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私の幸運の星

by名誉教授(アラバマ州)



「私の幸運の星」 1/10


 大学からアパートに帰宅した私は、電気も付けずソファに倒れ込んだ。
薄暗い天井を見上げて息をつく。
 ただ漫然と授業を受けて、食事をして、また授業を受けたというだけの事なのに、
身も心も疲れ果てていた。大勢の人達がお互い楽しくやっている中で、独りきりで
一日中過ごすというのは大変な苦痛だった。
 私は身体を起こすと、テーブルの上のファイルから退色した恋占いおみくじを取り出し、
それに貼り付けてあるプリクラ写真を眺めた。修学旅行で京都へ行った時に撮ったものだ。
 こなた、みゆき、つかさが私を取り囲んで笑っている。写真の中の私は恥ずかしそうな
笑顔を浮かべている。わざわざ女四人でプリクラを撮る事も恥ずかしかったが、
それよりもこなたが私の肩に手を回して密着して来た事の方が恥ずかしかった。
今では別の意味で恥ずかしく思う。あの頃の私は何と幸運だったのだろう。
そしてその幸運を何と贅沢に浪費していた事だろう。
 プリクラ写真にはこなたのメッセージが入っている。「We love Kagami」と……。
私はこなたがメッセージを入力するのを横で見ていた。その時胸に沸き上がった感情は
今でも憶えてはいるが、その記憶はまるで魔法のように輝いていて現実感がない。
こなた達が私に掛けた魔法、それも何と儚い魔法だった事か。
 同じ高校に通う友達という親密な関係は、高校卒業と同時に終わってしまった。
その替わりに「高校時代の友達」という関係が今も続いている。でも昔と違って、
用が無くても当然のように毎日会えるというわけじゃない。今では会うのに理由が必要だ。
そしてそんな機会は時々しか訪れない上に、折角会えても大して話も出来ず数時間で
別れてしまう。高校時代はそれこそ一日中、ただ一緒にいる事がごく自然に出来たのに。
 先週末、数ヶ月ぶりにこなたと会った。わざわざこなたの方からこちらに出てきてくれて、
色々と面白い話題を提供してくれて、終電までこちらにいてくれた。最高に嬉しい事である
筈なのに、こなたが帰った後に残ったのは疲労感と物悲しさだけだった。

「私の幸運の星」 2/10

 自分に自信が無くなったせいか、こなたと話している自分がとても不自然に感じられた。
昔はこなたが馬鹿な事を言ったら心から馬鹿にしていたし、こなたが面白い冗談を言ったら
心から笑い、こなたが私への好意を示してくれたら心から喜んでいたのに、今では何か
下手な事を言ってこなたの不興を買うのが怖く、萎縮して表情は引きつり、言動も消極的に
なりがちだ。そんな態度をこなたが喜ぶはずもないのに。
 つまらない人間になったものだと自分でも思う。自分でも思うくらいだから、人から見たら
尚更だろう。そんな私に対し、駅前で再会してから改札口で別れるまで、こなたは以前と
変わらない笑顔を向け続けてくれた。心底有難いと思う反面、申し訳ない気分で一杯になり、
そんな不甲斐ない自分に絶望してしまう。
 いつか自分に自信の持てる人間になれたら、またこなたと気楽に付き合えるようになるかも
知れない。夏は海へ行ったり、正月にはどこか遠くの神社へ初詣に行ったり……それに、
高校時代みたいに互いのアパートでお泊まり会とか……。今まで何度も、様々な遊びの
企画を頭の中でこね回してきた。
 でも今の私は、自分からこなたに連絡するのが怖い。こちらから連絡して、会って、遊んで、
もしこなたを楽しませる事が出来なかったらと思うと……
 こんな物の考え方をしていては、どんどん疎遠になってしまうのは判っている。だから、
何とか早く、自分に自信が持てるようになりたい。そうすればこなたともっと親しく出来る筈なんだ……

