紅蒼の双つ星 ― ばいばいベイビィ ― ②



空条承太郎
【午前】C-3 紅魔館 正門前


ハッキリ言って最低最悪の気分だった。
この精神に食い込むかのような圧迫感。
邪悪の権化を目にするかのようなドス黒い感覚。
嫌というほど味わってきたこの感覚をまさか再びこの身に味わうとは。
承太郎は額に垂れる汗を拭きもせず、ポケットの中をまさぐる。
そういえばタバコは無いのだった。それに気付き、代わりに深い息を吐くと共にお決まりの台詞を漏らす。


「やれやれだ……。まさか昨日味わったばかりのこの感覚をまたも味わうとはな……」

体感では24時間も経っていない。承太郎からすればついさっきの出来事であった。

「このイヤ~~~~な妖気……、承太郎。もしかしてアンタの『お友達』かしら?」

隣の霊夢も紅魔館を見上げながらそんなことを聞いてくる。
表情は平静だが、普段よりも若干声に締まりを感じる。

「ああ、どうやらそのようだぜ。このオーラは間違いねえ。……奴はついさっき倒したばかりなんだがな」

承太郎の目つきが変貌した。
いつだって他を寄せ付けない、孤高のような瞳を持っていた男だが……ここに来てそれはさらに鋭く、熱く変化した。


「……“DIO”だ。奴はこの館に潜んでいる」


100年の仇敵を館に見据え、その足を一歩前に踏み出す。
断ったはずの因縁が、再び承太郎の前に立ちはだかった。
その因縁を前に逃げ出すわけには―――いかない。


「霊夢。そしてF・F。テメーらの意見を聞くぜ。俺はこれからDIOのヤローをもう一度、完膚なきまでに倒す。
 だがテメーらは奴とは何の因果も関係もねえ。ここで待っているのもいいし、何なら逃げ出したって構わねえ。
 俺はテメーらについて来いと『命令』はしねえ。一緒に来てくれと『願い』もしない。
 俺の元々の仲間達は命を懸ける『覚悟』があったが、テメーらにまでその覚悟を強要させるつもりは――っ痛ッ」

長々と語る承太郎の台詞に嫌気が刺したのか、霊夢は不機嫌な顔を作って承太郎の広い背中を蹴った。

「馬鹿、今更なに言ってんのよ。私はそのDIOとやらを倒すためなんかに大切な命を懸けようなんて微塵も思っちゃいないわ。
 でもね承太郎! アンタ『私と勝負する』って約束忘れたとは言わせないわよ!
 その約束を守らせるためなら命なんていくらでも懸けてやろーじゃないのッ!」

全く臆することなく霊夢は足を一歩、ドスンとやや乱暴に前方に踏み出した。
異変解決のエキスパートである霊夢は、いつものように悪者を退治するだけだ。
自分にとっての悪者とは目下のところ、彼女の最終目的を邪魔しかねないDIOという吸血鬼である。

「……やれやれ。どこまでもじゃじゃ馬娘だな、オメーさんは」

「褒め言葉と受け取るわね。生憎吸血鬼ぐらいなら退治の経験はあるわ。
 適当に懲らしめて、レミリアの執事にでも従属させてあげるわ。年中無休の無給でね」

腰に手をあて、偉そうに張り上げる霊夢を見て承太郎は内心、安堵の気持ちもあった。
仲間が居ることの心強さはある。だがそれ以上にここで霊夢が臆するようなことがあれば、それは霊夢ではない。
しかし霊夢ならば必ずそう言うだろう、という奇妙な信頼が承太郎の心には芽生え始めていた。
同時にDIOの執事姿という世にも恐ろしいイメージを思い浮かべ、げんなりする思いと共に軽く笑いが漏れる。

「……何笑ってんのよ? 私、何か変なこと言った?」

「いーや。それでこそお前だな、って思っただけだぜ」

「そ。」

たいして興味無げな返答をし、霊夢は後ろを振り返った。
もうひとりの仲間の言葉を、二人はまだ聞いていない。



「F・F。アンタどうする? 12時まで同行しろとは言ったけど、別に命まで張れとは言わないわ」

「私は………………同行させてもらいますわ。
 『咲夜』の記憶が、怒っている。この紅魔館は私の、そしてお嬢様たち皆の『家』。
 家というのはどんなに離れていても最後には必ず帰り着く、心の寄り添いとなる場所……。
 それを何処の馬の骨とも分からぬ輩が土足でドカドカと上がり込まれたらたまったものじゃないわ。
 お嬢様がお帰りになる前に館を綺麗に『掃除』するのはメイドの仕事よ」

「……咲夜が、そう言ってるの?」

「ええ。それと同時に『F・F』としての私も、霊夢を危険な目に遭わせたくないと思っているわ。
 アナタにはもっと色々教わりたいもの。狭い世界で暮らしていた私に『自由』を与えてくれたアナタから……」

優雅に、しかしどこか『決意』を思わせる身振りでF・Fはその佳麗な足を前に一歩踏み出した。

承太郎と、霊夢と、F・F。
向けるべき眼差しを一点に見据えた三人の肩が、紅魔館の大きな正門に並んだ。
三者の足は既に門の中へと一歩踏み入れている。
今はもう居ない門番の姿を霊夢とF・Fは少しだけ想い、そしてすぐに振り払う。
向くべき場所は過去には無い。前にある。


後戻りは―――するつもりはない。


体調は万全、とまではいかないが、ここに着くまでには既に備えてきた。
承太郎は帽子を深く被り直し、かつてを思い出す。
そう……母を救うため、日本からエジプトまでの長い道のりを行く、あの時の最初の一歩を。
祖父が高らかと叫んだ言葉を、今度は自分が叫ぶ。
性に合わないとは思いつつも、その短い言葉は仲間との決意を高めあうため、勇気となる。

