紫の式は妖しく輝く

紫様、私は気がついてしまったのです。
あの荒木、太田と名乗った男たちには、どうやっても勝てないということに。


幻想郷の実力者たちを集める。単にそれだけなら、不肖のこの身とて可能でありますし、またその手段に対する策も思いつきます。
ですが、あの二人の存在と殺し合いという言葉に、皆が寝耳に水だったことが示す通り、誰もが知らぬ内にあの場所に集められたのです。
博麗の巫女に始まり、吸血鬼、大魔法使い、鬼、蓬莱人、月の頭脳、神、そして紫様といった居並ぶ強者を出し抜いて、彼らはその所業を平然とやってのけたのです。
この事実から得られることは、あの二人は幻想郷全ての力を凌駕しているということ。即ち、私たちには最早勝ち目はないということを意味します。


だとしたら、この蟲毒――バトルロワイアルにおいて、私に残っている選択肢など、一つしかありません。
それは紫様を最後の一人として、勝ち残らせるということ。つまりは、紫様を除いての皆殺しです。
勿論、そこに何の葛藤がないというわけではありません。紫様のお手伝いをさせて頂き、幻想郷の結界を管理してきた中で、私は幾人もの人間や妖怪の知己を得てきました。
そして私はその一つ一つを、掛け替えのないものとして認識しております。ですが、それらを何百、何千、いえ何万と束ねたところで、私のたった一つの想いには遠く及びません。
その想い――それは私の紫様への敬愛の念。紫様、私は貴方が生きていてくだされば、他はどうでもいいのです。
例え知人を殺めようと、例え友人を裏切ろうと、例えこの身が砕け、塵と成り果てようと、紫様の命が残れば、私は救われるのです。




私は再度のその胸中を確認すると、地面に転がった橙の背中を勢いよく踏みつけた。


「さて、橙……もう一度問おう。紫様以外の皆を殺すのを手伝ってくれないか?」

「ら、藍様……ど、どうして?」


私はその答えとして、橙に妖気の弾を放った。たちまち橙の隣にあった土は抉られ、土埃を上げる。
私の容赦の無さに気がついた橙の顔から血の気が一気に失せ、それに代わるかのように瞳からは涙が零れてきた。
恐怖に怯え、身体中を震わせる様は、いつも見せてくれる陽だまりのような温かい、無邪気な笑顔とは正反対のもの。
そういった橙の変化に、私は胸が締め付けられるような痛みを感じてしまう。


何も私とて橙が嫌いというわけではない。
橙はそれなりの手間をかけて作り出した私の式であり、決して少なくない時間を共に過ごしてきたのだ。
単なる道具として以上の想い入れは、当然ある。だけど、所詮はその程度なのだ。
今感じる痛みとて、紫様を失った時と比べればどうか。答えなど決まっている。
それならば一々橙に思い悩んでいる暇もない。私は自らの式を有効に利用すべく、「優しく」、ゆっくりと語りかけた。


「橙は悪い子だな。質問文に質問文を返してどうする? そんなんじゃテストで正解は与えられないぞ。ちゃんと教えていなかったか、橙?」

「ひぐ……ら、藍しゃまぁ……」

「泣いてばかりで、これにも答えられない。やれやれ、これでは式の躾けがなっていないと、また紫様に怒られてしまう。どうやら悪い子には、お仕置きが必要みたいだな、橙」


私の殺気を感じ取ったのだろう。生存本能が喚起されてか、橙は爪を大地に立て、足をジタバタと動かし、必死に私から逃げ出そうとした。
しかし、私はそんな橙を踏み潰すかのように、背中に乗せてあった足に力を込め、橙の意志と逃走を砕いてやる。
私と橙との力の差は歴然だ。それを否応なしに悟らされた橙は身体を動かすのを止め、今度は涙を誘うほどの情けない顔で哀願をしてきた。


「ひっ……ご、ごめんなさい、藍様! ちゃんとします! 許して下さい、 藍様ぁ!」


橙の顔は恐怖に歪められ、涙と鼻水が滂沱のように流れ出ている。
平素の私であれば自らに非を見出し、逆にこちらが謝っていたかもしれない。
だけど、今の私はそんな橙に向かって、温かく微笑んでやる。


「安心しろ、橙。私は寛大だ。だからもう一度だけ、チャンスをやろう」

「藍しゃま?」

「さあ、教えてくれ、橙。紫様以外の皆を殺すのを手伝ってくれるのか、くれないか? 橙は良い子なのか、悪い子なのか? さあ、一体どっちなんだ、橙?」


私の表情を窺い、一生懸命に頭を巡らしている橙。
気まぐれと言われる猫から作った式だが、この時ばかりは一つの選択肢しか選べなかったようだ。


「て、手伝います! だ、だから、酷いことしないで、藍様!!」

「そうか、橙はいい子だな。もし手伝わないなどという悪い子だったら、どうしようかと思ったぞ」


私はそう言いながら、地面に倒れた橙を起こしてやり、小さな頭を撫でてやった。
私の一挙一動にビクビクする橙の姿は、どれほど私と心の距離が離れたかを如実に示してくれる。
それに伴って、私の胸がズキズキと痛む。とても辛い作業だが、紫様の為と思い、私は言葉を続けていった。


