えーっと、まず何から話そうか。

ちょっと前に飛んでった、顔にタトゥーした男いたでしょ?
名前はテレンス・T・ダービーって言うんだけどさ。
もう死んだから言ってしまうけど、彼は荒木――いや、便宜上主催者と呼ばせてもらおうか。
そう、主催者。元々テレンスは主催者の下にいたんだ。
まあ、主催者は地下にいたわけで、テレンスは本当は上にいたんだけど、それは言葉の綾って奴さ。気にしない。
アジトは複数あるんだけど、放送を行えるのはテレンスのいたダービーズアイランドだけ。
侵入手段は限られてても、念のため護衛は必要だったってことだろう。

んで、ギャンブルと言う形で島の番人を任されてたんだけど、普通やってられないよね?
だって、君は主催者を見てどう思った? 直視していられないほど凄まじい怖気を感じなかったかい?
そもそも殺し合いを仕切ってる人が、マトモな感覚してるって考えないだろう?
そんなのが目と鼻の先にいるんだもの、参加者と呑気に賭けごとなんかしてらんないよ。

じゃあ、何故テレンスはその場に居続けられていたんだろうか。
脅された、っていうのは確かにあると思う。
でもね、主催者の言葉と彼のスタンド能力を考えるとちょっと難しいな、って。

ああ、知ってるんだっけ。スタンド、って言葉だけは聞いたことがあるんじゃあないかな。
長々と説明するわけにはいかないから、人それぞれの固有の能力だと思っておけばいい。
テレンスのスタンドは『他人の心を読める』んだ。
直接質問すれば、YESかNOかで答えられる形なら相手は絶対に嘘をつくことが出来ない……分かるかい?

ジョルノが主催者を引きずりだした時、いや、それ以前もあるかもしれないけど、主催者はテレンスと対面している。
姿を現した以上、テレンスは『主催者は自分を殺す気があるか』を知ることが出来た。
現実問題、能力を行使したかは知らないよ? でも、このことから主催者は能力を行使されるのを厭わなかったと分かる。
元々、ビビって勝負が成り立たなくなるのを恐れて、主催者はテレンスを側に置いたと言ったんだ。
おかしいよね、絶対おかしい。だったらビビらせないよう能力を使う隙を与えてはいけないはずだよ。
将来的に始末しようとしてるとしたら、姿を見せた時点で悟られうる。悟られたら勝負どころじゃあない。
仮に主催者がテレンスを守る気ゼロとして、テレンスが一度能力を使ってしまえば、良心で言った言葉にさえも懐疑的になってしまうだろう?

これはつまり、主催者自身はテレンスをこれっぽっちも殺す気はなかったってことじゃないかな?

根拠はまだあるんだ。これもジョルノが主催者を引きずりだした時の話なんだけど。
露伴が「殺し合いを促進しない彼をなぜ必要とする」と聞いたら、主催者は「教える必要はない」って言ったんだ。
テレンスの生死に興味がないのなら「別に? ただ楽しそうだったから」とでも返せばいいのに、ね。
負け惜しみみたいになるけど、それが事実ならそう答えてしまえばいい。
つまりはさ、否定してないんだよ。教えるに値する理由があったともとれる。凄く怪しいよね。

殺す気はないどころか、テレンスを必要としているフシさえある。

……ん? 『主催者はテレンスが参加者になるのを拒まなかった』って?
まあ、それは僕も不思議に思ったんだけど。
これは推測になるけど、テレンスは『殺し合いが円滑に進行しなかった時』にこそ必要だったんじゃあないのかな。
タイミング的に、エシディシがスタンドを手に入れたあたりだったから、その時点でどうでもよくなったんだと思う。
正直あの一件で、パワーバランスが主催者にとって有利な方向へ、一気に崩れたと言っても過言ではなかったからね。
殺し合いが円滑に進行しなかった時にこそテレンスが必要だった――なぜこんな推測をしたか、についてはもう少し後で。


  ★


「はい、ストップ」

フーゴもリゾットも、研究所の庭を出ていた。いや、『出された』と言う方が適切か。
瞬間移動だろうと超スピードだろうと、この現象、チャチなものでは断じてないのは確かだ。
瞬きは意識せずとも出来ている。血流も多分問題ない。
それ以外は全てが止まっている。止められている。

「なッ……」
「僕の登場に、いろいろ言いたいとは思うんだけどさ」

舌さえ、躍動しなくなる。
情けない悲鳴を上げたり、命乞いをしたりはしないだろうが、それさえも『奴』にとっては不都合なのだろう。
リゾットもフーゴも隙だらけ。まるで、蛇に呑まれるのを待つ蛙のよう。
そうまでして、『奴』は何をしにきた。
介入? 制裁? 処罰?