短く息を吸い、肺の底から押し出すように、今は懐かしき台詞を承太郎は響かせる。





                「 行 く ぞ ! 」





一行は悪魔の館へと、突入を開始した。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


玄関扉の重い開放音と共に、館内に光が射した。
紅魔館・エントランスホール。承太郎たちを初めに出迎えたのは、赤を基調とした装飾の大広間だった。
内部には日光が長く伸びてはいるが、その隅々には闇が残る。


「いきなり散らかっているわね……。この戦闘の跡は一体誰が掃除するのかしら?」

まず第一にF・Fが物怖じなく侵入し、広間の状態を軽く嘆いた。
床の窪みや壁の破損。何者かの戦闘の跡だろう。

「散らかした跡なんて散らかした奴に掃除させりゃいいのよ。
 もっとも、私が初めてこの館に来た時も大概に暴れた気がするけど」

F・Fの後に続くように霊夢がいつもの調子で侵入した。
それを呆れるような声で承太郎は後ろから注意する。

「おい……迂闊に中へ飛び込むんじゃねえぜ。DIOの前にスタンド使いが一人や二人いるはずだ」

「大統領が言っていたディエゴって奴? そこら中の闇に紛れて私たちを監視してる恐竜共のボスね」

霊夢がチラと睨んだ部屋の隅の闇に『奴ら』は大量に居た。
ギィギィと小さく甲高い鳴声でこちらを威嚇するように監視している『翼竜』だ。

「さっきからずっと俺達を見てやがる。
 大統領の奴には悪ィが、ディエゴやらとは早速戦うことになりそうだぜ」

「……一応、大統領からディエゴの情報を聞いたってのは内密の話ね。
 彼の立場が悪くなるし、知らぬ存ぜぬを通しましょ」

「にしても、隅っこにわらわらとまるで鼠ね。監視役という意味でも。
 鼠避けの絵とか置物とか、里で売ってたりしないかしら?」

霊夢とF・Fがひたすら足を進める様を見て、承太郎も諦めて内部へ入っていった。
霊夢はともかくF・Fまでこうも恐れ知らずな性格になるのは、やはり元の咲夜の性格が多大に影響しているのだろうか。

ホールの中心にまで足を進めた時、奥の扉から音が響いてきた。
ひとりだ。誰かひとり、こちらまで歩いてきている。


「……出迎えだぜ。引き締めな」


すかさず『スタープラチナ』を出現させ、迎撃の態勢をとる。
霊夢とF・Fも敵を見定め、各々に構えた。



「―――これはこれはお三方。麗しいお嬢さんもおいでで。オレはディエゴ・ブランドー
 ようこそ紅魔館へ……。ここまでの旅路は辛かったろうに。お前たちを心から持て成すぜ」



現れた男はまだ若く、しかし一目で只者ではないと思わせる眼光を滾らせていた。
乗馬用ヘルメットに金髪。大統領から聞き及んだ『ディエゴ・ブランドー』と見て間違いない。

(コイツがディエゴか……ッ! 成るほど、あのヤローの傲慢なツラにそっくりだぜ)

承太郎はこの男を見て思わず激昂しそうになった。
想像以上にDIOと酷似している。見た瞬間、すぐに殴りかけたぐらいに。




「『ようこそ紅魔館へ』……と言うのはアナタが吐く台詞ではございませんわ。
 この家はレミリア様の居場所。アナタたち野蛮な種族のものではない」


ディエゴの言葉に、まずはF・Fが少々の苛立ちを交えて返答した。
自分の中に眠る『咲夜』の記憶が彼らに対して怒っている。
『家』という概念は本来のF・Fには理解し難いものだが、それ故に理解したい気持ちでもあるのだ。
この咲夜の記憶を通してF・Fは色々なことを学んでみたいと思った。
そして、それを邪魔するディエゴたちは恐らく自分や咲夜にとっての『敵』なのだろうとも思った。

「敵は―――『排除』します」

ナイフを取り出し、いつでも投擲できるよう構える。
咲夜の記憶の見よう見まねだが、何故だか外す気がしない。

「アンタ、私たちをずっと覗いてたでしょ? 気持ち悪いったらありゃしないわ。
 その辺にいるネズミ共、まとめて引っ込めないとひどいわよ」

F・Fに続き、霊夢もディエゴを『敵』と見据える。
それなりに宜しくやっていたレミリアの家が、見ず知らずの男たちに蹂躙されているというのは気分が悪い。
モップの柄という武器は格好がつかないが、それでも霊夢が振舞えば何故かそこそこの絵にはなっている。

「テメーのキザな挨拶なんぞ聞きたかねえぜ。とっととDIOに会わせな」

女性陣(※片やプランクトン)の後に続くはやはりこの男、承太郎。
百戦錬磨のスタンド使いが、目の前の鼻につく男を眼前に睨み倒している。
そんじょそこらの一般人ならそれだけで卒倒しそうな『メンチ切り』だ。

「おっと怖い怖い……。恨まれたもんだなァ、オレもアイツも。
 だがDIOに会いに来たってんなら話は早い。奴さんもお前に会いたがっていたぜ、承太郎。
 オレはそれを邪魔するつもりはないし……行きなよ。案内ならコイツがやってくれるさ」

そう笑い飛ばしたディエゴの腕に1匹の小さな翼竜が飛んできた。
DIOの居る場所への『案内役』というわけだろうか。その翼竜に攻撃の意思は見えない。


「―――ただし、行くのは『承太郎』だけだ。お嬢さん方二人はここでオレと談笑でもしながら待つ……ってのはどうだい?」


そう来るだろうな、と承太郎は思った。
ただの『出迎え役』としてこのディエゴが姿を現したわけではない。
現に、コイツは『殺気』を隠そうともしていない。今、ここで『殺る気』になっている。

「それもいいけど……もっと素敵な別の方法を私から提案してあげるわね」

「ほお。是非、お聞かせ願おうか」

「『今ここで三人がかりでアンタをボコボコにしてDIOに会いに行く』……ってのはどうかしら?」

何の思い迷いもなく、霊夢は言ってのけた。
3対1だとか、そんな些細なことなど考えない。今はとにかく、目の前にある障害をひとつずつ蹴り壊していくのみを考える。

ある種堂々とした姿の彼女を、しかしディエゴは動揺ひとつせずクックッと笑う。



「……面白い。面白い女じゃあないか博麗霊夢
 成るほど、幻想郷随一の力を持つ巫女というのは伊達じゃあなさそうだ。
 あの『八雲紫』とかいう腑抜けた妖怪とは一味違うな」



