「随分かっこいいこと言ってくれるじゃないか神父様よぉ。漫画だったら名ゼリフ確定なんじゃないのか?」
沈みかけた月に照らされて夜の闇とは対照的な色を映し出す漫画のページ達。
サーレーの能力により宙に“固定”された紙は何十枚の領域で表す事が限界に近付いてゆく。
ビリッと軽快な音を立て再びコミック本体からページが千切り取られた。
この漫画の作者である
岸辺露伴が見れば一発でプッツンするに違いない。
「でもよぉ。アンタは空を飛ぶ能力でも持ってるのかい? 持ってねぇんだろ?
そんな能力あったらわざわざヘリになんて乗るわけねぇもんな!
だったら俺の有利が揺るぐ事は絶対にないんだよぉ!」
眼前で滞空しているヘリコプターの搭乗者を挑発する言葉を飛ばし続けるサーレー。
しかし、ヘリのパイロットである
エンリコ・プッチは眉一つ動かさない。
ヘリをホバリングさせ操縦席に座りながら己の半身、ホワイトスネイクを発現した。
が、あくまでも傍に立たせているだけでサーレーに攻撃を加える様子は一切見て取れない。
“固定”の能力ならば近寄らない限りは問題ない、
むざむざ相手のテリトリーである空中に踏み込んでいくよりは待ちに徹したほうが賢明だと判断したからだ。
(こっちに攻撃しねぇってことはヤツには飛び道具がないと判断してもいいな、
あったとしても俺の優位は絶対に崩れる事はないんだけどよ。
仕方ない、あの気味悪いスタンドのスペックでも確認しておくか……)
得体の知れない相手に無策で突っこんでいくのは自殺志願者か自信過剰の馬鹿位だろう。
本来サーレーは後者であったのだが、自らの油断が敗北を招いたミスタとの戦いにより多少の慎重さを得たのだ。
ズボンの右ポケットを漁り、あらかじめ地上で拾っておいた小石を数個掴み取る。
湿った石の冷たさが興奮して火照った掌に気持ちよい。
付近にある紙の“固定”を一時的に解除し、一枚一枚丁寧に回収していく。
そして、自分の真下で再度“固定”し五十センチ四方ほどの足場を作り出した。
強度を確認するかのように二、三回強く踏みしめた後、野球の投手とよく似た構えを取りスタンドの腕を自分の腕と重ね――――
「お手並みを拝見させてもらおうじゃねぇか。えぇ?」
スタンド、それも近距離パワー型が投擲すればただの小石であろうと凶器と化す。
サーレーの手元からプッチへと飛んでいった小石の数は四。
それぞれが銃弾並みのスピードを持つそれを一発でも喰らえば重症は必至。
しかし、それでもプッチは微動だにしない。いや、そもそも人間の視力では視認できるはずが無い。そう……人間の目では。
ヘリの中にいるのは人間であるプッチだけではない。
四回、きっかり四回だけ傍らに立つ者、ホワイトスネイクは腕を振った。
「なるほど。どうやらパワーの面では貴様のスタンドは中々の優れものらしいな」
プッチの意思でホワイトスネイクが握られた手を開く。
小さな塊が四つ、掌から開放されたとこにより重力の影響を受けてヘリの床へと落下していく。
カツンと言う音を立てて軽くバウンドした物体はサーレーが投げた石。
「やっぱりパワー型のスタンドだったか。外見で大体予想は出来ていたんだがなぁ!」
足場の上からサーレーが吼えた。
「うぉりゃぁ!」
左手に握られたコミックを両手に持ち替えた後、
再びクラフト・ワークの腕を己の腕に重ね、雄叫びを上げながら力任せに背表紙を引きちぎる。
そして、やけにさまになる感じで左手に残った背表紙を背後へと投げ捨てた。
無残にも千切り取られた背表紙は徐々に小さくなっていき、二人の視界から消える。
彼の手に残るは紙の束へと成り果てた哀れな『本だった』もののみ。
(こいつ……何をする気だ?)