「したいようにすればいい」

否、アドバイス。

「あの時ああしてなければ、アレをやれてたら……『もしも』は仮定の話、現実は何も変わらない」

後悔を無くせ、と言うのか。
影のように付いて回るものを、引き離せと言うのか。
馬鹿な、後悔は後に悔いるからこそだ。未来を、因果を操れとでも。
現実に反映させるだけの能力があれば、どれほど楽か。

「最善を尽くすことが大事なのさ」

誰にとってもそうだろう。
手に入る程度のものしか望まないとしても、無理がないなら飛びつく。
だがその無理を、限界をどこで決める? どこでどう折り合いをつければいいのか。
基準も目安もありゃしない。
自分の意志で行動すること能わない状況が、人生において存在することを考えれば。

「僕にとっては、その『最善』が目当てで、他はどうでもいい。……お、あったあった」

首さえ固定されている。リゾットのデイパックから抜かれたものが何であるか、二人は確認できない。
だが、どうでもよかった。
命さえ奪われなければ、出来ないことなどあるものか。

「本当にそれだけさ。禁止エリアから出してあげたのは。
 君たちが殺し合いたければそれでもいいけど、最中で『コレ』が失われることだけは絶対に避けたかっただけ」

『奴』の忠告が意味するところは分からない。
だが、『奴』がここからいなくなれば、『したいようにする他ない』。
頭を冷やすだけの時間は、起こったことをありのまま受け入れられるだけの時間は手にいれた。
立ち位置が違うだけ。条件は同じ。胸に秘めたる思いは同じ。

側立つコイツを、討たねばならない。

「じゃあね」

煙のように消えた介入者。
残された二人、拘束解かれ。

「『メタリカ』ッ!」
「『パープル・ヘイズ』!」

同刻、堂々、宣戦布告。
死闘、開幕。


  ★


『パープル・ヘイズ』のヴィジョンの射程距離は5メートルが限度。
対し、『メタリカ』の能力射程がそれを上回る事はフーゴにも察せた。
更にリゾットは投擲武器を半永久的に生み出せることもあって、フーゴは距離を詰める必要があった。
リゾットはそれに反し、距離を極力開けたがる。追うフーゴ、逃げるリゾットの構図。

雨あられと、出し惜しまず、メスを飛ばすリゾット。隊を成して特攻する刃がフーゴに襲いかかる。
フーゴが対処に追われる間、リゾットは徐々に後ずさる。
『パープル・ヘイズ』が具有する剛腕で弾き、いなすも、攻勢に転じることのできないフーゴは舌を打つ。
しかし、スタンドは手いっぱいだが、フーゴはリゾットと違い手が開いている。
マグナムを構え、何のことはなく引き金を引く。

螺旋をその身に宿した弾丸は――出ない。
撃鉄が叩くべき銃弾は弾倉に存在しなかった。リロードをしていないという凡ミス。
スタンドとメスの絶え間ない攻防、リゾットの必死の抵抗の中、再装填しようものなら集中が途切れてしまう。

だが、相応の隙は作り出せる。
『パープル・ヘイズ』の両の拳から、ピンポン玉程度の球体が射出される。
その勢いのまま豆鉄砲程度の速度でリゾットの足下へ飛来、ポトンと不時着し、ひび割れた。

「くっ」

『パープル・ヘイズ』の能力は、殺人ウイルス。
ひとたび感染すれば、内側から腐敗していき、三十秒以内で死に至る。
ウイルスは当然目視できないものの、発生源は拳に備えられたカプセルに限定される。
加えて、ウイルスは室内ライト程度の光でも数十秒で殺菌されるという弱点もある。
日の出はまだまだ先だから、夜は『パープル・ヘイズ』の時間。
時間稼ぎどころか決まり手となりそうなものだが、しかし、フーゴの顔は晴れなかった。

