初対面の人間に会ったとき、あなたはどのように接するでしょうか。
第一印象。いわゆる……見たままの感想を意識に刷り込むのではありませんか。
太っている人はよく食べる? 汗っかき? 力持ち? キャッチャー?
やせている人はダイエットしすぎ? 運動はしない? それとも陸上選手?
「どうした。この私がお前達に選択の権利を与えてやろうとしているのだ」
当てずっぽうです。言いがかりです。全てはあなたの妄想に過ぎません。
1週間?1ヶ月?1年? 10年一緒にいればわかる? 実に馬鹿馬鹿しい話です。
その人がどんな性質を持っているかなど、わかるはずもないのです。
本音が本音だって誰がわかるのでしょうか。本人以外には、真偽は闇の中です。
「さあ! 是か否か、ンン~ナイスな返事を期待しているぞ」
私達はわかったフリをしているだけなのです。
“彼女が寡黙なのは、奥手だから。きっと僕に照れているんだね”
“あの人は私をリードしてくれようとしている。こんな私のために……嬉しい!”
お互いに探りを入れて勘違い。そして作られる信頼関係。
勘違いが合致しあうからこそ、人々は仲間や伴侶を作る。なんと身勝手なこと。
しかしそれは悪いことではありません。むしろ祝福されるべきであります。
嘘から生まれる恋もあります。歴史の偉人たちは“昨日の敵は今日の友”を幾度も実践していました。
幸せの道へ歩めるのなら、その勘違いを『運命』として賞賛することに、何の異論がありましょうか。
逆の道へ進んでしまうよりは、ずっと良いことなのですから。
「俺たちの答えはノーだ。お前に話す言葉など何も無い」
話を戻しますが、第一印象というものは、その足がかりに大いなる役割を果たすのではないでしょうか。
勿論すべてのケースにおいて、人間が同じ対応をとるわけではございません。
しかしここ一番では、人は最初の印象を、ある程度は重要視するのではないでしょうか。
『チンピラくずれのアイツが結婚してからというもの、すっかり過保護パパに変わっちまったなぁ』
『あの人がそんなことをするはずがない! 毎朝、私に挨拶をちゃんとするいい男だったんです! 』
“現在”の心の内を探る前に、昔の基準でモノを計る。それが人から聞いた噂話であったとしても。
「エルメェスの報いを受けろ」
男たちの戦いが始まる。
あまりにも誇り高く、あまりにも馬鹿げた戦いだ。
★ ☆ ★
あれは午前9時42分をすぎたころの話でしょうか。ええ、覚えてますよ。ハッキリと。
なぜなら私の支給品の1つに“デジタル式腕時計”という物がございまして。それを身に着けていたのです。
詳しい説明を聞くまでは、“不思議な数字を出すオモチャ”だと勘違いしておりました。未来の技術はすばらしいですねぇ。
さて、本来ならば太陽も昇り始めて気温も本格的に上がりかけていたはずですが、空は曇り。
……失礼、不肖わたくし
ブラックモアと申します。雨粒を固定し自在に操るスタンド使い。
しとどに振り続ける雨は私に無敵の力をくれます。この世の雨全てが私の味方。
その私がエリアG-5で探索に勤しんでいた時のことです。
「あの食屍鬼街というエリア……どう思う? 」
同行者である彼が思いもよらぬ提案を持ちかけたのです。
その名はウェザー。毛皮の帽子を被った無愛想な男。
こんな事を言うのも気が退けますが、私にとってはこの上ないパートナーでもあります。
なぜなら彼は天候を操るスタンド使いだからです。大気中の水分を自在に操るスケールは凄まじい。
余程のことがなければ、私が彼に勝つことは逆立ちしたって無理な話でしょう。
というのも、彼を失うことは私自身の力をみすみす捨てることになるからです。
鍬を放り投げる農夫がいましょうか。ツルハシを捨てる炭鉱夫がいましょうか。
悔しいことではありますが、この世界で雨が降ることは想定できません。
私は今すぐ身を守る力が欲しかった。だからこの男の意思にある程度は従わざるをえない。
「ここは街とわざわざ銘打ってある。人が隠れる分には……問題ない」
食屍鬼街と書かれた施設に、ウェザーは興味津々で指を刺していました。
無論、私はまったく興味がありませんでした。G-5を探索しようと提案したのは彼なんですがね。
