「何だ貴様は? この俺、ディオ・ブランドーに個人的な用事があるわけではあるまい?
 俺は急いでいるんだ。馴れ合いたいなら次に会う奴とやっているがいい」

抑揚の一切無い冷淡な声。
内に秘めた恐怖と焦燥を覆い隠してディオは目の前の男を睨みつける。
見覚えはある。最初の広場で一、二を争う驚愕の表情を見せたので脳裏に焼きついていたのだ。
それを確認した瞬間、心なしか緊張が解けた気がした。
平静な表情に似合わぬ量の冷や汗はようやく流れ落ちるのを止め、
一生分は稼動したのではないか? と思えるほど鼓動を打っていた心臓も徐々に本来のペースを取り戻していく。
しかし一刻を争うこの状況は冷静さを奪い去り、ディオの口を滑らせた。
それはこの場においては致命的なミスとなりうる。
本来ならカードの一つとして使用できる名前をおめおめと晒してしまった事に彼はまだ気が付いていない。

(威勢だけはよかったものの、ただの臆病者か。
 ……が! そんな奴のせいで俺が一瞬でも恐怖を抱いたのは確か!
 気に食わん……荒木もジョルノもリンゴォもコイツも! この怒りをどうすればいいんだ?)

威圧的に突き放されたときから無言で震える青年を一瞥してディオは鉄塔へと向かう。
ラグビーで培った健脚はここまで走ってきた消耗を問題にせず、再び彼を走らせた。
体力の温存などは気にもかけていない。
一刻も、一刻も早く鉄塔に辿り着く。到達後にどうするかという問題ではない。
ジョルノに一泡吹かせる前に彼が死んでしまうという事態だけは認めるわけにはいかないのだ。
整い始めた呼吸音が再び荒れ始める。
一打ち毎に心臓の鼓動が加速していく。
全身から汗が滲み出し、着ていたシャツを湿らせる。
体温が上がった体に、夜の冷たい風が心地よい。

「てめぇ、確かにディオ・ブランドーっていったよな? そして、名簿にはディオの名は一つしか存在しねぇ。
 つまり……貴様が俺のじいさん、ウィル・A・ツェペリの敵って訳だ!」

最初は感情を押し殺そうとしていたものの溢れる感情の奔流は抑えがたく、
唯一の出口である喉から口内を通り怒声という形で外部へと飛び出していった。

「会いたかったぜ~。何せ俺が貴様の存在を知ったときは既に太平洋の藻屑と消えてたんだからなぁ!」

師、リサリサから話を聞いたときからずっと憎んできた、ディオ・ブランドーという名の吸血鬼。
彼は祖父の愛弟子であったジョナサン・ジョースターによって打倒されたはずだった。
幼い頃からディオと過ごし、数多くの大きすぎる物をディオから奪われた彼にこそ復讐の権利があると
ぶつけようが無い熱した鉄のような憎しみを心中に押し込めて波紋の修行に勤しんできた。
だが、本人を目にした瞬間に感情の殻は融点を超える怒りの前にあっさりと溶け落ちる。
今の彼、シーザー・アントニオ・ツェペリは理屈ではない。魂が、自分の体に流れる血が肉体を突き動かしているのだ。

何だコイツは?
これがシーザーに対してディオが抱いた感想であった。
それは自らに対する身に覚えが全く無い話の事ではない。
異常な状況下で興奮したが故に、名前だけでどこぞの同姓同名の人物と考えていると彼は判断する。
ディオが真に驚いたのはそこではない。
もしもプライドが無ければ目は限界まで見開かれ、口はだらしなく開いただろう。

(俺は確かに全力で走っていた。それにヤツが走り始めるまでには百メートルは離していたはずだ!
 ならば……ならば何故コイツは俺の隣で走っている?
 しかもあの声……走りながら発したはずなのに途切れるどころか震えすらしなかったぞ!?
 本当にコイツは人間か? 蒸気機関でも積んでるんじゃないだろうな?)

