第052話 BLUE SKY COMPLEX ◆SzP3LHozsw


後悔、悔悟、悔恨、痛悔、慚悔、噬臍……。
男の胸に渦巻くものは、ありとあらゆる悔やみの言葉。
それら全てが無数の針となり、男の全身を刺し貫いている。
それは灼熱の痛み。雪氷の嵐。
男は問う。何故あのとき、と――。
あのとき男は洞察力を欠いていた。
あのとき男は冷静ではなかった。
あのとき男は判断を誤った。
あのとき男はその先に起こる事態を想定できていなかった。
全て自分のせい。自分の起こした不始末が招いた結果。
その結果少年は頭蓋を打ち抜かれ、そして死んだのだ。即死だった。
少年の傍らで、少年の友達が哭いていた。
涙は流していない。だが哭いていた。
少年の死を嘆いていた。
少年の死を悲しんでいた。
男にはそれがなにより辛かった。だから男は振り返れなかった。
そんな二人の別れを見たくなかったから。
男はつくづく自分という人間が嫌になった。
もうすぐ朝が来る。
太陽は何事もなかったように昇り、男にも暖かな陽光を降り注ぐことだろう。
男にはそれが堪らなかった。
このまま闇に埋もれていたい、できれば闇に溶けてしまいたい。
男は心の底から願うのだった。


     * * *


人を殺した感覚が、まだ女に残っていた。
そこに特別何の感情もない。
あるのは『まず一人』という事実だけ。
それが女の全てだった。
女は決めている。
必ず生き残ろう、と――。
女は決めている。
必ず一条誠と生き残ろう、と――。
だから女は奪い続けなければいけない。
何があろうと、もう引き返せやしないのだから。
だから女は他人の死を顧みてはいられない。
何があろうと、もう戻れやしないのだから。
女は征く。次の獲物を求めて。


     * * *


黒い小さな海に、緑色の光点が動いている。
光は三つ。
一つは真ん中にぽつんと。
一つは端の方でじっと動かずに。
一つは真っ直ぐに端の光点へ向かって。
少年は考えた。
真ん中の光の所在は知れている。それは自分自身だ。
では、残りの二つは誰のものか。
光には名前まで書いていなかった。
少年は考えた。
このどちらかが、池で見た男を殺したのではないか、と――。
それは考えすぎなのかもしれない。
だが、少年の足は緑の光を追っていた。
今はそれしか手掛かりがないのだから。