ウェザーはクイを親指を傾けながら、私に合図を送りました。
よくよく目を凝らせば、食屍鬼街の入り口付近に鎮座する高台。そこにうっすらと人影が。
おそらくウェザーは、支給品である“オペラグラス”という望遠鏡らしき物で見つけたのでしょう。
なるほど、彼と接触を試みようとする腹積もりのようです。
……やはりというか、何というか。雲行きが怪しくなってきましたねェ。
天気の話ではありませんよ? 私自身が“仕事”をする上でかかる苦労の度合いの話です。
職業柄、人の顔を覚えるのは苦手ではありません。しかし、物事には限度というものがあります。
人事は同僚の警護官のほうが得手であり……おっと失礼。愚痴です。忘れてください。
何が言いたいのかというと、現段階で私と同盟を組んでいる者達の処遇だけで、私には手一杯なのです。
お恥ずかしい話ではありますが、6人の人間のハラを常に同時に考えるというのは、思っていたより難しいのですよ。
片桐安十郎(アンジェロ・カタギリ)は獰猛でタチの悪い殺人鬼です。粘着質。彼の処理は時間がかかるでしょう。
腐ったりんごのような精神、理解できません。しかし片桐安十郎はジャパニーズというのが分かるだけマシなのです。
J・ガイルや
ラバーソールは国籍すらもわかりません。身元不明の人間をどう信用しろと。
次にウェザー。彼は更に厄介で、本人が記憶喪失とのたまう有様。自分で身元を話していたのにです。
しかし彼のスタンドは私には欠かせない存在であり、無くてはならないメインピースでもある。
その絆(ビジネスライク)を繋いでいるのは
川尻早人(ハヤト・カワジリ)なのですが……まさに薄氷の渡り道。
川尻の瞳の奥に輝く可能性は評価できます、とはいえ子供の発想は突拍子が無く、迂闊に手がつけにくい。
最大の難点はいつ死んでもおかしくない事。ウェザーの死と同じく、彼の死もまた、私の死を招くおそれも。
ウェザーの出方次第では、
ヴァニラ・アイス討伐の後、お払い箱にされてしまうやも。
……ヴァニラ・アイスを殺せれば、という前提ですがね。失礼。また愚痴をこぼしてしまいました。
ご了承ください。もはや人間ですらない、スタンドも非常に対処しづらい存在に、殺しに行かされる身にもなっていただきたい。
私の提唱のもと立ち上げた7人の同盟、『悪魔の虹』。全く憎たらしい。
「時間がないのはわかってる。あそこへ寄った後は急いでサンタ・ルチア駅に戻ろう」
“裏切り抜け駆け何でもあり”と釘を刺したのは正解でした。
その方が彼らの本質をより理解できます。それは不幸中の幸いでしょうね。
どうせ同盟を組むなら、彼らには素のままであってほしかったのです。下手な信頼は嫌悪より劣る。
彼らは私のことをどう思っているのでしょうか? おそらく『おべっかな蝙蝠』とでも見下しているのでしょうか。
もしそうであるのなら恐悦至極。まったくもって喜ばしい限りであります。
蝙蝠役を演じるのが大変つらい事であるのに、何ら異存はありませんがね。
先ほどから話しているように、そこの主張を変えるつもりはありません。
しかし、ある意味やりやすいのですよ。『見下されている』というのは。
彼らの実力がどうであれ、おそらくは凶悪なスタンド。これは変わらぬ事実とみて大丈夫でしょう。
又聞きした情報から判断すれば三人はいずれも劣らぬ実力者。
“せいぜい笑ってな、最後に勝つのは俺だバーカ”という態度を前面に出している。
つまり、未知のスタンド使いに対するあの傲岸不遜さは、己の力への自信と誇りの表れなのです。
私が彼らと戦ったとして私が勝つには、正直分が悪いと思ってます。
確率にして50%……いや、良くて30%でしょうか。
だからこそ。
だからこそ、彼らにはこのまま自分を信じて欲しい。己の力を正確に判断してほしい。
彼らの頭の中では、私はいつまでも愚かな存在であってほしい。
彼らには頭の中で確固たる勝機を確信してほしいのです。
その時には、彼らの自信は過信になっていることでしょう。私はそれを待っているのです。
人間、“勝った!終わった”と思ったときが一番スキが生まれるのですから。
水の中で1分しか我慢できない人間が潜水したとします。
彼が我慢の限界を感じて水面からあがった瞬間、再び水底に引き摺ったら彼はどんな気分でしょう。
