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どうすりゃいいんだろうか……俺は頭を抱えて悩んでいる。
南へ向かう、そしてそこで参加者を殺してまわるなんてことを宣言されちゃ放っておけるわけがねぇ……俺は誓ったはずだ。
承太郎に、イギーに、アヴドゥルに、トニオさんに。
自分のやらなきゃなんねぇことは誰かを守ることだ。戦えねェ人たちに代わって俺が剣になってどす黒い悪を叩っきる、それが俺の役目のはずだ。

「けど……駄目だ。今の俺じゃ…………駄目なんだ」

承太郎にはDIOと戦うだけの力があった。守りたいものを守れる、それだけの力があった。
それでもDIOとの戦いのなかで、アヴドゥルが、イギーが、花京院が死んだ。
そして承太郎もこの舞台の中で死んだ。
守りたいものがあるなら力が必要だ。それ相応の力がなけりゃただの負け犬の遠吠え、ないものねだりで守れるはずのものさえ取りこぼしちまう。

「…………速さが足りない。今の俺には速さが圧倒的に足りない……そこんとこだぜ、問題はよォ」

俺が今から南に向かったとしても『アイツ』には追い付けやしない。なんせバイクもびっくりのスピードで屋根から屋根へ飛び回るような野郎だ、とてもじゃないが俺にはどうしようもない。
現実的に考えて今更俺が追っかけても追いつけるわけがねェし、それどころか『南で参加者を殺してまわる』なんてアイツの言葉が嘘だとしたらどうする?
気まぐれに北に東に動き回って入れ違いにでもなったら目も当てられねェ。

わかってるんだ、今の俺にはどうしようもないってことがなァ。そんな大層なこと考えずに、素直に自分の仲間を探せばいい。自分のできる範囲で、精一杯やればいい。
そう、思ってる……。だけど……だけどよォ、それでもッ!

「アイツを放っておけるわけがねぇんだ……俺はもう、これ以上誰かを殺したくねェんだよ!」

だから今の俺には速さが必要だ。
アイツが誰かを襲う前に、アイツを止めることができる速さが。

「シルバー・チャリオッツ……! コイツの剣先で振動を探知する。一つはさっきの野郎のもの……そしてもうひとつ、近くにある振動。コイツは間違いなくバイクの走行音ッ! 」

立ち止まっている時間が惜しい、やるべきことがわかったなら動き出せ。今の俺には悩んでる時間なんてないぜ。
バイクは北上中、行く先はDIOの館だろう。
もしもDIOの手下なら敵も倒せバイクも手に入り一石二鳥、仲間なら戦力も増えバイクも手に入り一石二鳥。こんな好都合なことはないぜ。

「……行くか」

俺のやっていることが間違っているかどうかなんぞわかりやしない。
今すぐ走って行ったらアイツに追い付けたのかもしれねぇ。バイクを手にいれたから助けることができるようになるのかもしれねぇ。
だけどもし、この俺の選択で死んじまったやつがいたとしたら……

「…………許してくれ」

奥歯を噛みしめ俺はDIOの館にひた走る。噛みしめた口から弱音が漏れそうになるのを必死でこらえ足の回転を速めた。






「それにしても誰もいないな……誰か僕と戦ってくれる人はいないのかな?」

普段は静かなる男、並外れた勇気をもち、どんな困難にも立ち向かう男、ジョナサン・ジョースター。今の彼にその面影はない。
英国紳士として常に身だしなみに気をはらっていた彼の顔は血まみれ、頭からはジュースを被り、戦闘の際についた砂が所々固まり泥となって服にくっついている。
夢を語り愛する人を見つめた瞳には輝くような生命の煌めきはなく、サバイバーにより作り出されたかりそめの狂気が今のジョナサンを駆り立てる。瞳に力を宿すことなく、何かに追いたてられるような責任感と高揚感にジョナサンは動いていた。
波紋の呼吸を続け、強者を求めジョナサンはあてもなく歩いていく。住宅街を抜け開けた土手まで出るとジョナサンは目に映った湖の方向へ足を進める。太陽はもはや沈みかけ、紅に染まった光が湖に反射しきらきらとした幻想的な光景を映し出す。
ジョナサンはそんな光景を眺めつつも立ち止まることなくどんどん歩いていく。彼にとって今大切なのは自分の中の闘争心をぶつけることができる強者だったのだから。