眉を少しだけ吊り上げ、プッチの表情が初めて変化を見せた。
疑問の回答はすぐに彼の眼前に広がることとなる。
サーレーがスタンドの腕で紙の束をヘリの上空へと投げたのだ。
が、スタンドの力で投げたといっても紙は所詮紙に過ぎない。
表面積の広さと質量の不足により紙はローターの真上で失速し、ヘリの真上から白い雨を降らせる結果に終わった。
(なるほど…ヤツの能力、降り注ぐ紙、そしてこの環境。
空っぽの頭の持ち主なりに考えているらしいな)
ホワイトスネイクの目から自分の脳へと伝達される光景がサーレーの策を伝えていた。
白い雨の半分以上は何も無い空間で固定されている。
しかし、一部の紙はヘリのローターへと吸い込まれていく。
別に魔法やスタンドを使ったわけではない。
ただ、浮力を得るためにプロペラが回転する際に発生する下降気流にのまれていっただけだ。
「神父様。とっととヘリのエンジンを止めな! 死にたくなかったらよぉ~」
ローターに絡みついた紙が“固定”されることにより回転を妨げる。
行き場の無くなったエネルギーが付け根を破壊しようと押し寄せ、金属が軋む不吉な音がプッチの耳へと届いた。
やれやれ。
友人を殺害した忌々しき男の口癖を呟き、プッチは鍵穴にささったキーを捻り完全にヘリの動きを停止させる。
ヘリが墜落しないと分かった以上コクピットに座っている必要は無い。
ゆっくりと育ちのよさを表すような優雅さで立ち上がるプッチ。
「ヘリを固定してくれたおかげで私は自由に動けるようになったよ。
貴様は極度の自信家か? それとも単なる馬鹿か?
……どっちでもいいな。私の手で貴様を始末するという事項はすでに決定されている」
「おいおい、自信家って言うのは自分のことじゃないのか?
動けるってもヘリの中だけだろ? 神学ばっか勉強して頭脳がマヌケになったか?」
サーレーとプッチの行動は同時、コンマ一秒のズレも無く始まった。
先程と同じくポケットから小石を取り出して宙へとばら撒き始めたサーレー。
彼は一度だけでは飽き足らず何度も何度も、一切の光沢を持たない小石を夜空にばら撒き続けた。
掌から銀色に輝くDISCを一枚発生させたホワイトスネイク。
このDISCに書き込まれた命令は『気絶する』という事。
(殺してもいい……。が、
エシディシにスタンドを与えると約束したからな……。
出来るだけ殺さずにコイツは確保するッ! そう! 羽虫を潰さず捕らえるようにだ!)
さっきのお返しだと言わんばかりにフリスビーを投げる要領でサーレーヘ円盤を飛ばす。
行動自体は同時に始まったが、終了までにかかる時間には大きなズレがある。
当然、単一の動作で終わるホワイトスネイクの方が反復させているサーレーよりも速い。
神業的なコントロールにより、DISCは
まっすぐにサーレーの頭へと突き進んだ。
(何故ガードをしない?)
プッチは疑問に思う。
あくまでもこれは牽制としての一撃であり、ヘリにおびき寄せるための捨石にすぎなかった。
だが、目の前の男はガードの姿勢すら見せずにひたすら小石を漁っている。
「
ルールを変えない限りはじゃんけんのグーにはチョキじゃ勝てねぇよな?
どうやらこの場合は俺のクラフト・ワークがグーの方だったみてぇだなぁ!」
奇跡的にばら撒かれた小石に掠ることすらなくDISCはサーレーの元へと辿り着いた。
それでも彼の精神の化身は弾き飛ばす動作すら見せずに異物を見送る。
回転する円盤はついにサーレーの額の皮へと触れ体内へ侵入しようと―――――。
「うぇっ! 何だこれ!? ただの飛び道具じゃないのかよ畜生!!」
DISCは5分の1も入らずに“固定”の能力により侵攻を止められた。
直後、彼は悲鳴に近い叫び声を上げ慌ててDICSを頭から引き抜く。
サーレーも驚いていたが、驚いたのは彼だけではない。
プッチも表面上は冷静さを保ちながらも内心では冷や汗を流していた。
(スタンドではなく本体も触ったものを固定する能力……だと?)