驚異的な脚力と圧倒的なスタミナを見せ付けてきた目の前の男。
更に彼は非常に殺気立っており、握られた拳が何時こっちへ飛んできてもおかしくはない。
限界まで空気を入れた風船よりも一触即発な状況下で彼が選択した答え。
それは足を止めて青年と会話を試みることであった。
選択としては間違っていない。誤解からディオに襲い掛かろうとしているならば誤解を解くだけで話は終わるからだ。
しかしこれは自身の安全をある程度保障すると同時に、ディオのプライドを酷く傷つける選択であった。

(分かっている……この選択は“逃げ”だ!
 恐らくヤツはスタンド使い。能力は身体能力を強化するもの。
 認めざるを得まい……この俺ではどんな手を尽くしたところでコイツには勝てん……。
 ならばこの場において最も優先すべきは何だ?
 ……そう。俺のプライドを守りきることだ。ズタボロに踏みにじられたプライドをなぁ!
 では、薄汚れたプライドを崩壊させる事は何だ?
 このままコイツから逃げることか? 命を乞うことか?
 違う! 断じて否だ! 最も屈辱的なこと、それはジョルノに受けた借りを一つも返さずに終わることだ!)

奥歯を噛み締め屈辱を覆い隠しながらディオはシーザーに語りかける。

「俺は貴様に危害を加える気はない。……これで証明できるだろ?」

ディバッグを投げ捨てて、両腕を頭の上に持っていき抵抗をする気がないという事を示す、
……シーザーの死角を突いてカバン内から引き抜いた紙をズボンに挟んで。

攻撃してくるならば反撃すればよかった。
逃げるのならばその背中にシャボンランチャーを浴びせてやればよかった。
他にも数々の想定をしていたシーザーにとってもディオの対応は完全に計算外であった。
一瞬だけ気が緩み、だらしなく口の開いたマヌケな表情を晒すこととなる。
きつく握られた拳を持つ両腕は脱力して肩から垂れ下がった。
ディオの言った事を理解したのは全身の筋肉が弛緩した寸刻後。

「てめぇ……危害を加える気がねぇだと?何を企んでやがるんだ、おい!」
「何を企んでるだって? はっきり言っておくが会話の目的は貴様の誤解を解くことだ。
 祖父なんざの存在は知ったこっちゃないし、殺す気もさらさらないね。
 お前の言ってるディオ・ブランドーは同姓同名の別人じゃないのか?」
「……ジョナサン・ジョースター、ロバート・E・O・スピードワゴン、ジョージ・ジョースター。
 そしてウィル・A・ツェペリ。このメンバーが揃っていてお前だけが別人だと思うほど俺がヌケサクに見えるかディオ・ブランドー!」

(あぁ……本当に貴様はヌケサクだ。訳の分からん妄想で俺を祖父の敵にしたくって仕方がないみたいだからな。
 が、気になる点も幾つかある。何故俺がジョナサンやジョージの関係者だと分かった?
 ……さっきこいつが上げた名は名簿で俺の周辺に書かれた連中の名だったな)

SFという言葉が生まれる前の時代に生きていたうえに、文学に詳しいわけでなかったディオはタイムトラベルという概念すら脳内に持ち合わせていなかった。
だから“未来人”であるシーザーの言葉を説明する事ができず、結果、彼を狂人と判断させるに至る。
が、その反面で府に落ちない点が幾つかあるのがディオを困惑させる。
溢れ出る仮定と思考の渦に囚われた彼がシーザーの拳をかわせたのは完全に偶然だっただろう。

「ちぃっ!」

シーザーが悪態をつくが、本当に不満を漏らしたいのはディオの方であった。

(さっきの一撃は嫌な予感がしたから避けれたものの、こんな幸運は何度も続かん。
 くそっ! 動体視力の限界を越えた拳速を持った相手をこの間合いで何とかしろだと!?
 ……やってやろうではないか! この程度の試練を乗り越えられなくはアイツには一生掛っても届かん!)

