降り注ぐ雨の勢いは、更に激しくなった。
頭上の天中にあたり頭骸骨を舐めるように垂れる水滴は表相へと移る。
眉の毛に染み込めば、毛根を刺激し筋肉がこわばる。人の機嫌が害されたかのような動き。
睫の毛に染み込めば、急な異物の進入に瞳孔は大きく広がり、異物を洗い流すために涙をたらす。
鼻に染み込めば、むずがゆい感覚を鋭敏な神経が招く。過度に鼻腔を震わせば、風邪の病がやってくる。
唇に染み込めば、水滴の冷たさと粒さが数多の神経の集合体を刺激し、たまらず門戸を開放する。

「貴様らには情報を洗いざらい話せ。その間抜けな顔にぶら下っている首輪について、知っている事すべてをだ」

ウェザーもブラックモアもその場を動かなかった。お互いを視認することもなく。
ウェザーはすぐに反撃できるよう、スタンドの微調整を行った。
ブラックモアは自分に降りかかる雨という雨を周囲に固定していた。
しかし2人は決して自分から動こうとはしなかった。得体の知れぬ相手に迂闊にスタンドを見せるのは自殺行為だからだ。
そしてカーズの不気味な態度に、彼らは返答することが出来なかった。
もしシュトロハイムの証言を聞いていなかったら、彼らはもう少し率先して会話を成立させていたかもしれない。
実は2人は知らないことだが――カーズが彼らに接触したのは偶然である。
むしろ接触の原因を作ったのは――本人は気づいていないが――ウェザー・リポートのせいだ。
空気供給管を通じて移動していたカーズは、できるだけ日が当たらぬルートを邁進していただけ。
さすれば彼が最終的にたどり着くのは、雨で陽射しが完全に押さえられた曇り空の下。

「幸いこの天候……ん!? HOMU……雨粒が落ちていかない……貴様たち、何をした?」

ウェザー・リポートの豪雨地帯を天からの啓示と考えたカーズ。
彼はそのまま地上に飛び出し、この雨の中ノコノコやってくる獲物を探していた。
ただし、彼の目的は餌の確保ではなく、首輪開錠のための情報提供者への接触。
颯爽とウェザーたちの前に現れたカーズ。むやみに人を殺すならば、最初の謁見ですでに殺している。
ゆえに彼はウェザーたちのいた高さまで飛び上がり、存在をアピールしたのだ。
つまりカーズは2人を殺すつもりは全くと言っていいほど0に近く、殺意というものもなかった。
ウェザーたちが大人しく情報を吐露していれば、多少の被害はあったかもしれないが、大事にはならなかった。
彼らは気づいていないが、降りしきる雨中ではブラックモアとウェザーのほうが有利なのである。
カーズはその能力上、ウェザーの能力を知らないので、いずれは不利な態勢を取らざる得ない。
撤退にしろ逃げながら戦うにしろ、ウェザーとカーズなら生存への足取りは容易につかめるはずだった。

「このカーズとしたことが、ちょっぴり驚いてしまったぞフフフ」

しかしこの尊大な態度。カーズは自分の体に走った違和感を気にしながら、ニヤリと笑った。
言うまでも無く、ブラックモアが固定した雨粒はカーズの体に貫通していたのである。
本来ならば雨粒に肉体が裂かれ負傷するはずなのだが、人外のカーズには無問題。

肉体に潜行した雨粒は心臓に到達する前にカーズの体内で吸収されてしまった。
どんなに固定されていようと雨は雨。煮れば蒸発する水と全く同じなのだから。
突き破れた細胞は、まるでジッパーのようにピッタリと塞がり、傷を埋め合わせていった。
カーズの心臓に仕込まれていた爆弾は、雨粒に触れることなく、事なきを得た。
自分が進む軌道と、空中で停止している雨粒との交差点を計算することなど、頭脳明晰なカーズには楽勝だ。

「早くしろ。このカーズの機嫌が、グツグツと熱いシチューのように変わる前にな」

ウェザーとブラックモアの慎重すぎる性格が、カーズを懐に潜り込ませてしまった。
2人のカーズとの距離はもはや5メートルあるかないか。
カーズの流法を知らない2人にとっては、この距離が事実以上に脅威に勘違いさせるものになっていた。

