シフォンみたいにふんわりしてて、メープルシロップみたいに甘くて。
でもほんのりラズベリーみたいなすっぱさと、ミントみたいな心地よさの……
でもほんのりラズベリーみたいなすっぱさと、ミントみたいな心地よさの……
「はい、みなみちゃん。あーん」
「あ、あーんって、ゆたか、恥ずかしいよ」
「大丈夫だよ、ここには私たちしかいないから。はい、あーん」
ゆたかはフォークを卵焼きに突き刺して、無邪気に差し出した。
「も、もう、ゆたかったら……あーん」
みなみもみなみで、顔を紅潮させながらも大人しく従い、おずおずと口を開けて卵焼きを迎え入れる。
しばらくもぐもぐやってからこくんと飲み込んで、みなみは顔を綻ばせた。
「甘くておいしいよ、ゆたか」
優しく微笑みかけたみなみの顔は安らかで、ゆたかは余りのまぶしさに思わずミートボールをフォークに突き刺して、
「ここっ、これも食べてよ、みなみちゃん!」
みなみの鼻頭にぶつけてしまった。
ゆたかが謝ろうとするより早く、目の前のフォークを引っ込められるよりも早くみなみはぱく、とミートボールを食べた。
そして鼻を指で何度かなぞり、付いたソースを舐め取ると、事も無げな顔でタコさんウインナーを箸で摘んで
ゆたかの口許に運んだ。
「お礼に私も、あげる。あーんして」
怒られると思いきやまったく予想外のことをされて、ゆたかは戸惑いを隠せなかった。
タコさんウインナーを食べさせてもらったのが早いか、取り敢えずフォークを置きハンカチを取り出してみなみの鼻を拭いたが、
それも焼け石に水で、火照った顔は冷めそうにもなかった。
顔を紅くしながら交互に相手の弁当を口に運ばせる。はにかんだ笑みを浮かべながら、
他に誰も居ない屋上での二人きりを過ごしていると誰かが知ったら、
猛烈な勢いでペンからインクが迸ることは凡そクラス中の誰でも予想できた。
「あ、あーんって、ゆたか、恥ずかしいよ」
「大丈夫だよ、ここには私たちしかいないから。はい、あーん」
ゆたかはフォークを卵焼きに突き刺して、無邪気に差し出した。
「も、もう、ゆたかったら……あーん」
みなみもみなみで、顔を紅潮させながらも大人しく従い、おずおずと口を開けて卵焼きを迎え入れる。
しばらくもぐもぐやってからこくんと飲み込んで、みなみは顔を綻ばせた。
「甘くておいしいよ、ゆたか」
優しく微笑みかけたみなみの顔は安らかで、ゆたかは余りのまぶしさに思わずミートボールをフォークに突き刺して、
「ここっ、これも食べてよ、みなみちゃん!」
みなみの鼻頭にぶつけてしまった。
ゆたかが謝ろうとするより早く、目の前のフォークを引っ込められるよりも早くみなみはぱく、とミートボールを食べた。
そして鼻を指で何度かなぞり、付いたソースを舐め取ると、事も無げな顔でタコさんウインナーを箸で摘んで
ゆたかの口許に運んだ。
「お礼に私も、あげる。あーんして」
怒られると思いきやまったく予想外のことをされて、ゆたかは戸惑いを隠せなかった。
タコさんウインナーを食べさせてもらったのが早いか、取り敢えずフォークを置きハンカチを取り出してみなみの鼻を拭いたが、
それも焼け石に水で、火照った顔は冷めそうにもなかった。
顔を紅くしながら交互に相手の弁当を口に運ばせる。はにかんだ笑みを浮かべながら、
他に誰も居ない屋上での二人きりを過ごしていると誰かが知ったら、
猛烈な勢いでペンからインクが迸ることは凡そクラス中の誰でも予想できた。
そんな一週間の終りは、伯父のそうじろうが出張、従姉のこなたが柊家に泊り込みということで、
二人は一緒に週末を過ごすことに決め、早速家に帰ろうとした。……が、しかし。
