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「パープル・ヘイズッ!」
「くッ……! ぬぅん!」
何よりも手数が違う。エシディシがいかに素早かろうと、ギャングたちは4人いる。
一人に狙いを定め、拳を振り上げようとも、その隙に三人ものスタンド使いが自由に動けてしまう。
どれだけ強い力を持っていようが、どれだけ素早く動けたとしても。
数の暴力は圧倒的。しかもそれが歴戦のギャングたちとなれば、尚更だ。
フーゴが戦いに加わり、十数分。戦況は傾き、人間たち有利。
前に出るのは主にブチャラティとフーゴ。ジョルノとリゾットは補助と回復に回り、そしてエシディシが気を抜いた瞬間、鋭い一撃を放つ。
波状攻撃のように、次から次へと、攻撃を途切らせることなく、人間は襲いかかる。
その様は百獣の王、ライオンを追いつめるハイエナの群れのよう。
四面楚歌。まさにその言葉がぴったりであった。
スティッキィ・フィンガーズの拳に触れてはならない。ジッパーは例え黄色のスライムの上からだろうと、致命的な一撃になる可能性があるのだから。
パープル・ヘイズの能力は厄介だ。黄色のスライムをすぐに切りはなさねければならない。地面に巻かれたカプセルにも注意を向ける必要がある。
ジョルノ・ジョバァ―ナは多人数戦における要を担っていた。傷をつけても、回復される。近づこうにも、地から湧き出る植物の根が邪魔をする。
リゾット・ネエロは決して近づかない。自分の射程距離を完全に把握している彼は、闇夜に紛れ、銃を放ち、釘を生成。近距離型の二名をフォローする。
隙を見つけてもそれを必ず誰かが補うように動く。
隙を見せれば畳みかけるように、四人でそこを突く。
押せば引き、引けば押される。流動的なシステムに、一糸乱れぬ連係プレー。
エシディシは改めて実感する。波紋戦士のような肉体相手の戦いではなく、これは彼が最初に言った通りだ。
心が折れてしまわぬか。集中力が途切れてしまわないか。
我慢の戦い、自分との戦い。焦り、諦めを先に見せるのは、どっちだ―――?
「くそォオ!」
「ジョルノッ!」
「了解ッ!」
ただ拳を振りまわしただけの攻撃。容易くかわせる一撃を前にブチャラティはカウンターを狙う。
合図されたジョルノは地を叩く。地面から湧き出た植物がエシディシの足をがんじがらめにせんと伸びていく。
苛立ちを隠さず、エシディシはその場から跳躍。
木を一度クッション代わりに上空から、ブチャラティへと狙いをつけようとする。
「状況を打開しようとする時、角度を変えて攻勢に出るのがお前の癖だ……」
「ぐッ……!」
息を突く間もなく、リゾットの銃弾が放たれた。
銃弾は彼を貫かんと放たれたのではない。飛び移った木の枝を的確に打ち抜いていく。
怪物の負荷に細身の枝はたまらず折れる。根元では
パンナコッタ・フーゴがスタンドを構え、落ちてくるのを待つ。
動きを止めてはならない。一方的に追いまわされ、休む暇もなく。
エシディシは確かに疲れていた。逃げ回るしか他ない今の状態に。打開しようにもどうにもできず、逃げ回るのが最善策だということに。
足場を次々変え飛び移るたびに、弾丸がそれを追ってくる。
まるで猿のようだ―――内心毒づく。天に立つべき自分がまるで下等生物である。屈辱だ、恥だ、侮辱された気分だ。
ブチャラティの投げた太い枝についたジッパー。真っ二つにされるわけにはいかない。
叩き落とすと、木から飛び降りる。足元に注意、カプセルがないのを確認し、ジョルノへ向かって駆けていく。
リゾットのスタンドでは、ダメージを与えることはできても、自分を止めることはできない。
フーゴは少し遠く放たれた位置、ブチャラティがカバーに走ってくる。
間に合わない、そう判断したのかジョルノは自分自身でスタンドを呼び出しエシディシに対して構える。
一人、たった一人でいい。
回復役、補助役、近距離型の戦闘員。誰か一人でも落とすことができれば戦況は五分と五分に戻る。
そして、その誰かの死は人間たちの心に恐怖を植えつける。
エシディシは駆ける。地を飛ぶように、空を駆けぬけるように。
久しぶりのチャンス、見逃すわけにはいかない! ここで一人、確実に、殺る!
