第023話 傭兵と少女 ◆z.M0DbQt/Q
人の手の入っていない荒れた道を進む男が一人。
海坊主こと
伊集院隼人(男子2番)は一歩足を進めるごとに怒りを募らせていた。
素人――――中には明らかに10代とわかる女の子までいた――――を殺せ、と言われるのも気分はよくないが、殺し合えと言われるのは気分が良くないどころの話ではない。
それはプロである自分が、万が一にも素人に殺される可能性があると思われているということだ。
視力を失ったとは言え裏の世界では1、2を争う腕を持つこの自分が。
(ふざけやがって!)
ち、と心の中で舌打ちをし、海坊主はぐんぐんと歩みを進める。
怒りをぶつける先はもう決まっている。
自分をこんなふざけたゲームに巻き込んだあのジジイ共だ。
だがそれを果たすにはこの首輪をどうにかしなければならない。
常日頃と同じように辺りへの警戒を張り巡らせながら、海坊主は考える。
最初に気がついた地点からここまでの間には、盗聴機や監視カメラの類は見つけられなかった。
見つけられなかったというよりはそういった機械音は聞こえなかった。
視力を失った分聴覚には自信があるから、それは確かだ。
こういった悪趣味なゲームをさせることを好む奴らは大体の場合、リアルタイムでゲームの進行状況を知りたがる傾向が強いが、あのジジイ共は違うのだろうか。
(いや…それはないな)
歩みを少し緩め、首に巻かれた忌々しい機械を指で辿る。
(外に盗聴器などの仕掛けがないとなると……後はこの首輪か。この中に組み込まれているとすれば…盗聴機と、それに発信機か)
後は爆発物か、と鼻先で自嘲する。
せめて工具があれば…と何度となく思ったことをもう一度心中で呟いた海坊主は、肌に感じたわずかな気配に足を止めた。
左手側。恐らく前方にあるだろうトンネルの手前。
木々が茂るあたりに誰かがいる気配がする。
(殺気は感じないが…)
状況が状況だ。
恐怖に負けてゲームに乗ったバカがいるかもしれない。
無視すべきか否か。
少しの間迷った海坊主は、眉をひそめた苦い表情でため息をついた。
警戒することも迷ったこともばかばかしくなるような、なじみのある音が聞こえてくる。
息を潜めているらしい呼吸音に混じって、横隔膜が痙攣する音……、つまりしゃっくりの音。
「…………隠れるのならもう少しうまくやることだな」
「ひっく…ご、ごごごごごめんなさひっく…」
「………」
木陰からでてきたのは、声の感じからすると10代前半くらいの少女だろうか。
かなり小柄なようだ。
木にスカートを引っかけて転びそうになりながら、その少女はおずおずと海坊主の前に進み出てくる。
「あ、あのっ…ひゃっく…ここどこですひっく?」
少女の声は震えていてひどく小さなものだった。
だが獲物を持っている気配はしない。
「…………」
答えを返さない海坊主を、懸命にしゃっくりを抑えながら少女は見上げている。
ここはどこか、と聞かれても海坊主には答えようがない。
支給品とやらの中には地図があるらしいが、自分にそれを見ることはできないからだ。
せいぜい、あのジジイ共の言葉から――――信じられるかどうかは別にして――――ここが島だということくらいしかわかることがない。
黙したままの海坊主が心配になったのか、少女は「あの……」ともう一度小さな声を発した。
「……これって……ひっく、現実なんでしょうか……ひっく」
予想外の少女の質問に、海坊主は今度は驚きで答えることができなかった。
あの、最初に気が付いた大きな部屋で嗅いだ血の匂い、硝煙の匂いは間違いなく本物だった。
そしてこの精巧な首輪。
この二点からも恐らく、あのジジイ共はこの状況を本気で作り上げている。
それに……今までの自分の経験からくる勘とでも言うべきモノが、自分が今やっかいな状況に置かれていると言うことを告げている。
それはつまり、今この瞬間が間違いなく現実だと言うことで。