「おや?」

ちょうど視界の先に大きな館の影が見え始めた時、ジョナサンの歩みが初めて緩んだ。
湖沿いの道を向こうからやってくる男が一人。左手に小振りなナイフを持ち、ジョナサンに気づいていないのか、散歩でもするかのように無警戒に歩いている。どこか歩みがぎこちないのは右腕の怪我が原因だろうか。内蔵や体全体にも傷を負っているようで、その動きはにぶい。
ジョナサンは右の拳と左の拳を体の前でぶつけ合わせると気合いを入れる。次いでパチンと両の掌で頬を叩くと、よし、と一人呟く。ようやく相手が見つかったのだ、これを逃す理由はない。

「僕の強さを証明してやる! 刻むぞ、波紋の呼吸!」

相手までの距離を一気に詰める。マシンガンは使わない。狙撃するのは確かに簡単だろう、だがそんな一方的な戦いでは自分の強さを証明することにはならない。
乗り越えるべきは相手、倒す手段は己の拳。強さとは公平さだ。ジョナサンは正々堂々、真っ正面からのぶつかり合いを選んだ。
みるみる内に距離は縮まる。湖の脇のちょっとした小道で、整備はされているものの周りには雑草が広がる河川敷。当然二人を遮るようなものもなければ逃げ道もない、ジョナサンからしたら願ってもない場所だった。

「ウオオオオオ―――――ッ!」

獣のように叫び声をあげ、地響きをたてながら突進していくジョナサン。男、リンゴォ・ロードアゲインはジョナサンの存在を認識するもまったく動じず、自然体のままこれを迎え撃つ。
ナイフを体の横にぶらさげ、脱力したままじっとジョナサンを見つめるのみ。その目に何を写すか、リンゴォ・ロードアゲイン。

「波紋疾走!」

ジョナサンの波紋を込めた一撃がリンゴォに襲い掛かる。右の拳にのせたオーバードライブ。ギリギリまで引き付けるとリンゴオは半身になり首を傾けこれをかわす。ジョナサンはカウンターを警戒してか、そのまま追撃をすることなく脇を駆け抜ける。
一度距離を取るとすぐさま反転、再びリンゴォに向き直り、今度は右足を振りかぶる。頭を狙った一撃にしゃがみかわすリンゴォ。続けて繰り出されたジョナサンの足払いも軽くその場で跳ね、避ける。続けざまの拳の攻撃にも動じず華麗な足さばきで避ける、避ける、避ける。
右へ左へのフットワークでジョナサンの長いリーチを巧みにいなしている。
暴風のように襲いかかってくる拳を前にしてもリンゴォはまるで動じない。そよ風を浴びるような涼しい顔でいまだその顔には焦りすら生まれない。ジョナサンは少しばかり残念に思いながらも心中驚きを抱く。

―――この人は強い!なんとかして勝ち、自分の強さを証明したい!

やる気と喜びがムクムクとジョナサンの中で沸き起こる。左の拳をリンゴォが同じ左腕で弾き飛ばしたのを合図にまた一度距離をとる。
見つめ会う形になる二人。ジョナサンの口からコォオオオオ、という長い息が吐き出される。もっと波紋を、強い波紋をッ!
再び襲い掛かる。さっきより強い波紋をのせた拳は確実にリンゴォの動きを封じるだろう。そこを…叩くッ!
 ボディに向けた一発目。上半身を後ろに仰け反らせリンゴォはかわす。振り切った右腕をすぐに腰まで引き戻し同じ一撃を左でかます。腰を狙った一撃にリンゴォはジョナサンに側面を向ける形で避ける。そしてここにきて初めて握ったナイフを振りかぶる。
敵を貫かんばかりの鋭い突き。ジョナサンの反応速度をもってしても前髪が舞い、皮膚を浅く傷つけられた。額からタラリと一滴、血が流れる。背中を伝ういやな汗。ジョナサンはその鋭さにはっきりと死をイメージした。

だがそれでもナイフを持った左腕に自らの腕を絡ませ一本背負いのようにリンゴォを投げ飛ばすジョナサン。丸太のような両腕でガッチリ掴み腰にのせた重心を一気に前へ捻り、そのままリンゴォをモノのように放り投げる。
が、骨折したはずの右腕でリンゴォはジョナサンの首にぶら下がる。投げ飛ばされるはずの体を折れた右腕で支え、密着したまま足だけは地面につける。半分ブリッジのような窮屈な体制でジョナサンに放り投げられることを阻止した。
左腕に構えたナイフがキラリと輝く。リンゴォの体重を支える右腕がミシリと音をたて、限界を知らせる。それをリンゴォは気力で押さえ込んだ。
両腕を離す暇もなく、ジョナサンは頭突きをかまそうとリンゴォの額に頭を降り下ろす。ナイフが煌めき首の皮を裂き、赤い液体が噴水のようにジョナサンの首より噴き出す。同時に額がぶつかり合う鈍い音。
二人はそのまま地面を転がり取っ組み合う。芝生の匂いが立ちこめ、爽やかな風が通り過ぎていく。視界の端では相変わらずキラキラ輝く湖が見えた。

