第066話 ちょっと考えれば分かる事 ◆DO.TxVZRzg


 新庄にとっても、塔子にとっても予想外だったのは沖木島の朝が早かったことだ。
 第一放送は午前六時に流れるらしいのだが、朝日はそれよりも先に昇り始める。
 空が白み始め、周囲に明るさがさす頃はそれよりもさらに若干早い。
 平たく言えば、「暗いうちは人目につきにくい。休むなら今だぞ」という新庄の考えが成立するのは意外に短い時間だという事だ。
 だから、2人は明け方のうちに行動を開始していた。
 休む事も重要だが、それ以上に『死なない事』が重要だからだ。
「恵ちゃん、大丈夫かな……」
 今日何度目か分からない言葉を口にする。塔子の頭は安仁屋のことで一杯だった。
 安仁屋に対し、塔子は別に恋愛感情を持っているわけではない。
 幼い頃から共にすごしてきた友人である安仁屋は、彼女にとってあらゆる意味でかけがえのない友人だった。
 このまま2人の関係が続いていけば当然のようにお互いの恋人を作り、疎遠になっていくだろう。
 けれども、幼いから若いに変化し始めたばかりの塔子には、安仁屋という存在がこれからも自分のそばにいる者のように感じられる。
 だから、彼女は今すぐにでもあの男に会いたいと思っているのだ。
 前を行く新庄は、時折振り返るものの無言のまま進んでいる。
 こんな時、新庄がいてくれるのはどれ程心強いか。塔子は感謝せずにいられない。
 おしゃべりが苦手な性格と、殺し合いの雰囲気が混ざり合って、彼は普段以上に無口になっているが、
それでも戦力という面で見れば、彼ほど頼りになるものはいるまい。
 直径10cm、長さ1mの手製の槍。重さで言えば数キロはあるだろうそれを、新庄は片手で持ちながら進んでいる。
 リーゼントで決められたその髪形と、威圧するような視線もあいまって今の彼に手出しが出来る人間はそういないだろう。
 だから、塔子は安心して彼についていける。
 1時間ほど歩いただろうか、塔子と新庄は源五郎池に辿り着いていた。
 このまま数十分歩けば、氷川村まで到達する。
「本当にこっちでいいのか?」
「うん、まずは皆と合流しなきゃ」
 新庄に問いに塔子が応える。
 実は氷川村に向かう前、新庄と2人で行き先について意見が分かれていた。
 新庄は平瀬村分校か鎌石小中学校に行きたいといい、塔子はそこから離れたいと言った。
 彼らが川藤を最後に見た場所は、学校の体育館。
 とすれば、川藤やその他2人の教師は学校にいるのではないかと塔子は考えたのだが、
同時に、だからこそ彼らからは離れたいと願ったのだ。
 塔子にとって、川藤は信用できる男でも、他2人の教師は信用できない。
 まして、殺し合いを仕掛けるような男たちだ。何を考えているのか分からない。
 だから、身の安全を優先して彼らから少しでも遠くに移動する。
 しかし、一方の新庄にしてみれば、これは全く正反対の考えである。
 川藤に会い、すぐにでも真相を確かめ、必要であればぶん殴ることが、何より優先される。
 確かに体育館の方向に移動するのは危険だろう。それは否定しない。
 けれど、危険だからといって、新庄はそれを避けるような人間ではない。
 だから、あの場から北へと向かい鎌石小中学校の体育館を確認したかった。
 しかし、結局は塔子の意見が尊重された。
 女の取り扱いに慣れていない新庄にしてみれば、彼女の提案を断りにくかったのだろう。
 そんな時だった……
「あー、あー、ただいまマイクのテスト中。ただいまマイクのテスト中」
 村にある放送用スピーカーから、川藤の声が聞こえてきた。
 放送機器があるということは、川藤のいる場所は村役場か学校などに限られる。
 とすれば、最初の会場を考えて、彼はやはり学校にいるのだろう。
「午前0時から6時までの死亡者だ。進藤ヒカル、安仁屋恵壹……」
(え? 今のは何?)
 何の間違いだ。彼の名前が放送で聞こえるはずはない。
 塔子の頭がにわかに混乱する。
(あ、そうだ。先生、おっちょこちょいだから勘違いしたんだ)
 川藤は早とちりする性格である。頭でじっくり考えて、間違いのない行動をとる人間ではない。
 大体、よく考えてみれば学校にいるはずの川藤が安仁屋の死を確認できるはずもない。
「なぁんだ、先生。勘違いしちゃってるよ」
「……」
「ね、新庄くん。先生ってやっぱり変わってないよ……」
「……川藤は生徒の名前を間違えねぇよ」
  そんなわけないよ。
  そりゃ、確かに私たちの名前を草むしりしながら覚えてくれたときの事は忘れられないよ。
  でもさ、恵ちゃんが死ぬわけないじゃない。恵ちゃんを先生が殺すわけないじゃない。
  だからさ、先生おっちょこちょいだから、勘違いしてるだけなんだよ。
「……俺は鎌石小中学校に行く」
「ねぇ、先生は間違ってるだけだよ。新庄くん、行く必要なんかないって。
それに、先生がそこにいるって決まった訳じゃないし……」
 もしも、2人にどこかの名探偵並みの推理力があれば、禁止エリアに指定された場所から鎌石小中学校
を教師たちのアジトだと見抜いていただろう。しかし、彼らにはそんな推理力などない。
 だから、塔子は自分の考えを覆し、鎌石学校に先生がいない可能性も示し始める。
 けれど、そんなことは新庄にとってはどうでもいい。
 少なくとも、自分たちが集められた場所が体育館であり、川藤の居場所に関してはそれ以上の判断材料がないのだから、
だからまず、鎌石小中学校を目指す。そこにいなければ、平瀬村分校へ移動する。
 新庄が考えている事は、純粋に川藤のことだけだった。
「……」
 新庄の視線が、塔子に突き刺さる。
 それは、彼女を非難するものでも、哀れむものでもない。
 ただ寡黙に見つめているだけの視線。
(……止めてよ新庄くん。そんな風に見られたら、まるで恵ちゃんが本当に死んだみたいじゃない)
「川藤が本当に裏切ったかどうかは、まだわからねぇ。だが、今すぐにでもアイツに聞かなきゃなんねーんだよ」
「そんな必要ないよ、だって恵ちゃんが死ぬわけないじゃない。考え直してよ」
 鎌石小中学校に向かうということは、危険な場所に向かうという事でもある。
 そこに、新庄が行くのであれば、ニコガクメンバーとして自分も進まなければならない。
 けれど、塔子は嫌なのだ。純粋に怖いから、嫌なのだ。
「お前はどこかに隠れてろ」
 そういって、新庄は手製の槍を渡す。
「な、何のつもり? 一人で行っちゃう気なの?」
「万一、危険な奴に会ったらすぐに逃げろ。それでも駄目なら、槍で脅せ」
 新庄は塔子の言葉に耳を貸さず、彼女の行動に指示を出す。
「そんな必要ないよ、今すぐ恵ちゃんを探して、一緒に先生のところに行けば良いじゃない!」
「川藤は嘘なんて言ってねぇ……」
 チラリと新庄が視線をそらす。そりゃ、塔子にだって川藤が嘘をつく性格とは思えない。
 でも、川藤だって人間だ。間違える事ぐらいあるだろう。
「新庄くんは恵ちゃんが死んだって言うの、そんな筈ないよ。違うって言ってよ、ねぇ」
「……」
 新庄は塔子に視線を合わせようとしない。
 彼には分かっていないのだ。よく考えれば、誰だって分かる事に気付いていないのだ。
 まず、川藤には人の死を確認する手段などない。小さな首輪一つに、死亡を確認するセンサーを付けて、
爆弾までつけて、全参加者につけるなどという事が技術的に可能なはずはない。塔子だって素人だが、それぐらい分かる。
 首輪は爆弾一つで手一杯なのだ。それ以上の機能など付いていない。だから、川藤の放送は間違いなんだ。
 次に、川藤の性格から言って安仁屋を殺すわけがない。
 この島で行われていることは、甲子園出場を目指す安仁屋や新庄、御子柴などの命を奪いかねない事だ。
 生徒の夢を奪う事を、絶対的に否定する川藤が夢どころか生命を破壊する事など有り得ない。
 このことから、非常に簡単な事が導かれる。最初から川藤は殺し合いなどさせるつもりはなく、
体育館での出来事は、全てブラフであるという事実だ。
 そもそも、あの場には殺し合いの証拠となるものが一つもなかった。
 首輪に爆弾などというが、それすら怪しい。
 死体が転がっていたが、あれもどうだか。
 死体など、新庄も塔子も映画でしか見た事がない。あれが本物であるなどと、どうしてそんな無責任な事がいえるのか。
 優れた造形技師を雇い、ちょっと薄暗い空間を演出してやれば、本物っぽい死体なんてすぐに作れるじゃないか。
 だから、殺し合いが行われているなんて証拠はどこにもないんだよ。
 新庄はその事実気付いてない。ちょっと考えれば分かる事じゃないか。
 不意に、塔子の視界に異物が入る。
「見るな!」
「あれ……嘘でしょ……」
 見慣れた黒いズボンと革靴。その上からも分かる鍛え上げられた肉体。
 それが、ほんの僅かな草に隠されて地面に横たわっている。塔子はもう何年も前から見てきた肉体。
「あは、嘘でしょ、何よアレ。なんで、あんなものがあるの? 嘘だって言ってよ」
 動かない肉体は、彼女にとってかけがえのない友人のもの。
「ね、ねぇ新庄くん。どうして、あんなものがあるのよ。恵ちゃんソックリな人形じゃない。
どうして、どうして、あんなのがあるの?」
「……、ここから離れるぞ」
「駄目よ、人形でも恵ちゃんに似てるんだもん。放っておけないよ」
「……八木……」
「あーあ、こんなに汚しちゃって、本人が見たら怒るわよ。ちゃんと洗ってあげないと」
「……もう、行くぞ……」
「駄目だよ、お腹から中身がこぼれちゃってるよ。ちゃんと縫い直してあげないとね。
すぐにボロボロになっちゃうよ。ちゃんと直さないと、恵ちゃん怒っちゃうよ」
「……」
「ねぇ、新庄くん。これ、重いから持ってくれるかな」
「……」
「新庄くん、私じゃ持てないよ。お願い」
「八木……、安仁屋は死んだんだ……」
  あれ、新庄くん。おかしな事言ってるよ、駄目だなぁ。
  やっぱり、気付いてないんだ。ちゃんと説明してあげなきゃ。
「そんな事ないよ、これは人形だよ。だって、よく考えてごらんよ……」
 八木塔子は、自分の頭で考え出した推理の全てを新庄に語る。
「先生が恵ちゃんを殺すわけないし、ここで殺し合いが行われてるってことも嘘なのよ。
だからね、これは人形なの。本物の恵ちゃんは、別のところにいて、若菜くん相手にピッチングの練習してるんだよ。
あ、そうだ、新庄くんだって、私だって恵ちゃんを見てないでしょ。だったら、恵ちゃんがここにいる証拠なんてないよね。
きっとさ、今頃甲子園のマウンドにいるんだよ。私はマネージャーだから試合に出なくてもいいし、きっと新庄くんの代わりには
濱中くんが入ってさ、今試合の最中なんだよ。アハ、そうだよ、そうなんだよ。それ以外考えられないじゃないの……」
 八木塔子は、最初から安仁屋が死ぬ事など考えていない。
 人死に遭遇した事のない彼女の思考に、安仁屋が死ぬという事は微塵も含まれていない。
 そう、だからこれは間違い。目の前にあることは全て間違いなんだ。
(だって、ちょっと考えれば分かるじゃない……)


【H-06 源五郎池/1日目・午前6時半ごろ】
【女子14番 八木塔子@ROOKIES】
状態:健康
装備:ダイバーズナイフ
道具:支給品一式
思考:1.安仁屋の人形を縫い直す。
   2.1のために新庄に安仁屋の人形を運んでもらう。
   3.嘘の殺し合いが終わったら甲子園に行く。

【男子18番 新庄慶@ROOKIES】
状態:健康
装備:棒で作った槍
道具:支給品一式 碁石@ヒカルの碁
思考:1.塔子を守る。彼女を安仁屋の死体から遠ざける。
   2.川藤を信じているが、安仁屋は死んだものだと思っている。
   3.ニコガクメンバーを探す。


投下順
Back:第一放送 Next:転換


ONE FOR ALL ALL FOR ONE 八木塔子 生きるか死ぬか、それが問題だ
ONE FOR ALL ALL FOR ONE 新庄慶 生きるか死ぬか、それが問題だ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年02月15日 18:41