「おい…………」

他の四人が飛びかかった中、唯一ホルマジオはタイミングがずれ攻撃に参加することができなかった。
故にそれを真っ先に見たのは彼。
そして彼だけが正確に何が起きたかを見ていた。

「なんだよ……、これ…………」

だというのに、彼は目の前の光景が理解できなかった。
カチカチ、と甲高い音が建物に反射し、聞こえてくる。
ホルマジオは気づかなかった。その音は自らの歯が震えて奏でている音だということに。

「何が起きたっていうんだよ……ッ?!」

燃え続けるナチス研究所、その火をバックに立ちすくむ影が一つ。
戦闘の中で木が折れ、建物が崩れ、出来上がった一つの山。
そこに君臨する男は、その巨体を隠すことなく、ただ立つのみ。
そして飛びかかったはずの四人は吹き飛ばされ四方八方に散らばり、倒れ伏す。
弱者と強者、敗者と勝者、蹂躙するもの、されるもの。
こんな未来を誰が見ることができたというのだろう。こんなことになるのだと誰が予想できたのだろう。

呻き、頭を振り、正気を戻した四人のギャング。
しかし、彼らは本当に自分が正気に戻ったのか疑わしくなる。
もしかしたら今も本当は頭を打ち、目の前のこの光景は幻想でしかないのではないか。

現実は非情である。
どれだけ見直そうとも、何度目をつむり、開こうとも、目の前の光景は変わりやしない。
瓦礫の山の上に立つ男、エシディシ。
身体には傷一つなく、まるで磨きたての彫像のような輝きを放っていた。
恍惚とした表情を浮かべ、天を仰ぎ見る彼は今までの彼とは、違う。
誰かが呟いた。

「神々しい…………」

そして、五人の中で感情が芽生える。
共通した一つの警告は人間が残した防衛本能が喚きたてるもの―――俺達はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。

「ハッ!」

エシディシが右腕を真っすぐ空へと掲げる。肘から先がないその腕。
そこに一輪の真っ赤な花が咲く。大きな大きな、花だった。
美しく、しかし、強さを感じさせる花はやがてドクンドクンと鼓動し始める。
そして、信じられないことに……ギャングたちは目の前の光景を疑った。
花が腕へと姿を変えていく。度重なる努力と、いくつもの試練を潜り抜け必死で人間たちが与えたダメージ。
それが、目の前で、一瞬で修復された。
まるで、そんな傷はなかった言わんばかりに。

目の前のものが現実か、はたまた夢なのか。
攻撃してみればわかると言わんばかりに動いたのはリゾット。
彼は冷静だったのだろうか? いや、そうとは言い切れない。
ただ単に彼は願ったのかもしれない。目の前のこの現実が、悪夢であってほしいと。
自分が放つ、この紫外線がやつにダメージを与えることで、この夢から抜け出したい。
そう思ったのかもしれない。

「なん……だと?」

だが、駄目。圧倒的存在感、威圧感は消えない。
いや、むしろ増すばかり。
眩い光を放つ前、エシディシは確かにこの紫外線に対して、抵抗を示していた。
だが、今はどうだ! まるでスポットライトを浴びる大スターかのように! まるでファッションショーに出る女優のように!
笑みを浮かべ、彼は平気で立っているではないか!

「スティッキィ・フィンガーズ!」

ブチャラティのスタンド攻撃が直撃した。カウンター恐れて長くは攻撃できない。
しかし、それでも脚の筋肉を、胸の大事な器官を、余裕で組まれた腕の何箇所かを吹き飛ばした。
それでも目の前の存在は笑みを消さなかった。吹き飛ばされた場所を、興味深そうに眺め、そしてゾッとすることに、笑みが深まった。

「パープル・ヘイズ―――ッ!」

フーゴを突き動かしたのは、追いつめられた鼠の気持ちか。
さっきまで自分たちが追いつめる側の猫だったというのに。
焦りと、その浮かんだ笑みを、なんとかして消し去りたい。あの勝ち誇った顔、浮かぶ余裕をどうにかしたい。
少なくとも彼を突き動かしたのは、勇気ではなかった。恐怖から生まれた行動であった。

しかし訪れたのは絶望。
まるで悪夢だ―――誰もがそう思った。
一連の流れはまるで、ビデオカメラを早回しにしたように起きた。
シューシューと煙をあげる肉体。飛び散った肉、削られた足や腕。
まずフーゴが攻撃した箇所が、誰に触れられていないのに、ボトリと音をたて、そして蠢きだす。
ブチャラティの攻撃で欠けた肉体が10秒もかからぬうちに修復され、筋肉が盛り上がる。
そして、落とされたウィルス。驚くべきことに、そこから生まれ出た一匹の鼠。
毒々しい紫色の体色に、妖しく光る真っ赤な目。
その小ささとは反対に、その鼠が放つ禍々しさと言ったら!

