこにあるであろうポーラスターを。
「ふふ、もとより目覚めるのを待っているつもりだったが」
私は手紙を懐にしまうと、ベランダに出た。
「また一つ、理由ができてしまったな」
私は見上げた。陽光で隠れてはいるが、確かにそこにあるであろうポーラスターを。