「私の幸運の星」 3/10


 午前中しか授業を入れていない金曜日。今回もいつものように、せっかくの
休み前日だというのに鬱々とした気分でアパートに引きこもって過ごした。
 夜、TVでは病気に関する知識を紹介する特集番組をやっていた。病気には
誰もが多少なりとも興味を持つものだ。私も漠然とした興味に駆られてTVを眺めた。
その番組は、「ちょっとした不調が致命的な重病の徴候という事もある」という
メッセージを、症例をいくつも挙げて訴えていた。
 私は「へえーそうなんだ」とか呟きながら面白く観ていたが、時間が経つにつれ
何か胸の奥に違和感を抱くようになった。病気が怖いとか、何か病気の徴候に
心当たりがあるというのではない。違和感は、そういう事とは全く別の所から来ていた。
 TVを観ながら違和感の正体について考えていると、段々と不安な気分になってきた。
 やがて胸の中で真っ黒な恐怖が急速に膨れあがり、遂には今まで一度も感じたことの
ないような戦慄に全身を貫かれ、意味もなく椅子を蹴飛ばして立ち上がった。
喉元まで迫り上がってきた悲鳴を、両手で口を押さえて必死に飲み込む。
 悲鳴を押し殺すと今度は呼吸が激しく乱れ、手足の先がピリピリと痛む。
私はTVを消して床に座り込んだ。自分の身体をかき抱いて震えながら、酷い吐き気に耐える。
 私が恐れたもの……それは、親しい人々の死だった。両親、つかさ、みゆき、そして……こなた。
 もし今、こなたが死んでしまったら?

「私の幸運の星」 4/10


 こなたのお母さんは、こなたを生んでしばらくして亡くなったと聞いている。
こなたの従姉妹のゆたかちゃんは身体が弱いそうだし、こなたにも何か
重い持病があるかも知れない。
 病気にならなくても、事故という可能性もある。大学の講義で教授が言っていた、
この日本では毎年百万人以上が自動車事故で死傷しているのだと。その中で
死亡者は一万人くらいだというが、それでも大変な数だ。
 それに犯罪に巻き込まれるという可能性だってある。こなたは小柄だし可愛らしい
外見だから、犯罪者に狙われやすそうだ。以前こなたは護身術を身に付けていると
自慢していたが、殺人すら辞さない凶悪犯に対して護身術がどれほど役に立つだろうか。
 一体全体、「自分に自信が持てるようになってから」などと考えている間にこなたが
死んでしまったらどうするのか? 私はどうすればいいのか?
 答えは明確だった。どうしようもないのだ。私はこなたのいない世界を生きて行かなくては
ならない。全てを後回しにしてきた事への後悔に苛まれながら。

「私の幸運の星」 5/10


 こなたの死の事を考えて震える事数時間、乱れていた思考が徐々に落ち着き出すと、
将来の不幸をただ恐れるよりも今、他にするべき事がある筈だと思えるようになってきた。
 今までに失ったものや、これから失われるものを想うのではなく……。今、自分には
何が残っていて、何が出来るのか、何を得られるのか。それを考えるべきなのだ。
 私には、こなたに伝えていない事がある。こなたの事をどう想っているのか。
私にとってこなたがどれだけ大きな存在なのか。どれだけこなたの事が好きなのか……
 こなたは私に何度も「好き」と言ってくれた。私は一度も言った事がない。
こなたから私に抱きついてくる事はあっても、その逆は一度も無かった。
 この前、高校時代の自分を振り返って「あの頃は幸運だった」と思った。確かに
幸運だったが、それは今だってそうなんだ。こなたという、私の大切な人が生きている。
こんな幸運があるだろうか。幸運を浪費してたのは、高校時代だけじゃなくて
大学に入ってからもずっとなんだ。
 でも今ならまだ間に合う。その浪費を止める事が出来る。
 私は携帯電話を手にした。時刻を見ると、もう日付が替わろうとしていた。