「無駄だ」

外界に解き放たれたウイルスが、光の洗礼を受ける。
対吸血鬼用、対柱の男用の秘密兵器、スピードワゴン財団の英知を結集させた紫外線照射装置がリゾットにはあった。
強力な蛍光装置を前に、『パープル・ヘイズ』のウイルスは、あまりに無力。
細心の注意を払ってウイルスに光を当て続けなければならないのは問題だが、右腕に携行する懐中電灯も選択肢に入れれば、汚染の心配はまるでない。

しかしそれはあくまで、コンディションを考慮に入れていなければの話。

「ちっ……」
「這いつくばるでしょうねぇ。そんな馬鹿デカいもんしょいこんで、疲労もたまってるのに、機敏に動けるはずないですもの」

フーゴはその隙に、マグナムのリロードを終えた。
膝をついたリゾットに銃口を向け、今度こそ鉛玉が放たれる。
刃物によってはじかれ、頬をかすめる程度で済んだものの、側に位置する紫外線照射装置のライトが撃ち抜かれた。

柱の男さえ超越した究極生物との激闘を経て、消耗がないはずがない。
加えて、アドバンテージであるはずの照射装置が、文字通りの荷物となってのしかかる。
身体能力がスタンドで強化されることもなく、あらゆる運動がリゾットにとっての負担。
ステルス迷彩を使わないのも、スタンドの連続稼働による疲労に配慮してのこと。

「……疲れているのは、僕も同じですけど」

フーゴが自嘲するのも、余裕がある証だ。
リゾットはバックパックに代表される発光体を手放せない以上、動きに制約が出来るが、フーゴにはそれがない。
二人の間にウイルスの詰まっていたカプセルを挟んでいるので、すぐには近づけないが。

「いつまでそうしてるんです? ま、僕にとっちゃありがたいですけどね」
「いや、もう『出来あがった』」

言うが早いか、フーゴの左こめかみを貫く無数の針。

「づぅっ!」

フーゴは、ここで痛みに悶える隙も、滴る血を拭う隙も見せるわけにはいかないだろう。
だが、一瞬を見逃さないのがリゾットが暗殺チーム足る所以。
リゾットは重しとなっていた紫外線照射装置を脱ぎ捨て、フーゴとの幅を狭めようとする。
近付かれては、主兵装であるウイルスを放つことが出来ない。

「これしきの……これしきの事で!」

だが、フーゴに残された手数は未だ多い。
マガジンにある残弾は五発。それだけあれば分の悪い賭けでもない。
殺意と決断が試される時と、フーゴは受け取った。

敵が近付くのなら、むしろチャンス。ただ、撃ち貫くのみ。

「ぐっ」

追い打ちとばかりに、カミソリがフーゴの額を内側から引き裂きにかかる。
しかしリゾットの限界が近いのか、刃の挙動は身を絶つには弱弱しい前後運動。
フーゴの目の前に鮮血溢れるも、戦意の炎は絶えることなく。

駄目押しとばかりに、黒光りする刃物がフーゴに迫る。

「たかがこの程度でさあ! くたばるわけにゃいかねえだろ―――が!」

スタンドの操縦が煩雑になっても、フーゴは全神経をトリガーに注ぐ。

一射目――あらぬ方向へ弾が飛んでいく。フーゴの脛をメスがかすめ、集中が削がれたのだ。
自戒を込めた二射目――リゾットのフードに傷をつけただけ。足の甲に凶刃突き刺さっても見向きもしない。

手を尽くしたとはいえ、リゾットは、いささか功を焦りすぎたかもしれない。
メスの軍勢は、虚しいことに、パワータイプのスタンドの前ではカトンボだ。
距離を置くためだけの布石にはなっても、致命傷は与えられまい。
頼みの綱の内部生成も、その効力が弱まっている。

要領を掴んだところで三射目――腿部に風穴を空けようかというところでメスに阻まれる。
今度こそはと四射目――リゾットの脇腹をかすめる。

リゾットがぐらつき、メスの生成が一拍遅れる。
フーゴがふらつき、マグナムの照準がぶれかける。
もはや両者に、攻めと守り両方の拮抗状態を続けられるほどの気力、精神力は残されていなかった。

「うっ!」

隙を狙い澄ましたかのように五射目、リゾットの肩を撃ち抜く凶弾。
ぐらりと崩れ、片膝立ちになるが、踏みとどまる。それがいけなかった。

「掴め! 『パープル・ヘイズ』!」

『パープル・ヘイズ』の射程距離は5メートルと、他のパワー型スタンドより若干広い。
それを意識していなかったか、はたまた憔悴していたからか、リゾットは目算を誤った。
背後に飛び退く体力は残っていなかったかもしれない。しかし結果がこれでは功を焦ったと断定せざるをえまい。