――――――ピクリ。



霊夢の眉が、その言葉に反応してつりあがった。
続く言葉は、重みと迫力を一層供えて吐き出す。

「……誰とは違うって?」

「八雲だよ、『八雲紫』。あのスキマ妖怪とかのことさ。ケッサクだったぜ?
 幻想郷の賢者と呼ばれ、強大な力を振るう大妖怪の八雲サマが、無様に地を這い尻振って逃げ出そうとする姿はなァ……。
 一撃だ。たったの一撃であの女は紙切れみたいに吹き飛んだよ。クックック……ッ!」



    ガ キ ィ イ イ ン ッ ! !



霊夢による瞬速の攻撃がディエゴを襲った。
隣に居た承太郎ですら反応に遅れたほどに疾い、怒りの一撃。
だがディエゴはそれを容易く受け止める。所詮は棒切れによるもの。重い一撃にはならなかった。

「随分行儀の悪い女だ。巫女ってのはもう少し穏やかでないと務まらないものだと思っていたが」

「最近の巫女はアンタが思うほど綺麗なモンじゃないのよ。
 それより聞き捨てならない台詞をぬかしてたわね。……紫はどこ?」

霊夢の持つ棒がギリギリとディエゴの鋭い爪を震わせる。

だが―――そこまで。
所詮人間の少女である霊夢の腕力が、大の男であるディエゴの腕力に敵う道理は無い。


「霊夢! 迂闊に近寄るんじゃねえッ! そいつの『能力』を俺たちはまだ知らねえッ!」


先走った霊夢を戒めるように承太郎は叫ぶ。
能力を『知らない』とは嘘だ。既に大統領から事細かく聞いている。
しかしそれをディエゴにわざわざ悟らせることもない。
相手のことを何も知らないという体で戦えば奴は油断をする“かもしれない”。言うだけならタダという奴だ。




「霊夢、そこをどきなさい! いくわよ『F・F弾』ッ!!」


言うが否や、F・Fの指がトリガー状に変形し、得意のF・F弾をディエゴ目掛けて撃ち込むッ!
けたたましい銃声と共に4発の弾が霊夢の脇を掠め、ディエゴに―――


「―――遅すぎる。眠っていても避けられそうだぜ」


命中しなかった。
ディエゴはただ首を左右に振っただけでF・F弾を全て難なく回避する。

「くっ……!? この男、速いッ!」

これが『恐竜の能力』か。
自身の身体能力を近接パワー型と同等のパワー・スピードまで飛躍させる能力。

しかし『パワー・スピード』での世界なら、この男の独壇場。


「いくぜ……『スタープラチナ ザ・ワール――――――!?」


時を止め、すかさずラッシュを叩き込もうとする……その瞬間にディエゴは『消えた』。
いや、消えたのではない。『跳んだ』ッ!

「流石に時を止められては厄介なんでな。承太郎……お前と戦うのはオレじゃない」

スタープラチナの目だけが追っていけたディエゴの背中は、承太郎らよりも10メートル先に居た。
助走なしでの跳躍でこれほどの距離を一瞬にして跳んだ相手に承太郎は汗をかく。
時を止める能力も案の定知られているようだ。それ故に奴は承太郎を『最警戒』している。
簡単に射的距離内に入って来ることはしないだろう。

「霊夢と……F・Fだっけか? お前らはオレが遊んでやる。
 こっちへ来いよ。八雲紫にも会わせてやる。まだ死んじゃあいないぜ」

「待ちなさいディエゴ! アンタは私が絶対にブッ飛ばすッ!」

ディエゴは振り向きながら挑発し、現れた扉とは別の扉まで突っ走った。
それを怒りの表情で追い叫ぶ霊夢。

「待て霊夢! 罠だ! 行くんじゃねえッ!」

承太郎は静止するも既に霊夢はディエゴの後を追い、遠く離れている。
敵は確実にこちら側の分断を狙っている。相手がディエゴ一人とも限らない。

「承太郎! 霊夢は私が! アナタはDIOをッ!」

その霊夢の後をF・Fは早くも追っていた。
どうする……? 彼女たちに任せるか。
敵がこちらを分断させるということは、逆に言えば敵も分断するということだ。
ここでディエゴを放っておき、DIOとの戦闘中にハサミ討ちの形にされる方がよっぽどマズイ。

なにより……

「……どーしても俺だけは追わせたくねえらしいな、奴は」

霊夢とF・Fが追っていったその扉を阻むかのように、今までこちらを見ているだけだった翼竜の群が行く手を阻んできたのだ。
この数を全部相手にするのでは時間と体力の浪費。
それならば……


「DIOのとこまで案内してもらおうか……。奴は俺がもう一度灰にしてやる……!」


ディエゴの放った『案内役』の翼竜が、闇に誘うように奥の扉を進んでいった。
承太郎は最後にもう一度霊夢たちの進んだ方向を見やり、すぐに『敵』の居る『地下』へと視線を向ける。


一段にジリジリと焼けるような首のアザが、その先にいる『邪悪』をこれ以上なく示していた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


『博麗霊夢』
【午前】C-3 紅魔館 廊下


(懐かしい光景だわね……)


ディエゴの背中を追い、紅魔館の紅い廊下を爆走しながら霊夢は過去に耽る。
あれはいつだったか……そう、確かいつだかの睦月に起こった異変。
後に『紅霧異変』と名付けられたその異変は霊夢にとって初めての大きな異変解決。
故に思い入れも深い……と思いきや、たいして良い思い出なんか無かったりする。

