◆
男たちが無意識のうちに取っていたのは「追悼」の姿だった。
涙は流さなかったが、無言の男の詩があった。
言葉は必要なく、思い思いに彼らは敬意を表した。
ブチャラティは胸に手を当て、ジョルノは目を瞑り、祈った。
リゾットはリンゴォの生き様を目に焼き付け、
ホルマジオは静かに十字架をきった。
「ブチャラティ」
突然
エシディシに名前を呼ばれ、彼は戸惑う。
しかし、察したのだろう、彼は黙って部屋を横切り、能力を発動。地面に一本のジッパーが作られた。
エシディシはリンゴォの遺体をそこに横たえた。
誰もが敬意を表していた。そして、これから起こりうる戦いの中で彼がこれ以上傷つくことを、誰も望んでいなかった。
「僕らは……わかりあえないのでしょうか?」
リンゴォの遺体が消えた後、ジョルノが絞り出すような声で、控え目に言った。しかしその瞳に迷いはない。
射抜くような視線を受け、エシディシは少しの間考え、一語一語を捻りだしていく。
「わからない。もしかしたらわかりあえるのかもしれない。
全てわかりあうのは不可能かもしれないし、もしかしたら可能かもしれない。
一部だけは分かり合えるのかもしれないし、やはりできないのかもしれない。
もしかしたらそのわかりあえた一部分で、俺たちは通じ合えるのかもしれない」
しかし……、そうぽつりと最後に付け加えた。
そして次に続く言葉は必要なかった。
リゾットは二、三歩下がり、それを庇うようにホルマジオはスタンドを脇に呼び出す。
最も近くにいたブチャラティは即座にその場を飛び退くと、ジョルノの脇に並ぶように立つ。
四人は見た。エシディシの瞳に宿る真っ赤な炎を。
時折色を変え、顔を出すのは復讐と殺意。そして受け継がれた、たくさんの意志。
言葉は必要なかった。わかりあえた、わかりあえる。そんな仮定や願望は、論ずるだけ無駄だった。
「俺の中で囁く声がする。俺の魂が、誰よりも誇り高く、自分は人間でないと吠えるのだ。
カーズが、
ワムウが、一族が! 俺の中で喚きたてる! そしてそれは俺を奮い立たせる!」
彼は道を戻る気も、逸れる気もなかった。
宣言した通りだ。彼は歩き続けるだろう。
それが自分を困難に追い込もうとも、例えどんな壁が立ちふさがろうとも。
その先に光り輝く道があるはずなのだから!
地面に落ちていたナイフを拾い上げると『怪物』は一度だけ目を瞑った。
そしてカッと見開く。彼の顔には迷いなんぞ、一切残っていなかった。
手に持ったナイフを振り上げると思いきり放り投げる。
放たれた刀は銃弾に迫る勢いで飛んでいく。
『怪物』は人間の手を取ることをしなかった。代わりに、彼は人間に牙をむけた。
そして吠え、四人の中に身を踊らさせる。
「覚悟しろ、人間どもォ!」
―――どうして戦わなければならないのか。
なんてことはない、理由は単純なものだ。
誰よりも誇り高い怪物と、誰よりも誇り高いギャングたちの戦い。
彼らが『男』であり続けたいから。意地と意地、どちらも曲げる気がないから。
まったく、とんだ馬鹿げた戦いだ。
◆
宙を切り、風を裂き、ナイフは飛ぶ。
標的は
リゾット・ネエロ、ただ一人傍に立たないスタンドを持つ者。
近距離型ではない彼のスタンドではこの攻撃は回避不可能、防御不能。
額目掛けてナイフは飛ぶ。加速しグングン、勢いを増していく。
だがナイフが彼を貫くことはなかった。
横っ跳び、リゾットを突き飛ばし、ホルマジオは己のスタンドの右手を振るう。
キィンと甲高い音とともに、ナイフがはじけ飛び、クルクルクルクル宙を舞う。
そのナイフが床に届かぬうちに、怪物は動いていた。
ナイフを追い抜かんとばかりに、彼はリゾットへ猛然と向かっていた。
すかさずジョルノとブチャラティがその場に立ちふさがる。
近距離パワー型のスタンド二体。はたして怪物はどのように対処するのか?
彼が選んだのは至ってシンプル、直進。
走りのスピードを重ねた飛び蹴りを、二人目掛けて解き放つ!
