アットウィキロゴ
kairakunoza @ ウィキ
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

kairakunoza @ ウィキ

『4seasons』そしてまためぐる季節/前

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
『4seasons』 冬/きれいな感情(第十一話)より続く
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

§1

 ――空が、青い。

 絵の具を重ね塗りしたような、それは豊穣な青だった。いつか見た冬の空のように寒々としたものとはまるで違う、春の空を彩る青だった。
 柔らかな、けれど確かな強さを持った陽射しが、地上を明るく輝かせている。夏めいて輪郭を際だたせた雲が、ふわふわと空に浮いていた。

 灯りの消された教室は、雲の陰に入っていて少しだけ薄暗い。
 そんな薄暗い教室で、私は一人佇んでいた。

 開け放たれた窓から教室に吹き込んでくるのは、暖かな四月の風だった。それが肌に心地よくて、私は少しだけ目を細める。さわさわと、風になびいてリボンが揺れていた。
 白く輝くグラウンドの向こう、桜並木が塀に沿って立ち並んでいる。その蕾は春の予感に少しだけ色づいていたけれど、未だその桜色の花を咲かせることはなかった。
 私たちは、その花が咲くところを見ることはできない。
 陵に咲く、その桜を見ることはもうできない。
 そんな感傷にかられて、私は意味もなく自分の机をそっと指で撫でていた。それはこの一年間、私と共に教室で同じ時を過ごしてきた机だ。一日のうちにも大きな割合を占める授業の時間を、この机は文字通り私を支えてきてくれた。
 表面に刻まれた人の顔のようなひっかき傷が、「おめでとう」と云っているように見えていた。

「――おーい、かがみー」

 その声に振り向くと、教室の入り口からみさおが顔を出していた。
 胸元に薔薇を模したコサージュが飾られている。私も今つけているそれは、ついさっき教室にやってきた二年生が刺してくれたものだった。彼ら彼女らは、私たちが見られない陵桜の今年の桜を見ることができる。それが少しだけ羨ましいと私は思った。
「何黄昏れてんだよ、わたしらが行かねーと式始まんねっだろ」
「あー、うん、すまん」
 頬を掻きながら、私は無理矢理に笑みを浮かべる。みさおも少しだけ困ったような顔をして、それでも微笑みを返してくれた。
「なんだー? またボインのことでも考えてたかー?」
「おいっ、いつの話だよそれ」
「にひひ、もう一年も経つんだよなー。早いもんだぜ」
「――ほんとね。気がついたらもう卒業なのよね」
 みさおがネタにした、去年の入学式からもう一年。
 あの頃私は、こなたやみゆきやつかさとクラスが別れたことで落ち込んで、周りの人に心配ばかりかけていたっけ。
 ――一年。そう、あれからもう一年も経ってしまったんだ。

 私が、こなたのことを好きだと気がついてから。

 廊下に出ると、あやのが私たちを待っていた。
 校舎は未だ雲にすっぽりと覆われているようで、廊下も薄暗く沈んでいる。壁によりかかったあやのは、光輝く窓を背負いながら私たちに薄く微笑んだ。
 トイレの前、リノリウムの床が歳月の重みに耐えかねて少しへこんでいる。
 廊下の天井を見上げると、どうやって刻印したものか、上履きの足跡が沢山ついていた。
 壁際に並んだロッカーに、とうに卒業した誰かと誰かの相合い傘が落書きされている。
 私たちは、この一年間私たちの領土だった陵桜学園高等部校舎西翼の三階を離れ、体育館に向かって歩いていく。
 薄暗い廊下でみさおがおかしなことを云って、あやのが笑う。
 私もそれがおかしくて、一緒になって笑いながら歩いていく。
 と、校舎が雲の陰から抜けたようで、廊下に穏やかな光が差し込んできた。闇に慣れた目にそれはどこまでも眩しくて、私はぱちくりと目を瞬かせる。
 そうして思う。
 こんな風にこの廊下を歩くのも、今日が最後になるのだと。
 そう思うと、この校舎にあるものの全てが、この校舎に息づく人の全てが、どうしようもなく愛おしく感じられるのだ。
 私が好きだった、臙脂色のセーラー服。
 渡り廊下を吹いてきた強い風に、私たちは一斉に乱れたスカートの裾を押さえだす。こんなに短いスカートに苦労することも、これから先はあまりないだろうと思う。

