自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

372 第276話 シギアル沖の攻防

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1485年(1945年)12月9日 午前10時 シギアル港沖北東250マイル地点

軽空母フェイトより発艦したTBFアベンジャーは、機動部隊より西方30マイル付近を高度1000メートル、巡航速度200マイルを
維持しながら、単機で哨戒飛行を行っていた。

「機長!交代まであと20分です!」

アベンジャーを操縦するケラーズ・パースランド大尉は、後ろから交代までの残り時間を知らせてくる部下の声を聞いた。

「OK。引き続き、周囲をしっかり見張れ。レーダーの反応にも注意しろ」
「了解!」

通信員席に座る中国系アメリカ人のチー・ワントン1等兵曹が答え、後部機銃首のエンヴィー・ヘリング1等兵曹も小声で答えつつ、周囲の索敵を続ける。
上空を見つめると、第2次攻撃隊として参加した艦載機が、小規模、または中規模の編隊を組みながら上空を通過していく。

「第2次攻撃隊、尚も上空を通過中」
「……傷ついた機も居るだろう。ここまで来たんだから、なんとか、無事に着艦してもらいたい物だ」

ワントン1等兵曹が伝えると、パースランド大尉は攻撃隊の帰還を心の底から願う。
パースランド大尉は、艦隊前方の監視という任を与えられ、艦隊前方の空域で紹介を行っている。
彼らの役割は、レーダーの死角を衝き、低空で接近を図る敵航空部隊を早期警戒機として発見する事である。
過去の海戦で、シホールアンル軍が幾度も実行した、艦隊の死角を衝いた攻撃によって、正規空母、戦艦を始めとする多数の艦艇を失った米海軍は、
その対策としてレーダーピケット艦や、レーダー範囲の死角を埋める早期警戒機を配置する事によって、艦隊の防御力を向上させてきた。
早期警戒任務に就くのは、パースランド大尉のアベンジャーだけではない。
軽空母フェイトからは、パースランド機を含む4機が発艦し、軽空母インディペンデンスからも4機が出撃し、高度1000から500メートルほどを
旋回しながら飛行を続けている。
位置的には、パースランド機が8機の警戒機の中では、最も外側を監視できる位置におり、3人の搭乗員は機上レーダーも使いつつ、鵜の目鷹の目で
周囲の警戒を続けていた。

ちなみに、通常なら艦隊の30マイル前方にレーダーピケット艦を置き、その更に前方を早期警戒機で紹介するのが常であるのだが、
今回は、レーダーピケット艦を置けば、早々に出撃しているであろう敵偵察機にピケット艦を発見され、そこから機動部隊の存在を察知される恐れが
多分にあった。、
このため、第3艦隊司令部はあえてレーダーピケット艦を置かぬ事を決め、その位置に早期警戒機を置いたのである。

時間は刻々と過ぎていく。
上空を通り過ぎる第2次攻撃隊も徐々に少なくなってきた。

「上空の運量は5、という所か。中高度で隠れながら飛ぶには最適の環境だ」
「機長、2次攻撃隊の連中も、そろそろ残り少なくなってきました」
「ああ。ここからが勝負所だな」

パースランドは淡々とした口調で言うが、本当は幾らか緊張していた。
シホールアンル軍の行う偵察のやり方は幾つかあるが、こういった攻撃隊帰還機の後を追って来る送り狼的な偵察も多い。
その場合、偵察騎のみで行動している場合と、その背後に大編隊を伴っている場合がある。
特に後者の場合は、機動部隊が重大な危機に陥っている事を示すため、早期警戒機は、一刻でも早く、敵偵察機を見つける事が求められている。
パースランドを含む3名の乗員は、より真剣になって、周囲の索敵を続けていく。
彼らは今年の1月のレーミア沖海戦で、早期警戒任務中に敵の第3次攻撃隊を発見し、艦隊に警報を送った実績がある。
また、これまでにも何度か偵察騎を発見した経験もあるため、彼らには敵を発見できるという自信があった。

「……機長。交代まであと5分です」
「了解。」

パースランドはワントンの声に答えつつ、尚も索敵を続けていく。
目線を2次攻撃隊の最後と思しきスカイレイダーの後方に向け、そしてその下方にも目を向ける。
次いで、その右方向、そして左方向にも目を向けていく。
時折、機体を傾けて視界を広げ、海面付近も注視していく。
電信員は同じように周囲に目を巡らせながら、機上レーダーにも交互に視線を送り、敵ワイバーンのエコーが無いか確認する。
後部機銃首もまた、2人と同じように周囲の警戒を行う。

3人の場所は、見る所が同じように見えて、見えやすい所や、見えにくい所が意外と違っている場合が多々ある。
パイロットは前方や側面の視界は開けているが、後方はなかなか見る事が出来ない。
また、機外ばかりを見る訳にはいかず、機体の計器類も時折チェックしながら操縦を行わなければならない。

電信員は前方や後方が見辛いが、側面に関しては、前席のパイロットよりは集中して見る事が出来る。また、機上レーダーで監視も行える。

後部機銃首は位置的に、前方が見辛い物の、後方が見易いという利点もあるため、側面は勿論の事、後方も重点的に見る事が出来る。
また、アベンジャーの後部機銃手席は下にも開放ドアがあるため、その窓から海面を見る事も出来る。

このように、3人それぞれ、見える位置や索敵の仕方は微妙に異なって来る。
警戒機のクルーは、3人が互いに死角をカバーし合い、広範囲を見回せる1つの大きな目となる事を何よりも求められていた。

「……脱落機は今の所見えません。遭遇した攻撃隊は全機、機動部隊に帰還しています」

後部機銃手のヘリング1等兵曹がレシーバー越しに伝えてきた。

「了解。生き残りは何とか、母艦に辿り着けたようだな」

パースランドはやや安堵した。
早期警戒任務で一番辛いのは、戦闘で被弾した味方機が、母艦に辿り着けずに墜落していく現場に遭遇する事だと、彼は常日頃思っている。
彼は開戦以来のベテランパイロットだが、味方機が力尽き、海面に向かって墜落していく様は、何度見ても慣れるものではなかった。
一番応えたのは、無線機越しに流れる悲鳴を聞きながら、味方のヘルダイバーが海面に墜落した時だった。
パースランドは大急ぎで、墜落現場に向かったが、そのヘルダイバーはすぐ波間に消え、生存者はいなかった。
激戦を制しつつも、帰還中に傷を負った機が限界を迎え、愛機と共に、戦友が異界の海で散っていく。

これもまた、戦争の辛い現実であった。

とはいえ、今回に関しては、そのような事態には至らなかったようだ。
最も、艦上機のクルーにとっては帰還前の最難関……着艦が待っているのだが、そこはクルーの腕に期待するしかなかった。
パースランドは目線を移動しつつ、再度機を右に、そして左に傾けて索敵を行う。

「交代まであと2分」
「了解……?」

彼は機の姿勢を元に戻したが、その時……海面から100メートルほどの所に何か、蠢くものが見えた気がした。

「……すまんが、進路を変えるぞ」

パースランドはワントンの返事を待たずに、愛機を大きく左に傾け、旋回下降に入り始めた。
薄い雲が前方に見える。パースランド機は、その雲を突っ切る。
一瞬だけ、真っ白になった視界だが、再び青い海が見えた。
そして、眼前に、海の中に紛れ込むある物がはっきりと見えた。

「それで隠れたつもりか?」

パースランドは一言呟くと、機を水平飛行に移し、右旋回に移って、再び定位置に戻り始めた。

「機長!居ましたね!」
「ああ。ビンゴだったな。ワントン、報告を送れ!」
「了解です!!」
「ワイバーンはどうだ?奴さん、腹を立ててこっちに向かって来てないか?」

パースランドはすかさず、ヘリングにワイバーンの動きを確認させる。
稀にだが、警戒機に発見された偵察騎が、隠密行動を邪魔されたことに腹を立て、警戒機に襲い掛かる事があり、中には警戒機が敵に
追い回された末に、撃墜された事例もある。
パースランドも1度だけ、ほぼ同じ状況に陥った事があるが、彼の時は間一髪のところで、味方戦闘機に助けてもらったため、九死に一生を
得ている。
このように、機動力の劣るアベンジャーでは、戦闘用ワイバーンを転用した敵偵察騎相手に逃げ切る事は困難であり、撃墜される可能性が高い。
彼としては、偵察騎がこちらに襲い掛かって来るか、と心配したが……