ジョルノはこれを冷静に回避、鼻先をかすめる一撃。
ゴールド・エクスペリエンスの拳が振るわれる。隣でブチャラティも拳を振り上げていた。
だがその時、怪物は既に、既に次の動作へ移っていた。
拳の弾幕、嵐のように迫る二つのスタンド。怪物は動じない。
ジョルノのスタンド、ゴールド・エクスペリエンスの腕を掴むと一本背負いのように放り投げる。
まるで軽々と、丸太のようにふるわれたジョルノの体がブチャラティ目掛けて飛んでいく。
脇に転がり、ブチャラティはこれをやり過ごす。
受け止めることはできたが、敢えてしない。二人まとめて蹴りの餌食にされる、彼はそう判断したのだ。
「スティッキィ・フィンガーズ!」
ボクシングのようなジャブにストレート、そしてアッパー。
エシディシはこのスタンド能力を既に知っている。このジッパーの恐ろしさを知っている!
反撃の隙を伺い、まずはかわす、かわす、かわす。
視界の端で壁に叩きつけたはずのジョルノが見えた。
傷はない。見ると壁一面覆い茂る青々とした植物たち。いつのまに、彼はあんなクッションを用意していたのか?
「くッ」
危うく首と胴体がお別れするところだった。
エシディシは意識を目の前の男に戻す。掠めた一撃が顎にジッパーを作り出していた。
彼は体を沈めると、大きく蹴りを相手目掛けて振るう。ブチャラティはこれを後ろに飛び、回避する。
蹴りの鋭さに起きた風が、フワリと彼の前髪を揺らした。
二人揃われては厄介だ、そう怪物は思う。
地べたに転がるもの、机や椅子を手当たり次第に放り投げていく。
これにはジョルノもブチャラティも避けるほかない。
近距離型の彼らのスタンドでは間合いの外からの攻撃には、カウンターをぶち当てるのが難しい。
いかにヤツらを近づけないか、いかに一対一に持ち込むか。
エシディシは考える。机をジッパーで切り裂きブチャラティが直撃を避ける。ジョルノは身をかわし、転がり、徐々に距離を詰め始めた。
さて、どうするか―――頭に浮かんだのは亡きガンマンの形見。
部屋に転がる拳銃が一丁、彼が視線をそれに向けた次の瞬間。
「?!」
何の前触れもなく、右足首辺りの黄色のスライムが吹き飛ばされた。
二人ともスタンド能力を発動させたそぶりもない。なにより二人にそんな余裕はないはずだ。
見ればそこにいるのは坊主頭のスタンド使い。小人のようなサイズに縮んだその背格好―――自分の体を小さくするスタンドか!
「やっべ…………!」
「むんッ!」
二人の男たちに気をさきすぎたか、相手は四人のギャングたち。
流石のエシディシもこれほどの猛者たちを一度に相手するのは骨が折れる。
ならば多少のダメージは覚悟しよう―――視界の隅ではブチャラティとジョルノがこちらに向かって猛然と駆けてくる。
しかし間に合わないだろう。彼らが拳を振るうよりも早く、手刀は振り下ろされる!
潰せる内に一人でも多く! 捻りつぶしてくれるわ! エシディシはそう吠えた。
だが、そうはならなかった。
坊主頭が瞬く合間に姿を消し、同時に彼の右腕を突き破る釘に剃刀、そしてハサミ。
皮膚を突き抜け、血が舞い、驚愕に染まるエシディシの顔。
「無敵のスタンドなどない……どうやら、俺のスタンドが……一番有効となり得るようだな」
ゆらり揺れる影、後ろから聞こえた声。弾かれたように怪物は後ろを振り返る。
坊主頭の部下は失敗に頭をかく。リーダーはため息一つで非難はしない。部下の尻拭いが彼の仕事なのだから。
黒の衣装をまとった男、リゾット・ネエロ。
彼のスタンドには相手を打ち砕く腕もなければ、大地を蹴る足もない。
あるのは殺す手段と殺意のみ。そしてその分野ならば、リゾットの右に並ぶ者はいない。
「メタリカ!」
「ゴールド・エクスペリエンス!」
「スティッキィ・フィンガーズ!」
「リトル・フィート!」
前は二人の近距離パワー型スタンド、後ろは謎の能力を持つ二人の暗殺者。
これはあまりに分が悪すぎる―――彼は撤退を選択する。
しかし、ならばどこへ? 挟み撃ちにされた今、こっちを選べばそっちが直撃。そっちを選べばこっちが牙をむく。
板挟みの葛藤と迷いだらけのシンキングタイム。
だが相手は待っちゃくれない。思考は一瞬、判断は一寸。
彼は自分の道を突き進んだ。最後に頼れるべきは、やはり自らの力だ。
「WUOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
怪物は拳を大地へと叩きつけた。舞う砂埃、轟く地響き。
足元が揺れるような衝撃に四人は一瞬身が竦む。その一瞬、そのわずかな時間がエシディシには必要だった。
暴走した力は大地を揺らすだけにとどまらない。
蜘蛛の巣のように、裂傷が彼を中心に広がり始める。床板を砕き、大地が割れた。
四人の体勢が崩れる。キラリとエシディシの瞳が輝いた。
四人が聞いたのは地面を強く蹴る怪物の足音、砂埃に紛れ動く影。
ギャングたちが平静を取り戻すのに時間はかからなかった。
ジョルノ、ブチャラティが影に向かい弾丸のごとく突進。
リゾット、ホルマジオは刀を振るい、皮膚を突き破らんと能力を発動。
「なん…………」
「……」
「……」
「だと…………?」
しかし、それぞれが捕えたのは互いの影。
リゾットの目の前で止められたスティッキィ・フィンガーズの拳。ジョルノの首筋にあてられたリトル・フィートの刀。
怪物は消えてしまった。影も形もなく、一瞬であの巨体は消え去ってしまった。
一瞬の沈黙、困惑の表情が四つ並ぶ。奴はいったいどこへ? どうやって?
