勢いを増してきた雨粒を顔に受けながら僕はそこにいた。風もうねりどうやら今夜の天気は荒れる様子だ。道路に寝転んでいるせいだろうか、アスファルトから温かいものがジンワリと服に広がっていくのがわかった。
(つくづくぼくは雨と縁があるのかもしれないね……。こんな雨の下にいるとろくなことが起きない気がしたんだよ…)
ぼんやりとしていたらふと脳裏にあの日の光景が移った。
急ブレーキ、眼鏡、血まみれたフロントガラス。
(そう言えばあの日も雨だったなぁ……、徐倫を裏切ってしまった日…。忘れもしない、あの事故の日……。)


◇  ◆  ◇


ポツリポツリと屋根を叩く雨音。風が吹き、雨とともに周りの緑を揺らしている。
J-3の閑静な住宅街の上空は雨雲に覆われ、音一つない世界に雨音というひとつの単調なメロディを刻んでいた。

そこに一人の青年がいた。
彼は「一般的」に言ったら「奇妙」で「稀」な体験を何回もしている男だろう。

ガールフレンドを乗せ、運転中に人をひき殺す。
弁護士に手を回し、自分には罪がかからないようとりはかる。
そのガールフレンドが脱獄してくる。

間違いなく彼は特殊な経験をしたと言えるだろう。だからだろうか、彼は驚くほどこの異常な状況に適応した。近くの民家に飛び込むように入り、バタンと扉を閉めると彼は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
青年の名前はロメオ。姓については必要ないだろう、ここには記さない。ロメオは混乱しながらも今の状況を把握しようと、頭をフル回転させていた。
(いったい何が起こったんだ?!…頭の中が混乱してる…「自動車事故」…「弁護士」…「法外な弁護料」…「事故死」…「徐倫」……「脱獄囚」…「脱獄した徐倫」!「荒木飛呂彦」…「殺し合い」…「女性の悲鳴」!)
目を回しそうなほどに、今まで人生の中で一番速く、パチパチと火花が出そうなほど高速回転した彼の脳が出した結論は“とにかく今この現実を受け入れるしかない”というシンプルな思考だった。
「と、とりあえず武器だ。武器武器武器…」
玄関であるにも関らず、かれはガサゴゾと自分の荷物であるデイバッグをあさり始めた。
なかにあったものは「食料」「飲料水」「懐中電灯」「地図」「鉛筆と紙」「方位磁石」「時計」「名簿」「一枚の紙切れ」。


武器を期待していた彼は絶望した。何の力も持たない自分が丸腰で88人ものサバイバルゲームで勝ちぬけるだろうか?いや、できない。しかし落胆しながらもなにか貴重な情報が書いてあるかもしれないと思い直したロメオはとりあえず紙を手にとってみた。
しげしげとそれを眺め中に書かれてあるであろう文字見ようと紙を広げた瞬間、

銃が出てきた。

「ッ!?」
この超非科学的事実を目の当たりにしたロメオは思わず出てきた銃を放り投げてしまった。その拍子にデイバッグからはらりと一枚の紙が落ちた。
とりあえず銃を拾った彼はしげしげとその銃を眺めた。見た目はただの銃、少し型が古いがごく普通の銃だ。これが紙に入るなどとても思えない。だが、
(殺し合いが起きるんだから、いまさら銃がなんだ!紙から銃ぐらいでてくるよ!)
…強引ながらも納得した。
そしてデイバッグから落ちたもう一枚の紙を、なんだろう、と思った彼にその紙はたったひとつのシンプルな事実を突きつけた。
その紙は参加者名簿。
参加者名簿のなかの一人の名前、空条徐倫。

彼のなかでカチリと歯車の音が響いた。
例えるなら運命の歯車、かれは確かに今ひとつの決断の元に立たされていた。
なにも急かすものはいない、雨音と時計の秒針が彼を待っていた。
刻々と進む秒針、降り続ける雨。

カチリ


◇  ◆  ◇


バン、という音とともに大慌てで、まるで終電を逃したらもう家に帰れなくなるサラリーマンのように、急いで一人の男が家から飛び出してきた。
彼は地図を片手にキョロキョロと周りを見渡し今の現在地を確認していた。
ロメオはひとつの決心をしていたのだ。
“徐倫に会う、会って自分の過去を清算する”。たとえ彼女が自分を許してくれなくたってかまわない。いまさら自分の罪は償えないことぐらいわかっているのだ。