シーザーに向き直り、ベルトに挟んだ紙を右手で引き抜く。
長期戦になれば勝ち目がない。
いや正確に言えば、一撃で何とかしなければ圧倒的な身体能力の前に為す術もなく斃されることとなる。
自分を殺そうといきり立つ男の前で、ディオは現状を正確に把握した。
しかし、一般人に毛が生えた程度のディオが一撃で波紋使いを戦闘不能にすることが出来るのか?
常識的に考えれば答えはノーだ。
だが、現在彼の手に持つ紙にはとある物が詰まっていた。
絶望的な状況を引っくり返し得る可能性を持つ切り札。
ディオは天高くそれを突き出し叫ぶ。

「ロ―――――――――――」
「させるかっ!」


ディオの高らかな宣誓は途中で遮られる事となる。
シーザーが間合いを詰めて来るのは視認できた。
そこから先は何が起こったか分からない。
肺から空気が搾り取られるような感覚でようやく自分が殴られたのだと気が付いたディオ。
手から紙は離れ、呼吸が出来きない苦しみに悶絶しようになる。
更に、殴られた痛みがようやく追いついてくる。
この二つだけでも気絶しそうな苦しみとなるのだが、止めとばかりに与えられた拳で触れられた瞬間に感じる謎の痺れ。
後方へと飛んで行く体。
徐々に遠くなっていく意識。
宙に舞っていく紙。
ディオの顔に浮かぶ笑み。
二つ折りの紙が開く。
中から出るは黄色を主体としたボディに灰色のローラー。
最後の力を振り絞り、ディオは“それ”の名を呟く。




「ロード……ロー…ラー……だっ!」

時が止まった。
刹那の硬直、そして落下。
ロードローラーの持つ膨大な質量が大地を揺らす。

(なるほど……ジョルノの言っていた巨大な車というのはこれか……。
 想像とは少し違ったがまぁいいだろう……
 そんな事よりも……あの場所へ……あの場………)

茂みの中へと突っ込み、手足の一部を小枝で切ったらしいが痛みを感じない。
内臓を潰されたような痛みすらも消え始めている。
鉄塔へと向かうという強い意志がここまで意思を保たせていたが、肉体の限界がそれを阻む。
指先を何度も痙攣させ、ついにディオは虚無の世界へと意識を飛ばした。




落下の衝撃で舞い上がった土煙が晴れていく。
まず明らかとなったのは圧倒的存在感を醸し出すロードローラーの姿。
シーザーの姿は何処にも見えない。
地面との激突により生じた轟音が全ての音を攫っていったかのような静寂。
周りに生える木々のみが風に葉を揺らし微弱な音を立てる。
ようやく露となった地面に見えるのは黒い染み。
そしてロードローラーに潰されたシーザー。
流石の波紋も唐突すぎる攻撃と、重機の重みには対抗できなかったらしい。
変わり果てた肉片からは命の液体が滲み出し、地面を湿らせる。
長くもあり短くもあった戦いの歴史に幕は落ちる。









「っつ、あああああああああああ」

ミンチになった左腕を無理矢理抜き出すシーザー。
彼の腕に手首より先は存在しない。
また左肘から先は肉はほとんど残らず、辛うじて付いている部分もボロキレ同然。
露出したカルシウムの固まりは血に濡れ、白から紅へと染められる。
更に、切断面の幾つかからは千切れた神経と血管が外気に触れ、シーザーの体から血液を奪うと同時に激痛を与えた。

「この程度……俺は…まだ戦えるっ!
 爺さんの敵は討ったがなっ! 俺はまだ父や友の敵を討っちゃいねぇ!」

波紋を腕に流し込んで、痛みを軽減させようとする。
だが、それも気休め程度にしかならない。
出血は波紋の力で大分収まってきたものの、苦痛は未だに彼の体を蝕む。
けれども彼に歩みを止めようという発想はない。
敵討ちの高揚感なのか自身の正義感が動かしているかは不明だが、怪我を意に介せずにシーザーは鉄塔へと向かう。
その瞳に情熱の炎をたぎらせて――――――――。