あの時は今と違って、空を飛びながら長~~~~い廊下を突き進んでいったものだ。
本来ならこの紅魔館、十六夜咲夜の能力によって空間を弄られ拡張されている。
その咲夜も居ない今、中国の万里の長城を思わせる程に長かった廊下は元々の館が持つ寸法までに戻っているのだろう。


(後ろで付いて来るアイツは……咲夜じゃないのよね)


霊夢後方で同じく猛然と走るF・Fをチラと振り返り、胸がキュッと締め付けられる。
その麗しい銀髪と華奢な身体つきはまごうことなく咲夜のものだ。
紅魔館の空間拡大を維持させていた張本人の身体であるが、それは単にF・Fが借りているだけの器に過ぎない。

レミリアが見たら、やはり怒るだろうか。
かつて戦ったフー・ファイターズという敵が今では共に戦ってくれる仲間。
そんな使い古された少年漫画の王道のような展開が、霊夢は好きではない。
そもそも彼女自身、仲間などというぬる臭い関係を必要としない人間。
人間にも妖怪にも興味は然程示さず、誰に対しても必要以上に一歩踏み込まない『平等』な性格だった。
承太郎に対しても『いずれブッ飛ばして勝つッ!!』くらいの自己満足的な認識しかしていない……筈だった。


(その筈なのに……どーして私は今もこうしてアイツを『心配』してるのかしらねぇ)


いわゆる一種の『つり橋効果』という奴なのだろうか。
共に危機的状況に陥ったことで、『信頼』……みたいなものが生まれてきている。
F・Fの中の咲夜が言ったように、私は『丸くなってきている』のかもしれない。

心に栄え始めた僅かな『温かみ』を意識しながら、霊夢はそんなことを思った。
まあ……承太郎なら大丈夫でしょ、という軽い気持ちで吐き捨てて。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「ここは……ホールね。何度かレミリアのパーティでもお世話になったっけ」


敵を追って辿り着いた空間は、これまた紅をふんだんにあしらった内装の大部屋。
過去に開催されたパーティでも多用された舞台付きのイベントホールだ。

「ここでひと暴れしようってことね。でもいいの?
 広い場所ならアンタより私の方が地の利はあるわ」

「なに、オレも実際、博麗霊夢の実力って奴を知りたくてね。それに『弾幕』ってのは美しく広がってこそ趣があるモンなんだろ?
 幻想郷の麗しいレディーに合わせた会場を用意させてもらったのさ。不服かい?」

ここまで何ひとつ攻撃の素振りを見せずに逃げ続けたディエゴがホールの舞台の上に飛び乗り、両手を広げて見せた。
既に勝った気でいるのか、それとも高揚して『ハイ』になっているのか。

その余裕っぷりが、気に入らない。

「あんまりモタモタしてられないし、二人がかりで攻撃させてもらうわよ。
 こっちが勝ったら紫の居場所を教えてもらうからね」

「くれぐれも館を散らかさないで欲しいわね霊夢。
 モップ持って来るんなら棒の部分だけじゃなくて先端の繊維の方も持ってきて欲しかったわ」

後から追いついたF・Fも霊夢の横に並んだ。
二人はそれぞれモップの棒と数本のナイフという、ややバランスの偏った得物だ。
対するディエゴは無手。しかしその無手の中に眠る十の爪は、見た目通りの鋭さがあるのだろう。
接近戦では先ほどの焼き増しにしかならないのかもしれない。だが幻想の民にはもうひとつ、頼もしい手段がある。

「外の住民であるアンタにも分かりやすいよう、『弾幕勝負』ってのを特別に体感させてあげるわ。
 それとF・F、アンタは弾幕張れるの? いくら咲夜の記憶があるとはいえ、それを咲夜そのものの実技にまで模倣するってのは……」

「……難しい、かもしれないわね。ぶっつけ本番の弾幕勝負は」

「でしょうね。アンタは無理せず、『F・F弾』で援護して。私が奴を仕留める」

「おーい、弾幕を見せてくれるんなら早く見せて欲しいんだがな。それともこっちからいくか?」

ディエゴが嘲笑い、腕を組みながら催促してくる。
それを合図とし、霊夢はいつもやるような弾幕ごっこを開始―――しかけたその時。


「これがアンタの『弾幕』ってわけ? あまり生き物を粗暴に扱うものじゃないわ」


ホールの隅の闇に紛れる翼竜! 翼竜!! 翼竜!!!
ムクドリの大群にも見えたその翼竜たちの塊は、彼らの紅い皮膚色も相まってまるで『紅霧』。
皮肉にもこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットがかつて巻き起こした『紅霧異変』の霧にも似たそれは、ディエゴが繰り出した無数の下僕。
部屋の端から端まで覆いつくされたその紅い弾幕は、霊夢目掛けて変幻自在にうねりながら飛んでくるッ!

だが集合性の高い彼ら生きた弾幕は、霊夢にとって絶好の的。
一匹の大蛇のように巨大な群れを形成しながら飛来するその弾幕は、あっけなく穴を穿たれて形状を崩す。

「避けるだけが弾幕ごっこじゃないってね。そこらを飛ぶ鴨を射る方がよっぽど難しいわよ?」

霊夢は左腕を前方に突き出し、いつもの弾幕を発射しただけ。
今までに幾百幾千幾万と放ってきた、己を象徴ともする光輝。
それと同じ数だけの妖怪や妖精、時には神様だって撃ち落してきた弾幕はもはや彼女の身体の一部が如く躍る。
たとえ暴れ馬の上からでも目標物の中心を正確無比に射抜く流鏑馬の達人。


つまるところ―――博麗霊夢の真髄は、敵を削ぎ他者を欺く殺し合いではなく、やはり『弾幕戦』でこそ光る。
幻想郷の土壌において、彼女のスタイルは全く持って『無敵』なのだ。




