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『
空条承太郎』
【午前】C-3 紅魔館 地下の大図書館
翼竜に案内されたその空間は、巨大な蔵書部屋……所謂『図書館』のような場所だった。
地下へ地下へと階段を下った先に、日光などひとつとして届かない。
しかし完全なる『闇』というわけでもない。点々と灯された照明器具が、承太郎の足元を照らしている。
環境。戦闘は充分すぎるほどに『可能』。広さも申し分ナシ。かび臭さと埃っぽさは多少気になるが、戦闘に影響もナシ。
装備。頼りになるミニ八卦路は直接触れているとマズイようなので紙に入れている。問題ナシ。
体調。霊夢やF・Fとの戦闘による負傷や疲労はあったが、この館に来るまでには既に万全にしている。問題ナシ。
懸念。敵はDIOひとりとは限らない。霊夢たちがディエゴを抑えているので奴の乱入は考えにくいが、警戒は必要。
歩みを止め、前方を鋭く見据える。そこは図書館のおよそ中心部。
長テーブルに高く積み上げられた本の山々が、視界を多少悪くしている。
その本の山の隙間で、何かが微かに動いた。
冷たい感覚が、一層研ぎ澄まされる。
「知っているか? この幻想郷には……いや、“元”の世界の幻想郷と言ったほうが正しいか。
『博麗大結界』なる、常識と非常識の結界が張られているそうだ。
百数十年前に張られたそれは博麗の巫女と
八雲紫、及びその眷属が代々管理している、とか」
落ち着いた、しかし癇に障る声が静かに響いた。
ああ……本当に最低最悪の気分だ。承太郎は心の中で唾を吐く。
50日という遥か長い旅路の末に、3人という戦友の犠牲あって死ぬ思いで倒したはずの。
承太郎の感覚ではつい数時間前に粉々にしたばかりのはずの。
―――吸血鬼DIOの声だった。
「外の世界に住む我々が『科学の文化』を持っているのに対し、幻想郷では『精神・魔法の文化』が発達しているようだ。
この互いに決して相容れない、全く対極にある文化が故に……常識は常識足りえ、非常識は非常識足りえる境界が存在する」
反吐が出るほどに憎らしい相手の声を聞くことの、何と『無駄』なことか。
しかし承太郎は決してそれ以上DIOに近づかない。
周りの気配は目の前の男ひとり。この部屋に居る者は自分とDIOの2名のみだ。
「一般の論で言えば……我々が持つスタンドは本来『幻想』にあるべき産物なのだろうな。
となれば、スタンド使いは幻想郷に住まう資格を有し、またこの世界のバランスを著しく傾けたりはしないのだろう。
そうでなくとも私は吸血鬼。幻想郷に跋扈する妖怪どもとどこが違うのか? きっと本質は同じなのかもな……」
エジプトで対峙した時のような迫力や傲慢さは今のコイツからは感じられない。
むしろ真逆。実に優雅で紳士的な態度が見て取れた。
「何が言いてえ」
しかし承太郎は男が被る仮面に騙されない。
コイツの本性などとうに知れているし、ひと皮剥がせば簡単にその攻撃性が露わになるだろう。
かくして承太郎はここで初めて男との『会話』を成立させた。
幻想郷の由来や今昔になどさして興味はない。今、自分の心にあるのは―――
「俺はもう一度てめえを倒しに来ただけだ。殺し合いだとか、幻想郷がどうのだとかは関係ねえぜ。
てめえが妖怪たちと同じ本質だと? 面白い冗談だぜ。“元”人間の吸血鬼気取りが」
闘争。
すなわち今の承太郎にはそれしかない。
この男には100年も前から大勢の人間があらゆる物を貸していた。
幾里もの果て、エジプトでDIOを倒しそれらは取り返したものだと思ったが……。
「フフ……クックック………ッ! “元”人間……そのとおりだ。
この紅魔館の主
レミリア・スカーレットやらとは違い、私には払拭できない『人間』としての過去がある。
100年前、石仮面により吸血鬼となったが……根本を言えば私と、そしてお前も人間なのだ。どれだけ強かろうがな」
ガタリと椅子を動かす音と共に、男は本を閉じて立ち上がった。
一挙一挙が絵になるような優雅さ。だが承太郎からすればその全てが苛立ちを覚えさせる。
嫌味なほどに“黄”をてらった服に、黄金の髪。この薄暗い部屋でも目立つなりをしている。
男はこちらを向くことなく横顔のまま、その余裕を崩さずに語りを続けた。
「幻想郷縁起という書物によれば、ここ幻想郷にはそんな“元”人間は案外珍しくないらしい。
亡霊の姫として幽霊の管理をする者。仙人に憧れるも成り損ないの邪仙に堕ちた者。
天界に住まうことを許された天人くずれの者。大昔に人間をやめた大魔法使いの尼僧である者。
……どうだ? 彼女らに比べればこの私の方がよっぽど『常識的』だと思わないか?」
言いながら男はコツコツとゆっくり音を立てながら、テーブルを大きく回りこんでくる。
承太郎はそれを細い目つきでじっと凝視しながら構え、しかし会話を絶やすことはしない。
「俺はてめえと世間話をしに来たワケじゃねえ。
それに人間をやめてから今まで多くの命を奪ってきたてめえが常識的だとは全く思わねえぜ」
「……幻想郷にはひとつ、『妖怪は人間を襲うもの』『人間は妖怪を退治するもの』という規律があるそうだ。
いやそれは規律というよりかは、それこそ『常識』であるらしいのだがね。
そしてもうひとつ。『外の世界から迷い込んだ人間を、妖怪は喰ってもいい』という規律もあるらしい。
さて、承太郎? さっきも言ったように私は吸血鬼でありスタンド使い。非常識世界である幻想郷に生きる『資格』はあると思うんだ。
そんな私が“もし”幻想郷に来たとしたら……『喰われる側』かね? それとも……『喰う側』になると思うかね?
