第067話 転換 ◆SzP3LHozsw
「よかった、先輩達は無事みたいだ」
大音量で流れていた
第一放送が終わると、本田は長い溜息を吐き、両津らが生きているという喜びを身体中いっぱいで現した。
改めて相当のお人好しと確信する。
自分の心配より、他人の心配をしているとは。つくづく愚かな男だと思わざるをえない。
こいつは自分の置かれてる立場を理解できてるんだろうか? どうもできていないように思う。
しかし、これならばこの男を意のままに動かすのも容易いこと。
情や優しさなどというものは、ときに人間を無防備にさせる。つけこむならそこというわけだ。
が、それにしても、何がよかったものやら僕には全くわからない。
僕が期待していたLが死亡者として呼ばれなかったのは、非常に残念なことだった。
ここでLが死んでくれていれば本当に楽だったんだが……。
もしそうなっていれば、僕の抱える問題の大半が解消したといっても言い過ぎではないだろう。
まあもっとも、正直Lが死ぬなどとそれほど真剣に考えていたわけでもない。
そう簡単にいかないのは他の誰よりこの僕が一番よく知っている。あいつが簡単に死んでくれるのなら僕も苦労がない。
それに、こんなところで、まして僕の知らないうちに死なれては面白くないというのも本音の一つだ。
例えどんな障害があろうと、危険があろうと、Lとの決着だけは僕の手でつけてしまいたい。
あいつを上回り、嫌というほど完全な敗北を味あわせてやる。
そのときLがどんな顔をするか――。クククッ……見物だな。
そして敗北のあとに待つのは死。
L、必ずお前を殺してやるよ。屈辱に塗れながら死んでいくといい。
「知っている人間が生きていたのが嬉しいのはわかりますが、不謹慎ですよ、本田さん。
亡くなられた方だっていらっしゃるんだ。言葉を慎みましょう」
「あ……そうだね、不謹慎だったね。ごめんよ月君」
「いえ。それより僕の方こそすいません、生意気なことを言ってしまって」
「いいんだよ、気にしないで。僕の配慮が足りなかったんだから」
……だが、そう悠長なことも言ってられないか。
あいつが生きていては何かと面倒だ。やはり邪魔者は消せるときに消すに限る。
この際どんな形であれ贅沢を言うのはよそう。
とにかくLが死んでくれさえすればそれでよしとしなければ。
「月君」
「はい、なんですか」
なにより、まずはLを見つけることが最優先――。見つからないことには何もはじまらない。
生きていようと死体であろうと、僕のこの眼で確かめるまでは決して安心することはできない。
始末の仕方を考えるのはそれからでも遅くはないだろう。
なに、いざとなれば絞め殺したところでいくらでも言い逃れできる。
どうせここは殺人島だ。Lが錯乱して襲い掛かってきたとでも言えばなんとでもなる。
大丈夫だ。焦る必要はない。
ゆっくりと、着実にできることをこなしていけばそれでいい。
「そろそろ……」
「両津さんを捜しに行きたい、ですか?」
「いくら先輩でも一人は危ないよ」
「一人ではないかもしれませんよ。現に本田さんはこうして僕と一緒に居る」
「でも……」
とはいえ放送で告げられていたことが事実であるならば、今外に出るのはあまりに危険。
何人も死んでいるのを考えれば、殺しをしているのは一人だけということはないはず。
新世界を作り上げるには――この世界からクズ共を一掃するためには、僕は決して死んではならない。
身に危険の及ぶことは絶対に避けなければならないが……。
「そうですね、朝まで様子を見るというのが約束でしたし、ここでこうしていても事態が好転するわけでもありません。
いいでしょう、一度外に出てみて、辺りを少し散策してみましょうか」
「本当かい? ありがとう月君!」
「ただし、外に出たら油断は禁物ですよ。僕はまだ死ぬわけにはいかないんですから」
* * *
余計な荷物を拾ってしまったか……。
中島淳一。
随分怯えているようだが、大丈夫だろうか。まだ鼻を啜り上げながら泣いているが。
よろよろとついてくる中島を振り返ってみる。
痩せ細った素肌に純白の白衣、そしておまけに涙で顔にべったりと張り付いた長髪。
これは相当に不気味な姿だ……。
こんな死神が居ても不思議はないかもしれない。少なくとも、私を納得させるだけの説得力が彼にはある。
「中島君、大丈夫ですか?」
「だだだだだだい、だいじじじ、だいじょじょじょじょじょじょ」
「はい、大丈夫ということで」
ちっとも大丈夫そうではないが、この際細かいことを気にするのはやめよう。はっきり言って時間の無駄だ。
そんなことよりさっきの放送――。こっちの方が気になる。
まず、死亡者の数。これが想像以上に多い。
とても事故や間違いで死んでしまった数とは思えない。
明らかに何者かが殺意を持って殺しているとしか……。
それもたった六時間のうちに十三人も死んでいることを考えれば、殺人犯は複数と見るのが妥当。
……………………。
……………………。
状況から考えれば集団ヒステリーによる犯行とも取れるが、となると混乱は益々広がっていく一方のはず。
混乱が広がれば、更なる殺人者を生み出さないとも限らない。
……………………。
…………悪循環だ。
キラ事件を追ってる最中に、こうも厄介な事件に巻き込まれるとは。私もついていない。
ん……? キラ事件……。
まさかこれもキラの仕業だとでも?