一般的な能力はスタンドの拳、広くてもスタンドの体に触れることでしか発動しない。
しかし、目の前の男は本体。それもど身体のどこに当たったとしても固定することが可能のようだ。
更に、高速で飛来してきた上に強制的に体内へと侵入しようとする作用を持ったDISCをストップさせるほどの固定の強さ。
驚愕がやった後に心の中で静かに燃え出したのは好奇心と歓喜。
(もし、もしこの能力をエシディシが得たとしよう。
彼の回復力に攻撃が深く食い込む前に完全にストップさせるこの能力が加わったとしよう。
……素晴しい。彼も喜んでくれるのではないだろうか?
結婚式は何度も見て来たが結婚指輪をプレゼントする男の気持ちを欠片でも理解したのは初めてだよ)
「おいおい? 自慢の能力が効かなくって変になっちまったか?
ただのフリスビー遊びじゃない事は分かったが、その程度じゃこのサーレーに勝つのは1000年早いぜ!」
サーレーの指摘で知らず知らずにホワイトスネイクの口元が緩んでいたという事に初めて気が付く。
自分らしくないなと軽く自嘲気味な息を漏らし、再び口元を引き締める。
DISCが通じなかったのはこの際目を瞑る事にした。
今、最も気にしなければならないことはサーレーの目の前にある“固定”された数十個の石。
サーレーの能力には未だ未知数な部分がある。プッチはそう判断していた。
「で、神父様はもう攻撃しないのかい? 冥土の土産としてやりたいだけやってもいいぜ。
俺に当たる可能性が万に一つでもあれば奇跡だろうがなぁ~」
油断をしないという教訓は完全に頭の中から吹き飛んでいる。
彼の頭にある光景は自分の勝利ただ一点のみ。
サーレーは既にヘリを使って何処に行くかという事を考え始めていたのだ。
「じゃあ、そろそろ俺のターンでいいんだよな?」
サーレーの宣言に自然と体が勝手に警戒態勢を取り始めた。
自身の体を庇うようにホワイトスネイクを前面に配置する。
本体に近ければ近いほどパワーが増していく特異な性質を持つホワイトスネイクが最も力を発揮できる位置だ。
後ろからの奇襲も警戒すべきだが、“固定”の特性上背後から来る可能性は低いと考え、最低限の注意を向けるのみに留める。
「減らず口を叩くのはいい加減にしたらどうだ?
知性の欠片すら見て取れない発言を聞いていると頭が痛くなってくるんだよ……。
さっきまでの会話の相手がマトモだった分余計にね」
別に手を出せない悔しさで悪態を吐いているのではない。
チンピラ全開のサーレーに心底嫌気がさしているだけなのだ。
だが、一人勝ち誇るサーレーにそんな感情の機微が伝わるわけもなく……。
「負け惜しみは終わったな? じゃあ一つだけ今からやることのヒントをやるよ。
俺のスタンド、クラフト・ワーク。こいつで固定してる物に力を加えたらどうなると思う?」
プッチに問いかけると同時にサーレーは“攻撃”を開始した。
トントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントン
トントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントン
トントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントン
トントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントン
何も知らない者の視線になると、歯を剥き出しにした無機質な人型が両手の人差し指で延々と宙に浮く小石をノックするというシュールな映像となっただろう。
しかし、全てを悟ったプッチはこのシュールでありどこか不気味さを感じさせる光景に戦慄した。
自身の身に降り掛かることになるであろう恐るべき現実に気が付いてしまったのだ。
―――――――この場にいるのはマズイ!