『襲う側』か? はたまた『退治する側』か? 私は『人間』か? 『妖怪』か?
首から上は元の『吸血鬼』だが、ボディはかつて戦った男のもの……『人間』だ。その『境界線』はどこにある? この首のキズかね?」
長々と、だが決して早口にはせず。男はゆったりとその疑問を承太郎にぶつけてきた。
会話でも楽しんでいるつもりなのか。ここは街角カフェの一席ではない。殺し合いという名の広大な円卓だというのに。
彼が丁度言い終える頃には足も止め、いつの間にか男と承太郎を結ぶ直線距離は10メートル。間を遮る物は何もない。
―――二人の男が、決闘者のように視線を交えた。
「……てめえが吸血鬼だろうが妖怪だろうが関係ねえ。だが敢えて、てめえの言い分で言わせてもらうなら……
てめえはこれから『裁かれる側』で、俺が『裁く側』だということだッ!」
承太郎が眼光を光らせ、『スタープラチナ』を発現させるッ!
「わかりやすいな承太郎ッ! だがひとつ訂正させてもらうならッ!
オレが『上に立つ側』でありッ! キサマはオレに蟻のごとく『踏み潰される側』だということよッ!!!」
空気が震った。吹くはずのない風が鳴いた。
これまでの紳士な態度も一変。とうとうDIOがその本性を剥き出しにしたッ!
同時に現われた『ザ・ワールド』が、両者の間に激しい火花を打ち散らかすッ!
今にも激闘が繰り広げられそうなピリピリした空気の中、数瞬の間が流れる……!
その“間”に、DIOは再び落ち着いた――しかし深淵のような殺気の声で口を開いた。
「オレがさっきから何を言いたいかというと、だ。……承太郎ォ?
ジャパンという黄金の国は実に面白いなァ~~? お前もこの国に住んでいるのなら少しは愛着ぐらいあるのだろう?
オレ自身、この幻想郷も結構気に入っているぞ。空気も美味いし、その名を示すとおり幻想的な世界だ」
今度は承太郎、返答はしない。
ただただ敵との間合いを見測り、射程距離ギリギリの境界に立つ。
「だが、この幻想郷のルールという危ういバランスには大いに疑問を抱いている。こんなシステムがあと何十年続く?
現にここでは、幾度となく幻想郷を揺るがした異変が起こり続けているという。オレからすれば穴だらけの欠陥システムよ。
だったらいっそ……一度壊してしまえば良いのだ。そう、幻想郷の住民を全て滅ぼすことのように。
丁度―――このバトルロワイヤルという殺戮遊戯の行いのように」
しかしいつにも増して喋る野郎だ、と承太郎は思う。
まるで幻想郷博士だ。そんなにこの世界が気に入ったというのか。
「『もしも』この幻想郷の万物を創りだした神がいるとして……やはりその神もこの世界のシステムには疑問を感じたのではないか?
だからバトルロワイヤルを開催したのか? あるいは―――あの主催どもがその万物の神なのかもしれんなァ?」
DIOが横歩きに移動すると同時に、承太郎もそれに伴って歩く。
互いに視線は外さず、スタンドの構えは解かず。
決して必要以上に近づかず、離れ過ぎず。
近距離スタンド同士の応酬では『間合い』が大事だ。このDIOに対しては特に。
「神がそれを望むというなら……このDIOも加担してやらんでもない。
……『皆殺し』という形でな。もっとも、オレにはオレで『別の目的』は存在するが」
もう一度DIOは足を止め、再び膠着状態が始まった。
焦らすような溜めの後、DIOはペロリとその妖艶な唇を舐め―――牙を見せて一言だけ放った。
「賢者の一角『八雲紫』は既にこのオレの掌中に落ちた。『
博麗霊夢』もすぐにディエゴが刈り取ってくれるだろう」
―――ピクリ―――
承太郎の眉が一瞬だけ僅かにつりあがり、反応を示した。
その際を狙ったかのように、DIOがここで初めて前へと動き出すッ!
(時を止められる―――!)
直感的に承太郎は感知した。
その息詰まる一瞬の狭間で、考えを流動的に巡らせる。
DIOは果たして“どこまで知っている”?
目の前の男はこの空条承太郎の『能力』について知っているのか、知らないのか。
つまりは承太郎がかつてDIOとの一騎打ちの結果、土壇場で『時間停止能力』をモノにした事実をだ。
もしもDIOが、承太郎のスタープラチナは時を止められることを知らないとしたら、戦いは途端に承太郎有利の展開になる。
時を止めてハイテンションになったDIOがノコノコ近づいて来たところを、時止め返しで逆にブッ飛ばしてやればいいだけだ。
しかし承太郎が時間を止められることをDIOが『知っていた』としたら……?
可能性は幾つも考えられる。
DIOはディエゴと組んでいる。会場中の情報を掌握しているであろうディエゴから承太郎の能力の片鱗でも聞いた可能性。
承太郎の能力を知っている他の参加者と既に接触し、間接的に聞いた可能性。
DIOが『呼ばれた』時間軸が、承太郎が時止めを取得した後だという可能性。
―――考えても答えは出せない問いだ。ならば承太郎のやることはシンプル。
(DIOが何を策していようと……俺が止められる『2秒』という時間の中でスタープラチナをブチかますだけだ)
そしてDIOの唇が、その名を呟いた―――
『 世 界 ―― ザ ・ ワ ー ル ド ―― 』
ピキン。
無音の世界で、鉄糸が切れたような音が錯覚した。
瞬間、拡がる『DIOの世界』。
静止したように冷たかった図書館が、完全に停止する。
動く者はDIOのみ。承太郎は―――停止したままDIOを迎える。
(まだだ……まだ時を止め返すな。ヤローがもっと近づかねえと意味がねえ)
獲物を狙う獅子のように。
草葉の陰で潜む蛇のように。
承太郎は、勝利を確信できる『最高の瞬間』を狙って、あえて動かない。
敵の喉笛は……まだ遠い。
「聞こえているのだろう? なあ承太郎」
鬱陶しい声がこの世界に響くその間、承太郎にはDIOの走りがスローモーションのように見えた。
「狸寝入りの真似事はよせ……。お前が止まった世界で動けることは知っている。
果たして『何秒』動けるんだ? 2秒か? 3秒か? まさか5秒も動けないよなあ……?」
エジプトの時と似たようなこと聞きやがって……。
承太郎は表情には出さずとも、心で毒づく。
だが、そんなことを聞いてくるということはつまり、DIOは知らないのか? ……俺が何秒動けるのかを!