そういうことです。彼は予期せぬ事態に溺れて死ぬ。
一流の企業で、幾度に渡る面接で合格をもらったとしましょう。
全ての面接が終わったあとの歓迎パーティーの裏で、受験者の素の態度をチェックする“最終面接”があったとしたら。
そういうことです。何も知らぬ受験者は醜態を晒す。
「ブラックモア、“よろしく頼む”」
さて私の当面の課題は、あのウェザーであります。
彼は最も最も最も最も最も注意しなければならない。それは彼が私を侮っていないから。
彼は私を役立たずなスポークスマンとは思っていない。それぐらいは私だってわかります。
大統領補佐官として生きてきましたから。人を見る目は多少なりとも鍛えられました。
ゆえに感じるのですよ。“俺はお前を決して逃がしはしない”という視線を。
根拠を挙げろ、と言われれば、ここで挙げるまでもないでしょう。ポンペイ遺跡の事です。
あの“青年殺し”の一件。私がこの世界に来て最初に行った殺し。
コイツのせいでウェザーに、私の本質を――ある程度までは――理解されてしまったのです。
覚悟していましたが、こんなにも早く看破されてしまうとは。
あの時に降っていた雨。どうして雨が降っていたのでしょうか? もはや言及するまでもありません。それは彼のスタンド
ウェザー・リポートの仕業。舞台の設立者です。
彼が近くにいたから、雨が降っていた。
今にして思えば、シラを切っていた方が正解だったのかもしれませんね。
私が青年殺しを認めてしまった事実はもう覆りません。つまりウェザーは――
“死亡していた男には仇を取ると誓った…。”
青年と直接に会話を交わさずして、私に疑いを持っていたことになります。
つまり殺人現場の目撃どころか、私が青年と接触したことさえ視認していなかったのです。
死体が握り締めていた繊維屑だけで! 私の所までたどり着いた。いや、たどり着かせてしまった!
彼が私を襲わない理由は2つ。
1つは利用価値があるから。目の前で宣言されてしまった。もう1つは彼が私のスタンドの全貌を知っていないから。
ウェザーはあらゆる要素を考慮した上で行動しようとしている。
逆にいえば、不確定要素が全て潰されない限り露骨な行動はとらないだろう。それはありがたい。
……おお恐ろしい恐ろしい。だってそうでしょう?
エンポリオ少年をもし助けていなかったら。悪魔の虹を結成させていなかったら。
彼はなんの躊躇もなく、私を再起不能にしていたかもしれないのです。
私は一体何なのでしょうか。この身の毛も弥立つ殺し合いで、頼らざる得ない相手と出会ってしまった。
全ての人間が地に臥した後、最終的に彼と2人きりになってしまったら?
私はおそらく死ぬ。迷うことなくウェザー・リポートの制裁を受けるでしょう。
拒否は……おそらく出来ない。彼は私よりも強いから。
「『ウェザー・リポート』、俺を風で飛ばしてくれ」
風速30mを超える気流は人間の体を宙に浮かせるそうです。
ウェザー・リポートはその勢いを利用して空に舞い上がる―ようは大ジャンプですが―ことさえ出来る。
原理はわかりませんが、彼は自分の周りにだけ天候を発動させることも可能だそうで。
この程度は朝飯前なのです。ちなみに、朝食はさきほど採りましたがね。
「このまま食屍鬼街に突入するッ! ブラックモア、もし俺がバランスを崩して落ちてしまったらフォローしてくれ」
キャッチ・ザ・レインボーでウェザーと同じく空に登った私に、彼が指図をする。
私は言われるままに、首を縦に振りながら雨粒を固定させました。
現在の座標は高さ10m前後。水平軸の位置は、ここから食屍鬼街の高台を目指すには十分な距離。
「すまないなブラックモア、恩に着る」
……白々しい。私が裏切りをしたくても出来ない状況を最大限に利用するつもりなんですかね。
これで本調子ではないとは、まったく呆れた話です。突風で大の男が宙に浮いているんですよ?
その気になれば、この地に蠢く愚者をハリケーンでまとめて始末できるものを。
――と、思いますよね。普通は。いや、個人的にはそうであってほしいのですが。
彼が最強のスタンド使いであるという私の見込み……素直に受け入れてよいものか。
だってそうでしょう。アラキ・ヒロヒコはなぜ彼を呼んだのでしょうか?
