「ぐわァァ!!」
「なッ―! お…億泰ッ!!」
轟音とともに撃ち出された鉛弾は、車椅子ごと露伴を突き飛ばした億泰の左肩を貫通した。
億泰の肩から血が溢れ出す。
「お…億泰ッ!! おいッ!! 億泰ッ!!」
車椅子から投げ出された露伴が億泰に駆け寄り声をかける。
肩を押さえて苦しむ億泰……急所は外れているようだが、この様子ではもう戦えそうもない。
その様子を見て、フーゴは舌打ちしながら茂みから姿を現した。
拳銃の扱いに慣れていないフーゴは、相手に気づかれてしまった以上、この距離では外すかもしれない。
走って距離を詰めながら、更に拳銃を構える。
露伴は咄嗟に億泰の体を背中に回し、フーゴからの盾になる。
フーゴにとってそれはむしろ好都合、狙いは今度こそ
岸辺露伴。
「やばいッ!! 露伴ッ――――――!!!」
このままでは露伴が撃たれてしまう。
少し離れたところにいたシーザーだったが、2度目の銃撃を察知するや否や、無意識に走り出していた。
(――――岸辺露伴を守る――――)
そう、自分の意思とは関係なく、無意識に……。
(――――岸辺露伴を守る――――岸辺露伴を守る―――――)
ヘブンズ・ドアーの『命令』からは、何者であろうと逃れることはできない。
看守ウエストウッドがそうであったように……
(―――――守る――――守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る――――――――岸辺露伴を守る――――)
「…おおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!」
先ほどと同じ轟音が、今度は続けざまに3発。
間一髪、露伴たちの前に躍り出たシーザーの背中に3つの風穴が創られた。
「がふッ……」
身を呈して露伴たちの盾となったシーザーが、力なくその場に倒れる。
3発のうち1発は、確実に心臓直撃の軌道を描いていた。
思わず、フーゴは口元が邪悪に歪む。
初弾を撃ち込む前に気づかれてしまったのは誤算だったが、大したことじゃあない。
一瞬にして3人中2人をいとも簡単に戦闘不能に追い込んだのだ。
時間にしてみれば、ほんの数秒。
たったそれだけの間に、億泰は撃たれ、さらにはシーザーまでもが撃たれてしまった。
二人とも、露伴の身代わりになったためだ。
それも、シーザーに至っては、ウエストウッドとまったく同じ。
自らが書き込んだ安易な命令の所為で、犠牲となってしまったのである。
愕然とする露伴を前にして、フーゴは冷静に弾倉を開くとポケットから4発だけ取り出した予備弾薬を装填し直し、あくまで冷酷な姿勢を崩さず、再び露伴の額に銃口を向ける。
「あっけなかったな、日本人。ま、君たちは運が無かったと思ってあきらめてくれ。
俺は君たちを乗り越えて、成長しなくちゃあならないんだ。悪く思うなよ…」
「ぐッ……!!」
ここで終わりなのか?
そんな考えが露伴の頭をよぎった。
フーゴは冷酷な態度を保ったまま、人差し指に力を込める。
「バカ野郎!! 露伴ッ!! どいてろオッ!!」
「何ッ!?」
露伴の体が大きく横方向に吹っ飛ぶ。
その影から、左肩を銃撃され重傷を負っているはずの億泰が露伴の体を払いのけ、スタンドを発現させた。
「『ザ・ハンド』ォォ!!!」
「な…! 貴様ッ!! スタンド使いかッ!!!」
ギャオン!という金属が抉れるような甲高い音と共に、億泰の繰り出したスタンド、『ザ・ハンド』の右手が、相対する二人の目の前の空間を掴み取った。
空間と、同時にフーゴの持っていた拳銃の銃身部分をごっそり削り落とし、そして―――