「もしお前が長い時間を動けるのなら……お前という男を侮ってうっかり近づきすぎるのは賢い者のすることではない」
まさか……と、承太郎は予感する。
DIOが足を止めた。まだスタープラチナの射程距離外だ。
そして奴がニタリとこれ以上なく傲岸に、楽しそうに笑い、懐から取り出した『ソレ』は―――
「そこで承太郎! きさまが何秒動けようと関係のない処刑を思いついた……」
ズラァーと手の中に収められた『ソレ』は、銀色に輝くナイフ。おそらく厨房かどこかで失敬した物だろう。
かつて行われたその悪どさ極まるやり方を、まさかいきなり使ってくるとは思わなかった。
意表を突かれた、という思いは拭いきれない。
「逃れられるならやってみろッ! 喰らえィッ!!!」
ザ・ワールド――『世界』から繰り広げられた、無数の雨あられ。
銀色の五月雨のように承太郎に降り注ぐナイフの全てが、その目前で取り囲むようにピタリと止まった。
(『動いて』弾き落とすか……!? いや、この数は……ッ!
いくら止まった時の中で動けようと、すでにDIOの術中。全てのナイフを振り払うまでには至らないだろう。
あの時のようにマンガ雑誌を制服に仕込むことなどしていない。
かつて霊夢が咲夜に対抗した時はまな板を使ったものだが、それを承太郎は知らない。
「ん~~? 動かないのか承太郎? それとも実は動けないの か な ?
すぐに動いてナイフを振り落とさないと、アイアン・メイデンもビックリの悲惨な蜂の巣になるぞ?」
(迷っている暇は……ねえようだなッ!)
承太郎の選択は―――
「………時間だ。『ゼロ秒』! 時は動き出す」
無音だった世界が、爆発するように一斉に動き出した。
無数のナイフが空気を裂く音を醸し出し、そして―――
「―――スタープラチナ ザ・ワールド」
再び静止する、無音の世界。
承太郎を串刺しにするはずのナイフが、またも宙に止まる。
――――――――――
「―――むっ?」
再び止まった時が、三度動き出す。
承太郎が居た位置には既に誰も居なく、空いた空間をナイフが虚しく通り過ぎるだけだった。
DIOが視線を横にずらすと、そこに承太郎は居た。ほんの数メートル横に移動しただけだ。
初撃は、かわせた。
「…………フフフフ。ハァーーーッハッハッハッハァーーーッ!!!
なるほどなぁ承太郎! 今のでよく分かったよ。ククク……そうかそうか。お前が止められる時間はその程度か」
DIOの攻撃は失敗した。
そのはずだというのに、この男の大笑いのワケは。
いや、DIOの目論みはまんまと成功したッ!
「『2秒』! お前の止められる時間は2秒といったところかな!?
もしもそれ以上止められるというのなら、お前は時間停止切れのオレを追撃するためにもっと近寄ってきているはずだからなぁ!」
まさしくDIOの言った通りだった。
彼は……やはり承太郎が時を止められることを知っていた!
その停止時間を測るために、初撃から得意技を披露しておいて、あえて近づき過ぎなかったのだ。
承太郎が時を止め返すことを読み、その射程距離ギリギリまで近づいた。
そして承太郎が攻撃してくるかこないかの距離を測り、時止めの『持ち時間』を逆算した。
「フフフ……間違いない。この距離でお前がオレに突っ込んでこなかったということは、お前が止められる時間は2秒!
この数字が値千金! たった数秒差だが、このDIOに遥か及ばない絶望的な差だ!」
承太郎は戦慄する。
やはりコイツは俺の能力を知っていた……どころか、まんまとその停止時間まで探られてしまった。
『3秒』あれば、コイツに接近出来ていただろう。
『4秒』あれば、少なくとも拳は届いていただろう。
『5秒』あれば、すかさずラッシュの速さ比べまで持ち運べただろう。
しかし『2秒』……接近してもぎりぎりカウンターで返される、絶妙に惜しい時間。
DIOはそこまで計算して立ち回りを考えている。ムカつくが、本当に利発な奴だ。
汗が頬を伝い、床に垂れる。
「動揺しているな承太郎? 図星といったところか。
だが……だがな承太郎。オレは嬉しそうに見えて―――はらわたが煮え繰り返しそうに怒っている……ッ!」
様子が一変。
何がDIOの堪忍袋に影響を与えたのか、いきなり青筋を浮き彫りにし始めた。
「今こうしてキサマの能力を実感して、改めて許せない気持ちだ……ッ!
ジョースターの血族ごときが我が『時の世界』に入門するどころか、自在に世界を『支配』するまでに至りッ!!
よりによって我が唯一無二のスタンドの名までキサマの能力名に組み込むとはッ!!
