屍食鬼街。東部。入り口。最果ての高台。
上る。男。一人。ルドル・フォン・シュトロハイム。目的。監視。

「本格的に降ってきたな」

ぱりぱりに乾燥した毛髪を叩く水滴を、右手で振り払いながら、シュトロハイムは天候の不順を確認していた。
あと数十分もすれば放送が流れる。それは日没まで残された時間が6時間を切っていることを示していた。
シュトロハイムは、この天候不順を天運として受け取る気にはなれなかった。
このまま屍食鬼街に雨雲が停滞すれば、カーズはこの施設に立ち寄る可能性が出てくる。
それは喜ばしいことなのだが、逆に言えばカーズにとって有利な地形となるわけで。

「もっとも……ヤツがここに来るかどうかなど、何の根拠もないのだがな」

上着のジャケットのファスナーを開けて、中を覗く。亀一匹。
亀のスタンド使いココ・ジャンボがスースーと寝息を立てて眠っている。
そして亀の甲羅にはめ込まれた鍵の中には、相棒プロシュートの姿。
最初に屍食鬼街の篭城を提案したのは、どちらからであったか。
“カーズは必ずここに来る!”という勘。
生業とする職業のせいか、生存奔放の逆をついた勘というべきか。
2人はここでカーズがやってくるのを今か今かと待ち構えていた。
来るかどうかはカーズ次第というのに。

「もう少し、ありのままに話すべきだったか」

ただ、まったく収穫が無いわけではなかった。
来訪した敵意の無い者には『柱の男』の情報を提供することができた。
もっとも恐れるべき事態は、自分達が犬死にする可能性。
彼らはそれをウェザー・リポートたちに託すことで未然に防いだ。
彼らが本当にエルメェス・コステロの戦友ならば、いずれ同じ戦線に立ってくれることだろう。

「わざわざ隠すメリットは……本当にあったのか?」

しかしシュトロハイムは『柱の男』の全ての情報を話したわけではない。
柱の男がカーズとエシディシ以外にも、サンタナワムウがいたことを話さなかった。
理由は2人がすでに死んでいるから。死んだ者の話をしても意味が無い。
素直に話したところで『でも、4人中2人死んでいるのなら柱の男って大したことないんじゃない? 』と返されてしまう。
サンタナとワムウの死はシュトロハイムにとっては受け入れがたい事実でもあった。
それは柱の男を始末できる実力者の存在がいるということ。
柱の男を倒す存在がいるというのに、柱の男を軽視していては、最終的にそいつに殺されてしまう。
当面は柱の男への対策だが……その予見は彼の背筋を震え上がらせる。

「だがアァァァァ素性もわからぬ奴らにィィィ情報をダダ漏らしすぎればァァァ……ヌオオオ…… 」

次に、シュトロハイムが隠したもう1つの情報は、柱の男の性質。
彼らの弱点が日の光であることや、彼らが超人的な肉体を持つことを完全に伏せていた。
これは、ある意味仕方の無いこととも言える。なぜなら情報は最大の武器なのだから。
ウェザー・リポートがエルメェス・コステロの仲間である保障はどこにもない。
むしろ彼らの味方と偽り、こちらを取り込もうとした恐れもあったのだ。
灰色の来訪者にこちらの全てを伝えてしまったら、向こうにとって用済みにされかねない。
シュトロハイムもプロシュートも、これ以上余計な戦闘を繰り返すほどの力はない。

「気にするな。奴らだって同じように考えてるさ」

亀の中から素っ気無い返事が、シュトロハイムに返ってくる。
あくまで柱の男だけを焦点に絞りたかったのは、プロシュートも一緒だった。
正直に言えば、今すぐにでもウェザー・リポートたちに情報を授けたい気持ちもあった。
しかし、迂闊な情報開示は、むしろ疑いの目を向けられる。
理屈屋の雰囲気を出していた2人に、単純な応対で働かせることを躊躇してしまったのだ。