「―――下だッ!」
いち早く反応したのはブチャラティ。いや、反応できたのがブチャラティだけだった。
横薙ぎに振るわれた腕は容赦なく三人を吹き飛ばす。手加減する余裕もなかった。少しでも遅れたら、やられる。
エシディシは消えたのではない。潜んでいたのだ、彼らの足元に。
叩きつけた拳は目くらましの砂埃だけでなく、絶好の隠れ場所を生んだ。
即ち真下、足元。
衝撃で割れた床板、陥没した大地、生まれたスペースは柱の男にとっては充分すぎるもの。
男たちにとっては一瞬、だがその時間は彼が身を忍ばせるに十分だった。
モグラが飛び出る、そんななまっちょろいものではなかった。
地を砕き、床板を剥ぎ、天を突かんと巨体が飛び出てきた。
鋭く突きのばした拳、その先がブチャラティの体を貫いた。
「ブチャラティイイ――――ッ!」
「何……?」
「大丈夫だ……!」
一瞬、彼の仲間は死を覚悟した。
突き飛ばし、無防備な体に飛び込んできた怪物。その腕がブチャラティの腹部を貫いたように見えたから。
だが実際は違った。手ごたえが感じられない怪物は、平気でしゃべるブチャラティを前に焦りを感じる。
そしてそれは驚愕へと変わる。自分の腕が貫いたのではなく、取り付けられたジッパーを通り抜けただけだったことに。
一転、死から生へ。ピンチをチャンスへ。
ジッパーを上にあげ、腕を固定。ブチャラティの目が沈んでいく。
ギャングが見せる、死を賭しての輝き。
三人は魂で理解した。これはブチャラティが作り出した最大のチャンス。それを逃すわけにはいかない。
例えそれが、ブチャラティを殺すことになっても―――!
腕を固定され、後方からは三人が迫る。
怪物は躊躇わなかった。
もしこの男が自分の命を投げ出すほどの覚悟あるというならば!
仲間を信じ自分の身を危険に晒す覚悟があるというならば!
見せつけるしかない! 彼も、それ以上の覚悟があるということを!
「ふんッ!」
左腕を振り下ろすと、固定された右腕を切り飛ばした。
そして即座にその場を離脱、ぞくりと背中に三人のスタンドが向けられたことを感じながら部屋を転がり、間合いを取った。
そして四人と一人は再び向かい合う。
ジョルノがブチャラティを気遣う。黙って首を振った彼は怪我がないことを示す。
リゾットがホルマジオにこっそりと耳打ちをする。最後まで黙って聞くと、彼は一瞬だけ驚いた顔を浮かべ、そして頷いた。
状況は明白だった。怪物は腕を失い、四人に翻弄され、慣れない多人数のスタンド相手に四苦八苦。
しかし四人のギャングも心中穏やかではない。誰もが皆、ヒヤリとする場面があった。
あのとき少しでもエシディシの攻撃がずれていたら……。
さっきあそこでもう少し前に踏み込んでいたら……。
死は一瞬で訪れる。怪物相手に少しでも隙を見せるわけにはいかない。
両者ともに時間が必要だった。相手を出し抜くため、相手を仕留めるため、作戦を練る時間が―――。
「近距離パワー型スタンドが二人、そして近距離型だがパワーでなくスピードと能力で勝負するタイプが一人。
さらにもう一人は肉弾戦でなく中距離から能力で戦うタイプ……なかなかいいチームじゃないか」
エシディシが口を開いた。
ホルマジオはブチャラティを軽く小突き、サッと前に出る。
視線を切ることなく、ブチャラティはそろそろと横に動いていく。
唇をなるべく動かさないように話をしてくるリゾット。彼はだまって耳を傾けた。
「ジョルノとブチャラティのスタンドはだいたいわかっている……。
と、なると問題はお前たち二人か……。ふぅむ、これは俺の頭ではちと難題だなァ。
さてさて、どんなスタンドかなァ~~~?」
四人は誰も返事をしなかった。目の前の怪物はいったい何を考えているのか。
気まぐれか、時間稼ぎか、それとも本当にスタンド能力を解明しようとしているのだろうか。
ジョルノはチラリと横目で仲間の姿を確認する。リゾットとブチャラティの話はまだ終わっていない。まだまだ時間を稼ぐ必要があるようだ。
「貴方のスタンドは……身に纏うタイプのスタンド。
能力はわかりませんが、先ほどのリンゴォとの戦いからみたところ、並大抵の斬撃や打撃ではダメージにすらならない。
