第022話 大陸伝来のアイテム◆tsQRBnY96M


夜空覆おう真っ暗なカーテンには、星々の小さな穴だけが開き、僅かな光を漏らしている。
寄せ帰る波の音と、風に揺れる木々の音だけが聞こえる世界では、人気のなさが感じられ、そこにいる人間達の孤独感を強く引き立たせる。
肌に当たる潮風は、骨にまで染みようかと言う程につらく彼らを追い詰める。

ここは殺し合いのために用意された絶海の孤島。
信じられる者は己だけ、生存を許された者はただ一人という極限の状況。
ここに放り出された彼らの精神は苛立ち、今までに無いほどささくれ立っている。

「君がいずれプロになり、苦もなくタイトルの一つや二つを取るというのなら、僕ごときに負けていては話になるまい」
オカッパ頭の少年、塔矢アキラは端正な目を釣り上げ、明らかな怒気を孕んでいた。
「今すぐ打とう、逃げるなよ」
目の前の相手を闘いに誘う。髭面の不細工男、平塚平は面倒くさそうに、それを承諾した。

事の発端を説明する。

ゲーム開始直後、塔矢と平塚は共に海岸線にいた。
二人は起きてすぐに互いの存在を確認しあった。

最初に話しかけたのは平塚である。他愛も無い自慢話を聞いてもらいたかったのだ。
簡単な自己紹介が終わったあと、平塚の自慢話が始まった。

「俺はな、ニコガクの四番・ピッチャーとして、チームを率いていたんだ」
嘘である。けれど、平塚という男は平気で嘘をつき続ける事が出来る。

投げる球は150kmを超え、走っては50m5秒台の俊足をたたき出す。
球を打てば全てホームラン級の打球であり、高校生にして既に大リーグ入りを目指す球界きっての天才時。

普通の人間なら信じない話だが、塔矢アキラは微笑を浮かべながら楽しそうに聞いている。
この虚言を信じているとでも言うのだろうか。
いや、きっと塔矢なら信じている。
彼は小学生の頃、自分より格下の子ども名人磯部秀樹に対して、
「子ども名人戦優勝って、すごいね」
等と嫌味たっぷりのお世辞を言っているからだ。
これは塔矢アキラという人間が天然の嫌味人間であり、場の空気を読まずに、人の言う事を信じきるという才能を持っていることを示す。
だから、今回もその才能全開で平塚の自慢話を信じているのだろう。

「そっか、平塚くんはそんなにすごい野球選手なんだ」
「まーな、平塚平と言えば、甲子園でも一番の注目を浴びたものだぜ。松坂を越える大器だってみんな言ってた」
「ホント? すごい!」

平塚は得意満面。塔矢アキラの笑顔は囲碁サロンの受付嬢市川さんを落としたほど強力であり、平塚ごときが抗えるモノではない。
自然、平塚の自慢話はヒートアップしていく。

「小学生の頃には既にMax140kmを超える剛速球を投げていてな、プロ級の腕前だった」
「すごいね」
「サミー・ソーサが来日したときにもな、偶然勝負する機会に恵まれて、俺は勝負したんだよ。ま、流石に打たれたがな」
「相手は世界一だから仕方ないよ」
「そうだ。だが、ソーサは俺の速球を受けたとき、余りの凄さにこう言ったんだぜ『ミラクル』と」
「凄いじゃないか」
「まーな、あのときに思ったよ。将来世界の野球界を背負って立つ男は俺だと。イェーイ、俺イェーイ」
「はは、本当に平塚くんは凄いね」

塔矢は少しだけ笑って、すぐに深刻そうな表情を見せる。

「野球界を背負ってたつ、か。僕もね、囲碁界を背負っていくって将来を期待された事があるんだ」
「囲碁?」
結構地味だな、と平塚は思う。

「日本囲碁界の皆を引っ張っていって、盛り上げる。アジアトップクラスの韓国や中国と闘っても遜色の無い力を手に入れる。
僕には、それが期待されていた」
「大変なんだな、何なら俺がやってやろうか」
「はは、君が囲碁を打てるならね」