     * * *


それはあまりに突然のことだった。
その瞬間、自分でも何が起こったのかわからなかった。
俄かに苦しくなったかと思うと、首に何かが巻きついていたのだ。
知らぬうちに何者かに背後に忍び寄られていたらしく、渾身の力で首を締め上げられている。
苦しい、息ができない。
両手で掻き毟るように抗うのだが、首に巻きついた布のようなものはきつく絡みつき、いくらもがこうとも外れる様子がなかった。
その上、かなりの力だった。首を絞めるのに、躊躇いを感じさせない。
気道を完全に塞がれており、頚動脈までもが圧迫されると、徐々に脳に血が回らなくなっていった。
文字通り眼の前が暗くなる。
くらくらとして、ともすれば意識を持っていかれそうだった。
それでもなんとか外そうと躍起になるのだが、次第に腕の力が抜けていくのが自分でもわかった。
(わしはここで死ぬのか……。これがあの子に対する、わしのけじめのとなるわけか)
切れかかる意識の下で、そんなことを考える。
とても気持ちのいい最後ではなかったが、これが償いだとするのならそれも仕方がないのかもしれなかった。
それだけのことを仕出かしたんだ、誰に文句を言えるわけでもない。
例えば大原部長に言わせたら、『自業自得だ、バカモノ!』と怒鳴られるに決まっているし、
中川や麗子が今回のことを知れば、さぞかし幻滅し嘆くことだろう。
そういう反応が読めてしまうだけに、なおのこと悔いが残ってしまう。
それが故に、こういう形で人生を締めくくらなければならないのを、なんとなくだが受け入れかけていた。
だが、染みついた習慣とは恐ろしいものだ。
頭で考えていたこととは正反対のことを、身体が勝手にしてしまっていた。
まずサンダルの踵で後ろの人間の爪先を踏みつけると、素早く腰を落とし、そして自分から頭を下にして地面に突っ込んでいた。
柔道でいう背負い投げだった。
左近寺やボルボ相手にいつもやっている組み手が、こんなときに成果を見せたわけだ。
と言っても狙ってやったわけではなく、むしろ考えていたことの真逆を条件反射でやってしまったのだから、
これを成果と呼んでいいかどうかは疑問だが。
とにかく、投げられた相手は背から落ち、一瞬呼吸が止まったようだった。
鯉のように口をパクつかせて喘いでいる。受身を取れないと大抵こうなるものなのだ。
見ればまだ若い女である。
引きずるほどに長いスカートの制服を着ているではないか。
この女の何処にこれほどの腕力と殺意が秘められているのか、まったくもって不思議だった。
「くッ、このクソジジイ……!」
「いきなり人の首を絞めといて、よくそんな悪態をつけるな」
絞められた首を撫で回しながら言う。
危ないところだった。あと数秒も絞められたままだったら、窒息していたか、でなければ確実に落ちていたことだろう。
落ちていたら女は得たりとばかりに容赦なく絞め続けただろうから、やはりどちらにしろ死んでいた。
しかしふと思う――。
(わしはそれを望んでいたんじゃなかったのか……?)
少年の友達らしい子が空に向けて銃を撃ったとき、その銃弾で撃ち抜いて欲しかった。
あんな形で子供を殺してしまい、その挙句自分が生き残るより、あの場で撃ち殺されていた方が何倍もマシだった。
その気持ちに偽りはない。
が同時に、窮地に陥ると自分の意識とは別に生きたいという願望が生じ、無意識下に身体を動かしていたのも事実だった。
おかしなものである。
助かったことに後悔してる自分と、ホッとしてる自分。その二人が同じように自分の中に存在していた。
なんだか少年にひどく悪いような気がした。
「偉そうに人間の言葉喋ってんじゃねーよ、ゴリラが」
足元をふらつかせながら女が立ち上がる。
ダメージはまだだいぶ残っているようで、睨みつけてくる顔色が蒼かった。
「わしは女だからって容赦はせんぞ。まして不意打ちを食らわすような奴なら尚更な」
「ふん、強がるんじゃないよ。アタシが後ろに回ったことにすら気付かなかったくせに」
「…………」
そう、強がりだった。
女であれ男であれ、不意打ちをした奴であれ、とてもじゃないが今は闘えそうもなかった。
そんな気分には到底なれない。
もう誰も傷つけたくなかったし、死なせたくもない。
「大体オッサン、アンタにアタシは殴れないよ」
女は不適に嗤いながらおもむろに片脚を上げ、長いスカートの裾を持つ。
そして自らそれをたくし上げると、黒いストッキングを履いた脚を露わにしていった。
身体をくねらせ、艶めかしいポーズをとる。
「なんだ、色仕掛けのつもりか? 悪いが今のわしはそんな気分になれんからな、やるだけ無駄だぞ」
女はしかし忠告も聞かず、なおもスカートを持ち上げていく。
なるほど、妖艶な色香であることは間違いない。健全な男であるなら当然視線も行くことだろう。
但しそれは、通常の精神状態にある場合に限る。
こんな気持ちにあるときにそんなオゲレツをされても、煩わしいだけだった。
もう少しで何かが見えそうだ――――というそのときである。
女の動きは予想を上回るほどに速かった。
何処に隠していたものか、たぶん腰にでも差していたんだろう。瞬きをする間に銃を抜き取り、こちらに向けていた。
半ばは予想していたことだった。だが、まんまとしてやられてしまった。
それだけ気が散じていたのかもしれない。
「わしも昔は銀玉鉄砲で早撃ちをやったものだが……なかなか上手いじゃないか」
感心したように声を上げる。
それくらい女の動きは堂に入ったものだったのだ。
「こんなときにそんなことが言えるとは、どうやら度胸はあるようだネ……。感心したわ。
 それとも、単に鈍感なだけなのかしら? でもアンタ、もう少し自分の置かれた状況を考えた方がいいわよ」
「わしのことなど気にするな、撃ちたければさっさと撃てばいい。わしはもう逃げたり避けたりはせん」
「それは余裕? それともアタシが撃てないと高を括ってるの? ――どちらにしても、あまり利口な態度ではないけれど」
突如、轟発音と共に左足に痛みが走った。
女の持つ銃から硝煙が上がっている。――撃たれたのだ。