「うわあああああああああああああ!」

フーゴが悲鳴を上げる。襲いかかってきた鼠の敏捷な動き。
野生生物の速さではないスピードで鼠がフーゴの左腕を噛み切る。
そして彼は、気づく。噛まれた辺りが煙をあげ始めたことに。
そう、それはまるで―――

「ゴールド・エクスペリエンス!」

ジョルノが感染したフーゴの左腕を切り飛ばした。
間一髪、体まで毒がまわる前に、なんとかフーゴは助かった。
何度か痙攣するような動きを見せ、フーゴはようやく自分が助かったことに気付いた。
しかし、体の震えは止まらなかった。はっきりとした死、それを身をもって体験した彼。
涙すら浮かびそうな顔から、ジョルノはそっと視線をそらした。
唇を噛みしめる、太陽のような少年はそれでも前を向く。
いや、前を向くしかなかった。ふとすれば心が折れてしまいそうなのは、彼も一緒だった。

鼠は主の元へ戻ると、元の場所へと体を沈めていく。
なんでもありだった。何を信じればいいのか、何がやつにとって不可能なのか。
目の前の光景をいちいち確かめ、疑っていては間違いなく殺される。
思考を放棄する。ある点まで、考えずに、自分の本能に従う。
恐怖を麻痺させなければ気が狂いそうだった。それほどまでに、奴は圧倒的で神々しく、敵いそうにない存在だった。

命令に従う。命令を出すのは自分自身、しかしその命令に疑問を感じてはならない。
ただ兵士は従うのみ。目の前の存在を殲滅せよ。
できるのか? そう疑ってはならない。なぜなら自分たちは兵士だ。
命令を遂行し、目の前の存在を抹殺する。今考えるのはそれだけだ。

―――そう思っていられるのはいつまでだろうか?
―――コイツが、本気で俺たちを仕留めにかかったら、俺たちは……どれだけ持ちこたえることができる?

猛攻に次ぐ、猛攻。
後先考えず突っ込む命知らずの兵士たち。
拳を振るう。蹴りを放つ。能力を発動させる。相手を蹂躙する。
狙うのは目の前の存在の抹消、目の前の存在の暗殺―――目の前の存在を殺す。

だが、それは儚い夢だった。
彼らは嫌でも思い知らされた。自分たちが相手にしているのは、もはや存在しないものだといことに。
どんなラッシュだろうが、どんな致命傷だろうが、どんな能力だろうが。
彼らは自分を信じる心を、真っ二つにへし折られた。
自分の精神力、スタンド能力を否定されたのだ。目の前の存在は軽く散歩を楽しむように、歩き、ときどき気まぐれで攻撃をかわした。
ただ、それだけで……彼らは思い知らされた。

「メタリカ……メタリカ…………メタリカァア――――!!」
「リトル・フィートォオオオ―――――ーッ!」

何も起こらない。
それは即ち、己の存在の否定。
己の心の弱さを、事実として突き付けられたようだった。

「馬鹿な…………ッ!」
「フフ……フフフフフフ! フハハハハハハッハハハハッハハアハ―――――!

僅か数分! 600秒にも満たないその僅かな時間でエシディシは全てをひっくり返したッ!
そして彼は手に入れた! 究極の力と! 彼の望み、人間たちの絶望を!
地べたに這いつくばるのは人間たち。優しく撫でただけ、軽くスポーツを楽しむように体を動かしただけ。
その程度で人間たちは、踏みつぶされ、ねじ切られ、惨めに下を這いつくばる。
傷を負い、満足に動けるものも少なく、回復手段であるジョルノ・ジョバァ―ナも、もはや虫の息。
気力と根性すら折れかけた人間たちに漂い始めた絶望感はあまりに濃い。

その光景を眺め、エシディシは笑った。腹の底から、喉が張り裂けるんじゃないか、そう思えてしまうほど声をあげて笑った。
ついさっきまで悩んでいた自分が滑稽だった。
何も考える必要などないじゃないか。やはり優れた存在なのは俺たち……いや、『俺』だ。
認める? 認められない? 誰に認めてもらう必要がある? 何故認めてもらう必要がある?
気まぐれに戦った様が目の前の光景だった。真剣に悩んでいたころの自分自身がまるで道化のように馬鹿らしい。
そして何より人間たちが可哀想だった。あんなにも真剣に自分を殺すと決意していた人間たちが! こんなにも惨めになってしまったなんて!