プッチの足がヘリの床から離れる。
そしてその足を後部にあるスペースへと着地させようと―――
「賢い神父様は気が付いたみたいだな? 俺の行動と周りにある小石の恐ろしさがよ~。
だが、場所を移動するのは『許可』しない。まぁ墜落死したいなら話は別だがな。
あまりお勧めしないぜ? 俺のヘリはぶっ壊れるし、お前も恐怖を味わいながら死に行くことになるしよ。
俺は慈悲深い。抵抗しなきゃ即死させてやるから安心して神に祈りを捧げてていいぜ」
「2…3……5…7………11…13……17………」
ゆっくりと足の着地地点を変更し、元の場所と寸分違わぬ所へと置く。
プッチの口から漏れ出すのは素数。
ここからでは十メートルほど離れたサーレーに抵抗する術がない。
そう、エンリコ・プッチはこれから起こるであろう運命を覆す事は不可能なのだ。
天国へ辿り着くことが出来た彼は言った。
「未来を知り『覚悟』ができるというのが『幸福』であると」
プッチは『サーレーの攻撃を確実に喰らう事』を覚悟したのだ。
このことがこの戦いにどのような変化をもたらすかは本人にすら分からないことであったが。
「ん~よくよく考えたらこんだけ残弾があるのにチマチマやるのも無駄じゃねえか!
思いっきりぶん殴ればよぉ~多少コントロールが狂うがショットガンみたいになるよなぁ?」
二つの小石をずっと叩き続けていたサーレーが指を止めた。
一本だけ立てていた人差し指をそっと折り曲げ、拳を作る。
そして、眼前に散らばる小石という名のサンドバッグを―――――
「クラフトッ・ワアアアアアアアアアアアアアクッッ!!」
滅茶苦茶に殴りつけた。
一撃一撃が人間を死に追いやる破壊の嵐を喰らってもビクともしない小石。
エネルギーはどれ程溜まったのだろうか?
プッチ、そして本人であるサーレー自身にすら分からない。
“固定”から小石を解放したとき初めて理解するのだ。
「ふぅ……そろそろいいだろ。
俺からも祈っておいてやるぜぇ~。第一実験者のアンタが天国に行けるようになぁ~」
死刑宣告と共にサーレーは脳内で『固定を解除する』という信号を発した。
小石が自由と取り戻すと共に、内に秘められた行き場の無いエネルギーが解き放たれる。
そのベクトルの矛先はヘリコプター。
飛礫の雨が風を切り裂いて夜空を駆け抜ける。
小石のうち幾らかはヘリに当たることなく暗闇へと姿を消した。
だが、小石は4分の3近く残っていた。
掠った際に機体の外側を削り取り線状の傷を何本も作る。
金属、ガラスと素材を問わずに穴を開けヘリの内部へと飛び込む。
固いシートにめり込み動きを止める物。そのまま貫通して彼方へ消え去る物。
一発が危うくプロペラをへし折りそうになった時は流石のサーレーもヒヤッとした。
「ウオシャアアア!」
自分に当たる小石だけを選択してホワイトスネイクのラッシュで弾き飛ばす。
何処へ飛んでくるか分からない危うさはあるものの飛んでくるスピードはほぼ一定。
数発弾き返せば体がスピードに慣れてくる。
(この異常な環境で……私の目も狂ってしまったみたいだ……
こんなカスを過大評価してしまうとはな……)
「うぐっ!?」
何が起こったかプッチには分からなかった。
咄嗟に両腕で頭を庇ったおかげで頭部に目立った傷は見当たらない。
だが、頭部を庇ったが故に小石を止めるものが無くなる。
幸い胴体に当たる分は弾ききっていたものの、四肢は凄惨な状態となっていた。
濃紺色の神父服には穴が開き、そこから対照的な色の液体が滲み出る。
服が下にある褐色の皮膚と共に抉り取られ、一部では肉体を支える白い塊が露となった。
……これらの『軽症』は気にしないでもいいだろう。
肉が削げた、体に穴が開いた。確かにダメージは大きいはずだ。
しかし、主要の血管には傷が付いていないので失血死する可能性も低い。
ならば遥かに軽い傷なのだ。
左胸にハッキリと残る弾痕が表す傷に比べれば。
ホワイトスネイクが動きを止め、色を失っていく。
プッチは動かない。
徐々にホワイトスネイク越しに背後の景色が見えるようになってきた。
瞬き一つしない。
ついに、ホワイトスネイクの存在が消えた。
初めてプッチが動く。
ゆっくりと後ろへと倒れこんでいく体。
ハッキリと目で捉えられる動作で床へと近付いていく。
無音だった。
ある程度の体重がある成人男性が一人倒れこんだのにも関わらず、終焉は非常に静かな物であった。
「Amen.だったよな?