痛みは全身を駆け巡って脳へ突き抜け、撃たれた足は生臭い鮮血を噴出させていた。
堪らなく痛い。堪らなく熱い。
だがあの少年はこれを頭蓋に受けたのだ。それに比べたらこんな痛み、屁でもない。
「よく立っていられるじゃない。でも、これでわかっただろ? アタシはアンタを簡単に殺せる」
「……そのようだな」
首を絞められたときから感じていたが、こいつはマジだった……。本気で人を殺る気でいる。
どうしてそんなことができるのか理解できなかったが、今はそんなことはどうでもいい。
問題なのはこの事態をどうするかだった。
ここで大人しく殺されてやることが少年への償いになるのではと、再び考える。
しかしやはりそういうのは性に合わないらしく、黙ってやられてやるのは癪だった。
かと言ってここでまた組みつきに行って女が死んだりするのは、なんとしても避けねばならない。
さてどうしたものかと考える――。
「わしを殺したいのか」
「ええ、そう。アンタを殺したい」
「何のために」
「アタシ達が生きるために」
「随分と勝手な理屈だな。わいの都合は無視か」
無駄だと知りながら時間稼ぎをする。
その隙に対策を練ってみるのだが、左足の痛みが如何ともし難く、突き上げてくる激痛に集中ができなかった。
普段ならたちどころに解決策をはじき出してくれる自慢の頭脳も、主人同様いまいち調子が悪いようだ。
どうすべきか考えあぐねていると、突然、『それ』が飛来した。
『それ』はどこからともなく飛んできて、そして女にぶつかったのだ。
『それ』とはデイパックだった。
もちろん投げた覚えなどない。誰か他の人間が投げたに違いなかった。
ほんの一瞬の出来事で、何が起きたのかわからずただぼんやりとデイパックの軌跡を眺めていたのだが、今度は唐突に強い力で腕を引っ張られ、
女がどうしたのか振り返る間もなく走らされていた。
どの方角へ向かっているかなどわかない。ただ一心不乱に駆けさせられた。
足が痛む。
とても全速力で走るなど困難で、足は引き摺るようだったが、それでも強い力で引っ張られ続けていたので速度は落とせなかった。
後ろで女が喚いてるのが聞こえる。
戻ってこい、逃げるんじゃねえ、ぶっころしてやる。どれも罵詈雑言の類だ。
何度か銃声も鳴り、鉛玉がすぐ横を飛んでいく気配がしたが、幸いなことにこれには当たらなかった。
五分もそうやって走るっていと、いつの間にか銃声も喚き声も聞こえなくなっていた。
山裾の雑木林に飛び込んでから、ようやく走るのをやめた。
「ふう……ここまで来れば大丈夫だろ。ダンナ、怪我はないか?」
開口一番、その男はそんなことを訊いてきた。
小柄な体格だったが、年齢はあの少年とさして変わらないくらいだろう。
どうやら助けてもらったことになるらしいが、また少年かと思うとちくりと胸が痛んだ。
「ん? なんだよ、足撃たれてるんじゃねえか。ちょっと待ってくれよ、今止血してやるから」
男は言いながら自分のベルトを引き抜くと、直接傷口には巻かず、傷口の上できつくベルトを絞った。
それからどうやって手に入れたものなのか、ポケットに入れていた軟膏を出し塗ってくれた。
痛みは酷いものだったが、怪我自体はさほどのものではないようだ。
撃ったのが大型口径だったため、そのぶん肉を抉られただけらしい。弾も体内に残ることなく、無事抜けていた。
止血を終えると、ネクタイを外して包帯代わりに足に巻きつける。
簡単ではあるが、これで一応応急処置はなった。
「これ、飲んどきな。痛み止めだ」
これもどうしたのか、錠剤を一粒手渡されたので、水を使わず噛み砕いて飲み込む。
錠剤が本当に痛み止めなのか若干疑わしくもあったが、確認することはしなかった。
それがなんであるかなどどうでもよかったし、もはや考えるのも億劫だった。
結局死ななかったのだと思ったら、なんだか不思議と気が抜けていた。
「しかしまさかとは思ったが、あの女、本当に撃ちやがった。
 やっぱり思ったとおり、池で見た男の死体はあの女がやったってことか。クソ、ふざけやがって」
男は木陰から追っ手がないかを覗きながら、一人ごちる。
誰もついてきていないのを確認すると、近くの太い杉の樹の根元に足を投げ出すようにして座り込んだ。
「それにしても、あんたも無茶するぜ。銃を向けられてるのに微動だにせず仁王立ちって、一歩間違えれば死んでるぞ。
 俺が出て行かなきゃ危ないところだった」
「ああ、お蔭で命拾いした。ありがとよ」
特別ありがたいとも思えなかったが、命の危険を顧みず助けてもらったのは事実なので素直に礼を言っておく。
実は死んでもよかったなんて言ったら、こいつはどんな反応をするだろうか?
だがこっちの事情はあくまでこっちのことなので、この小柄な少年にそのことを打ち明けはしなかった。
肩に掛けていたデイパックを中も出さずにそのまま投げて渡した。
そういえばまだ確認していなかった至急品も、その中に入れたままだった。
「さっき自分のを投げちまっただろ。代わりにわしのを使え」
「いいのかよ? それじゃダンナが困るんじゃ……」
「問題ない。その気になれば食料などいくらでも手に入る。
 地図やコンパスがなくても、太陽の位置や地形で現在地もおおよそ割り出せるしな。それにわしを救うためになくしたんだ、遠慮はするな」
「そっか……じゃあ、遠慮なくもらっておくよ」
ちゃんと受け取らせてから、別れを言うこともなく雑木林を出る。
できればすぐにでも一人になりたかったのだ。
「おい、どこ行くんだよ! そんな足じゃ危ねえって。ちゃんと消毒もしなきゃなんねえ傷なんだぞ、それ」
少年が追ってくる。
正直、それすら煩わしい。
今は何も余計なことを考えず、誰とも接せず、一人になりたい気分なのだ。
これ以上干渉されることは望んじゃいない。
「すまんな、もうほっといてくれんか? 助けてもらった礼はした。デイパックだってわしのをやった。もう用はないはずだ」
まだ何か言いたそうな少年を残し、足を引き摺りながらその場を離れた。
もうすぐ朝が来る。太陽が昇る。
青い空を見るのがこれほど怖いと思ったのは、今日が初めてだった。