「雨、降っちゃってるね……」
「そうだね……天気予報だと10%って言ってたのに」
どう予報しようが降ってしまう雨は降ってしまう。みなみは完全に不意を突かれた形で折り畳み傘もなかったが、
ゆたかは偶然にも置き傘があったのを思い出して、昇降口へと戻っていった。その後姿がとてとてと駆けていくのを見て、
思わずみなみはボソリと本音を漏らしてしまった。
「可愛いなぁ、ゆたか」
その声が聞こえたのか、ゆたかの足はピタリと止まって、もう一度ゆるゆると歩き出した。そして傘立てから自分の傘を
引き抜いて、目玉焼きでも焼けそうな顔でゆたかが振り向いてカクカクと歩いてきて。
そして、何もないところで躓いて倒れかかった。
「わぁっ!」
「わっ……」
みなみの胸に。
世界で一番平坦であろう場所に頭から突っ込んだゆたかはしかし、とても暖かく柔らかい場所で優しく抱きとめられた。
ゆたかがそっと、崩れた足を立て直して見上げると、安堵の溜息を吐いたみなみが穏やかに笑いかけていた。
「危なかったね、ゆたか」
ゆたかが何度も『ごめんね』と頭を下げるのも気にせず、みなみはその手をゆたかの頭に乗せて、ゆっくり言った。
「ゆたか。ゆたかは悪いことをした訳じゃないんだから、『ごめんなさい』って言う必要はないんだよ」
そうやって優しく頭を撫でられ、ゆたかは満面の笑みを零した。
「うん。ありがとう、みなみちゃん!」
今度は『ありがとう』を連発し始めたのでみなみは些か困ってしまった。だが、差し当たって悪い気分ではなかったので、
ゆたかが『み、みなみちゃん、ちょっと苦しいよう……』と二の腕をポンポン叩くまで、
みなみは小さな身体をギュッと抱きしめていたのだった。
二人は一緒に週末を過ごすことに決め、早速家に帰ろうとした。……が、しかし。
「雨、降っちゃってるね……」
「そうだね……天気予報だと10%って言ってたのに」
どう予報しようが降ってしまう雨は降ってしまう。みなみは完全に不意を突かれた形で折り畳み傘もなかったが、
ゆたかは偶然にも置き傘があったのを思い出して、昇降口へと戻っていった。その後姿がとてとてと駆けていくのを見て、
思わずみなみはボソリと本音を漏らしてしまった。
「可愛いなぁ、ゆたか」
その声が聞こえたのか、ゆたかの足はピタリと止まって、もう一度ゆるゆると歩き出した。そして傘立てから自分の傘を
引き抜いて、目玉焼きでも焼けそうな顔でゆたかが振り向いてカクカクと歩いてきて。
そして、何もないところで躓いて倒れかかった。
「わぁっ!」
「わっ……」
みなみの胸に。
世界で一番平坦であろう場所に頭から突っ込んだゆたかはしかし、とても暖かく柔らかい場所で優しく抱きとめられた。
ゆたかがそっと、崩れた足を立て直して見上げると、安堵の溜息を吐いたみなみが穏やかに笑いかけていた。
「危なかったね、ゆたか」
ゆたかが何度も『ごめんね』と頭を下げるのも気にせず、みなみはその手をゆたかの頭に乗せて、ゆっくり言った。
「ゆたか。ゆたかは悪いことをした訳じゃないんだから、『ごめんなさい』って言う必要はないんだよ」
そうやって優しく頭を撫でられ、ゆたかは満面の笑みを零した。
「うん。ありがとう、みなみちゃん!」
今度は『ありがとう』を連発し始めたのでみなみは些か困ってしまった。だが、差し当たって悪い気分ではなかったので、
ゆたかが『み、みなみちゃん、ちょっと苦しいよう……』と二の腕をポンポン叩くまで、
みなみは小さな身体をギュッと抱きしめていたのだった。
しかし、如何せん傘は一本、入るのは二人。しかも二人には頭一つ分もの身長差があって、