 私たちは、今日、この陵桜学園を卒業する。

 ――笑いながら、卒業する。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 4 s e a s o n s

 そ し て ま た め ぐ る 季 節

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


§2

 この三ヶ月間、色々なことがあった。
 あのクリスマスイブの後の三ヶ月も、私たちの歩んできた道のりは決して平坦なものではなかった。
 普通の高校生にとっても、受験期間というものはそれなりに密度の濃い時期になるのだろう。それまで安穏と暮らしていて、初めてこの社会から自分を試されることになる高校生もきっと多いはずだ。
 けれど私たちにとって、その試練は並大抵のものではなかったのだ。
 ――私たちには、滑り止めや浪人なんて選択肢がそもそも与えられていなかった。
 必ず本命に合格しなければいけない。そんな決意のもと、私たちは助け合いながらも懸命に日々を過ごしていった。
 あんなことがあっても、いや、あんなことがあったからこそ、私たちは何が何でも目指す大学に合格しなければいけなかったのだ。
 例えばもし私が受験に失敗したとしたら、こなたはきっとそれを気に病んでしまうだろう。自分が惑わせたせいで私が勉強に集中できなかったのだと思って、自分のことを責めるだろう。
 私やみゆきの学力を素直に賞賛してくれて、その未来に無邪気な期待をよせてくれるこなたにとって、それはきっと耐えられない出来事になるだろう。
 だから、私は何が何でも本命に落ちるわけにはいかなかったのだ。
 ――口に出して、それと云ったことはない。
 けれどそれは、私だけではなくみんなが感じていたことでもあるはずだ。自分がもし失敗してしまうと、それを気にしてしまう他の誰かがいる。そう思うと、心の底からいくらでも前向きな力が湧いてきた。
 できるだけ、それまでと同じ関係を続けながら。
 こなたはだらけて、私はやかましく口を出して、つかさは天然ボケな発言をして、みゆきは笑いながらみんなを受け止めて。
 そんな関係を続けながら、私たちは必死で前を向いていた。
 二次試験の日、受験票を忘れてしまったつかさの元に、こなたがゆいさんと一緒にそれを届けにいったこともあった。
 緊張から熱を出してしまったこなたのことを、私とつかさの二人、つきっきりで看病したこともあった。
 眠れない夜、弱気になって送ったメールに、みゆきは私が落ち着くまでずっと話につき合ってくれた。
 本命の二次試験があった日、こなたは駅まで見送りにきて、電車に乗り込む私にガンバレと声をかけてくれた。
 誰かの合格発表がある日には、まるで自分の発表があるかのようにどきどきした。ネットで見られるものならば誰かの家に集まって、張り出されるものならば一緒に見に行った。そうして受かっていたら抱き合いながら喜んだ。受かっていなかったら一緒にしょんぼりと肩を落として悲しんだ。
 だからこそ、とりこぼしこそあったものの、私たちはみんな本命の大学に合格することができたのだ。
 合格祝いと称してみんなで遊びに行った遊園地での出来事を、私は生涯忘れないだろうと思う。
 笑って、笑って、笑って、笑った。
 今まで泣いてきた分を取り戻すように、四人でひたすらに笑い合ったあの日のことは、今も心の中で宝石のように光り輝いている。
 だから私は、あの夜のことも冷静な気持ちで思い出すことができる。全てを憎み、世界を呪ったクリスマスイブのあの夜は、今も私の心の中にしこりとなって残っているけれど。その痛みも大分和らいできたように思う。
 ――人は、大切な人がいればどこまでも強くなれる。
 それが身に沁みてわかった三ヶ月間だった。