     * * *


「なんだったんだあのオッサンは……」
遠ざかって行く背中を見つめ、口の中で呟く。
せっかく危険を冒してまで助けてやったっていうのに、とっとと行っちまった警官(?)。結局名前も訊かずじまいだった。
あんなひどい怪我してるというのに、少しも休もうとせず、あっという間に居なくなってしまった。
なんだか狐につままれたような気持ちだ。
本当に助けてやったのかと不思議に思ったが、これだけは投げつけることなく手に持ったままだった探知機には、
きちんと離れて行く反応があった。どうやら狐の悪戯ではないらしい。
「……まあいいや、行こ。いつまでもオッサンの背中眺めてても仕方ねえしな」
人にはそれぞれ事情があるのだろう。
どうも何か考えつめているような顔をしてたし、構うなと言われればこれ以上立ち入るべきではないと思う。
こっちにも、今は大事なことがあるのだ。
「早くみんなを見つけないと――」
殺し合いをしない人を集めるのも大事だが、強制はできないし、それよりなにより仲間の方が大切だ。
もう一度追っ手のないことを確認してから、探知機に視線を落としながら歩き出す。
「けどあの女には要注意だな。あれはヤベえよ」
金髪を夜風にたなびかせて立っていた女が網膜の下に現れ、なんだか背筋が薄ら寒くなった。


     * * *


失敗だった。
弾を無駄にしたくないからと首を絞めにいったのも、背負い投げられたことも、仕返しを考えてすぐ仕留めようとしなかったのも、
もう一人居たことに気づかなかったことも、結局二人とも逃げられてしまったのも、全て失敗だった。
こんなことになるなら弾などケチらず、さっさとあの極太眉毛の間に鉛玉をぶち込んで片付けてしまえばよかった。
つまらないことをしてしまったと後悔する。
「仕方ないわネ……。でも次は絶対に逃がさない」
でなければマコト君と二人で生き残る上で障害が残ってしまう。
それは困る。それだけは困る。
生きるか死ぬかの選択肢しかないのであれば、邪魔者は全て屠ってでも生き抜きたかった。
「それが愛よネ。そうでしょ、マコト君――」
今は何処に居るのだろうか? そのことばかりが気に掛かる。
とにかく今は一人でも多く殺すことだ。
そうすれば彼の生存率は上がる。巡り逢える確率も上がる。
一人でも多く片付けていけば……。
「それまで待っててネ。フフフ……」


【G-05/森/1日目・午前4時ごろ】
【男子41番 両津勘吉@こち亀】
状態:情緒不安定
装備:なし
道具:なし
思考:1.激しい後悔
   2.本田、ボルボを探す

【G-05/森/1日目・午前4時ごろ】
【男子38番 宮城リョータ@SLAM DUNK】
状態:健康
装備:首輪探知機
道具:支給品一式(所持品不明) 傷薬(軟膏)と痛み止め(飲み薬)共に数回分ずつ
思考:1.探知機を使ってゲームに乗ってない人物(主に知り合い)を集める
   2.ゲームから脱出したい
※リョータはイブを危険人物と認識しました。

【H-05/森/1日目・午前4時ごろ】
【女子03番 伊部麗子@BOY】
状態:健康
装備:コルト ガバメント(弾数3発/予備弾20発)@こち亀
道具:支給品一式×3、バンテージ@ろくでなしBLUES
思考:1.一条誠と帰る
   2.そのために、一人でも多く殺す


投下順
Back:一種の余興 Next:悪魔の復活


司令塔 宮城リョータ 死体と首輪
降板するピッチャー 伊部麗子 生きるか死ぬか、それが問題だ
砕けた夢、崩れ行く職務 両津勘吉 一人行く道

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年02月29日 16:10