幅五メートル――ギリギリではあったが、『パープル・ヘイズ』がリゾットの喉を捉える。

「さて……僕の踏み台として、最後に言い残すことあります? 一応共闘した好みです、聞いてあげますよ」

フーゴは首根っこを掴んだリゾットに対し、悠然と接する。
スタンドパワーの減退があっても、どうせこのまま頸椎をへし折るか、弾を込めて引き金を引けば終いだ。
あるいは胴体をストレートで貫くという残酷趣味でもいいかもしれない。

「『出来あがった』のはお前じゃあない」

フーゴは、リゾットの遺言となるだろう言葉を負け惜しみか何かだと思ったのか、本意を聞き返さずにいた。
ふと、足下が気になって、視線を下方に向ける。


リゾットの指が一本、ない。


「俺の、方だ」

途端、フーゴの頬が泡立つ。


  ★


リゾットは、最初に膝をついたとき――『出来あがった』という宣言直前にカプセルに触れ、感染していた。
不完全な光ならウイルスの消滅が遅れる。リゾットは意図的に弾丸をライトに向け弾いたのだ。
感染直後、カプセルに触れた親指を、あらかじめ体内に仕込んだ刃物で切り離す。
その親指から『本命の』メスを生成。血液と共に鉄粉を付着させ、フーゴに傷をつけた。見える形で向かわせたメスはブラフ。
こめかみに針を発生させたのも、カミソリで頭を突き破ったのも、流れ落ちる血液で視界を狭め、作戦の確実性を高めるため。

懐中電灯の光では、『数十秒当てていなければ』完全な殺菌は果たせない。それが好都合だった。
ある程度は殺菌していたので、通常時ほど爆発的なスピードで増殖することはない。
右腕を切断するには至らずに済んだ。

「クソオオオオオオオオオオオ! 『パープル・ヘイズ』ゥ! このウイルスを何とかしろよおおおおお!」

リゾットを手放してまで、自らのスタンドに懇願するフーゴ。
神ならぬ身、出来るはずもないのに。
自身の凶暴な精神を、破壊の究極系を体現したスタンドに、治すことなど出来まいて。

「特性は本体であるお前自身が一番知っているはずだ。
 確か……発病者は体内の代謝機能を侵害され、腐るように死んでいくんだったか? 本体でさえも防げない」

懐中電灯の光を振り撒きながらリゾットは、助かる道はないと暗に言う。
光による殺菌作用を持ってしても、体内で増殖してしまえば喰いとめることは出来ない。
病原菌が、抗体の無い肉体を蹂躙する。為す術ないワンサイド・ゲーム。
抗体を生み出せそうな、あるいは持っていると言って良いジョルノも、フーゴ本人が手を下した。

「死にたくはないだろうな。生き残りたいのは誰だって同じだ」
「違う! 僕自身の意志で生きるために、全て僕が決めたことだ!
 砂漠の中、僅かな雨で渇きを凌ぐみたいに、単純に生き永らえたいわけじゃない! 僕が僕であるためだ! 誰にも文句は言わせないッ!」

フーゴはリゾットに這い寄ろうとするも、引きずる腕がボロボロと崩れていく。
死なばもろともと、巻き込もうとしているのだろうが、リゾットがそれ以上のスピードで動くのもあり距離は一向に縮まらない。
紫外線照射装置の光を浴びながら溶けていくその姿は、波紋戦士によって浄化されてきたゾンビに酷似している。

「じゃあ、もうあがくのはやめろ」

リゾットが、死にゆく家畜を見つめるような瞳を向けて、フーゴに言い放つ。

「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。理由が何であれ、人を殺せばいつ撃たれたって文句は言えない」

ギャングは『ブッ殺す』と心の中で思ったのなら、そこで行動が完結する人種だ。
口先だけで済ます者は殺すことが出来ないのではなく、正確に言うなら、その後に責任が取れないだけ。
撃った者が撃たれて後悔や懺悔をするのなら、最初から殺人の重責に耐えられなかっただけの話。
ギャングだろうと、兵士だろうと、命を奪う立場は耐えねばならない。

