「まちがいねえ…スピードワゴンさんだ…」

無数の銃創を受け朽ち果てた男の傍ら、シーザー・ツェペリは自分の知る老人の名を静かに告げた。
『老人』と呼ばれるには似つかわしくない若者の姿の遺体。
自分と出会う遥か昔の若い姿。
その姿に、シーザーはこの時代を超越した奇妙な世界を実感した。
否、時代を超越した現実を認めざるを得なくなった。
うな垂れるシーザーとは対照的に、車椅子に座らされたまま冷やかな目で沈黙するのは岸辺露伴
目線の先には別にもう一体、ヴィヴィアーノ・ウエストウッドの遺体が転がっている。
岸辺露伴の『命令』を忠実に守り、岸辺露伴に『見捨てられてしまった』哀れな男である。

先刻の情報交換と第三回放送の内容を照らし合わせても、この二人がすでに殺害されてしまったことは明確だった。
しかし、自分の目で見て確認するまで納得できないと、コロッセオを後にした3人が相談して決めた目的地が、コロッセオの真北、戦いがあったと予測されたここ「D-3」エリアだった。
結果は……この有様だ。

そして、下手人の正体も、すでに推測されている。
露伴が襲われたときに見た若い男の人相。
ジョルノと共にいたというスピードワゴンが加勢に走ったという事実。
ブチャラティから得た情報。
そして、『得物がサブマシンガンである』という点……。

加勢に入ったスピードワゴンがウエストウッドに殺され、激昂した彼がウエストウッドを殺害した、という展開の説も考えられた。
だが、この状況では明らかに違う。

この二人を殺害したのは、紛れもなくジョナサン・ジョースターその人だった。

「ジョジョの祖父さんがこれを……そんな……まさか……」

猛禽類に心臓を鷲掴みにされた気分だった。
シーザーにとって最もこたえたのはその事実である。
ジョナサン・ジョースターの狂気をブチャラティに聞かされたとき、無関係のジョルノや事情を既に知っていたジョージはすんなり受け入れていたかもしれないが、彼だけは簡単に信じきれずにいた。
孫であるジョジョの誇り高き生き様をこの目で見てきていたし、己の尊敬している自分の祖父が命を掛けて守るに値した人物だと聞いていたからだ。
しかし、これではまるで違う。
ジョナサン・ジョースターはディオや柱の男たちと同じ…、まるで吐き気を催すほどの『悪』じゃあないか…!


「露伴ッッッ!! てめえ一体何考えてやがるんだ!!!」

不意に叫ばれた大声に、シーザーは顔を上げ振り返る。
彼のもう一人の同行者、虹村億泰が車椅子に座っていた岸辺露伴の首元を強引に掴み上げていた。

「何をって……見てわからないのか? スケッチを取っているんだよ…
君も知っているだろ? 僕は『リアリティを追及する漫画家』なんだぜ?
サブマシンガンで蜂の巣にされた死体なんてスナッフムービー(殺人ビデオ)でしか見たことが無いからね…」
「……! て、てめえ……!」

露伴の手には、初期基本支給品の紙と鉛筆が握られていた。
そこには、朽ち果てたウエストウッドの生々しいスケッチが描かれている。
体に全く力が入っていない状態で、億泰に強引に立たされている露伴は開き直る。
言葉には全く覇気が無い。

「銃創の大きさから見るに45口径…イングラムM10あたりかな? こんな猟奇的死体は日本ではまず見られないだろうな… ピンクダーク第5部ではギャングアクションでも描こうと思っているし、こういう『画』も役に立つかもしれんな… これはいい物が見られた…
そうだ、もう50人以上死んでいることだし、これからもっとすごい死体が見られるかも……」
「露伴てめえ……!!!!」