カトリックとかプロテスタントとかは詳しくねーからな!
まぁ、精々成仏することを……って、それは仏教だった」
彼の言葉には人を殺したという重みは全く無い。
ただ、ヘリを奪うのに邪魔だったから殺した。
チンピラといえど危ない橋を幾度も渡ってきたサーレーにとってはその程度の認識でしかなかったのだ。
足場にしていた紙の固定を解除し、底の見えない奈落へ落ち行く最中で再びその紙のうち一枚を“固定”。
クラフト・ワークの右手で固定された紙を掴み、左手で宙を舞う紙を回収。
その紙を再固定することにより、前方に掴まる物を生み出し
そして、空いた左手で一番近くにある紙へ掴まる。
更に、右手で握っていた紙の固定を解除した後、前方へ突き出し再固定。
丁度、うんていと呼ばれる遊具と同じ要領で着々とヘリの方へと前進していくサーレー。
欲望にまみれた目をギラギラさせながら、ヘリを操縦する自分を想像して口元が緩む。
「さ~て。何処に行こうかね?
観光旅行と洒落込みたいところだが燃料も不安だしキッチリと決めにかからなきゃなぁ。
まっ、こんな上空に攻撃できるやつなんざそうそういねぇんだし此処でゆっくり考えるのもありだ」
今後のプランについて考えながら昇降口の縁に手をかける。
軽い掛け声と共についにサーレーは念願のヘリコプターを手に入れた。
「しっかし……快適ってヤツとは程遠い環境になっちまったなクソッ!
だけどよぉ~幾らあの二つが速いとはいっても近距離型を掻い潜るには弾幕が必要だっただろ?
うわっ!? 座席とかは完璧にボロボロじゃねーかよ!」
ボヤキながらプッチの元へと近寄り、顔を覗き込む。
年を経ても鈍らぬ輝きをもった瞳は閉ざされ、神の教えを説いたり友と理想を語り合ったりした唇も微動だにしない。
念のために口の上に手を当てるも呼吸はしておらず、胸に手を置くも鼓動は感じられない。
プッチの完全なる死を確認すると、サーレーはコクピットへと向かっていった。
「ヘリの操縦なんて初めてだからチョックラ緊張してきたぜ。
墜落しても大丈夫だからいいんだけどなぁ」
乱雑に鍵を捻り、再びエンジンを起動させる。
動力源の巨大な唸り声を聞くとサーレーの心中は興奮と歓喜で彩られた。
当然、ローターに絡む紙の解除を忘れるなど間抜けなマネをするはずもない。
が、起こるべくして起こることも存在した。
「うおっ!?」
ヘリを支えていた紙が解除された。
プロペラが全く回転していないのにも関わらずだ。
そうなれば重力に引かれて落下するということなどニュートンでなくても分かる。
しかし、ただでさえハイになってるチンピラの判断力と注意力は小学生と同等程度。
地面へ向かってまっしぐらなヘリの中。彼は操縦桿を握りながら必死な思いでスタンドを発現、ヘリを宙に固定させる。
「あっぶね~! やっぱり車と同じノリで行くのは無理があったな」
何気なく爆弾発言を飛ばすサーレー。
このまま強行してヘリの残骸を一機残すのも馬鹿らしいので彼は頭を使って考えることにする。
………頭を抱え込みながら閃きが出るのを待つ。
………すぐ脇の壁を拳で叩く。
………傍に置いてあったヘルメットを後部座席へと投げる。
………血走った目で自身に溢れる破壊衝動を必死に抑える。
こうして、後一刻遅ければクラフト・ワークでヘリをスクラップにしていたであろう精神状態の中、サーレーの脳内で巨大な電球が輝いた。
『一旦着陸させてから再び飛ばせばいい!』
ちなみに着地法は“固定”を解除して地面すれすれで再び“固定”すること。
時間を取って考えた割にはあまりにも杜撰すぎるが本人は至って満足気。