「私の幸運の星」 6/10


 こなたが電話に出るや私は深夜の挨拶もそこそこ、自分が色々考えた事を全て
こなたに伝えようと、まず最初にTVの病気特集番組の話を始めた。
 しかし考えをロクにまとめず、病気の事をとりとめもなく捲し立てたせいか、
話が先に進む前にこなたに遮られてしまった。
「うーん、ちょっと落ち着いてよかがみん……病気病気って、かがみん病気なの?」
「いや、あの……違うけどさ」
「そうなんだ。急に何事かと思ったよ」
「……」
 私は凹んだ。相手に気持ちを正しく伝えたいなら、考えをまとめて、言葉をよく
練ってからにすべきだよね……
「でも久しぶりにかがみんのマシンガントークが聞けてよかったよ。
最近口数少ないからさ、かがみん」
「あ……ご、ごめ……」
 私は無様に謝ろうとしたが、すぐにまた遮られた。
「あ、それはそうと、今から行くからね」
「え? 行くって?」
「今駅前にいるんだよ。この週末、こっちでイベントがあるからね。かがみんの
アパートに泊めてもらおうかと思ってたんだけど、もし都合が悪かったらカプセルホテルにでも……」
 私は雷に撃たれたかのように声を上げた。
「大丈夫! 都合悪くなんてないから! お願いだからうちに来て!」
「……うん、わかったよ、ありがとう。だからそんな大声出さないで」
「ごめん……」

「私の幸運の星」 7/10


 アパートに現れたこなたは外の暑さにやられた様子で、開口一番「シャワー貸して」と言ってきた。
 こなたがシャワーを使っている間に、私は来客用の布団を床に敷いた。それが終わると
自分のベッドに腰掛け、ボーっと水音に耳を傾けた。
 風呂場から出てきたこなたはドライヤーを手にしていた。
「洗面台にあったこれ、ちょっと借りるよ」
 こなたは部屋の姿見の前に座り、ドライヤーで髪を乾かし始めた。こなたが私の領域で
気安くしているのを見るのは高校時代以来の事で、それがとてもとても嬉しかった。
胸が一杯になってしまって、何気ない会話のネタさえ一つたりとも頭に浮かんでこない。
 それで無言のままこなたを眺めていると、姿見に映るこなたの目がふと私を捉えた。
思わず目を反らしてしまう。
「どったの、かがみん?」
 こなたが振り向いて訊ねてくるが、私は俯いて黙り込むばかりだった。
 ドライヤーの音が途絶えた。こなたが身動きする気配。
 顔を上げると、こなたが真っ直ぐ私の方を向いていた。真顔で目を大きく開き、じっと
私を見つめている。思わず身体が硬くなる。
 こなたは安心させるように少し笑い、立ち上がると、私の目の前の布団にぽすんと座り込んだ。
「かがみん、ちょっとお喋りしようか?」

「私の幸運の星」 8/10


「でも、イベントって明日あるんじゃないの? 早めに寝た方がいいんじゃ……」
「いや、実を言うと、そんなにどうしても行きたいイベントってわけじゃないんだよね。何ていうか……」
「?」
「つまりその……ここに泊めてもらう口実っていうか、ね」
「え……」
「この前会った時、様子がおかしかったからさ。ずっと気になってたんだよ」
「……」
「かがみん、泣いてるの?」
「こ、こなた……」
「かがみん?」
「こなた、こなた、こなた……私……私ね……」
 気が付いたら、私はこなたを抱きしめていた。こなたの身体は温かく、私の腕が余るくらい細かった。
細い身体が折れてしまわないように、力を入れすぎないようにするには強い意志が必要だった。
 突然こんな事をしてこなたを困らせていると思った私は、こなたから身体を離した。
上目でチラリと表情を伺うと、驚いた事にこなたは微笑んでいた。そしてこなたの方から
腕を伸ばし、私を抱きしめた。
「かがみん、私の胸ならいつでも貸すからね。だから独りで苦しまないでね……」
「……!!」
 言葉もなく涙が溢れる。私はこなたに身体を預け、ひたすら泣いた。