「いえ、敵騎は依然として、高度、進路、共に変わらぬままです」
「了解!」

パースランドは秘かに安堵した。
敵は既に、アベンジャーの存在に気付いたのであろうが、こちらに襲い掛かろうとはしていなかった。
むしろ、そのままの進路を飛行しつつ、アベンジャーの発見を報告している頃だろう。

「敵さん、今頃は司令部に空母艦載機発見、敵機動部隊近しと報告を送っているかもしれないな」

とはいえ、正確な位置を知られるよりはまだいいと、パースランドは心中で思った。

午前10時5分 シギアル沖北東280マイル地点

第38任務部隊第2任務群に属する正規空母イラストリアス艦上では、第2次攻撃隊に参加した艦載機の着艦作業が行われていた。
帰還機の中には、被弾で機体に穴の開いた機や、オイル漏れを起こしている機も見受けられるが、殆どの機体は危なげの無い動きで、
イラストリアスに着艦していく。
そんな中、イラストリアのCICでは、第38任務部隊司令官を務めるジョージ・マレー中将が幕僚達と共に、今しがた送られてきた
報告に耳を傾けていた。

「早期警戒機より緊急信!艦隊の西方、方位290度、距離32マイル付近にて単機飛行中の敵ワイバーンを発見せり。高度100前後、
速度280マイル。敵ワイバーンは尚も艦隊に向かいつつあり」
「司令、やはり送り狼が付いていましたな」

第38任務部隊参謀長を務めるジョセフ・バレンタイン大佐がマレー中将の顔を見据えながら発言する。

「予想通りの展開ではありますな」

航空参謀を務めるウィリアム・ケイン中佐も、顎を撫でながらマレー中将に言う。

「既に、CAPが敵偵察機の阻止に向かっているようです。敵騎は間もなく撃墜、または撃退できるでしょう」
「元ビッグEの戦闘機隊指揮官としては、この先はどう予想できるかね?」
「司令も、元々ビッグEを率いた身でありますが」

マレー中将の問いに、ケイン中佐も粋な返事をしたことで、CIC内の幕僚たちが一様に苦笑した。
マレー中将も、ケイン中佐も、以前は空母エンタープライズに乗り組み、前線で戦ってきた古強者である。

「敵はわが機動部隊に対して、反撃を行う事はほぼ確実かと思われます。問題は、そのタイミングです」

ケイン中佐は指示棒を取り、机に置かれている作戦地図の一点を棒の先でなぞった。

「警戒機は、機動部隊から32マイル離れた海域で敵偵察騎を発見しましたが……もし、敵が索敵攻撃を仕掛けている場合、この偵察騎の後方、
100マイル前後の距離に敵の攻撃隊が続行していると思われます」

ケイン中佐は指示棒を傍に置き、近場に置いてあったペンで敵編隊の推定位置を書き込んでいく。

「ですが、この距離ならとっくに、レーダーで捕捉されております。となると、敵は後方に攻撃隊を帯同させず、単に索敵を行っているだけ、
と言う事も考えられます」
「情報を正確に把握してから、反撃を行うか……はたまた、どこかに攻撃隊を隠しているか、だな」

マレーは地図を見据えながらケインに言っていく。

「もし、君が敵の指揮官としたら……攻撃隊はどう動かすかね?」
「自分の場合なら……やはり、正確な位置を把握してから攻撃隊を飛ばし、確実に辿り着かせるようにします。50機であろうが、300機で
あろうが、まずは敵に辿り着かねば意味はありません」

ケインはそういった後、ただし、と付け加えた。

「それは普通に攻撃をする場合です。敵もよく奇策を弄しますから……偵察ワイバーンのみならず、攻撃隊本隊をも、高度100メートル以下の
超低空で巡航させている可能性も考えられます。最も……敵航空部隊の練度が高ければ、の話ですが」
「情報では、敵航空隊の練度はあまり良いとは言えんようだな」
「ほぼ同数のF8Fとワイバーンが空中でかち合い、F8Fが一方的に戦闘を進めた、という報告も上がっております。戦闘ワイバーンですら
この有様ですから、対艦攻撃を請け負う部隊も、同様に練度は高くないと推測されます」

ケインはそう断言した。

「となると……今の所、敵はまず、索敵に集中しているだけ、と言う事か」
「その通りかと思われます」
「CAPより通信!敵偵察騎反転、帰途につく模様!」

ケインとマレーの会話に、CIC内に詰める通信員からの報告が割って入る。

「撃墜はできなかったようだが、ひとまず、機動部隊を視認させずには済んだか」
「ですが、これで我が方の大まかな位置は掴まれた事かと」
「だろうな」

マレーは、地図上の敵偵察騎の駒を指先で突いた。

「今頃は、この位置に空母艦載機が現れたと魔法通信で報告しているだろう。不運な事に、首都周辺やシギアルに展開されていた妨害魔法は
突然消失してしまったと聞いている。これからは、敵さんもいつも通り、連携しながらこっちに向かって来るぞ」
「ある意味、ここが一番の勝負所と言えますな」

ケインの言葉を聞いたマレーは深く頷く。

「エンタープライズの親父(ブル・ハルゼーの事である)も、余力がある限りシギアル港やウェルバンル周辺の重要拠点を徹底的に叩きまくる
と言ってきている。それを可能にするためにも、ここからより気を引き締めて戦っていこう」


午前11時10分 シギアル沖北東250マイル地点

第3艦隊は、第2次攻撃隊を収容した後も、時速24ノットで南西に航行を続けていた。
そして、午前11時10分、レーダーが敵攻撃隊の姿を捉えた。

「レーダーに敵編隊を探知!位置は艦隊より南西、方位240度!距離150マイル、高度5000。数は推定で100以上!」
「来たか!」

CICで敵編隊接近の報を受けたマレーは、そう発しながらケインに顔を向ける。

「司令、各任務群に迎撃機の発艦を命じましょう」
「うむ、そうしよう。通信参謀!」
「ハッ!」
「各任務群に伝達。至急、温存していた迎撃機を発艦させよ」
「アイアイサー!」

通信参謀は命令を受けると、すぐさま各任務群旗艦に命令を伝達し始めた。
CICのレーダースコープには、対空レーダーに映し出された光点が見え始めている。
反応からして、100騎以上の大編隊であることは間違いない。

「さて、今までは俺達が好き放題してきたが……今度ばかりはそうでもない」
「現状で見れば、攻守所を変えておりますな」
「ああ……ここが踏ん張り所だぞ」

マレーはケインに頷きながら、言葉を続ける。

「首都や軍港を焼き討ちにされて顔を真っ赤にした敵の猛攻を、どれだけ受け流せるか……踏ん張り所でもあると同時に、
各艦の腕の見せ所でもあるな」


シホールアンル軍の攻撃隊はレーダーで探知されるや、各任務群より発艦したF8Fの迎撃を受けた。
空戦は、機動部隊より70マイルほど離れた空域で開始された。
TG38.1を始めとする各任務群からは、艦隊防空用に温存されていた108機のF8Fがおり、これらの戦闘機は猛然と
敵攻撃隊に襲い掛かった。
対するシホールアンル側は150騎の戦闘ワイバーン、攻撃ワイバーンで編成されていたが、F8Fが切り込むや、編隊は
徐々に崩れ始めた。
戦闘ワイバーンは果敢にF8Fに立ち向かうも、練度において決定的な差がある現状では、如何ともしがたい物があった。
戦闘ワイバーンがF8F相手に苦戦する中、悠々と護衛騎を突破したF8Fは、魚雷や爆弾を抱いて身重となった攻撃
ワイバーンに次々と襲い掛かる。
攻撃ワイバーンは、最初は強化された防御結界のお陰でF8Fの迎撃を何とか凌いでいたが、防御結界が打ち破られるや
否や、被撃墜騎が続出した。
敵攻撃隊は何とか米機動部隊を視認出来たものの、攻撃開始までに戦闘ワイバーン28騎、攻撃ワイバーン19騎を失っていた。