『スタープラチナ ザ・ワールド』だとォ……? 吐き気がするッッ!!! その名を使うのはオレひとりで十分ッ!!」
「何に怒り出したかと思えばくだらねえ……。コイツは俺のスタンドが到達した新しい境地だ。
なにもてめえだけが時を支配できるわけじゃねえ。俺にもその『素質』があったってだけの話だぜ。
『ザ・ワールド』を冠する名がひとつだけだってんなら丁度いい―――。
――――――てめえが消えりゃあ、時を『支配』するのは俺だけになる」
今度は承太郎がニタリと笑み、挑発する。
彼にとって、時を支配するだとかの独占欲や帝王論などどうだっていい。
挑発することで憎きDIOが激昂する、その姿が見れればおもしれえ。それだけだ。
そして激情という感情は精神に隙を生み出し、攻撃のチャンスを作ってくれる。
かつてDIOが祖父ジョセフの血を吸い、わかりやすいほどに自分を挑発してきた時のように。
それに逆上し、状況を悪化させてしまった時のように。
今度は承太郎がDIOを挑発した。
「……ときに承太郎よ。この幻想郷に話に戻るが、どうやらここの住民にも『時間に干渉できる』能力の持ち主が何人かいるらしい。
まったく世界は広いと思わないか? オレやお前だけではなく、『他にも』いるのだという。……戯けたことだが」
その言葉を聞いて承太郎は、名も聞けなかった『女中風の女』の姿をそっと思い出し……今ではF・Fと呼ばれるその者と霊夢の安否を少しだけ心配した。
だが今は目の前の敵を潰すことだけを考える。
承太郎の挑発が効いたのか効いてないのか。DIOは声の中に怒りを匂わせてはいたが、あからさまに剥き出しにするまではいかなかった。
「そんな奴らもこのゲームに参加しているならば……お前も、そいつらもすぐに潰してやる……!
帝王は常にひとりッ! 取るに足らない存在ばかりよッ!」
「……ああ、もういい。口を閉じな。
てめえの逆恨みにもならねえ論理はこれ以上聞きたかねえ。
霊夢たちが待ってるんでな、そろそろ仕舞いにさせてもらうぜ」
轟、という風切り音と共に駆けたのは―――DIOッ!
「口を閉じるはキサマの方よ承太郎ッ! キサマの停止時間は既に知れたッ! もう警戒の必要はない……!
直接ッ! この『世界』の拳で骨肉まで微塵にしてくれるわァーーーーッ!!!」
やはりなのか、挑発は無事効いているようだ。
結局の所は承太郎もDIOも、一番の武器はその『拳』ッ!
だが承太郎は拳をブチ込むための『一手』をまず打った!
さっきDIOから乱れ撃ちにされたナイフの内の一本、空中でちゃっかり掴み取っておいたそれを―――
「オラアッ!!」
下手投げで思い切りブン投げたッ!
一直線に投げられたそれを、向かってくるDIOは首を動かしただけで他愛なく回避する。
ナイフはその軌道のままDIOの後方を飛び、虚しく闇に消え去った。
「そんな小手先でこのDIOを脅かせるかッ! さあ、スタンド射程範囲内だぞッ!! 時は止めないのか承太郎!?」
まだ止めない。必要ない。その手には乗らない。
時間停止能力者同士が戦った場合、時止めとは基本的に後出しが有利なのだ。
もし先に止めてしまったなら、その分時止めの『持ち時間』を減らしてしまう。
そこを相手に時止め返しされた場合、持ち時間が少ないほど不利に陥ってしまうのは言うまでもない。
無論、両者の時を止められる時間に差がある場合はその限りではない。
「オラアァッ!!」
「無駄ァッ!」
鉄の塊同士が衝突したような、鈍く重い音。
星の白金――スタープラチナと、世界――ザ・ワールドの拳がぶつかった。
「凄まじいパワーだな、『星の白金』! だが時を止めるまでもなく、キサマのスタンドはこのDIOの『格下』だッ!」
「…………!! ほお、そうかい。だったら―――こんなのはどうだ?」
拳と拳が密着され、両者の振動が互いに感じられる距離で承太郎は笑う。
その視線の先……DIOの後方上部に、動く気配。収束するエネルギー。
「遠慮なくアイテムを使わせてもらうぜ。『ミニ八卦路』だ……!」
「ムッ!?」
その小さな気配を察知し、振り返ったDIOの目に映った小型の浮遊物体。
承太郎の支給品『ミニ八卦路』が燃え上がる炎を噴き出した!
「SPW財団の資料やじじいから見聞きした話によれば、てめえは俺のひいひいおじいちゃん……
ジョナサン・ジョースターに『三度』敗北しているらしいな。
そしてその三度とも全てが『炎』に塗れてやられたとか。だったらこの支給品はてめえにとって『悪運の炎』になるわけだ」
DIOの脳裏に蘇る忌まわしい記憶。
最初は焼えあがるジョースター邸。慈愛の女神像に貫かれ、焼け苦しんだ。
次にウインドナイツ・ロットでの館。宿敵ジョナサンの持つLUCK&PLUCKの剣に炎を纏わされ、気化冷凍法を破られた。
最後は沈みゆく豪華客船。結果こそ痛み分けであったが、船の爆炎に巻き込まれその後100年間を海底で眠る屈辱を味わった。
DIOが『氷』――アイスとするなら、彼にとって確かに『炎』――ファイアーは過去に越えられなかった壁。
その忌むべき炎に……またしてもやられるわけには―――
「―――いくものかァァァァアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」
『 世 界 ―― ザ ・ ワ ー ル ド ―― !!! 』
DIOが、承太郎より『先』に時を止めた。
背後には大津波が如く襲い来る炎の壁。当然、後退など有り得ない。
前方には……承太郎がいつの間にか距離をとっていた! DIOが振り向いている隙に大きく離れたのだ!
「この『世界』の時止め時間を少しでも削る考えか? なまっちょろい考えだぞッ!
策を弄すれば弄するほど、人間には限界があるッ! それを今からその身に叩き込んでやろうッ!」
―――1秒経過ッ!
DIOが承太郎に向けて疾走するッ!
ナイフはもう無い。己の……『世界』の拳のみが敵を打ち崩すッ!