「私の幸運の星」 9/10


 こなたに私の情けない考えの変遷を一々説明するのは止めにした。その代わり、
私がこなたをどう思っているか、これからどうしたいかを話す事にした。それだけで十分だろう。
「今まで言った事は無かったけど、私、こなたの事が好き」
 意を決して告げたものの、こなたは見たところ全く平然としていた。
「うん、かがみんが私のこと大好きなのは前からわかってたよ」
「そ、そうなの?」
 こなたはちょっと下を向いて、感慨深そうに笑った。私の手を取って握り締め、温かくウェットな声で言う。
「でも、はっきり口に出してくれて嬉しいよ。……私も大好きだよ、かがみん」
 私は真っ赤になりながらも、今こなたに伝えるべき事を話し続けた。
「……私にはこなたがとても大切なの。だから、もっと一緒に遊んだりしたいし……海へ行って
二人で泳いだり磯を歩いたり、ボートを借りて小島へ上陸したり、魚や貝を浜で焼いて食べたり、
夜になったら小さな旅館に泊まったり……」
「うん」
「正月、初詣には始発に乗って遠くの有名な神社まで行ったり、それともこの近くの小さな神社に、
日付が変わるのと同時に参拝したり……」
「それもいいね」
「こなたの好きなアニメのイベントに参加して、こなたが山のように買ったグッズを半分私が持ったりして……」
「ふふっ」
「……それに、今日みたいにアパートでお泊まりとか、布団の上でお喋りとか、ずっとしたかったの」
「うん、うん。いいよ。やろうよ。私はかがみんが好き。かがみんは私が好き。何の問題もないよね。
今までそうして来なかったのがおかしいくらいだよ。大学に進学してから今まで、結構時間を無駄にしたね」
 自分が思っていたのと同じ事をこなたが口にするのを聞くと、今まで一人でアパートに籠もって日々を
浪費していた事が返す返すも残念だった。
「でもまだ時間は一杯あるよ。とりあえず今日は一晩中、一緒にいられるんだよね」

「私の幸運の星」 10/10

「え、ええ!?」
 心臓が跳ね上がった。しどろもどろになりながら答える。
「う、うん、そうだね、一緒に……」
 こなたは私に擦り寄るようにして、甘い声を出す。
「夜は長いとか短いとかいうけど……かがみんはどう思う?」
「さ、さあ……わからないけど……」
 私はドキドキしながらこなたの言葉を待った。
 しかしこなたは急に態度を変え、変に事務的な調子で言う。
「今度の連休の計画を立てようよ。目的、行き先、日程、諸々。他に予定がなければだけどね」
「え……。あ、ああ、なるほど……うん、他に予定はないよ……」
 こなたは「ん、何を期待したのかな?」とでも言いたげな小憎らしい表情を浮かべている。
そうだ、こなたはこういう小憎らしい女の子だった。長い間忘れていた……。
 私の方も、長い間忘れていた声の調子でこなたに訊ねた。
「そうね、連休……。どこへ行こうか? あんた、どこ行きたい?」
「素直になったかがみんと一緒なら、私、世界の果てまでも行けそうな気がするよ」
 この言葉を聞いた瞬間、私はあの時の感情をはっきりと現実感を持って思い出した。
あの時……修学旅行で京都へ行って、皆でプリクラを撮った時。こなたが私へのメッセージを
入力した時だ。胸が高鳴り、幸福感に包まれ、自分と自分を取り巻く世界がとても素晴らしいものに
感じられた、あの時。
「私もこなたと一緒なら、どこまでも……。……でもね」
「んっ? でも?」
「でもとりあえず、今回は近場にしようよね! 帰って来れなかったら困るからねえ、そうでしょう?
私たちはこれから何十回も何百回も、遊びに行っては帰ってを繰り返さなきゃならないんだから!」
 こなたはそんな私を見て、とても優しく笑った……かと思うと急に悪戯っぽく、ニヤリと歯を見せた。
「そうだね。でも私、かがみんと一緒なら、帰って来れなくてもいいかも!」

 私は、ありったけの愛を込めて怒鳴った。
「ばぁか!」

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最終更新:2007年09月26日 02:19
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