午前11時25分 首都ウェルバンル海軍総司令部

「攻撃隊より報告が届きました!」

総司令部にある作戦室で戦況報告を待っていたレンス元帥は、魔道参謀からの説明に聞き入っていた。

「敵艦隊視認。位置はシギアル港より北東130ゼルド。敵は空母4、ないし5隻を主力とした高速機動部隊。この他にも、
敵は同様の機動部隊を2隊伴う模様」

作戦室は、再び静寂に包まれてしまった。

皆も、薄々感づいてはいた。
首都上空を覆っていた青白い膜が突然消えた後、攻撃を受けたシギアル港から続々と被害情報や敵に関する最新情報等が司令部に寄せられてきた。
シギアル港の被害甚大であり、駐留していた第6艦隊はほぼ壊滅し、軍港施設や周辺の航空基地も壊滅しているという。
一方で、来襲した敵艦載機の数も推測だが、ほぼ掴むことができた。
これまでに入手した情報によると、敵は第1波、第2波共に300機以上の大編隊で構成されていた事が明らかになった。
この情報を基に、敵空母の総数を推測した結果……敵は少なくとも、7隻以上の空母を伴っている事がほぼ確定した。
また、索敵に出したワイバーンがF8Fと思われる艦上機に追撃され、撃退された事も、敵機動部隊の存在を確実なものとしている。
レンス元帥は、陸軍のワイバーン隊と共同で敵機動部隊に対する反撃を命じ、午前10時には、残存していた首都近郊のワイバーン基地や、
首都から離れた所に位置していた航空基地からも、攻撃隊が大挙出撃していった。
誰もが、首都近郊に土足で押し入った敵に対し、強い復讐心を抱いていた。
出撃して行った攻撃隊も、敵空母撃沈を強く願いながら、敵機動部隊に向かいつつある。
とはいえ、実際に敵機動部隊の陣容が明らかになると、その規模の大きさに誰もが絶句してしまった。

「空母4、5隻の機動部隊。それが計3隊……か」
「紛れもなく、大機動部隊です」

やや震えた口調で言うレンス元帥に、リリスティ・モルクンレル大将は淀みない口調で付け加えた。

「艦載機の総数は、恐らく……1000機は下らないでしょう」
「レビリンイクル沖に敵は主力部隊を展開させていた筈なのに……このウェルバンルにまで主力に相当する大艦隊を差し向けてくるとは」
「これが……アメリカの力なんでしょうね」

顔を青くしながら発言する魔道参謀に、ヴィルリエ・フレギル大佐が珍しく渋面を浮かべながらそう付け加えた。

(本当は、攻撃隊を編成して向かわせたくは無かった……でも、皇帝陛下直々の命令とあっては、動かざるを得ない……か)

リリスティは心中でそう思いつつ、余計な命令を出したオールフェスを憎んでいた。
帝国宮殿から直々に命令が届いたのは、青白い膜が消失した直後であった。

「首都近郊の全陸海軍部隊は、使用可能な航空戦力でもって、直ちに敵艦隊を捕捉、これを撃滅せよ!」

という命令文が、オールフェスの氏名入りで陸海軍の総司令部に届いたのだ。
リリスティとしては、連携が可能になった今、敵の攻撃隊をただひたすら迎撃して敵機動部隊の攻撃力を減殺するべきであると、
レンス元帥に提言していたのだが、この命令文が届けられると、彼女は、

「陛下にこちら側の意見を述べましょう!敵の根城で戦うのは悪手です。まずは、敵を引き込み、有利な場所で敵攻撃隊を迎え撃つべきです!」

と、声高に言い続けた。
しかし、レンス元帥がオールフェスの命令に従うと判断したため、リリスティもそれに従わざるを得なくなった。
現在、陸海軍合同の攻撃隊は敵機動部隊を視認し、攻撃ワイバーンは全騎が敵に向けて突撃を開始している頃だ。

「果たして、何騎が生き残れるのか。既に、敵戦闘機によって戦力が減らされている以上、戦果を挙げられるかすらも怪しい……恐らくは、
この攻撃で残存のワイバーン数は大きく目減りするのかもしれない」

リリスティは、半ば苛立ちを含んだ口調でそう結論付けた。
攻撃隊は、数だけを見れば確かに立派であったが……その質はお世辞にも良いとは言えなない。
近隣のワイバーン隊は練度に不安があり、今現在も錬成中であったのだが、戦力として当てになるのは、それらのワイバーン隊しか
居なかったのだ。
一応、陸軍は出撃した航空部隊の一部に、経験豊富な部隊を混ぜたと報告されているが、それでも全体の練度は低い。

今はただ、攻撃隊の奮闘を祈るしかなかった。

午前11時28分 シギアル沖北東250マイル地点

敵攻撃隊は、第38任務部隊第2任務群に襲い掛かろうとしていた。

「対空戦闘用意!」

TG38.2各艦では、高角砲や機銃座に対空要員が張り付き、砲弾や機銃弾を装填して迫り来るワイバーンにその筒先を向けつつあった。
戦艦プリンス・オブ・ウェールズは、陣形の左側寄りに位置しており、右舷2000メートル先には、空母イラストリアスが艦隊速度である
28ノットで航行を続けている。
プリンス・オブ・ウェールズの後方800メートルには、アトランタ級防空軽巡洋艦のツーソンが布陣し、ほぼ同じ速度で航行している。
目線を右舷前方に向けると、空母群の前方に占位する形で布陣した軽巡洋艦のクリーブランドが航行しており、指向できる4基8門の
5インチ連装両用砲や40ミリ、20ミリ機銃は、陣形左側外輪部より迫りつつある敵編隊に向けられていた。
その左舷側1000メートルには重巡洋艦のドーセットシャーが布陣し、こちらも指向できるだけの高角砲、機銃を敵編隊に向けている。

「敵編隊接近!距離13000!」
「数は50騎前後と言った所か……案外多いな。」

戦艦プリンス・オブ・ウェールズ艦長ジョン・リーチ大佐は、迫りつつある敵編隊を見るなり、意外そうな口調で呟いていた。
戦闘機隊は相当数の敵機を撃墜したと言われていたが、敵の数が多すぎたのか……はたまた、撃墜した敵機の数が思いのほか少なかったのか。
いずれにせよ、敵攻撃隊はまとまった数を保持しながら、TG38.2に襲い掛かろうとしていた。

「外輪部の駆逐艦群が砲撃を始めました!」

見張りの声が響く。
陣形の外側に布陣する駆逐艦群が一斉に対空射撃を開始したのだ。
TG38.2は、多くの艦艇が第7艦隊所属時の艦艇……いわゆる、ジョンブル戦隊に所属していた艦艇群で占められている。
その多くはイギリス製の艦船のため、輪形陣外輪部を占める駆逐艦の半分は、E級駆逐艦やトライバル級駆逐艦である。
対空兵装はどの艦もアメリカ製に換装されており、E級駆逐艦のエレクトラ、エンカウンターを始めとする6隻は5インチ単装両用砲4門に
20ミリ機銃10丁、40ミリ連装機銃3基6丁を搭載している。
トライバル級駆逐艦のトライバル、モホークを始めとする6隻には、同じく5インチ連装両用砲3基6門、20ミリ機銃12丁、
40ミリ連装機銃4基8丁が搭載された。

輪形陣左側には、E級駆逐艦6隻が配備されていたが、この6隻が、ジョンブル戦隊所属艦艇としては初めて、シホールアンル軍航空部隊に
対して、砲撃を行った。
E級駆逐艦6隻に続いて、同じく、外輪部左側を航行するベンソン級駆逐艦5隻が対空射撃を開始する。

「両用砲、撃ち方始め!!」

プリンス・オブ・ウェールズでも砲術長の命令が下るや、左舷側に配置された4基5インチ連装砲が瞬時に火を噴く。
後方のツーソンも、右斜めを行くクリーブランドも、その隣を行くドーセットシャーも同じように高角砲を撃ち始めた。
敵ワイバーン群は高空と低空の二手に別れている。
定石通り、急降下爆撃を行いつつ、低空進入の雷撃隊でこちら側の主力艦を討ち取る考えのようだ。
その2つの編隊の前方に、多数の炸裂煙が沸き起こる。
敵ワイバーン隊は、無数の黒煙が咲く中を突破してくるが、高角砲弾の数は多く、周囲に次々と炸裂していく。
高空進入の編隊で、致命弾を受けたワイバーンが錐揉みになりながら墜落していく。
続いて、低空進入中の敵ワイバーン編隊にも被撃墜騎が出る。
そのワイバーンは右の翼を根元から切断され、もんどり打って海面に激突した。
TG38.2所属艦艇の対空射撃は依然続く。
E級駆逐艦も、ベンソン級駆逐艦も5インチ砲を撃ちまくって敵騎の阻止に努めている。
護衛される空母群もまた、対空射撃に参加して敵機の阻止を確実な物にしようと試みる。
射撃中の艦艇の中で、防空軽巡洋艦のツーソンは最も激しく高角砲を撃ちまくっていた。
アトランタ級防空軽巡洋艦の後期型であるツーソンは、生存性と艦の復元性の向上を目的に改良を施されたが、前期型と比べて、舷側の
5インチ砲が撤去されたため、指向できる両用砲は前期型よりも少ない。
とはいえ、指向できる5インチ砲は実に12門と、高角砲を一度に使える量としてはかなり多い。
ウースター級が建造されてからは、アトランタ級は防空艦の代名詞を奪われた艦があったが、それでも12門の5インチ砲が連続射撃する様は凄まじい。
活火山さながらと化したツーソンは、主に高空のワイバーンを狙って射撃を続けていたが、敵編隊の数は目に見えて減り始めていた。
ツーソン程は目立たない物の、軽巡クリーブランドもなかなか凄まじい対空射撃を展開している。
こちらも高空進入の敵編隊を狙っており、指向できる4基8門の5インチ砲は間断無く射撃を続け、甲板上には排莢された5インチ砲弾の薬莢が
多数転がっている。
高空進入のワイバーン隊は、突入開始当初は28騎が編隊を組んでいたが、激しい対空砲火の前に1騎、また1騎と撃墜され、駆逐艦の上空を飛び越え、
巡洋艦、戦艦の防空圏内を超えようとした頃には、19騎にまで激減していた。
プリンス・オブ・ウェールズも猛然と射撃を続け、敵ワイバーンは更に3騎が連続して叩き落とされた。
この時、敵ワイバーン隊が大きく二手に別れながら、それぞれの目標に向けて急降下を始めた。