「昨日今日会ったヤツにホイホイ頼るようじゃダメだ。信用はしても信頼はしねぇ」
「確かに……我らの肩書きが泣く。これしきの窮地など、1度や2度のことではないと!
 カーズは必ずや我らが独伊二国同盟が骨の髄まで屠ってくれるッ!」

どんな手を使ってでも勝つ。しかし使う手は、己にとって確実に信頼性のある物でなければならない。
その差異には『ヤケクソ』と『狡猾』に区切れるほど、大いなる違いが待っているのだ。

「ムッ……あれは!? 」

プロシュートたちが決意を固めようとしたまさにその時。
バシャバシャと水を跳ね除けながら、重力を無視した動きで2つの影が飛んできた。
先ほど出会った理屈屋。ウェザー・リポートとブラックモアだ。
シュトロハイムが高台から身を乗り出して、目を細める。
被写体は出鱈目な動きと共に、あっと言う間にシュトロハイムの元へ移動した。
そして乱暴に床へ着地すると、彼らはぐったりとその場で息を荒げた。

「どうした! 何があったッ! 」
「……我々はカーズにやられたのです。手を貸して……いただきたい」

ブラックモアが拙い動きでマントを肌蹴て、肉体に開けられた穴を見せびらかす。
血は止まっているが、お腹についた雨のレンズから背後の風景が覗けてしまう有様だった。

「ご覧の通り、私はこの雨が止めば死ぬ! そしてこのウェザー・リポートも時間の問題!
 あなたに頼るのは愚の骨頂の極みでありますが! 柱の男の対処方法をご教授いただきたい! 」

両方の掌を差し出して頭を下げる自分の姿に、ブラックモアは新鮮な気持ちを感じていた。
人間、緊急事態になればこうも愚かしく生き様を晒すことが出来るものなのかと。
今のブラックモアには、恐怖や諦めの感情は無く、むしろ怒りだけが働いてた。

「我々が教えたところで、今すぐカーズが倒せるわけではない。特にこの雨では……」
「その雨を降らせているのが、このウェザー・リポートの天候を操るスタンドッ! 強力な戦力だ。
 わかるか! 彼が死ねば雨は止み! 私の固定雨粒も消滅! 彼の死は私の死だッ!
 早く教えろォォォ! 奴を殺すのは私達だ! 今、ここで殺さねば私の感情が収まらない! 」

圧倒的な理不尽。自分の立ち振る舞い、気苦労、思案を真っ向から否定されてしまった。
柱の男! それは神のような存在だったのか? この負傷は己への『罰』だったのか。
そんな風には到底受け入れられなかった。あの邪悪な笑みは崇高さ、純潔さとはまるで遠い。

「これは私たちの持ちえる支給品一式ッ! どうだ……どれもこれもガラクタばかり!
 どうだ軍人め。それでもまだ我々の足元を見ようというのか、この――」

ブラックモアの感情の矛先は、カーズただ一人。
突如現れた存在に全身全霊を尽くして屠る。半ば強制的に齎された死はどうでもいい。
どうせならば共に墓穴へと引きずり込んでやるという、確固たる意地。

「グラッツェ(ありがとう)」

一声。たったその一声が、ブラックモアには何よりも吉報に聞こえた。
いつの間にかシュトロハイムの背後から現れた男。
その怪我の具合はブラックモアやウェザー・リポートよりも酷いのかもしれない。
しかしそんなことは今のブラックモアにとってどうでも良かった。

「まずはそこのウェザー・リポートとやらに話が聞きたい。アンタ達が本気でカーズをどうにかしたいのなら、いいビジネスをしよう」
「……確かに、今の我々だけでは、ヤツを追い詰めるためのピースが足りなかった。しかしいいのかプロシュート? 」
「やるならどんな手も使うって言ったろ。こいつ等が本気で手伝ってくれるんなら……悪くない。
 話すのはカーズ討伐の件だけだ。そっからどうするのかは、俺たちが決める。仲良しごっこをするつもりはねぇ」
「ありがとう。あんた達はカーズのことだけ話してくれればいい」