★  ☆  ★





何もない平地にそびえ立っているせいか異様な存在感を醸し出す鉄塔。
上空では一人の神父とゴロツキが戦い、付近には帝王や波紋戦士、漫画家に看守。果ては異常性癖の持ち主までもいる。
そして丁度麓では、一人のギャングスターと柱の男がプランクトンとギャンブラーを観客に対峙していた。
機械を連想させるスタンドの眼に黄金の意思を宿した瞳。
二対の目がジョルノの眼前に立つエシディシを射抜くも、彼の双眸からは余裕が見て取れる。
視線がしばし交し、ただでさえ一触即発の空気が更に膨らんでいく。
重厚さを増していく雰囲気の中、一人悩むF・Fにジョルノが不意に声をかけた。

「あなたを悪人ではないと信用してお願いがあります。
 恐らく僕は目の前の男との戦いで精一杯になってしまうでしょう。
 だから、落下してきた彼の治療を貴方にやってもらいたいんです。
 手足はたった今僕の能力で生み出しました。接合面に当てるだけで付くはずですから」
「おい! あたしはまだお前の事を信用してねぇぞ!」
「その辺の件については戦闘後にじっくり話します」

緊張感溢れる現状においてもジョルノの声はあくまでも冷静。
ダービーの事をF・Fに託して彼はエシディシへと飛び掛っていく。

「無駄ァッッ!」

柔らかな会話の時とは打って変わって荒々しい声を張り上げる。
繰り出された拳が向かうのはエシディシの頭部。
寸分の狂いもなく正確無比に固められた拳撃は目標へ飛んでいき、
人間よりも遥かに強力で密度の大きい筋肉の詰まった腕に阻まれる。
が、ガードされようとされまいと彼の能力の前には些細な違いにしかならないだろう。

「ゴールド・エクスペリエンス!」

スタンド名を叫び、触れた拳から生命エネルギーをエシディシの体へと流し込む。
無生物を生物に変化させるほどの現象を起こすのだから当然そのパワーは強力。
それを生物へと流し込めば、感覚が暴走して肉体を置いていってしまう。
分かりやすく言えば『自由に体を動かすことが出来なくなるのだ』
彼自身すらつい最近まで気が付かなかった能力をエシディシへと使用する。
ジョルノの予定通り、彼が腕を引いたにも関わらずエシディシは腕をかざしたままの格好で硬直した。

「残念ですが貴方は僕“達”と志を共に出来る人種でないと思われます。
 なので、軽く再起不能になるまでやらせてもらいますよ。
 ……何かの間違いがあったら僕の能力で治療するんで、まぁ我慢してください。
 あんな挑発的な登場されたら敵かと疑う他はないですから、貴方にも責任はありますからね」

右の拳を高く掲げながら死刑宣告を告げるジョルノ。
自身よりも遥かに背の高いエシディシを見上げる目には感情は無い。
目の前にいる男を半殺しにするのに喜びを感じる訳ではなく、暴力に嫌悪を感じるわけでもなく
ただ障害を排除するだけだという冷徹さを秘めた瞳。
エシディシは動かない。
いや、彼の瞳だけは動いていた。
冷静さと激情という相反する感情を混ぜ合わせた目で自身の腕を見ていた。

「なるほど……スタンドには本当に色々あるようだな………
 実物を見るのは二度目だが実際戦うのは初めてだ。
 精々俺を楽しませて見ろよ……なあああぁぁぁ~~~!」

押し込めていた感情を解き放つ如き声。
最後の言葉を要約すると『異常』この一言に尽きる。
気圧されないように冷や汗を垂らしながらも驚愕を押し隠すジョルノと、ダービーへ向かう足を止めてエシディシを見るF・F。
場の雰囲気がエシディシによって作られていく。