ジョナサンは波紋の一撃でリンゴォにとどめをさすつもりだった。 しかしこのもみくちゃな状態でナイフを振り回されたら堪らない。
なにより首の負傷は無視できるものではなく、取っ組み合う中でバッと飛び上がるとリンゴォから離れ片手で傷口を押さえる。赤いヌメヌメした液体が指の間より垂れ流れてくるのを見て顔をしかめた。

ジョナサンの目にははっきりとリンゴォの身体、そして傷が見える。そしてそれ以上にスタンド、サバイバーの能力によってリンゴォの身体のあちこちがどす黒くなり輝きを失っていることにジョナサンは気づいた。
特に右腕の損傷はひどいもので、どうみても使い物にはなりそうになかった。
向かい合うリンゴォに向けジョナサンはファイティングポーズを取り、波紋の呼吸を整える。意識はリンゴォに向けつつも波紋の呼吸で必要最低限の止血を試みる。
次の一撃で決まる、そうジョナサンは感じ取っていた。集中力を高め、目を軽く瞑る。

体に流れる血液、血液が運ぶ酸素、酸素を送る肺、肺を構成する体細胞。つまりは肉体ッ!
全身を駆け巡るエネルギーを一点集中ッ!
力強い呼吸音が河川敷に響く。太陽のように輝く波紋の光がほの暗くなった湖に反射した。
サアアと風が通り足元の草を揺らし、湖に波風を立て二人の前髪を揺らす。葉と葉がふれ合い囁き声のような音が辺りに広がった。


「……君は俺に勝てない」


どちらが動き出すのか、緊張が極限まで高まった瞬間リンゴォははっきりと言った。小さい呟き声だったが、ジョナサンへと確かに向けられたものだった。
緊張の糸を切られたのか、ジョナサンは一瞬呆けた顔をし、そして訝しげな表情でリンゴォを見つめる。脱力したままリンゴォは声を少しだけ張り上げ、つけ加える。

「理由を言ってやろうか……? 君が戦う理由、それは偽りの理由だ。望んで戦うわけでなく、『覚悟』して戦うわけでもない。君は一時の感傷に突き動かされているにすぎない……だから俺には勝てない。すぐに立ち去ったほうがいい」

瞬間、ジョナサンは背中に電撃を流し込まれた感覚に襲われる。言葉一つ一つがジョナサンの鼓膜を震わせ、一つ一つが釘となり打ち込まれたかのように頭にガンガン響く。
僕の戦う理由が…『一時の感情』だって?
ぎゅっと拳を握りしめると爪が自分の手のひらに食い込む。痛みを感じてもやめることなく、じんわりと汗が広がるのをジョナサンは感じた。
彼に僕の何がわかるって言うんだ? 僕が何のために戦うかもわからないくせに……僕がなぜこんなにも苦しんでいるかも知らないくせに。
八つ当たりのような怒りがジョナサンの中で沸き上がる。全身を駆け巡っていた血液の温度が数度上がったように思えるほど、相手の無神経さと無理解さにジョナサンは怒りの感情を抱いた。

「ウアアアアア!」

さっきとは違う雄叫びをあげジョナサンは猪のようにリンゴォへと突っ込んで行く。堰をきったように様々な感情がジョナサンを突き動かし爆発的な速さを生む。
決して許さない! 僕に対する決めつけ、断定などどうでもいい! だが死んでいった父さん、エリナ、ツェペリさんやスピードワゴン! 全ての人たちの命を踏みにじるその言葉が許せないッ!
荒れた呼吸は気持ちの表れ、激情を込めた一撃はあっさりとリンゴォの折れたはずの右腕にいなされる。リンゴォは顔を激痛に歪めながらも決して体勢を崩しはせずに、そのままジョナサンの懐に入り込む。
苦悶の表情を浮かべながらも足をしっかりとふんばったまま、手にしていたナイフを投げ捨てる。そのまま左手を持ち上げ最短距離で振りかぶり、ジョナサンの顔へと叩きつける。
乾いた破裂音、リンゴォの左拳は正確無比にジョナサンの頬をとらえた。
ラグビー選手並みのスピード、巨体とも言える身体の全体重、プロボクサー顔負けのリンゴォの鋭いパンチ。
三つを重ねた一撃に身長195センチのジョナサンは高々と空を舞う。まるで映画のロープアクションのようにゆっくりとジョナサンの体は弧を描き、そして―――