「申し訳ありませェんが、どこから話せばよいのでしょうか。
 我々の持っている情報が、あなたの期待に添えられるかどうかは、我々では判断しかねます。
 無礼を承知で申し上げますがァ、あなた様は私達にとって有益な情報をお持ちなのですか」

頭でっかち。この状況下においても、彼らは頭脳で対処しようとした。
それはとても優秀な証拠でもあるが、愚かさの証明でもある。相手は家畜の言い分に耳を貸さない。
言うことを聞かない畜生は暴力で訴えればいい。
右腕から飛び出した刀がブラックモアの左腕を縦一文字に斬る。

「次は首をブッ飛ばす。何、知らなければそれで良い。貴様たちから首輪を回収するまでだ」

今にも射抜かんとばかりに刺さるカーズの視線に、ブラックモアは平静を装い続ける。
吹き飛んだ腕を見送ることはない。それは“自分の腕が無事である”という余裕と、“カーズへの探求”という焦燥。

「……空条徐倫エルメェス・コステロ、F・F、ナルシソ・アナスイをご存知ですかァ」

ブラックモアは、かつて聖人の脊椎を手にした時の自分を振り返っていた。
34kmにも及ぶ瞬間移動。ミイラ化した脊髄の感触。背筋を駆け抜けた神々しい気配。奇跡の体験。
森羅万象を司る聖人が己の元へ光臨したとき、みっともなく天へ叫び続けた。感動の吐露。
神と自己との繋がりを得たのは自分だけ。自分だけ。自分だけ。自分自分自分自分自分自分自分自分自分。

それらに囚われるあまり、ルーシー・スティールごときに不覚を取り、死に至ったのはなぜ?
卑しい卑しい独占欲。ここ一番で露呈させてしまった弱さ。
そんな男に与えられし道は? バベルの塔に落とされた雷。罰。

信心を持つ自分だからこそ。身をもって体感した自分だからこそ。。決して心は絆されることなく。
同じあやまちは繰り返さない
カーズは人間とは違う生物だろう。シュトロハイムが語った『柱の男』はおそらく本物。

「質問を質問で返すなッ! 」

しかし、どれほど超人的であっても、神ではない。
眉間にしわを醜く寄せ、口角を大きく歪ませ、激しく喉を震わせる。
右腕を水平に倒し、むき出しになった刃を当て、襲い掛かるこの物体は。



「 貴様ら“も”このカーズの餌としてく――」



この目の前の存在は。




「――GOAHHHッ!? 」







ただの化け物だ。



★  ☆  ★

ほおの皮膚を焼き、中の筋肉を裂き、口内を歯とともに突き破る。
噴出す体液は運動エネルギーと共に飛散するが、すぐに露と消えた。天の恵みと同化して地に還ったからだ。
排水溝からあふれ出す洪水のように、ゴポゴポと音を立てながら主張する。

「誤解ならば謝ろう。その口で抗議が出来るのならな」

ウェザー・リポートの拳が、カーズの口を砕いた。問答無用の一撃は怒りに包まれている。
喧嘩を売った理由は、もちろん同士の敵討ち。シュトロハイムの反応と重ねれば、もはや推測とは言いがたい。
『カーズ撤退作戦時』の『犠牲』は『エルメェス・コステロ』。仲間は化け物の『餌』となり死んだ。

「俺たちの答えはノーだ。お前に話す言葉など何も無い――エルメェスの報いを受けろ」

ブラックモアは手元の銃弾に装填された雨粒を確認しながら、これからの事を整理していた。
例え個人的感情による私怨がなかろうと、もはやカーズとの衝突は避けられない。
直接手をくだすのは気が引けるが、ウェザーの意向に沿うための選択肢は限られている。

「ウェザァァァァァァァァーーーーーーリポォォーートォォォーーーーー!!! 」

密着した右拳をそのまま振りぬき、ウェザーはウェザー・リポートでカーズを殴りぬける。
何十kmという風速で打たれたストレートはカーズの体を吹き飛ばし、地上の家屋に叩きつける。
柱の男という巨大な弾丸をぶつけられた屋根は、みしみしと木っ端を軋り合いながら逆巻いた。