そしてなにより、柔軟性に富んでいる……。なにせあなたがスタンドを纏ったままでもあの隙間に潜り込めるぐらいですから」
「NN? 気になるかァ、ジョルノ・ジョバァ―ナ? 俺のスタンドが、気・に・な・る・の・かァアア~~?」
「興味はあります。そもそも貴方がどうやってスタンドを手に入れたか、どんなスタンドを手に入れたか」
「フフフ……口が上手いな、ジョルノ・ジョバァ―ナ……。ならばいいだろう、話してやるとも……公正にだ」
ニヤリと笑った男は表情とは裏腹に真剣な声色で自らのスタンドについて語り始めた。
滲み出てきた黄色のスライム、それを四人の目に焼き付けるように見せつけながら。
「俺の……正確には俺のスタンドではないが、まあいい、俺のスタンドの名は『イエローテンパランス』。
ただ肉を喰らう強欲なスタンド。それ以上でも、以下でもない。
俺はこいつを皮膚を覆うように薄く纏っている。これは鎧でも武器でもない。太陽光から俺の肌を守るためだ」
「さきほど首輪を銃で撃たれていましたが……?」
「ふぅむ、それだが、ついさっきまではコントロールに苦戦していてな……ようやく言うことを聞くようになってきたのだ。
さっきのあれは首輪をスタンドで覆っていたのだ。正直よく生き残れた思う。自分でも感心したぐらいだ。
だがこのスタンド、元々一族は全身で食事をするし、並大抵の攻撃では傷一つつけれん強固な肉体を持っている。
そういう意味では適当なスタンドではあるが、俺にとってしてみれば普段とあまり変わりはない。
日中でも活動できるぐらい……尤もそれが俺にはたまらなくうれしいがな」
「なるほどなァ~~……それにしても、ほんとしょうがねぇ~~な、コイツ。
本当に勝てるんだろうな、リゾット?」
「策はある。それこそ、人を殺す手段などいくつも、な」
「おっと、リゾット・ネエロよ……生憎だが俺は『人間』ではなくて『怪物』なんでな……!」
軽快なやり取りの間に、人間たちは策を練り終えていた。
ブチャラティからジョルノへ作戦を伝え終えた。青年は反論しようと口を開きかけたが、ブチャラティの真剣な表情を見て、そのまま言葉を飲み込んだ。
「ところで、俺は公正に話したんだが……お前たちは自分のスタンド能力を教えてくれる気はないのか? ンン~~~?」
「生憎、俺たちは暗殺者……仕事柄、スタンド能力は秘密なんでな……悪いな、怪物」
「そいつは残念だ……まぁいいさ、ならば俺の推測だけでも聞いてはくれんかね?」
どうぞ、とリゾットは返す。
エシディシはニヤリと笑うと人差し指を振り、茶目っ気たっぷりのウィンクをひとつ。
筋肉ばかりが俺の自慢ではないぞ、頭脳もある。そう言わんばかりの表情だ。
「ホルマジオのスタンドは自分も小さくなれるが、相手も小さくできるスタンド。
発動条件は相手を人差し指についた刀で切ること……または傷をつけることだな。
リゾットのスタンドは透明になるのでなく、周りとの風景に同化することで姿を隠している。
となると、俺に対しての攻撃手段がわからないが……俺の推測が当たっていれば鉄分操作だ。
砂鉄で姿をかくし、血液中の鉄から剃刀や釘を作り出す」
「おぅおぅ…………」
「根拠は?」
「まずはホルマジオ。自分だけが小さくなれるのであればあの状況で俺の足元を切りつけることはリスクがでかすぎる。
命知らずではあるが、お前たちは決して馬鹿ではない。死にたがり屋でもない。
危険を冒してまで俺に接近する必要があった……それは即ちスタンド能力に関するもの。
ならば自分が小さくなるぐらいなのだから……相手も小さくできると考えるのはいささか短絡的かな?」
「ほうほう、なるほどなァ~~~俺のスタンドはそんなくだらねーもんか」
「リゾットのスタンドは簡単だ、砂埃が舞った時に影の付き具合が違った。
つまり透明になるわけでなくあくまで擬態……さすがに舞い落ちる砂の流れまで計算できるやつはいない。
そして、血液中から釘、剃刀作成だが……後ろを見ろ」
ゆっくりと、目の前の男から警戒心をとぎらせることなく後ろをチラリと見る。
変わり果てた部屋、嵐のような暴力の跡、真中に転がったエシディシの右腕。『エシディシ』の右腕……?