 ――だから、私たちは今、笑っている。

 体育館前の廊下に着くと、他のクラスも含めて整列はほとんど終わっていた。
 委員長の小言をもらいながら、私たちも慌てて列の中に入っていく。卒業式であっても、いつもと雰囲気は余り変わらなかった。小声で喋る話し声が集まって、ざわざわと廊下を満たす声になる。けれどその底にはどこか張り詰めた緊張感が漂っていて、私はなんだかそれを心地よく感じていた。
 ――こなた。
 B組の先頭で、振り返ってこちらを見つめている女の子。
 薄く細められた青竹色の瞳。
 無造作に見えて意外と気を遣ってる青い髪。
 私と視線が合うと、遅れてきたのをとがめるように片眉を跳ね上げた。だから私は何か文句があるのかとでも云うように、腕を組んで睨みつけてみる。
 ――こなたは、花が咲いたように笑った。
 それだけで、私は自分が今まで辿ってきた道が間違っていなかったのだと、自信を持って云うことができるのだ。
 学年主任の先生が体育館から顔を出し、集まっていた学級委員長たちと話している。いよいよ入場が始まるのだろう。列に戻ってきたみゆきにこなたが何事か話しかけて、みゆきも楽しそうに笑った。
 まだ卒業式は始まってすらいないのに、つかさはすでに泣きそうな顔をしていた。

 ――体育館の扉が開かれると、万雷の拍手の音が聞こえてくる。

 こんなに沢山の同じ服を着た人々を見るのも、これが最後かもしれないと思う。千二百人の、制服を着た男女。それが不思議な光景のように見えるのは、私の心がすでに卒業後のことに向かっているからだろうか。どこか冷静な気持ちで、私は体育館を見回していた。
 紅白の垂れ幕。墨痕も瑞々しい式次第。壇上に飾られた大きな活花。父兄席で最初に見つけたのは、お父さんたちではなくそうじろうさんだった。珍しくきりりとスーツを着こなしていて、それが少しだけ新鮮だった。
 今はもう、そうじろうさんに対して思うところは何もない。
 私が会釈をすると、小父さんははにかんだように笑った。
 ――拍手の音が聞こえてくる。
 この中に岩崎さんや田村さん、ゆたかちゃんやパトリシアさんの拍手もあるのだな。ふとそんなことを考えた。
 文化祭で一緒にチアリーディングをした、今年二年生になる一年生たち。あのとき私たちが知り合ったのは奇妙な縁によるものだったけれど、改めて考えるとその中心はいつもこなただったのだ。
 あの子たちの残りの二年間は、一体どういうものになるのだろう。私たちがいないこの陵桜学園で、彼女たちはどうやって時を過ごしていくのだろう。
 私たちみたいに必死で駆けずり回ることもあるのだろうか。頭がすりきれるまで悩んだり、全身全霊を篭めて何かにぶつかったり、自分の全存在を賭けてたった一つの言葉を口にしたり。そんな出来事が、彼女たちの身に降り掛かることもあるのだろうか。
 わからない。それはわからないけれど。
 きっとそんなことができるのも、今のこの時期にいる私たちだけの特権なのだろうと思うのだ。
 思春期の、終わり。
 この柔らかい季節に生きる私たちだけに与えられた、それはきっと特権なのだ。
 少しだけ、それが羨ましいと思う。
 この学園での時が残された彼女たちのことが、今は少しだけ羨ましいと思う。
 ――こなたは、どういう顔をしているのだろう。
 ふとそれが気になったけれど、B組の先頭を行くこなたの顔を見ることはできなかった。代わりに、お父さんたちを探そうとしているのか、丁度振り返ったつかさと視線があった。つかさは目を真っ赤にして、今にも涙をこぼしそうになっていた。
 私に見られているのに気がつくと、つかさは恥ずかしそうな様子で顔を伏せてしまった。どれだけ大人になっても、つかさのこういう所は変わらないなと思う。これから先どれだけ時が過ぎても、きっと変わらないだろうなと思う。
 泣き虫で、感動屋で、誰よりも優しい、私の大事な可愛い妹。
 そうして同じように、みゆきもつかさを見つめていることに気がついた。椅子で出来たブロックの角を曲がるとき、うっすらと微笑むその横顔が目についた。
 堂々と、背筋を伸ばしながら。
 みゆきは先を行くつかさのことを、こなたのことを、優しい眼差しで見守っていた。
 その背筋を伸ばしているのがみゆきが蓄えてきた知識なら、その眼差しを優しくさせているのは、みゆきが大切にしてきた誠実さに他ならないのだと思う。
 身につけてきた知識を、追求してきた論理を、自分を大きくみせるために使うのではなく、ただありのままに受け入れていくこと。本当の知識人が持つその誠実さこそ、みゆきが世界に向ける眼差しを優しいものにしているのだと、私は思う。
 ――こなたは、今、どういう顔をしているのだろう。
 気にはなったけれど、私の位置からはどうしてもその顔を見ることはできなかった。
 行進している間にも、そこかしこで感極まった様子を見せる同級生たちがいる。けれど私はことここにいたっても、不思議なほど冷静な気持ちでいた。
 中学校の卒業式にはぼろぼろと泣いた私だったけれど、より沢山の思い出がつまったこの卒業式で、私の心はどこまでも澄み渡っていた。
 なぜなのだろうと思う。
 できることを全てやってきたという自負があるからだろうか。
 流す涙なんて、今までの一年間で全て出し切ってしまったのだろうか。
 教頭先生がマイクにつき、卒業式の開会を告げても。
 私の心はまるで普段通りのままだった。