それからというもの、4人による迅速な情報交換が行われた。
プロシュートたちがカーズの弱点とその身体能力を話し、ブラックモアたちは引き換えに自分のスタンド能力を克明に話した。
その結果、4人が運命の悪戯で勝機を逃していたことを心より悔いた。
カーズに最初から太陽光を浴びせていれば、ブラックモアたちは絶対なる勝利を得ていた。
最初から鮮明な情報交換を行っていれば、ブラックモアたちは死に瀕することなく、より安全にカーズを始末できた。
とはいえ犠牲は避けられぬ状況。曇り空の下で一同に更なる暗雲が立ち込める。

「これは俺たちの問題だ」

そんな暗い雰囲気を吹き飛ばしたのはウェザーの気遣いだった。
胸部を貫かれた痛みのせいで、本来ならば腕もまともに動かせない状態だ。
彼もまたブラックモアと同じく、死を約束された身であるというのに。

「待て! 私はスタンド使いではない。それにこのプロシュートはスタンド使いではあるが……」
「話そうとしない時点で、非戦闘タイプなのはわかっているさ」

不平等さに耐え切れず、シュトロハイムが自らの情報を曝け出そうとしても、彼は笑って過ごした。
部外者が見れば、死を前にして爽やかに生きようとする好青年と考えるかもしれない。

「チッ……言ってくれるじゃねーか」

しかしプロシュートは見た。
ウェザー・リポートの瞳に宿る漆黒の殺意は、この場にいる誰よりも根深く暗いものであると。

★  ☆  ★

現在時刻はもう数分で放送を迎えようとしていた。
屍食鬼街の入り口でウェザー・リポートは風景を一瞥し、雨雲を移動させる。
駅の周囲、J・ガイルたちがいたエリアに降らせていた雨の力を、小雨程度に極力弱める。
そして減らした雨雲はそのまま屍食鬼街の周囲で限定的に集め、局地的な豪雨を呼び起こせる大きさにまでなった。

「『悪魔』が現れたぞ」
「『首を懸けて』はいけませんねェ」

約束した合言葉をさらりと交わし、ブラックモアは自分の胸を手のひらでさする。
雨水で固定された傷口は出血をぴたりと止めているが、周囲の皮膚は紫に変色し始めている。

「もって10分から20分というところでしょうかね。普通なら、とっくに意識を失っています」

ブラックモアは飄々と余命を宣告するが、その顔は笑っていない。
出血をした人間が、正しい医療措置も受けずに生きられる猶予は、お世辞にも長くはない。
血流の不整は酸素供給や器官の作用に不順を起こし、人の意識を段々と苦しめていくのだ。

「独り言を」

ざあざあと水を流す雨雲に顔を向けて、ブラックモアは口を大きく開いた。
ウェザーは彼に背を向けたまま、何も答えない。

「この地で蝙蝠のように生きてきましたが、このような事態を“罰”とは考えておりません。
 身から出た錆、因果応報と笑う者も出てくるでしょう。愚かな心が導いた破滅の末路だと。
 しかし私には、逆に『激励』にしか思えません……神が“あの化け物を滅せ”と。あの世に逝く前に、最後の試練を与えたのだと。
 その報酬が“天国”だと憚るつもりはございませんが、“地獄から天国を覗ける”くらいの温情は頂けるのでは……なーんて」

ブラックモアは己の運命に酔いしれるかのように、両手を広げて天を仰いだ。

「私は全身全霊を尽くしました。この世にとって、『禍』となるカーズの抹消のために。
 人には『命』を超越した大いなる『使命』があると聞きますがァ。例えるならこれは何しょうか……」

その顔には相変わらず笑みはない。

「『償い』、ですかねェ? 」

自嘲に共に見せた、ブラックモアの別れの挨拶。
ウェザーはそれに答えることなく、背を向け続けることで答えた。
ブラックモアもそれ以上は何も言わず、ひっそりと露と消えた。