「何かに縛られることなく人を殺すなんて、出来やしない。仮に化け物だろうとな」

リゾットのいとこの子供は、酔っ払い運転の事故で死亡した。
明らかに過失であるにもかかわらず、その殺人犯を法はろくに咎めず、復讐心に駆られたリゾットは直々に裁くことになる。
暗殺に移ったのは4年の歳月を経てからだが、法の裁きに反したのだ、社会に反する覚悟は最初からしていた。
殺しは、明確に社会を敵に回す行為だ。法であれ、私怨であれ、迫りくる報復の鎖から逃れる術はない。

「ギャングなら、内外問わず恨みやしがらみを抱えてきただろう。その他人が発した領域を無視することは出来ない。
 無視するのは、ただの現実逃避だ。現実逃避から成り立つ自分らしさなんか、欺瞞でしかない」

殺しは、いつだって手段でなくてはならない。
自分を消し過ぎて道具となれば自らの命も軽んずることになる。チームも成り立たない。
だからこそ危険と犠牲が付きものの仕事に伴わない収入で扱われたことに、便利な道具扱いしたボスに、反感を持った。
フーゴの殺人は、理由を必要としなくなった時点で目的となっていた。
存在意義を求めた果てに、引き金の重みを感じることすらできなくなる。
殺すために殺す、殺人のための殺人。それでは化け物以下、ただの兵器だ。
自分の意志で何か決めたつもりになって、自分に都合のいい美辞麗句を並べたてた結果、末路。

「俺はそうなりたくない。だから他人の遺志に反しようが反しまいが背負ってまで選ぶ。選ぶため――自己満足のためではなくな」

フーゴの瞳は、ただただどす黒く濁る。その黒の中に輝きはない。
意志を放棄したフーゴはその身と同じく、ゴミ以下に堕ちぶれるだけだ。
フーゴの殺意には、未来に繋がる要素はない。
最初から最後まで、徹頭徹尾、彼は一人ぼっちだった。誰かに影響されるだけの存在として。

「仇だとか裁きだとか、大層な事は言わん。それはブチャラティが選ぶべきだったことだ。選んだことだ。
 とどめは刺さない。だから、お前自身の能力で死ね」

元よりリゾットは、それ以外の選択肢はないと見ていた。
『メタリカ』で体内に刃物を生成し、致命傷を与えるまでには時間がかかる。
疲労を抱えたなかで持久戦を展開するのは不利ゆえ『パープル・ヘイズ』のウイルスを利用せざるを得なかった。

フーゴは平時、『パープル・ヘイズ』をかなり追いつめられるまで発現することはない。
激戦を繰り返す中で、次第に彼は警戒していたはずのウイルスの危険性を省みなくなっていた。殺人を目的としだしたから。
能力ゆえに死ぬ――自業自得とはいえない。一歩間違えれば、誰でもフーゴのようになる。
暗殺で生きていくしかないリゾットは、特に。

「ふあ……あ……」
「アリーヴェ・デルチ(さよならだ)」

リゾット・ネェロは、自らが歩むべき道を選ぶ。その意志を放棄することはない。
他者の意志には、敬意を払うに留めるだけだ。
腐臭をまき散らしながら散り散りになっていくフーゴに背を向けたリゾットは、振り向かない。


【パンナコッタ・フーゴ 死亡】
【残り 10(11)人】


  ★


「俺たちは『生きるしか』ない、そう言ったな、ブチャラティ」

忌み嫌っていた首領の名を、遺した言葉と共に呟く。
先までブチャラティの意志を尊重するかのような決着法を取ったのに。
なのに今は、不愉快だと言いたげに。舌打ちまでして。

そして、不完全な拳を民家の壁面に打ちつけた。
かつての宿敵への、憂さ晴らしとして。

「ほざくな。生きることを諦めた奴にそんな台詞を吐く資格はない」

暗殺を生業としてきた者が命の価値を語るとは何たる皮肉か。
だが、皮肉と嗤われようがリゾットは激情に身を任せていた。

手はあったかもしれない。
『メタリカ』で無理だったとしても『スティッキィ・フィンガース』なら悪鬼の臓物をも切り離せたかもしれない。
その後ジョルノが埋め合わせれば、助かる命だったかもしれない。
ブチャラティは別れの言葉を告げる前に、リゾットらが目の前の消し去られそうな光を保とうとしないとでも思ったのか。

何を言おうが全ては過去。

「お前たちと敵対していたのも、ボスに繋がる手掛かりが得られる可能性があったからこそだ。あそこでお前を殺したところで」

それは、詭弁だ。
理屈では、そうだろう。ただの八つ当たりだっただろう。
だが、仇はどうなる?

