第080話 果てしなく青い、この空の下で ◆z.M0DbQt/Q


どうしてこうなってしまったんだろう。
私はいつ、何を間違えてしまったんだろう。
大量の血を吸って変色した地面を見つめながら、つかさは一人、思考の迷路に入ろうとしていた。



沖木島の朝。
時間は“放送”から少し遡る。

夜が明ける。
暗闇を薄れさせていた空はもうすでに青に染まり始めている。
西野つかさは2人の少年と共に歩いていた。
1人の名は虎鉄大河
もう1人の名は三井寿
虎鉄は歩きながらも絶え間なくつかさに話しかけ、三井は一言も言葉を発しないままだ。
無理だとわかっていても少しでも雰囲気を明るくしようとする虎鉄と、知り合いを目の前で失ったばかりの三井。
2人の心の内を思い、つかさは浴びせられる雑談に曖昧な返事しか出来ずにいる。
「……急がねーとヤバイかもNa」
支給された時計を見た虎鉄が、それまでの意味のない雑談とは違う口調で呟いた。
つられて確認した時刻に、つかさも眉を寄せる。
このままのペースで歩いていたのでは確実に間に合わない。
香達との約束の時間は6時。
できれば“放送”が始まる前だ。
「走ろうか」
つかさの提案に虎鉄も三井も戸惑った表情を見せた。
聞けば虎鉄は野球を、三井はバスケをしていると言う。
スポーツマンである2人が自分を気遣って「走る」という選択肢を言い出せないだろう事をつかさは察していた。
だからこそ、これは自分が言い出すべきことなのだ。


「俺はいいけどNa……お姫様は大丈夫なのKa?」
案の定、虎鉄が心配そうな顔でつかさを見下ろす。
「大丈夫。足手まといにならないように頑張るから」
きゅっ、と唇を結び頷いてみせる。
「……三井くんは平気?」
つかさの目から見ても沢山殴られたであろう傷を作っている三井には無理だろうか。
満身創痍、という言葉が相応しいほどのボロボロの状態の三井は、眉間に皺を寄せながらも首を振った。
「行けるに決まってんだろ。これくらいで走れなくなるようなやわな鍛え方はしてねぇよ」
それでも、と心配そうに見上げるつかさに、三井は少しだけ口角を上げて見せた。
「それによ、ここで走らなかったら男じゃねえよ」
三井の言葉に、虎鉄がぴゅぅっと軽い口笛を吹く。
「お姫様を心配させるのは心外だしNa、俺がフォローしてやるYo」
「……そっか」
2人の視線を受け止め、つかさは血の気を失って白くなっていた自分の頬を一つぱん、と叩く。

「行こう!」

――――――――――――それが、1時間半程前のやり取りだった。




朝日が荒れた道を照らす。
澄んだ青空が今日の天気は晴なのだと主張する。
もう少しだ、という油断がそうさせたのか、突然に三井の膝がガクンと崩れ落ちた。
そのまま地面に倒れこみそうになるところを虎鉄が脇から支え上げる。
「大丈夫かYo?」
「……ああ…………悪い」
「休憩しようか?」
気遣うつかさの言葉に、三井はゆっくりと深呼吸を繰り返しながら否と首を振る。
息を吸い込むたびにどこかが痛むのか、三井はずっと険しい表情を崩さない。
でも、とつかさが口を開いた時、それが時報だったかのようにどこかに設置されたスピーカーから不協和音が響き渡った。