「敵騎急降下!9騎がイラストリアスに向かいます!残り7騎、ハーミズに向かう模様!」
「ハーミズにだと!?」

リーチ大佐は敵の思いがけぬ行動にいささか驚かされた。
敵編隊はあまり数が多くないため、1隻の空母を集中して狙うであろうと考えていた。
ところが、敵は1隻だけではなく、同時に2隻の空母を狙ったのである。
そのうちの1隻は、防御力に難のある軽空母ハーミズである。
転移前、世界で2番目の空母として生まれたハーミズは、改装によって機関や対空火器を強化されたものの、防御力自体は並みの軽空母程度しかない。
リーチ艦長は迷わなかった。

「対空砲はハーミズを全力で支援しろ!イラストリアスは自力で何とかできる筈だ!」
「アイ・サー!」

砲術長に命令を飛ばしたリーチは、ハーミズに向かう敵騎をじっと見据え続けた。
イラストリアスにも敵騎が向かっていたが、イラストリアスはドーセットシャー、クリーブランドのみならず、右舷側を航行するレキシントンや
ポートランドからも支援を受けられた。
そして、ハーミズはプリンス・オブ・ウェールズを始めとし、軽巡ナイジェリアや重巡ポートランド、ウィチタのみならず、ハーミズの右舷側を
航行する正規空母ベニントン、軽空母インディペンデンスまでもが、危機に陥った古強者を助けるべく、全力で対空射撃を行っていた。
ハーミズもまた、向けられるだけの両用砲や機銃を動員して応戦する。
空母陣の対空射撃では、艦橋の前側と後ろ側に2基ずつの5インチ連装砲を搭載したレキシントンとベニントンが思いのほか激しい対空射撃を行っている。
特にエセックス級の正規空母として建造されたベニントンは、対空火力だけで言えば新鋭戦艦並みの武装を施しており、高角砲もツーソンと同じく、
左舷側なら12門を使用できる。
傍目から見れば、ベニントンもまた、戦艦、巡洋艦に負けず劣らず、凄まじい量の発射煙を放っていた。
多量の対空射撃を受けた敵編隊はたまったものではなく、ハーミズに急降下爆撃を開始してからほんのわずかな時間で、指揮官騎を含む3騎が
瞬時に叩き落とされた。
高角砲弾の炸裂と無数の曳光弾が、すぐに先頭に躍り出たワイバーンに集中して注がれる。
ワイバーンの周囲には、色鮮やかな光の明滅が数秒ほど続くが、それが切れるや、たちまちワイバーンが竜騎士ごと機銃弾の集中射撃を受け、
複数の物体に切り分けられてしまった。
各艦の高角砲が轟然と唸り、ボフォース40ミリ機銃やエリコン20ミリ機銃が休みなく弾を吐き出し、残ったワイバーンの全騎撃墜を狙う。
だが、最後の3騎が手練れなのか、急降下中にも頻繁に姿勢を変えるため、なかなか有効弾が出ない。
やっとの事で5騎目を撃墜できたが、その時には、残り2騎が高度800まで迫っていた。
対空射撃が2騎に集中し始めた時、敵騎はハーミズに向けて爆弾を投下した。

「敵騎爆弾投下!ハーミズ、回頭始めます!!」

見張りの報告が艦橋に飛び込んでくる。
ハーミズの艦長は敵機の完全阻止が叶わないと踏んでいたのであろう、予め舵を切っていたようだ。

「イラストリアス被弾!」

唐突に悲報が飛び込んできたが、リーチの視線は依然、ハーミズに向けられる。
ハーミズは左に急回頭して爆弾を避けようとしているが、爆弾を避けられるかどうか運次第だ。

「避けられるか……?」

リーチのみならず、プリンス・オブ・ウェールズを含む護衛艦、空母群の僚艦乗員達は射撃を続けながら見守った。
唐突にハーミズの右舷後方側の海面に巨大な水柱が立ち上がった。
次いで、右舷艦橋側の海面にこれまた、巨大な水柱が吹き上がり、降りかかってきた海水がハーミズの艦橋や飛行甲板を濡らした。

「ハーミズ、回避に成功!」

その報告を聞いたリーチは安堵しかけたが、敵はまだ残っていた。
左舷側から響き渡る喧騒がより激しくなった。
リーチが横を向いた瞬間、1騎のワイバーンがプリンス・オブ・ウェールズの第1砲塔のすぐ真上を飛び抜けていった。

「敵雷撃隊、防御ラインを突破!イラストリアス、ハーミズに3機ずつ向かいます!!」
「くそ、突破を許したのか!」

リーチは敵の素早い突破に半ば驚いたが、右舷側の高角砲や機銃群が敵ワイバーンに追い撃ちをかける。
イラストリアスからも40ミリ、20ミリ機銃が撃ち放たれ、3騎のワイバーンを全力で迎え撃つ。
敵ワイバーン隊の竜騎士はよほどの猛者なのか、高度10メートル以下の超低空で機銃弾を避けながらイラストリアスとの距離を急速に詰めていく。
海面は、炸裂する高角砲弾や機銃弾の弾着で激しく泡立ち、海面すれすれに高角砲弾が多数爆発してワイバーン群の進路を遮る。
そこをワイバーンは強引に突破して距離を詰め続ける。
1騎が機銃弾に叩き落とされる。

次いで、2番騎も同様に後を追い、残る3番騎がイラストリアスに肉薄を続ける。

「敵3番騎、イラストリアスまであと800!」
「ハーミズに2騎接近!ハーミズ、再び回頭します!」

イラストリアスと同じく、ハーミズも敵雷撃隊に接近されつつある。
この時、ワイバーンの右主翼が吹き飛ばされた。
誰もが撃墜を確信した時、ワイバーンの周囲で高角砲弾が連続して炸裂し、その姿を覆い隠してしまった。
直後、爆煙の下から一際太い水柱が立ち上がり、その中に微かながら、ワイバーンの尻尾のような物が見えた。

「イラストリアス、敵雷撃隊全騎を撃墜!」

リーチは凌げたか、と呟こうとしたが、当のイラストリアスは左舷に急回頭し始めていた。

「イラストリアス急回頭!あっ!魚雷がイラストリアスに向かっています!!」

見張り員が切迫した声音で報告を送ってきた。
イラストリアスは僚艦の援護を受けながらも、残存する雷撃隊全機撃墜を果たしたものの、3番騎は撃墜される寸前に魚雷を投下したのだ。
その魚雷はイラストリアスの舷側を抉るべく、高速で驀進しつつある。
当のイラストリアスはそれを回避するべく、左舷側に急回頭を行っているが……魚雷はこのまま直進すれば、左舷側前部付近に命中するかと思われた。
急回頭を行ったことが功を奏しているのか、魚雷は徐々に命中コースから外れ始めている……だが

「いかん……あのままじゃ……!」

魚雷は確かに逸れようとしている。
だが、白い航跡は、左舷側前部からより前方……イラストリアスの艦首部に向かって伸びていた。
それに対して、イラストリアスは尚も回頭を続けているのだが、白い航跡と艦首との距離は、既に50メートルを切っていた。

「当たるぞ!」

誰もが命中を確信した。
イラストリアスは回頭で速度が衰えたとはいえ、25ノットの速力で進み続けている。
そこに魚雷が命中すれば、イラストリアスは艦首に大穴を開けてしまう事になり、そこから大量の海水を飲み込んでしまう事になる。
また、高速で航行しているともなれば、艦内に流入する海水の量も自然と増大する。
これによって、最悪の場合は沈没確実の被害を受ける事もあり得る。
リーチの脳裏に、艦首から巨大な水柱を噴き上げ、瞬時に航行不能に陥るイラストリアスの姿がよぎった。

(大西洋戦線所狭しと暴れ回った英傑艦も、ここで運を使い果たすか……!)