―――2秒経過ッ!
『世界』の拳が承太郎に迫るッ!
止まっていた承太郎の時間は―――その機を狙って動き出すッ!
『 星 の 白 金 ―― ス タ ー プ ラ チ ナ ―― !!! 』
承太郎の狙いは最初からたったひとつ。
―――DIOが何を策していようと……己が止められる『2秒』という時間の中でスタープラチナをブチかますッ!!
ここから始まる2秒間で全てのケリをつけてやる。
承太郎は最大全力のスタンドパワーを『星の白金』の両拳に込めたッ!!
―――3秒経過ッ!
二人が一斉に大きく動き出した。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!!!」
分子レベルで駆け巡る破壊衝動。疾風怒濤。無秩序の豪撃。
より早く、速く、疾く―――!
より重く、強く、深く―――!
打てるコースを刹那に見切り、乱撃のスキマを潜り抜けて流星の拳を繰り出す。
飛び掛かる敵の拳を正確無比に防ぎ、致命を直前回避――グレイズ――する。
その様は無限なる弾幕の如し。ただし、幻想少女たちがやるごっこ遊びといった生易しい遊戯ではない。
本気の殺し合い。魂と魂がぶつかり合う、真の『闘い』。
千を越えるほどの火花散る、さながら星雲状態の空間。しかし両者の心に燃えるものはたった一つのシンプルな思い。
―――『コイツに勝つ』ッ!!
瞬く間に展開する激しいラッシュの連打! 連打!! 連打!!! 連打!!!!! 連打!!!!!
両者一歩も退かず、極限まで時間を濃縮した1秒が終了する……!
―――4秒経過ッ!
DIOが時を止めて4秒が経過した頃、承太郎の心に小さな『違和感』が芽吹き始める。
エジプト・カイロで散々撃ち合った相手だ。その間合いも、拳の速さ重さも、打撃の癖すらも感覚で覚えている。
『あの時』と『今』のDIO……そのスタンド『世界』も、どこか『違う』……!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!」
拭いきれない『違和感』はすぐに『不安』にまで開花し、承太郎の額に嫌な汗を流した。
―――重い。そして、速い。
DIOのスタンドはこれほどまでに強烈であっただろうか……?
確かに『世界』は超強力。スタンドパラメータひとつとっても文句の付けようのない、まったく恐ろしいスタンドだ。
しかし曲がりなりにも承太郎の『星の白金』は、その『世界』にすらも打ち勝った最強のスタンド。
―――押され、ている………ッ!?
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!!!!」
最強の『星の白金』が、徐々に『世界』の拳に押され始めた。
(こ、こいつ……ッ! エジプトの時よりも………『強く』なっている……ッ!?)
不安は承太郎の心を茨のように取り巻き、確信に至る。
DIOのスタンドは以前戦ったときよりもパワーが『重い』。スピードが『速い』。
―――5秒経過ッ!
DIOがこのバトルロワイヤルに参加した時点で、『世界』が止められる時の限界は『5秒』だった。
そして承太郎の『星の白金』が止められる、または止まった時の中を動ける時間は『2秒』だった。
DIOが時を止めてから『3秒』が経過した時点で承太郎は大きく動き始め、拳のラッシュを展開。
そして今……『5秒』が経過し、二人の時止め終了時間が偶然重なった。
いや、偶然などではない。承太郎はDIOと自分の時止めが同時に終わるよう、調整して最初に距離をとった。
連続で時間は止められない。ここからは互いに動き出した時の中で、引き続きラッシュの撃ち合いを続けるのだ。
しかし時間が動き出すということはDIOの背後に設置した『ミニ八卦路』が文字通り、DIOに火を噴くということ。
全身粉砕か、火達磨か。DIOが辿る道はその二つのどちらか、あるいは両方ッ!
そして今、時は動き――――――
「まだまだまだまだァァッ!!! 第2ラウンドだァァァアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!」
―――出さない。止まったままだ。
(DIO……ッ! こいつ、やはり間違いないッ! 『成長』してやがる……! 時止めの『持続時間』が……5秒よりも長いッ!!)
計算が外れた。DIOの『世界』は5秒以上に時を止められた。
『DIOの世界』で、承太郎はこれ以上動けない。置いていかれる―――!
「終わりだァ承太郎ッ!!」
―――『成長』。
しかしそれを言うなら承太郎の『星の白金』も成長し、時の世界に入門したことだってある。
スタンドとは精神の具現。
本人の思いひとつで強くも弱くもなるのなら―――!
「――――――オラァァアアッ!!!!」
『止まった世界』の中で、『世界』の拳を『星の白金』は弾いた。
「いくぜオイッ!!」
承太郎もこの土壇場で成長する。時止めの持続時間が延びたのだ。
それはなにより目の前の『邪悪』を打ち倒さんとするため。
『勝つ』ための成長ッ!
「流石だな承太郎! キサマならきっと『動いてくる』と思っていたぞッ!! それでこそ殺し甲斐があるというものッ!!!」
―――6秒経過ッ!
自分の成長がどこまで時止め持続時間を延ばしてくれたのかはわからない。
だが、1秒でも早く! 決着はつけるッ! DIOにラッシュを叩き込むッ!!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!!!!」
―――が……!
(何故だ……! こっちは完全に全力のスタンドパワーを出してんだぜ……! だが、今のコイツは……ッ!)
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ…………ッ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!!!!」
DIOが時を止めてから6秒が経ち、ここで完全に『優劣』が付いた。
『星の白金』が競り負ける。
空条承太郎が、敗北する……!