ゆたかが差した傘はみなみの頭や肩に度々引っかかった。しかもそうやって歩いて、まだ校門にも辿り着けなかった。
雨はどんどん強くなって傘を叩くようになり、やがて端から垂れる滴で二人の肩は濡れ始めた。
みなみはいてもたってもいられなくなって、ゆたかの傘を取り上げた。
「ほら、これで濡れない」
そうしてきゅっと、傘を持っていたゆたかの手を握って、そっぽを向いた。そのまま足早に歩き出すものだから、
ゆたかは遅れまいと頑張って足を動かすのに必死だった。みなみの歩幅はかなり広くて、ゆたかには一杯いっぱいに
思えたが、不思議と置いていかれることはなかった。
そして何より、ゆたかの身体には雨粒一つ垂れ落ちることはなかった。
駅に着いて屋根が二人を覆う頃、やっとみなみは歩調を緩めた。そして傘を畳むと水気を払ってつっけんどんにゆたかへ
差し出した。そっぽは向きっぱなしだった。
ゆたかが『みなみちゃんってば、可愛い』と言ったが最後、みなみは完全に無言になって常々ゆたかより一歩先を歩くように
なった。だが、二歩以上離れることはなく、ずっと手を握り続けていた。
改札を抜けて駅のホームに降り立った後も、みなみは終始無言で、顔を俯けてゆたかには何としても見せまいと
努力していた。そしてそれは電車に乗るまでは実り続けた。
電車がホームにゆっくりと滑り込んでくると、開いたドアから沢山の人々が降り、一時的に電車内は空白になった。
みなみは巧みに、一つだけ空いた席にゆたかを誘導して座らせると、自分は立ったまま右半身を隠すように身体を傾けて
吊り革を握った。
程なくして発車のベルがホームに鳴り響き、ゆっくりと電車はホームから走り出して行った。
沢山の人々と、一組の身長差カップルを乗せて。
「ねぇ、みなみちゃんは座らないの?」
「あぁ、うん、私は立ったままでいいから」
次の駅に着いて、ゆたかの左隣が空いたにも関わらずみなみは座らなかった。
右肩を庇って見せまいと、みなみは俯いたまま呟いた。
「私のことは気にしなくて良いから……」
するとゆたかはすっくと立ち上がってみなみの横につき、『じゃあ、私も立ってるよ』と吊り革を掴もうとして、
「あ、あはは……」
届かなかった。そこでゆたかは改めて自分の低身長をボヤいて手摺りに掴まろうとした瞬間、
電車はガタンと少し乱暴な加速で走り出した。
「わっ、わわっ!」
ゆたかは出しかかった手を虚空で掻きながら、バランスを崩して後ろ向きに倒れかかった。
「おっと」
すると突然ゆたかの背中に手が滑り込んできて、そしてゆっくりと抱き留められた。
ふわりと軽い身体を起こされると、今し方乗ってきたのか、そこには老人が奥さんらしき人を連れて立っていた。
「さて、さて。こんな爺婆にも席を譲ってくれるとは、嬉しい世の中もあるもんだ。ありがとうな、お嬢さんたち」
そこでゆたかが立ち上がったのを、席を譲ってくれたと思った老夫婦が、恭しく礼を言いながら腰掛けた。
「そうだ、丁度余ってるのがあるから、お嬢さんたちにあげますよ」と、老婦人は手に持ったバッグの中を探し始めた。
二人にそんなつもりはなかったので断ったのだが、押し切られる形でゆたかもみなみも、
小さな飴玉を一つずつ貰ってしまった。
「あ、ありがとうございます」
二人が声を揃えて礼を言うと、老人はいやいや、とかぶりを振った。
「お二人さんの仲の良い、いや、仲睦まじいのを見ていたら、昔の婆さんとのことを思い出してな。その礼だて」
老人は半分茶化しながら言ったつもりで、婦人も当然のように『いやだわ、お爺さんったら』と返しただけだった。
だが、その時の二人の顔と来たら、まるで二匹の茹で蛸だった。