リーチは心中で僚艦の無念を嘆きつつ、覚悟の上で被雷を見届ける事にした。
そして、白い航跡は……


「……?」

イラストリアスのCIC内で、マレー襲いかかるであろう衝撃に備え、手近にあった机に両手を置き、姿勢を屈ませて耐えようとしていた。
だが……衝撃はいつまでたっても来なかった。

「何だ……魚雷が命中するんじゃなかったのか?」

CIC内で誰かの声が響く。
その時、スピーカーからイラストリアス艦長、ファルク・スレッド大佐の声が響いた。

「艦長より報告……ただ今の魚雷は回避せり!」

それからしばしの間、乗員達は押し黙ったままであった。
放送から5秒後、乗員達は危機から脱した事をようやく実感し、艦内の各所では一斉に歓声が沸き起こった。

「やったぞ、敵の攻撃を回避したぞ!」
「見たかシホット!これがジョンブル魂だ!!」
「冷や冷やさせやがって!二度と来るんじゃねえぞ、こん畜生共!」

機銃座や砲座の兵員のみならず、艦内の各所で、乗員達は短いながらも、激しい攻撃を凌ぎ切った喜びを爆発させていた。

「ハーミズより通信!我、敵雷撃隊の攻撃を全て回避せり!」
「ハーミズも無事凌いだか……いやはや、良くやったものだ」

マレーは、ハーミズの回避成功の報を聞くなり、思わず安堵のため息を放った。

「司令、ベニントンのTG38.2司令部より通信、敵攻撃隊は撤退しつつあり」
「ふむ……敵編隊は魚雷、爆弾を全て使い果たしたな。イラストリアス以外に、各艦艇に損害はないか確認しろ」

マレーは通信員に確認を取らせた後、CIC内に設けられた司令官席に腰を下ろした。

「ひとまず、TG38.2に関しては、敵の攻撃は不首尾に終わりましたな」
「被弾ゼロに抑える事は叶わなかったがな」

マレーはそう返しながら、イラストリアスが被弾した時の事を思い出した。
イラストリアスは、敵の急降下爆撃を回避しきれず、3発の爆弾を受けていた。
だが、敵の爆弾はイラストリアスの装甲甲板がすべて受け止めた。
爆弾は表面で炸裂して乗員に若干の負傷者を出した物の、実質的な損害はほぼ皆無であった。

「しかし、流石は元祖、装甲空母だ。リプライザル級の基になっただけはある」
「司令がイラストリアスに旗艦を定めたのは、正解でしたな」

ケインの言葉に、マレーは頷きながら応える。

「これがベニントンやレキシントンだったら、飛行甲板を使用不能にされて後送は避けられなかっただろう。そこを旗艦に据えていた場合、
旗艦の変更という面倒な作業も必要になる。私はその手間を省くために、あえてイラストリアスを選んだのだよ。もっとも、魚雷を回避
できていなかったら、私はそう言えなかっただろうね」

彼は自嘲気味にそう言い放った。

「さて、TG38.1の戦闘は終わったが、気になるのはTG38.1とTG38.3だな」

マレーは、CIC内にある対勢表示板に目を向けた。
白いアクリルボードには、TF38を示す駒が取り付けられているが、TG38.1とTG38.3を表す駒には、赤い駒が取り付いている。
敵の空襲が開始されてから5分後、2機の早期警戒機がTG38.1とTG38.3の側面から低空飛行で回り込もうとしている2つの
別動隊を発見し、更に3つ目の別動隊も今しがた確認されている。
これらは共に、この2個空母群に襲い掛かり、現在、TG38.1、TG38.3は決死の防空戦を展開している。
2つの別動隊は、どちらも50騎以上のワイバーンで構成されており、その打撃力は侮れない物がある。
また、最後に発見された3つ目の別動隊は数こそ少ない物の、2つ目の編隊の後を追うようにTG38.3に向かいつつある。
敵が近隣の航空戦力の大半を投入して、大反撃に転じている事はほぼ確実と言えた。

「TG38.2は見事に耐えきった。あとは……残り2個任務群の奮闘を祈るしかないな」

マレーはそう言いつつ、味方部隊が攻撃を凌ぎ切る事を、強く期待していた。


午前11時35分 シギアル沖北東255マイル地点

「高角砲、撃ち方始め!」

戦艦アイオワ艦上で、敵編隊の接近を目視で確認していたブルース・メイヤー艦長は、砲術長に命令を下した。
アイオワの右舷側に設置された、5インチ連装砲5基10門が一斉に射撃を開始する。
既に、駆逐艦群が砲撃を開始しており、高空より侵入しつつある敵騎群の周囲には、高射砲弾の炸裂煙が黒い花の如く咲いている。
陣形右側に占位する巡洋艦群も5インチ砲弾を撃ち放ち、上空の砲弾幕をより厚くしていく。
敵編隊は急降下爆撃隊のみで編成されているのか、低空進入を図るワイバーンは1騎も見られない。
数は20騎程だが、右舷側より迫る敵とは別に、左舷側からも敵が押し寄せつつある。
こちらの数も20騎前後だ。
敵編隊は早期警戒機が発見した当初、60騎以上はいたが、TG38.1から新たに緊急発進したF8Fが迎撃にあたったおかげで、
10騎以上が輪形陣突入前に撃墜されるか、突入不可となって引き返していた。
陣形の右側を守るのは、外輪部の駆逐艦の他に戦艦アイオワ、重巡洋艦クインシー、軽巡洋艦アトランタ、ナッシュヴィルとなっている。
アイオワの右舷側には、第3艦隊旗艦である空母エンタープライズが2000メートルほどの距離を置いて航行している。

艦隊速力は30ノット程で、どの艦も艦首に白波を蹴立てながら洋上を驀進している。
各艦は5インチ砲を撃ちまくって敵の阻止に努めているが、その中でもアトランタの射撃は際立っていた。
TG38.2では、アトランタの姉妹艦であるツーソンが、敵機の迎撃に奮闘していたが、アトランタも妹に負けじとばかりに、
5インチ砲を乱射している。
ツーソンと違い、舷側にも5インチ砲1基を搭載しているため、指向できる5インチ砲は計14門と、ツーソンよりも多い。
そのため、アトランタが全力で対空射撃を行う様は、小さな火山が高速で洋上を疾駆しているようにも思える。
対空砲火の弾幕は分厚く、アトランタが射撃を行う時は、一度に咲く炸裂煙も多い。
その炸裂煙を受けた敵ワイバーン1騎が早くも墜落し始めた。

「流石はアトランタだ。開戦以来、各戦場を渡り歩いてきたアトランタはラッキーAと呼ばれているが、乗員の腕は職人の域に達しているな」

メイヤーはアトランタに付けられた綽名を呟きつつも、その正確な対空射撃に感嘆の念を抱いた。
敵編隊は、高角砲弾の弾幕によって次第に犠牲が増え始めていくが、それでも15騎が駆逐艦群の上空を突破し、巡洋艦、戦艦の真上に
到達しようとしていた。

「敵編隊、尚も接近中!高度3000!」

報告が届けられると同時に、対空砲火の喧騒が一層激しくなった。
アイオワはそれまで5インチ砲のみを撃っていたが、砲術長が頃合い良しとみて、40ミリ機銃の発射を命じたのであろう。
ボフォース40ミリ機銃座が一斉に射撃を開始し、図太い火箭が上空のワイバーン群めがけて殺到していく。
他の巡洋艦群も機銃を撃ち始めるが、この点に関しては、機銃の搭載量が多いアイオワの方が凄まじい勢いで機銃弾を放っている。
右舷側甲板上には火薬のツンとした匂いが充満し、機銃座の兵達はその独特の匂いに顔をしかめつつ、機銃の発射を絶やすまいと、
40ミリ弾の補充を欠かさず行っていく。
2騎のワイバーンが高角砲弾と機銃弾に手荒く叩かれ、海面に向けて突っ込んでいく。
更に1騎が時間差を置いて左右の翼を断ち割られ、これまた墜落していった。
敵編隊は犠牲を出しつつも、尚も前進を諦めなかったが、この時、3騎のワイバーンがアイオワの上空を通過するかと思いきや、
唐突に急降下を始めた。