3人の視線がぶつかる。
続いて事務的に……いや、つかさには楽しんでるとさえ思えるような軽い口調で“放送”が流れ出す。
その間、つかさも、虎鉄も、三井も、ただ言葉を失うことしか出来ずにいた。
悪夢のようなその時間は、とても長く続いたように思う。
それが正確に何分なのかはわからないけれど、3人ともそれまでびっしょりかいていた汗は完全に乾いていた。
ここまで来た目的は、「放送前に小中学校に乗り込み、主催者達を倒してこの殺し合いを止めさせること」。
放送が流れた今、唯一とも言えた希望の計画は完全に潰れた事になる。
間に合わなかったのだ、自分達は。
瀧鈴音の名前が呼ばれたことがそれを裏付けている。
――――――ならば、先に行ったピヨ彦は、香は、前田は。
そして…………自分達は、これからどうなってしまうのか。
誰一人口を開かないまま、ぶつかっていた3人の視線が解ける。
そうしてまた、どのくらいの時が過ぎたのだろう。
「…………」
吐息と共に何かを呟いたつかさが、とうとう崩れ落ちた。
虎鉄が空いた手で慌てて支える。
だがその彼の手も、ひどく震えている。
虎鉄に「もう支えがなくても平気だ」と視線で伝え、彼の腕を払った三井は、地面に座り込み俯いたつかさと向かい合った。
「…………」
何かを言おうと口を開き、結局何も言えないまま三井は口を閉ざす。
あの体育館で凄惨な姿を見せた赤木とつい先ほど三井の目前で命を落とした魚住に対する気持ち。
そして「この殺し合いを止められるかもしれない」という計画が失敗したという事実。
それらに対する気持ちの整理もつけられないままの三井には、この状況で異性にかける言葉など見つけられるはずもない。
俯いたつかさの短い髪の隙間から、涙が流れ落ちていき彼女のスカートにいくつかの染みを作る。
拳を握りながら声を押し殺しているつかさの様子に、ようやく三井は彼女がこの放送で知り合いの死を知ったのだとわかり更に言葉に詰まることになった。

「……お2人は、ここにいてくRe」

重い沈黙を破ったのは珍しく遠慮がちな虎鉄の声だった。
その言葉に、三井は視線を上げる。
俯くつかさも、少し肩を動かす。
「目的地はすぐそこだしNa、ちょっと様子を見てくるからSa」

ちゃかすような物言いは何時も通りだが、声がわずかに震えている。
彼も知り合いを失ったんだと、そのときになってようやくつかさは思い至った。
間に合わなかった今、約束の場所で何が起きているのかわからない。
香達はどうしただろう。
自分達を待たずに学校に乗り込んだんだろうか。
でもそれなら何で“放送”が流れたのだろう。
考えたくない最悪の事態になっているのかもしれない。
だからこそ、虎鉄は1人で様子を見てくると言っているのだろう。
……自分達には、大切な人を失ったことを悲しむ時間さえ与えられないと言うのか。
理不尽な状況への怒りが湧き上がり、つかさは強く唇を噛んだ。
強引に手の甲で涙を拭い、顔を上げる。
心のままに泣いて、叫んで……悲しみを、怒りを、混乱を何かにぶつけたい。
今まで生きてきてこんなに説明し難い気持ちを持ったのは初めてだ。
でも、それでも思ってしまう。
「淳平くんの名前が呼ばれなくてよかった」と、唯と美鈴の不幸を悲しみながらも思ってしまう。
この身勝手で醜い気持ちも恋の一部なのだと知ってるから、だからつかさは立ち上がる。
自分の醜い気持ちと向き合う覚悟なんて、もうとっくにしている。
彼と手を繋ぐ権利が欲しいと思ったあの時から、自分の気持ちから逃げないって決めたのだから。
2人の少年の視線を感じながらスカートに付いた土を払い落とす。
もう一度、ぱん、と自分の両頬を叩く。
こんな思いを作るこの場を崩すために。
そして何よりも、もう一度彼に会うために――――――今は進むしかない。