 ――泉こなた。
 その名前は、五十音順にすれば随分前の方になる。
 A組の卒業証書の授与は退屈な思いで眺めていたけれど、マイクの前に立つ先生が黒井先生に代われば、俄然眠気も吹き飛んでくるというものだ。
 こなたもすでに舞台袖に移動していて、緊張した様子で立っていた。その余裕なさげな有様が少しだけ面白くて、私はずっとこなたのことを眺めていた。
 ――会田。
 ――秋山。
 ――粟野。
 ――池田。
 名前が呼ばれる度に緊張が高まる様子で、そわそわしているのが私の席からも伺えた。普段は余裕ぶっていても、こういうときにはこなただって本当は緊張しているのだ。あの文化祭の時、私はそれに気がついた。

 ――泉、こなた。

「はいっ!」
 元気よく答えて、こなたは壇上に上がっていく。
 そのぴんと伸びた背筋。
 さっそうとした足取り。
 しっかりと校長先生の顔を見て、堂々と卒業証書を受け取った。

 ――泉、こなた。

 その名を呟く度に、今も胸の中に甘い疼きが蘇る。
 142cmの、小学生みたいな身体をしたこなた。けれどその身体で色々なことを受け止めてきたこなた。

 ――私の大好きな“親友”が、今、陵桜学園を卒業する。

 卒業証書を受け取ったこなたが、壇上でゆっくりと振り返る。
 そうして見つめる私と目があった。
 こなたの視線は、この広い体育館の中で、千二百人の生徒と四百人以上の父兄がいる中で、ただ真っ直ぐに私の方を向いていた。
 ――笑った。
 あのとき、チアの幕が上がる直前に、二人で顔を見合わせたときのように。しっかりと私を見て、こなたは笑った。
 だから私も微笑みを返した。それは心の底から浮かんできた、自然な笑みだった。今もこうしてこなたが一番に私のことを見てくれる。それが嬉しくて、私は笑っていた。
 ――けれど。
 そんなこなたはふと顔を伏せたかと思うと、静かな足取りで壇上から降りてくる。舞台に向けられたスポットライトが、こなたの頬で何かに反射してきらりと輝いた。
 ――泣いている?
 私は信じられない思いで、ゆっくりと席に戻ってくるこなたのことを見つめていた。相変わらず、顔は伏せられたままだった。けれどその力なく落とされた肩が、震える身体が、一歩一歩踏みしめる足取りが、こなたが泣いていることを示していた。
 ――あのこなたが、卒業式で泣くなんて。
 イベントごとをことごとくバカにするような奴だった。
 体育祭も文化祭も球技大会も、いつも斜に構えて面倒くさいとうそぶいて。修学旅行の自由行動のときだって、神社仏閣文化財の山を前にして、あえてアニメ会社の見学なんて云う斜め上をいくプランを建ててきた。
 卒業式なんていう形式張ったものを、なによりもバカにするような奴なのに。