「早く彼の治療に向かってください!」

ジョルノが初めて声を荒げた。
いいのかよ!? と聞き返すF・Fに静かに顎を下げて返事。
少し戸惑いながらもF・Fはダービーの下へと辿り着いた。

「通す気は……無いようだな」
「えぇ、当然でしょう?」
「一つだけ警告してやろう。お前のスタンド能力は生命力を注ぐ物だろ?
 “人間”にどのように作用するかは分からぬが俺にとってはエネルギー補給にしかならん」
「警告ありがとうございます。ですが敵にわざわざ告げるということは裏がありますね?」

エシディシの言に対してつれない返事を返すジョルノ。
顎に手を当てて困ったような声で彼はジョルノに問う。

「俺が戦闘狂だからじゃ駄目か?」
「信用に値するかどうかは分かりませんね」
「俺が本当の可能性を言っている可能性は考えていないのか?」
「考慮はしてますが判断するのはあくまでも僕です」

エシディシの口元が緩む。
彼が言っていたのはブラフなのか? それとも真実なのか?
正解は“どちらも”である。
偶然の産物か運命か、彼のスタンドが生み出す生命エネルギーの一部が波紋と酷似していたのだ。
それはあまり多量ではないので肉体を滅ぼすほどの出力にはならないが、柱の男を痺れさせる程度にはなる。
だが、微弱な波紋でも体内で使われれば多大なダメージをあたえうる。
つまりエシディシはジョルノを“食す”ことが出来なくなったのだ。
しかし波紋と同じ作用をするのは本当に僅かな物。
その他のものはエシディシの言ったとおり“栄養”となってしまう。
プラスマイナスで言えばジョルノのマイナスのほうが大きいのだ。
それでもエシディシは警戒することを決めた。

「MM? お喋りしすぎもよくないな」

ダービーの方にちらりと目を向けると、F・Fがダービーの四肢を丁度繋いでいるところだった。
早くしなくては逃げられる。エシディシは表情を変えてジョルノへと襲い掛かる。

「無駄無駄無駄無駄無駄」

残像により拳が無数に見えるほどの嵐。
エシディシは一つ一つを見切り、捌き、反撃の機を窺う。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

ジョルノも生命エネルギーを流したり、流さなかったりして様子を探る。
が、目立った反応をエシディシは見せてくれない。
少しの痺れはあるものの気取られぬ様に無理矢理腕を動かす。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

所々でエシディシの反撃が混ざるようになってきた。
ジョルノも際どいところに迫る攻撃を叩き落とし、ラッシュを再開する。
優勢を保っているのはエシディシの方だ。
ジョルノのゴールド・エクスペリエンスと彼のスピードは互角、ならばパワーが上のエシディシが勝つのは明らかだろう。
最初の構図とは一転して攻めるエシディシを捌くジョルノ。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

激しい撃ち合いの最中、ジョルノの目が細まった。
スタンドの頭部を殴ろうとするエシディシの左腕を右腕で逆に殴りつける。
一瞬、ほんの一瞬であるがエシディシの動きが止まる。

「無駄アアッ!」

速すぎもせず、遅すぎもせずまさに硬直したタイミングでゴールド・Eの拳撃をエシディシの顔面へと叩き込む。
巨体が宙を舞って仰向けに地面へと叩きつけられた。
大きく空気を吐き荒くなった息を整えながら、額に浮かぶ汗を袖で拭う。

「ふぅ、あまりにも短いのでタイミングを取るのも大変でした。さて、治療は終わりましたか?」

何事も無かったかのような様子でF・Fにダービーの容態を尋ねる。

「大丈夫そうだぜジョルノ! 断面が変な黴で覆われていたから一応ぶった切っておいたけどな!
 しかし、スゲーなお前の能力。あたしの一部を繋ぎにすることも考えたんだが全くいらねーじゃんか!」
「えぇ、そ「ジョルノ……なるほど、お前がプッチの友人の息子だったか」
「プッチだと!?」