「……行こう」

――――――――――――それが、1時間程前のやり取りだった。







そして沖木島の朝。
時間は“放送”から少し後。

薄い雲を抱きながら広がる空は、やはりどこまでも青くて視界を鮮明にしてくれる。
再び走り出した3人は、すぐに目的地を確認した。
だが近づくにつれ、予想していたのとは違う雰囲気を感じ取る。
鎌石小中学校が目前に迫った時、まずつかさの目に入ったのは閉じられた校門だった。
気味の悪いくらい静かな校門をつかさが不審に思ったとき、右腕を強く引かれ強制的に足を止められる。
「な、何?!どうしたの?」
「……虎鉄」
つかさの声には答えず、三井は彼女の腕を掴んだまま虎鉄へ視線を向ける。
学校を見ながら何かに心を奪われたように呆然としていた虎鉄は、三井の声にハッと我に返った。
「ここに西野といろ。俺が見てくる」
「……いや、俺が行くZe。俺のほうが顔知ってるしNa。それに……逃げるにしろやりあうにしろ、今のアンタよりはマシだろうからNa」
「……悪い」
彼らの会話の意味がわからずに、それでも決して良いとは言えない空気を感じつかさは三井を見上げた。
虎鉄がつかさを見ずに走り出す。
彼がつかさに気を配らないなど、数時間行動を共にしてきて初めてのことだ。
「どういうこと?」
つい口調がキツクなる。
それでも三井は口を開かない。
「離して。私も行かなくちゃ」
「ダメだ。……今は、虎鉄が戻ってくるまでここにいるんだ」
「だってもう6時過ぎちゃってるのに……!」
約束の時間からもう30分も遅れている。
今は一刻も早く約束の場所まで行き、香達を探して合流するべきだ。
もしかしたら香達がまだ待っていてくれているかもしれないのに。
だけどそう言葉で伝えても三井は動かない。
振り払おうにも、つかさの力では三井の束縛から逃げることが出来ない。
遠ざかる虎鉄の方へ視線を向けたつかさは、校門の前に何かがあるのに初めて気づいた。
目を凝らしてみると、ソレは「何かがある」のではなく「誰かがいる」らしい。
「何かがある」のは校門の前じゃない。校門の向こうだ。

それがわかったとき、つかさは虎鉄と三井の会話の意味を理解することが出来た。
「校門の向こうにある何か」。それはもしかして…………人。
そして「校門の前にいる誰か」。それはもしかして…………人。
それが示す意味は…………、最悪な一つの可能性。
誰かが、誰かを殺してしまったのかもしれない。
今自分たちがさせられている“殺し合い”が、あそこで行われたのかもしれない。
だからこそ、虎鉄は1人で行って三井は自分と共に残っているんだろう。
校門前に立ち尽くす人の洋服は黒。恐らくは学ラン、だ。
この島で学ランを着ている男の子はきっと沢山いるのだろうけれど、今ここにいる可能性が高いのは香と共に学校へ向かったはずの前田だ。
ここからではソレが誰なのかはっきりと識別できない。
不意に、険しい眼差しで学校を見つめていた三井の眉が一気に寄った。
同時につかさも小さく息をのむ。
虎鉄が彼に辿り着く直前、校門の前にいたその人が突然に走り出したのだ。
彼が虎鉄に気がついてそうしたののかそれとも全く別の事情があったのか、それはわからない。
足を止めた虎鉄はそれを追うべきか迷ったようだったが、結局は慎重に校門へと再び歩き出す。
つかさは息を詰めたまま、虎鉄の姿を見つめる。
閉じられている校門の前に立った虎鉄は、ある一箇所でぴたりと足を止めたまま動かなくなった。
「……三井くん」
「……なんだ」
「やっぱり私達も行こう。……虎鉄くん1人なのは可哀相だよ」
校門から走り去った人。
校門の向こう側に横たわっている何か。
校門の前から動かない虎鉄。
ネガティブな思考は何も生まないってわかっているけれど……状況から考えられる事実は限りなく最悪だ。
でもそれでも、私達は事実を確認しなくちゃいけない。
虎鉄1人にその最悪な事実を背負わせいけない。
つかさの言葉に三井はしばらく逡巡していたが、やがて諦めたように小さく息をついた。
つかさの腕を解放し、無言で歩き出す。
先に進むようでさりげなく自分に合わせられた三井の歩調に、つかさは彼が何かあったときに自分を守れる位置にいようとしているのだと感じた。
歩を進めるに従って、校門も校舎もよく見えるようになる。

当然つかさの目にも、いたるところに紙が貼られている校門の向こう側にあるのが横たわっているのが人なのだと視認できるようになった。
震えだす膝を心の中で叱りつけて最後の一歩を踏み出そうとしたつかさを、今度は振り返った虎鉄が止める。
つかさの目を片手で塞いだ虎鉄が小さく呟く。
「……お姫様は見ないほうがいいNa」
「ありがとう。でも……大丈夫だから」
大丈夫な根拠は全くない。
それでも自分だけが事実を確認しないなんてことはできない。
そっと虎鉄の手を外すと、「困ったお姫様Da」と苦笑された。
先に事実を確認している三井は、強く目を瞑り深呼吸を繰り返している。
その彼の隣に並び、つかさは黄色い張り紙の破れ目から、校門の中を覗いた。