ゆたかが差した傘はみなみの頭や肩に度々引っかかった。しかもそうやって歩いて、まだ校門にも辿り着けなかった。
雨はどんどん強くなって傘を叩くようになり、やがて端から垂れる滴で二人の肩は濡れ始めた。
みなみはいてもたってもいられなくなって、ゆたかの傘を取り上げた。
「ほら、これで濡れない」
そうしてきゅっと、傘を持っていたゆたかの手を握って、そっぽを向いた。そのまま足早に歩き出すものだから、
ゆたかは遅れまいと頑張って足を動かすのに必死だった。みなみの歩幅はかなり広くて、ゆたかには一杯いっぱいに
思えたが、不思議と置いていかれることはなかった。
そして何より、ゆたかの身体には雨粒一つ垂れ落ちることはなかった。
駅に着いて屋根が二人を覆う頃、やっとみなみは歩調を緩めた。そして傘を畳むと水気を払ってつっけんどんにゆたかへ
差し出した。そっぽは向きっぱなしだった。
ゆたかが『みなみちゃんってば、可愛い』と言ったが最後、みなみは完全に無言になって常々ゆたかより一歩先を歩くように
なった。だが、二歩以上離れることはなく、ずっと手を握り続けていた。
改札を抜けて駅のホームに降り立った後も、みなみは終始無言で、顔を俯けてゆたかには何としても見せまいと
努力していた。そしてそれは電車に乗るまでは実り続けた。
電車がホームにゆっくりと滑り込んでくると、開いたドアから沢山の人々が降り、一時的に電車内は空白になった。
みなみは巧みに、一つだけ空いた席にゆたかを誘導して座らせると、自分は立ったまま右半身を隠すように身体を傾けて
吊り革を握った。
程なくして発車のベルがホームに鳴り響き、ゆっくりと電車はホームから走り出して行った。
沢山の人々と、一組の身長差カップルを乗せて。
「ねぇ、みなみちゃんは座らないの?」
「あぁ、うん、私は立ったままでいいから」
次の駅に着いて、ゆたかの左隣が空いたにも関わらずみなみは座らなかった。
右肩を庇って見せまいと、みなみは俯いたまま呟いた。
「私のことは気にしなくて良いから……」
するとゆたかはすっくと立ち上がってみなみの横につき、『じゃあ、私も立ってるよ』と吊り革を掴もうとして、
「あ、あはは……」
届かなかった。そこでゆたかは改めて自分の低身長をボヤいて手摺りに掴まろうとした瞬間、
電車はガタンと少し乱暴な加速で走り出した。
「わっ、わわっ!」
ゆたかは出しかかった手を虚空で掻きながら、バランスを崩して後ろ向きに倒れかかった。
「おっと」
すると突然ゆたかの背中に手が滑り込んできて、そしてゆっくりと抱き留められた。
ふわりと軽い身体を起こされると、今し方乗ってきたのか、そこには老人が奥さんらしき人を連れて立っていた。
「さて、さて。こんな爺婆にも席を譲ってくれるとは、嬉しい世の中もあるもんだ。ありがとうな、お嬢さんたち」
そこでゆたかが立ち上がったのを、席を譲ってくれたと思った老夫婦が、恭しく礼を言いながら腰掛けた。
「そうだ、丁度余ってるのがあるから、お嬢さんたちにあげますよ」と、老婦人は手に持ったバッグの中を探し始めた。
二人にそんなつもりはなかったので断ったのだが、押し切られる形でゆたかもみなみも、
小さな飴玉を一つずつ貰ってしまった。
「あ、ありがとうございます」
二人が声を揃えて礼を言うと、老人はいやいや、とかぶりを振った。
「お二人さんの仲の良い、いや、仲睦まじいのを見ていたら、昔の婆さんとのことを思い出してな。その礼だて」
老人は半分茶化しながら言ったつもりで、婦人も当然のように『いやだわ、お爺さんったら』と返しただけだった。
だが、その時の二人の顔と来たら、まるで二匹の茹で蛸だった。