傭兵として戦場で過ごし、今も尚スイーパーとして活動している自分はこういった事態でも現実だと受け止めることはできる。
だが目前の少女は、そんなこと考えられもしないほど平和な日常を過ごしてきたのだろう。
驚きを呑み込んだ海坊主の心に湧いてきたのは、怒りの火をさらに燃え立たせる油だった。
こんな質問をしてくるような何も知らない少女と同じ舞台で殺し合いをやらされるという怒り。
そして、こんな少女をこのような場に巻き込んだことへの怒り。
ガードレールを破壊した時に燻っていた怒りの炎は、今や完全に燃え上がり始めていた。
「あ、あの……」
怒りに燃え上がる海坊主の心中を知るよしもない少女が、三度震える声を発する。
「ご、ごめんなさい……!私、もう……ひっく……行きます……」
「……待て」
「え?」
黙したままだった海坊主が突然声を出したことに驚いたのか、少女が息を止める気配がした。
だが、一方の声を出した海坊主も自分の言葉に驚く。
二言三言言葉を交わしただけの少女など、自分には関係ない。放っておけばいい。
だが。
ほぼ確実に、この少女は一人では生き残れないだろう。
隠れているときにしゃっくりをし出す間の悪さといい、身のこなしのトロさといい、集められた人間の中でも恐らく最弱だと思われる。
この様子では恐らくゲームに乗った馬鹿な人間にあった時が彼女の最期になるはずだ。
そんな少女を連れて行くなど足手まとい以外の何者でもない。
(……俺も甘くなったもんだ!)
心の中に浮かんだ案に舌打ちをし、海坊主は驚いて固まったままの少女に話しかける。
「……よく聞け。これは現実だ。夢でもなんでもねぇ」
「…………」
少女が息をのむ気配がする。恐らく顔は恐怖に引きつっているんだろう。
「名前は?」
「は、はいっ!……竜崎……桜乃です……」
なぜか直立不動の体勢を取ったらしい少女が、弾かれたように返答する。
驚きすぎたのだろうか、いつのまにか少女のしゃっくりは止まっていた。
「……死にたくねぇなら、付いてくるか?」
「え、あ、あの」
「死にたいんだったら構わん。俺のことは忘れろ。死にたくねぇんだったら……」
「あのっ、私、よくわからなくて……でも、家に帰りたいです。それに……」
俯いたらしい少女が、今までよりも更に小さな声でポツリと呟く。
「……リョーマ君に、会いたい……」
その、あまりに普通の少女らしい呟きを聞き逃さなかった海坊主は、じっと少女を見下ろす。
逡巡していた少女はしばらくし、やっと決心を固めたのか顔を上げたようだった。
「……あの、お名前、教えてもらえますか?」
「……ファルコンだ」
思わず「海坊主」と言うあまり楽しくないあだ名を答えそうになり慌てて言い直す。
そういえばあのヤロウはここに来ているんだろうか。
名簿が見えないので確認もできやしない。
「ファルコン……さん?……雀さんですか……?」
「すっ雀?!…………――――隼だ!!」
「ごっごごごごごめんなさい!!」
少しトロそうな少女・桜乃と出会ったおかげで、海坊主は、この状況とは別の意味でいたくプライドを傷つけられる羽目になった。
【E-08/車道(東崎トンネルの手前)/1日目・午前2時ごろ】
【男子02番 伊集院隼人@CITY HUNTER】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(※
ランダムアイテムは不明)
思考:1.桜乃を連れて行く
2.首輪を外す道具を探すため、鎌石村に向かう
3.主催者達への怒り
【女子17番
竜崎桜乃@テニスの王子様】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(※ランダムアイテムは不明)
思考:1.ファルコン(隼)についていく
2.越前、手塚、菊丸と合流したい
最終更新:2008年02月13日 13:30