「…………鈴音ちゃん…………」

平和な日本に生まれ育った普通の高校生が目にすることはないだろう姿になった人が、そこにはあった。
胃液が逆流してきたのか口の中に酸味が一気に広がり、呼吸が苦しくなってくる。
荒くなる呼吸に立っていることが辛くなり、つかさはゆっくりとその場に座り込んだ。
小柄な体型と短いスカートにスパッツ。ローラースケート。
見覚えのあるそれらは、胴体だけになったその人が鈴音であると示すものばかりだ。
だがつい数時間前に出会った時の元気な様子とはあまりにもかけ離れた状態に、覚悟していたとはいえ、つかさは自分の体から血が引いていくのを止められなかった。
眩暈のする視界を気力で立て直し、虎鉄と三井に視線を向ける。
「どういうことだと思う?誰がこんなこと……」
「ちょっと待て。話すんならにここじゃまずくないか?」
三井の提案に、つかさも虎鉄も同意する。
確かにここは目立ちすぎる。
鈴音のこのような姿を見せられてなお危機感の薄い自分を心中で叱り、つかさは再度2人に視線を向けた。

「行こう……」

――――――――――――それが、30分程前のやり取りだった。




鎌石小中学校から少し離れた林の中。
大きな木の根元に3人は腰掛けた。
青空とそこに散らばって見える木々の緑のコントラストはとても綺麗で、このような状況でなければきっとつかさは口元に笑みを浮かべていたはずだ。
だが彼女達を取り巻く状況は、そのささやかな幸福感さえも許さなかった。
「…………」
少年二人に聞こえないように、つかさは小さくため息をつく。
一度座ってしまうと疲労は一気に体を侵略していく。
心中で自分を励まし、ペットボトルの水を少し口に含む。
再度小さく息をついたつかさは、改めて2人に話を切り出した。
  • 別れた後の香達に何があったのか。
  • 香、前田、ピヨ彦はどこにいるのか。
  • 鈴音は何故……誰に殺されたのか。
全くと言っていいほど手元に情報がなく、疑問だけが増えていく。
訪れた何度目かの沈黙を破ったのは、やっぱり虎鉄だった。
「……落ち着いて聞いてくれYo?」
「どうしたの?」
「さっき……あそこで走って逃げって行った野郎、なんだけどNa……」
言いにくそうに虎鉄が言葉を切る。
1人先に校門へ向かった虎鉄は、つかさ達よりもあの学ランの人に近い位置にいた。
もしかして、見覚えのある人……知っている人だったのだろうか?
だとすると彼はやはり。
視線を泳がせながらボリボリと頭をかく虎鉄に、あまり気の長い方ではない三井が少しきつく先を促す。
どういう理由があったのかはわからないけどNa、と前置きをして、虎鉄は困った顔をしながら続きを話し出した。
「……どうして走って行っちまったのかはわかんねーけDo……多分、あれ、あのダンディズムだったと思うんだGa……」
「ダンディズム?」
眉を寄せる三井に、虎鉄がそう呼ぶのは前田太尊という人なのだとつかさが慌てて説明をする。
「どういうことだ?……裏切ったのか?まさかあの死体はその前田ってヤツが」
「違うよ!」
状況を理解したらしい三井の言葉を、つかさは即座に否定した。
前田とはつい数時間前に初めて会って、わずかな会話を交わしただけだ。
でも、彼が「千秋さん」を心配して探し回っている姿からはどうみても人を殺すような感じはしなかった。