「さて、橙……お前を信用しないというわけじゃないが、ここで私と一つ約束をしよう」

「約束?」

「そうだ。私のところに参加者の首を持って来い」

「く、び……? えっ……?」

「本当は私も橙と一緒にいてやりたいんだが、何分このバトルロワイアルとやらの参加者の数は多い。
ここは手分けして皆を殺しに行った方が、早くに紫様の助けとなるだろう。一人だと恐いかもしれないが、ちゃんと頑張れるよな、橙?」

「は……ぃ」

「確か荒木と太田は六時間毎に放送をすると言っていたな。なら、その放送の時でいい。参加者を殺して、その首を私のところに持って来るんだ。
場所は……そうだな、現在地を勘案すれば、D-4の香霖堂でいいだろう。六時間後、私はそこで橙を待っている。
分かっているとは思うが……橙、もしそこに来なかったり、首を一つも持ってなかったりする悪い子なら、お仕置きだからな」


依然と涙を浮かべている橙は小さく頷き、それを返事とする。
口を開かないのは、私の命令に対するせめてもの反抗か、それとも恐怖で口が上手く回らないのか。
橙の性格からして、おそらくは後者なのだろう。そう判断した私は、橙のその感情を拭ってやろうと、穏やかに、愛情を込めて、橙に話しかけた。


「安心しろ、橙。私は寛大だと言っただろう? そんなにビクビクする必要はない」

「藍しゃま?」


うつむいて地面ばかりを見ていた橙は鎌首をもたげ、僅かに目を見開く。
きっとそこには悲惨な状況をどうにかしてくれるという期待があったのだろう。
だから、私は自らの式の期待に応えてやるべく、笑顔でその内容を告げた。


「三つだ」

「へ?」

「三つ以上の首を持ってきたら、褒美をあげようじゃないか、橙」


橙の顔が絶望に染まったかのように、暗く濁っていく。焦点を失った目の瞳孔は開き、口は苦しそうに息を喘ぎ、時折渇いた笑いが漏れるばかり。
人が折角ヤル気を出してもらうと、また末期の水の代わりになる潤いをと、善意を施してやったのに、この反応では少々やりきれない。
寧ろ、沸々と怒りが湧き出てくる。そのせいか次に私の口から発せられた言葉は、随分と低いものなっていた。


「嬉しいよな、橙?」

「ひっ……は、はい…………とても嬉しいです、藍様」


橙に私の真心が届いたのだろう。橙の答えに私は満足気に頷く。


「そうか、そう言ってくれて、私も嬉しいよ。褒美は期待しているといい、橙」

「はい、藍様」

「では、さっさと首を上げに行くがいい、橙。私はグズグズしている怠惰な輩は嫌いだ。そして何より約束を破る輩は大嫌いだ。
その事をちゃんと胸に留めておけ。でなければ、可愛い橙にもお仕置きをしなくてはならなくなるからな」


はい、と蚊の鳴くようなか細い声で返事をすると、橙はまるで逃げるかのように勢いよく私の元から去っていった。
可愛がっていた子に怯えられるというのは、やはり悲しいものだ。出来るなら、すぐにそんなものはなかったものとしたい。
だけど、私への恐怖が橙を武器にしてくれるのなら、それは歓喜と共に望むべきものなのだろう。何故ならそれこそが紫様の生存の可能性を上げるのだから。


「さて、私も頑張らなければな。橙にああ言った手前、私の首級がゼロでは格好がつかないというものだ」


自分の情けない姿を想像し、私は一人小さく笑う。だが、そんなものは杞憂と言えるだろう。
この私は一体誰だ。数多の人間を、そして幻想郷の実力者たちを殺めようと企て、それを実行に移そうなどと考えられる私は一体何者だ。
答えなど、私自身が一番良く知っている。


「我こそは白面金毛九尾狐にして、幻想の境界たる八雲紫様の式である八雲藍!! あまねく人間共、妖怪共よ!! 覚悟するがいい!! 今こそ最強の妖獣たる由縁を見せてくれようぞ!!」




【D-5 平原/深夜】
【八雲藍@東方妖々夢】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:ランダム支給品、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:紫様を生き残らせる
1:マサクゥル! 皆殺しだ!
2:橙への褒美の用意する
[備考]
参戦時期は後続の書き手の方に任せます
第一回放送時に香霖堂で橙と待ち合わせをしています


【橙@東方妖々夢】
[状態]:背中ズキズキ、恐慌状態
[装備]:なし
[道具]:ランダム支給品、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:紫様以外の皆を殺す??
1:藍様のところに首を持っていく??
[備考]
参戦時期は後続の書き手の方に任せます
八雲藍に絶対的な恐怖を覚えています
第一回放送時に香霖堂で八雲藍と待ち合わせをしています

025:始まりのヒットマン 投下順 027:蟲毒の華
025:始まりのヒットマン 時系列順 028:Golden Weather Rhapsody
遊戯開始 八雲藍 045:Strong World
遊戯開始 041:迷い猫オーバードライブ!
最終更新:2013年10月10日 22:46