三つ先の駅で、老夫婦は降りていった。何度も礼を言い、頭を下げながら。
「ゆたかとあんな風になれたら良いな……」という呟きは、今度は本人に聞こえずして終った。
二人が次の駅で降りて改札に向かう時、ゆたかはみなみがしきりに右肩を隠している理由に気付いた。
「なんだ、みなみちゃん、言ってくれればよかったのに」
聞けば、ハンカチを忘れてきたんだとか、みなみの肩はぐっしょりと濡れていた。
「ゆたかには濡れてほしくなかったし……それに、これは私自身が選んでやったことだから」
ゆたかはハンカチを取り出そうとして、ふとその手を止めた。しばらく考えた後、
やにわにゆたかは大胆にもその腕を全身で掴んだ。
「じゃあ、私も私自身で選んだことをやるよ、みなみちゃん」
結局、駅から家に帰るまで、ゆたかはみなみにひっついたままだった。
二人が家に帰ると、当然ながら誰もいなかった。そこに一つのただいまと、
一つのお邪魔します、そして一つのいらっしゃいが響いた。
久方ぶりに無人になった家は静かで、けれども暖かな残り香ははっきり残っていて、
まるで泉家には座敷童が一人住み着いているようだった。
ゆたかがリビングに入っていくと、なにやら白い箱が置いてあった。その上には、一通の封筒。
続いて入ってきたみなみはその封筒を見るなり合点した様子でひとり頷き、ゆたかが開けるのを待った。
「なんだろう、これ?」
ゆたかが開いたグリーティングカードからはピアノで綴られた「Happy birthday to you」が流れ始め、
立体的に作られた一枚のイラストは、親友が丹精込めて作ったものだと一目で分かった。
まるでサプライズパーティーのように、みなみは今日一日言いたくて言いたくて、でも我慢していた言葉を紡ぎ出す。
「誕生日おめでとう、ゆたか。これからもよろしくね」
振り返ったゆたかの顔は笑顔一杯で、目じりには嬉し涙さえにじみ出ていた。
「あ、ありがとう、みなみちゃん。この曲演奏してくれたの、みなみちゃんだよね? それに、この絵は田村さんの絵だし……
多分、これも」
白くて小さな箱を開けると、そこには三段に積み重ねられたデコレーションケーキが、燦然と輝いてそこにあった。
ガトーショコラの三段重ね、その淵には可愛いサイズのイチゴが何個も散りばめられ、ホイップクリームで彩られた最上段は
『誕生日おめでとう ゆたか』と、如何にも手作りといわんばかりの字形が踊っていた。
「これも、こなたお姉ちゃんたちが作ってくれたんだよね……」
そしてどうやら、それがウェディングケーキであるらしいことは、同じく如何にもなナイフが添えられていることから、
少なくとも製作者の意図であることは二人の無意識で朧気に分かっていた。
誰もが、その気遣いでわざと誕生日を二人きりにデコレートしたことを。
「ありがとう、みなみちゃん。ありがとう、みんな。私、ホントに嬉しいよ……」
拭いても拭いても熱いものが滂沱と流れ落ち、ゆたかはこの一年で一番の笑みをみなみに向けた。
……向けたのまでは良かったが、その後がいけなかった。
ゆたかは感激の余り頭に血が昇りすぎて、そのまま真後ろに倒れこんでいった。
「ゆっ、ゆたか!?」
みなみの声遠く、ゆたかは幸せの海に身を沈めていった。
「ゆたかとあんな風になれたら良いな……」という呟きは、今度は本人に聞こえずして終った。
二人が次の駅で降りて改札に向かう時、ゆたかはみなみがしきりに右肩を隠している理由に気付いた。
「なんだ、みなみちゃん、言ってくれればよかったのに」
聞けば、ハンカチを忘れてきたんだとか、みなみの肩はぐっしょりと濡れていた。