超再生! 超進化! 超知能! 超筋力! 超能力!
スタンド……? スタンドだってぇええーーーー? クソにも劣る、あのションベンカスがなんだというのだ。
今更人間を敬う? 人間に習う? チャンチャラおかしかった。
もはやエシディシは手に入れたのだ。全てを、人間を超越し、精神世界から解き放たれたのだ。
それを超えた力があるというのに……今更彼がそんな古臭い精神論にしがみつく必要がどこにあるというのだろうか?


「か、勝てない……」

膝から崩れ落ちたフーゴは目に涙を浮かべ呻いた。

「勝てるわけがない……ッ! 奴は『神』になったんだ……僕たちは、ここでお終いだ……!」

(…………いや)

だがエシディシはそう思わなかった。
彼は自分の力を甘く見ているわけではない。冷静に、それでもどれだけ悲観的になろうとも、ぶっちぎりの存在になってしまったことは間違いなかった。
だからこそ、その冷静な頭脳と、観察眼が告げていた。
ゴミ虫、人間どもはまだ諦めていない。まだ彼らは諦めていないのだ……!

ブチャラティが立ち上がる。リゾットが立ち上がる。ジョルノが……ホルマジオが!
フーゴはぼんやりと四人を見る。そしてベソをかきながらも、彼は確かに立ち上がった。
それを見ても、彼は何も感じない。
羽虫が足掻くのを見て人間は何を思うだろうか? 可哀想だと止めをさすか、うっとしいとサッサとけりをつけるか。
どっちみち結末は一緒だ。人間たちがたどる終わり―――それは死。早いか、遅いか。痛みがあるか、ないかの違い。
ただそれだけだ。

ただエシディシはうんざりしていた。彼の何処に人間を敬う気持ちが残っているのだろうか?
もう、足掻くな……。なにもそんなに死ぬ間際まで辛く生きることはないだろう……。
そういった気持だった。天から見下ろす軽蔑の眼差し。
早めに息を止めてやろうと思ったのは『たまたま』彼がそう思っただけ。
べつにこれといった特別な感情はなかった。
神は気まぐれなのだ。いつだってその気まぐれに翻弄されるのが、人間の宿命。

一人、また一人が、じりじりとにじり寄ってくる。
五人の瞳はこれまでとは違った目の輝きがあった。
殺意はいまだに収まらず、いや、今まで以上に燃えあがり、エシディシを焼き尽くさんと熱を持つ。
身体の限界はもうとっくに超えている。ならば彼らを突き動かすものは何か? 精神に裏切られ、無力感に苛まれながらも彼らは何を見ている?
『覚悟』だ。その覚悟とは、諦めることで受け入れることではない。自棄になって観念することでもない。
彼らの足を動かすのは、それでも前を向き歯を食いしばり、困難を受け入れる『覚悟』だ!
困難がやってくるのではない……自分たちで困難に立ち向かっていくのだ!

エシディシの研ぎ澄まされた感覚が反応した。
来る……最後の戦いが。
全てを投げ打ち、全身全霊を込めた、限界のまたその一歩先を行った、正真正銘、本当の本物の最後の戦い―――!

5人は走った。
リゾットとホルマジオは姿を消し、フーゴとジョルノがエシディシへと向かいき、ブチャラティは目的地へと駆けていく!
紫と黄金の瞬き―――このまま気を失ってもいい、指一本動かなくなってもいい!
そんな想いを乗せた二人の拳がエシディシに迫り来る。それも彼を挟み込むように、両方向から!
エシディシは引導を渡してやろうと決心した。もういい、苦しむな。お前たちはよくやったぞ。そう祈りを込め、笑った。

跳躍したエシディシは天まで届くのではないかとぐらい上昇していく。
宙返りを華麗に決め、一度距離を取って二人に襲いかかるつもりでいた。
ところが、そんなエシディシを追撃する影が一つ。パンナコッタ・フーゴ、紫色のスタンドを脇につれた彼が猛然と突っ込んできた。

(可哀想に)

単騎で突っ込んできたフーゴをフォローするかのように、後方でジョルノが蔦を伸ばし、エシディシの行動を縛る。
加速と、最後の力を振り絞ったパープル・ヘイズが吠える。
凶暴さ、狂気、全てを吐きださんと、いつも以上荒々しく暴走する力。
それも虚しいほどに無力。当たったそばから、エシディシの身体は修復を開始。既にパープル・ヘイズの毒の抗体が彼の中で出来上がっているのだ。
拳の弾幕をすべて受け止め、足に絡まる植物を引きちぎり、一歩だけ前に踏み出す。フーゴの顔に恐怖が浮かんだ。
憐みを浮かべ、エシディシは腕を振るう。弱いことはこんなにも、罪なことだったのか。