それぞれが個性を持つ3人の声が広い平地に響いた。

「プッチには悪いが……コイツを見逃しては後々厄介になるからな!」
ダメージを感じさせぬ生きてきた年月に恥じぬ重厚な声に殺意を込めて大気を揺らす。

「そりゃこっちのセリフだこの筋肉達磨! プッチの仲間を見逃すわけにゃいかねぇ!」
人間の声をしているがどこか不自然な怒声が広場に広がる。

「つまり……貴方はコイツと敵対するわけですね?一時的にでもいいので戦線を共にしましょう」
少年の影を残した声が辺りへと染み渡っていく。

一触即発の空気が場に流れ、無言のにらみ合いが続く。
三人の周りに大気が収束し、圧縮されていく錯覚を感じさせるプレッシャー。
沈黙した場を砕いたのはやはりジョルノの言葉であった。

「すみません、先程の発言は嘘でした。貴方は僕と協力しなくていい」

唐突な発言に戸惑いを隠せないF・F。
今が隙だと言わんばかりにジョルノへと跳ぶエシディシ。
彼の攻撃を再び捌くものの、上手い具合にタイミングをずらされ先程の方法が使えない。
そこで真意を量りかねたF・Fが加勢しようエシディシの拳を腕で防いで―――――――。


彼女の右腕は肘から先を完全に失った。


信じられない表情でF・Fは己の腕を見て、ジョルノとエシディシはF・Fを見る。
三人はほぼ同時に我を取り戻した。

「無駄ァ!」

ゴールド・エクスペリエンスの一撃が無防備だったボディにブローを入れる。
ガードの遅れたエシディシは再び数メートル飛んでいくこととなった。

「速く行って下さい! どうやらコイツは貴方の肉体を取り込んだようです! つまり貴方とヤツの相性は最悪!
 ですが、恐らくゴールド・Eの能力が関係して僕は食われずにすむ!
 ヘリが南に落ちるのを僕は見ました! ヤツの口ぶりからしてプッチとやらはそのヘリの中にいます!」

早口で内容を伝える。
F・Fは悩んだようにジョルノと南に交互に顔を向ける。
肩を大きく震わしながらも、自身の決定を告げるために口を開けた。

「お前は大丈夫なんだよな!」
「えぇ、死なないように努力します」

ジョルノの返事が終わる前にF・Fはダービーを背負って南へと走る。
無い左腕は周りのプランクトンを集めることによって代用。
愛する友の敵を討つためにF・Fは走る。
置いていった少年に髪を引かれる思いをしながら。




地面に倒れ伏したままエシディシはピクリとも動かない。
死んだと判断するかもしれないが、ジョルノは慎重に歩み寄る。
声が聞こえた。濃い声が呟いていた。

「人間ごときに……波紋使いでもない人間に顔面に二発も食らってしまった……」

ジョルノの経験は告げる。
この男はプライドが高すぎるが故に激高して身を滅ぼすタイプだと。
事実、目の前の様子を見れば誰がどう見てもそう思うだろう。
エシディシが上体を常識を逸した速度で持ち上げた。
警戒を強め、ゴールド・Eを構えさせる。
その後の彼の行動は完全にジョルノの予想を覆すこととなった。

「あ……あんまりだ……」

ジョルノの方を見ようともせず、呆然と前を見つめるエシディシ。
双眸に水滴が集まり、一筋の河となって頬を流れ落ちる。
それは涙と呼ばれる液体。
初めは少量、それが量を増していき、ついには滝の如く迸り始める。
同時に発せられる声も徐々に大きくなり、泣いているというよりもむしろ鳴いているといったほうが近いかもしれないほどになった。

「あああああああああああああああああああんまりだああああああああああああああああああああああああ
 HEEEYYYYYYYYYY AHYYYYYYYYYYYYY AHYYYYYYYYYYYYYYYYY」