「ウェザー・リポート、お前は部分的に雨を強めた……」

ウェザーたちがカーズと対戦したのは、エリアG-5と屍食鬼街の境目あたりだった。
落雷のダメージと柱の男の耐久性から考えて、カーズはそう遠くには行ってないはずなのだ。

「水道管、空気供給管、換気扇……あらゆる空間に雨を流し込んだ」

ウェザーは、カーズが隠れられそうな隙間には徹底的に雨水を流し込み、洪水に仕立てあげていた。
溺死するということは無くても、傷を癒したいカーズにとって自分の容量を超える水攻めは堪らないはずだ。
うっかり脱出する方向を間違えれば日の光を浴びてしまう。地下道が使い物にならなくなれば、川へ追い出される。

「沢山の土砂を混ぜて……腐ったドロ水を送ってヤツのプライドを揺さぶった……」

幸いなことに、カーズはこの雨をウェザーの仕業と気づいてはいないだろう。
つまりカーズは自ずから雨水の影響を受けず、かつ太陽光が当たらない地域へと移動を開始するはずである。
体の骨格を自由にできるという長所は、裏返せばカーズの自堕落さに結びつけることが可能なのだ。
“わざわざこんな道を混雑した管を通らずとも、そっちに充分なスペースの管があるではないか。行こう”
“どうしてこんなに雨が強くなったのだろう?……うっおとしい。行こう”

「ヤツは知らず知らずのうちに屍食鬼街の地下へと避難したんだ……」

この作戦が膨大なスタンドエネルギーを消費することはわかっている。
即ち、この作戦の次第ではウェザー・は非常に悔いが残る結果を受け入れなければならない。
なぜなら川尻早人の救助へ向かうのが、事実上不可能となってしまったから。
最初のカーズの不意打ちを受けた時点で、彼はもう早人を守る余裕が無くなってしまった。
極めて遺憾ではあるが、ブラックモアの手助けが無ければ自分はそうそうと転落死していただろう。
そして仮に自分があのまま駅に戻ったところで、ヴァニラ・アイスとの戦闘前に力尽きる可能性もあったのだ。

「俺のスタンド、ウェザー・リポートよ……お前はまだここまで出来る余裕があったんだな……残念だ……」

しかし実際問題、ウェザー・リポートはまだまだ戦えた。天候を操る余力が充分にあったのだ。
ウェザーが読み違えた理由は2つある。
1つはこの世界でのウェザー・リポートは本来よりも力を制約されているという認識。
強大な能力であるがゆえに、その具体的な状況を計るのに困難だった。
そしてもう1つは、あれだけ警戒していたブラックモアに自分の命を握られてしまったこと。
本心か演技かはさておいて、カーズ討伐に夢中になっている彼を悪戯に刺激することが出来なかったのだ。

「俺に残された道はカーズを食い止めることだけだ。早人に襲い掛かる前に、ここで潰す」

何よりも後悔が残る。
自分に出来ることが、もはやカーズの足止めしか出来ないことに。
ここでカーズを食い止めたとしても、早人に襲い掛かる危険は現在進行中なのだ。
ヴァニラ・アイスがどんな気まぐれで早人を殺すかもわからない。命の保障はまったく約束されていない。
現にカーズの襲撃を受けた後、逃げる方角を西か東かでブラックモアと揉めてしまった。
カーズをサンタ・ルチア駅までおびき寄せて、ヴァニラ・アイスをぶつければ共倒れを狙うか。
早人の安全を優先して、シュトロハイムたちと共に戦うか。

「俺は早人の安否を、放送で知る」

しかし、ウェザーにはもう自分を言い聞かせるしかないのだ。
もうスタンドエネルギーは完全に底をついてしまった。残された時間はもうない。
カーズはいずれヴァニラ・アイスと戦うことになるだろう。
ヴァニラ・アイスのスタンド能力に勝るとは到底考えられないが、吸血鬼は柱の男の天敵なのだ。
それはシュトロハイムもプロシュートも力説していた。
2人にヴァニラ・アイスVSカーズの勝敗を説いた結果、明らかな実力差はないと結論がついた。