「ガはああァッ…………」

的確に鳩尾を貫いた一発、フーゴの膝から力が抜ける。
神に抗ったことを懺悔するかのように、彼はその場に崩れ落ちた。エシディシはすぐさま止めを刺そうとした。
これ以上苦しんでは可哀想だ。それが強者の傲慢さであり、権利であり、義務であると彼は思っていた。

「さようならだ」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄―――ッ!」

横やりを入れられたことで彼は少しだけ不満げな顔を浮かべた。
まぁいい、フーゴかジョルノか、順番が少しだけ入れ替わっただけのこと。
体力の限界は目に見えて明らかだった。キレもない、スピードもない。
鬼気迫るものは感じさせるが、所詮それまで。気力だけで保ったラッシュに、向かっていき、沈み込むと足払いをかける。
面白いようにすっ転んだジョルノ。バランスを失い、宙に浮いたその一瞬の間に、エシディシは蹴りを放った。

顎を捕えた一発。足の裏に届いた感触は、骨を砕き歯をも木っ端微塵にしていた。
オモチャのように、ジョルノが飛んでいくのを見る。口から噴き出た血が点々と後をつけ、まるで何かを遠くまで飛ばす競技のようだとエシディシは思った。

「さて……」

後で止めを刺しに行くとしよう。とりあえずは目の前の、パンナコッタ・フーゴから。
痛みに転がり、少し離れた位置にいるフーゴに向かって歩く。一刻も早く彼を『救って』あげなければ。
なるべく一瞬で。さっきは鳩尾で逆に苦しめてしまったから、首でも刎ねるか。
淡々と、病人を見る手術医の気持ちで決断した。手をいつも以上にキレ味が出るような形に変化させる。そして―――

振るった刀が捕えたのはフーゴではなかった。
透明に化けていたリゾット・ネエロが直前でフーゴ助けようと彼の体を持ち上げ、走っていたのだ。
必然的に遅れて振るわれた刀はフーゴでなく、リゾットの体を切り裂き……彼の左腕が吹き飛んだ。

支えを失ったフーゴが放り投げられ、思いきり叩きつけられた。
片手がなくなりバランスを失ったリゾットは、エシディシに向き合おうとするも、そのまま背中から倒れる。
倒れた場所が悪かったのか、ちょうど突き出た岩に頭を激しく打ち付け、フードの端から真っ赤な液体が垂れ落ちた。

3人は動かない、いや、動けない。
もはや立ち上がることさえできない虫の息。絶体絶命、まな板の上に載せられた魚。
エシディシはゆっくりとリゾットに近づいて行った。表面上は笑みを浮かべ、余裕を感じさせながら。
しかし彼は忘れていなかった。耳を澄ませ、見える限りの範囲の闇に眼を凝らす。
残りの二人はどこに行った……? 一体に何を仕掛けてくる?

身体をだらんと投げ出したリゾットを見下ろしてやる。立ったもの、倒れ伏したもの。
それでも諦めが悪いのか、リゾットはエシディシをにらみつける。
気持ちだけはお前に負けてるものか。だがそんな感情は負け惜しみだ、弱者のクソみたいな傷のなめ合い行為だ。
顔を覆い、首を振りながらため息を漏らす。可哀想に、本当に……可哀想に。

「もう苦しむな……楽に逝け、リゾット・ネエロ」
「俺の名を覚えているとは……人間は下等生物じゃなかったのか?」
「なぁに、ちょっとした気まぐれよ……そんな特別な事じゃない……」

ふと、最後ぐらいはかつての自分の流法でけりをつけようかと思った。
なんてことはない、ちょっとしたお楽しみだ。散々悩んでいた自分へのけじめでもあるし、これから来るべき未来に向けての実験でもある。
掌を綺麗に伸ばし、突き出した爪の先から細く、長い血管がするすると音もなく出てくる。
五本の操り糸はリゾットの顔を撫でまわし、ぽとりぽとりと垂れた血管が水膨れを作り出した。
出し抜けにリゾットがエシディシに話しかけた。

「エシディシ……アンタ、こいつだけは絶対に許せねェ―――ッ! って思うやつはいないか?」
「……何?」
「人間的に許せない奴はいないかって聞いてるんだ。
 俺にはたくさんいた……。しかも幸か不幸か、そんな奴らにいつも囲まれて仕事をしないといけなかった。
 話を聞かず、勝手に上げ足を取り、そこら構わずブチキレる奴。職場にピンナップ写真集を持ち込んだり、挙句の果てには女自体を連れ込むやつ。
 与えた任務はさぼり、やっと終わらせたら文句しか言わない奴。仕事もできなければ、愚痴ばかり言っていつも泣きべそばかり浮かべてるやつ。
 まともな奴のほうが少ないぐらい……正直頭を抱えたよ。
 こんなゴミ箱のクソの集まりみたいな集団で、仕事なんてやってられるか、そう思った日は数え切れない。
 全部放り出して、慌てて全員で今回だけは許してくれ、って謝られたこともある」
「昔話か……? フフフ…………! 走馬灯でも見ているのか?」
「だがな、そんな下らねェ野郎どもの集まりでもな、皆骨のある奴ばかりだった。
 俺が半殺しにしようが、路地裏に連れ込んで根性入れなおしてやろうが、次の日にはケロリとした顔でまた来やがる。
 堪らねぇぐらい気に入らねェ連中ばっかだったさ……。
 なにより気に入らねェのがそいつらが俺とまったく同じ信念を持ってたことだ」
「ほぅ、それは何だ?」