「打てるぞ。俺は何をやらせても一流だからな」
「なんだと……」
塔矢の表情が一瞬だけ曇る。
「囲碁にもプロがあるんだろ。俺の腕前なら、すぐにでもなれるな。っていうか、スカウトされるかも
ちょっとプロになって、タイトルの2、3個もらうのも悪くないな」

「ふざけるな!」
塔矢アキラの言葉は明らか怒りが篭っている。
「ちょっとプロになる? 棋士の高みを知っているのか
忍耐、努力、辛酸、苦渋……果ては絶望まで乗り越えて、なおその高みに届かなかったものさえいるんだぞ。
父の傍らで、そんな棋士達を見てきた。それを君は……」

怒り、囲碁を馬鹿にするもの全てに対する怒り。塔矢アキラという人間は、囲碁に対して狂おしいほど素直で真摯で、実直な人間なのだ。

その一方で、平塚は
(冗談だぜ、ジョーダン。通じるだろ普通)
と思っている。そんな平塚に塔矢は怒りを抑え切れないといった表情で言った。

「今から一局打たないか」

こういう経緯で二人は対局をする事になった。
そして今、島で唯一の集落と考えられる平瀬村へ向かっている。

「村に向かったところで囲碁なんてできるのか」

平塚の疑問は当然のものである。
「囲碁ってマイナーだし」
とも付け加えた。

「なんだと……」
塔矢アキラは再び、怒鳴りそうになる。
が、
何とかこらえた。そして落ち着きながら、囲碁の偉大さについて語る。
「囲碁とは、古く大陸から伝えられた遊びで日本人が世界に広めたものだ。
十九路の碁盤の上で、複雑な戦略を練り、多角的に物事を考える能力を要求されるため、最も知性が必要とされる遊びといえる。
囲碁が考案されて、何年経っているのか分からないが、未だに神の一手を極めたものはいない。
それ程に碁の道は深く、そして険しい」
「そうか……」
馬鹿にして悪かったな、とは言わない。こうなってしまった以上、男らしく勝負するのが筋というものだ。

『大陸から伝わり、日本人が世界に広めたもの』
平塚は、このフレーズに聞き覚えがあった。そして、自分の持つデイパックから一枚のメモ用紙を取り出す。
それには、平塚が持つランダムアイテムの説明書きが記されていた。

『このアイテムは古い時代に大陸から日本へ伝来してきたものです。
 その後、日本人が独自の改良を加えて世界に広めていきました。』

間違いなく、塔矢の説明と一致している。
村に向かう道中で平塚は塔矢を止め、先程の説明書を塔矢に見せる。

「成る程、大陸渡来の道具が日本で進化した。碁盤と碁石に間違いなさそうだな。
恐らく、日本人が加えた独自の改良とは碁石の形だろう。日本の碁石は中国のそれに比べ、形が整っていて非常に美しい」

塔矢アキラはそう呟きながら、碁石を打つ動作をする。
心はもう碁盤の前に立っているようだ。

「平塚、君に渡された道具を見せてくれ」

平塚は無言で、1m程の細長い物体を渡す。それは布で包まれており、中身は分からない。
「これが碁盤なのか……」
太さは自分の握りこぶし程もない。こんな細長い碁石や碁盤ははじめて見た。
けれど、最近はマグネット式の碁石もあるぐらいだ。こんな碁盤があっても不思議は無いだろう。
そう思って、塔矢は布を解き中身を確認する。中から現れたのは日本刀だった。

「囲碁ってまるで日本刀だな」

塔矢アキラがぶち切れる。
「囲碁を馬鹿にするな!」


【H-03/平瀬村に向かう途中の車道/1日目・午前1時ごろ】

【男子24番   塔矢アキラ@ヒカルの碁】
状態:健康、怒り
装備:日本刀
道具:支給品一式、支給アイテム(未確認)
思考:1.平塚と囲碁で勝負する。
    2.平瀬村へ向かう。

【男子29番   平塚平@ルーキーズ】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式
思考:1.面倒な事(囲碁)はやりたくない。
    2.平瀬村へ向かう。



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最終更新:2008年02月13日 13:28