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だんな様を、捕まえて

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 窓から見える、どんよりとした曇り空。
「昨夜はずいぶんと帰宅が遅かったですね」
 正座した僕を、真っ直ぐな視線で見つめる殺生石
 その顔に、いつもの微笑みはない。だからといって怒っている訳でもなく、
言うなれば無表情。
 蛋白石電気石は、すでにこの不穏な空間から避難している。僕だって逃げ出したい。
「……ごめんなさい」
 でも逃げられない。今の僕は、彼女に謝ることしかできない。
 深々と頭を下げる。この程度で許してもらえるとは思っていないけど。
「急用であれば、連絡を下さればいつでも対応しましたが」
「ごめんなさい」
「どうやらご友人とからおけというものに行っていたようで」
「ほんっとうにごめん! 彼女にフラれた傷心を癒すって言うから、つい」
「だからといって、わたくしとの約束を忘れる理由にはなりませんね」
 胸に、ぐさりと何かが刺さった感覚が走る。
 僕は殺生石と約束していた。夕食で挑戦したい西洋の料理があるから、
教えて欲しいと。
 なんだか子供みたいに、すごく楽しそうな顔で言うものだから、僕はそれを
快く承諾した。でも、結局帰ってきたのは終電も終わる頃。
 居間で正座しながら、帰ってきた僕を見つめていた殺生石の冷たい視線。
あれを浴びせられた時の恐怖を、今でも忘れない。
「まぁ、このような小さな事を、根に持つようなことはいたしません。少し傷つきましたが」
 少しの部分を、やたらと強調してくる。
 相当根に持ってるんじゃ……っと、そういうことを考えるのはやめよう。睨まれる。
 ――何か言うことはありますか?
 そんなことを訴えかけてくるような視線。
 言う事なんて……謝るぐらいしか、僕には出来ない訳で。ヘタな言い訳は殺生石に通用しないし。
「え、と、その……今日は、あー、休みだから、一日、その、付き合えるよ?」
「料理に関しては、蛋白石が空腹を我慢出来なかったので、
ペリドットに手伝ってもらいました」
「そ、そう……」
 重い、空気が重い。
「……ごめん」
 もう、口から出る言葉も思い浮かばない。
「謝らなくても結構です」
 ついに、唯一思いつく言葉すらも禁止された。
 どうしよう……どうすれば許してくれるだろうか。
「ご友人の傷心を癒すために、わたくしは傷つく……ふ、ふふふふ」
「ど、どうしてそこで笑うの?」
「さあ、何故でしょう。ふふふふふ」
 ちなみに、目は全然笑っていない。むしろ、感情が読めないほど冷たい。
「さて、わたくしもだんな様に文句を言うのは飽きました」
 立ち上がり、僕の傍に寄ってくる殺生石。
 やっとこの空気から解放されるんだ……助か……。
「だんな様、今日はお暇なのでしょう?」
 あの目だけ笑っていない顔が、非常に近い。
 先ほどの開放感も、一気に冷め切る。
 恐怖で冷や汗を垂らしているだろう、僕の顔を見つめながら、
懐の中に手を忍ばせ……。
「でしたら、今日はわたくしの傷心を癒してもらいましょうか。たーっぷりと」
 ……細くて綺麗な、殺生石の手。
 その手に握られた、犬に付けるような革製の首輪。
「……え?」
「謝らなくても結構ですし、怒ってもいません。ですが……」
 先ほどと変わらぬ、凛とした声。
「許すとは、一言も言いませんでしたよね」
 声のトーンが、一気に下がる。
 僕の体温も、一気に下がる。
「ペリドットに教えてもらったお仕置き……試してみましょうか。たっぷりと」
 ……あぁ、そうか。
 殺生石の約束を、最悪の形で破った僕。
 そんな僕に、この場から逃げる術は最初から無かったんだ。
 えっと、このお仕置きは……あぁ、殺生石の思いを一番応援している
ペリドットさん直伝か。ということは相当厳しいなぁ。あはは。
「……ごめんなさい」
「謝らなくても結構、そう言いましたよね?」
 一瞬だけ見せた、殺生石の明るい笑顔。
 その笑顔が、僕の刑執行を伝える合図だったのかも知れない……。

「た、ただいまぁ……ご主人様ぁ、だいじょ――」
 蛋白石の、苦笑混じりの顔が硬直する。
 その背後から、僕の姿を覗き込んでくる電気石。
「……いぬさん?」
「はい。今日一日は、妾と子犬さんごっこですから。ふふふ」
 ……当然、そんな可愛い遊びなんかではない。
 厳しい、お仕置きなんだから……海よりも深く反省。


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