「BAAAAAAAAAAAKAAAAAAAAAAAAA!! 」

その間、わずか数秒。
おぞましい大吼えが雨音をかき消さんと鳴り響き、緊張しきった太ももが爆発的な跳躍力で身体を翔け昇らせる。
獣はたまたま目の前に入った獲物を細切れに掻っ捌いて宙に散らせていく。

その右腕は、掘削音を奏でながら妖しく輝き始めていた。その名は輝彩滑刀(きさいかっとう)。
とっさの反撃を試みる間でもなく、ブラックモアは雨に消えた。

「NNNNNNNNNNNNN~~ずい゛ぶん゛、であ゛ら゛い゛、がん゛げい゛じゃあ゛な゛い゛が……? 」

カーズはさっと右腕を天にかざす。彼の体は少しづつ重力に引っ張られ始めていたが、カーズの関心事は空にあり。
いつの間にかカーズよりも遥か高く上昇していたウェザーが、カーズを見下ろしていた。

「バババッ面白いぞ! BABAバババババババBABあああABABAAAAAHHHHHOHHHHHHHHHHHHHーーーッ! 」

その距離にして5メートル弱。ブラックモアに集中していたカーズの裏を完全の取ったのだ。
スタンドヴィジョンも完全に鮮明となり、人型の姿を象って主人の傍に座す。

「ウウウェザァァァァァァァァーーーーーーリポォォォォォォーーーーーートオオオオォォォーーーーーー!!! 」

大空全体に駆け巡らんばかりの怒声を張り上げて、ウェザーはカーズめがけて急降下する。
そしてスタンドによる両拳のラッシュをカーズの体に浴びせた。
雲のように気体と液体と固体の狭間を揺れるスタンド、ウェザー・リポートの拳。
それは本体のウェザーから離れていても、抜群の威力をほこる。
まるで伸縮自在なゴムのように、ウェザー本体が充分に近づかずとも拳は当たる。
まるで怒りに燃えた神が、バベルの塔を叩き壊すかのように。

「ヌ゛ウ゛ゥ! うっ! ぐぐっ……な゛、ご、ごれ゛ばァ……」

いくら雨の上に乗っかっていたとはいえ、これではカーズも落下せざるえない。
何より片腕というハンデが、ウェザー・リポートのラッシュを1つ、また1つとカーズにヒットさせる。

「ごい゛づ……ごの゛パワ゛ー! ……ABAVVWWW……!?」

そして極めつけは落ち続けるカーズの肉体に、茶々を入れる厄介な援護。
カーズは一瞬目を疑った。この手で細切れにしたはずのブラックモアが生きていたからだ。
まるで朝刊を面倒くさそうに取りに来た主夫のように、やる気のない表情をしながら。
そう、ブラックモアはカーズによってバラバラにされたのではなく、自らバラバラになったのだ。
カーズが落下しそうなエリアの雨を固定し、地上付近に降り立った。

「AHHHHOH―――ッ!!!? 」

落下するカーズに固定された雨粒がずぶずぶと入り込む。
数はもはや計算不可能なまでに増えて、地上1メートルのころにはカーズの体は傷まるけになっていた。
その狙いはカーズへのダメージではない。雨粒の負傷が通じないことは先の襲撃で重々承知。
目的はカーズの肉体の落下速度をブレーキングさせること。大量の雨粒はカーズの肉体との間に摩擦を生み速度を奪う。
ウェザー・リポートのラッシュが少しでも多くカーズにHITさせるために、より遅いスピードで地上に到達させようとしているのだ。

「キャッチ・ザ・レインボー、そのままこちらへ落ちて着てくださると助かるかと」

なおもブラックモアは攻撃の手を休めない。穴ぼこチーズならぬ、穴ぼこカーズを仕留めるために。
懐から取り出した拳銃を迷うことなく構え、カーズの胴体目掛けて打てる弾丸を撃つ。
固定された雨粒によって更に弾かれて、弾丸は軌道をカーズのみに飛んでいく。
雨による湿気で火薬の威力が落ちることはない。今回はウェザーのサポートがあるので、気候も思いのままだ。
装填しては撃ち、装填しては撃ち……堅実なルーチンワーク。まさに上下からのグラデーション。
時代を超えた2人の雨乞いたちが、悪しき生物駆除に手を取り合って協力している。