返事は期待していなかった。もう人間の戯言につきあうのも少し飽きてきた。
エシディシは力を込めると、血管をリゾットの中へと食い込ませる。
顔面に500℃を超える熱湯を流し込み、熟れたトマトを踏みつぶすように、跡形もなく頭部を吹き飛ばしてやる。

「それはな…………」
「―――いったん食らいついたら腕や脚の一本や二本、失おうとも決して『スタンド能力』は解除しないってことだッ!」
「ハッ?!」

声は背後から聞こえてきた。
エシディシは反射的に腕を振ろうとした。本能的に振り返ろうとした。
だがそんな暇なく、反撃の機会を与えることなく! 暗殺チームの一員、ホルマジオのリトル・フィートの刀がエシディシを串刺しにした!
血が飛び、皮膚を突き破り、体の中心を突き抜け、反対側まで飛び出た刀!

暗殺とは一瞬でかたをつけなければならない。暗殺とはターゲットにばれてはならない。
暗殺とは迅速に、かつ確実にせねばならない。暗殺とはできるだけ簡単に行わなければならない。
そういう意味ではこの暗殺はまさに会心の出来! 
殺気を悟られることなく近づいたホルマジオ! ターゲットの注意をそらし続けたリゾット!
阿吽の呼吸に、達人の仕事! それはまさに暗殺チームの名が見せる一番の輝き!
しかし―――

「ククク…………」

プロと言えども、人間以外は専門外。
彼らが暗殺してきたものは心臓を貫けば始末できるものだった。首を跳ね飛ばせばそれでお終いの存在だった。
だが目の間のコイツはどうだ! 貫通した刀を中心に、僅か数秒の間に! 筋肉は盛り上がり、逆に刀を包み込むような鎧ができているではないか!
貫いたはずの武器は逆に、ホルマジオの行動を妨げる鎖に早変わり。
いや、それだけにはとどまらない……。ブジュリ、ブジュリ、不気味な音が二人の耳をつく。
焼きごてを押しつけられたような、針山に腕を叩きつけられているような。
途方もない熱と痛みがホルマジの脳内を揺らす! 自分の腕が食われ始めた……その痛みと恐怖に彼の喉から悲鳴が飛びだした。

それを見せつけるかのように、エシディシは体をくねらせる。
途切れ途切れ、激しさを増し、うねるような悲鳴は塞いだ耳すらも突き抜けるのではないかと思えた。
断末魔―――まるで全ての生命力を絞って、最後に叫んでいるのではないかと思えるほどに。

邪悪な笑みがエシディシの顔に広がっていた。これ以上ないほどの絶望の叫びに彼は酔っていた。
果たして、そんな部下の声を聞いて、リーダー様はどんな表情を浮かべるのか?
無力感に追われ、責任感に押しつぶされ、一瞬でもつかんだ勝利がするりと抜けたその表情は―――?

「言ったはずだ……―――いったん食らいついたら腕や脚の一本や二本、失おうとも決して『スタンド能力』は解除しない、とな」

予想に反してリゾットの顔は平然としていた。今までとなんら変わらず、冷酷で無表情。
気に入らない。エシディシはほんの少しだけ、苛立つ。
何故平気でいられる? 自分の部下が、自分の失態で、目の前で殺されかけているのだぞ?
死んでも解除しない? スタンド能力? 馬鹿らしい……! もっと脅えよ、苦しめ、恐怖せよ!

いつの時代も暴君は刺激を欲しがるものだ。エシディシにとってはそれが人間の絶望であり、恐怖であった。
だというのに目の前のコイツはなにもしない。つまらない……退屈なもの。
いや、それ以上に気に入らない。神の言うとおりに、思い通りにならないものなんぞ、不要なものだ。

エシディシは数歩前に踏み出す。依然悲鳴をあげたホルマジオは既に足に力が入らないのか、ずるずると引きずられていく。
一歩、また一歩踏み出す。ホルマジオの体が揺れる。地面にこすれ、膝から血が吹き出る。
もっと目の前で部下が悲鳴をあげてるの見せつけてやろう。
血がかかるような距離で、その手足を引きちぎり、その肉を味わわせてやろう。
そして最後は死んだ部下の手で、その力を使って惨めに八つ裂きにして、後悔させながらあの世に送ってやる!