ウェザーが見境の無い殺人鬼ならば、もっと一方的な展開になってしまいます。
ここまで強大なスタンド使いを招いても“問題ない”と、あの男は判断している可能性が高い。
それは一重にアラキ・ヒロヒコの能力が圧倒的な存在である、という論拠も考えられますが。
もっともっと悪い方向へ思考を働かせてみると、背筋が凍りそうです。
ひょっとすると、いるのではないか、と。
ウェザー・リポートすら忸怩たる思いで応対しなければならぬほどの実力者。
こちらの想像を絶するようなスタンド能力が、息を潜めて笑っているのかもしれません。
それこそ神のような絶対的な者、生物学上の頂点に位置するような……。
ヴァニラ・アイスのような吸血鬼の存在が確認できた以上、もはやあらゆる妄想が捨てがたくなった。
私が生き残るためにも、手放すわけにはいきませんね。このウェザー・リポートという聖剣は。
★ ☆ ★
「オオオオオオオオ前たちはァァァァァ何者だァァァ! 返答次第ィィィィィではァァァァァ」
やかましい叫び声は威嚇のつもりだったのでしょうか。説得力はまるでありませんでした。
左腕が千切れ、右目が潰れ、右足に走る重傷。腹部と左半身にも怪我が見える。
これでどうやって戦えというのでしょう。見てるこっちのほうが痛みを覚えそうです。
「驚かせてすまない。俺たちはお前を襲うつもりはない。むしろ協力してほしいくらいだ」
目的は少々ずれていましたが、ウェザーの言うとおり、我々は最初からそのつもりでした。
街に向かったのは物資の供給のほかに、近隣に潜んでいる善良な者たちとの情報交換の狙いもあったからです。
まぁ、全ての人間にこちらから声をかけるつもりはありませんでしたがね。返り討ちされたらひとたまりも無い。
それはウェザーも重々承知の上のはずです。彼がこの男に接触したのは、現実的な主観で判断したからでしょう。
ボロボロになった体を引きずりながら歩く男は、まともに戦闘が出来ないことを印している。
しかしその一方、声を大きく張り上げる元気が残っている。あげく酷い出血もしていない。
その不死身さは彼が吸血鬼であるから、との予測も見受けられましたが、何のことはありませェん。
やれたれ吸血鬼の次はカラクリ細工人形(サイボーグ)ですか。実際にこの目で見るのは始めてです。
あくまで想像上の存在として私は認識していたのですが……事実は小説より奇なりですね。
ウェザーの態度から察すれば、この程度の技術力はいずれ常識となるのでしょうか?
頑なな態度を持つ男を懐柔するのは、少々骨が折れるだろうと当時は考えていましたよ。
「何ッ!?……ぐ、むむ。貴様がそれらの味方であったとしてェ、当人である証拠はない! 軍人は余計なことは喋らぬ」
「流石軍人だな。市民の味方だ……教えてくれてありがとう」
「……う、うろたえない! ドイツ軍人はうろたえないッ! そんなことで私をおちょくろうとは」
「ありがとう。あんたはそんなに悪いやつじゃなさそうだ。あんたのゲルマン魂に敬意を評そう」
「ドジこいたーっ このままではイかあぁーんッ! 」
思わず声を吹き出しそうになりましたが、相手の男は自ら身元を話してくれました。
終始一貫して毅然とした態度を取っていたことを考えれば、嘘をついているようには感じられませんでした。
悪い男ではない。無差別に相手を襲うわけでもなし。元よりこの怪我では我々とまともに戦うことすら難しい。
私とウェザーはどうにかして彼から詳しい話が聞けないか考えました。
だってそうでしょう? 彼は『助けてくれ』とは一言も唱えなかったのですから。
助けを求めれば見返りを求められることを知っているのです。流石軍人気質。
「お前は最初から大怪我をしたわけではないんだろう。誰にやられた。例の吸血鬼という奴にか? 」
ウェザーと私は協議の結果、彼に上記のように質問することにしました。
したたり落ちるオイルは戦闘からさほど時間が経っていないことを指しているのですから。
我々は『吸血鬼』という情報を相手に差し上げました。逆に見返りを押し付けたのです。
知らなければ向こうは何かしらの興味を示す。知っていれば共通の敵を持つもの同士で利益が得られる。
そのいずれかの希望的観測を併せて、彼の返答を待ちました。
「そんなレベルではない。吸血鬼なぞ話にならん」
ニカァと笑う男にちょっとばかり腹が立ちましたが、予想外の収穫に驚きました。
面と向かって疎通したわけではありませんが、この時はウェザーも少し動揺していたかもしれませんね。