「勝負の種目を違えたんじゃない? 私に弾幕で挑もうなんざ、チルノが目隠しでLunaticモードに挑戦するようなもんよ」


自信を明け広げるでもなく、淡々と平静に霊夢は言い放つ。
その間にもディエゴの操る翼竜は縦横無尽に霊夢へ迫るが、それらの軌道を読むように躍り、回避し、撃つ。
数々起こった異変の全てを解決してきた霊夢にとって、その行動は息をするように慣れ親しんだ運動。
才気溢れ、卓越した技術に裏打ちされた彼女の一手一手が少しずつ……少しずつディエゴの駒を撃ち落としていった。

当然ディエゴも考え無しに翼竜を使役しているのではない。
生きる弾幕の『司令塔』である彼はその名が示すとおり、常に戦況を読んで命令を施している。
滅多矢鱈ではない、最小限の犠牲と動きで目の前の強敵二人を攻めているのだ。
こちらとて翼竜の数は無限ではない。充分すぎるほどに配下はいるが、このままではいずれ『燃料切れ』にもなりかねない。


「F・F弾ッ!!」


叫び、霊夢の弾幕よりも遥かに高速の弾幕を撃つのは『謎の銀髪メイド』。
彼女もまたディエゴの攻撃を避け続け、霊夢の陰から銃弾を絶え間なく撃ち込んでくる。
恐竜化したディエゴにとってその程度の銃弾を見極めるのはわけないが、それにしても鬱陶しい。

(あのメイド……『人間』じゃあない。
 偵察した恐竜共の情報によれば『フー・ファイターズ』とかいう生き物が死体に取り憑いているのだという)

『スタンド』とも『プランクトン』とも違う、全く新しい生物。
水を使っての分身だとか、相手を操る能力だとか、未だなお未知数の相手。
その『未知数』という部分が、ディエゴの意識に僅かだが『警戒』を与えていた。

―――霊夢の弾幕とF・Fの銃弾の同時攻撃を、跳躍で回避する。

(オレとしちゃあ『接近戦』の方が断然得意分野。そもそも翼竜による突撃自体、大した攻撃能力も無い。
 『感染化』させるのはオレ自身が奴らに傷を付けないと不可能。だが―――!)

相手は流石に最強の巫女だけはある。ディエゴのスピードでも全く近づけないのだ。
撃ち出された弾幕の軌道は経験からの『先読み』か、はたまた単純な『勘』か。
とにかくディエゴの『読み』を常に一手上回った軌道で、正確にこちらの動き出す道のりを邪魔してくる。
おまけに相手は二人。迂闊に近寄って掴まえられでもしたらもう一方に攻撃される。

―――霊夢の投擲した霊力の札を、翼竜の盾で防ぐ。

仮に霊夢相手の接近戦ならば自信はある。
先ほども組み合ったが、単純なパワーとスピードなら『あの時』列車で戦った大統領のD4Cの方がよほど恐ろしい。
かの博麗の巫女といえど、取っ組み合いの喧嘩になれば近接型スタンドの領域には届かないだろう。
しかしあのF・F……奴は別だ。接近して負ける気はしないが、敵のスタンド能力……その『未知数』という部分が行動を躊躇させる。
最初に大統領と戦った時も、敵の未知なる能力が故に一度は敗北した。敵スタンドの『情報』が全く無かったからだ。

―――霊力弾の陰に隠れたF・F弾を、翻って回避。



弾幕ごっこにおいて、幻想郷の住民それぞれの名だたる強者は自信ありげにこう語った。

――『弾幕はパワーだぜ』。
成るほど。スタンドバトルでも肉弾戦となった時、攻撃・防御の両面において頼りになるのは結局『パワー』だ。

――『弾幕はブレイン。常識よ』
これも真理だ。スタンドバトルとはそもそも、初撃を仕掛ける前に勝てる状況と過程を作っておくというのが前提の『頭脳戦』なのだから。

――『弾幕なんて勘ひとつあれば充分じゃない』
実は勘というのは馬鹿にならない。最後に戦いの命運を分けるのが“勘”……言い換えるなら『運』だったというのはよくある話だ。


弾幕ごっこに言える事柄は、同時にスタンドバトルに言える部分もある。
弾幕ごっこでの最重要項なんてものはディエゴの知ったことではないが、少なくともスタンドバトルにおいての最重要項は熟知している。
それはひとえに『情報』の有無。これに尽きるとディエゴは言い切れる。

スタンド戦で最も重要なのは『情報』なのだ、と。


初めに大統領と戦った時はハッキリ言って手も足も出なかった。
相手の能力があまりにも未知数であり、王族護衛官ウェカピポの犠牲で何とか生還できたほどだ。
『情報』が無かった故にディエゴは、D4Cとは『パワー』が互角であるにもかかわらず窮地に陥った。
自身の身体が千切れ飛ぶ中、死ぬ思いで『頭脳』を駆使し、『運良く』近くに居たジョニィ・ジョースターを引き寄せることが出来た。
あの時は本当に危なかった。『パワー』も『頭脳』も『勘』も、安心をもたらす『情報』という武器には勝らないとディエゴは考える。
そしてその後に戦った大統領との『二戦目』は、敵スタンド能力の『情報』があったが故に対策も備えられ、結果かなり健闘できた。

いや、健闘どころかあのまま戦っていたら勝利していたはずなのだ。
最後の最後、大統領に『トドメ』を加えようと列車から飛び出した―――瞬間に、このゲームに呼ばれたというのは運命の悪戯か。


話が脱線したが……だからこそディエゴはこのゲーム全体の『情報』を掌中とし、操作せんと翼竜を放っていた。
ディエゴは弾幕ごっこなどをやっているつもりは微塵だって無い。
SBRレースでも散々やってきたスタンドバトル……広義でいう『殺し合い』をやっているのだ。
ルールという枠組みの中で行う女の子のお遊びである弾幕ごっことは一線を画す、本物本気の命の取り合い。
そういった意味では、あの霊夢よりもF・Fとかいう生き物の方が厄介だ。

確かに霊夢の才能や技には素晴らしいものがある。まったく完全無敵かもしれない。
しかし恐らく、彼女には『殺し』の経験が殆ど無いのだろう。
妖怪退治を生業にしていても、ルールのある幻想郷に住む限りでは鍛えようがない『殺しの覚悟』。
このバトルロワイヤルを生き抜くのに必要なその『素養』が、霊夢には足りてない。圧倒的に。