「―――そこだ、その位置、その角度……最高だ。これ以上ないってぐらい最高にイイ位置だ」
「…………?」

じっくり時間をかけ、痛みのあまり気を失ったのか、声もなくしたホルマジオを引き連れ、エシディシはリゾットの目前に立った。
既に捕食は腕にとどまらず、手も肩も、そして身体自体も少しずつ取り込み始め、まるで奇妙な二人羽織のようだった。
背中にくっつけたホルマジオを、これ以上ないぐらいグロテスクな物体に仕上げよう。
そう思っていたエシディシは、それ故にリゾットの言ってる意味がわからなかった。
まさかこの極限状態に頭がイカれてしまったのか? 直視できない現実に、彼は逃避世界に入り込んだのか?

「何を言って―――」





「「『ブッ殺す』と心の中で思ったなら…………」」」





そう想い、尋ねようとしたエシディシ。
しかし彼は見た。
リゾットの、沈んだ凍るような瞳に輝く、燃えたぎる殺意を!
鏡のように映し出された目の奥底で、自らの背中に張り付くホルマジオにもその輝きがあることに!
そして今まで見た誰のものより、その殺意が根深く、暗いことに!





「「その時スデに行動は終わっているんだッ!!」」





「スティッキィ・フィンガーズッ!」
「DDDOOOOOHHHHHHHHHHH!!」

地面が、崩壊していく。
地に潜んでいたブチャラティが張り巡らせたジッパーを、一斉に解放した。積み重なるように均衡を保っていた地層は崩れ落ちていく。
木も草も、鉄も銅も。ジョルノが生んだ植物も、広大な敷地の庭も、燃え盛っていたナチス研究所も。
全てを巻きこみ、全てが深い深い闇へと吸い込まれていく。
エシディシも落ちていく。ホルマジオも落ちていく。
何もかもを巻き込み、終わりが近づいてくる。闇の奥底へ……落ちる、落ちる、落ちていく。

―――バシャンッ!

終点はすべての始まり、生命の誕生、水の中へ。
ナチス研究所という巨大な施設を司る、大きな大きな下水管。
しかし、下水管の中はまるで激流、濁流、大決壊。
これがホルマジオとリゾットが研究所の中を走り回り成し遂げた罠の集大成。
あちこちの水道管をぶち壊し、周りの配管をせき止め、全ての水をこの一本に集中させた。
それこそ川の水も、である!
数時間前に降った豪雨は川の勢いを増し、流れを加速させる。
施設の膨大な水 プラス、川の水!
もはやそれは数の暴力とは言い切れない『災害』! 水の暴力! 大自然が生んだ、決して人間がコントロールしきれない、神の力!

「NUAHHHHHHH! き……貴様らァアア――――ッ!」

激しい流れに負けず、呼吸の出来ない水も負けず。エシディシは流れに逆らい必死で泳ぐ。
身体を変形させ、水中で最も適した形に! 例え潜水艦だろうと、タンカーだろうと潰れてしまう激流でも! このエシディシは、決して負けはせん!
首の脇に、ぽっかりと二つの穴があき、流れるくる水を通し、酸素を頭へ送る。
最適の形、鮫のような抵抗の少ない肌に変化、強靭な肉体から凹凸が減る。
流線形は美しさをもたらし、なめらかさを持たらし、その存在は泳ぐためだけに生まれた形へ。
すべてを切り捨てて、彼は変身した。水の流法、新しいエシディシ―――新生柱の男だ!

だが、それでも切り捨てられないものがあった。いや、『いた』。
ホルマジオが必死で食らいつく。ボロボロの体、半分同化した肉体、ほとんど呼吸のできない状態でそれでも彼は食らいつく。
水の流れはあまりに激しく、細胞でいちいち消化していては流れに押し負けてしまう。
だが消化しなければ、大きく出っ張ったホルマジオは水の抵抗を大いに受け、エシディシの負担は大きくなる。
にっちも、さっちもいかない。しかし、そんな状況でも、エシディシの巨体は少しずつ、また少し前進する。

「なんの…………これしきのォオオ! これしきのことでェエ―――――ッ!」
「だろうと思ってたさ」

ただ彼は孤独だった。
一人だった。
助けを求める相手も、ピンチに駆けつける仲間もいなかった。
声に驚き見上げると、月を背にし、一人の男がエシディシの元に。
ゴールド・エクスペリエンスが作り出した蔦が穴の脇から垂れ下がり、そしてそれに捕まりぶら下がる男。