だから彼が人を殺さない、と信じる自分は、やっぱり甘いのだろうし未だ危機感を持てていないのかもしれない。
それでもやっぱり、こんな状況で人を殺せる人ではないと思いたい。
そう思っていなければ自分は人を……それこそ虎鉄や三井までもを信じられなくなってしまう。
「……だから落ち着いて聞いてくれって言ってんだRo?」
緊迫するつかさと三井をたしなめるように虎鉄が口を開いた。
「あのダンディズムがあそこにいたのは俺達と合流するためだったと思うんだがNa、何かがあったのかもしれねぇNa。ハニーもピヨ彦も見当たらねーSi」
「その何かが、瀧鈴音って子を殺すことだったかもしれねぇだろ」
「だから前田くんはそんなことしないよ!」
再度前田を庇ったつかさの言葉に、三井は舌打ちをして眉間を寄せる。
魚住を目前で亡くし自身も殺されかけた三井にとって、つかさの言葉を鵜呑みにすることなどできるはずもない。
ここは殺し合いの場で……理解できないししたくもないがソレに乗っているヤツもいるのだ。
会ったこともない男を、それもこの2人がこの島で出会って一度会話を交わしただけのヤツを「人を殺さない」と決め付けることは危険なのではないかと三井は思う。
警戒するに越したことはない。
こんな所で死にたくなければあらゆる事を……人が人を殺すだろうことも、考えなくてはいけない。
だがその思いを、三井はつかさに上手く伝えられない。
それどころか目前の彼女のキツイ口調についカチンときて声が荒くなり始めてしまう。
「じゃあ何があったんだよ?!おかしいだろどう考えても!!」
「何があったのかなんて私にもわかんないよ、そんなの!!」
疲労に上乗せされた苛立ちが、2人の声を更に大きくしていく。
割って入った虎鉄の声も耳に入らないかのように、2人は真っ向から睨み合う。
人を信じたい……いや、恐らくは人を疑いたくないつかさの気持ちはわからなくはない、と虎鉄は思う。
だが三井の言うことももっともだと理解できる。
感情ではつかさに同意しているが理性では三井に同意しているのだ。
思わぬ形で板挟みになってしまった虎鉄は、段々とヒートアップしていく2人をなだめられそうな言葉を探してみるが上手く見つからない。
ピリピリとした睨み合いで、先に視線を外したのはつかさだった。

だがそれは彼女が三井の気持ちを理解したのではなく。
「……わかった」
「何がだよ」
「……三井くんがどうしても前田くんを信じられないって言うなら、私が彼をここに連れてくる!!」
口からその叫びが出ると同時に、つかさは短いスカートを翻して弾かれたように走り出していた。
虎鉄が何かを言った気がするが、つかさの耳にはそれは言葉として届かない。
確かにこの島には人を殺す人もいる。
つかさだってつい数時間前に魚住の死をもってそれを知っっている。
だけどそれでも、誰でも彼でも人を疑ってしまったらそれこそあの主催者達の思い通りになってしまう。
人を疑う心は、不安を増殖させる。
それは決して良いものではないはずだ。
三井はどうしてそれがわからないのだろう。
悔しさから目尻に溜まった涙が、風に流されながらつかさの頬を濡らす。
そして。
つかさが足を止めたのは当初の約束の場所であった学校前であった。
先ほどと寸分違わずに貼り付けられている何枚もの黄色い紙が、それ以上の視界を遮る。
「……こんなのっ……!」
声を搾り出すように呟いたつかさは、黄色の紙に手を掛け、それらを勢いよく破り捨てた。
つかさの支給品であったアイスピックを使用すればもう少し楽に破けるのかもしれないが、今の彼女にはそこまで思いつく余裕は全くなかった。
指先にいくつもの切り傷を作りながら、数え切れないほどの紙を破いていく。
広がっていくつかさの視界に、首のない少女の死体が移りこんでいく。
「こんなのっ!こんなのっ!!」
両手に触れる紙を片っ端から破り捨て、つかさはキッと静まり返る校舎を見上げた。