言葉を遮り、億泰は露伴を思いきり殴り飛ばした。
スタンド抜きのガチ喧嘩なら仗助ともタメを張れる億泰に吹っ飛ばされ、露伴は血反吐を吐きながら答える。

「…フン、さっきから『てめえ』しか言ってないぞ? 語彙が少ないな、『アホの億泰』?」
「オラァ!!」

挑発する露伴に、さらにもう一発。
吹っ飛ばされた露伴に、さらに掴みかかりお互いの顔を近づけてさらに大声で怒鳴る。

「露伴ッ! てめえ正気で言ってんのかこのクソ野郎!!
そこの男は…、そこの男はてめえを助けるために死んじまったんじゃあねえのかよ!!
仗助も…康一も…、承太郎さんまで死んじまったってのに…それなのにてめえは……」
「…」

億泰だって本当はわかっている。
露伴が本気でこんな事を思っているわけが無い。
漫画のためにならどんなわけのわからないことだってするし、普段は何を考えているのか分からない気難しい男であるが、杉本鈴美と杜王町の為に殺人鬼・吉良吉影と戦った正義の心は本物であった。

「フン、そんなこと…貴様に言われずともわかっているさ…!」

露伴はこの殺し合いをなめていた。
放っておいても、どうせ仗助や承太郎が解決してくれるのだろうと……
自分は自分の好きなように行動して、好きなように『取材』でもしていれば、勝手に戦いは終わっていると……
だが、自分が何もしていない間に、頭に来るクソッタレ仗助も、無敵だと思っていた空条承太郎も、自分の一番の友人であったかもしれない康一までもが死んでしまった。
その上、プッツン由花子は殺し合いに乗ってしまっているらしいし、吉良吉影も未だ健在だという。
挙句の果てに自分がヘブンズ・ドアーの能力で安易に書き込んだ『命令』によって、一人の男を死に至らしめてしまったのだ。

億泰なんぞに諭されずとも、そんなことはわかっている……

露伴は描きかけのウエストウッドのスケッチをその手で握りつした。
言葉には出さないが、目が語っている。
どうやら吹っ切れたようだ。

確かに、好き勝手やるのはここまでだ。

しかし、基本的なスタンスは変えない。
岸辺露伴は漫画家、取材は生き様、やめられない。
しかし、これからは……

荒木を倒す。
そのために取材をする。
それがこの岸辺露伴のこれからの行動方針だ。



「気が済んだか? 露伴、億泰」

頃合いを見計らって、シーザーは2人に声をかけた。
こんなところでいつまでも仲間割れしている場合ではない。
口内に溜まった血を吐き捨て、体に付いた土埃を払いながら露伴は立ち上がった。

「……全く、本気で殴りやがって…、冗談に決まっているだろうが…!」
「ケッ、俺は謝んねえからな!? 今のは絶対ェてめえが悪い!!」

悪態を吐きながらも、先ほどとは明らかに空気が違っていた。
無言の和解が成立したことに安堵したシーザーは、改めて今後の行動方針を提案した。


「DIOの館か…」

シーザーの指差した地図上の一点を見て億泰は声を漏らした。
以前から気になっていた地名ではある。
俺の父親をあんな姿にした仇であり、俺と兄貴の仇の名前だ。
ジョルノによれば、昼前頃はディオや吉良、由花子などを含め、かなりの人数がDIOの館を拠点に動いていたようだ。
そして、DIOの館に向かうと言っていたサンドマンと別れたのも、昼前頃の話である。
未だ健在のようだが、現在どのような状態にいるのか全く分からない。

「話に上がった連中が未だ『館』にいるかどうかは分からんが、行ってみる価値はある。
それに、ただの俺の予想ではあるが、おそらく…ジョナサン・ジョースターもそこへ向かったはずだ!」

スピードワゴンたちの遺体をチラリと見る。
ここでの一悶着が終わった後、ジョナサンならどこへ向かうだろうか、考えてみる。
DIOの館ならそう遠い距離ではない。
狂気に落ちたとはいえ、ディオはジョナサンにとって宿敵…。
優勝以外の目的が無いとしたら、向かわない理由は無い。
誰だってそーする、俺もそーする。