上には上がいた? この男には吸血鬼が“しょぼい”と嘲笑する程度の者でしかなかったのか。
……会ってみたい。私自身の目で。幻のような奇跡があるというのなら、是非とも。
「吸血鬼を甘く見るな! 奴は不死身な上に凶悪なスタンド使いだぞ!? 」
私が思案している間に、ウェザーは更に大袈裟な反応を相手に見せていました。
あざとい。これはあざとい。ウェザーのしたたかさ。
それとなく情報の優位さを相手に与えることで、さらなる情報を引き出そうとしていたのです。
「貴様らが誰のことを話しているのかは知らんが、吸血鬼なぞ然したる問題ではないぞ。
フフフ……仕方が無い。貴様らも知っておけ。吸血鬼を赤子同然に蔑む存在――『柱の男』のことを」
そして引き出された情報は我々にとって簡潔であり、信じがたい事実でした。
吸血鬼よりも更に格上がこの世界にいる! そしてこの男はソイツと戦ったことがある。
その時ウェザーがどんな気持ちだったかは定かではありません。
しかし私も彼も背中が凍る思いをしていたと考えています。厄介ごとがまた増えたのだから。
「せめて奴らの背格好だけでも教えてくれないか!? 俺はウェザー。彼はブラックモア。
俺たちはとある吸血鬼を殺すために同盟を組んでいる。そのために全力を注ぐ算段をしていた。
だがこのままでは俺たちはダメだッ! 吸血鬼に全力を尽くしているようじゃ……俺たちに先はない」
とはいえ釣った魚をここで逃がすわけには行きません。
この男が出任せで答えていたとしても、みすみす無視するわけにはいかないのです。
アラキ・ヒロヒコのスケールを探る上では、他者の情報は必須事項。
『柱の男』という者が本当に存在しているのなら、アラキは彼らよりも格上である可能性が考えられます。
ウェザーも本音ではあまり情報の吐露はしたくないのでしょうが、今回は饒舌です。
それだけ彼は執念深い性格だったということでしょうかねェ? まぁ私も同じ行動を取っていたんでしょうが。
「……フフン! いいだろう。『柱の男』とは吸血鬼を食料として生きる古代生物のことだ。
人間を吸血鬼に変える技術を持ち、高い知能と不死身の体を持つ最強最悪の生物よ。
現在この世界で確認している柱の男は2名! 出会ったら念仏でも唱えておけ~~ッ!
これ以上話すつもりはない。さっさとここを立ち去るのが懸命だぞ? 死にたくなければ、な」
ウェザーの顔が少し笑って見えたような気がしましたが、あえて無視しました。
いや、私も確かに笑っていたんでしょうがね。声は心の中に留めておきましたよ。しっかりと。
急に背筋を伸ばし、勢いよく手足をすらーっと動かしたと思うと、ビシっとポーズを取ったのです。
正直どうコメントしたらいいのか迷いましたが、彼は得意げだったので我慢しました。
プライベートでは意外と憎めない人物なのかもしれませんね。退屈せずにすみそうです。
……それにしても、2名ですか。神は昔から唯一の絶対だったのでは? 話が胡散臭くなってきました。
「黒いターバンを顔に撒いた長髪の男『
カーズ』と、奇妙な帽子を被る『
エシディシ』だ」
「やつらを倒す方法はっ!? 」
「あまり調子に乗るなよメリケン。それがわかれば苦労はせん。
我々も必死だったのだ。尊い犠牲の上に命からがら逃げてきた。
このシュトロハイム、今は柱の男討伐に命をかけている。用が済んだのならばお引取りを願おう」
シュトロハイムと名乗る男は敬礼をとると、踵を返し街に溶け込んでいきました。
最後まで私たちを頼ろうとしない態度は、舐められたくないという驕りでしょうか。
それとも……我々をメッセンジャーとして使い走りに行って欲しかったのでしょうか。
ブシドー・スピリッツというヤツでしょうか? まぁ私には関係の無い話です。
彼が我々に背を向けて去った以上、彼はある程度、己の死期を悟っているのでしょう。
ここで我々が彼を襲ったとしても、柱の男の情報は受け継がれます。
★ ☆ ★
「シュトロハイムの言葉……真偽はどうであれ興味深い」
その後ウェザーはディバッグから名簿を取り出しながら、私にペンで催促しました。
名簿に記されたシュトロハイム、エシディシ、カーズの名前は非常に近い場所で配列されているのです。
あのヴァニラ・アイスを手玉に取れるものが2人もいるのは正直受け入れがたいのですがね。
柱の男がどんな相手であろうと、シュトロハイムは彼らに敵意を持っているのは確かでしょう。
