第028話 smooth or rough? ◆z.M0DbQt/Q


正直な話、向こうから誰かが歩いてくるのがわかった時、とりあえず隠れたかった。
だってこんな状況じゃそうしたくもなるだろう?
なんせ、わけわかんないヤツらから突然『殺し合え』とか言われたんだぜ。
警戒したくもなるって。
でもこの崖の上じゃそんな都合のいい場所は全くなくって、少しの間どうしようか迷った挙げ句に、俺は足を止めて近付いてくる人影を待つことにした。
走るでもなく、かと言って怯えた感じもさせないで淡々と歩いてくるその人は、遠目にも小柄なことがわかる。
緩やかな風に雲が流され、その人がくっきりと認識できる。
男の子だ。
俺よりも小さい――――恐らく中学生くらいの、帽子を被った男の子。
ジャージを着ているところを見ると運動系の部活をしているのかもしれない。

「…………」
「…………ッス」

向かい合った俺に、その子は小さく頭を下げた。
とりあえず敵意はないみたいだ。
(そりゃそうだよな……)
無意識に力が入っていた肩をどっと落とす。
(いきなり誘拐されて見知らぬ人達と殺しあえなんて言われても実行するヤツなんていないよな……)
冷静に考えればわかることなのに、と自分を笑い、俺は訝しげに見つめてくるその子に「とりあえず座ろう」と促す。
もちろん崖からはちょっと離れた場所だ。
だってさっき下見てみたけど、アレはやばいって。
落ちたら死ぬね。絶対。
「俺は進藤ヒカル。オマエは?」
「……越前リョーマ
俺も人のことは言えないけど、この越前って子もあんまり愛想は良くないみたいだ。
まぁどうでもいいけどさ。
ちょっと肩をすくめ、俺たちはぽつりぽつりとお互いのことを喋り始めた。
同じようにこの島にいるらしい知り合いのこと。
こんなことになるような憶えはないこと。
あのジイさん達に心当たりは全くないこと。
アメリカから帰国したという越前は、囲碁の存在そのものを知らなかった。
俺もテニスなんかやったことないからお互い様と言えばお互い様だけど、正直、ちょっとムッとしてしまった。
ちぇ、と心の内で思ったけど、俺の方が年上なんだし我慢我慢。
気持ちを切り替えて越前の方を向くと、なにやら自分のバッグを漁っている。
「……あった」
そう言って越前が引っ張り出したのは黒い物体だった。
「それ何?……あぁ。それがオマエの支給品?」
「そう。……フライパンでどうしろって言うだろうね……」
右手で掲げたフライパンを見つめ、越前が肩をすくめる。
確かにフライパンが武器ってのはちょっと心細いよな。
俺のも手錠一組とかいうわけわかんない物だったし、俺たちこれからどうなるんだろうな。
あーあ、と大きくため息をついた俺を少し見つめ、越前が不意に口を開いた。

「Which?」

「……は?」

よく聞き取れなくて聞き返すと、越前はもう一度同じ言葉を発する。
右手の指でフライパンの鍋の部分の頂上を抑え、柄の部分を地面に立たせた越前が小さく笑う。
「smooth or rough?…………表か裏か、どっち?」
帰国子女らしい英語の発音にカチンとしてしまい、意図のよくわからない越前の行為を鼻で笑う。
「おまえなぁ……こんな時に何やってんだよ」
「いいじゃん、別に。ねぇ、どっちに賭ける?」
「ったく。ガキは呑気でいいよなあ。……じゃあ、表」
「そ。じゃあ俺はroughね」
器用な指先に回されたフライパンが、くるりと回転してすぐにぱたんと倒れる。
「……roughだね。俺の勝ち」
「だから何だよ」
たいしたことじゃないとわかっているのに、何となく面白くない。


明らかに不機嫌になっているだろう俺の態度を完全に無視した越前が突然立ち上がった。
そしてスタスタと崖へ向かってしまう。
「越前?どうしたんだ?」
「……ねぇ。アレ、なんだと思う?」
「アレ?」
越前の指さす方には暗い海が広がっているだけだ。
不思議に思い、越前のすぐ隣に立って再度その方向を見つめる。

「あそこ。何か光ってない?」
「光ってる?どれ……」

え、と思ったときには俺の体は宙に浮いていた。
無意識に伸ばした右手が崖の縁を掴み、指と掌と腕と肩に物凄い衝撃が走る。
ガラガラ……という石が断崖を転がる音に下を見ると、さっきまであった地面がない。
(……な……んだよ……これ……!)
掌に岩が食い込む。
なんか濡れてる感じがするのは、どこからか血が出てるせいなんだろうか。
背中にはっきりと残る“押された感触”に、俺は自分の身に何が起きたのかを悟った。
「……越前……!オマエ……!」
睨み見上げるけど、逆光のせいなのか暗いせいなのか、越前の表情は見えない。
「てめぇ…………!!」
「……じゃあね」
あくまで淡々とした越前の言葉と共に、ヒュン、という音がした。
続いて命綱だった右手に何か固い物が振り下ろされ――――俺の右手が、宙を掴む。

(死にたくない……!こんな所で死んでる場合じゃないんだ!俺は神の一手を…………!!塔矢……あかり…………佐為…………!!)

夜風を切って落下するヒカルの体を止める物は何もなく――――――――衝撃と共に、ヒカルの思考は永遠の暗闇に落ちていった。



崖の上に一人残った越前は、少しの間、暗い海をじっと見つめていた。
「……どってことないじゃん」
そう小さく呟き、荷物を置いていた場所に歩み戻る。
罪悪感、というのだろうか。
自分でも説明しがたい気持ちはもちろんある。
けれど。
「……テニスが出来なくなるよりはマシ」
部長に勝ちたい。
親父に勝ちたい。
テニスで誰にも負けたくない。
テニスが出来なくなるくらいなら、死んだ方がマシだ。
テニスが出来なくなるくらいなら――――――――人を殺して、自分一人だけ生き残った罪悪感に苛まれた方がマシだ。
俺にとっての一番の恐怖は、テニスが出来なくなることだから。
「……進藤さん、だっけ?あんたが賭けに勝ったらまだ決めるのはやめとこうと思ってたんだけどね……」
越前と言えども、このゲームに乗る迷いはあったのだ。
だけど、自分は賭けに勝った。
だから決めた。
「……俺は誰にも負けない」
帽子を深くかぶり直し、二人分の荷物を拾い上げる。
「狙うは優勝、だけどその前に……」
部長と試合がしたい。
だって、これが最後のチャンスかもしれないじゃん。
「……ラケットとボール、捜さなきゃ」
小さく呟き、越前は歩み出す。
彼の行く先に何が待っているのかは――――――――まだ、誰も知らない。


【C-06/崖周辺/一日目・午前0時半頃】

【男子05番 越前リョーマ@テニスの王子様】
状態:健康
装備:フライパン@BOY
道具:支給品一式×2、手錠@DEATH NOTE
思考:1.手塚と試合がしたい
   2.1のためにテニスラケットとテニスボールを捜す
   3.優勝して生き残る

【進藤ヒカル@ヒカルの碁 死亡確認】
【残り56人】




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初登場 越前リョーマ 前途多難、支離滅裂そして会者定離
初登場 進藤ヒカル 死亡

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最終更新:2008年02月11日 14:28