……死を操れるキラなら、やれないことはないかもしれない。
しかし、どうだろうか――。
キラは
夜神月。これは間違いない。
だが、それではこの名簿に夜神月の名が記されているのが解せない。
夜神月の仕業であるならば、この島に自分で出向くわけもないはず。わざわざ殺人鬼に殺されるかもしれない危険を冒すとは思えないからだ。
それとも、あらかじめ自分だけは死なないよう何らかの細工がされているというのか?
死の前の行動を操り、この事件を仕組んだとするならば、それくらいの用意がしてあるのは当然と考えるべきだ。
むしろそうでなければいけない。そうでなければおかしい。
……だがしかし、それはあり得ないと思う。
そもそも夜神月にはこんなことをする動機がない。
仮にこの島に集められた人間全員が犯罪者だとして、キラの裁きの対象だったとしても、
わざわざこんな大きな島を用意し、更には自分を巻き込んでまで企てなければならなかった必要が、何処を探しても夜神月には見つからない。
それこそノートに名前をひと書きするだけでいいというのに、ここまでの手間を掛ける謂れはないだろう。
今まで通りに生活していれば疑いは濃く残ろうとも、キラとして犯行を続けていれたはずだからだ。
それを敢えてこんな大掛かりな計画を企ててしまっては、かえって不都合ができてしまうではないか。
百歩譲って私の目くらましをしたかったのだとしても、これでは余計注意を引くだけ。
仮に夜神月だけが生き残るようなことがあれば、ここで私が死んだとしても本部の人間は黙っていない。
必ず私の意思を継ぐ者が夜神月をキラに結びつける。
夜神月ほどの男が、そんなことも読めないわけがないと思うが……。
夜神月――。
彼をこの事件にまで結びつけるのは、些か飛躍しすぎたか……?
「……ひ……ヒィィ!!」
「中島君、大きな声は出さないでください。人に見つかったらどうするんですか」
「だって……何かが急に……」
よく見れば、中島の長い髪には大量の蜘蛛の巣が絡み付いている。どうやらこれに驚いたようだった。
私は頭を抱えながら首を振る。せっかく考えをまとめていたところだというのに。
何故だか不意に松田の顔が中島に重なって見えた。松田のドジも似たようなものだからだろうか。
「それはただの蜘蛛の巣です。害はないので、騒がないでもらえますか」
腰を抜かして大袈裟に地面を転がっていた中島は、それを聞くと頭を掻き毟るようにして蜘蛛の巣を取り払った。
長い髪はもつれにもつれ、より一層の不気味さを醸し出していく。死神の姿はより真に迫ってくる。
それから中島は地面に両腕を地面に突っ張ると、消え入りそうな嗚咽を漏らし始めた。まるで死ぬ寸前のセミの鳴き声だ。
中島は精神的にかなり追い詰められているようだった。
「も、もう嫌だ……。何で僕がこんな目に……」
「嫌なのはみんな同じです。中島君、しっかりしてください」
「……しっかりなんて、そんなのできるわけないじゃないか」
「私はできているつもりですが」
「お……お前ができたって意味がない……ッ!」
「やれやれ」
人間、ここまで感情的になってしまうと性質が悪い。
こうなると他人の意見に耳を貸す余裕さえなくなるからだ。
「いつもそうだ……。僕は何も悪くないのに、勝手に周りが僕を巻き込んでいく」
「気のせいじゃないですかね」
「お前に何がわかるって言うんだ!」
……怖いな。完全に眼が据わってきた。
この眼は最近も何処かで――ああそう、追い詰められたときの火口に似ている。
最後の最後、車を完全に包囲され自分に銃を突きつけた火口が、まさにこんな感じだったっけ。
中島はやおら立ち上がると、肩に掛けていたデイパックを握り締めた。
「キィエェェェーッ!!!」
そして案の定、それを私目掛け振り下ろした。
私は中島が火口と同じように拳銃を隠し持っていなかったことをありがたく思った。この距離で撃たれてはひとたまりもない。
デイパックの中身はペットボトルなどが入っているはずで、当たって怪我するわけもないだろうが、それでも痛いのは嫌だった。
考えるまでもなく、私は反射的に身体を半身ずらして打撃をかわしていた。
目測を大きく外した中島は、勢い余って無様に蹈鞴を踏んでいる。
「酷いです、中島君。八つ当たりなら他の人にしてください」
「う、うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
中島は大声を出すことにより余計興奮してしまい、まるで肉に飢えた狼のような血走った双眸を私に据え、
唾を飛ばして言葉にならない怒声で捲くし立てている。
見通しのいい道路の上、このまま騒がれては埒が明かないし、本当に誰かを呼び寄せてしまう危険があった。
それは決してうまくない。どうにかして黙らせる必要がある。
「困りましたねえ。……でも、一回は一回ですよ」
言いながら私は必殺のカポエラキックを中島の鳩尾に向け繰り出した。
針金のように細い中島の身体は、極端な『くの字』を作ったまま遥か後方へと飛んでいく。
とても軽い。まるで案山子でも蹴ったような軽さだ。
軽々と吹っ飛んだ中島は、背中から地面に落ち、そしてボールが弾むように一転、二転とバウンドを繰り返ししながら、
最後には『くの字』が『大の字』になって口から泡を吹いて動かなくなった。
真っ白だった白衣はすっかり土埃で汚れてしまっている。これでは益々本物の死神だ。
「……これで、一応静かにはなりました」
少々気の毒だとも思ったが、先に手を出したのは向こう。特に反省はしていない。
――が、そのとき、吹き飛んだ中島の更に後ろの茂みから、人の顔が二つ覗いてることに気付いた。
一瞬、しっまったとどきりとしたが、うち一人は私のよく知っている、そして今一番気に掛けているその顔だったので、
ほっと胸を撫で下ろした。
そして、茂みの向こうの彼は少し驚いたような表情をして、静かに私にこう言った。
「L……君は何てことをしてるんだ」
と。
* * *
「誤解です月君。私は無闇に暴力を振るっていたわけではありません」
「当たり前だ。無闇やたらにあんな強烈な蹴りを放っていたら、それこそ問題だ」
「はい、それなら問題です」
「まあ事情は何となく飲み込めた。しかし、中島君……だったかな? 彼はまだ眼を覚まさないね」
「……何を言いたいんですか? まさか月君、私を疑っているんですか?」
「可能性の一つとしてだよ。なにせこの島は法も秩序もない、滅茶苦茶な状態だからね。
かの名探偵Lが発狂して人を蹴り殺そうとしてたとしてもだ、僕はさほど驚かないな」
「やめてください、あんまりです。月君にそう言われるのはショックです。私の眼を見てください、嘘を言ってるように見えますか?」
「ああ、見える」
「…………そういえば昔、これと逆のパターンを経験した覚えがあります。
あの時は月君が弁解する立場で、私が追及する側でした」
「そんなこともあったかな」
「ありました。確か、『キラを捕まえた後で僕がキラになるように見えるか』でしたかね」
「キラ……キラか。L、君はこんなときにまでそんなことを言ってるのか? いい加減にしてくれ」
「こんなときだろうとどんなときだろうと、私の考えは変わりません。キラは月君に決まっています」
「それこそあんまりだ。僕の疑いはとうに晴れたはずだろ」
二人は何を言い争ってるんだろ?
しばらく黙ってやり取りを見てるけど、僕には詳しくわからないや。
でもこのLっていう少し変わった人が月君の知り合いだってことは大体理解できた。悪い人ってわけでもなさそうだ。
パッと見喧嘩してるようにもみえるけど、なんかこの二人、仲がいいような気もする。
月君が居てくれるだけで心強かったけど、このままL君が一緒に居てくれたらきっともっと頼もしく思えるんだろうな。
「そうですね、一応疑いは晴れています。ただし、私は釈然としていませんが」
「お前な……」
あれ? そういえばなんだっけ?
僕は何か大事なことを忘れてるような……。
ああ、そうそう。夜が明けたってことは、今日は月間サファイアの発売日じゃない。
まいったなあ。雑誌で読みたいからと、奈々ちゃんにメヌエットの続きを読ませてもらってないんだよなあ。
こんなことなら先に読ませてもらっとけばよかったかも。
弱ったなあ……どうしよう……。
どこかにコンビニか本屋さんがあればいいんだけど。
「ねえ月君、近くに本屋は――」
「悪い癖だぞ、流崎。自分の考えばかりに固執するのは、あまり感心しないな」
「すいません」
「L君、近くにコンビニは――」
「これだけは言っとくぞ、僕はキラじゃない」
「……いいでしょう、そういうことにしておきます」
――って駄目だ、二人とも聞いてない。
仕方ない、こうなったら先輩に電話して……って先輩?!
そうだ、忘れてた、先輩を捜しに行かなきゃならなかったんだ!
ああ、どうしよう! 弱った、弱ったぞ!
先輩、せんぱ~い!!
* * *
波の音が聞こえる。
静かに寄せては返す音ではなく、岸壁に当たって砕ける激しい音。
鳴いているのはウミネコか。みゃあみゃあと数羽が天高くで鳴き回っている。
潮の匂いが心地いい。
朝陽は閉じた眼に染みるほど眩しいし、きっとここからの景色は最高に違いない。
数々の賞を総なめにしてきたいちカメラマンとして、このような爽やかな朝をフレームに収めてしまいたいという衝動は、とても強い。
おそらく僕の腕と、愛機α8800iならば、ベストポジション・ベストアングルで撮るのは可能だろう。
いや写真部部長として、その程度のこと朝飯前だと言っても過言じゃない。
僕の写真の前では、生意気な後輩・大柄や、馬鹿で阿呆の前田だって眼を潤ませて感動するはずだ。
だから本来であるならば、僕は今すぐにでも起き上がり、海や山に向かってシャッターを押さなければならない。
フィルムを全て使い切るのは厳禁だ。
いつ如何なるときも写真が撮れるよう、カメラにはフィルムを残しておくのが鉄則なのだ。それがカメラマンの心得というものである。
……しかし、しかしだ。
悔しいことにそんな鉄則も衝動も、今じゃ何の役にも立たなくなった。
理由は簡単。僕の命の次に大事なカメラが、手元にないからだ。
たぶん、盗まれた……。犯人はわかっている。近藤先生だ。
そういえば今から考えてみれば、普段はから僕を見る眼が違っていたようにも思う。あれはきっと僕のカメラを狙っていたんだろう。なんて人だ。
しかも、悪いことは重なるようで、僕は動けないでいる。正確に言うと動けないでなく、身体を自由に動かせない。
何故ならそこで見ず知らずの人間と言い争っている、Lとかいう奴にお腹を思い切り蹴られたから。
こいつもなんて奴だ。最初はいい人なのかと思わせたくせに、中身は前田達と同じ人種じゃないか。
僕は暴力は嫌いだ。暴力を振るう奴は野蛮人だ。あいつは野蛮人だ。
きっと仲間と合流して僕を殺す相談でもしてるんだろう。だがそうはいかないぞ。
僕だって……僕だってやるときはやるんだ。
見てろ、簡単にやられはしないぞ野蛮人。僕を怒らせたこと、絶対後悔させてやる。
「……でもその前に、僕のカメラは何処だ!」
* * *
まさかこうもはやくLを見つけることができるとは。些か拍子抜けしないでもない。
とはいえこれは嬉しい誤算に違いなく、ここは素直に喜ぶべきなのだろう。
「それにしても、酷いことになったものだね」
「ええ、全くです」
そうではない。
酷いどころか、僕にとっては願ったり叶ったりだった。
もうすぐLを始末できると思うと……クククッ、駄目だ、笑みがこぼれてくる。
何か話していないと馬鹿笑いしてしまいそうだ。
「名簿に“エル”と載ってしまってるが、大丈夫か?」
「大丈夫ではありませんが、載ってしまっているものはどうにもなりません。
それに、“エル”は愛称のようなものですし、幸い、顔写真がついてるわけではありませんので、
名乗りさえしなければ私をLと特定するのは難しいと思います。それほど支障はないでしょう」
「そうか、それならいいんだが。しかし、偽名の流崎ではなく、ましてや本名でもない愛称を記載するとは、
これを作った人間はマヌケと言うのか調べが足りないというか。どうにもいい加減だな」
「…………」
「どうした? 何か言いたそうな顔をしているようだが」
「…………いえ、随分と名簿に着目してるんだなと思いまして。私の本名が載っていなかったのが、そんなに残念ですか?」
こいつ……したり顔で……。
「本名でないとデスノートに書き込んでも意味ないですからね」まるでそう言ってるみたいじゃないか。
……まあ、今のは僕の方がしつこかったのかもしれない。
確かに名簿に本名がなかったのは残念ではある。
書いてあればそれをノートに写すだけで終わっていたのだから、残念なのは当然のこと。
がしかし、Lは既にノートの存在を知っている。
所有権や眼のような細かなことまでバレてはいないが、ノートの使い方を知っているとなれば迂闊なことは言えない。
忘れていたわけではないが、相手はLだ。細心の注意を払ったところではらい過ぎということはない。
余計なことは言わないようにしなければな。
「意地の悪い質問だな。単に興味本位で口にしたまでで、他意はないよ」
「そうですか。それならいいんですが」
さて、こいつをどうするか……。早いとこ始末してしまいたいが。
だが弱ったな、見つけてからなどと考えていたが、いざとなってもいい方策が思い浮かばない。
すぐにでも消してしまいたいところだが、何の用意もないとなるとそうもいかないか……。
皮肉だな。これでは本当に僕が僕自身の手で絞め殺さなければならなくなる。そういう事態は最悪の場合だけだというのに。
――それに、Lの連れだという中島という男。彼の存在も予想外だ。
まさか人見知りのするLが仲間を連れていようとは。
本田一人なら言いくるめるのも可能だが、二人となるとそう上手くはいかないだろう。
Lは必ず僕を監視下に置こうとする。まずこれは間違いない。
その監視の眼を潜り、二人を意のままに操るのは、どう考えても不可能だ。
そこまでLは甘くないし、時間だってそうそう掛けてられるものではないしな。
……では、どうする?
ついさっきLとの決着をつける危険は覚悟したはず。
ならば無理を承知で、ここで強引に襲ってしまうのもやむを得ないのかもしれない。
不意を衝けばL一人くらい殺すことはできるだろう。さほど難しいことではないとは思う。
だが、その場合に本田や中島がどう動くのか……。
突然Lに襲い掛かった僕に利するよう動くとは、到底思えない。
そうなったとき、仮にLの殺害に成功したとしてもだ、そのあとに本田や中島までをも殺す余力が僕に残っているかは疑問だ。
どちらも線は細いが、立派な男性。抵抗されて無傷でいられる自信はない。
かといって眼の前で人を殺しておいて申し開きをする術も、これまたないに等しい。
……駄目だ、やはり僕自身が直接手を下すというのは、最悪のシナリオでしかないらしい。
困ったな。なんとか他の手を考えなければ。
「どうしました月君、難しい顔をしてますが」
「……どうすれば助かるか、それを考えていたんだ」
「なるほど、それについては私もずっと考えてきました。それで、月君は何か思いつきましたか?」
「いや、全く。相手が何処の誰なのか、何が目的なのかもわからないからね。お手上げだよ」
「そうですか。実は私も似たようなものです」
「稀代の名探偵が何も掴めずじまいか。なら尚のこと僕はお手上げだね」
「いえ、島の位置くらいはなんとか割り出しました」
「へえ、それは凄い。それは是非ともお聞かせ願いたいね」
「そうですか。では特別に教えてあげます。ここは――」
なるほど、さすがはLといったところだろうか。
僕が何も掴めていないのに対し、この短時間で島の割り出しをしてしまうとは。
敵ながら天晴れとはこのことだろう。
もっとも、島の位置がわかったところでどうすることもできないんだが。
しかしそれはさて置き、これはもしかすると考えを改めるべきなのかもしれなくなった。
無事に帰れる算段がつくまで――いや、算段をつけるためにも、当面Lを生かしておくというのも一手である。
悔しいがLは使える。
それは島の位置を計算したことからもわかる、疑いようのない事実だ。
いずれにしろ準備が整ってないのだから今すぐ殺すことはできない。ならば生き残るためにLを利用するのも悪い案ではない気がする……。
生き残る見通しがつく頃には状況も変わっているだろう。――違うな、変わらないようなら状況は僕がかえてみせる。
仕方ない、そのときまで決着をつけるのは延ばしておいてやるか。
L……。
せいぜいそれまでの間、短い生を貪るといい……。お前はもうすぐ死ぬのだから。
僕はじっくりお前の殺し方を考えておくよ。楽しみにしていてくれ。
* * *
「どうでしょう、ここで逢えたのも何かの縁ですし、ここからは我々と行動を共にするというのは」
ほうら来た。
そんな顔をしているな、夜神月。私がこう言うだろうことはお見通しだったか?
だがこちらもお見通しということは承知の上。気付かれていようと何の不都合もない。
せっかくお前の方から私の元に来てくれたのだから、ここで逃がしては失礼だろう。しっかりと見張らせてもらうとする。
「我々と言うと、君とそこの中島君……おや、彼は眼が覚めたようだ。よかったなL、人殺しにならなくて」
「人聞きの悪いことは言わないでください」
「でもいいのか? 『カメラ、カメラ』と騒いでいるが」
「ほっときましょう。それに、それを言うなら月君のお友達だって『先輩、先輩』と騒いでますよ」
「……わかった、しばらく彼らのことはほうっておくとしよう。で、我々というのは君と彼でいいんだよな?」
「用心深いんですね。ええ、その通り、私と彼、それから本田さんということになりますか。
なんだったら中島君はここに置いていっても構わないですけどね。どうせ勝手について来てしまってるようなものですし」
「相変わらずだな、そういうところは。まさか彼だけほったらかして行くわけにもいかないだろ。
いいんじゃないか、四人で行動することにすれば。ただ、本田さんは捜してる人がいるということだが」
「構いません。どうせ私も歩き回るつもりでいますし。ものはついでです」
「珍しいじゃないか、引き篭もってばかりの君が足で捜査をするとは。いい心掛けだと思うよ」
「できることなら私も引き篭もっていたいんですけどね。けど、そうもいかないですから」
「まあ確かに」
「では、私と一緒に行っていただける。それでよろしいですね?」
「ああ、それでいい。その方が僕も助かる」
……それは本心か? それともよからぬことでも考えているのか?
どちらにしても、私はお前から眼を離すつもりはない。まだお前がこの件と関わりがないと断定したわけではないのだから。
おかしな真似をしないか、監視しているぞ夜神月。
「それで、これからの予定は?」
「灯台に行ってみようと思ってます」
「灯台? 無駄だよ。僕はあそこにずっと居たが、何があるわけでもなかった」
「ずっと居たのですか、灯台に。今まで」
「何だよ、文句でもあるのか」
「いえ。ただ、私があちこち行ったり来たりしてる間に、月君は安全な灯台でのほほんとしてたんだなと思っただけです」
「ちょっと待て、聞き捨てならないな。僕は無意味にあんなところに居たわけじゃないぞ。
何の手掛かりもなしに知らない土地を歩き回る危険を冒したくなかったから、様子を見てたんだ。大体、のほほんとは何だ」
「まあ、なんでもいいですけどね」
「おい」
それにしても夜神月、何の因果かこんなところで相見えるとは。
世間が狭いのか、それとも運命と呼ぶものなのか――。不思議なものだ。
私はここでお前と再会できるのを望んでいた。
先ほど言われたばかりだが、私はどうも自分の考えに固執するところがあるらしい。
固執というと語弊があるか。私はそれだけ自分の考えに自信と信頼を寄せているということなのだろう。
だからこの島に連れて来られてなお、夜神月、お前のことが気になって頭から離れなかった。
今回の事件を解決したいという思いは当然ある。
が同時に――それ以上に、キラを捕まえたいという欲求の方が強いようだ。
あるいはキラ、ここでお前と決着をつけなければならなくなることがあるやもしれない。
そのときは必ずお前を捕まえてみせる。
お前を止められるのは、他でもない、この私だけなのだから。
今から覚悟だけでも決めておくといい。
「それで月君、灯台には本当に何もありませんでしたか?
なんでもいいです。遠くに島影が見えたとかでも、人が居たような跡があったとかでも」
「ないな。島も見える範囲にはなかったし、前に人の居た痕跡もなかった。使えそうなものも、これと言ってない」
「では灯光はどうです? 灯光はできそうでしたか?」
「どうだろうな。実際に動かしてみないと何とも言えないが、だいぶ錆びついていたし、使えるかどうかは微妙かもしれない」
「そうですか……」
「灯光で助けを呼ぶつもりだったのか?」
「試す価値はあるかなと思ったんです。灯台があるということは、少なくとも需要があるからそこに建っているわけですし。
もしかしたら近くの島か、でなければ漁船やタンカーが気付いてくれるかもしれないと」
「なるほど」
灯台は駄目……。
――いや、夜神月の言葉をそのまま鵜呑みにすることはできない。
何らかの理由があって私を灯台に近づけたくないということも充分あり得る。
例えば独自の脱出ルートが確保されているとか、何か強力な武器が隠されているとか、そういうことがないとも言い切れない。
「本田さん、貴方は何か気づいたことや変わった物を見たとかいうことはありませんか?」
「そんなことより、早く先輩を……」
「それはわかってます。人捜しは私の得意とするところですから、安心してください。それで、どうなんですか?」
「特別、何も……」
「わかりました」
「だから僕がそう言ってるだろう」
「そうですね」
本田も同じことを言っているということは、実際灯台には何もないと考えるのが順当か。
夜神月に口止めをされていて何かを隠している可能性も否定できないが、そこまで疑っていてはきりがない。
実際に私が確認するのが一番確かで早い話だが、さてどうするか……。
あそこまで行って無駄足では困る。
時間も限られているし、まだまだ他にも多くの情報を得ておきたい。
……仕方ない。それより先に島を一回りし、灯台の探索は後回しにするか。
一度島を周ってみれば何か手掛かりになるものを発見できるかもしれないし。灯台は余裕ができたら行ってみることにするか。
「ではこうしましょう。まず、半時計回りに島をぐるりと一周歩いてみます。
そして周ってきたらまたここに戻り、そのとき灯台が禁止エリアに含まれていなければ、改めて灯台を私が調べてみます。
灯台は入り口さえ固めてしまえば堅牢な要塞になるでしょうから、立て篭もったり話し合いの場として使うのにも最適のはずです。
それでどうでしょうか?」
「もし禁止エリアになってしまっていたら?」
「それはそのとき考えましょう。今そのことについて議論を重ねることは、無意味です」
「そうだな、わかった。それでいいと思うよ」
「本田さんや中島君はどうです? それで構いませんか」
「う、うん」
「はい……」
「決まりですね。では早速出発しましょう。ぐずぐずしてると、一周するのに日が暮れてしまいます」
さて、鬼が出るか蛇が出るか、それともキラが出るのか――。
長い道のり、楽しんでいきましょうか。
【I-08/絶壁/一日目・午前8時半ごろ】
【男子06番 L@DEATH NOTE】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(
ランダムアイテムは不明・本人確認済み)コンパス、懐中電灯、角砂糖(数十個)、
診療所で手に入れた物(はさみ、ボールペン、包帯、聴診器、注射器、水銀体温計、目薬、軟膏、いくつかの薬品)、ヘルビジョン5粒
思考:1.島を周り、何かの情報を得る
2.夜神月から眼を離さない
3.中島をどこかに置いていきたい
4.犯罪を止める
5.生還する
【男子25番 中島淳一@ろくでなしBLUES】
状態:精神的に不安定、腹部にダメージ、裸白衣
装備:なし
道具:支給品一式(濡れた制服、下着も入っている)・ヘルビジョン(5粒)@BOY(制服のポケットの中)
思考:1.死にたくない
2.殺される前にLを殺す
3.太尊や千秋を探す
【男子32番 本田速人@こち亀】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式、ガソリン(2リットル)
思考:1.夜神月・Lと行動を共にする
2.両津と合流する
【男子40番 夜神月@DEATH NOTE】
状態:健康
装備:短い鉄パイプ
道具:支給品一式、支給アイテム(未確認)
思考:1.Lの殺害方法を考える
3.本田を洗脳し、傀儡とする
3.ゲームの脱出方法を考える
最終更新:2008年02月28日 00:56