 こなたは、身体を震わせて泣いていた。

 つかさがぐちゃぐちゃになりながら卒業証書を受け取っているときも。
 みゆきが凜とした佇まいで壇上を歩いていくときも。
 こなたは、泣いていた。
 校長先生の式辞なんてまるで耳にはいらなかった。来賓の祝辞も在校生の送辞も生徒会長の答辞も、まるで聞こえていなかった。ただ機械的に立ち上がり、礼をして、機械的に座った。
 ――こなたが泣いている。
 辛いのだろうか。悲しいのだろうか。淋しいのだろうか。卒業なんてしたくないと、そう思っているのだろうか。
 今すぐあの子の傍に駆け寄って、その涙を止めてあげたいと思う。その身体を抱きしめて、大丈夫だよと云ってあげたいと思う。
 けれどそんなことができるはずもない。
 式の途中で駆け寄ることなんてできやしない。
 こなたの涙を止めることなんて、できるはずもない。

 だって私たちは、今日、否応なくこの学校を卒業するのだから。

 ――聞き慣れたメロディが流れている。
 一斉に立ち上がった私たちの耳に、その曲のメロディが聞こえてくる。
 それは小学校のときも中学校のときも聞いてきた曲だった。
 小学校のときも中学校のときも歌ってきた歌だった。
 なのに、なぜだろう。
 まるで共感できない歌詞なのに。まるで時代に即していない歌詞なのに。
 何度聞いても、不思議と心に響くのはなぜだろう。

 仰げば尊し 我が師の恩
 教えの庭にも はや幾年
 思えばいと疾し この年月
 今こそ別れめ いざさらば

 互いに睦みし 日ごろの恩
 別るる後にも やよ忘るな
 身を立て名をあげ やよ励めよ
 今こそ別れめ いざさらば

 朝夕馴れにし 学びの窓
 蛍の灯火 積む白雪
 忘るる間ぞなき ゆく年月
 今こそ別れめ いざさらば

 ――いざさらば。
 歌い終えると、私の頬にも一筋の涙がこぼれ落ちていく。
 けれどそれだけだ。
 その日卒業式で私がこぼした涙は、ただその一滴だけ。

 ――それが私の心に残った涙の、最後の一滴。

 閉式の言葉も無事に済み、今私たち卒業生は歩いている。赤いカーペットを、出口に向かって歩いている。
 私たちの後ろから、吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。
 ――蛍の光。
 それは、酷くがたがたの演奏だ。
 奏者が泣き出してしまったのだろう、音も足りずリズムも取れていない、そんながたがたの演奏だった。そんな演奏が、まるで演出のようにこの場の雰囲気に合っていた。
 ほうぼうから啜り泣きの声が聞こえてくる。在校生からも、行進をする卒業生からも、父兄席からも、教員席からも。
 そんな声をBGMにして、私たちは歩いていく。
 一歩一歩、歩いていく。
 開け放たれた体育館の扉から、外のまばゆい光が差し込んできて、その眩しさに目がくらむ。そこに何があるのか、眩しくてよく見えない。
 けれどその方向へ。
 光が差す方へ、私たちは歩いていく。

 体育館から一歩足を踏み出せば、宇宙まで繋がっていそうなほど高く澄んだ青空に、暖かな春の風。

 どこまででもいけると、その空を見て思った。

 ――だからいざさらば。
 いざさらば、陵桜学園。

 私たちは、この学校で、高校生だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『4seasons』そしてまためぐる季節/中へ続く













コメントフォーム

名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー