第一話
「うそ・・・よね?」
大手外資系証券会社の倒産。
国際金融システムをゆるがせたその事件は、私の人生転落のプロローグに過ぎなかった。
私は陵桜学園を卒業後、ある有名大学の法学部に入学した。
夢であった弁護士になるつもりで勉学に明け暮れる毎日であったが、社会経験をつみたいと三年の夏に何気なく参加したインターンシップが私の人生を変えた。
市場を舞台に数字を操り、個人が巨額の富を生む世界。
国境の枠を超えたキャリアの形成。ブランド物の時計を付け、都心にマンションを持ち、外車を何台も買い換える、まだ20代の先輩達。
暗い図書館での勉学に明け暮れていた私にとって、すべてが輝いて見えた。
「一緒に働いてみないか?」
インターン先のマネージャーからのオファーに、なんの迷いも無かった。
誰もがあこがれる外資系証券会社。
そこからのジョブオファーを受けた自分は特別な存在なんだと心から思った。
自らの輝かしい未来に、胸がときめくのを抑えきれなかった。
そして、そこで持ったおごりこそが、私にとってのターニングポイントとなる。
法律の勉強を大学3年の夏に放棄した私の学生生活は、堕落の一途をたどった。
法曹を志す者の義務と思い、毎日読んでいた新聞の購読もやめてしまったし、ニュース番組も急に興味がなくなった。
高校時代のラノベ熱が復活し、新聞を読むヒマがあれば読書にいそしむ毎日となった。
だから・・・アメリカで低所得者向けローンの貸し倒れが相次いでいることなんかちっとも知らなかったし、自分の就職内定先がそのローンに投資して巨額の損失を出しつつあるなんて思いもよらなかった。
今にして思えば、何でこんなに意識の低い人間に内定を出したのだろう?
地頭力(笑) はは・・笑えないわまったく。
そんなこんなで、堕落したまま卒業をむかえた私は、4月の入社を迎えた。
周りは頭のよさそうなエリート然とした人ばかり。
でも、私だって気後れすることはなかった。
自分も、この特別な空間の一員なんだ。数年後に年収億近いエリートになるんだ。
そう信じてやまなかった頃が、私にもありました。
異変に気づいたのは、最初の研修の終わりごろ、入社一ヶ月目だったかしら。
第二話
「・・もしもし、あ、お母さん?うん、ニュースでやってるよね。うん、うん、大丈夫だから、落ち着いたらまた連絡するよ」
電話を切り、空を見上げる。
空の青の中を白い雲が流れる。残暑の中に涼しい風が心地よくそよいでいる。
一呼吸、そして、顔を戻した先には、目の前の現実。
多くの金融マン、ビジネスマンがあわただしく行き来する、都内でも有数の高層ビルのふもとに私は立っている。私の勤務先に向かう途中の広場だけが、異質な空気を放っている。
「社員の方ですか?大変なときと思いますが、一言
コメントを・・」
出勤する社員達にレコーダーみたいなモノを持った人たちがしきりに話しかけている。
それに応える者はいなく、私もなるべく彼らの視界に入らないようにしながら入り口を目指す。
ビルに入るところで、ふと、私の勤務先の名前が刻まれた標石に顔を向けた。
しきりにアングルを気にしながら、大きなカメラで写真を撮っているおじさんがいる。
1年半前、始めてあの社名を聞いたときのこと、その世界にあこがれを持ち、そして、自分がその会社の一員となることが決まったときの感覚が急に胸に蘇り、そして、かつて高揚だったその感覚は頭の奥のほうまで上り詰めて鈍痛となった。
どうやら、この業界繁栄の終焉は、かなり前から予期されていたことらしい。
価値あるものを安く買って、価値に応じて高く売る。
そうすることで先駆者は多くの利益を得ることができる。
しかし、それを続けていれば、いずれ割安に売られるものは無くなっていく。
それでも利益をあげようとすれば、無理やりにでも「価値がある」とされるものを「創り」出さなければならない。
その結果の破綻。
3月には同業他社が破綻して買収された。
私の就職先も、同じ頃から経営の先行きが懸念されていた。
カタカナ表記のローンか何かのせいだということくらいは、情報として知っていた。
でも、入社するまで経済新聞すらまともに読んでいなかった私は、まさに「その時」まで、ブランドにあこがれる就活学生の気分から脱していなかった。
新入社員研修では、この業界の基礎知識や会社の風土の勉強、英語研修なんてのもあったわね。
でも、インターン生だった私に採用内定を告げた、あのマネージャーがどこに行ったのか教えてくれる人はいなかった。
この業界は人の入れ替わりが激しい。
能力に見合った報酬を求めて会社を去る人。
早期転進、とかキャリアカウンセリング対象、とか、要するに「クビ」になる人。
何年その会社で働いたかは問題じゃなく、やる気と能力さえあればどんどん上を目指せる世界。
学生時代に持っていたイメージは、おおむね正しかった。
違っていたのは、必要なものは能力だけでやる気なんかではなく、そして、私にはそのどちらもなかったということ。
エリート然としていた同期生たちは、ホンモノのエリート達だった。
頭がいい、というレベルではない。
1を聞いて10を知る、という言葉通りのことをなんなくこなし、着実に仕事の進め方を同僚から盗んで成果を出しつつある。かくいう私は、同僚や先輩が話す内容を理解するのに精一杯。
基礎知識が違う。飲み込みの速さが違う。プレゼン力が違う。
すべてにおいてスタートラインが違いすぎた。
周りの私を見る目が変わるのが分かる。
アイツはダメだ。使えない。
面と向かっては言われなくても、聞こえる声で陰口をたたかれるようになった。
もちろん、一生懸命勉強したし、分からないことは質問して、ちゃんとメモも取って、経済新聞も読むようして、ロジカルシンキング(笑)の本なんかも読んだ。
付いていけないなりに、喰らいついていこうと、必死にもがいた。
どうしたら良いか、先輩に聞いてみたりもした。
返ってきた答えはこうだ。「まあ、頭の良さは持って生まれたものだからね・・」
高校時代の成績はトップクラスだった。
入った大学も日本有数のトップ校だ。
大学の成績も、9割以上が優だった。
今まで自分が発揮してきた能力は、今私がいる世界ではまったく意味がない。意味がないんだ。そのことに気づいたとき、私は泣いていた。
深夜の地下鉄。
終電帰りのサラリーマン、遊び帰りの大学生、二人の世界に浸るカップル。
この空間にいる人間に序列を付けたら、私はどのくらいの位置にいるんだろう? 5番?10番?ふふ、誰からも必要とされない私なんかにある価値なんてそもそもあるのかしら。
どこで、私は間違えたんだろうか。
「本日もご利用いただきましてありがとうございます・・・・」
不意に流れた車内アナウンスに、意識が引き戻される。
「まもなく、次の停車駅に・・・」
間髪おいて、私の乗った先頭車両がホームの照明のなかに飛び込む。
ああ、この駅は・・・
最終電車。この電車を逃したら、今夜中には家に帰れない。
それなのに私は、開いたドアに引き込まれるように、そのホームに降りてしまった。
そこは、私がかつて通っていた大学の名が冠された駅だった。
第三話
1.
深夜の学生街。
昼間は学生でごったがえしていたであろうこの通りも、今はコンビニの明かりだけが人の営みがあることを証明している。
「こんなところに、コンビニなんてあったっけ・・」
私がこの街を離れてからまだ2ヶ月も経っていないというのに、地下鉄駅のある大通りから母校に向かうこの道の風景は、私が知っているそれと微妙に異なっていた。
夜の闇がそう見せた部分もあるかもしれない。しかし、私は、変化は確かにあったのだと感じている。
一本道を歩き続けると、母校を象徴する大きな時計台が見えてくる。と、同時に、その手前にある真新しい建物が視界に入った。
ついこの間竣工したばかりの新校舎。
法曹養成のための大学院設置に伴い建設されたもので、教室、自習室のほか、大規模な模擬法廷が2つもついているかなり力の入った作りだ。
私は足を止める。
自分もかつては法曹を目指していた。
しかし、最終的には、それよりも魅力的に見えた道を選んだ。
そのとき自分が捨てた道が、今目の前にそびえている。
自分の意志で、将来を見据えて、今歩んでいる道を選んできたんだ。
- ・それは本当?じゃあ、今の私のこの有様はいったいなに?
陵桜高校を卒業した私は都内の大学に進学し、法律を勉強するための学生団体に入会した。
法律を勉強するための団体とはいっても、所属する学生のほとんどは友達作りや試験情報を得ることが目的のミーハーな者たちだった。
それでも、全国から集まった多種多様な人間と友達になり、勉強に、遊びに、刺激しあいながら送る学生生活は本当に楽しかった。
2.
私は、同じ目標を目指す仲間とそこで知り合い、励ましあいながら司法試験に向けての勉強を続けていた。もちろん、飲み会もしょっちゅうやっていたし、夏休みにはみんなで旅行にも行ったっけ。
親友も出来た。
「おーい、かがみ~!」
「おーっす、今日もムダに元気ねえ」
「申し訳ないんだけど、昨日の公共政策論、ノートみせてくんない?」
「はあ?そういや試験前なのにアンタの姿が見えないと思ったけど、どうしたのよ」
「あはは、ついうっかり・・」
「うっかり、なによ」
「寝過ごした」
「5限目の授業を寝過ごす奴は初めてみたわ・・・」
高校時代を思い出すような会話。
類友、ってわけじゃないけど、環境が変わっても出来る友達のタイプは変わらないもの。
学部の新入生オリエンテーションで席が隣り合った縁で仲良くなった彼女は、一応本気で法律の道を志す同士でもあった。サークル選びも一緒にやったし、科目もほとんど一緒だった。おかげで、遊び、勉強、講義、サークルと、キャンパスでの一日の大半を共にすごす仲となった。
高校時代、仲良し4人組と過ごしたあの日々は楽しすぎて、だからこそ新しい環境への移行は憂鬱でもあったが、そんな不安をかき消してくれたのが彼女の存在だった。
「柊かがみさん?姓も名前も珍しいねぇ。私は遠くから引っ越してきたばっかりで東京のことはさっぱりだから、よかったらいろいろ教えてよっ」
いつしか「柊さん」が「かがみちゃん」になり、気がついたら呼び捨てにされていた。
私も、彼女のさまざまな部分が見えてくるにつれ、容赦なくツッコミを入れるようになった。遠慮なく互いの懐に飛び込め合える仲。高校時代の親友だった、アイツとの関係にも勝るとも劣らない絆が生まれていた。
そんな彼女が法律の道を目指していたのには理由があった。
小学生の頃、彼女の父親の経営する会社が倒産し、家も、車も、家財も、すべてを失った。妻子ある従業員が何人も路頭に迷い、一生呪ってやると罵られた。
金策尽きて、ついに高利貸しの世話にもなり、文字通り法外な暴利を取る金貸し屋に散々苦しめられた。
3.
おしどり夫婦だった両親の間で、日に日に言い争いが増えていった。
父親は、ある日「しょくあん」に行ってくると言って家を出たきり帰ってこなかった。
毎晩帰りが遅い母親が、生活のために慣れない水商売を始めていたことにも気づいていた。
何もできない自分が許せなかった。
時間はもう戻らない。
でも、同じような苦しみを味わう子供を減らすことがもしできれば、自分の経験に意味を持たせることができるのではないか。そう思い、さまざまな搾取の対象になる多重債務者やその家族を助けるために弁護士を志したのだ。
努力して公立高校に入り、バイトをしながら猛勉強を続けた。その甲斐あって無利子貸与の奨学生に選ばれ、司法試験合格実績がトップクラスのこの大学に進学したのだ。
「アンタの苦労話と、今のアンタの姿が結びつかないのは気のせいかしら・・・」
「あはは~・・」
そうは言いながらも、私は知っている。彼女が生活のために二つのバイトを掛け持ちしていること。
彼女は何も言わないが、5限の授業に遅刻したのは夜勤シフトに交替で入っていたからだ。
ひょうひょうとしていて、つらいことや苦しいことを顔に出さない彼女は、漠然した憧れだけで法曹を目指していた私なんかよりもずっと強い芯の持ち主だった。
生活はところどころだらしないけど、どんなに忙しくても勉強の時間だけはきっちり確保していた。
将来の夢について語る彼女の目はいつも真剣で、いつしか私も、弱者のために戦う弁護士になりたいという強い志を持つようになった。
毎日図書館で一緒に勉強し、時にはその日の新聞に書いてあった社会問題について議論したりもした。彼女のバイトが忙しくて授業に出られなかったときには、ノートを写させてあげたりもした。
日に日に彼女の存在は私の中で大きくなっていった。
彼女という存在が近くにいたおかげで、
私の大学生活の前半は刺激的で、有意義で、楽しくて、本当に光り輝いていた。
そう、私が就職先を決めた、あの3年の夏までは。
続く。
最終更新:2008年10月05日 16:36