「どうして?!どうしてこんなことするの?!こんな馬鹿けたことに何の意味があるの?!」

無意識のうちにまた、いく筋もの涙がつかさの頬を伝う。
両手で掴んだ校門を力いっぱい揺さぶり、つかさはなおも叫び続ける。

「ここにいるんでしょう?!もうやめてよ!!」



私はただフランスに行くまでのわずかな時間を淳平君と一緒に過ごしたいだけなのに、とつかさの心が叫んだその時、そっと彼女の肩に触れるものがあった。
「……ここは危険だ」
涙で曇る瞳で振り返ると、そこにいたのは三井だった。
いや、三井だけではなく虎鉄もいる。
ぼんやりとしかける頭で、つかさは2人が飛び出した自分を追って来てくれたのだとわかった。
「……まったく、本当に行動派なお姫様だZe」
やれやれ、と肩をすくめる虎鉄に、つかさの心にはこの2人にかけた迷惑をかけてしまったと悔やむ気持ちが生まれる。
「……ごめんなさい」
「いや、俺も言い過ぎた。……悪い」
三井の言葉につかさは力なく首を振る。
自分の言ったことを撤回する気はないし、前田を信じたいという気持ちを変える気もない。
それでもやはりあんな風に飛び出してしまったのは自分が悪かったと、素直につかさは反省した。
「……どうしてこんなことになってるんだろうね……」
つかさの呟きに2人は答えない。
人が人を疑って、人が人に怯えて、人が人を殺して。
それがもたらすものは、一体何なのだろう。
もうはっきりと見えるようになった鈴音の遺体をジッと見つめ、つかさは小さく唇を噛む。
大量の血を吸って変色した地面に横たわる彼女はもう何も物言うことができないけれど、それでもこんな風に死ぬことなんて望んでいなかったはずなのに。
掌に校門の冷たい鉄の感触を感じながら、整理の付かない感情の中でつかさの心に浮かぶのは世界で一番大好きな人の笑顔だった。
「……会いたいよ……淳平くん…………!」
彼に会いさえできればきっと自分はどこまでも強くなれる。
誰の言葉にも負けないで自分の信じたいことを信じられる強さを持つことが出来るのに。
「……行くぞ」
つかさの声を聞き取れなかった三井が彼女を促す。
もう一度しっかりと鈴音の姿を目に焼きつけてから、つかさは空を仰ぐ。
今この瞬間にも、殺し合いをしている人がいるかもしれない。
でももしかしたら、それを止めようとしている人もいるかもしれない。
果てしなく青い、この空の下で何が行われているのかなんて自分にはわからない。
確かなのはこの、彼を想う気持ちだけ。


しっかりしろ、と何度となく真中に言った言葉を自分に送り、つかさは先を歩く虎鉄と三井に並ぶ。
考えなければいけないこと、相談しなければいけないことが沢山ある。
ちゃんと自分を落ち着けて、三井とも話し合わなければいけない。
もう一度空を仰いだつかさの視界には、先ほどと変わらない澄んだ青空が広がっていた。





【D-06/鎌石小中学校から少しはなれた林/一日目/午前7時頃】


【女子09番 西野つかさ@いちご100%】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式、アイスピック
思考:淳平やほかの参加者を守るためにも、早く殺し合いを止めさせたい
   1.これからの自分達の行動を虎鉄、三井と共に考える
   2.真中に会いたい
   3.前田を信じたい
備考:川島清志郎を危険人物と判断



【男子11番 虎鉄大河@Mr.FULLSWING】
状態:健康
装備:大きめの鉈
道具:無し
思考:1.これからの自分達の行動をつかさ、三井と共に考える
備考:川島清志郎を危険人物と判断



【男子37番 三井寿@SLAM DUNK】
状態:満身創痍
装備:無し
道具:モスバーグM590(弾数8+1)、バスケットボール@SLAM DUNK、支給品一式 、ジャガーからのメッセージ入り葉書
思考:ゲームに乗った参加者、主催した面子に対し激しい憎悪を抱いている
    1.これからの自分達の行動をつかさ、虎鉄と共に考える
    2.前田が鈴音を殺した可能性が高いと思っている(断定はできないとも思っている)
    3.湘北メンバーと晴子を探す
    4.生き残って、バスケのある日常へと帰る
備考:1.川島清志郎を危険人物と判断
2.ジャガーの知人の情報を、名前だけ知っている(ピヨ彦、ハマー、高菜)



【C-05/一日目/午前6時半】

【男子33番 前田太尊@ろくでなしBLUES】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(※ランダムアイテムは不明)
   虎鉄のデイバッグ(包丁、まな板、皿、フォーク、ロープ、鋏、ライター、支給品一式、ランダムアイテム(不明)入り)
思考:1.千秋を見つけ、守り抜く
   2.小平次、中島と合流
   3.香達に再会する機会があった場合、事実がどういったものか話し合う

備考:香、つかさ、虎鉄、ピヨ彦に対し疑心暗鬼気味になっている(ピヨ彦とのみ面識無し)
   また、その他元々の知人以外にも高い警戒心を抱いている

大尊の向かう方向は後続の方にお任せします。


投下順
Back:死体と首輪 Next:[[]]


会合 × ボス郎 × DEATH NOTE ~そして対主催へ 西野つかさ
会合 × ボス郎 × DEATH NOTE ~そして対主催へ 虎鉄大河
会合 × ボス郎 × DEATH NOTE ~そして対主催へ 三井寿
疑念 前田太尊

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年04月20日 21:49