「……いや、それも適わないかもしれない」

ざんざと降り続ける雨は、まるで涙のように。
己の体から少しづつ抜けていく体温は、まるで生気のように。
ウェザーは十字を切りながら、天を仰いだ。

「F・F、お前がいれば」

水によって無限に増える治療薬。
ウェザーは知らない。彼女――いや、彼らが既に自分を捨てて名も無き戦闘者になったことを。

「アナスイ、頼んだぞ」

人体改造のエキスパート。
ウェザーは知らない。彼もまた巨大な穴ぐらの中で生死に触れる状況に晒されていることを。

「徐倫」

そして愛の受刑者(プリズナー・オブ・ラブ)。
彼女のように、どんな苦難も正面から立ち向かう姿はいつ見ても綺麗だった。
どんな絶望的な状況でもNO断念。試練として、苦行として受け入れて。
最後には“くたばりやがれ”と決着ゥをつける。

「もう一度、君と話がしたかった……そよ風の中で……」

どこかでこの天気を見てくれてるのかもしれない。
そう祈りつつ、ウェザーはゆっくりと地に伏した。
孤独な感情を洗い流すかのように、哀しみの雨を降らし続けて……。

★  ☆  ★

ウェザー・リポートが黙祷していた時から、遡ること数十分。
濁流から逃れるために、屍鬼街へと繋がるダクトを這いずって動く影が、安全地帯へ逃げようとしていた。
言うまでもなく、柱の男カーズである。肉体を綺麗にたたんで前進する姿は芋虫のような運動を彷彿させる。

(本格的に酷い天気になってきたようだ……フフフ、まぁそれはこのカーズにとって好都合だがな)

何も知らないカーズ。自分が進んできた道が全て計算づくで用意されていた物とは知らず。
まるで自らが的確な判断の下、安全なルートを選んでいるかのように、彼は完全に勘違いしていた。
日の光に当たらぬよう西を避け、外の川へ飛び出さないように上を目指し、上方の激流を避けて東を進み、籠の中へと進む。

(このまま行けば、繁華街の食屍鬼街という場所へ辿りつくはずだ)

カーズは考える。たどり着く街はおそらく住居が沢山あるに違いない。つまり日中でも隠れられる住居があるということ。
太陽光線に弱い柱の男が息を潜めるには、まさしくおあつらえ向きの場所なのである。
カーズの肉体はギュルリと進路を変えて、食屍鬼街内でも比較的近場の排水溝を進んだ。

「……雨は大分強くなっているようだな」

食屍鬼街は地図上のエリア丸々1つ分を占めるエリアである。
大規模さは他の施設とはヒケを取らない。隣のポンペイ遺跡が可愛く見える。
その上、整った住宅の並びは隠れ蓑に持って来いの状態だ。

「――何よりも『困難』で、幸運が無かったらたどり着けない道だった」

鳴り響く雷鳴。轟々と落とされる恵みを天頂から浴びる男。
高級なブランドのスーツはすっかりずぶ濡れ。値打ちは下落を止められない。
それでも、この男の心の高ぶりは、止まることを知らない。彼にとっては今が最高の瞬間。
長き殺しの日々を生きてきた中でも、今日ほど興奮を覚えた日は無いだろう。
イカズチとともに現れた男はギャング団パッショーネの殺し屋。通称『プロシュート』。

「HUMM~?、何だ……貴様か」

再び鳴り響く雷鳴。目の前の敵には、まったく興味無さそうな振る舞い。
事実。カーズにとっては、プロシュートなど、ただのギャラリー以下の存在。いてもいなくとも全く問題のない空気。
名前すら知らない。というより知ろうとしない。あえて名を聞くことすら手間とみなされてしまう。
プロシュートがどんなに誇り高く無謀な決意を持って立ち向かえど、カーズの感情は弱者への蔑みただ1つ。

(この足りない脳味噌でよぉ~~く考えた)