しかしそれでも彼はこの道を選んだ。
何故か?やはりそれは…

荒れる呼吸を整えたロメオにふいに声がかけられたのはその時だった。
「スィませェん、傘をお持ちでしょか?」
この場に似使わないほどの間の抜けた声とその内容に振り返ってみると、なんとも奇妙な男がいた。
レインコートのような黒いマントを着込み、髪の毛が一束まとめられて、これまた不気味な仮面のうえからはみ出ている。
ロメオがとっさに思ったことは“目の前のこいつはなにものだ?”ということより“いつの間に自分の背後に回ったのだろう”ということだ。答えが見つからない疑問を抱きながらもただひとうわかったことがあった。
“こいつはヤバイ奴”ということだけはロメオにもわかったのだ。
震える手で先ほど荷物を確認したときに紙から出てきてデイバッグにしまった銃を掴み、ジリジリと後ろに下がっていく。

「聞こえなったんですか?スィませェんが、傘をお持ちでしょか?」
「あ、あんたは誰なんだ?」
「あぁ、スィませェん…。私の名はブラックモア、第23代アメリカ大統領ファニー・ヴァレンタインの下で働くものです。詳しくはいえませんが、“何でも屋”ってことで重宝していただいてもらってます。
特に1890年に始まったSBRレースではいくつかの任務を行いました。もっとも、最後のものは失敗に終わりましたが…。」

(1890年…?第23代アメリカ大統領ファニー・ヴァレンタイン?いかれてるのか、この状況で…?)
彼の中で警戒が最高潮に達した。どうやらこいつは姿や気配だけでなく、頭までいかれているようだ。
「す、すみません…。傘は持ってません。急ぐことがあるので僕はこれで失礼させて…」
いろんな意味で危険人物だとわかった今、こいつと話している必要も無いし余計な時間を過ごす暇も無い。
適当に話を切り上げて地図の中央部に向かおうと背を向けた瞬間、


口が自分の手首に噛み付いていた。


◇  ◆  ◇


そう、確かに自分は死んだはずだ。ルーシー・スティール、ジャイロ・ツェペリ、ジョニィ・ジョースター。三人を追い詰めてこの身体が朽ちる前に、大統領に遺体を運ぶはずだった。
だが…だが、やつらに倒されてしまった。無様にも、誰一人始末することもかなわず、裏切り者の情報ひとつ残すことなく。


(だからこのゲーム、仮にここが死後の世界であろうと、どこであろうと今度こそ“遺体”を我が物にするッ!
そして世界の中心となる国の大統領、彼に捧げるのだッ!この身体、全身全霊を尽くしてッ!)

ブラックモアはこの決意の元、市街地を歩き回っていた。そして見つけたのが慌てて扉から飛び出てくるロメオだったというわけだ。
(情報は必要だ…。味方も大切だ…。このゲームをひとりで勝ち抜くことは難しいなど一目でわかる。そう思ってこの男に話しかけたのだが、とんだ期待はずれだ…。)
口は堅いし、スタンドを出して身を守るそぶりも見せない。それどころかデイバッグの中に手をつっ込んでいるところを見ると武器を頼らないと生きていけないほどなのだろう。
利用価値がないと判断したブラックモアは自らのスタンド『キャッチ・ザ・レインボー』を発動、ロメオをしとめることにした。

「うわあああああああああああああああああああああ!!」
だがロメオも簡単には死ぬわけにはいかない。もう片方の手に掴んでいた銃をブラックモアにところかまわず撃ってくる。下手な鉄砲、数撃てば当たるの理論だ。
が、ブラックモアが反撃を予想してないはずもなく、自分の周りの雨粒を固定、ロメオの放った銃弾はブラックモアの左腕を掠めるだけにとどまってしまった。それどころか反射した銃弾はかれの左腹部を打ち抜いた。

玉切れとなった銃をいまだ打ち続けるロメオにブラックモアは一歩一歩近づいていく。ロメオは自分の傷跡を押さえ陸に打ち上げられた鯉かのようにパクパクと口を動かし、その場に倒れこんだ。
ピタリと腕を伸ばせば手が届く位置まで近づき、地面に這い蹲る虫でも見るかのようにブラックモアはロメオを見つめグイッと顔を近づける。
「ここで貴方を殺すのは簡単ですが、チャンスをあげましょう。ひとつ…ごくつまらない質問に答えてください…。この中にあなたの知っている名前はありますか?そいつは“スタンド使い”ですか?」
ロメオの手から銃をもぎ取り、スタンドで「雨粒」を中に込めながらブラックモアは尋ねる。
二人をの間にしばしの静寂が流れる。
風が吹いた。


「…誰が…お前なんかに…」 ガァァアンッ!
銃撃、右肩に咲く赤い花。
「スィません…まだ今少し命だけは完全にとらないでおいてあげました。あなたに“二秒”あげましょう。」
横たわる彼に当たる雨粒。横殴りになりつつなる雨。傷跡から流れ出る血が彼の身体を赤に染めていく。
「……………」
「質問はすごく簡単でたったのひとつだけです。“誰か知り合いはいないですか?”」
口の中に広がる鉄の味。ゴボッと言う咳とともに吐き出される血。刻々と彼の身体から命が、魂が離れていく。
「しゃべりましょうよ…しゃべれば助かりますよ…話してください…」
揺れる思い。しかし脳裏に映る過去の痛み。
(自動車事故のとき、自分はなにを恐れたんだ?徐倫の有罪が決まったとき、自分はなんで罪悪感に陥ったんだ?)
目の前の男が持つ拳銃。引き金ひとつで、たった親指ひとつ曲げるだけで自分は死ぬ。
(徐倫の名前を見つけたとき、自分はなにをしようとしたんだ?今、僕はどうすればいいんだ?…まだ僕は……徐倫のことを“愛している”のかッ?!)