だから―――

だからこそ―――



「まずはッ!! キサマだッ!!! 博麗霊夢ッッ!!!!」



跳んだ。
ディエゴは、霊夢とF・Fの攻撃が止んだ一瞬の間を狙い、磨いておいた爪と牙を光らせて疾走した。
部屋に放っておいた大量の翼竜をもディエゴの両周り前方へと集結させ、肉の壁を形成。
迎え撃つ霊夢たちの弾幕を全て翼竜で受け流し、受け止めての全力疾走。

一撃だ。
ディエゴはこの一撃に賭けた。
盾にした下僕の壁はその殆どを剥がされ、敵へと到達する頃には既に数えられる程度の数となっていた。

無茶無謀の、一撃。
もしこれを外せば、敗北が決定するであろう一撃……!


ターゲットは――――――ッ!


「―――ダンスの相手は、私でいいのね? 恐竜人間さん」

「SYYAAAAAAHHーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!」


霊夢の正中線上を掻っ捌かんとする、目にも止まらぬ豪速。
多くの翼竜の犠牲によって一度だけ生まれた接近の隙は、全てを切り裂かんとする暴竜の慈悲無き爪で清算される。

対する霊夢は弾幕を撃ち直す時間もない。
目の前には古代の帝王。ひび割れた皮膚から覗く尖った牙。
その腕から振り下ろされる凶器は、日本刀のように研ぎ澄まされた白の鉤爪。
こちらに残された選択肢は、近接戦のみ。
あの凶悪な爪を受けきれる武器はあるのか。

モップの柄。話にならない。

ナイフ……は、F・Fに全て渡している。

アヌビス神の鞘。これが一番マトモそうに思える。


「―――全部、いらない。ダンスってのは優しく相手の手を取るものよ」


しかし霊夢の選んだ選択はその全てを躊躇いなく捨てたッ!
こともあろうに、あのディエゴ相手の全力攻撃を、素手という腕二本で受け止めようとしたのだッ!



       ――― ス パ ァ !! ―――



結果は予想に反することなく、無残に落ちてきた。
ディエゴの両爪による一閃は、空気と共にそのまま霊夢の両手首に線を走らせた。
その線もすぐに上下に乖離され、博麗霊夢は―――ニタリとした笑みと共に“バラバラになった”。

「―――ッ!? なに、ィ……ッ!? これは……霊夢の体が、『紙』に……ッ!?」

あまりに手応えのない感覚に驚く暇もなく、ディエゴの目の前に立っていた霊夢は一瞬にして『人型の紙』へと変化した。


―――博麗霊夢の『刹那亜空穴』。


それは無論ただの紙ではなく、札で作った霊夢の『身代わり』。
攻撃を受けると同時にバラバラになった幾重ものお札が、変わり身の術よろしく霊夢への攻撃の肩代わりとなったのだ。
そして、それは『防御』と同時に『攻撃』にも転じるッ!
人型となった大量の札は、空振りして隙を生んだディエゴの体全体へと覆い、炸裂するッ!

「う、おおおおおおおおおおおぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」

絶叫にも似た、咆哮。
すかさず両腕を前面へと回し込み、ガードへと移る。
気休め程度の防御態勢だが、これだけの札による当身技。まともに受けるわけにはいかない。


「『チェックメイド』よ、ディエゴ」


悪魔の犬が囁く、冷ややかな呟き。
防御態勢をとるディエゴの背後から、その声は聞こえた。
F・Fが一本のナイフを手に取り、背を狙っていた。

前門からは霊夢の刹那亜空穴。
後門からはF・Fのナイフ。
チェスでいう詰み(チェックメイト)の状態。

完全に予測された連携だった。
霊夢たちはディエゴが必ず接近してくると読み、事前にこの罠を仕掛けていたのだ。
翼竜をデイパックから呼び出すには時間が掛かる。肉の壁はもう使えない。
いかな恐竜の動体視力でもナイフだけならともかく、この距離この数の札は避けようもない。


―――チェックメイト。
霊夢という少女は、ディエゴの行動までとっくに予測していたのだろう。
これが博麗霊夢の天変を予測する『勘』なのだろう。
彼女の望む結果を導き出す、未来を予測する能力なのだろう。


だとすれば。
だとすれば。





「――――――全てオレの予定調和だな。博麗の巫女サマ?」





「――――――なんですって?」


技を放ったはずの霊夢の方が、困惑した。
前面に回した防御の腕の隙間から覗かれた、相手の不敵な笑みと白い牙は。
ディエゴが最後に見せたその表情の意味するところは。
確かに聞いた呟きは、負け惜しみの一種では、なく。


    ド ッ パ パ パ パ パ パ パ ア ア ア ア ァ ァ ン ッ !!!!


音が舞った。
霊夢の霊撃が炸裂したような音が。
花火が咲いたような気持ちの良い音が。
ディエゴの防御の上から断続的に流れ、そのまま惰性に従って吹き飛ばされてゆく。

霊夢の放った刹那亜空穴は、確実にディエゴを襲ってダメージを与えたのだ。


そして―――F・Fが放つ筈のナイフは、いつまで経ってもディエゴの背中を貫かなかった。



「な――――――に………?」



代わりに聞こえたのは、F・Fの呻く声。
代わりに見えた光景は、F・Fの首が紅く裂かれる瞬間。

かつてアヌビス神に切り落とされた咲夜の首が、再び裂け目を入れられた。


「グ…………ぷ……っ」


紅い線が、F・Fの……咲夜の身体に、もう一度大きな裂傷となって加えられた。

バシャリ、と。
その赤黒い血液が霊夢の頬に飛び散る。

(なん、で―――)

ガクリ、と。
糸が切れた人形のようにF・Fの膝が崩れ落ちた。

(なんで、『この事態』を、予測できなかった……!)