「敵3騎、急降下!わが艦に向けて突っ込んできます!」
「堪り兼ねてこっちを狙ってきたか!」

メイヤーは唸るように言うが、敵ワイバーンはアイオワ目がけて、猛然と突っ込みつつある。
右舷側の機銃群がこの3騎のワイバーンに的を絞り、射撃を継続する。
5インチ砲、40ミリ機銃に加えて、エリコン20ミリ機銃までもが戦闘に加わり、3騎のワイバーンを蜂の巣にすべく、無数の火箭が
猛然たる勢いで吹き上がっていく。
敵ワイバーンの先頭騎が、しばしの間防御結界発動の光を明滅させたあと、集束弾を受けて弾け飛ぶ。
2番騎は高度1000まで降下した所で撃墜されたが、3番騎が高度700まで肉薄し、アイオワに対して、胴体に吊り下げていた
爆弾を投下した。

「敵騎爆弾投下!」

見張りの声が響く。
艦橋内の誰もが、来たる衝撃に備えた時……アイオワの艦首右舷側付近に水柱が宙高く吹き上がった。

「……至近弾か」

メイヤーは崩れ落ちる水柱が、17インチ砲塔を濡らしていく様を眺めながら呟いた後、目線を左舷のエンタープライズに向けた。
残りの敵騎は、エンタープライズに向かっていく。
既に左舷側の高角砲、40ミリ機銃は射撃を開始し、敵編隊の周囲にその対空火力を叩きつけていた。

「敵騎群、エンタープライズに向けて急降下していきます!」

残り9騎に減った敵機は、二手に別れた後、エンタープライズの艦首方向と艦尾方向から急降下し始めた。
左舷側の20ミリ機銃も射撃を開始し、エンタープライズの上空に対空弾幕の傘が展開される。
敵騎はそれに臆せずに突っ込んでいくが、1騎が弾幕に絡めとられて墜落する。
次いで、艦首方向より突っ込んだ敵ワイバーン群の先導騎が高角砲弾の直撃を受けて四散した。
敵騎は猛烈な対空射撃を受けて次々と撃墜されていくが、僚艦の援護を受けるエンタープライズもまた、舷側を両用砲、機銃の発射炎で染め上げ、
夥しい量の白煙が艦尾方向に流れていく。
艦首方向の敵騎群は全滅したが、艦尾方向より迫るワイバーン3騎が高度600付近に達するや、次々と爆弾を投下した。
エンタープライズは敵機が爆弾を落とす前に当て舵をしていたのか、急に右舷に回頭を始める。
艦首が白波を蹴立てて回り始めた瞬間、左舷艦首側の海面から水柱が立ち上がった。
水柱の根元には、爆弾炸裂で汚れた海水が混じっており、それが爆弾炸裂時特有の異臭を放っていた。

1発目が左舷側付近に至近弾となった後、2発目が艦尾付近に弾着する。
爆弾が炸裂して海水を噴き上げた瞬間、エンタープライズは水中爆発の衝撃で艦体を突かれたが、爆発位置が離れていたためか、推進器や
舵などにはダメージは無かった。
3発目は、エンタープライズの右舷艦橋側の海面に至近弾として落下し、これまた大量の海水を噴き上げる。
この至近弾は、エンタープライズの艦底部に衝撃を与え、その艦体を大きく揺さぶった物の、エンタープライズは舷側付近に若干の浸水が
発生したのみで事なきを得た。
3発目の爆弾が海面に落下して、水飛沫を上げた時は、アイオワ艦上の将兵達は誰もが驚きの声を上げたが、ビッグEが崩れ落ちる水柱を被りつつも、
尚も健在な姿を現した時は艦内の各所で喜びの声が上がった。

「ヨークタウンも敵の攻撃を全て回避しました!」
「おお、ヨークタウンも凌いだか……!」

メイヤーはその報告を聞くなり、ホッと胸を撫で下ろした。
エンタープライズの左舷側には、僚艦であり、ビッグEの姉であるヨークタウンが左舷側から進入したワイバーンの集中攻撃を受けていたが、
ヨークタウンの乗員は巧みな操艦で、7騎のワイバーンの急降下爆撃を全て回避していた。
ヨークタウンの左舷側で懸命の援護にあたっていた戦艦ニュージャージー艦上では、援護の甲斐なく、敵騎の攻撃が集中し、林立する水柱に
覆い隠されたヨークタウンを見て誰もが対空援護の失敗を悟っていた。
しかし、ヨークタウンは心配無用とばかりに、艦体で水柱を突き崩しながらその姿を現した。
このヨークタウンへの攻撃終了をもって、TG38.1もまた、危機を脱したのであった。


午前11時45分 シギアル沖北東245マイル地点

TG38.1、TG38.2は何とか敵の空襲を凌いだ物の、TG38.3は未だに敵航空部隊の襲撃を受け続けていた。

「新たな敵編隊接近!駆逐艦群が戦闘を開始したぞ!」

空母ボクサーの左舷側第2機銃群で2番機銃を担当するフレット・カークス2等兵曹は、真冬にもかかわらず、避退を汗で濡らしながら
その戦闘を見守っていた。
駆逐艦群は高角砲を放っているが、砲は上空には撃ち上げられておらず、低空付近に砲を向けているようだ。

「敵は雷撃隊か……」

「なあに、あまり固くなるなよ、フレット」

後ろから肩を叩かれた。
同僚のホルン・ネリント2等兵曹が替えの20ミリドラム弾倉を抱えながら楽観的な言葉を発する。

「さっきの空襲も何とか無傷で凌げたんだ。今度も無事に終わるさ」
「だといいんだけどな……」

カークスはネリントほど楽観的ではなかった。
彼は過去に空母上での防空戦を経験しているが、陣形が乱れている時に空襲が行われると、空母の被弾率は最初の空襲後よりも
格段に上がる事を彼は知っていた。
敵の第一波攻撃隊は、空母のみならず、駆逐艦や巡洋艦にも攻撃を仕掛けてきた。
狙われた護衛艦は6隻にも及び、各艦が回避運動を行ったために左側外輪部の陣形が乱れてしまった。
空母に対する空襲は不首尾に終わった物の、直後に別の敵編隊が現れ、駆逐艦群が迎撃を開始したのである。
駆逐艦群は対空戦闘を行いつつも、急いで定位置に戻ろうとするが、敵編隊は僅か1機を撃墜されたのみで、駆逐艦の上空を突破した。
駆逐艦の真上を飛び抜けると、今度は巡洋艦、戦艦が対空戦闘を開始する。
カークスは敵の姿を見るなり、頓狂な声を上げた。

「ありゃケルフェラクじゃねえか!シホットの戦闘爆撃機だ!」
「意外と多いぞ!」

ネリントも驚きつつ、ケルフェラクの機影を数える。
数は17機だ。
低空進入で進撃しているのならば、ケルフェラクは魚雷を抱いているのだろう。

「戦艦、巡洋艦の連中になんとか数を減らしてもらわんと……こりゃまずい事になるぞ!」

カークスの言わんとしている事は巡洋艦、戦艦の艦長達も理解しているのか、ありったけの高角砲、機銃をこれでもかと撃ちまくる。
TG38.3は、陣形の中央にボクサー、エセックス、イントレピッドを配置しているが、並びは中央の左側にボクサー、その右斜め後ろに
エセックス、そのまた右斜め前方……ボクサーから見れば右舷側1500メートルほどの所にイントレピッド、という並びになっている。

これを護衛するのは、2隻のアラスカ級巡洋戦艦と6隻のボルチモア級重巡、クリーブランド級軽巡である。
陣形左側には、巡洋戦艦コンステレーション、重巡洋艦ロチェスター、軽巡洋艦ウラナスカ、バッファローが布陣しており、懸命の
対空射撃を行っている。
ここで、敵機は数機ずつの編隊に別れ始めた。
17機中、4機がコンステレーションの艦首を迂回するコースを取り、4機がその後方を抜けるコースを取る。
5機はその真上を飛び去る形になり、4機は軽巡ウラナスカの後方を抜けようとしていた。
これによって、護衛艦の対空砲火は分散されてしまった。