「そいつは借りた腕でなァ……元は人間のものだったのよ。
俺の血はお前らと少しばかり違う……だからリゾットのスタンドも反応したのは本来人間のものだった右腕だけだってわけだ。
その差から考えると、結論は血液中の鉄分操作、となるわけだが、どうだ、正解か?」
「ご想像にお任せしよう……」
作戦は考え終えた、後は実行するだけ。
だが、四人は考える。果たして本当に可能なのか……?
こいつ相手に、どこまでできる? 隙は作れるのか? チャンスはあるのか?
話を切り上げようとするリゾット。防御手段を持たない彼は下がり、ホルマジオのスタンドの範囲内に入っていく。
代わりにジョルノが一歩前に出る。対峙する怪物に、彼は疑問を投げかける。
「どうして僕たちにわざわざ言ったのですか……?
スタンド能力の推測ならまだしも、自らのスタンドについて解説する必要はなかったはずです」
「なぁに、簡単な話……この戦いは力と力の戦いではないからだ。
心と心、精神をぶつけ合い、折れた方の負け。
もちろん今の俺たちのように実力は拮抗していなければそんなことは言えないが」
コツコツと、自分の心臓を親指でさす。話を続けるエシディシ。
「だからこそ俺もお前たちの作戦タイムを見逃したわけだ。
なにもただぼけっと突っ立ってたわけじゃあるまいな? 楽しみだ……お前たちはこの俺に対してどんな手を使ってくる?」
「おいおいおい、やけに余裕なんじゃねーの? いいのかよ、後で吠え面かくことになるかもしれんぜ?」
「なぁに、この俺も何も無策でお前たちに挑もうとしてるわけではない。
俺は俺なりに考えているのだ……気遣いはありがたいが」
最後にそう言いきると、深く深く息を吐いて行く一人の男。
息がとまるような圧迫感が舞い戻ってきた。お喋りはお終い、今一度互いの策をめぐらし相手の裏をかく戦いが始まる。
力と力、そして心と心のぶつかり合いが再開される。
「どうする、人間たちよ? 俺に何を見せてくれる? どんな手で俺を殺しにかかる?
やって見せろ! 殺して見せろ! 俺は真っ向からそれを叩き潰してやるッ!
慎重に、策に策を重ね、殺った! とお前たちが思ったところを俺は生き抜いて見せる!
なぜならそれがお前たちの心を折る一番の方法なのだから!
その時お前たちはどうなる? もう無理だ、諦めよう。やはりコイツは化け物だ。
そうなってしまうのか? それとも自棄になって特攻してくるのか?
さぁ、かかってこい、人間よ! 俺は逃げも隠れもしないぞ!」
仁王立ち。腕をなくし、スタンドはばれ、連戦に次ぐ連戦。
多勢に無勢、孤立無援、包囲網に巻かれた一人の怪物。
だが彼が怯むことはない。
ナンバーワンがオンリーワン! 彼が望むものは天に立つ……そしてそれは独りで成し遂げるもの!
これも試練。スタンド相手にどのように挑むか。乗り越えたならば……必ずや高みに近づくことができる!
人間たちが動いた。
暗殺者二人は同時に姿を消し、二人のスタンド使いは躊躇うことなく走ってくる。
真っ向勝負は大歓迎、腕が一本ないところで構うものか。
腕がなければ足を使えばいいじゃない。カウンター気味のハイキックを二人にお見舞いする。
対するは拳のラッシュ、しかし今回は長くは続かない。
つかず離れず、互いをフォローしつつ、前に出たり下がったり。
攻める気持ちがないわけではない。しかしその裏には明らかに別の意図が隠れている。
作戦のための時間稼ぎか? 消えた二人の行方はいったい?