湖の畔に大きな水飛沫があがった。夕日を浴びキラキラと輝く水滴はリンゴォの目から見ても美しいものだった。
今まで無表情だった男は無理をした右腕を左手で撫で付け顔をしかめる。だが表情に痛み以上の怒りを浮かべるとジョナサンに向けて口を開いた。

「そんな意志でこの俺を殺せるとでも思ったのか! 恥を知れ……生半可な心で戦いの場に足を踏み入れるな!」

侮蔑の意味を込めた視線を向けリンゴォは叫ぶ。湖につかりずぶ濡れのジョナサンは前髪から伝う水滴を払うこともせず野良犬のようにうつむき殴られた頬を擦るのみ。その表情はうかがい知れない。

「この戦いは決闘でもなんでもない。お前一人が始め、お前一人が終わらせたお遊戯だ」

殴り飛ばされた際に吹き飛んだジョナサンのデイバッグにリンゴォは近づき拾い上げる。
それを見たジョナサンは何かを言おうと口を開きかけたが、水を飲み込んでしまったのか、その場で激しく咳き込む。苦しそうな表情のままそれでもジョナサンは右手を弱々しく伸ばしてその行為を止めようとした。

「お前なんかを殺しはしない。二度と俺の前に立つな」

リンゴォはなにも盗らずにジョナサンに向かって乱暴にデイバッグを投げる。湖の脇にボトリと音を立てデイバッグが落ちたのをリンゴォは確認すると、ナイフを拾い上げ背中を向けて歩き去って行った。
暫くの間ジョナサンは呆けたように座っていた。だがだんだんと遠ざかっていく背中と聞こえなくなった足音に、這うような格好でデイバッグに近づいていく。のろのろとデイバッグの中のマシンガンを取り出すと座り込んだまま震える手でリンゴォの背中に狙いを定めた。
そして引き金をひく。
タタタ……と乾いた音と手に細かい振動を感じる。ジョナサンは照準がぶれることないよう、しっかりと手の中のモノを握りしめた。
リンゴォは足を撃たれその場でもんどりうつ。狙いを頭や心臓に変えようとジョナサンは立ち上がる。その間も発射され続けた弾丸はリンゴォに当たり、まるでダンスを踊るようにリンゴォの体は跳ね回る。
そして至近距離で放った一発がリンゴォの額を打ち抜かんとしたとき、ジョナサンは確かに見た。折れた右腕を無理やり動かし、左手首に手を伸ばすリンゴォの姿を―――――。


……ドゴォォオオ―――――――ン………………


気がつくとジョナサンはデイバッグに向かい這っている途中だった。歩き去っていたリンゴォがゆっくりと向き直ると、視線をジョナサンへと向けた。
何か言おうと半分口を開いたが、そのまま口を閉じるとリンゴォは黙って首を降った。最後にとびっきりの憐れみを込めた視線をジョナサンに向けるとそれっきり振り向くことなく、歩き去って行った。
ジョナサンは一度だけマシンガンをその背中に向けるも、やがて銃口を下げるとその場でうなだれたまま動かなくなった。
リンゴォが消え、姿が見えなくなっても、暫くの間ジョナサンは動くことができなかった。






惨めで……苦しくって……寒くて……。全身ずぶ濡れのままトボトボ歩いている今の僕はまるでドブネズミみたいだ。
路地を駆け抜けていく風に身を縮ませながら僕は歩く。体が濡れているせいか、沈み始めた太陽が恨めしく思える。もう夜になるっていうのにこのままでは風邪でもひいてしまう。それだけは避けなければいけない。この体はもはや僕一人のものではないのだから。

「本当にそうなのだろうか……?」

独り言のような僕の呟きに誰も答えてはくれない。いや、誰が何と答えたところで今の僕には何だって疑わしく思えてしまう。
さっきの男の言葉が頭の中でガンガン響き、繰り返し思い出される。酷い頭痛のように執拗に……もしかしたら既に風邪を拗らせてしまったのかもしれない。
ふらりふらりと僕の体が揺れる。ほとんど無意識のままここまで歩いてきた。行く先なんてわかりやしない。ただあそこにずっと立ち止まってはいたくなかった。
今一度、あの男の言葉が思い出された。そして最後に僕を見つめた彼の憐みの眼も。

「違う……彼は何もわかってない。僕はただ……」

ただ何だ? 何だって言うんだ?
全て取り戻す。全てって何だろうか? 取り戻すって一体何を? 何を取り戻すって言うんだろうか。
肩にぶら下げたデイバックが鉛のように重く感じる。いつもなら平気な波紋の呼吸も危うくなってきた。
おかしい、ツェペリさんとの修行は熾烈極まるものだった。極限まで自分を追い詰めどんな状況だろうが、いつだって波紋の呼吸を刻めるようにしたはずなのに……やはり風邪をひいたのかもしれないな……。

「少し……休もう」

そうだ、疲れているだけだ。一眠り、とまではいかないけれど少し体を休めよう。温かいシャワーを浴びるのもいいかもしれない。よく考えれば食事もろくにとってない。お腹いっぱいまで食べて、体もさっぱりすれば、頭もスッキリするだろう。
そうすればこんな気持ちにもならないはずだ。

「……そうしよう」

足の向くままに、機械的に歩いていた僕はいつの間にか館のすぐ側まで来ていた。高い塀に囲まれ、正面玄関の前にはそびえ立つという言葉がぴったしの門もある。体を休めるには充分すぎる大きな建物だ……ゆっくりしていこう。
開いたままの両開きの鉄の門を通り抜け、大きな中庭に出る。両側には大小様々な植物が目にまぶしいほどに青々と咲き乱れている。見たことのない植物もいくつかあった。不思議な形だ、南国産のものだろうか。
中庭の真ん中辺りで僕は立ち止まる。耳を澄ませ、同時に窓を見つめる。中に誰かいないか、危険はないか。警戒してこしたことはない。
一秒、二秒、三秒……何も聴こえない。観た限り窓に人影もないし、どうも人がいるとは思えない。こんな大きな建物、嫌でも目立つだろうに……周りに他の建物でもあるのだろうか。
依然警戒は緩めずに辺りを探りつつデイバックから地図を取り出す。歩いてきた道を指でたどり、湖を北に抜けた大きな建物。その名は…………

「…………DIOの館!」

僕の背中に電流が走る。惨めさから曲がっていた背はピンと伸び、もやがかかったようにはっきりとしなかった思考が急激に冴え渡る。

「ディオ・ブランドー…………」

聞きなれた名前、そして僕が何度呼んだかわからないほど呼び慣れた名前でもある。
ディオは……僕の父さんを殺した張本人だ。吸血鬼となって、たくさんの亡者と屍生人を操り世界を掴もうとした人物。
ツェペリさんが死んだのもダイアーさんが死んだのもディオの仕業。色んな人を傷つけ取り返しのつかないような残虐非道を繰り返したのもディオだった。
そんなディオを僕は許せなかった。そして僕はディオを……

「殺した」

殺したはずだ。確かにそう、この両手で波紋を流し込み、僕はディオを

「殺した」

ディオはどす黒い悪だったから、倒すべき相手だったから。
そんなディオがまだ生きているとしたら? 聞くまでもない、必ずや殺さなければならない。彼が何度立ち上がろうともこの僕が、この僕自身が殺さなければならないのだ。
一時の狂気でもない、生半可な覚悟でもない。僕、ジョナサン・ジョースターの意志で、悪を滅ぼすという信念の元でディオを殺す。この僕自身の手で。

「……ディオッ!」

そうだ、彼を殺して……自分の中の弱い心と決別しよう。なんの躊躇いなく他の参加者たちを…………殺せるように。さっきの男の背中にも引きがねをひけるように。
もう後戻りなんかできやしない。一体何人の人をこの手で殺したんだ? ディオ、父さん、エリナ、ブラフォード、ミスタ、名もわからない男、スピードワゴン
今さら後悔したって何もならない。それどころかそれは死者への冒涜、彼らが懸命に生きてきた形を踏みにじることなんか出来やしない。
必ず取り戻すんだ、そうなるべきだったところに戻すために……ただ元に…………


ブロロロロォオ………………

「!」

突然耳に飛び込んできた音に僕は我を取り戻す。辺りを見渡すがこれといって変わったものはない。どうも屋敷の中ではなく、外から聞こえてくるようだ。
いや、決めつけはよくないな。窓を一つ一つ睨み付け、屋敷の角に目を凝らし、木と木の間から襲いかかってくるものはないかと身構える。その間もどんどん音は大きくなっていく。
どうやら何が近づいているようだ……だとしたら乗り物か何かの音だろうか。

振り返り門の方角へと向き直る。遠く町並みが広がるなか豆粒のような影が確かにこちらに向かってきていた。そして僕が見つめるなか、瞬く間に大きくなりこちらに近づいてくる。目的地はここDIOの館なのだろう。
僕は今からやってくる人物を殺さなければならない。そうだ、わかっている。それが僕のやるべきことなのだ。
わかっている、僕がやらなくてはいけないなんてことはわかっている。けど……わからない。本当にそれでいいのか……僕にはわからない。

僕は……迷っているんだ。自分を信じきれないでいるんだ。これが正しいのか……それがわからない。

一時の狂気、不確かな覚悟。先の男の言葉が僕を悩ませ苦しめる。僕は……わからない。ただここに来てわかっていることは一つ。

「ディオを倒すのは……殺すのは僕だ」

向かってくる参加者に備え躊躇いながらも僕は構えをとる。既に互いの姿はしっかりと確認できる距離だ。
自転車のような乗り物に乗った女の子はそのまま僕を引き殺そうとでもいうのだろうか、スピードをゆるめることなく真っ直ぐ僕には向かってくる。
好都合だ、他の参加者を蹴落とすような人なら躊躇うことなく罪の意識を感じずに…………済ませることができる。
ギリギリまで引き付ける。丘を越え、道路を抜け、門に近づきそして門を抜け中庭に入ってきたところで茂みに飛び込む勢いで横っ飛びに避ける。
ごろりと地面を回転しすぐに向き直る。甲高いブレーキ音と砂利を撒き散らしながらその乗り物は急旋回、再び唸り声をあげ僕にむけ迫ってくる。
だが流石に一度は立ち止まったものだ。トップスピードに達することはなく、この程度の速さなら僕にも対応できるレベルだ。狙いはカウンター、すれ違い様に波紋を流し込む。
そう僕が思った時だった。彼女がバイクから空へと跳んだのは。

「ッ?!」

乗り手を失ったものの、加速しきった乗り物はそのまま僕めがけ迫ってくる。カウンターを放とうと振りかぶった拳を慌てて元に戻し、間一髪で避ける。
門の遥か外まで進んだところでようやく力を失い、けたたましい音をたてようやく乗り物は止まった。直撃していたらダメージは避けられなかっただろう。
だがそうして体勢を崩した僕を相手が見逃すはずもなく……

「オラッ!」

咄嗟に更に横に転がる。地面に叩きつけられた一撃を見て僕の背中に嫌な汗が流れる。屍生人並の一撃……いや、それ以上だ。
すぐにその場で立ち上がると襲いかかってきた相手を観察する。館の玄関をバックに彼女も同じくこちらをにらみつけてくる。
彼女の脇に並び立つ影には見覚えがあった。数時間前、ブチャラティが僕にもたらした魔術のような奇妙な能力。詳しくはわからないが彼女の影もあれと同じようなものなのだろう。
なにせよ、簡単な話だ。吸血鬼以上のパワーとスピードを持っているだけの話、ただ波紋が効果的でないことだけ頭に入れておけば……戦えない相手では決してない。

踏み込みからの左のストレートは相手の蹴りによって阻まれる。蹴りあげられ、空いたボディに相手が振りかぶるもそれを見越した僕の右。舌打ちとともに相手は上半身を後ろに反らし避ける。僕の拳は相手の前髪を撫でるだけに終わった。
まずは直接波紋を流し込み動きを止める。そのあと動けなくなったところで……とどめをさす。いくら悪党であろうとできることならなるべく痛みを与えずに、安らかに逝って欲しい。
左腕に波紋を集中、蹴りで相手の注意をひきつけ隙をみて一気に懐に潜り込む。が、伸ばした左腕は交差された相手の両腕に阻まれた。たが波紋は流れている。ここで一気に畳み掛ける。

「クッ……オラオラオラオラァ!」

僕の波紋が不完全だったのか、それでも彼女は気力で体を動かし、よろけながらも両足で鋭い蹴りを放ってくる。
一撃一撃が僕の頭を、胸を、腹に穴をあける勢いで弾丸のように容赦なく降り注いでくる。しかしやはり遅い。戦い続けの僕でも対応できる速度だ。
必要最低限の動きで丁寧にかわしていく。頭への一撃は首を左右に。体を傾け胸への一撃を。そして腹への一撃は両の手のひらを使い捌いていく。重い一撃をわざわざ手のひらで捌くのは負担が大きいが、相手に波紋を流すチャンスでもある。辛抱強く相手の隙をうかがい続ける。

「チッ…………!」

ラッシュの終わり、彼女は大きく後ろへ飛び跳ねると僕のダメージの無さに舌打ちをする。間合いが少し広がったものの、どうやら背中のデイバックをおろし武器をとりだす時間はなさそうだ。
やはりここは自分の力を、僕の波紋を信じるしかない。小細工なしの真っ向勝負、今度はこっちの番だ。
たっぷり波紋を流し、今度こそ動きを止めてみせる。タイミングと距離を計り僕はじりじりと忍び寄る。彼女はそんな僕を険しい顔でにらみ返し、そして口を開いた。

「そうやってまた殺すのか」
「ッ!」

彼女がやったと同じように僕も一気に後ろへ跳びはね更に間合いを広いものとする。今まで彼女が放ったどんな一撃よりも、鋭く僕の中にえぐり込んできたものを前に僕は距離をとらざるを得なかった。

「顔に所々ついた血、服についたどす黒い染み、怪我をしているうえに酷い格好。自覚がないのかしら……だとしたら間抜けね」
「…………!」
「傷のわりに出血が少ないし、痛みもあまりなさそうに見える。触れた時に感じる電流のようなものも考えて……なんとなくアンタのスタンドは理解した。そして理解した以上、あたしはアンタに近づかない」

そう言い終わるとゆっくりと右へと歩き始める。つられて僕も左へ足を進め、共ににらみ合いながら円を描くように動いていく。間合いは変わらず、僕は討って出るタイミングを見計らっていた。
ここからどう攻めるべきか、相手のあの影はどうやらあまり遠くまでは攻撃できないようだ。彼女自身を中心として周り2メートル程度が限度といったところか。互いに手の内が読めない分、不用意に攻め込むのは危険だ…慎重にいかなければ。

「それで…何人殺してきたんだ、アンタ」
「……」
「黙りか……やれやれだわ。その陰気くさい顔、殺したくて殺したわけじゃないとでも言いたいのか?」
「……」
「十人だろうと一人だろうとあたしはアンタを決して許しはしない。アンタのようなやつがいるからいけないんだ……アンタのようなやつがいるから…………ッ!」
「……」
「殺したくないけど殺しました。アンタがそうやって言い訳するのは勝手だ。だけど私はしない。私には覚悟がある。目的のためならそんなお前たちのようなやつらをぶち殺してでも成し遂げるっていう覚悟が。
自分のために他人を踏みにじるようなやつらを許しはしないという信念もある。あんたたちのように現実から逃げ出し、立ち向かいもせず尻尾を巻いて逃げ出すなんてことは、まっぴらだ」
「…………ッ」

彼女の言葉に、姿に、さっきの男が重なる。二人とも、僕を罵倒し、僕を否定する。
なんだっていうんだ……なんでこうも僕が責められないといけないんだ。僕が……何をしたんだ。
何が間違っているっていうんだよ……僕は、僕なら全部元に戻せるっていうのに…………!
壁には何度もぶち当たった……それでも苦しくたって、僕にしかできない……だから、やったのに。最善を選んで、苦しみながらも前進してきたのに……それなのに僕が悪いのか?

「黙れッ…………!」

どうしてこうも皆苦しめるんだ。
なんで誰もわかってくれないんだ。

「僕だって……殺したくないんだッ! でも殺すしかないんだッ! 何でわからないッ! どうしてッ! なんでッ!
現実逃避? 逃げているのは君たちのほうじゃないかッ! 何もわかってないッ! 誰も僕をわかってくれないッ!」

悔しさで視界が霞む。酷い頭痛と耳鳴りが思考を焼ききり、僕の体の中心で何かが弾けとんだ気がした。
遠い何処かで誰かの幼い叫び声が聞こえ、しばらくしてからそれが僕自身のものだと気づいた。
一直線に彼女へと向かっていく。がむしゃらに拳を振りかぶり、ところ構わずメチャクチャに振り回す。彼女を黙らせたかった。彼女に見られるのが辛かった。


これ以上誰かに否定されるのは、もう、たくさんだ。


真正面からの僕の突撃は一つとして当たることはなかった。僕の波紋を警戒して彼女は一撃一撃を丁寧に避け、拳に触れることなく対応していく。
怒りと悔しさと悲しさ、爆発した感情に任せそれでも僕は拳を振り回した。そうやって冷静であり続ける彼女がこれ以上ないほど憎く思えた。

「オラッ!」

大きく腕をひいた時にがら空きとなった僕の腹めがけて弾丸を摘まむような正確さで鋭い一撃が放たれた。目の前が真っ白になり胃液が上昇、吐き気と痛みに僕は声にならないうめき声を洩らす。
彼女の目前で膝が崩れ落ち懺悔するような無防備な格好をさらす。その隙を見逃すはずがなく、風切り音をたてながら鞭のようにしなった左足が僕を襲った。

「オラァ―――――ッ!」

さっかの髭面の男との戦いを繰り返すかのように、僕の体は高々と宙を舞った。
無造作に放り投げられた荷物のように、受け身をとる暇もなく、地面に叩きつけられる。
息が詰まるような背中への衝撃、咄嗟に両腕で庇ったものの捩じ込まれた腹への蹴り。痛い、苦しい、涙が出そうだ。体は言うことを聞かず僕はやっとのことで起き上がる。
脚が震え、視界は暗く、両腕は痺れ感覚があまりない。それでも戦わないわけにはいかないんだ、負けるわけにはいかないんだ。
僕が殺してきた皆のため、この戦いに巻き込まれたすべての人の名誉のために、僕はここで倒れるわけにはいかない。



……本当にそうなのか?それは……本当に僕の、ジョナサン・ジョースターの意志なのか?