エルメェスの決死の覚悟を無駄にしたくなかった。シュトロハイムからの情報を何度も吟味した。
カーズの能力は何か、カーズの性格は何か、カーズの目的は何か。カーズの弱点は何か。
何度も何度もシミュレートし、カーズを少しでも倒せる可能性を模索した。具体的なビジョンを作るために。
カーズへの復讐を考える内、プロシュートは基本に立ち返ることにした。暗殺とは何ぞやと問い続けた。
それは適当であってはならない。それは確実でなければならない。それは目的を最優先しなければならない。
それは無謀であってはならない。それは迅速でなければならない。それは失敗も考慮しなければならない。
それは無駄があってはならない。それは百回やっても百回同じようにできたほうがいい。それはシンプルがいい。

(正直、自分でも信じられねぇ……でも思いついちまったんだ。テメーを殺す方法を)

食屍鬼街の住宅の棟数はちゃんとカウントしたし、どこの家に何があるのかも覚えた。
彼の左目に移る二階建ての家は、一階がリビングで大きなテレビが1つ。ソファーが2つ。机は木製で高さは膝下。
街の役所のような建物にあった地図資料を読み漁り、ライフラインの繋がりも必死に洗った。
フィールドワークを自分の味方にさせるために、坂道や砂利道、ランプの位置もまとめて記憶した。
カーズが空気供給管のような管のルートを通って来たパターンに備えて、換気口はほぼすべて潰した。
サンタナを超える力を持つシュトロハイムが、筋肉痛になりそうだと訴える始末だった。
一部を除いて全ての家の水道を開放し、カーズが通れる道を一本道に錯覚させる作戦も準備した。

(どうやってかはわからんが、『アレ』はお前を殺せるような気がする)

それでも……不安だった。カーズがいつこの街にくるか断定出来なかったからだ。
ひょっとしたら永遠に来ないかもしれない。失敗は許されない。作業中はいつも震えていた。
そしてシュトロハイムが偶然見つけた『アレ』を、プロシュートは全面的に信じることが出来なかった。
もちろん試験的な行為は可能な限り行った。不測の事態と考えられる条件は何度も何度もこなした。
上手くいった時も、素直に喜べなかった。当のカーズはそこにはいなかったから。

「……クククク、何が貴様をそうさせるのか? あのイカレ女の敵討ちか」

プロシュートにとってウェザーとブラックモアの登場は、実のところ行幸だった。
カーズの誘導と、『アレ』を実行させるための成功率。悩んでいた2つの問題点を確実に成功へと導く要因になりえた。
勝つためならばどんな手だって使う。やるならトコトンやる。彼らを利用しない手はない。
幸い彼らは、エルメェス・コステロの味方だった。お互いの得になる話だ。表面上は。

――問い詰めれば、プロシュートは告白しただろう。
『彼らを信用してもいいのか? 彼らの言葉は真実なのか? 俺は最後まで迷っていた』と。
ブラックモアが声高に胸を見せて訴えても、ウェザーが懸命な説得をしても、すべては虚像かもしれない。
なぜならプロシュートはスタンド使いであり、スタンドには無限の可能性がある。
裏切られることが日常茶飯事であるギャング生活。あったばかりの人間を易々と信じられるものか。
それでもプロシュートが、こうしてカーズの目の前に立つ理由は。

「オレの『勘』だ」

苦楽を共にしたチームとの絆。まるで“軽く10年は修羅場をくぐり抜けて来た”と言わんばかりの人生。
心の底まで信頼していたわけではないが、彼らとは良き関係だった。
組織に爪弾きにされたもの同士で深めた親交。メンバーとの第一印象は、どうだったのか思い出すと……。
『気持ち悪いクズ同士の集まりだが、こいつらとは意外と上手くやっていける気がする』。
その勘はプロシュートに擦り寄るように真実を招き、直感として花開いた。
どんな壁が立ちはだかろうと、誇りの為なら乗り越えられる。誇りを無碍にされたままでは終わらない。
ウェザー・リポートとブラックモア。プロシュートは彼らにも同じ感想を覚え……己の『勘』を信じた。