一撃。
承太郎は初めて『世界』の打撃を受ける。
『星の白金』でさえ、見切れなかった一撃。
二撃。
ひとたびダメージを受ければ、次に襲い掛かる拳の群も防げない。
右肩に破壊的な衝撃。木の折れるような、鈍い音が自分の中に響く。
四撃。
間髪入れず刺してくる圧倒的なパワー。
もはや全く衝撃を受け流せない。
八撃。
意識が―――飛ぶ。
今まで自分が殴り飛ばしてきた敵スタンド使いは、皆このような重苦を味わってきたのだろうな、というあられない思いまでが浮かぶ。
十六撃。
完全に防御する腕が止まった。
『世界』の拳全てをその身に喰らいながら承太郎はふと、先ほどのDIOの台詞を思い出していた。
―――『賢者の一角『八雲紫』は既にこのオレの掌中に落ちた。『博麗霊夢』もすぐにディエゴが刈り取ってくれるだろう』
三十二撃。
機関銃の乱射でも受けたと錯覚するような、骨の隅々が粉砕された苦痛を味わいながら、承太郎は自身の『敗因』を悟った。
(そういやあ……霊夢の奴がチラッと言っていたな。『八雲紫』とかいう大妖怪の存在を…………)
走馬灯のように過ぎ去るその記憶は、承太郎にひとつの『推測』を与えた。
DIOは……既に八雲紫に会い―――恐らくその血でも吸ったのではないか、と。
吸血鬼のDIOにとって人間の血など、どれだけ吸ったところで精々身体を馴染ませるための『栄養分』。
その身をパワーアップにまで至らせるには、『ジョースターの血』でも吸わなければ為されない。
だが―――例えば『大妖怪』の血など吸えばどうなるか。
予想は……難くないだろう。実際に今、身を以って体験している。
合点がいった。『世界』の拳が前の時より速く、重くなっているその理由。
時止め静止時間が延びた、その理由。
―――DIOは間違いなく八雲紫の血を吸って力を上げている。
承太郎が最後に真実に辿り着いた時には既に『敗北』の後。
もはや立つことも困難。自分は―――敗けてしまったのだ。
正真正銘、真正面から戦い、真正面から敗けた。
スポーツの試合であればむしろスッと清清しくもなるだろう。だがコイツ相手には……屈辱しか感じない。
(―――悪ィ、霊夢。F・F。……じじい。花京院。ポルナレフ。…………俺は、コイツに敗北した)
(―――だが、)
―――7秒経過ッ!
「勝ったッ! 死ねィッ!」
勝ち誇ったDIOがトドメの一撃を入れようと迫り―――
ス パ ッ !
敗北したはずの承太郎と『星の白金』の右腕が。
ボロボロである承太郎と『星の白金』の右腕が。
「ウガッ―――!?」
勝利を確信し、ほんの僅かに油断したDIOの左目を一閃した。
「フ、フフ……。流星指刺(スターフィンガー)……! イタチの……最後っ屁、ってやつ、だぜ…………」
三十二撃の拳を喰らっても、承太郎は倒れない。
『星の白金』の指先に力を一点集中。瞬間的に伸縮させるその技が承太郎にとっての最後の技になった。
今ので力尽き果てた。もう、動けない。
それでも承太郎は倒れない。
「……100年前、ジョースター家を乗っ取ろうと画策した時も……、
俺のひいひいおじいちゃん『ジョナサン・ジョースター』と3度に渡って戦った時も……、エジプトで俺達と戦った時も……」
それでも承太郎は不敵な笑みを絶やさない。
「……てめえの計画は過去、一度として、成功した試しなんざねーんだよ……!」
それでも承太郎の心は砕けない。
「……今回の『ゲーム』も……DIO! てめえという『悪』は…………俺たちに……敗けるぜ」
フラフラの身体で、最後に目の前の男に示したポーズは―――
「―――てめえは……『くたばりやがれ』」
手の甲を相手に向け、人差し指と中指を立てるジェスチャー。
いわゆるVサインを裏返すこの仕草は『Fuck off』。最上級に悪いスラングである。
DIOの国では、撃たれる覚悟のある人間が向ける仕草だった。
左目を縦に切り裂かれたDIOは怒りで瞼を痙攣させるも、すぐに取り直す。
そして動けずに膝を支える承太郎の背後にツカツカと回り込み―――
「俺“たち”……だと? フンッ! 他のジョースターの血統共のことか? まさかあの霊夢とかいう巫女のことではないだろうな?