ガシャアァン、と。
前面部への強い衝撃を喰らったディエゴが、吹き飛んで転がった。

(少し考えれば、『他の存在』が居る可能性を予測できたはずじゃない……!)

ギョロリ、と。
陰からF・Fの隙を突き、首を掻っ切った『ソイツ』がこちらを睨んだ。

(私の……ミスで……?)

グルルル、と。
獰猛に唸る『ソイツ』が、今度はこちらをターゲットに変えた。


霊夢はここへ来た時の承太郎の台詞を、走馬灯のように思い出していた。


『―――おい……迂闊に中へ飛び込むんじゃねえぜ。DIOの前にスタンド使いが一人や二人いるはずだ』


敵がディエゴ“ひとりだけ”とは限らない。どうしてもっと早くに気付かなかったのか。
もうひとり……いや、“もう一匹”、居た。

つい先ほど大統領から聞いていたはずだ。ディエゴ・ブランドーの『スケアリー・モンスターズ』について。
他の生物を『恐竜化』させ、支配下に置くことができる。
普通に考えれば、ディエゴが既に誰か参加者を恐竜化させて傍に置いている可能性に行き着いていたはずじゃないのか。
何故その考えに至らなかった。

ディエゴの嘲笑が脳裏に蘇る。


『―――八雲だよ、『八雲紫』。あのスキマ妖怪とかのことさ。ケッサクだったぜ?
 幻想郷の賢者と呼ばれ、強大な力を振るう大妖怪の八雲サマが、無様に地を這い尻振って逃げ出そうとする姿はなァ……。
 一撃だ。たったの一撃であの女は紙切れみたいに吹き飛んだよ。クックック……ッ!』


思えばその言葉を聞いた時から霊夢は怒り、焦っていたのかもしれない。
その挑発にいてもたってもいられず、勝負の先が見えていなかったのかもしれない。


だからこそ、目の前でF・Fの首を切り裂いた『ソイツ』の存在に気付けなかった。



「ク……ッ! 強力、だな……! 今のは、効いたぜ……!
 だが一手上をいったのはやはりオレだ。まずはお前を潰すとは言ったが……ありゃウソさ。
 そっちのメイドがちょこまか邪魔だったんでね、そいつからやることにした」

霊撃を喰らって吹き飛んだディエゴが、首を押さえながらよろよろと立ち上がる。

「オレの最後の一撃は……失敗するだろうと踏んでの攻撃だった。
 お前らに攻撃の『チャンス』を与えるための攻撃だったんだ。
 人は勝利の目前が『最も油断しやすい』。そこのメイドがオレに攻撃する瞬間、確かに隙が生まれた。
 予め部屋の隅に保護色で『擬態化』させておいたペットにそこを狙わせた」

霊夢の目の前に居るその『恐竜』は、他の小さな翼竜と違って格段に『凶暴』だった。
そいつこそが、F・Fの隙を突いて攻撃した張本人……もとい張本“獣”だったのだ。
保護色で一向に目立たなかった皮膚が、元の体色へと移り戻っていく。
その鉤爪から、ベッタリと鮮血が滴り落ちる。


「そっちのメイドさんはダンスの相手が足りなかったようだからな、オレの気遣いで用意しといたぜ。
 ……なあ、霊夢。どんな闘いにおいてもカードの『切り方』ってのは、色々あるんだが……

 ―――ここぞという時までに温存するほど、効果はあるんだぜッ!!」


ディエゴが再び霊夢を刈り取らんと駆け、同時に恐竜も飛び掛っていくッ!

「状況は逆転して……『2対1』だなァ霊夢ッ!! もっとも今度はこっちが2人だがなッ!!!」

霊夢は傍で倒れるF・Fを横目で見やる。
ドクドクと首から溢れ出す多量出血。首筋を切られたが、完全に両断はされていない。

次に目の前の敵を見据えた。
左右両方向から迫ってくる敵。そのどちらから迎え撃つか……?


―――決まっている。弾幕で負傷した『ディエゴ本体』だ。


襲い来る敵を前に霊夢はその足を一歩後ずさり―――しない。


「ひるむ……! と 思ってんの……? これしきの事でッ!!!」


博麗霊夢は屈しない。
後ろは……過去へは、振り向くだけ。決して後戻りなどしない。

「アンタを潰せばッ!! こっちの『オオトカゲ』だって無効化できるッ!!」

だから彼女は前へと走ったッ!
立ちはだかる障害を、全て蹴り壊していくためにッ!

ディエゴは立ち上がり、駆ける素振りを見せてはいるが……それは本当に『素振りだけ』だ。
防御したとはいえ至近距離であれほどの霊撃を受けたのだ。本来、しばらく立ち上がることさえ難しいダメージのはず。
あれは立ってるフリさせているだけの格好。その両手両足はすぐにファイトできる状態ではない。


―――ならば霊夢の意思はッ! 勝利への『路』を飛ぶのみッ!


「ディエゴォォォオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!」


恐竜を無視し、ディエゴへと一直線に跳ぶッ! 飛ぶッ!





「――――――言ったはずだぜ? 全てオレの『予定調和』だってなァ?」




   パチン




ディエゴが再び不敵に笑い、指を鳴らした。


「スケアリー・モンスターズ……………解除」




その音と共に、ディエゴの操っていた恐竜が支配の呪いから放たれた。
霊夢に迫っていた恐竜は一瞬で元の形を取り戻し、『人型』へと収縮していき―――




「霊夢っ!!助けっ―――」




霊夢の良く知る大妖怪・八雲紫の姿へと逆行した。

支配から逃れた彼女は、友人への『救い』を第一声とした。



「――――――ゆか、り?」



―――霊夢の足が、止まる。



ガシィ! と。

隙だらけの霊夢の首を、ディエゴが掴み上げた。


「『カードの切り方は、ここぞという時まで温存する』……。
 これも言ったはずだな? 切り札は最後までとっておけ、ということだ」

「グ…………ッ! か、ハァ…………ッ!?」


霊夢の軽い体重が、宙に浮く。
ディエゴの状態は……確かに戦闘を続行できるほどではなかった。
このまま霊夢の首をへし折るほどのパワーは残っていない。
しかし、その必要はない。この男が再び『スケアリー・モンスターズ』を発動させれば、それで終わり。
発動条件は……相手に傷を付けるか、こうやって直に触れること。ただのそれだけだ。