「そして彼には仲間がいる。『“我々は”命からがら逃げるのに……』と言ったのは、そういうことだ」
知ってます。彼の目は軍人の目というよりは兵隊の目でした。
目標は常に真っ直ぐ。後ろを振り返らない尖兵というべきでしょうか。
彼は生きて帰ることを視野に入れていない。見上げたものですが、少々ひっかかりますね。
ウェザーはあえて語りませんでしたが、彼の仲間とシュトロハイムは既に接触していたのかも。
ウェザーが挙げた名前に対する反応と、『尊い犠牲』という言葉。
やはり柱の男はそれほどまでに強大な存在なのでしょうか。
「そろそろ駅に戻ろう。突風による移動は時間を大幅に短縮してくれるが、ここから駅は大分距離がある」
とはいえ実際の本音はわかりません。これ以上の推察は褒められたものではない。
いくつかの謎を抱えたまま、私とウェザーは風と雨に身を任せました。
ウェザーはスタンドで突風を起こし、己の身を空高く揚げて飛びました。
私も負けじと雨粒を加速装置にしながら、風に吹かれたウェザーリポートの後に続きました。
食屍鬼街の邂逅は一瞬でしたが、時刻はすでに午前10ごろをまわっていたと記憶しております。
高く高く舞い上がる我々は、あらゆる下の様子が一望できます。
もっとも、その時は周囲にどなたも見当たらず、退屈な時間でしたがね。
「ブラックモア」
しかし、今ならわかります。この時、陸空含めてそばにいたのが我々だけで本当に良かったと。
そして、シュトロハイムに出会ったことは、最初から予定されし運命のひとつだったのだと。
「あの男、まさか」
本来の天候は快晴だったのですが、我々の周囲は雨空でした。
ウェザーのスタンド、ウェザー・リポートが一部地域に雨を降らせていたのですから。
しかし、我々が発見したそれは黄金のように輝いていました。
地表近くで大きな煌きとともに佇む男が一人。格好はほぼ全裸でしたが、頭には黒いターバン。
彼が放つ光はまるで太陽を感じさせましたが、私とウェザーの心に広がったのはどんよりとした雨でした。
「「柱の男……」」
それは我々2人のれっきとした本音でした。柱の男『カーズ』の参上。
もし何も知らずにうっかり近づいてしまっていたら、我々はどうなっていたことか。
仮に『何もなかった』としても、私達は彼には近づけません。
散々な悪評を聞いておいそれと近づく話がありますか? 私個人の感情としては怖いもの見たさもありますが。
しかしカーズはシュトロハイムのように目立った負傷をしている気配もないのです。
左腕を失ってはいますが、出血している様子はありません。
あそこまでズッパリと腕を失えば、この寒い雨の中、悠々と闊歩することなど出来ないのです!
やはり柱の男は吸血鬼かそれ相応の生物である事は間違いないようです。
だとすれば、何なのでしょうか。私の敬愛する想像――アダムを彷彿とさせる格好。
「――貴様ら、このカーズの話を聞いてはもらえぬか」
しかしカーズは更に我々の予想に反し、更なる脅威をのし掛けてきました。
ありのまま起こった事を話すなら、『カーズはいつの間にか私たちと同じ高さに移動していた』。
そして、シュトロハイムが待機していたのとは別の高台に難なく着地したのです。
あの時の……まるで手品師が物体を消すかのように飛んだヤツの動きは忘れられません。
ウェザーは気づいていなかったかもしれませんが、私の固定した雨粒を通過していたんですよ? 全く意に介していなかった。
「どうした? このカーズが貴様らの前に姿を現したのがそんなに可笑しいか? 私の格好に違和感を覚えたか?
フン、やはり人間だな……貴様らは我らがいかに完璧な存在であるかをわかっていない」
ウェザーのスタンドも、私のキャッチ・ザ・レインボーの雨の弾幕も反応に一瞬遅れが生じました。
しょうがありません。向こうの言葉を借りれば、所詮私達は人間に過ぎないのです。
この邂逅が私たちにどれほどの実害を及ぼすか……そんなことは、もう、どうだって、いい。
問題は我々がどう動いたかではなく、我々はどうしたかったのか、ですよ。
この邂逅、実は私たちの知らないところで後々、大きなしこりを残すことになるのです。
とはいえそれは今、話したところでどうにもなりませんがね。
閑話休題。それはまた本筋に話を戻しましょう。
我々がいかにして柱の男へ接したのかを……。
★ ☆ ★
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最終更新:2009年09月22日 21:56