なんにせよ、みっともない負け台詞だったなァ……!」
DIOが承太郎の首をガッと掴む。
195センチの体格を軽々と持ち上げ、目の前にある―――火を噴いたままで止まった『ミニ八卦路』へと突き出した。
「キサマの敗因は『情報』……その思い込みだ。『思い込む』ということは何よりも『恐ろしい』ことなのだよ。
我が友から聞いていたぞ。非情に腹立たしいことだが、キサマがエジプトにてこのオレを討ち倒したという未来を。
一度戦ったのだから、ラッシュの対決では絶対に『負けることはない』……そう“思い込んでいた”。
このDIOが大妖怪の力を吸っていた可能性など露にも考慮せずにな……だから敗けたのだ。
スタンド戦において『情報』とは特に重要な要素……キサマならよく分かっているだろう?」
DIOはプッチ神父からエジプトでの承太郎との戦いの瑣末を聞き、承太郎はその経験から『今度も負けない』という自信があった。
その思い込みをDIOは利用し、ラッシュ対決に持ち込んだ。
二人が二人共、『自分が勝つ』という強い自信を持っていた。―――結果、勝利者はDIO。
「これで『8秒』経過だ……ッ! まさかキサマが止めた時の中を『5秒』も動けるとは……驚いたな。
その大健闘を称え……キサマは『火炙りの刑』だ。『悪運の炎』とはキサマのことだったなッ!」
―――8秒経過。
『――― そして時は動き出す ―――』
――――――承太郎の全身が、残酷に焼き尽くされた。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
紅い廊下に点々と形作られてゆく、赤い染み。
再び恐竜化された八雲紫の背に運ばれる、博麗霊夢とF・Fの身体から滴る血だった。
ドシドシという重い足音と共に無感情に歩く肉食獣を連れ歩きながらディエゴは耽る。
博麗霊夢についての記述は多少ながらこの世界の本で触れている。
幻想郷でも有名な妖怪退治の巫女。物心ついた時から修行を積み、『博麗の巫女』として生きてきた。
そんな彼女が生まれ持っていたのは『天性の才能』。巫女として充分すぎるほど、有能な力を持っていた。
大した努力もなく、与えられた役目を担い、全ての異変を解決してきた。
―――そう、博麗霊夢は『天才』だった。間違いなく。
対するディエゴはというと、イギリス競馬界において『異例の天才』という肩書きは持っていたものの、その過程は霊夢とは随分違っている。
生まれた時から下層階級での貧困家庭。傲慢で最低だった父親の行方はわからず、母親の一途な愛のみで育ってきた。
その母も若くして社会に殺された。そんな社会の奴らに復讐すべく、ディエゴは憎悪にまみえる『奪う側』に回った。
ディエゴには何も無かった。生きるために必要な『金』も『地位』も『名誉』も、全て他人から奪ってきた。
目的のためなら何だってやってきた。それが自分にとって『必要』だと考えていたからだ。
そんな『持たざる者』だったディエゴが、『持つ者』である霊夢を憎らしく思うのは彼からすれば当然の思考。
博麗霊夢のような、最初から全てを持ち、周りから持て囃される『甘ったるい天才』が大ッ嫌いだった。
だからその全てを『奪って』やりたかった。
奪って、這い蹲らせて、その命すらも奪う『侵略者』ディエゴ・ブランドー。
男は、ドブ川の中から這い上がるような執念で『勝利』をもぎ取った。
博麗霊夢はその執念に敗北したのだ。
「クソ……ッ! 右目が……! 最後の最後で油断した……!」
裂かれた右目を押さえ、恨めしげに霊夢を睨む。
今すぐに八つ裂きにしてやりたい気持ちはあったが、そうはいかない。
DIOから霊夢の肉体の回収を頼まれている。蹴ってやりたい頼みだったが、何故だか「まあいいか」という気持ちになった。
どうもあの男と対すると、調子が悪くなる。負ける気がしないという気持ちにはなるが、気に入らないのだ。
巫女を恐竜にするのも一興と考えたが、何故だかこの女には恐竜化が半分ほどしか効かない。余計な肉体強化をさせてしまい、先の不手際を被ってしまった。
どうせこの女は『致命傷』だ。じきに死ぬ。
そう思い、今はDIOと待ち合わせるために廊下を歩いている。
一方の『F・F』と呼ばれていたこっちの銀髪メイド。
こちらはとっくに『死亡』している。急所への一撃、即死だった。心臓も停止している。
一度死んだ肉体を操っているらしいが、よくわからない生物だ。
肉体の方の銀髪女の情報もほとんど無い。ディエゴが恐竜情報網を使用した時点で彼女は既に死んでいたからだ。
死体を恐竜には出来ない。精々がDIOのおやつにでもなるだろう、という程度の気持ちで運んでいるだけだ。
「……フン。さっさと運びなよ、八雲の妖怪」
八雲と呼ばれた意識なき獣は、何も言葉を返さず二人を運ぶ。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「遅かったな。しかし無事に霊夢らを始末できたようで何よりだ。流石はディエゴ」
「これが無事に見えるってんならすぐに目を医者に見せた方がいい。……その切られた左目も一緒にな」
ディエゴがエントランスホールに赴くと、既にDIOは階段に座して待っていた。
その左目は承太郎との戦いで負傷したのか。ディエゴの右目と同じ様に縦に切られている。
「……どうやら傷の治りが遅い。これも制限とやらか。
お互い、苦労したな。私の方もほんの少し、しっぺ返しを受けた」
DIOは左目を軽く撫で、足元に倒れる承太郎を恨めしげに睨んだ。
戦いに敗れた空条承太郎。その身体は全身焼け焦げ、ピクリとも動いていない。
その身体の傍にはミニ八卦路も転がっている。どうやら炎を出し尽くして力を失ったらしい。
「殺したのか?」
「いや、しぶとくもまだ息はあるようだ。ジョースターは総じて『強運』だからな。
だがすぐに死ぬ。その前に頂ける血液は全部吸っておこうと思ってね」
DIOの肉体は元を言えば100年前に奪ったジョナサン・ジョースターの肉体。
生きているジョナサンが会場のどこかに存在していることを考えると奇妙だが、とにかくその肉体は未だDIOの頭部とは馴染んでいない。
完全に馴染ませるにはあとひとり……ジョースターの人間の血が必要だった。
その血を吸い、肉体が完全にDIOと馴染んだ時、吸血鬼として更なる力を得る。
「どんなに強靭なパワーを手に入れても、日光という弱点は消せないんだろう?