20メートルが、10メートル。ブチャラティもフーゴも必死に走る。
だがスプリント勝負ならば、柱の男が人間に負けるわけがない。いや、負けてならない。
柱の男の身体能力があって、ようやくなんとか勝負を成り立たせてるのだから。
構えた腕の筋肉が収縮、爆発的な加速の兆候。ジョルノ目掛けて一目散、溜めを使った右ストレート。
8メートル、5メートル……3メートル。ジョルノが動いた。迎え撃つ気か……上等だ。
伸ばしきった腕、ジョルノは一発目を難なくさばく。しかしそこから体を反転、横方向からの蹴りに少年は顔をゆがませる。
苦悶の表情が浮かび、声にならない叫び。胴体をへし折ろうとした振るわれた足、しゃがみ込んだ頭上を通っていく。
やはり一対一では、圧倒的不利。
拳の弾幕も、怪物は慣れた手つきで見きってくる。反対に放たれたカウンター、ガードの上からねじこまれた一撃はジョルノの肋骨を揺らす。
痛みに足が止まると、その隙を見逃さない。一気に畳みかけてくる! 確実に一人葬り去る、その気迫はまさに鬼!
「とどめだ!」
遂に膝をついた人間に、怪物は最後の一発を放つ。
均衡を破らんと放たれた一撃は狙い通りジョルノの胸に吸いこれるように放たれ―――スローモーションのような世界でエシディシは見た。
少年の目がらんらんと輝くのを。
巨体が宙を舞った。二度目……彼がこの手に引っ掛かってしまったのは実に二回目だ。
わざと隙を作り、誘いこまれる。安易な罠にはまってしまったのはそれだけ怪物に余裕がないことを表している。
胸に張り付く一匹の蛙……攻撃の反射。ジョルノは何事もないように立ち上がり、倒れ伏したエシディシを見下ろす。
フーゴが、ブチャラティが追いついた。三人並んだ近距離パワー型のスタンド使い。
「ウバシャアアアアアア―――ッ!」
空ぶった拳の先から飛んできた三つのカプセル。体を転がし、やり過ごす。
圧倒的不利……! 圧倒的危機……! 圧倒的絶望……!
しかし、心を折ってはなるものか。諦めてなるものか。
人間から学んだ、絶望の中で足掻く諦めの悪さ。エシディシはすぐさま立ち上がる。
逃げたっていい……、醜くたっていい……、這いつくばったっていい!
一心不乱、逃げる、逃げる、逃げる。
三人のスタンド使いの嵐のような攻撃をかわし、避け、潜り抜ける。
左の二の腕から血が噴き出した。拳をもろに食らった腹が痛む。ローキックで体制が崩され、追撃に放たれたウィルスカプセルをなんとかスライムでやり過ごす。
惨めだ、恥だ……この柱の男が! 見るがいい、このざまだ!
その中でも決して諦めやしない。それが人間に対する敬意! 感情に任せ喚き散らすようなまねは最大限の失礼!
しかし―――
「油断したな……」
またしても、この男。黒の衣装は死をもたらす死神のようで。
大きく跳躍し、ほっと息を放つその瞬間! 見計らったように背中越しに声をかけられる。
振り向きざまの裏拳は空を切った。彼は決して近づかない。自分の非力さをわかった上で、尤も有効な手を打ってくる。
隙を見せた時、ほっと一息ついた時、一気に畳みかけたい時。
闇夜に紛れた彼は的確に攻撃の芽を潰し、劣勢を更なる酷な状況に悪化させる。
後ろを振り向いたエシディシが見たものは、迷彩を解きたたずむ暗殺者。そして―――!
「紫外線照射装置、発動」
「WONUUUUUUUUUUUUUUU!」
ここ一番! これ以上ない隙をエシディシが見せた!
彼らが尤も嫌悪する太陽光! たとえそれが偽物であろうと不意をつかれたこの一撃に、たまらずエシディシは唸り声をあげ、顔を覆った。
一点! そして一瞬! 人間たちは見逃さない! 怪物を始末するための最大のチャンス!
「ゴールド・エクスペリエンス!」
「スティッキィ・フィンガーズ!」
「パープル・ヘイズ!」
「メタリカ!」
―――二度目……宙を舞う巨体。
大きな放物線を描き、何の抵抗も見せず、怪物は地面にたたきつけられ、そしてピクリとも動かなくなった。
人間たちが奪った初めてのダウン。そして、地に叩きつけられた衝撃で、彼の頭から飛び出るDISC。
円盤はコロコロ転がっていくと、不意に現れた靴にぶつかりコロンと倒れた。屈んで拾い上げるの一人の男。
もはや勝負は決した。怪物は数の暴力の前に屈するしかない。団結力と並はずれた精神力をもつ人間の前にエシディシは惨めにも破れ去る。
五人目の来訪者、
ホルマジオはDISCをポケットにしまいこむと、ギャングたちに声をかけた。
「おいおいおい、これもしかして俺いらない感じか~~~?
