第077話 生きるか死ぬか、それが問題だ ◆CTsbv56Iug


 男を取り逃がした後、伊部は氷川村に来ていた。
 人が隠れているかもと思って、多くはない民家を丁寧に調べ始めたのが五時である。
 誰も居ないと分かって、村はずれの家で一息つくと放送があった。一条誠は生きている。嬉しさが込み上げた。
 一人殺したおかげで誠が少しは助かっていると考えると心が満たされる。彼さえ無事ならどうでもよかった。
 十三人死んだと聞いて彼女は少ないと思った。誠のためにまだまだ殺さねばならないと決意した。
 地図に禁止エリアを書きとめると、食料を出して食べる。水を飲む。

 しばらくすると、話声が近づいて来た。はっとして銃を構え、窓から外を覗く。窓は道に面している。
 リーゼントの男が、女を引きずるようにして歩いて来る。高校生くらいだ、と伊部は思った。
 拳銃のスライドする部分をいっぱいに引く。撃鉄が起きる。
「ねえ、戻ろうよ。恵ちゃんの人形、そのままにしておけないよ。だから、ねえ」
 女はしきりに訴える。男は聞かずに歩く。ただならぬ様子である。
 とうとう女は道端で座り込んでしまった。男は足を止め、もっていた槍を置いて、しゃがんで肩に手をかけた。
 此方に背を向けて、女を庇う格好である。
「落ち着くまで傍にいてやる。気が済んだら、どっかの家に隠れてろ。いいな」
 男は「さあ」と言って女をうながす。伊部はその好機を見逃さなかった。

 得意のダーツで培われた集中力によって、正確に狙いを定めた大型自動拳銃から立て続けに三発の弾が発射された。
 銃声と同時にガラスが外に向かって砕け散った。
 一発が左肩、一発が背中に命中し、最後一発は外れた。それを確認するより前に、伊部は窓から身を躍らせていた。
 男との距離をつめ、確実に止めを刺しに行く。弾を無駄にしたくなかった。
 だが男は銃撃を受けたとは思えぬ素早さと冷静さで反撃した。槍を掴んで翻り、伊部を目掛けて突き出す。
 此方を向いた時、男は血を吐いていた。伊部は背中から入った弾丸が内臓を破壊したことを知った。もう長くない。
 一瞬の思考だったが、槍に対する反応が僅かに遅れた。正面から迫る槍を避ける猶予はなくなった。
 伊部は冷静に左腕を突き出し、槍先を遮る。腕を抉って止まった。
「くそったれ」
 かすれ声で言って、男は倒れた。口から血がとめどなく流れる。その向うで女は震えている。
 伊部は槍を抜いた。血が出るが、構わず男に銃口を向ける。男は目だけ恨めしそうに見上げた。
「川藤……甲子園……皆で」
 血を吐き出しながら弱弱しい声を出す。伊部は引き金を引いた。弾は頭を貫いた。
 女はなよなよと死体に手を当てて、「嘘」と繰り返す。取り乱していた。
「嘘よ、こんなの嘘よ」
 泣き腫らしながら女は顔を上げる。目が合った。悲しみで満たされた目だった。
「ねえ、これ嘘なんでしょう。もうやめようよ。ひどいよ、こんなの」
 伊部の目にも哀れであった。ただし助ける気はなかった。
 伊部は女を撃った。男と同じように頭を狙った。

 腕の傷はそんなに深くない。動脈も傷ついてないようである。木製の槍であることが幸いした。
 支給品のバンテージを包帯代わりに使って手当てをしながら、二人連れのことを考えた。
 二人は知り合いのようであった。もしかすると、自分と誠のように恋人同士だったのではないかと思った。
 自分は愛する人のために殺した。しかし、男の執念の反撃は女を愛していたからではないのか。
 ならば自分と男の立場は同じだ。自分は自分の都合で男を殺した。悪だ。
 しかし、男は死んだ。女を守れなかった。自分は生きている。誠を助けることが出来る。
 ここまで考えて、伊部は微笑んだ。簡単なことだった。
 正しいとか間違っているとか、善いとか悪いとか、そんなことには何の価値もないのだ。
 生きるか死ぬか、それが問題なのだ。

 手当てが済むと、伊部は死体を目立たない所へ捨てた。左手が使えず時間がかかった。
 林の影に男と女は隣り合って横たえられた。
 二人の死体を見るにつけ、伊部は淋しい気持ちになった。二人は恋人だった。少なくとも友人だったはずである。
 愛、友情、それらは死の前でいかにも虚しいものだった。
 二人はこんなにも近いのに、二度と交渉を持つことは無い。愛や友情が通い合うことは無いのである。
 同じことが自分と誠に、いつか或いはすぐにでも起こることが伊部は辛かった。
 誠との別れをずっと遠いことのように考えていた。今は、それが何時だって簡単に起こることに思われる。
 二人は静かだった。穏やかだった。いまだ二人の心は通い合っているように見えた。
 錯覚に過ぎないと分かっている。ただ、二人は安らかだった。伊部はそれが淋しかった。
 感傷的な考え事をやめて、デイバッグを回収し服を調べる。ナイフがあった。
 ケースから出して見れば、切れ味が良さそうである。
 ナイフを胸元へしまう。巨乳であるおかげか、ここは便利な収納場所になるのである。
 碁石も見つけたが、役に立ちそうもないので捨てた。
 民家に戻った。
 今の状態では遭遇戦は危ういと思った。待ち伏せをする方が安全だし、効果的である。
 伊部はしばらくここに潜伏するつもりである。
 二人を殺したとき、前回のような無駄口を利かなかったことに伊部は満足した。



【I-06 氷川村/1日目・午前7時半ごろ】
【女子03番 伊部麗子@BOY】
状態:左腕に怪我
装備:コルト ガバメント(弾数7発/予備弾11発)@こち亀、ダイバーズナイフ
道具:支給品一式×4、バンテージ@ろくでなしBLUES(腕に巻いている)
思考:1.氷川村で待ち伏せする
   2.一条誠と帰る
   3.そのために、一人でも多く殺す

【女子14番 八木塔子@ROOKIES 死亡確認】
【男子18番 新庄慶@ROOKIES 死亡確認】

*I-06地区に銃声が響き渡りました。
*碁石は死体の傍にあります。


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BLUE SKY COMPLEX 伊部麗子
ちょっと考えれば分かる事 八木塔子 死亡
ちょっと考えれば分かる事 新庄慶 死亡

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最終更新:2008年04月02日 17:53