「お受け取りください。R&B(レイン&バレット)……攻守を兼ねております」

ウェザーはカーズを追いながら殴る。
ブラックモアはカーズを雨粒で食い止めながら狙撃する。

「つまり――挟み討ちの形になりますねェ」

ちなみに、これはブラックモアたちも知らないことだが……カーズの肉体は彼らの予想以上にダメージを与えていた。
雨粒の摩擦熱と、ウェザー・リポートの拳圧による摩擦熱も微力ながらカーズを苦しめていた。
かつて石仮面で人間を止めたストレイツォが自らを滅したように。肉体をチリチリと思いつめるじれったい攻撃。

「GGGごVVVばッッハァAA……!」

カーズはこの猛烈な攻撃に耐え切れず、成す術も無く地面に叩きつけられてしまった。
脳や心臓といった大切な器官は、かろうじて致命傷を避けることに成功したが、肉体そのもののダメージは尋常ではない。

「WKAKAKA!? 貴様、な゛、何を゛」

しかしウェザー・リポートの攻撃は止まらない。エルメェス追悼への鎮魂歌は続く。
地べたに打ち付けたカーズの頭に拳をピッタリと当て、ウェザーはカーズを見下ろした。
まるでネズミ捕りにかかった薄汚いドブネズミに対し哀れみを向けるように。
万力の力を込めて、ウェザー・リポートはカーズの頭部をメリメリと地面に押し付けた。

「や゛あ゛ああああああああめ゛え゛えええええろお゛お゛お゛おおおおおOOOOOOOOOOOOO」

耳を劈くような叫び声。ウェザーはそれを過去の記憶と織り交ぜていた。
サンタ・ルチア駅の激闘の最中で流れたエンポリオと川尻早人の悲鳴。
助けられた。自分は助けられたはずだったのに。自分は何をやっていたのだ。
したり顔で敵を再起不能にしたと思い込んでいた――ヴァニラ・アイス、まさかの反乱。
自分があの時しっかりと死体を確認していれば……自分が確実にトドメを指していれば。

「AVAVAヴァヴァヴァッヴぁ吾ヴぁ゛;LGADSOFcqqsdviwcgfhじぃ゛う゛dべFDKJLB!!! 」
「ウェザー・リポート……その醜い顔を破壊しろ。徹底的に……冬のナマズのように黙らせろーーーッ! 」

右腕だけでは飽き足らず、左の拳も追撃に加わった。
振り上げて降ろす。腕を振り上げて降ろす。止むことなく降り注ぐ左腕。
すり潰すように頭部を下ろす。すり潰すように頭部を下ろす。全力で架される右手の圧力。

「YAあ゛あ゛ああ゛あああAADDDDAAAAAあ゛あああ゛あああAAABAAAAAああ゛あああああああAAAAAAA!! 」

近場で静観していたブラックモアが思わず口を押さえるほどのグロテスクな光景。
それだけウェザーの怒りは心頭していた。この男は柱の男。吸血鬼を超える存在。
また仕損じるのか? 否!否!否! やらねばこちらがやられるのだ。だから先は失敗し出し抜かれた!

「死ねェェェーーーーーーーッ!! 」
「VAAOOOOOOOOOOOOO!!!! 」

ウェザー・リポートの拳の圧力に耐えかねて、ついにアスファルトの地面が音を立てて割れた。
カーズの悲鳴はアスファルトごと飲み込まれ……ついには動かなくなった。
その様子を見ていたブラックモアはウェザーの瞳にドス黒い意思が宿ったかのように見えた。
これまでずっと冷静沈着に行動し、ひたすら冷酷な感情を一歩手前で抑え続けていた男が。
沢山の殺しを当然のようにしてきた自分は“仕事”の延長に過ぎなかった。
しかし人はこれほどまで、残忍に残虐に残酷に振舞えることができるのか。例えそれが仲間のためだとしても。