「な…何だこいつは…? 体が…吸い寄せられて……」
「くだばれやァァッ!!!」
億泰の目の前まで吸い寄せられたフーゴに、空間を削り取った『ザ・ハンド』右手の返しの裏拳が炸裂した。
「おい…お、億泰… 貴様、あの傷でどうやって……!?」
フーゴを吹き飛ばした後、苦しそうに顔を歪ませながらも立ち上がった億泰の姿を見て、露伴は絶句した。
銃で撃ち抜かれたはずの億泰の左肩は、溶接された金属のように奇妙な形に抉れ固まっていた。
「『ハンド』でよォ……撃たれた部分を…削り取ったッ!! 俺の『ハンド』で削り取られた部分は……『接合』するッ! あの状況で肩の出血を止める方法はこれしか思いつかなかった…! 俺…、頭悪ィからよォ…」
「億泰……貴様、本当に馬鹿じゃあないのか…?」
ニカッと笑う億泰に、露伴はやれやれとため息をついた。
「……そうだ! シーザーの奴は大丈夫なのか!? ジョルノの野郎なんかに頼るのは癪だが、この際しようがねえ! 急いで連れてって手当てしないとやばいんじゃねえのか?」
「……いや、恐らく…… 手遅れだ…… シーザーは……」
声のトーンを落として、露伴が答えに詰まる。
露伴はシーザーの撃たれるのを目の前で見ていた。
3発の弾丸…そのうちの1つが心臓のちょうど裏側に銃創を作っていた。
あの銃撃の位置は…、急所だ……
「……『空間を削り取る』スタンド使い、か…… なるほど、油断していた……」
突然、むくりと影が起き上がり、声を発した。
億泰たちが驚いて振り返ると、そこには『ザ・ハンド』の一撃によって吹っ飛ばされたはずのフーゴが立ち上がり、再びこちらに殺気を放っている。
「馬鹿な……『ハンド』の一撃を肉体で受け…立っていられるわけが…… ハッ!」
そして、フーゴの後方に佇むもう一つの影。
フーゴのスタンド、『パープル・ヘイズ』。
『ザ・ハンド』の一撃が決まる瞬間、フーゴは間一髪でスタンドを繰り出し、防御に成功していたのだ。
「この短期間で拳銃を二挺とも失ってしまうとは流石に計算外だったが、まあ仕方がない。
そして、オクヤスにロハンと言ったな? 貴様らを僕が成長するための『試練』であり、『敵』であると改めて認識しよう…」
『うばぁしゃぁぁぁぁぁあああ!!!』
フーゴの『パープル・ヘイズ』の拳から3発のカプセルが二人を目がけて撃ち出される。
対する億泰も、応戦すべく『ザ・ハンド』を繰り出した。が――
「まて億泰ッ!! 不用意に応戦するなッ!! こいつはやばい!! 何だかわからんが、とにかく『普通じゃあない』ッ!!!」
露伴の言葉に、億泰たちは身を翻してカプセル群を回避した。
目標を外した3発のカプセルは偶然にも直線状にあったウエストウッドの遺体に着弾、途端に大量発生したウイルスに浸食され、ウエストウッドの体は腐った果物のようにドロドロに溶かされてしまった。
ウイルスは室内灯程の光にあたると死滅するほど光に弱いものだが、既に日は落ちている。
暗闇とはまではいかなくとも、ウイルスの感染力は昼間の数十倍であった。
「なッ…!? なんてえげつねえスタンド能力ッ!! 露伴、こいつひょっとして…」
「ああ、間違いない。猛毒カプセルのスタンド使い……ジョルノやブチャラティが言っていた『
パンナコッタ・フーゴ』だ……!!」
「なッ!!!」
こいつらッ!? 僕の名前を知っている!? いや、名前だけじゃあない!
スタンド能力を知っていた!? しかも…ジョルノやブチャラティに聞いただとッ!?
そういえば…さっきも奴ら『ジョルノの野郎』がどーのとか言っていた気がする。
こいつらはジョルノたちから僕のスタンドの秘密を聞いていた!?