つむぎだされる言葉。それが彼の答えだった。
「このゲームで勝ち残るなんて期待してなかったさ。僕は臆病者だからね。守りたかっただけなんだ………。今度こそ徐倫を…………。」

ダンッ!



◇   ◆   ◇



一人の男がいた。
一人の女のため、自分の過去を、後悔を繰り返さないために生きた男が。
一人の男がいた。
一人の男のため、自分の全身全霊を賭けて、そしてこれからも賭ける男が。

男は歩みを止めない。デイバッグをふたつ抱え、雨のなかを男は傘もささずに歩み去って行った…………。




【J-3 住宅街北部/1日目 深夜】
【ブラックモア】
[時間軸]:ジャイロの鉄球が当たって吹っ飛んだ瞬間
[状態]:左腕にかすり傷
[装備]: 一八七四年製コルト
[道具]:支給品一式×2(デイバッグ二つ)予備弾薬(12/18)不明支給品1~3(本人は確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する。
1.なんとしてでも優勝する。そのためには情報と味方が必要。
2.遺体を捜す。
3.名簿にある“ツェペリ”“ジョースター”“ヴァレンタイン”の名前に注目。
4.傘が欲しい…。

※名簿はチェック済みです。一通り目を通しました。“ツェペリ”“ジョースター”“ヴァレンタイン”の名前に警戒と疑問を抱いてます。
※ロメオの支給品は一八七四年製コルトと予備弾薬でした。他にはありません。
※ブラックモアがほかの七部の参加者をどのぐらい知っているかは不明です。
※ブラックモアがどこに向かっているかは次の書き手さんにお任せします。
※このゲームで勝ち抜くには味方と情報が必要と思ってます。



◇  ◆  ◇



風に乗って音が聞こえたと思ったら…なるほどな……。ここで戦闘があったってわけか。
相手はスタンド使いか?しかし傷は三ヶ所、それも全て銃弾。左脇腹、右肩、頭蓋骨……。争った様子は見られないな…。服がほとんど乱れてない。先手必勝で狙撃されたのか?
とにかくこいつを殺したヤツがここらをまだうろついてるわけだ……。
「君がどういう人物だったかは知らない…。しかし…」チラリと目を右手に向ける。犯人の衣服だろうか?黒い糸を数本掴んでいる。
「君の執念は確かに伝わった…。」
悔しげにあけられていた瞳をゆっくりと閉じてやる。深く握り締められていた右手をこじ開けて糸を預かる。そうしてやると男が微笑んだ気がした。
必ず君を殺したやつを見つけよう…。たとえそれがどんなやつであろうと見つけて、そして敵をとってやるよ…。
「墓は作ってやらないぞ…。そいつが逃げ切ってしまうからな…。」
ウェザー・リポートは歩き出した。その背中にひとつの約束を背負って…。

君のために涙を流そう。例え君を思う人が気づかなかろうが。人が泣くには君を知らなすぎようが。
かわりに天は泣くだろう。この雨の下、逝ってしまった君を想って……。





【J-3 住宅街中央部/1日目 深夜】
【ウェザー・リポート】
[時間軸]: 12巻、脱獄直後
[状態]:健康
[装備]: なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3(本人は確認済み) 黒い糸数本
[思考・状況]
基本行動方針: とりあえず殺し合いには乗らない。
1.とりあえずこの男を殺したやつを探す。相手次第で始末する。
2.仲間と合流する。
3. 襲ってきた相手には容赦なく反撃する。
4.エンリコ・プッチ、ラング・ラングラーの二名に警戒
5.ラング・ラングラーは再起不能のはずだが…?

※名簿はチェック済みです。一通り目を通しました。
※黒い糸はブラックモアの服からちぎりとったものです。
※この雨が偶然なのか、ウェザー・リポートの能力かどうかは不明です。
※J-3の住宅街中央部にロメオの死体が放置されています。
※ウェザー・リポートがどこに向かっているかは次の書き手さんにお任せします。



【ロメオ死亡】
【残り86人】

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ウェザー・リポート 64:僕らの肩に降りそそぐ
ロメオ
ブラックモア 64:僕らの肩に降りそそぐ

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最終更新:2008年08月19日 19:22