第024話 彷徨い人 ◆SzP3LHozsw
訳のわからない連中と一緒に居たマサさんのことや、名簿に名前のあるヒロトのこと、
それに小平次や中島も気懸かりだったが、それらはみんな後回しにした。
今は何よりもまず千秋を見つけなければならない。そして、何に変えても千秋だけは守り通さねばならない。
それが、
前田太尊が最も優先すべきだと考えたこれからの基本行動方針だった。
千秋を腕の中に抱きしめるまで気が気ではないというのが、実のところの太尊の本音である。
(千秋……すぐ行くからな!)
自然と足が速くなった。
一刻も早く、千秋に逢いたかった。
様々に交錯する想いを胸に、太尊の足は鎌石村の土を踏んでいた。 村は怖いくらい静かだった。
太尊の住む吉祥寺はとは雲泥の差の静けさである。もっとも、住人が居ないのだからそれは当然であろう。
主の居なくなった人家達はただぽつねんと佇み、闇に巨大な陰影を晒しているに過ぎない。
その所為か、この村には陰気さが生み出す独特の物悲しさが渦巻いているような気がした。
本当にここに人が住んでいたのだろうか――。そんな疑問まで湧いてくる始末だ。
なんだか長居はしたくなかったが、千秋がこの村に居るかもと考えるとそうも言ってはいられなかった。
千秋を見つけるためだと気を入れ直した途端、太尊は立ち止まった。
前方に、大きな人影がヌゥっと現れたからだった。
影も太尊の存在に気付いているらしく、迷いのない足取りで真っ直ぐに歩いてくる。
逃げ出す暇も充分にあったのだが、太尊は逃げなかった。背を見せて逃げ出すなどできる男ではないのだ。
影が近づいてくるのをじっと待った。
「おい」
と言われ、ギョッとした。
近くで見ると、遠くから感じた以上に大きいのである。
(輪島や石松よりデケーんぢゃねえか……?)
2メートルはあろうか。思わず見上げるほどの巨体だった。
プロレス好きの太尊がアンドレ・ザ・ジャイアントを思い浮かべたのは言うまでもない。心なしか、顔も似ている気がする。
しかもたった今ハルク・ホーガンとの試合を終えてきたとばかりに、アンドレは額から流血していた。顔面はすっかり朱に染まっている。
失血のせいか、それとも興奮でもしているのか、息もかなり荒い。
そして更に太尊が驚いたのは、アンドレの手に大振りの鉈が握られていることだった。
さすがにこればかりはいけない。プロレスで使う凶器にだって鉈など絶対にありえないのだ。
身体がデカイのは生まれつき、額の傷は何かの事故によるものと考えられても、抜き身の鉈には説明がつかなかった。
これは明らかに戦闘を意識した装備である。
今のこの状況で戦闘を意識している人間とはどんな奴か――。答えは明白だ。
ひょっとすると、額の傷もそれが原因なのかもしれない。もう早くも誰かを殺してきたのではないだろうか……。
太尊はアンドレ――こと
魚住純と少し距離を取り、いつでも動ける体勢を作っておいた。いきなり鉈を振り下ろされては堪ったものではない。
「なんだテメーわ」
「ちょっと訊きたいことがあるんだが……」
「物の訊ね方を知らねーんだな。んな物騒なもんをチラつかせてればビビって教えてくれるとでも思ってんのか?」
太尊は虚勢を張った。
本当は大鉈にビビっていたのだが、そんなことはおくびにも出さない。相手につけ入る隙を与えたくなかった。
「物騒……? あぁ、すまん。これはそういう意味じゃない」
太尊に言われて初めて気付いたといった様子で、魚住は意外にも素直に鉈を後ろ手に隠した。
『脅しのつもりではない』という意思表示のようである。
しかし、まだ気は許せないと太尊は魚住を睨むように見据えた。
「……体育館でのことは見たか? 殺されたのは俺の知り合いだ」
「…………」
太尊は二の句を継げなかった。