「う……あ、ぁ…………っ!」

ピキピキと、霊夢の皮膚がひび割れていく。恐竜化の兆候だ。
その過程をディエゴは楽しむかのように見上げて望んでいる。
口の端から覗く白い牙が、霊夢には悪魔に見えた。

「お、前……! ディエゴッ! やめな、さい……やめて……っ」

DIOから受けた傷が未だ深いのか、紫は懇願し、地を這いながらディエゴへと腕を伸ばそうとしている。
血の垂れたその顔をディエゴは面白そうに見下し、顎の下から蹴り飛ばした。

「幻想郷の賢者がオレに頼みごとか? 実に貴重な体験だが……
 そうだな……、『幻想郷を丸ごとオレに寄越してくれる』ってんならこの手を離してやってもいいぜ」

「………………………ッ!!」

何も出来ない。
紫は、何も出来なかった。
いい様に操られ、抵抗ひとつ叶わず、果てには咲夜をもその手に掛けてしまった。
放送で呼ばれた咲夜が何故ここに居るのかとか、そんな疑問すら吹き飛んだ。

身体が、動かない。
弾幕ひとつ、飛ばせない。
霊夢を、助けられない。

ズィー・ズィーの時と同じなのか。
また、誰かを救えずに嘆くことしか出来ないのか。
霊夢は……、せめて霊夢だけでも、助けないと……ッ!
本当に、幻想郷は完全に崩壊してしまうッ!


八雲紫はこの時、心の底から悔しがった。立つことすら出来ない自分に本気で嫌悪した。




そしてそんな友人の這い蹲る姿を眼下に見下ろす霊夢。


(なん……て、情けないカオ……してん、のよ…………アンタは)


意識がディエゴに喰われゆく中、霊夢もまた紫と同調する気持ちだった。

身体が、動かない。
弾幕ひとつ、飛ばせない。
紫を、助けられない。

そこで倒れてる奴は、何故ああも消え入りそうな顔をしている?
今までに見たことのないような、悲しみと、無念と、喪失感が混ざった表情じゃない。
どうしたのよ、紫。
アンタ、強いんでしょ? 最強の妖怪なんでしょ?
八雲紫ともあろう大妖怪が、誰かに助けを求めるな。私を助けようとするな。そんな目で私を見るな。
F・Fのことはアンタが気にする事じゃない。悪いのはこの男よ。

私は太田の操り人形として支配され、そして咲夜を結果的には殺してしまったわ。
だから、アンタまで同じ道を辿って欲しくない。
誰かの意志で無理やり人の命を奪わされるなんて……私だけで十分よ。


「幻想郷の巫女と賢者の二人をペットにするってのもオツなもんだな。お前はもう終わりだ、霊夢」


耳から脳へと嫌味な声が入り込んでくる。
意識が、飛ぶ―――!
コイツに、身も心も支配、されてしまう―――!

重い。重すぎる。
また、なの?
咲夜の命を奪った私に、またこの仕打ち?
誰かに支配されるなんてのはもうまっぴらだと、誓ったばかりじゃない……!
命を奪った事実からは、決して逃げない。
その気持ちがどんなに重くとも、私は全て『背負う』と決めたから……ッ!

私はもう、誰にも屈しないッ!
『空を飛べ』ッ! 博麗霊夢ッ!
全部背負って、自分に勝てッ!!



「―――空を飛ぶ、程度の……能力…………」



小さく、儚く、彼女の口から漏れたのは―――たったそれだけの一言。




「――――――ん?」



既に顔面の殆どの皮膚がひび割れ、長い尾が飛び出し、牙と爪が生え揃った『半恐竜人間』。
そんな死に体の霊夢の口から漏れた言葉の意味を、ディエゴが思考する余裕は―――なかった。



     ス パ ッ !



動かないはずの霊夢の左腕が。
鋭い爪を携えた霊夢の左腕が。


「ウガッ―――!?」


ディエゴの右目を一閃した。


(クッ……!? 何だコイツ……オレのスケアリー・モンスターズの支配に抵抗しやがった……!)


思わず霊夢の首を放してしまい、右目を押さえる。
深くはないが、その攻撃は何よりディエゴのプライドを傷付けた。

「フ、フフ……。イタチの……最後っ屁、ってやつ、よ…………」

重力を足に感じ着地した霊夢は、ディエゴに負けないほどに不敵に笑った。
既に力が入らない膝を左手で押さえながら、次に霊夢が示したポーズは―――


「―――アンタは……『くたばれ』」


中指を立てるジェスチャー。
ディエゴの国では、撃たれる覚悟のある人間が向ける仕草だった。


(今の私では……ここまでが限界、ね。……情けないわ。
 でも、これでいい。私はもう、絶対誰にも屈しない。操られない)


挑発を受けたディエゴが、ゆっくり歩いてくる。
どうやらかなり、『キテる』ようだ。ザマァみなさいと、霊夢は内心ほくそ笑む。
こいつは紫にあんな顔をさせた。あんなことを言わせた。その罪は重い。
まだまだ、こんな切り傷じゃあ物足りない。

―――だけど、もう。



(―――ゴメン、紫。F・F。……承太郎。…………私、ここまでみたい)



ディエゴの腕がその頭上に振りかざされる。
男は静かに……だが怒りに満ちたように霊夢と対峙した。


「やって、くれたな……ッ! たかがカスの、小娘ごときが……ッ! だがやはりお前は“甘い”ぞ。
 最後の最後で感情を捨てきれなかった。オレなら例え母親が盾にされようが、躊躇なく引き裂いていたぜ……ッ!」




              「こ ん な フ ウ に ッ ! ! !」





――――――霊夢の体が……深く、残酷に切り裂かれた。





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最終更新:2015年06月07日 22:25