月あかりがぼんやりと薄くなってきた闇の中を、小さな影が走っていた。
後先のことを全く考えていない全力疾走。
この場が殺し合いが行われている場である事を考えると、軽率な行動だと言わざるを得ないだろう。
だが、その小さな影――橙は酷く、酷く怯えていた。
彼女とて現状を把握していないわけではない。
いやむしろ把握しているからこそ、酷く怯えているのである。
秋穣子が、死んだ。
否、殺された。
膨らんだ風船を待ち針でつついたかのように、ぱあん、と赤いものを撒き散らして、呆気なく殺された。
幻想郷に置いて死と言うものはそれほど珍しいものではないのだが、このように『殺される』となると話は違う。
その一部始終を見ていた橙は、酷く怯えた。
吐き気にも似た嫌悪感が頭を揺さぶり、心臓は早鐘を打つ。
そうしてそこから何が何であるのかもわからないままに、月が良く見える平原に転送されてしまった。
怖かった。
ただ、ただ単純に怖かった。
幼い橙には、その怖さを表す事さえもできずにただただおびえ、震えることしかできないでいた。
涙があふれた。
拭えども拭えども止まらない涙を流しながらも、橙はただ歩いていた。
そうする以外に、何もできなかったから。
橙が歩く事が出来たのは、未だ彼女に支えとなる存在がいたから。
自らの主である、
八雲藍。
橙はあの場に確かに彼女の姿を見ていた。
藍に、会いたい。
ただその想いだけを胸に抱きながら、橙は泣きながら平原を歩いていた。
そしてその想いが天に通じたのか、橙の目の前に、八雲藍の存在が見えて――――
運命は残酷だった。
「……あっ!!」
疲労からか恐怖からか、脚が縺れて橙は盛大に転んでしまう。
転んだ膝小僧はすり向けて血がにじみ、ずきずきとした痛みが火のように走ってきた。
「うう……痛い、痛いよぉ……」
すぐに立ち上がりたいという気持ちとは裏腹に、さっきまで全力疾走していた疲労と、転んだ膝小僧の傷の痛み、
そして――――八雲藍に踏みつけられた背中の痛みが、橙の身体を拘束する。
「藍……様、なんで?」
思い出したくなくても、頭の中に焼き付いているのは八雲藍のあの表情――深い闇のように何もない、残酷な表情。
あの優しかった八雲藍は、もういないのだと一瞬思ってしまったが、橙にはどうしてもそれを理解できない部分もあった。
――橙にとって、八雲藍は優しく守ってくれる母のような存在だったから。
優しかった藍の姿と、残酷な藍の表情が交互にフラッシュバックしていき、橙の目からまた大粒の涙があふれていく。
「ううっ……うえ……」
動けない身体で、橙は泣いた。
最大の心の支えに裏切られたショックが、傷ついた体中の痛みが、橙を蝕んでいた。
この場が殺し合いの場であると言う事も忘れてしまうぐらいに、橙はただただ、泣くしかできないでいた。
――後ろからやってくる、足音にも気付かないぐらいに。
「や…やっつけた!ついに
カーズを!やっつけたぞォォォォ!」
激しく、絶望的な戦いだった。
エイジャの赤石の力により究極生命体と化したカーズとの戦い。
ジョセフ・ジョースターはもてる知恵と機転の全てを尽くし、カーズを火山の火口、煮えたぎる溶岩へと叩き落した。
生命を誕生させてきた“地球”ならば、究極生命体と化したカーズを葬ってくれるかもしれない、
という一縷の望みに全てを託したジョセフとシュトロハイムの決死行により、ついにカーズは溶岩の中に消えた……
――――その、はずだった。
「一体これは……どういうことだッ!?」
ジョセフ・ジョースターはただただ、混乱していた。
今いるこの場所は、イタリアのヴァルガノ島の火口付近ではない。
全く見た事のない場所だった。
それどころか
ワムウ、カーズとの連戦で負った多数の傷もそんなもの最初からなかったと言わんばかりに完治している。
空に昇っているのは燦々と輝く太陽ではなく、薄明るくぼんやりと光っている月。
夢でも見ているのかと思ってしまうほど奇妙なこの現象。
何が起こったのかを必死で思い出そうとするジョセフだったが、霧に覆われたかのように記憶があいまいだ。
……いや、それでも一つの奇妙な記憶に辿り着いた。
――――集めた理由はただ一つ。君たちにはこれから殺し合いを行ってもらいたい
「……胸糞悪いぜ。」
正直、あんな記憶なんか思い出したくもなかった。
しかし思い出そうが思い出すまいが現状が変わるわけでもない。
むしろ現状がどういう状況なのかというのを理解するためには、思い出さなくてはいけない記憶だったのだ。
「殺し合えなんて言われても……そんなのハナから願い下げだぜ。
やっとカーズの野郎をやっつけたってんのに何考えてやがんだあの荒木とか言うヤロー……」
グチグチと文句を言いながらも、ジョセフはいつの間にか手にしていた荷物を漁り始めた。
「地図にコンパスに鉛筆に……ご丁寧なこったね全く……ん?なんだこの紙?」
筆記用具の鉛筆と一緒についていた紙とは違う、やや大きめの畳まれた紙にジョセフは目をつけた。
特に変わった様子もないためジョセフはとりあえずその紙を広げてみたのだが……
「う、うおおっ!?何なんだこりゃあーっ!?」
ジョセフが驚くのも無理はない。
紙を開いたその瞬間、その『中』から金属バットがゴロリと飛び出してきたのだ。
ジョセフは突然の事態に驚きながらも、出てきた金属バットと金属バットが飛び出した紙を交互にしげしげと眺めていた。
「……なるほどね、これは俺に支給された『武器』ってやつかい。」
確かにこのバットでブン殴れば、骨の一本や二本簡単にへし折れるだろうし、当たり所によっては十分相手を殺す事も出来るだろう。