「あの動き……ありゃあ手練れだぞ!」

カークスは敵の淀みない動きに舌を巻いてしまった。
敵は巡戦、巡洋艦の対空砲火の前に被撃墜機を出していく。
分散はしたものの、米艦艇の対空火力はそれでも強力であった。
コンステレーションの前方を通り抜けようとしたケルフェラクは、コンステレーション艦長がこの敵機群に対空火力を集中させたため、
次々と叩き落された。
ウラナスカに接近した敵機も40ミリ機銃や20ミリ機銃弾を浴びて1機、また1機と、機銃弾や高角砲弾の弾着で荒れ立つ海面に突き刺さり、
白い飛沫となって消えていく。
だが、味方の犠牲をしつつも、残ったケルフェラクは護衛艦の防御陣形を突破していく。
コンステレーションの真上を突破した5機が、ボクサーの左舷方向に現れた。

「射撃開始!」

命令が伝わると、カークスは担当していた20ミリ機銃を撃ち放った。
両肩に鈍い振動が連続して伝わり、1本の銃身から機銃弾が吐き出される。
目標に定めたケルフェラクに、曳光弾まじりの射弾が注がれるが、そのケルフェラクには別の機銃員から放たれた20ミリ弾も混じっており、
さながら、無数の火の粉がケルフェラクの周囲で舞っているように見えた。
その時、敵ケルフェラクに横合いから20ミリ弾よりも太い火箭が注がれたと思いきや、一瞬にして左主翼を吹き飛ばされた。
片翼を失ったケルフェラクはくるりと回転した後、海面に激突してバラバラになった。
目を右下方に向けると、第2機銃群から見てやや下方に設置された40ミリ4連装機銃が猛然と砲弾を放っていた。
ケルフェラクは、この4連装機銃座に叩き落とされたのだ。

「フゥッ!流石はボフォースだ。落ちにくいケルフェラクでも一撃だな!」

カークスは口笛を吹きつつ、次のケルフェラクに狙いを定め、機銃を発射しようとしたが、銃弾は発射されなかった。

「弾切れだ!リロード!!」

カークスは、後ろに控えていたネリントに、手を振りながら弾倉の装填を指示した。
別の機銃座の発射煙で視界がやや悪くなり、周囲は微妙に薄れかけていた硝煙の匂いで満たされつつある。
そんな中、ネリントはいつもの要領で他の同僚と共に空の弾倉を外し、機銃弾で満たされたドラム弾倉をエリコン機銃に装填する。

「装填よーし!」

ネリントはそう叫びながら、カークスの肩を叩いた。
頷いたカークスは再び20ミリ機銃弾を敵に向けて撃ちまくる。
対空戦闘中は大声を出しても、機銃や高角砲の発射音で伝え難いため、普段は声を発しつつ、身振り手振りも交えて意思表示したり、相手の体を
叩いたりして装填作業の完了を伝えるのが常だ。
やや手間が掛かるが、それでも40ミリ機銃を担当する給弾員に比べればまだマシである。
40ミリ機銃座は、1発の重さが20ミリ弾よりも重いうえ、それを4発ずつ束ねて間断なく給弾するため、兵員達の疲労もかなりの物である。
射手はその苦労に報いるため、必中を願いながら、機銃弾を敵機に向けて撃ち続けていく。
2機目の敵機が機首を40ミリ弾に叩き潰されるや、正面を下にして滑り込むように海面へ突っ込んでいった。
3機目も20ミリ弾の集中射撃を受けるや、バラバラに空中分解して破片を海上にばらまいた。
残った2機にも、高角砲弾の破片や40ミリ弾、20ミリ弾が雨あられと注がれていく。
この調子なら敵機は全機叩き落せると、カークスは期待していたが、耳に入ったある言葉が、彼を焦らせた。

「敵との距離、900メートル!急いで撃ち落とせ!」

どこからともなく聞こえたその言葉は、ボクサーが重大な危機に陥っている事を知らしめていた。
シホールアンル軍は、合衆国海軍の艦攻隊に感化されてか、距離900メートルから600メートルという、軍艦にとっては指呼の間ともいえる
近距離からよく魚雷を投下してくる。
近距離航空雷撃は、敵に近づく分自らも被弾しやすいが、魚雷の発射に成功すれば、高確率で魚雷が突き刺さる。
合衆国海軍の正規空母が撃沈された事例の大半は、敵の航空雷撃を受けてしまった事だ。

ボクサーは、これからの対応を誤れば、その不名誉な事例の1つに加わるかもしれないのである。
機銃員達はより真剣になって機銃を撃ちまくった。
海面スレスレに降下したケルフェラクは、思いのほか機銃弾や高角砲弾が当たりにくい。
第38任務部隊が行った、第1次空襲で見せた光景が、攻守所を変えて現出されていた。

「なんてこった……さっきのひよっこワイバーンと違って、こいつらはプロ中のプロだぞ!」

機銃手の誰かが戦慄しながら、そう叫んだ。
この時、ボクサーの艦体が左舷に回り始める。この影響で、機銃の狙いがずれてしまった。

「急回頭か!」

カークスは忌々し気に叫びつつも、狙いを修正し、再び機銃を撃ち放った。
自ら放った曳光弾は、ケルフェラクの機首部分に注がれた、と思いきや、弾が切れてしまった。
だが、その次の瞬間、敵機は機首から小爆発を起こし、機体を反転させながらボクサーの左舷側150メートルほどの海面に激突した。

「やった!叩き落してやったぞ!ネリント、弾を補充してくれ!」
「了解!すぐに補充する!」

艦が急回頭によって右舷にやや傾く中、装填作業は急速に行われる。

「装填よし!」

対空砲火の喧騒の中、同僚が肩を叩きながらそう叫んだ時、

「敵機だ!」
「魚雷が来るぞ!!」

2つの声が同時に耳に入った。直後、至近にまで迫っていたケルフェラクが、両翼の魔道銃を撃ちまくりながら高速で飛行甲板上を真横に
飛び抜けていった。

敵機から放たれた光弾が飛行甲板を横に薙いで行き、果ては艦橋後部の5インチ連装砲座に命中する。
光弾の命中箇所からは木屑が飛び上がり、5インチ砲座にも夥しい火花が周囲に散った。
そして、視線を海面に向けたカークスは、周囲の物音が消え、静かになったような錯覚に囚われた。
対空砲火の射撃で泡立っていた海面から、うっすらと白い航跡が伸びてくる。
それはゆっくりのようでいて、早かった。
白い航跡は、回頭中の艦体に突き進み、程なくして、中央エレベーターから5メートルほど後方に離れた部分に達した。
直後、恐ろしいほどの衝撃が、大音響と共に伝わってきた。
カークスの体は文字通り飛び上がってしまった。

(くそったれ!魚雷が命中しやがった!!)

彼は浮き上がった体を海面に持って行かれまいと、あらん限りの力を尽くして機銃座にしがみついた。
青いつなぎの上に着たライフジャケットがブルブルと震え、顎ひもで止めたヘルメットが揺れ動く。
程なくして、揺れは収まった物の、それまで30ノット以上で驀進していたボクサーの速力が目に見えて落ち始めていた。

「後方からも敵機が来るぞー!」

新たな声が響くと同時に、一時中断していた対空射撃が再開される。
今度は、2機のケルフェラクが左舷方向より急速接近しつつあった。
辛うじて海面への落下を免れたカークスは、敵機の迎撃に加わる。
装填されたばかりの20ミリ機銃は勢いよく銃弾を吐き出し、傷ついたボクサーに追い打ちをせんとする敵に曳光弾まじりの連射を叩き込む。
この2機も超低空で急速接近してくる。
1000メートルはあった距離が900、800、700と、見る見るうちに縮まっていく。
ボクサーは左舷側の5インチ両用砲や、動員可能な機銃座全てで迎え撃つのだが、憎たらしいほどに機銃弾が当たらない。
敵機は微かに気を横滑りさせて狙いをずらしているのだ。
やがて、2機のケルフェラクは順繰りに魚雷を投下した。
直後、1機が高角砲弾の炸裂を真上に受け、ガクリと機体を傾けさせたかと思うや、そのまま海面に突っ込んでしまった。
もう1機は機銃弾をかわしつつ、全速で離脱にかかった。
敵機から投下された2本の魚雷がボクサーに向かって来る。
1本は艦尾方向に向けて走り、やがて外れてしまったが、もう1本が左舷側後部付近に命中した。
魚雷が命中するや、基準排水量27000トンの大型空母が、暴風雨に遭遇したカヌーもかくやとばかりに揺れまくった。

