第019話 正義は常に正しい ◆2XEqsKa.CM
山中を一人の男がふらふらと歩いている。
その目は虚ろで、放心しているようにも見える。
肌寒い風を身に受け、木の葉を踏み潰し、時折小石に躓いたり、木に肩をぶつけてよろめいたりしている。
ぶつぶつと小声で何かを呟きながら、月が映える闇夜を眺め、また小石に躓く。
泥で汚れた顔をスーツの袖で拭い、外れた眼鏡を掛けなおそうとするが、眼鏡は壊れていた。
眼鏡を放り捨てると、再びふらふらと歩きだした。
現役の検事であり、キラ――世界を揺るがす大量殺人犯にして一つの宗教の神祖である存在に認められ、力を分け与えられた男だ。
だが先の見えない夜の山をひたすら歩き続けるその姿はどこか空虚だ。佇まいに覇気がない。
舗装された道に出た。辺りを見回すと、質素な建築物が目に留まる。鳥居があるところをみると、どうやら神社のようだ。
照は中に人がいないか確認するために石を神社に投げつけ、自分はすぐに物陰に隠れる。
ほどなくガラスが割れる音が響き、それから数分待つが人の気配はしない。
照は慎重に神社に近づき、自分が割った窓から中を覗く。
人がいないことを確認した照は神社の中に入って床に座り込んで一息つき、御堂に佇む仏像を見遣った。
「これは………」
マリア観音像。
禁教の時代において潜伏したキリスト信徒達が観音像を聖母マリアに見立てて造った物だ。
断っておくが照はキリスト教徒ではない。彼にとっての神はイエスでもアラーでもない。自分をずっと見てきてくれていたキラだ。
それでも、照はマリア観音像から目を離さず、物思いに耽る。
(キラ………あなたは私を見捨てたのか?)
脳裏に浮かぶは、過去から現在に至る全ての『不必要』と断じた者たちに下った削除。
そして神の御声。
高田を通じてやっとその存在に触れられた悦びは自分にしか、神に選ばれたものにしか感じられないと信じ、誇っていた。
そして神は自分を必要としてくれた。
だが。
これはなんだ?
この状況は。目を覚ませば銃を持った兵士に囲まれ。
男の死体。
異常に正常な態度の初老の男の言葉。バスケットゴールに入る男の首。殺し合いの強制。響く銃声。
そして、拡がるガス。急激な眠気。
照はその間ずっと男達に神の裁きが下ると信じていた。今にあの愚か者共は胸を押さえて倒れ伏し、神が自分を救ってくれると。
だが。
何も起こらなかった。自分の首には従属の証である首輪が巻かれていて、何時の間にか山の中に倒れていた。
何故だ?何故自分がこんな目に会う?
これではまるで犯罪者のようではないか。狭い島に押し込められ、殺し合いをさせられる。人権など存在しない。
こんなことを一般人が、まして神の手足となって動く自分が強制させられる理由がない。こんな暴挙を神が許すはずはない。
(キラ………あなたは私を見捨てたのか?)
再度同じ疑問が浮かぶ。自分はもう神にとって必要がなくなったのか?
何故救ってくれない?
(………いや、今は神にとって一番大事な時、私をゴミのように捨てるはずがない)
自分に都合のいい、だが確かな事実を心の拠りどころにする。
(ならば―――何故?)
考える。
自分はどうすれば良い?
如何しろと―――言うのだ、キラよ。
キラに心の中で問い、そこで気付く。
「私は―――キラの法として選ばれた人間」
ならば?
「キラの期待に応えるため、キラの胸中を察せねばならない」
そうだ。キラの胸中―――悪人のいない世界を。心正しい人々こそがその正義に相応しく平穏に生きていける新世界を創世する。
―――こんなことを一般人が、まして神の手足となって動く自分が強制させられる理由がない。
「そうか」
照の瞳に燈が燈る。表情は安らかで。その身は歓喜に震える。
「神―――あなたの期待に応えて見せます」
デイパックを漁くる。そして、白い布に巻かれた物体を取り出し、口元を緩める。
乱暴に布を引きちぎる。
姿を現したのは、片手持ちの斧。
柄を握り締め、立ち上がる。照は斧を振りかぶる。
「神は絶対だ。神は正義だ。正しい人々を、このような目に合わせるはずがない」
よって。
「この島にいる者―――私以外は全て、悪だ」
照は斧を振り下ろす。
照は斧を振りかぶる。
照は斧を振り下ろす。
照は斧を振りかぶる。
照は斧を振り回す。
照は斧を振りかぶる。
照は斧を―――....。
十数分後。
神社はみる影もなく破壊されていた。
壁はところどころ砕け、床は陥没し貫通され、柱の一つが倒れたことで天井の一部が崩れている。
何の傷もないのは、マリア観音像のみ。その像も今、顔面を砕かれた。飛んできた斧によって。
照は笑っていた。
「デスノートが無いという事は………神は、神の力なしで私が悪を裁けることを確かめようとしている」
ならば甘んじて受けよう。この現象は正当化される。
参加している悪も、企てた悪も。
裁いてやろう、自分は正義だ。この現象は、神の試練だ。
「私は裁く者全てに名前を聞こう」
どうせこんなことに巻き込まれる悪人共だ、放っておいても勝手に殺しあうだろう。それでは、神に自分が裁いた悪の名を伝えられない。
マリア観音像から斧を引き抜き、廃墟と化した神社を立ち去るその姿は、神社に入るまでとは全く違う。
使命感に燃え、意気揚々と歩いている。
不意に『ガラッ』と何かが崩れる音がした。
振り向くと、マリア観音像が倒れている。照は大したことではなかった、と言わんばかりに再び前を向こうとして、夜空に目を留める。
月。鈍く輝く満月がそこにはあった。
照は目を閉じて自己の神に祷りを奉げ、眼光も新たに、悪への裁きを求めてゆっくりと歩き出した。
【G-06/鷹野神社/1日目・午前1時頃】
【男子35番 魅上照@DEATH NOTE】
状態:軽い興奮状態
装備:斧
道具:支給品一式
思考:1. キラを崇拝
2. 全参加者への裁き(殺害)
3. 主催者への裁き(殺害)
【備考】
参加者全てを悪だと信じている
40番
夜神月をキラだとは知らないが、声は聞いている。
死神の目について → 参照
最終更新:2008年02月13日 13:22