更に、波紋戦士でもあるジョセフにかかればこのバットに波紋を通して攻撃すると言った芸当も朝飯前だ。
妙に手になじむグリップを握り、ブン、と軽く振ってみる。
荷物の中にはさっきの不思議な紙はもう入っていなかったようで、
どうやらこれが自分の当面の装備となるらしい、という事をジョセフは理解した。
と、その時ジョセフの耳に子供の泣いているような声が聞こえてきた。
「……オバケとかじゃねーよな?」
一瞬背筋に冷たいものが走ったが、行くあてもないジョセフは惹かれるかのようにその泣き声の方へと向かっていた。
すると目の前に、地面に倒れ伏し泣いている小さな女の子が、そこにはいた。
「……なあ、どうしたんだ?」
「ひっ!?」
泣き伏していた橙の耳に飛び込んできたのは、若い男の声。
恐る恐る振り返ると、身長195センチの巨躯の男が心配そうな表情で立っていた。
「泣いてる声がするから来てみたら……こんな子猫ちゃんがいるなんてな、だがもう大丈夫だぜ。」
「あ、あなた……誰?」
「俺かい?俺はジョセフ・ジョースター。通りすがりのナイスガイさ。」
ジョセフと名乗ったその大男は、ニカッと微笑むと橙に手を差し伸べた。
「こんな所でどうしたんだい子猫ちゃん?母ちゃんとはぐれたか?」
「え、えっと、その……」
「っておいおい怪我してんじゃねーか。ちょっと見してみ。」
「え?」
返事に詰まる橙を尻目に、ジョセフはすりむいた膝小僧にそっと触れた。
すると不思議な事に、ジンジンと痛んでいたはずの膝からは痛みが引いて行った。
血の流れていた傷口も、何事も無かったかのようにふさがっている。
「え、お兄さん、今の……何?」
「あー気にすんな、魔法みたいなもんだよ。」
「魔法……」
「それはそうと子猫ちゃん、一体何でこんな所で泣いてたんだ?ここは危ないぞ。」
「…………」
橙は何も言い返す事が出来ない。
先ほど八雲藍に言いつけられた事――参加者の首を持ってくる事をどうにかして遂行したいのだが、今の橙にはそれが出来ない。
目の前のジョセフ・ジョースターという男は、自分の知らない魔法や妖術の類を使うものだと橙は思っていた。
さらに、小柄な橙に対してジョセフの身体はあまりにも大きい。
殺しにかかったとして返り討ちにあうのが関の山だ。
ならば、どうすればいいのか……それすらも思い浮かばないでいた。
気まずい沈黙があたりをつつんでいったが、それを破ったのはジョセフだった。
「なあ、子猫ちゃん。ここは色んなおっかない奴がいて危ないんだ。とりあえず安全そうな場所まで避難しよう。」
「え、でも……」
「なーに大丈夫だって、君を守るぐらいどうってことねーよ。」
「う、うん……」
「よし、決まりだな。さてさてどこへと行きますか……」
そう言うとジョセフは、荷物から地図を取り出して鼻歌交じりに場所を確認し始めた。
その後ろ姿を見ながら橙は、ある事を考えていた。
――――藍様は、首を持って来いと行った。
でも、今の自分にはそれが出来ないだろう。
……ならば、どうすればいい?
…………誰かに殺させて、持って行けばいいんじゃあないのか?
「あ、あの!!」
「ん?何だい、子猫ちゃん。」
「で、出来る限り……人のいそうな所に、行ってくれませんか……?あの、探してる、人がいて……」
「OK分かったぜ子猫ちゃん。そうと決まればここに近い所というと……うん、北の『人間の里』や『コロッセオ』があるE-4の地点に行こうぜ。」
「はい……」
「んじゃ、よろしくな子猫ちゃん……そう言えば君、名前なんてーの?」
「……橙、です。」
「OK、んじゃこれからよろしくな橙!!」
波紋戦士は黒猫を従え、歩きだした。
だが、彼はまだ知らない。
従えている黒猫は、強制されているとは言えこの殺し合いに乗っている事を。
そして今向かおうとしているその先には、数多くの魍魎達が牙を研いでいる事を。
……そして、橙の二つ名は、『凶兆の黒猫』であると言う事を。
【E-5平原/黎明】
【橙@東方妖々夢】
[状態]:恐慌状態(少し持ち直した)、膝擦過傷(傷はふさがっています。)、背中に踏まれた跡(痛みは殆どないです。)
[装備]:なし
[道具]:ランダム支給品、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:紫様以外の皆を殺す??
1:ジョセフを人が多く集まりそうな所に誘導する。
2:藍様の所に首を持っていきたい、だけど……
[備考]
参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
八雲藍に絶対的な恐怖を覚えています。
第一回放送時に香霖堂で八雲藍と待ち合わせをしています。
ジョセフの波紋を魔法か妖術か何かと思っています。
【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:健康
[装備]:金属バット@現実
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:橙の探している人を探すためにE-4へ向かおう……あ、誰か聞いてねーや。
[備考]
参戦時期はカーズをヴェルガノ火山の火口にたたき落とした直後です。
名簿を確認していません。
<金属バット@現実>
ジョセフ・ジョースターに支給。
太くて長くて堅い、高校球児御用達のアイテム。
丈夫な金属で出来ており、思いっきり殴りつければ骨の一本や二本は簡単にへし折れる。
グリップは妙に手になじむ。
最終更新:2014年06月19日 00:27