「……フゥー、フゥー! 」

興奮して過呼吸寸前の男を見つめながら、ブラックモアは改めて自分の立場を認識した。
カーズがどれほどの強者だったかはわからない。しかし今のウェザーにはそれを上回るスゴ味があった。
精神力とスタンドのパワーは直結すると良く聞くが、これほどまでの成長性は見たことがなかった。

「ウェザー、もう終わりましたよ」

なおも暴力を振るい続ける味方に対して、忠告する自分は何なのか。
いつか出し抜こうとする事すら絶望的になってしまったのではないか。
彼が完璧な人間ではないことが判明したのは幸いだが、それは即ち“曲者”ということではないのか。

「ウェザー・リポートッ! 」

ガスガスと地面を叩き続けるスタンドが終に破壊衝動を止めた。
長い人生でほとんど出したことのないレベルの声量をブラックモアは吐き出したからだ。
利用できる存在の本性をこれ以上見たくなかったというのが本音だ。見苦しく、知的さもない。

「……駅に戻りましょう。今のあなたなら、きっとヴァニラ・アイスにも勝利できます」
 シュトロハイム氏には申し訳ありませェんが……カーズ討伐の一報は後にしましょう。
 どうせ私達がわざわざ報告しなくても、いずれ放送が伝えてくれるはずです」

ブラックモアの言葉につられる様に、ウェザーは西へ自分達を駆り出した。
この時ブラックモアは、ふとカーズの亡骸を見た。
頭部はもはや見られたモノではないが、その体は鍛えに鍛え抜かれた美しさ。
聖人のような高潔さは無かったが、その肉体は超人……うっすらと悪寒が走る。
聖人は2度死んで甦るからこそ、聖人と呼ばれている。

もし、このカーズが聖人に近い存在であったとしたら。

「ウェザー、念のため、カーズをもう一度殺し――」

視線を共闘(とも)へと戻したブラックモアは見た。
降り注ぐ雨嵐。その中でひと際目立つ、赤い閃光が走っていたことを。
それは光などではなく、凄まじい勢いで噴出した血液。出所はウェザーの胸に開いた穴だった。

「“死ね”? この私に“死ね”だと? 思い上がるのもいい加減にしろ 」

肝を冷やす一声。

ブラックモアは反省した。あれほど同じ過ちはしまいと気をつけていたのに。
すべき事は決まっている。事態は早を求められている。
いつもの倍以上の雨粒を固定させて、更に強固なガードを選択した。
だが時既に遅し。彼もウェザーと同じく、大きな穴を開けられていた。
悪運と言うべきなのか、開いたのはマントのコートであり、肉体には貫通しなかったのだが。

「貴様らは……殺す。これは絶対だ」

ブラックモアの瞳に映るのは、ぎこちなく動く化け物の右手。
その中で特に目立つのは鉄色に変色した人差し指。
それはブラックモアがカーズに撃ったはずの弾丸が寄せ集められていた。
食らった弾丸を体内で集めて、指先から発射する。
この芸当はサンタナすら可能。サンタナよりも格上の柱の男にとってみれば容易なこと。

「キャッチ・ザ・レインボーッ!! 」

ウェザーの傷口を雨で塞ぐブラックモアには、カーズの行動が理解できなかった。
『なぜ体内から弾丸を飛ばせるのか』という部分的な疑問ではなく、『どうしてお前は生きている』という根幹問題。
聖人だから、などという理由で素直に納得できるはずもなく。ブラックモアはその内、この謎について考えるのを止めた。

ブラックモアは知る由も無い。カーズたち、『柱の男』は体を自由に折りたたむことが可能なのだ。
つまりウェザーが潰していたカーズの頭は、カーズが自ら経込ませただけだったのだ。
そしてカーズは自らの肉体を排水溝へと逃がしていた。まるでチューブから出てくるマヨネーズのように。
一見すれば、グロテスクにひしゃげた生物の残骸にしか見えない。しかし本体は無事。大事な心臓も全くの無傷。