あまりの光景にジョルノは警戒を薄め、呆然とエシディシを眺める。
彼の様はどう見ても大きな子供。さっきまでの人物には別人としか思えない。

「WHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」

攻撃も忘れたジョルノの前でエシディシは鳴き続ける。
しかし、ジョルノもいち早く我を取り戻してエシディシに止めを刺そうと拳を振り上げる。
込められるエネルギーを全て注ぎ込んで流し込む生命エネルギーの量を限界まで増やした拳がエシディシに迫る。

「ふぅ。スッキリしたぜ。そして、お前はミスを犯した! 泣き喚く俺に気を取られ、安直な攻撃を繰り出したな!
 お前が気が付いたように、俺も発見したぞ! お前の能力は拳に触れなければ何も怖くないとなあああああああああああああ!!」 

スタンドと共に伸ばされたジョルノの腕に手刀を入れてジョルノの腕を切断する。
飛び出す鮮血、切断面からは骨が覗く。
即座に残る腕で地面を殴り、失った腕を創造。
生身の腕で拾い上げて、切断面同士を繋ごうと押さえる。
が、この隙を逃してくれるほど目の前の柱の男は甘くは無い。
腕が接合するまでの間、片腕のゴールド・Eでエシディシを相手にしなければいけなく
そしてそれはあまりにも荷が重過ぎる話であった。
ラッシュを掻い潜った突きがジョルノの胴体を狙い――――


エシディシが後方へと吹き飛んでいった。
ジョルノの手にあるのは蛙。
手を作る際にコッソリと忍ばせておいた蛙だ。
エシディシに見られる前に蛙を小石へと戻し、治した左腕の様子を試すように後ろへ放り投げる。

「ふむ、お前はまだ能力を隠しているようだな。 
 で、次にお前は『答える必要はありません』と言う」
「答える必要は……なかなかすごいですね。よっぽど頭がよくて心理を把握できなければ出来ない芸当ですよ」

ジョルノの無関心そうな褒め言葉にもエシディシは気分を害さない。
ニヤついた気味の悪い笑みを浮かべながら両手の人差し指を立て―――――




自分の全身を突き刺した。
傷口からは血液が滴り、自身の体に吸収される。
痛みを感じるどころかむしろ嬉しそうな様子で突き刺すエシディシに流石のジョルノも背筋に嫌なものが走る。
身体に無数の穴ぼこの空くエシディシが叫んだ。

「MUUUUUUUUUU『怪焔王』の流法!
 お前に秘められた能力があったように俺にもまだ隠し玉が残っていたんだよぉ!!」

空洞から蛇使いの蛇のように血管が飛び出してくる。
先端からは鮮血が滴り、地面に生えている草を焦がす。

「なるほど……熱々のシチューのように煮えたぎる血。それが貴方の能力なのですね」

ジョルノが相手にするのはエシディシの四肢と体中から伸びる血管達。
先程までは四肢で精一杯であった。
今回の攻撃はその上、無数の血管が攻撃に加わる。
如何なる策も講じる暇のないジョルノの勝ち目は限りなく薄いだろう。
しかし、彼は信じることにした。自分のスタンドの身体能力と生命を与える能力を。

「ゴールドッッ・エクスペリエンスッッッ!!」

精神を奮い立たせる咆哮と共に彼はエシディシの下へと突っこんでいった。















唐突、全てが唐突であった。
ジョルノも目を丸くして驚いている。
恐らく自分の目の前で起こった現象が理解できないのだろう。
臨戦態勢であったエシディシがいきなり崩れ落ちたことに。
次は自分の番なのかと辺りをせわしなく見回し、一人の男を見つけた。
聖職者関係であるのが服装で見て取れた。
しかし、全身に刻まれた傷と昏倒したエシディシが目の前の男が只者でないことを告げる。
二人の間に緊張が走り、お互いに一歩も動かない。

「君が……ジョルノ・ジョバァーナだね」

流れる沈黙を神父服の男が破った。


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最終更新:2009年01月12日 21:25