吸血鬼ってのは厄介なリスク背負ってんなぁ。オレだったらまだ人間の方がマシだと思うがね」
吸血鬼という未知なる力に興味がなくはなかったが、太陽の下を一生歩けない体などディエゴはゴメンだった。
地位を得るためという名目上では天才ジョッキーとして名を売っていたが、馬を走らせることはディエゴなりに好きではあった。
もし自分が吸血鬼などになればそれは永劫叶わなくなるのだろう。
既に自分は『スケアリー・モンスターズ』という、人間を超える肉体能力を手にしている。不死など馬鹿馬鹿しい。
「肉体の構造上、という意味でなくても人間のやれることには限界がある。
私は吸血鬼になったことを後悔したことなど一度もないよ。血の味を楽しむのもオツなものだ」
ディエゴの軽い皮肉にも嫌な顔ひとつせず、DIOはそう言って霊夢に視線を向けた。
「博麗霊夢……博麗大結界の管理人で、幻想郷バランスの一端を担う巫女か。
フフ……今まで吸ってきた女の血は数知れど、巫女の血となるとさぞかし美味だろうな。
古代ローマの処女神ウェスタに仕える巫女は、処女でなくなると力を失うと聞くが……東洋の巫女はどうかな?」
紫の背に乗せられた霊夢の体を、片腕で乱暴に持ち上げて床に落とした。
ジョースターの血というメインディッシュの前にまず、巫女の血を吸って傷を癒そうというのだ。
仰向けに転がった彼女の右肩から腰にかけて大きくナナメに切り傷が広がり、赤い巫女装束が血で更に赤黒く染まっている。
「大妖の次は巫女の血か。アンタも中々大喰らいだ……、今までに何人吸ってきたんだ?」
「君は今まで食ったパンの枚数を覚えているのかい?」
性格の悪い男だ、とディエゴは卑しく思う。
パン一つまともに食べられなかった幼少時代を思い出しながら、ディエゴは紫の体に背を預けながら『ショー』を眺めることにした。
その時―――
「―――アンタ、たち………、ゆる、……さ…な、ぃ……わよ…………」
力ない、今にも潰れそうな声が微かにだが漏れた。
その声を発した本人……霊夢が頭上のDIOを倒れたままで睨む。
「ほう! まだ意識があるとは、流石に博麗の巫女はゴキブリ並みの生命力だな。
……だが安心して逝け。その生命力をこれから奪ってやるのだからッ!」
面白そうに叫んだDIOは、霊夢の首元に思い切り指を突き刺し、その血を躊躇いなく吸い始めたッ!
「―――っ!? く、ああぁ……! や、め…………、DI……O…………っ!!」
「ンン~~! どうだ霊夢? 純潔を穢される気持ちというのは!
お前の綺麗だった血を今! このDIOがゴクゴク飲んでいるぞッ!」
ディエゴが彼の『食事』を見るのは2回目だが、相変わらず不快な光景だと息を漏らす。
女を弄び、落ちるとこまで落として嬲った経験は何度かあるが、そんな経験と目の前の光景とがダブって見えたからだ。
『持つ者』から全てを『奪う』ことに幸福感を感じるディエゴは、やはりこのDIOとよく似ている。自分でもそう思ったのだ。
まるで自分を鏡写しで見ているみたいだと、思わずその光景から目を逸らす。本当にどこまでも嫌な奴だ。
そして、DIOの『食事』は終わった。いや、『前菜』を食べ終えたと言うべきか。
「……で、感想は?」
「……『格別』、の一言でしか言い表せないな。体内の血が全てサラサラに洗浄されていくようだよ。
オードブルとして頂くにはあまりにも美味な一品……。更に力が満ち足りていくようだ。
これは……クク……! 食事の順番を間違えたかな?」
邪悪のオーラ、とでも表現すべきだろうか。
DIOの表情から滲み湧き出るその感情が、ドス黒く煌いているように見えた。
傷を負った左目も見る見ると塞がっていく。霊夢の血を吸った作用だろう。
霊夢の肉体から、生命の源でもある血液が失われた。
人は総血液量の約30%を失うと生命維持が極めて困難になると本で見たことがある。
DIOがどれだけ吸ったのかは知ったことではないが、これだけ急速に血を失えばすぐにでも死ぬだろう。
天下の博麗の巫女サマが、全くあっけないもんだと思う。
どちらにしろ霊夢を恐竜化できない以上、生かしておくこともない。
霊夢の体から『命の消滅』を感じながら、ディエゴはそれをただ冷たく見下していた。
「―――さて。次は『メインディッシュ』……ジョースターの血だ。
承太郎。キサマの血で私の肉体は完全に馴染み、最強となるのだ。
やはりこの体に一番しっくりくるべき血は大妖や巫女ではなく、ジョースターであるこそがふさわしい」
クルリと向きを変えたDIOが、承太郎の体に近づいていく。
承太郎の肉体も瀕死。全身砕かれた骨と焼け焦げた肉から、更に血液まで絞り尽くそうというのだ。全くえげつない。
DIOはコイツらジョースターを最も警戒しろとオレに言ったが、正直肩透かしだ。
オレからすればジョニィやジャイロの方がまだ危険だったが、そのジョニィも既に死亡。本当にあっけないもんだ。
―――これにてオシマイ、だな。
ディエゴが感慨なく心で呟き、そして『あること』に気付いた。
それは今までこの部屋に承太郎の焼けた臭いが漂っていたのでわからなかったが……
(―――ん? この『ニオイ』は…………)
クンクンと、自身の武器でもある恐竜の鋭い嗅覚に意識を研ぎ澄ます。
こいつは…………!
「さて……正直言ってお前をこのゲームで早めに殺せてホッとしているぞ。まったくジョースターの血統は厄介な奴らだったからな。
しかし最後は意外とあっけないものだったな。では、血を吸われて私の礎になるがいいッ! Good Bye承太郎!!」
DIOの指先が倒れた承太郎に迫る。
――――――その時ッ!
「DIOッ! 外から参加者だ、多いぞッ!!」
ド ッ ゴ オ オ オ ォ ォ ォ ン ッ !!!!
ディエゴの声が響き渡り―――次の瞬間、轟音と共に館の玄関が吹き飛ばされた。
「―――ッ!?」
承太郎への無慈悲な食事が寸前で止められる。
現れたのは―――軽トラック。
荷台には数名の女。どいつもこいつも――震えている者もいたが――ひと筋縄ではいかなそうな、強者の風格。
そして運転席からDIOを強く睨みつけている金髪の少年。
この中で最も『修羅』を経験してきたかと思わせる、そんな只者でない風格を持つ者―――
―――『黄金の風』を纏っているかのようなオーラの少年が叫んだ。
「承太郎さん! 霊夢さん! あなた達は僕らが必ず助けますッ! いま少し辛抱をッ!」
ひと際の朝風が、この場を通り抜けた。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
最終更新:2015年06月09日 02:44