あんだけ張り切って研究所を走り回って、任務成功! さて助太刀だ! って思ってきたのによォ~~~」
「油断するな、ホルマジオ。仕事は最後まで、きっちり終わらせてからだ」
一体どうしろというのだろうか。エシディシの心は完全に折れかけていた。
激昂とした感情が彼の中でふつふつとわき上がる。トチ狂ってしまいそうな感情の高ぶり。
泣けというのか……泣けばいいのか……? 泣きたいのは、俺のほうだ。
身体を起こして自分の状態をチェックする。
右腕、リゾットとフーゴの攻撃で突き破られ、煙をあげ使用不可能。ウィルスの感染もあり、切り捨てる。
左腕、手の半分がジッパーで吹き飛ばされている。拳も握ることもできない。
左足、ジョルノ・ジョバーナの攻撃でマヒあり。動きづらいことこの上ない。
腹部、ダメージは少ないが、何発か直撃を喰らった。この上ない、恥……この俺が、人間に……。
そして精神力……俺の心はボロボロだ。
「念には念を入れてだ……いくぞ!」
リゾットの掛け声を筆頭に、五人が動き出した。
エシディシは立ち上がり、構えを取るも、何をすればいいのかわからなかった。
自分は負けるのか……結局、この一族は、何も残せないまま、滅び去ってしまうのか?
(…………くそったれ)
それだけは、絶対に嫌だった。
体中が傷だらけだったのが逆に利用する。エシディシは周りを包囲せんとする人間どもの中心に自ら飛び込んだ。
全ての傷口から血管を、外へ。
高温に熱せられた血液を五人へとまき散らす!
「怪焔王大車獄の流方!」
足掻けるだけ、足掻いてみよう。
その時エシディシの脳裏をよぎったのは諦めだったのかもしれない。
トチ狂って最後に花を咲かそう、一瞬はそう思った。
だが、できなかった。仲間のことを思い出し、
カーズが、
ワムウが、一族が……そう考えると不思議と心が落ち着いた。
泣き叫ぶ暇なんてない。こうなってしまった以上、俺は俺ができる最大限の抵抗をしてやろう。
その先で彼が辿り着いた結論は―――
一人でも多く、人間を……、一つでも多く、絶望を……。
彼を支配し始めたのは気高い魂ではなかった。
託された遺産を未来へ残すため、そんな気持ちを彼は最後で放棄してしまった。
だがそれを誰が責めれるというのだろうか? やけくそになってしまった彼が悪いと誰が言えようか?
言えるとしたらそれはたった一人の男。彼に意志を託した髭面のガンマン。
しかしその意志すら彼は捨ててしまった。最後に彼が思ったのは一族であり、彼を支配したのは憎しみだった。
(俺は……負けるのか……人間どもに…………偉大なる生き物であるはずの、この俺が……)
そして、憎しみに支配された彼は『たまたま』可能性を持っていた。
人間たちに死を、そう望んだ彼が引き寄せたミラクル。
「あぶねえッ!」
飛び散った血液が一直線にフーゴに向かっていく。
ホルマジオが横から彼を突き飛ばすと、開いたデイバッグから何かが飛びだし……エシディシの足元へと転がっていった。
柱の男が作り出しもの、石仮面。
柱の一族が長らく待ち望んだもの、エイジャの赤石。
彼は躊躇わなかった。一度に起きた奇跡を彼はこう捕えた。
―――そうか、これがお前たちの望みか。
一体彼はどこで間違ったというのか。
このゲームに参加してしまった時? 人間の好意を踏みにじり、更なる進化を求めた時?
化け物を切り捨て、人間に執着した時? 人間を理解し、人間を超えようとしながらその存在を認めれなかった時?
認めた、と言いつつ、どこか自分が特別な存在と思った時? 結局最後に選んだ自分が歩きたいと思った道が間違っていたのだろうか?
いや、そもそも……彼は何か間違いを犯しているのだろうか?
誰にもわからない。いや、今後わかる存在は出てこないだろう。
なぜなら彼は柱の『男』。彼は人間ではない存在でありながら、『男』になった存在。
そして今、彼は『男』であることすらやめようとしている。
そんな彼を理解できる存在など、後にも先にも誰一人いないのだから。
―――ならば叶えよう、人間たちに絶望を……!
ブチャラティが飛びかかる。
ジョルノが拳を振り上げる。
フーゴが遅れながらも襲いかかった。
ホルマジオは走り、刀を煌めかせる。
そしてリゾットは真正面から―――
「紫外線照射装置、発動」
照らし出された光はエシディシに向かっていく。その光は吸い込まれるように赤石へと向かい―――
まるで生きてるかのように、仮面から生えた針が食い込んだ。
洪水のような生命力の輝きをエシディシが放つ。
燃え盛る研究所よりも、空に輝く月よりも、強烈で眩い光が辺りを包む。
ギャングたちは反射的に眼を覆う。それすら突き抜ける目も眩むような輝き―――
「俺は ■■■■■■ をやめるぞ、リンゴォ…………!」
そして、何もかもが光にのまれた。
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最終更新:2011年02月14日 04:07