「スティッキィ・フィンガーズッ!」

片手のラッシュが今のエシディシにとっては、何百人ものスタンド使いのラッシュより辛いものだった。
こんな、貧弱な攻撃が……! 便所のカスにも満たない非力な人間の……しかも、片腕による攻撃が!
吹きあげる水飛沫の波間を縫い、ブチャラティの拳が襲いかかる。
耳は切り飛ばされ、唇から血しぶきが飛び、大きなジッパーが背中を貫く。
しかし! 驚愕すべきはその男の力! 生命力にして、進化の力! それでもエシディシは進む!
どれだけブチャラティが狙いを定め、ぶちかまそうとも! その眼力は本物!
泳ぎの中でかわし、避け、時には自らの肉体を犠牲にし、それでも彼は激流に押し負けない!
人間たちに死を! 下等な生物たちに絶望を!
恐るべきはその執念! 感情がこの勝負を分けるというならばまさにこの戦いは身を削り合うを超越し、魂を削り落とす戦い!
ぶつかり合うその気迫と気迫! 精神力と精神力!

「残念だったなァアア――――ッ! 俺は死なん、死なんぞ人間どもォオオ―――――ッ!」

ダイヤモンドのような澄んだ輝きではないかもしれない。
両者はともに、あまりにも殺しを重ねてきた。血にまみれ、肉を踏みしめ、築きあげてきた山は互いに膨大な量。
生きるため、食べるため。そこに違いはあるのだろうか?
人間が人間を殺す理由と、人間でないものが人間を殺す理由。
そこに明確な善悪などはない! あるとするならそれは互いの感情のみ!
それは殺す側に立った彼らが抱く感情の差……そして、それは唯一にしてにして最大の差!

「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ――――!」

ブチャラティが、両手を離した―――『同時に』。
宙に浮かんだ身体、自由になった両の腕。存分に振るわれる拳に一瞬、思考が止まった。
戸惑うエシディシの腕を跳ね飛ばしたブチャラティの体は何の支えもない―――彼も、落ちていく。
激流を追い越し、激流を飲み込みかけていたエシディシの体が急速に重くなった。
最大の加速力にして、舵を取っていた腕が吹き飛ばされては流石の究極生命体も流されるしかない。
だが彼は水が口に飛び込んでくることも構わず、自分がなすことに意味がないと知っていても嘲りの意味を込めて吠えた。
また一人、死を……またひとつ絶望を増やすことができた。その歓喜の意味を込めて。

「フハハハ、貴様も道連れだブチャラティィイ――――! 流されて行けェエエ―――!」

頭上に広がる穴が急速に流れていく中、それに構わずエシディシは笑う。
細く暗い配管に笑いが反響する。まるでいくつもの笑い声が狂ったように増幅し、一面を包んでいた。
絶望、死。ブチャラティは死ぬ……水に流されて行く!
だが俺は生き残る! それは俺が究極生命体だからだ! 俺が生き残るのはそうなるべきだからだ!
高笑いはやまない。気が狂いそうになるような、下劣で吐き気を催す笑いだった。
そして、その声は次の瞬間、ピタリとやんだ。

「復讐は蜜よりも甘い」

ブチャラティは川に落ちることなく、『宙に浮いて』いた。
空間が歪む。砂嵐が去ったような現象の終わりとともに、ブチャラティを支える人物が姿を現した。
真っ暗な服を、いつものように風になびかせて。
彼が姿をあらわすときは―――死を運ぶ時。

「だがそんなもののために……『自らの欲望のためだけ』に、俺は一度たりとも手を汚したことはない。
 誇りを捨て去った殺しなんぞは……この世で最も醜く、吐き気を催す邪悪な行為だ。
 そして、その慣れの果てが……今のお前だ、『究極生命体』エシディシ」

その男は誇り高い人間だった。
常に冷酷であり、無表情な仮面を張り付けていたのは、そうしなければならないほど普段の彼が激情家だったからだ。
熱く燃えたぎるマグマのような怒りは、抑えつけなければ漏れ出してしまいそうだからだ。

「そして、この俺がどうしてそんな闇の世界にのまれなかったわかるか?
 気を抜けば殺され、下手したら自らの中に潜む『化け物』に心を喰われる。
 そんな世界で俺が、『俺たち』が誇り高くい続けれたのは何故かわかるか?」

奪う側に立つ彼は死神。人の死に涙を流さなくなったのはどうしてか。
それは彼が背負ってきた命の数々……数え切れないほどの数、量りきれないほどの重み。

「気高くあり続けたい、こいつらに笑われたらかなわねェ。
 そんな、そう思わせてくれる屑が俺の周りにはいたからだ」

立ち止まり振り返っていては潰れてしまう。
足を止め後ろを眺めていれば追い付かれてしまう。
故に彼は前を見、歩き続けてきた。誰よりも先頭に立ち、誰よりも顔をあげ、そして何人もの仲間に囲まれ―――!