「ゆたかには濡れてほしくなかったし……それに、これは私自身が選んでやったことだから」
ゆたかはハンカチを取り出そうとして、ふとその手を止めた。しばらく考えた後、
やにわにゆたかは大胆にもその腕を全身で掴んだ。
「じゃあ、私も私自身で選んだことをやるよ、みなみちゃん」
結局、駅から家に帰るまで、ゆたかはみなみにひっついたままだった。
二人が家に帰ると、当然ながら誰もいなかった。そこに一つのただいまと、
一つのお邪魔します、そして一つのいらっしゃいが響いた。
久方ぶりに無人になった家は静かで、けれども暖かな残り香ははっきり残っていて、
まるで泉家には座敷童が一人住み着いているようだった。
ゆたかがリビングに入っていくと、なにやら白い箱が置いてあった。その上には、一通の封筒。
続いて入ってきたみなみはその封筒を見るなり合点した様子でひとり頷き、ゆたかが開けるのを待った。
「なんだろう、これ?」
ゆたかが開いたグリーティングカードからはピアノで綴られた「Happy birthday to you」が流れ始め、
立体的に作られた一枚のイラストは、親友が丹精込めて作ったものだと一目で分かった。
まるでサプライズパーティーのように、みなみは今日一日言いたくて言いたくて、でも我慢していた言葉を紡ぎ出す。
「誕生日おめでとう、ゆたか。これからもよろしくね」
振り返ったゆたかの顔は笑顔一杯で、目じりには嬉し涙さえにじみ出ていた。
「あ、ありがとう、みなみちゃん。この曲演奏してくれたの、みなみちゃんだよね? それに、この絵は田村さんの絵だし……
多分、これも」
白くて小さな箱を開けると、そこには三段に積み重ねられたデコレーションケーキが、燦然と輝いてそこにあった。
ガトーショコラの三段重ね、その淵には可愛いサイズのイチゴが何個も散りばめられ、ホイップクリームで彩られた最上段は
『誕生日おめでとう ゆたか』と、如何にも手作りといわんばかりの字形が踊っていた。
「これも、こなたお姉ちゃんたちが作ってくれたんだよね……」
そしてどうやら、それがウェディングケーキであるらしいことは、同じく如何にもなナイフが添えられていることから、
少なくとも製作者の意図であることは二人の無意識で朧気に分かっていた。
誰もが、その気遣いでわざと誕生日を二人きりにデコレートしたことを。
「ありがとう、みなみちゃん。ありがとう、みんな。私、ホントに嬉しいよ……」
拭いても拭いても熱いものが滂沱と流れ落ち、ゆたかはこの一年で一番の笑みをみなみに向けた。
……向けたのまでは良かったが、その後がいけなかった。
ゆたかは感激の余り頭に血が昇りすぎて、そのまま真後ろに倒れこんでいった。
「ゆっ、ゆたか!?」
みなみの声遠く、ゆたかは幸せの海に身を沈めていった。
「……たか、ゆたか?」
「う、うん……?」
次にゆたかがゆっくりと目覚めた時、辺りはもう随分ととっぷり暮れ、空は墨を垂らしたような真っ暗な闇だった。
雲は厚く垂れ込め、湿った風は吹き、今すぐにでも雪がちらつきそうだった。
「あれ? どうして私、ベッドで寝てる……の?」
キョトンと訳が分からず首を傾げるゆたかに、みなみは簡単に説明した。
「……つまり、ゆたかは幸せすぎて倒れたの」
「幸せすぎて……あはは、そんなこともあるんだね……くしゅん」
意識が戻って暫くすると、今度はゆたかの身体に嫌な熱がまとわりついてきた。
みなみがさも当たり前のような顔で額と額をくっつけると、ますます熱が上がっているようだった。
「ちょっ、みなみちゃん、恥ずかしいよ」
「大丈夫。ここには私たちしかいないから。それに」