「ウオオオオオ!」
「ウアアアアア!」

よろける僕に止めをささんと彼女は距離をつめる。迎え撃とうと僕は深く呼吸をとる。
練り上げるんだ、波紋を……そして僕の覚悟を……彼女に全力でぶつけ、勝ってみせるッ!

「ストーン・フリ―――ッ!!」
「波紋疾走ッ!」

そうして拳と拳が交わる瞬間、僕の視界の端で何が煌めいた気がした。同時にドスッと鈍い音が響き、彼女の体がぐらりと傾く。僕は動き出した腕を止めることができない。
崩れ落ちた体を支えるわけもなく容赦なく僕の渾身の波紋の一撃が彼女の顎をとらえる。何が起きたかわからない、といった表情を浮かべる彼女。僕にもわからない、一体なにがおきたのか。
それでも最高の波紋を込めた一撃は、今度は逆に彼女を宙へと舞わせ、高々と飛んだ彼女は門の近くの塀に体をぶつけ、そこでようやく止まった。
僕は、勝ったんだ。だが素直にそうは思えない。一体何が起きたのか、まるでわからず唖然とする僕は唐突に背後から声をかけられた。

「ククク……どうした、もっと喜べよ。カウンターに加え……アンタのスタンド能力か? 芸術的、とでも言える一発だったなぁ」

混乱した頭を必死で鎮めながら僕は振り返り声の持ち主を探る。その人物はすぐそばにいた。
館の窓に写ったのは包帯を身体中に巻き付けた男と顔面蒼白の僕、そして門のすぐそばに叩きつけた彼女。その体がずるずると重力に従い壁沿いにずれ落ちていく。
塀には赤いラインがべっとりとつき、彼女は力なくそのままの眠るように倒れ込んだ。まるで、死んでいるかのように。

「え…………あれ…………?」
「ククク……まったくなんて面してやがる。あんないい女を殺せたんだ、羨ましいぜ。それともあれか、殺す前にもっとお楽しみたかったってわけか……ヘヘヘ」
「そんなんじゃない……違う…………僕は、そんなつもりは、僕はただ……彼女を…………」

訳がわからない。こいつは誰だ、どうしてこうなったんだ。
ただ苦しませたくなかっただけなのに、一体何だ、どうして?
殺したのか、この僕が?
喜ぶべきなのだろうか? また一人参加者を減らして荒木に近づけたんだから。僕の目標にまた一歩前進出来たんだ……。
でも、それでも、いや、僕は…………

「ただ苦しませたくなかった……のに……なんで…………」

まるで僕がとびっきりのジョークを披露したかのように包帯巻きの男は笑いだした。笑い混じりに僕を否定し、小馬鹿にし、殺しについて延々と話し出す。
その姿に僕は震え出す。目の前の男はまるで鏡写しの僕自身だ。

殺したくない僕、殺しを楽しむ僕。
苦しんでいる僕、開き直っている僕。
僕はこうならなければいけないのか? 僕が目指しているのは、僕がやろうとしていることはこんなことなのか?

僕は考える前に窓ガラスを叩き割った。もう何も見たくなかった。窓に写る男も、死んだように動かない彼女も、僕自身の顔も。
怯える体は本能的にその場を逃げたそうとじりじりと後退りし始める。一秒でも速く僕はこの場を離れたかった。これ以上ここにいる理由もないし、いたくもない。
ここにいちゃ駄目だ。とにかく……この場を離れよう。ほかのことは……後から考えよう。そうやって僕が足に力を込め走りかけたその時だった。

「ジョジョ……」

唐突にかけられた懐かしく、聞き覚えのある声にまたもや思考を止められる。この声を忘れるわけがない……七年も一緒に暮らしたんだ、忘れるはずがない。
ゆっくりと顔を上げた先、館の二階から僕を見下ろす男は何一つ変わっていなかった。彼は相変わらずの姿で僕を、いつものように見つめていた。

「ディオ……」

日が沈む。




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最終更新:2016年07月05日 23:17