ゴールド・エクスペリエンスの一撃をはたき落とし、ブチャラティの蹴りをさばく。
餌をばら撒くも二人食いついてこない。反対に、攻める隙を作らんと二人は慎重に出方を伺うのみ。
そのまま、何回かの攻防が過ぎる。時間が足早に過ぎ去っていった。
「ジョルノッ!」
「ゴールド・エクスペリエンス!」
前に出たスティッキィ・フィンガーズが怪物の行く手を遮る。
振り下ろされた黄金の拳が生命を生みだす。芽吹きと誕生、部屋中のあちらこちらが緑色に染まっていく。
最後の一撃を合図にブチャラティは大きく後退、そのまま建物の窓へと向かっていく。
窓のそばにはジョルノが準備、二人外に飛び出ると同時に、その周辺が周りより一層濃い緑に覆われた。
逃してなるものか―――邪魔する草木をかき分け、枝をたたき折りエシディシは後を追う。
ちぎれた腕から奇妙に伸びた血管。その先から灼熱の血液が噴出、植物たちは次々と枯れ果てていく。
窓を覆った緑を破り、僅かに残った銀のサッシに足をかける。
二人の姿は見えない。ナチス研究所の広大な庭が目の前に広がっているだけ。
しかし、とそこで怪物は考える。足をかけた姿のまま彼は目を凝らし、頭を回転させる。
外の二人を追うのも楽しかろう。しかし今二人は明らかな時間稼ぎ……ならば当然この逃げも策のうちのひとつ。
本当は自分を引き離したいのではないか? 狙いはナチス研究所、そのどこかにあるのでは?
だが、そこまで考えてエシディシは首を振る。
さっきも言ったはずだ。怪物は逃げない。天を取るものは常に真っ向勝負!
心を折るのならば敢えて策に嵌って見せよう。そしてそれを上回る策と、力でお前たちを絶望の中に!
「とは言うものの、慢心してはいけない。敬意を表せ、人間を侮るな。
ならば策自体は潰さずにいよう。しかし……はたして策を実行に移せるかな?」
部屋の中央、転がった腕を取りに行く。その道中、ジョルノが生んだ緑に次々と火を放つ。
木が燃える、部屋が燃える。灼熱地獄のナチス研究所。
暗殺者二人が何かをやろうとも、この熱と火は彼らの足を止める。
その時二人はどうするか? 突っ切る覚悟を見せるのか? 遠回りの近道を選択するのか?
準備万端、ふたたび腕を装着したエシディシ。
ダンダンダン! と三歩で部屋を横切り、窓から身を捻りだし庭へと向かう。
追うのはあくまでジョルノとブチャラティ。怪物に対峙できる二人を潰せば策も巧くは機能するまい。
「ムッ!」
だが研究所の庭に身を踊らさせた彼が目にしたのは月も見えなくなるほどのジャングル。
背丈の高い草、常夏を思い出させる木、足の裏をくすぐる柔らかい芝生。
ジョルノ・ジョバァ―ナが短時間で作りだした一夜限りの箱庭。
身をかくすには絶好の場所、時間稼ぎは明白だった。時間を延ばせば延ばすほど、エシディシは策に嵌っていく!
慌てず騒がす、まずは気配を探る。闇夜に目を凝らし、地面に耳をつけ音を探る。
聞こえてくるのは大地の鼓動。生命誕生の息吹と、風に揺れる草の音。
生命力に満ちた、生き生きとした大自然。鼻の中に青々とした臭いが広がった。
不意に、微かな音を、彼は捕えた。
気を抜けば聞き落としそうになる僅かな音。植物が息づく間を縫い、タン……タン……と一定の間隔で音が聞こえる。
それは決して自然が生みだす音ではない。エシディシは出し抜けに起き上がると、一目散に駆けていく。
この音はまぎれもない。繰り出されたスタンドが大地を叩く音。波打つ大地が生命を生み出す音。
つまりこの音の先には……!
「見つけたぞ、ジョルノ・ジョバァ―ナッ!」
縦横無尽、縦方向、横方向。
木を蹴り、地を蹴り、草を踏みしめ、怪物は飛んだ。
もはやここは狭い人間が生みだした空間ではない。
三次元的な動きができる以上、ここは怪物にとって圧倒的有利なホームグラウンド!
「その音が『逆に』だッ!」
茂みを突き破り、ついに見つけたターゲット。獲物はまさに拳を振り上げたところ。
獰猛な猟犬のように、最後に大きく大地を飛び跳ねる。全身で覆い尽くさんとばかりに飛びかかる。
月が輝く夜、突然できた影に彼は顔をあげた。そして驚愕する。
空を飛ぶ怪物。地べたに座る人間。一瞬視線が交差する。
空中では如何なるものでも身動きは取れない。どれだけ身体能力が高かろうが、それだけ爆発的な筋肉を秘めていようが。
彼は見逃していた。獲物に飛びかかってから、彼は気がついた。
ジョルノの目の前、芝生に覆われ見にくいが、そこには引かれた一本のジッパーに。
「スティッキィ・フィンガーズッ!」
「何ィ!」
大地より飛び出たのは一人の男。研究所で自らが行った記憶がフラッシュバック。
立場は真逆、攻守が反対。
地に潜んでいたのは
ブローノ・ブチャラティ。モグラもびっくりのスピードで一気に天へと飛び立っていく!
エシディシは獲物をとらえんと振りかざした腕を必死で引き戻す。
これは―――避けきれん!
「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ!」
「むおおおおおおおおおおおお!」
捕食者が生む一番の隙を突かれ、怪物はそれでも必死でブチャラティの攻撃をいなしていく。
だが、かわしきれない。右頬に大きなジッパーがつき、左手の指が二本、吹き飛ばされた。
終わりに放たれた蹴りはがら空きだった胴体に直撃、受け身を取ることもなく、みじめに地に膝をつき着地するほかなかった。
「まんまと罠にはまってしまったわけだ……。
時間稼ぎに見せかけた……いや、あの時はリゾットとホルマジオを逃すのが目的だったはずだ。
釣りの先にも罠を用意しておくとは……流石だな、ブチャラティ」
「…………」
「ジョルノが地面を派手に叩いていたのは俺を呼び寄せるのもだが、地中に身を潜めたブチャラティを隠すためか?
なるほど、なるほど、恐れ入った……こいつは俺も手を焼くな」
睨みあいから一瞬、エシディシは姿が霞むスピードで動いた。
「だが!」
脇にそびえたつ木を蹴りでたたき折るエシディシ。
ズシンと音をたて倒れる木と、空か落ちてくる無数の木の葉。
怪物の視線の先で木の葉がぶれ、空間が歪んだ。
彼は聞き逃さなかった。ブチャラティの奇襲の最中でも聞こえた、芝生を踏みしめる音を。
緑の迷彩をとくと、そこにいたのはリゾット・ネエロ。
危うく木の下敷きになるところだったのを寸前で避けると、二人の仲間と合流。
背中のデイバッグを背負いなおすと、ポケットから一丁の拳銃を取り出しながら彼は言った。
「ナチス研究所に火をつけられた。ホルマジオに策を託し、俺は支給品の回収に専念。目ぼしいものを集め終えたのでこっちにきた」
「彼一人で大丈夫でしょうか?」
「……時間は予想以上にかかるかもしれない。だがそれ以上に首輪解除になりそうなものを火の海に放置しておくのは不味いと思ってな」
「リゾット、正直俺とジョルノは自分の身を守るのに手一杯だ。
エシディシがお前に攻撃を仕掛けた時、庇うことは不可能かもしれない……」
「それに関して言えば、問題ない。むしろ戦力になれると思ってきた。
でなければ俺も今頃研究所内を走り回っているさ」
「作戦は順調なのかね?」
三人の小声の割り込む、大きな声。
会議は中止だ。余所見なんぞはコイツ相手にしていられない。
エシディシは続けて言い放つ。
「俺をうまく罠にはめたことは、素直に敬意を表そう……。
しかしこの環境は俺にとって圧倒的有利! 人間たちは地べたを這うしかできないが俺は違う!
三次元的な動きに果たしてお前たちはついてこれるか?
おっと、姿を隠そうともしたってそうは上手くいかんぞ……俺は音にも敏感なんでな。
そう、そこにいるお前のこともわかっているぞォ! 出てこい!」
ホルマジオはいない。非戦闘員は逃げるように指示をした。
ならだ誰が、どうして? 第三勢力の介入か?
作戦に影響は出るだろうか、ブチャラティは横目でリゾットの視線を捕える。
唇をかみ、暗殺チームのリーダーはじっと茂みに目を凝らした。
鬼が出るか、蛇が出るか。
エシディシが感づいたのは、殺気でなく純粋な聴力によるもの。
だが来訪者は知らない。ひたすら目標を掲げ、ナチスを目指し歩いてきた彼はエシディシの恐ろしさを知らない。
故に姿を現すしかない。今はまだ、その時じゃない。
自分の目標は最終的に必ず成し遂げる―――だが今は……コイツは、この怪物は。
影が動く。ゆっくりと茂みをかき分け、青年は姿を現す。
ジャングルを覆う木の隙間から差し込む月光が彼の顔を照らす。
ツンツンとあちこちをむく髪の毛、いまだあどけなさを残す表情、年に似合わぬ洒落たスーツ。
パンナコッタ・フーゴの登場に男たちの間に衝撃が走った。
対照的にエシディシは動じない。ただ一言、唸り声を面白そうに漏らしただけだった。
「フーゴ……!!」
「ブチャラティ、こいつは一体どうなってるか……説明してもらっても構いませんね……?」
青ざめ、表情には不安が浮かぶ。
ゆっくりとギャングたちと合流しようと足を向けるフーゴ。しかし、その前にブチャラティが立ちふさがった。
視線は真っすぐ、彼を射抜くように向けられていた。
その目の輝きは眩しいぐらいで、たまらずフーゴは視線をそらした。
「
グェスと早人はどうした?」
「…………」
「二人はお前と一緒に逃げたはずだが」
「…………二人は」
気が気でないのはジョルノだった。
今はそんなことを問い詰めている場合だろうか。今にも襲いかかれることだってあり得るというのに。
だが、意外にもエシディシも興味深そうに二人の会話を見守っている。
リゾットも黙って戦況を見守っていた。エシディシに眼を光らせ、フーゴたちのやり取りに耳を澄ます。
「二人は…………死にました。いえ、正確には……グェスが早人に殺され、早人は、僕が殺しました」
「!!」
「何故?」
「早人が、ナチスに向かおうとし……グェスがそれを止めようとするうちに……。
僕の目が覚めた時には、早人が拳銃を持って、グェスが倒れていました。
そして、僕は……早人を殺しました」
死人のようにフーゴの顔は真っ青だった。今にも卒倒してもおかしくない、そんな雰囲気であった。
沈黙が辺りに満ち、暗闇がさらに濃くなったような錯覚に陥る。
ブチャラティは黙ったままだった。一旦目を閉じると、彼は深い溜息を吐く。
「そうか」
たった一言、それだけだった。
それ以上、彼は何も言う必要がないと判断した。そしてそれがフーゴにとってなによりも辛いものだとジョルノには思えた。
信頼と落胆は表裏一体。ブチャラティのようなできた人間にがっかりされるのは尚更心が折れる。
だが切り替えるしか他ないだろう。ここは戦場、躊躇っていては死が訪れる。
「何が起きたのか、どうしてそうな事になってしまったのか、今は詳しく聞かないでおく。
だが落胆はした。そして疑惑も残っている。
『今だけ』は長年のお前に対して敬意を示し信頼しよう。しかし、これが終わった後……」
ブローノ・ブチャラティはギャングだ。
仕事となれば人を殺すことに迷いはない。
それは例え相手が女でも、子供でも、そして……昔の仲間であっても。
「覚悟しておけ」
「……わかっています」
拷問、口を割らすための手段をいくつも傍で見てきた。
フーゴは震えあがる。ブローノ・ブチャラティは自分が正しいと思った時、どこまでも冷酷で無感情でいられる。
必要とあれば人を駒のように扱い、損得で命を選ぶのだ。自分の命も、含め。
フーゴはゆっくりと足を動かし、ジョルノの隣に立った。
口早に今の現状を彼が伝える。
見ての通り怪物が暴れて手がつけられない。四人のギャングは策を練り、それに向けて奴を足止めせねばならない。
端的に、とりあえずの情報を飲み込むとフーゴは手にした拳銃を構え、怪物と対峙する。
汗が伝い、自嘲的な笑顔が浮かんだ。
本当に、そんな怪物を、四人のスタンド使いで倒せるのか?
「クックックッ……面白いジョークだな、ブチャラティィイ~~~?」
「…………」
「今聞いておかないで大丈夫か? なんせ終わった後なんぞ言ったが……終わった後に二人ともしゃべれる状態でいられるか怪しいものだからな」
「何が言いたい……?」
「死ぬ前にスッキリしておかないで大丈夫か? ってことだ……。
『今は詳しく聞かないでおく』『終わった後覚悟しておけ』……。
まるで自分が生き残れるかのように話を進めやがる! しかし、ンン~~、俺相手にいささか大胆すぎやしないかね?」
「貴様こそえらく余裕だな……実質5対1だ。四人でも苦戦していたお前が、果たして俺たちに敵うのか?」
「フフフ……ほざけ、この人間どもが!」
三度、激突する人間と怪物。
場所を変え、人を変え、勝負は加速していく。
「いくぞ、ジョルノッ! フーゴ! 俺の後についてこい!」
終わりは近い。夜はこれからだというのに。
真夜中まで残りわずか―――勝負はそのころには、ついているだろう。
どちらかの死をフィナーレにして。
投下順で読む
時系列順で読む
最終更新:2011年02月14日 04:01