昼間言われたことをまるっきりお返しで言うと共に、みなみは滅多に見せない悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「熱が出た時は、もっと上げて汗をかけば下がるから」
言うだけ言うと、『ちょっと待っててね』と残し、みなみは部屋を出て行った。戻ってきた時には、その両手に鍋。
「初めて作ったけど、どうかな……」
蓋を開けると、そこには卵粥。虚弱体質のゆたかにはうってつけのメニューだった。
蓮華で一匙すくうと、みなみはふーふーと息を吹いて冷まし、ゆたかの口許に持っていく。
「はい、あーん」
「みっ、みなみちゃん、自分でできるよぅ……」
「病人は大人しくしてた方がいい……はい、あーん」
みなみは追撃の手を緩める気などサラサラないらしい。ゆたかは観念して口を開け、程ほどに温かい粥を食べた。
「おいしいよ、みなみちゃん。初めても何も、こんなに美味しいのは私こそ初めてだよ」
さて、これで気を良くしたのはみなみの性か。自分でも一口ばかり食べてみて、味を再確認すると、
徐に二口目を食べた。そしてそのまま、ゆたかへと近づいていく。
「へ、どうしたのみなみちゃん? みなみちゃ……んむっ」
みなみは大胆にも、粥を口移しにしてかかった。口の中にある粥を舌で押し出して、ゆたかの口へと運んでいく。
ゆたかも観念したのか逆らおうとはせず、ただ与えられる食べ物と愛情とを受けることに専念した。
口移しは鍋が空になるまで続き、その度に銀のアーチが架けられ続けた。
「う、うん……?」
次にゆたかがゆっくりと目覚めた時、辺りはもう随分ととっぷり暮れ、空は墨を垂らしたような真っ暗な闇だった。
雲は厚く垂れ込め、湿った風は吹き、今すぐにでも雪がちらつきそうだった。
「あれ? どうして私、ベッドで寝てる……の?」
キョトンと訳が分からず首を傾げるゆたかに、みなみは簡単に説明した。
「……つまり、ゆたかは幸せすぎて倒れたの」
「幸せすぎて……あはは、そんなこともあるんだね……くしゅん」
意識が戻って暫くすると、今度はゆたかの身体に嫌な熱がまとわりついてきた。
みなみがさも当たり前のような顔で額と額をくっつけると、ますます熱が上がっているようだった。
「ちょっ、みなみちゃん、恥ずかしいよ」
「大丈夫。ここには私たちしかいないから。それに」
昼間言われたことをまるっきりお返しで言うと共に、みなみは滅多に見せない悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「熱が出た時は、もっと上げて汗をかけば下がるから」
言うだけ言うと、『ちょっと待っててね』と残し、みなみは部屋を出て行った。戻ってきた時には、その両手に鍋。
「初めて作ったけど、どうかな……」
蓋を開けると、そこには卵粥。虚弱体質のゆたかにはうってつけのメニューだった。
蓮華で一匙すくうと、みなみはふーふーと息を吹いて冷まし、ゆたかの口許に持っていく。
「はい、あーん」
「みっ、みなみちゃん、自分でできるよぅ……」
「病人は大人しくしてた方がいい……はい、あーん」
みなみは追撃の手を緩める気などサラサラないらしい。ゆたかは観念して口を開け、程ほどに温かい粥を食べた。
「おいしいよ、みなみちゃん。初めても何も、こんなに美味しいのは私こそ初めてだよ」
さて、これで気を良くしたのはみなみの性か。自分でも一口ばかり食べてみて、味を再確認すると、
徐に二口目を食べた。そしてそのまま、ゆたかへと近づいていく。
「へ、どうしたのみなみちゃん? みなみちゃ……んむっ」
みなみは大胆にも、粥を口移しにしてかかった。口の中にある粥を舌で押し出して、ゆたかの口へと運んでいく。