魚雷命中の瞬間は、空母エセックスの艦上からもはっきりと見て取れた。

「ボクサー被雷!行き足、更に鈍ります!!」

空母エセックスの艦橋上で、対空戦闘を見守っていたTG38.3司令官、ドナルド・ダンカン少将は、苦虫を?み潰したかのような
渋い表情を表していた。
ボクサーは左舷側後部に水柱を吹き上がらせた後、先よりも速力を落としていた。

「あれは機関部付近をやられたな……敵も痛い所を衝いて来る物だ」
「浸水も始まっているようですな。ボクサーが左舷に傾いています」

航空参謀も不安気な口調でダンカンに言う。
ボクサーは、最初の被雷時に30ノット以上の速力で航行していたため、艦内に大量の海水を引き込んでしまった。
そこにもう一本の魚雷を受けた事で、速力低下に拍車がかかったようだ。

「ボクサー、行き足止まります!」

見張りからの報告がさらに続く。
戦闘中の艦艇が甚大な損害を受け、行き足が止まると言う事は、よほどの事態が起きない限り怒らないものだ。
そのため、見張りから届けられる、「行き足止まります!」という報告は、その艦が生存できるか否かの瀬戸際に立たされている事を
意味している。

「行き足止まります……か。今回の戦闘では聞くことはないであろうと思ったが」
「奇襲を受けたとはいえ、短時間で戦力を立て直し、あのような感じに、正規空母を撃沈寸前にまで持って行くシホールアンル軍は、
やはり侮れない物です」

航空参謀の言葉に、ダンカンは深く頷く。

「……敵の空襲は終わったようだな。ボクサーはあの有様だが、見方を変えれば空母1隻を傷物にされた代わりに、TG38.3は
2隻の正規空母を残せた事になる。艦載機の数もまだ多い。航空参謀、TG38.3はまだまだ戦えるぞ」

ダンカンはそう言って気を取り直すと、新たな指示を発した。

「ボクサーに通信!被害状況を知らせ!」

午後0時10分 第38任務部隊旗艦 空母イラストリアス

「TG38.1、TG38.2は共に、敵の空襲を凌ぎ切りました。損害は極めて軽微と言えます。」

マレーはケインの報告を聞きながら、対勢表示板をじっと見据え続けていた。
対勢表示板のアクリルボードの前では、担当役の水兵が次々と情報を書き込んでいく。

「続いて、TG38.3ですが……」

ケインは、やや重い口調で言葉をつづけた。

「こちらは最初のワイバーン50騎の攻撃は見事に退けましたが……その直後に、ケルフェラク18機の攻撃を受け、空母ボクサーが
魚雷2本を受けて損傷しました。TG38.3司令部からの報告では、ボクサーは艦の浸水の拡大を食い止めるべく、あらゆる手段を
尽くしているとのことです」
「……ボクサーは沈没を免れそうか?」
「浸水に対しての対応は早かったと聞いておりますので、恐らく、沈没は免れるでしょう。ただし、これ以上攻撃を受けなければ……
の話ではありますが」
「自力航行が出来るか否かは、浸水拡大の阻止と、機関部の点検次第のようですな」

参謀長のシンクレア大佐も口を開く。

「いずれにせよ、ボクサーはこの作戦では使えぬでしょう。私としては、早急に後送の準備を進める事を提案いたします」
「私も君と同じだ。魚雷に腹を抉られて、速力の落ちた空母はもはや戦えない。ボクサーは浸水の阻止が終わり次第、護衛を付け、
ダッチハーバーに戻ってもらう。第3艦隊司令部にもその旨を伝えるとしよう」
「アイアイサー」

マレーは通信参謀にそう伝えつつ、腕組みしながら第3次攻撃隊の発信準備を整えるべく、予定時刻をいつにするかを考え始めた。

同日 午後12時15分 首都ウェルバンル 海軍総司令部

「ワイバーン260騎、飛空艇18機で攻撃して、戦果は空母1隻に爆弾命中、小破。空母1隻に魚雷命中、大破のみ……か」
「そして、味方攻撃隊の被害は甚大なり……と。案の定の結果と言えますね」

呻くように言うレンス元帥に対し、リリスティは眉を顰めながらそう付け加えた。

「だから私は、言いました。皇帝陛下に意見具申を行うべきである、と。この攻撃失敗で、我々の航空戦力を減殺したと確信した敵機動部隊は、
更に攻撃隊を送り込んで来るでしょう。」
「しかし、陛下は敵機動部隊の撃滅を命じられたのだ……命令は絶対だ。我々は何としてでも、敵に打撃を与えなければならなかった」
「……その結果が、防空戦力の弱体化では割に合いません。あの時、陛下に翻意を促しておれば、このような事態に」
「もう良い!」

尚も食い下がるリリスティに、レンス元帥は荒々しい声音で遮った。

「もうこの話は良い……!」
「……」

室内がまたもや静寂に包まれる。

「……次の事を考えよう。今は、残った戦力を有効活用しなければならん。ああ、そうだ……次の攻撃を迎撃するために
残存部隊を纏めさせよう。その後に……」

レンス元帥は、口調こそはしっかりとしている物の、その表情は憔悴しきっていた。

「……!」

リリスティは奥歯を噛みしめながら、ひっそりと作戦室を後にする。
それを見たヴィルリエは、失礼と言ってからリリスティの後を追った。

ヴィルリエはリリスティの後を追ったが、最初は彼女を見つけきれなかった。
やがて、人気の離れた一室の椅子にリリスティが座っている所を見つけた。

「リリィ……」
「……ヴィル」

ヴィルリエは、リリスティの隣の椅子に座った。

「皇帝陛下の命令で……なけなしのワイバーン部隊や飛空艇隊を敵機動部隊の攻撃に出してしまった……えぇ……なけなしの」

リリスティは拳を強く握り締めた。

「基礎戦闘訓練を完了したばかりのワイバーン隊までも敵に突っ込ませて……!」
「リリィ、あまり思い詰めないで」
「……簡単に言わないでよ……!」

ヴィルは諫めようとするが、リリスティは我慢できなかった。

「第414空中騎士隊は18歳にも満たない若い少年少女ばかりのワイバーン部隊だったのよ!?昨日の広報誌でトップ面を飾ったあの娘を……
彼女を慕っていた若い少年達を……地獄に突っ込ませたのよ!皇帝陛下の命令で!!」
「……リリィ」
「彼らだけじゃない。551空中騎士隊は再編成中で部隊の連携もそこそこでしかなかった。陸軍の664空中騎士隊は414空中騎士隊
みたいな物で、陸軍の広報部隊的な存在でしかなかった。あたしは……せめて、有利な土地の上で彼ら、彼女らを思う存分戦わせてやり
たかった。でも……何故?」

リリスティは、息を荒げながらヴィルリエに問う。

「なぜ皇帝陛下は、こんな滅茶苦茶な命令を下したの?シギアル港がやられたから?それとも、首都上空を傍若無人にも横切られたから……?」
「リリィ……涙を拭いて」
「……」

ヴィルリエはリリスティにハンカチを差し出した。

しかし、リリスティは受け取らず、尚も言葉を続けた。

「こんな時こそ……戦力の使い方を間違えないように努力するべきなのに……ここで狂ってしまったら何にもならない。こんなんじゃ……勝てないよ」
「感傷に浸るのも分かる。リリィは、414の視察にも言った程だからね……」

ヴィルリエは、リリスティの肩に手を置きながら、なおも諫めようとする。

「あと2か月……あと2か月さえあれば、彼女達だってもっとマシの状態に持って行けた筈だった。なのに、その前に敵に突っ込ませた……」

リリスティはヴィルリエと顔を向き合わせた。

「リリィ……!」
「ヴィル……あたし、どのように戦争をしたらいいか、分からなくなってきたよ」

リリスティは涙ながらに心境を打ち明けていく。
彼女の瞳に、光は宿っていなかった。

「……ごめんなさい。今の言葉は忘れて」

唐突に、我に返ったリリスティは、ヴィルリエのハンカチを受け取り、涙を拭いた。

「そうね……レンス元帥の言う通り、敵機動部隊はまた攻撃隊を送って来る。ならば、残された戦力で足掻くしかないか……」
「現状としては、そうするしかないね」

リリスティは深く溜息を吐くと、元の気の強い目つきに戻った。

「さて……今度また、攻撃隊を送れと言われたらどうしてやろうか」
「って、あんた何考えてるの?」

リリスティが殺気めいた言葉を吐くや、ヴィルリエが不安気になって聞いてきた。

「おっと、変な気を吐いてたみたいね。ごめん、今のも忘れて」

リリスティは普段通りに口ぶりで言いつつ、個室から退出し、作戦室に戻って行った。

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