「DIOねえ…、僕はDIOなんか別に興味ないが、この館の『場所』には非常に興味がある。
今まで面倒で地図なんか見ちゃあいなかったから気づかなかったが畜生……
この『DIOの館』とやら、あろうことか元の世界の『僕の家』と同じところに建ってやがるじゃあないか!
コレクションの『るろうに剣心』や『セーラームーンのフィギュア』が無くなっていたらどうしてくれようか、まったく…」


目的地は決まった。
億泰たちの目的の一つでもある川尻早人の行方も気になったが、何も情報の無い今はとりあえずDIOの館を目的地とするのが最良だと判断された。
地図をデイパックにしまい、シーザーたちは立ち上がった。

「さてと、悪いが僕はもうしばらく車椅子で失礼させて貰うからね。
ケガも治っていないというのに、億泰にタコ殴りにされて体がいう事を聞かないんだよ」
「てめえまだ言うか?」

当然のように車椅子に座る露伴に文句を言いながらも、億泰はしぶしぶ従う。
露伴の目が「押せ」と言っていた。
ため息を吐きながら立ち上がった億泰が車椅子の後に回ろうとして、ふと露伴の後方の茂みがわずかに揺れるのを見た。

茂みの影では億泰よりもやや小柄な少年が、自分と露伴に黒光りのする金属をこちらに向け、狙っていた。

「露伴ッ!! 危ねえッ!!!」

町外れの夕暮れの草むらに、甲高い音が響いた。







畜生、なぜ僕ばかりこんな目に合わなくちゃいけないんだ。
あのデスマスクの男はいったい何者なんだ…?
自分自身の意志を貫き通すと決めたばかりなのに、どうして僕の邪魔ばかりするんだ?


吉廣を失いディアボロから死に物狂いで逃げてきたフーゴは、コロッセオ北の住宅街を走りぬけていた。
相手が追いかけてきていないことは既に分かっていたが、それでも足は休められなかった。
走りながら、頭の中を巡るのはつい先ほどの出来事。


あのデスマスクの男…。
少し前にノリアキを背負って歩いている姿を見た。
そして今度はポルナレフを庇って僕の目の前に現れた。
ノリアキとポルナレフは仲間同士だ。
デスマスクの男も彼らの仲間なのか?
だとしたら、あの男はノリアキや鋼田一吉廣の言っていた『空条承太郎』という男ではないか?

承太郎もポルナレフと同じくノリアキの仲間だといっていた。
吉廣は承太郎のスタンド能力は『時を止める』ものだと言っていた。
さっきの戦いで吉廣の写真を奪われたとき、僕は何をされたのか分からなかった。
頭がどうにかなりそうだった。
超スピードだとか催眠術だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だった。
今思えば、あれは『時を止める能力』だったのではないか?
そう考えれば、瞬間移動のように、いつの間にか距離がつめられていたことにも説明がつく。

いや、しかし、それはありえない、はずだ…。
空条承太郎は死亡したと、確かに放送で告げられていたはずだ。
それに、ポルナレフ自身もあのデスマスクの男を知らない感じだったような気もする。
くそう、吉廣さえ殺されていなければ……
彼が何かを知っていたかもしれないのに…

わからない…
第一、あいつが僕のスタンド能力を知っていたのは何故だ?
僕は自分のスタンドがいかに危険なものか自覚している。
普段僕はめったにスタンドを使わないし、能力を知っているのはチームの仲間くらいのはずだ。
チームの誰かが僕の能力を喋ったのか?
ブチャラティか、ミスタか、それともアバッキオか、新入りのジョルノの奴か…?
なぜ喋った?
スタンド使いにとって、スタンド能力がばれることは死活問題だとわからないはずがない……
ブチャラティたちと決別した僕は、もう仲間じゃないからか…?
勝手に裏切っていったのは、あいつらの方なのに……?