「「死ねイジャええのせイイきッ! 」」

ほぼ、ほぼ同時に。男たちは握っていた拳を振り上げた。
もし、何も知らない第三者が見届けていたら、その人物はカーズにあっと驚かされていたに違いない。
カーズは拳を振り上げる途中で人差し指だけを伸ばし、指先から高圧の水を打ち出していたからだ。
大量の雨をタップリと含み、獲物に目掛けられた銃は、弾切れ知らずの機関銃。
問答無用で飛び出した散弾は相手の五臓六腑を破壊する。

「MUN!?」

カーズは目を疑った。自分が仕向けた殺意を受けたのは、プロシュートではなかったからだ。
激しい豪雨で見えにくくはなっているが、黒く汚れた欠片の寄せ集めが、目の前に広がっている。
まるで大量の小魚が一体となり、一匹の巨大な海洋魚のフリをするがのごとく。

「横から出ようが、雨は雨ですからねェ」

その正体は雨に身を溶け込まし、夜顔負けの曇り空に潜んでいたブラックモア。
ウェザー・リポートが降らせた局地的豪雨は、スタンド『キャッチ・ザ・レインボー』に絶大な力を与えた。
すなわち放たれた雨の弾丸をこの身に直接受けることで、ブラックモアはカーズの攻撃を固定したのだ。
これがただの水ならばどうだったか。カーズが己の水分を抽出していたら、どうなっていたかはわからない。
しかし、ブラックモアはカーズの水弾を雨粒と信じていた。確固たる核心は、精神力(スタンドエネルギー)を強くする。
“カーズから飛び出るこの水は誰が何と言おうと雨です。ウェザー・リポートの雨に間違いありませェん”と。

「オラァァッ! 」

そうこうする間に、ブラックモアの集合体をすり抜けて、『何か』が飛んできた。
ほんのわずかな虚を突かれたせいか、カーズの思考は、冷静と我慢の間で混乱していた。

(これを投げたのはおそらくプロシュート。これは丸くて小さいモノ。これは何だ。爆弾か。見えるものは何だ。くすんだ色と綺麗な色。
 待て。爆弾ごときで私は死なん。私を殺すと奴は、待て、こいつはさっき何と言った。“死ね”と叫ぶ自分と同時に、奴が叫んだ言葉は。
 『×イジャのせ××き』。『×イジャのせき×き』『えイジャのせきせき』――『エイジャの赤石』!? 馬鹿な――)

目と鼻の先に近づく宝石に、カーズのシナプスが余計な茶茶を入れさせる。

(幾年も捜し求めていた宝石が、どうしてこんな所に現れたのかと。そんな事は万に一つもない。
 自分を殺すと宣言した男が、どうして大事な切り札を自分に投げつけるのか――そんなはずはない。
 落ち着け、これは赤石ではない。第一、この宝石についているこれが、何の意味ももたないではないか。
 そうだ。これは罠だ。私の動揺を誘い、スキを作るまやかし。カーズよ、気にすることはない。全て討ち砕くのだ。
 自分の顔の皮膚に今か今かと触れようとする、この汚らわしい模造品ごと、この輝彩滑刀で奴らを切り裂いてしまえ)

コンマ数秒の思案がカーズを混乱の渦へと飲み込んでいく。

「きさまを真っ二つにするッ! 」

プロシュートの言葉の真意。
カーズはまだその狙いに気づいていない。

★  ☆  ★

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144:偉大なる死 その② ウェザー・リポート 144:偉大なる死 その④
144:偉大なる死 その② ブラックモア 144:偉大なる死 その④
144:偉大なる死 その② ルドル・フォン・シュトロハイム 144:偉大なる死 その④
144:偉大なる死 その② プロシュート 144:偉大なる死 その④
144:偉大なる死 その② カーズ 144:偉大なる死 その④

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最終更新:2009年09月23日 22:01