「一旦でも捨てなければ前に進めないと決意したッ! 今更、鈍りはしない!」

リゾットはしがらみにケリをつけた。フーゴはしがらみに決着をつけることが出来ずに、意志を捨てた。
フーゴの選択は決して褒められたものではないが、かと言って私情に決着をつけるのも、簡単な事ではない。
リゾットが己の都合を――たとえ一時でも――捨てるのにどれほどの時を要した。
だから、リゾットはブチャラティの言葉に怒りを覚えこそすれ、侮蔑の言葉を浴びせることはなかった。
ブチャラティとて、縛られたのだ。

「生きるしかないというのならなおさら、繋いだ命を生きることだけに使うわけにはいかない。だからブチャラティ」

フーゴのように、目的しか果たせない道具となるのは御免こうむる。
暗殺を高尚な手段として捉えるべきではない。だから、地位や権限で認めてもらいたかった。
生きるしかないというのは前提だ。言われるまでもない。
生きているだけで幸せという捉え方もあるだろうが、生きているだけでチームの報酬は確約されたか。
されないから、奪い取るしかなかった。

「言われるまでもなく、お前の息の根は止めてやる」

諦めたブチャラティに、これ以上の生き恥を晒させるわけにはいかない。
その身が変わり果てていたとしても、全力を持って相手する。
順序が変わっただけのこと。

「そのために戦力がいる。どうしてもな」

生きるのは、いつだって前提だ。
それを目的としだしたら、何をして生きればいいというのか。そのために全てを許せというのか。
殺し合いの肯定に等しい結論を、リゾットが認めることはない。
暗殺チームのリーダーという立場上、殺しを目的としてはならないと誓っているがために。

脱出がハナから無理だというなら、優勝だってハナから無理なのかもしれない。
それこそ荒木の目的が娯楽によるものだとしたら、優勝者だって無事では済まないかもしれない。
知れぬこと、知りえないこと。全ては仮説。全てはあるか知れない未来。不確定要素を挙げればキリがない。
だが可能性など、どれほど正確にしたところでただの数字だ。口であれこれ言う前に行動に移してしまえ。
今まで『ブッ殺してきた』ように。

決意新たに北上するリゾットは――

「なんだ……? あの光は!?」

――前方に、熱さえ感じそうなほどの輝きを見た。

荒んだ心を癒すには眩し過ぎる。
真夜中の光は人を落ち着かせるはずなのに、リゾットにとってその光は、無気味でならなかった。
天へ向かって伸びる柱は、夜中の夜明け。あってはならない歪みと物語る。


  ★


ナチス研究所に来てみたものの、こうまで火の手が広がっているとなると中へは入れそうもない。
スタンドで内部を探ってみたは良いが、誰かがいる気配はない。

建物は火事で使い物にならない。
おまけに、ここ一帯がじきに禁止エリアになる。
僕が気が付かないうちに、どこかへ逃げて行ったと見るべきか。

横たわる死体にちらと目をやり、そんなことを考える。

助かる命があるかもしれない、とギリギリまで必死こいてみたかった。
けれども今の僕では、それこそ死体のように冷淡な感情しか浮かばない。
もう、この判断が正しいと自分に言い聞かせはしない。
アナスイと乱入者との戦いの最中に割って入るだけの度胸だってなかった。
後悔していないと言えば嘘になる。それでも、あの時のアナスイからは尋常じゃあない殺意を感じた。

――臆したんだろう。僕は。

一陣吹いた風が、炎の勢いをより一層強める。
傍らの子の死を悼む気持ちがないわけではないけれど……やっぱり、ここでじっとしているのは危険だ。
アナスイが追ってくる可能性がある中、チンタラしているわけにもいかない。

「『法皇の緑』」

蔦の様に自分のスタンドを引き延ばし、壁面によじ登る。
頂点に達し、飛び降りようとしたところで――

「なんだ、あれ……?」

――後方で目にした夜を灼く眩しい光は、何人をも裁く天の雷のようにも思えた。


  ★



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最終更新:2024年06月13日 18:13