わからない、わからない……
何が真実かわからないまま、疑心暗鬼は深まるばかりだ。



そんなフーゴが突然全力疾走の足を止め、思考を休め、歩幅を縮める。
住宅街に転がる、一人の男の遺体を見つけたからだ。

「…ミ……ミスタ……!」

殺し合いが始まって早19時間。
彼が『この世界』に来てから初めて再会した仲間は、すでに遺体となったグイード・ミスタだった。
いや、正確には『元』仲間か。
いずれにしても、この遭遇は彼をさらに精神的に追い詰めることにしかならなかった


こいつは…なんて安らかな顔で逝ってやがるんだ……
全身に無数の傷を負いボロボロになっているにもかかわらず、その表情はまるで満足し、安心しきって逝ったみたいじゃないか……
これじゃあ、ミスタがこれまでの時間をどう生き、ここでどう死んでいったのか、何もわからないじゃないか。


脇には、ミスタの物と思われる支給品も転がっていた。
元仲間の死を目の当たりにした直後であるという負い目を感じつつも、生き残るため、フーゴはデイパックやミスタの身につけている装備をあさり始めた。
見つけたのは2つの手榴弾……そして―――

「これは……ナランチャのナイフ……」

なぜこんなものがここにあるのか、そんなことを考える余裕はフーゴには無かった。
ナランチャとケンカをしては彼にフォークをブッ刺し、仕返しにこのナイフを喉元に突き付けられたりした。
今となっては全てが懐かしい日々だ。
ミスタの遺体、ナランチャのナイフ。
この二つを発見したことが、何故かフーゴに楽しかったその日々が二度と戻らないものであると確信させたのだった。


なあミスタ…… お前は… お前たちは僕を売ったりしない……
そうだよな? 僕たちは仲間だったよな……?


ミスタは答えない。
孤独は死に至る病とはよく言ったものだ。
もはやフーゴの心は極限状態まで追い詰められてしまった。


「――――――露伴! てめえ――――――!!!」

その時、誰かのどなり声のようなものが聞こえ、フーゴはノロノロと起き上がる。
音源の場所はそう遠くは無いようだ。
あえて作業的にナイフと2発の手榴弾を懐に忍び込み、フーゴはミスタに無言の別れを告げ、走り去る。
あえて無関心を装うとこで、自分の中で整理をつけようとしていた。

住宅街を北に抜け、草原のような広場に出ると、さらに声のした方へ茂みの中を移動する。
しばらく進んだところで、言い争いをしている二人の日本人と、二人の仲間と思われる長身(アバッキオと同じくらいか)のラテン系の男を発見した。
向こうはこちらの存在には気づいていない。
しばらく様子を伺っていたら、じきに口論は収まり、三人で集まって何やら話し合いを始めた。

さて、これからどうするか…?
いや、どうするもなにも、選択肢はたった一つじゃないか。
殺すんだ、三人とも。
ブチャラティたちも、デスマスクの男も関係ない。
結局のところ、ポルナレフを殺したのだって僕ではなく吉廣だった。
僕は見ず知らずのあの三人を『殺す』ことで、けじめをつける。
そして、誰にも囚われない、僕自身の生き方を見つける。

懐から拳銃を取り出す。
このリボルバー式拳銃の装弾数は6発だが、今装填されているのは4発だ。
予備弾薬を持っていないわけじゃあない。
今はこれが『ベスト』なんだ。
先ほど別れを告げてきたこの銃の『元』所有者は、何故か知らないが病的に『4』という数字を嫌う男だった。
あえて残り『4』発にしておくことは、これが既に僕自身の銃であるという証明だ。
僕と、かつて仲間だった男との、決別の証しだ。


3人に動きがあった。
出発するようだ。
まずい、今を逃しては、チャンスは無い。

車椅子に座ったバンダナの男の後頭部に照準を合わせた。
そして、引き金を引こうとしたその時、もう1人の男と目があった。
気付かれたッ――!!

「露伴ッ!! 危ねえッ!!!」

僕は咄嗟に、引き金を引いた。




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最終更新:2010年11月08日 20:17