目の前で知り合いが無残な姿で殺されていれば、そりゃ鉈も持ち歩きたくなるだろう。そう思った。
思ったが、そんな男になんて声を掛けていいものか、太尊には皆目わからなかった。
「……訊きたいことって何だ?」
それだけが辛うじて喉から出た。
死んだ知り合いとやらには極力触れるべきではないと感じていた。
「人を捜している。……死んだ赤木の妹や、後輩達だ。みんな背が高いから目立つはずなんだが……」
「悪ぃな。俺も人を捜している最中だが、逢ったのはお前が初めてだ。他の奴はまだ見てねーよ」
「そうか……。急に呼び止めたりしてすまなかったな」
そう言うと、魚住は太尊の横を通り過ぎた。
「おい、ちょっと待てよ」
自分の用事を済ませとっとと去ろうとする魚住の背を、今度は太尊の方が呼び止めた。
「俺も人を捜してるって言ったろ。女を見なかったか? ブレザー着てて、髪はちょうどこれくらいの……」
千秋は今どれくらいの長さだったかと一瞬考えて、手を水平にして肩を指した。
もう髪を伸ばさなくていいと言ってから、千秋は健気にもこの長さをキープしている。
「すまんな。俺も逢ったのはお前が初めてだ」
「そうか……。チッ、くそ!千秋は何処に居るんだ!?」
「急いでるんだ、もう行かせてもらうぞ」
表情を曇らせる太尊には眼もくれず、魚住は足早に去っていった。
よほど切羽詰っているのだと、その行動からも読み取れた。
実際に自分も魚住と同じように知り合いをあんな形で殺されていたとしたら、やはりもどかしさと歯痒さで一杯になることだろう。
他の奴なんてかまっていられなくなる。現に、自分だって千秋のことで頭が一杯になっているのだ。
「……そうだ、こんなとこで油売ってる暇はねえ」
感傷に浸ってる暇も、同情をしている余裕も、太尊にはなかった。
今このときにも千秋は助けを待っているのだから。
「待ってろよ千秋、すぐ行くからな!」
自分に活を入れる意味で、敢えて口に出して言った。
それから魚住が消えていった道の逆方向に、太尊は歩き出した。
* * *
「前田くん……?」
自分を呼ぶ太尊の声が聞こえた気がして、
七瀬千秋は周囲を見回した。
が、太尊の姿どころか猫一匹すら見当たらない。辛うじて見えるのは、灯台らしき建物の黒い影だけだ。
千秋はがっかりした様子で顔を伏せた。
視線の先には口を開けたデイパック――。テッシュ箱二つ分ほどの大きさの木箱が、こっそり口から覗いている。
千秋はその木箱を手に取った。ずしりとかなり重い。
蓋を開けると、更にいくつかの箱が詰まっていた。
9mm弾やらマグナム弾やら散弾やら、他にもたくさんの弾丸が詰め合わされている。
千秋は泣きそうになった。――いや、もう泣いていた。
こんな物を身体に撃ち込んだら、本当に死んでしまう。どうしてそんなことをしなければならないのか……。
人一倍争いごとが嫌いな千秋にわかるはずもなく、頭がひどく混乱していた。
「前田くん……怖いよ、前田くん……」
消え入りそうな声で、千秋は太尊の名を呼んだ。
【C-03/鎌石村役場前/1日目・午前2時ごろ】
【男子4番 魚住純@SLAM DUNK】
状態:額に怪我 かなりの興奮状態
装備:大きめの鉈
道具:支給品一式
思考:1.赤木に代わって湘北メンバーの手助けをする
【男子33番 前田太尊@ろくでなしBLUES】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(※
ランダムアイテムは不明)
思考:1.千秋を見つけ、守り抜く
2.ヒロト、小平次、中島と合流
【H-08/平地/1日目・午前2時ごろ】
【女子08番 七瀬千秋@ろくでなしBLUES】
状態:精神的に不安定
装備:なし
道具:支給品一式 弾丸詰め合わせ(※数や種類は不明)
思考:1.太尊との合流
最終更新:2008年02月13日 13:32