「ウェザー・リポートッ! 傷は塞いだんだ、早く逃げないと私もお前も終わりだッ!
 お前が雨を降らさねば2人ともカーズに敗北するぞッ! それはイコール死だッ! 」

ブラックモアの叱咤にウェザーは返事をしない。
地上にいるカーズとの距離は数メートルはあるが、ジャンプ1つで追いつかれてしまう高さだ。
それは先の邂逅で充分に思い知らされている。
ここでウェザーが目を覚まさせてくれなければ、ブラックモアは袋のネズミ。弾丸はカーズに武器を与えてしまう。
キャッチ・ザ・レインボーで雨の中を移動することは可能だが、スピードは並。カーズに追いつかれるだろう。
何より移動中にウェザーが死亡してしまえば、雨が止んで2人は転落死してしまう。

「目を覚ませウェザー・リポートォォォォーーーーーー!! 」

ブラックモアの今日2度目の叫びも豪雨にかき消される。
ブラックモアは覚悟し始めていた。死。恐怖こそないが“来るべき時が来た”という直感が彼を縛る。
あれほどウェザー・リポートが猛攻をお見舞いしていたというのに。当のカーズはどこ吹く風だった。
まったくわからない。想定していた能力。その概念がブラックモアの中で崩れてゆく。
どうすれば良い? 答えは簡単。ウェザーを見捨てて隠れることは可能なのだ。
だがいずれカーズは自分を追い詰めてくる。ここでウェザーを失うことは自分の死に繋がる。

「死ね」

耳元で囁かれた声に、ブラックモアが我に返る。
顔を上げれば、そこには自分たちを追い詰めた悪魔の顔。
カーズは再び跳躍してブラックモアの高さまで到達していたのだ。
右手にはこの薄暗い天気の中でも輝く刀。この激しい雨音の中でも聞こえる回転音。
カーズ懇親の殺意がブラックモアの体を切り裂こうとしていた。

そのコンマ数秒の間。

ブラックモアは見た。
己の体が雨と共に四散していく様を。
自分が助かるために、カーズの刃を避けるために。
キャッチ・ザ・レインボーの能力で体をバラバラにしている自分を、彼は認識していた。
当然、これによりウェザーの体も自由になる。
彼の体は、突如吹き抜けた強風によってあられもなく空を舞い、きりもみしながら飛んでいった。
ブラックモアは、己の信じる道を選んだ結果、ウェザーを捨てたのだ。
これはもっとも“正しい道”と信じたから、彼はウェザーを手放した。

「BAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!! 」

★  ☆  ★

「風が来たとき……まさかとは思いましたが、既に意識は戻っていたのですね」

ブラックモアはウェザー・リポートを見捨てるために、解放したのではない。
彼は自分に吹き付けられた風の強さを、ウェザー・リポートのスタンドによるものと察知した。
ウェザーを守るためにブラックモアはウェザーを放して風に預けた。
予測は的中。カーズと自分がいた地点に……その絶妙な座標に雷が落ちてきた。結果、稲妻はカーズにだけに当たった。

「う……すまない、ブラックモア。もう少し早く伝えるべきだった」
「まったくです。おかげで私は少々通電してしまいました」

ウェザー・リポートは天候を操ることができる。雲も雨も嵐も……雷も。
ウェザーが地面擦れ擦れまで落下していたのを、ブラックモアの集合体が間一髪で救い上げる。
キャッチ・ザ・ウェザー・リポート。ブラボー・ブラックモア。

「ぐふっ……とはいえ油断はできません。この雨の量だ。直撃しても水から電気が逃げてしまう。
 あのカーズがこれで倒せたとは思いません。そもそも雷が落ちたのはウェザーの仕業でしょう。
 しかしあたったのは偶然です。クリーンヒットも無い。そんな事ができたら最初からしてる」

ブラックモアはぐったりとしているウェザーを抱えようと寄り添う。
最初にカーズに斬りおとされた――と見せかけた――左腕も回収し、ブラックモアの身体は完全に元に戻っていた。
この『雨の中を身体をバラバラにして移動できる』という彼の能力を、ウェザー・リポートはこの時初めて理解していた。