……あのデスマスクの男と同じように―――
先刻のコロッセオでの情報交換にて、ジョルノたちはフーゴのスタンド能力についての情報を彼らに与えていた。
しかし、それは『パープル・ヘイズ』が味方にも被害が及びかねない危険なスタンドであること、そして、一刻も早くフーゴとの合流を行うためには能力を知るものがいた方がよいとブチャラティが判断しただけのことであり、他意は無かった。
そもそも、ボスへの裏切りやフーゴとの決別のことはジョルノ・ブチャラティの両名にとっては未知の出来事であり、信頼を置いているフーゴを警戒する道理はなかった。
―――そうか……やはりあのデスマスクの男が僕のスタンド能力を知っていたことも、こいつら同様、ブチャラティたちがあちこちで言いふらしていたということか……
もうチームでも仲間でもない僕が、この殺し合いの中でどんどん不利になるように……
そうか……そういうことなのか……
しかし、ミスタの死、ナランチャのナイフを見せつけられ心身ともにボロボロになり、さらに彼らに対し一度疑いを持ってしまった。
人間とは一度間違った結論に達してしまうと、それ以降に別の思考を続けることは難しい。
今のフーゴにとって、露伴の一言は勘違いを起こさせるには十分だった。
精神的に追い詰められていたフーゴの最後の心の拠り所は、木っ端微塵に砕かれてしまった。
「クク……フッハッハッハッハッハッ!!!!!! フハハハハハハハハ!!!!」
突然の高笑いに、億泰たちは背筋が凍る。
人間が壊れていく様を見せつけられたようだった。
ブチャラティ…ジョルノ……
君たちが僕のことを仲間じゃないというのなら、もうそれでいい。
この殺し合いは『乗る』ことが正解だったんだ。
ブチャラティもコロス。
ジョルノもコロス。
ノリアキもコロス。
デスマスクの男もコロス。
こいつらも、どいつもこいつもみんなコロス。
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス。
「どいつもこいつも皆殺しだァァァァァァッ!!!」
完全に吹っ切れたフーゴは、さらに新しいカプセルを生み出し、億泰たちに攻撃を開始した。
「こいつはマジでやべえ! 露伴ッ! お前は引っ込んでろッ!! こいつの相手は俺がやるッ!!!」
「な、何だとッ!? 貴様、この岸辺露伴に尻尾を巻いて逃げろと言うのかッ!?」
「そう言ってんだよボケッ!? お前のスタンドで何ができるッ!? 足手纏いになる前にとっとと行きやがれッ!!」
『ザ・ハンド』を出現させると、億泰はそのまま露伴の元を離れ、フーゴに向かって駆け出した。
「畜生ッ!! この岸辺露伴が…ブザマだッ!!」
結局、無力な露伴は引き下がるほか無かった。
★
向かい来るウイルスのカプセルを、ある時は回避し、ある時は『ザ・ハンド』で削り取る。
とくに着弾コースのカプセルだけは確実に消滅させなければならない。
一発でも喰らってしまえば、敗北は確定、死に直結する。
「しぶとい野郎だッ!! バターのようにドロドロに溶かしてやるよッ!! この腐れ脳味噌がァァ!!!」
「ほざけッ!! てめえこそ、今度こそそのハラワタ抉り取ってやるぜ!!
虹村億泰をなめるなよッ!!!」
一方のフーゴも、先ほど『ザ・ハンド』になめてかかり、痛い目を見ている。
『ザ・ハンド』の射程距離(=『ザ・ハンド』に引き寄せられる範囲)にまで近づけば、今度はフーゴのわき腹が先ほどの拳銃と同じようにえぐり取られてしまうかもしれない。
向かい来る億泰と『ザ・ハンド』に対し、カプセルを射出しながらも一定以上の間合いを保ち、逃げ回りながらの攻防を続けていた。
僕のウイルスをここまで無効化してくるスタンド使いは初めてだ…
スタンド同士の接近戦に持ち込めれば手っ取り早いのだが、そんな単純な攻め方だとさっきのように吸い寄せられて反撃を喰らってしまう。
スタンドのパワー自体は(防御が成功したことから考えて)負けてはいないハズだが、空間を削り吸い寄せる力を考えると、相対的なスピードでは奴のスタンドの方が上だろう。
さて、どうしてやろうかな……
一進一退の攻防を続ける中で、僅かに有利な立場にいたのは億泰である。
フーゴのスタンド『パープル・ヘイズ』のウイルスの殺傷能力はかなりのものだが、拳からカプセルを射出する速度は対して速くない。
カプセルが割れてしまう前に『ザ・ハンド』で消してしまえば、決定打とは成り得なかった。
くわえて戦況的に『追いかけながら戦う』かたちの彼は、『追われながら戦う』かたちであるフーゴと比べ、いつでもこの戦いを放棄することができる。
あの『ジョースター家の伝統』のように、突然攻撃をやめ逆方向に逃走すれば、恐らく逃げ切ることだって可能だろう。
だが―――
んなことできっかよォ!
この野郎は有無を言わさず俺たちを殺す気で攻撃してきやがった。
ジョルノやブチャラティは『仲間』だと言っていたが、こいつはもう『こっち側』じゃあねえようだ!
こいつをここで逃がしちまったら、こいつはまた別の参加者を殺して回る。
……早人も、殺されちまうかもしれねえ………
そんなことは絶対ェさせねえ!!
こいつはッ! 今ここでッ! 俺が必ず叩きのめすッ!!
逃げるフーゴのスタンドからカプセルが飛来する。
1発目ッ!!
『ハンド』ッ! 消すッ!!!
つづけて2発目ッ!!
こいつも消すッ!!!
足元に3発目ッ!!
スタンドで地面を蹴って避けるッ!!!
さらに距離を詰めて4発目ッ!!
消すッ!!
5発目のカプセルもさらに距離を詰めながら消し―――
ついにフーゴが億泰のスタンドの射程距離に入った。
勝ったッ!!
次の6発目のカプセルを消すと同時に、削り取った空間でフーゴの野郎を引き寄せる。
さらに次の一撃で、今度こそフーゴのどてっ腹をそぎ落とす。
それで、すべて終わりだッ――――
撃ち出された6発目のカプセルに向かって、『ザ・ハンド』の掌を振りかざす。
億泰が勝利を確信した瞬間、宙を舞う手のひらサイズの球状の黒い物体が目に映った。
手榴弾ッ!! まずいッ――――――ッ!!
6発目のカプセルと同時に放たれた、カプセルとは異なる放物線軌道。
『ザ・ハンド』で消すことはできないッ!
防御することも間に合わないッ!!
「スマンなオクヤスッ!! 俺の勝ちだッ!!!」
手榴弾の爆音が辺りに響き渡った。
★
迎えうって出た億泰に対し、フーゴは逃げながら戦うという戦法を取った。
二人は戦いながら徐々に距離が離れていき、やがて姿が見えなくなる。
億泰たちが走り去ってから、露伴は途方に暮れていた。
一発目の奇襲の時…
接近してきたフーゴに拳銃を向けられた時…
そして今…
3回…… 3回だぞ……
この露伴が…… あの億泰に…… あの…『億泰なんぞ』にッ―――!!!
この短時間にッ―――
3回も助けられた―――だと―――――
なんてザマだ……岸辺露伴………
こんな惨めな気分は初めてだ………
僕のスタンド、『ヘブンズ・ドアー』はスタンドで敵本体に触れられるほど接近しないと攻撃することはできない。
億泰の『ザ・ハンド』とは違い、『パープル・ヘイズ』は僕にとって最も相性の悪いスタンド使いと言えるだろう。
康一君の『エコーズACT3』なら、ウイルスのカプセルを奴の足元に落としてやることもできるだろう。
もしくは、あのウイルスは感染前なら光で殺菌できると(ジョルノたちから)聞いているが、『ACT2』で「ピカー」とでも発現させれば殺菌も可能ではないだろうか?
仗助の『クレイジー・D』で飛来するカプセルを殴れば、カプセルは『ヘイズ』の拳に戻すことができるかもしれないし、承太郎の『スター・プラチナ』で時を止めればカプセルを炸裂させる前に倒しきれるだろう。
ならば、僕には何ができる?
『ヘブンズ・ドアー』では、一体何ができる?
ウエストウッドの遺体に目をやる。
先ほどのウイルスにやられ、遺体は既に元の形を失っていた。
これ以上近づくとウイルスに感染してしまうかもしれない。
次にシーザーに目をやる。
僕を庇って、銃弾の盾となってしまった。
二人とも、僕の身勝手な『命令』の所為で死んだようなものだ。
貴様らを犠牲にして生き残った僕に……一体何ができる?
「…………っ……!」
「―――――――ッ!!?」
露伴の無言の問いかけに、ごく僅かなうめき声が答えた。
まさかッ!? そんなッ!?
目の前で心臓を撃ち抜かれていたんだ!!
生きているはずがないッ!!
そう思いながらも、うつ伏せに倒れるシーザーに駆け寄る。
左背中から心臓を撃ち抜かれたはずのシーザーが、僅かながらまだ呼吸をしていた。
シーザーはまだ生きていた。
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最終更新:2010年11月07日 23:24