嬉々とクラフト・ワークの能力を解除しようとして――――――――
何故かヘリよりも先に墜落している自分に気が付いた。
妙に気持ちよい風も独特の浮遊感も驚愕の前にかき消されていく。
声を出す事すらまどろっこしい。
スタンドによって方向転換を行い、先程まで自身が乗っていたヘリを見た。
遠ざかっていく二つの人影。
黒い肌に、血に濡れた修道服。
所々にアルファベットの刻まれた白い体。
心臓を貫かれ、死んだはずのエンリコ・プッチが己のスタンドを携えて立つ姿がそこにはあった。
「キリストの復活ってやつか? 本当にあるんだったら俺も帰ったらキリスト教を信仰させてもらおうかね」
ぼやきつつ、ヘリにかけられた“固定”を解除。
落ち行くヘリを眺めつつ、自身も着陸に備え迫る地面との距離を目測で図る。
宙で靴を脱ぎ、クラフト・ワークに握らせる。
爪先が地面から10センチまで近付いた所で靴を“固定”。
その際に生じる衝撃はスタンドの頑丈さで全て受け止める。
「ふぅ~。で、ヘリはどうなったのか……げっ!」
そのまま地面へと難なく着地を遂げたサーレーが空を見上げると、ヘリから飛び出したプッチの姿が見えた。
場所的に考えて、木にでも突っ込んで衝撃を軽減しようとしたのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
目下最大の危機は無人のヘリがピンポイントで自分の下へとやってきていることだ。
回避は不可能。
それでも、彼の能力を考えればこの程度で死ぬのはありえない。
「俺の手に掛ればよぉ。爆走する機関車ですら指先一本で何とかできんだぜ?
この程度のことで俺のクラフト・ワークを何とかできるとでも思ったか?」
人差し指のみを立てた指を天へと突き出す。
相手のスタンドは近距離型だから飛び込んだ先からここへ攻撃するのは不可能という油断故の行動だ。
かなりのスピードを持っていたが、指先に触れた瞬間に静止するヘリコプター。
「油断シタナ……確カニ相性ハ最悪ダッタ……ガ、コレデ私ガ一手上ヲイッタ」
直接心に響く声。
それと寸分経たず両頬に当てられる温かいのか冷たいのかよく分からない感触。
咄嗟に“固定”する。
回転する視界、そして暗転。
サーレーの首は180度捻じ曲げられ、中を通る神経系は完全に破壊された。
途絶えた意識と共に解除されるヘリコプターの“固定”。
彼の肉体はヘリコプターと地面にプレスされ、原型を留めずに挽肉となった。
「彼の……言葉を……借りて言うならば……『ヘリコプターだっ!』という感じだろうな……。
しかし……危ない相手だった……。“これ”がなければ……隙を突く事すらできずに……死んだかもしれんな……」
胸から取り出されたのは一枚の円盤。
壊れないという特性を持った一人の男の記憶の結晶。
本人の知らぬところで“弟”は“兄”を救ったのだ。
「さて……スタンドを奪えなかったのは残念だったが、露払いには成功した。
エシディシならば大抵の敵は何とか出来るに違いないが万が一という事もある。
特にスタンドはこっちの方が遥かに熟知してるからな……」
ホワイトスネイクを攻撃に回したため、木で軽減したとは言ってもかなりの衝撃がプッチを襲ったはずだ。
が、麻薬中毒者のように震えながらもプッチは二本足で立ち上がり歩き始める。
休むのは自分達に降りかかる火の粉を一通り払った後。左右に揺れる背中はそう告げていた。
【サーレー死亡】
【残り66人】
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最終更新:2009年01月04日 00:57