ゆたかも観念したのか逆らおうとはせず、ただ与えられる食べ物と愛情とを受けることに専念した。
口移しは鍋が空になるまで続き、その度に銀のアーチが架けられ続けた。
粥を食べ終わった後は、みなみが一つだけ提案してきた。
「ゆたか、ケーキ、食べられる?」
「うーん、あれを二人で半分こするとしても、全部は無理かな……」
「分かった、それじゃ一切れだけ食べよう」
そう言ってみなみが持ってきたのは、ケーキを一台丸ごとと、ナイフ。
「このナイフは、二人で切るものだから……」
慎重にゆたかをベッドから降ろして、二人は寄り添う。一本のナイフを、二人で握れる程近くに。
「それじゃ、行くよ、ゆたか」
「うんっ」
心を込めて入れられた刃はしかし、永遠に二人を分かたないだろうと、誰もが分かる。
その証拠に、ケーキを食べている二人の笑顔が眩しすぎて、この絆を断ち切ろうものならば、
それこそ地球ごと滅ぼす他になかった。
ケーキを食べ終った後は、パジャマに着替えてのピロートークが暫く続いた。
ゆたかのクシャミがアクビになり、そして寝息に変わる頃にはみなみもトロンとした目でゆたかを温かく見守り、
最後に額へと軽いキスをして、みなみもゆたかの身体に身を寄せて、同じベッドで仲良く眠りに着いた。
「ゆたか、ケーキ、食べられる?」
「うーん、あれを二人で半分こするとしても、全部は無理かな……」
「分かった、それじゃ一切れだけ食べよう」
そう言ってみなみが持ってきたのは、ケーキを一台丸ごとと、ナイフ。
「このナイフは、二人で切るものだから……」
慎重にゆたかをベッドから降ろして、二人は寄り添う。一本のナイフを、二人で握れる程近くに。
「それじゃ、行くよ、ゆたか」
「うんっ」
心を込めて入れられた刃はしかし、永遠に二人を分かたないだろうと、誰もが分かる。
その証拠に、ケーキを食べている二人の笑顔が眩しすぎて、この絆を断ち切ろうものならば、
それこそ地球ごと滅ぼす他になかった。
ケーキを食べ終った後は、パジャマに着替えてのピロートークが暫く続いた。
ゆたかのクシャミがアクビになり、そして寝息に変わる頃にはみなみもトロンとした目でゆたかを温かく見守り、
最後に額へと軽いキスをして、みなみもゆたかの身体に身を寄せて、同じベッドで仲良く眠りに着いた。
後日談。
「おーおー、初いねえ初いねえ」
「ちょ、こなた一体何やってんの」
「何って、ナニも起こらないようにゆーちゃんのお姉さんとして健全なる青少年育成の為に、
仕方なく、仕方なく監視カメラというものをだね……」
「だから、なんでそれが我が柊家のパソコンで見れるのよ」
「かがみん、技術の進歩って奴はあっという間なのだよ」
「……もうやってられんわ」
「あれあれ~。そう言ってる割にはしっかり見てるんじゃありませんこと?」
「う、うるさいわね!!」
「おーおー、初いねえ初いねえ」
「ちょ、こなた一体何やってんの」
「何って、ナニも起こらないようにゆーちゃんのお姉さんとして健全なる青少年育成の為に、
仕方なく、仕方なく監視カメラというものをだね……」
「だから、なんでそれが我が柊家のパソコンで見れるのよ」
「かがみん、技術の進歩って奴はあっという間なのだよ」
「……もうやってられんわ」
「あれあれ~。そう言ってる割にはしっかり見てるんじゃありませんこと?」
「う、うるさいわね!!」
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- いちゃいちゃし過ぎだw -- 名無しさん (2010-04-02 14:18:13)