「カーズの弾丸は、全弾命中した、わけじゃない。ウェザー・リポートの空気抵抗で……弾丸を削った……」
「しかし小さくなったはいいが、勢いが死なない鉄の粒の集に、結局身体を貫かれてしまったと」

傷ついたウェザー・リポートを確実に救助するために、バラバラになっていた身を集めていた。
万が一に備え、周りを固定雨粒のバリアーを徹底的に張り巡らせていた。

「理不尽」

それなのに。それなのに。
ブラックモアの背中を貫く非常な一閃。バリケードのわずかな隙間を通り抜けて、まさかの不運が彼に飛び込んだ。
それは自分がカーズに放ったものではあるのだが……回り回って己に帰ってくるとは。
ブラックモアは邪悪の化身を心の底から憎んだ。

「弾丸が……鉄である……必要は、ない、のか……」

高圧力によって打ち出したことで威力がつくのは金属だけではない。
雨も――つまり水も高圧縮で打ち出せば弾丸のように飛ぶ。
ウォーターカッターやウォーターレーザーといった道具は、我々の現代社会でも存在している。
カーズは体内に貯まった水滴を指先に集め、ブラックモアたちにぶっ放したのだ。
弾はある。大量に。雨として。無限に。受ければ人間はひとたまりも無く。
無様に血の雨を降らすッ!

「そおうだッ! 『雨粒』だよォッ! ごのまぬげがァァァァァーーーッ!」

腹と背中から出血したブラックモアは、咄嗟に雨で傷口を塞ぐ。
しかし雨は傷を塞ぐだけで、傷を治すのではない。最小限の出血にしたところで、たかが知れている。
それはウェザーとブラックモアの命の危険シグナルが点灯していることを指す。
少なくともブラックモアは己の死期を悟り始めていた。このままいけば、いずれ自分は死ぬ、と。
ウェザーもまた、うっすら自分の死期を感じ始めていた。不覚ではあるが、胸の傷は浅くは無い。

「ウェザー……リポート……」

その時、再び西から東へと走る突風。
ウェザーのウェザー・リポートが再びスタンドパワーを発揮させたのだ。
大きく空に舞い上がり、力強く吹き飛ばされる2人。
行き先は東の食屍鬼街。目的は当然、シュトロハイムとの再会。
柱の男を知り尽くしている男へ、この事実を伝え共同戦線を張るために。
それが、自分の命が残りわずかと悟る、2人の最後の希望だった。
風は勢いをまし、グングンと彼らを飛ばしていく。
スタンドパワー制限ギリギリのところで、ウェザー・リポートは己の本分を解き放つ。
まるで燃え尽きる直前に大きく炎を強める蝋燭のように。

「ぐっ……ぐっ……どうする」

2人に置いてきぼりをくらったカーズは、まともに動ける状況ではなかった。
直撃を避けたとはいえ、雷の余波である側雷撃はカーズの体に多大なダメージを与えた。
このまま2人を追って始末するか。あえて待機をするべきか。

「まずは……地下だ……この状況で……襲われたら……不利」

カーズは必死に体を折りたたみ、再び排水溝から地底へと潜り込む。
この雨も落雷もウェザー・リポートの仕業とは気づいていない。
あくまで偶然の産物と片付けていた。ゆえに冷静だった。
この負傷は自分のミスではなくアクシデントに過ぎなかったと。

「どこでもいい……隠れる……隠れて……安全な場所へ移動する」

だから今は隠れる。
最終的な勝利をつかむために。手段や過程はどうでもいい。
ゲス、卑怯者と罵られようが構わない。
なぜなら彼は究極的な結果主義。どんな手を使おうが、“勝てばよかろう”なのだから。

★  ☆  ★

投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

144:偉大なる死 その① ウェザー・リポート 144:偉大なる死 その③
144:偉大なる死 その① ブラックモア 144:偉大なる死 その③
144:偉大なる死 その① ルドル・フォン・シュトロハイム 144:偉大なる死 その③
144:偉大なる死 その① プロシュート 144:偉大なる死 その③
144:偉大なる死 その① カーズ 144:偉大なる死 その③

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最終更新:2009年09月22日 21:39