殺すことが悪いのか? 殺すことが悪なのか?
自分は死んだら地獄へ行くだろう。それだけは間違いない。それだけは断言できる。
だがそれでも構わない。これも全て自分が選んだ道。
だからこそ、せめて死に行く全ての、自ら手を下す全ての者の顔を、声を、命を。
背負って生きていこう。
なんの意味もない行為かもしれない。
だがそれが暗殺者として……ひとりの悪としての、唯一にして無二の誇り。
それがリゾット・ネエロという『男』なのだから。


「リゾット…………」

轟々と轟く川の流れの中でも、彼の耳には確かに届いていた。
何度となく聞かされた嫌味、時に度が過ぎる憎まれ口。
かつての面影はなく、部下の呟きは消えてしまいそうになるほどか細かった。いつもの力強さは微塵もなかった。
それでも聞き逃すことはない。聞き逃してはならない。
これが―――きっと彼と最後の部下の、最後の会話になるのだから。


「今度からは……買い物ぐらい、自分でやりやがれ」
「―――悪かった」


そしてその最後の会話は、いつもどおりのホルマジオだった。


エシディシの体に異変が起きた。
シューシューと噴き出す紫色の煙。馬鹿な……そんなはずが……。
究極生命体に不可能はないはず。作り出した抗体に間違いはない。
時間差の毒なのか? いや、まさか。スタンド能力は一人に一つ。
ならば何故……一体どうしてこの俺の体は……毒され……煙をあげているというのだ?!

「ハッ!?」

それは簡単な答え。それは抗体を持たない部分から、体全身へと毒がまわっていたのだから。
即ち、毒が侵入し始めていたのだ。同化したホルマジオの体内から。

「まさか、貴様すでに感染……!」
「ブチャラティ…………こいつを、頼んだぜ」
「任せろ」

全ては計画通りだった。
研究所の水と川の水、ブチャラティのスティッキィ・フィンガーズによる足元の崩壊。
エシディシをつき落とし、大自然の力で押し流す。
やつにはどんな『スタンド』も通じない。やつにはどんな『武器』も通じない。
人間が敵うことがないとわかったならば、人間以外の手段で殺すしかない。
暗殺チーム設立以来、最も大掛かりな暗殺を彼らチームはやりきった。
仲間一人を犠牲にして。

「リトル・フィート――――――!」
「VOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

ひょっとしたらホルマジオがせずとも、エシディシは川の流れに押され、帰ってこれなかったのかもしれない。
フーゴからあらかじめカプセルを預かり、自分でそれを叩き割り、感染する必要などなかったのかもしれない。
結果論でしか話はできない。
それでもホルマジオは自分の命と、暗殺の確実性を天秤で量った時……自分の命を投げ捨てることを選んだ。
いや、投げ捨てたのではない。ただ彼もそうありたかっただけだ。
誰よりも誇り高き『男』に。

生命の最後の輝き、それがホルマジオのスタンドの力となる。スタンドが振るう刀は自らの体を貫く。
エシディシの体が縮んでいく。紫色の煙をあげ、二メートルを超える大男の体が縮んでいく。
同化した身体はまさに一心同体。
ホルマジオが毒されたならば、エシディシも。ホルマジオが縮んでいくならば、エシディシも!

ブチャラティとリゾットが見つめる中、二人の体が流されていく。
遠く、遠く。小さく、小さく。
そして轟音を響かせ、黒々と流れていく川の流れに二人は飲みこまれ……何も見えなくなった。


―――何も、見えなくなった。












「KWAAAAAAAAAAAAAA!!」

エシディシの耳につくのは水流の音だけではなかった。
ナチス研究所がある場所はF-2。ではこの下水管はどの方向に向かい、流れていくのか?

「か、体の変形を…………! だ、駄目だ! 間に合わん」
『禁止エリアに侵入。30秒後に首輪が爆破されます』

無論これもリゾットたちの計算通り。流される方向も含めての計画。
徐々に音量を増し、鳴り出したのは警告のためのアラーム。
首輪から発せられる甲高い電子音。


「く、この人間……離れん! こいつ、食らいついて……ハッ!!」


―――いったん食らいついたら腕や脚の一本や二本、失おうとも決して『スタンド能力』は解除しねェ


「こ……こいつ…………死んでいる!」






『5秒前、4――3――2――』


「戻れ、戻れェエエエエ―――! クソォオオオオ――――!」



『1――』










「VAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」








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最終更新:2011年02月17日 00:36