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私が選ぶ道

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匿名ユーザー

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 この世に神様はいるのだろうか。
 私の病弱さも、度重なる迷いも。
 全て神様が決めたのだろうか。





 私が選ぶ道





 目覚し時計が鳴り響く。
 その音に私の意識は夢の国から連れ戻され、身体だけ残されていた現実を認識する。
 瞼を開けば見えてくる天井や電灯、次第に減っていく暗部。
 寝惚け眼を擦りながら周囲を見渡せば当然私の部屋、自分でレイアウトした学習机やら人形やらが目の前に広がる。
 手を伸ばしてカーテンを開くと、朝早くから大変そうな太陽が柔らかな光を室内に提供してくれた。
 差し込む朝の日差しに気持ち良さを感じて、思いっきり伸びをする。
「ん~……」
 この束縛が解けたような解放感こそが健康の証なのだろう。そんな事を思いながら息を吐いて元の体勢に戻る。
 休日の間中ずっと私を悩ませていた風邪はすっかり治っていた。
 これも皆が親切に看病をしてくれたおかげなのだろう。私はいつもお世話になっている身近な人を思い浮かべては心の中でお礼を言う。
 私は体調が回復した朝の爽快感が堪らなく好きだった。
 それを得るまでに調子が優れない事が前提にあるという要因が一番なのだろうけど、それよりも他の人と一緒にいられる事が何より嬉しいのだ。
 私は自分の虚弱な体質が嫌いだった。
 どんな時だって手間を掛けさせてしまう存在だったから。
 頻繁に様態が変動する私は常に家族や友達から気配りが絶えなかった。いつだって何処でだって誰といたって気遣いの言葉や親切心が降り掛かる。
 だから私は幼い頃、元気な時は皆の為になる事をしようと誓った。
 日頃世話を焼かせている分、何か自分に出来る事を一生懸命やろうと決めたのだ。
 完治してから身近な人に感謝するのも、面倒を見てくれる事を当たり前だと思わないようすると習慣になった。
 そういった気持ちを今でも忘れていないから、私はこの感覚が好きなのだろう。
 新たな一週間は私が別次元の世界に旅立って暫く経ってから幕開けを終え、時の流れという不変の理法に準じて着々と駒を進めている。
 有限の期間の中、なるべく壮健な状態でいられるよう祈りを捧ぐ。
 普段と変わらぬ月曜の朝は、清々しく私を迎えてくれていた。
 外界の朝方は急激な冷え込みを見せ氷点下を思わせる。
 澄みきって晴れ渡る空は何処までも続いている。
 寒空を駆ける鳥は雲間を縫って曲線を織り成している。
 私と同じように部屋の窓を開け放ち、外の様子を眺めている人が世界中の何処かにいるのだろう。
 何の異変もない起床直後の風景に、病気から復帰したばかりの私は親近感を覚える。
「やっぱり、健康が一番だよね」
 この景色みたいに、健康が続いていれば良かったのに―――
 先日、病床についていた私を訪ねてくれた友人を、眼前に広がる青色に描いて切実に願った。

 うなされて寝たきりになっていた所為か、かなり朧げな記憶。
 私の脳内で結晶化して形を得たそれらは、追憶の海へと散りばめられ浅海や深部で眠っている。
 すぐに手が届くものもあれば、どれだけ欲しても掴めないものもある。
 海面から断片への距離は、思い出すのに要する時間なのだ。
 自分でも気づけないくらい大事なものほど、深い海底に鳴りを潜めているのだ。
 頭の中の世界に作られた私は、浅瀬にある知覚を司る欠片を掬い上げる。
 眩いがしかし、何故か目を開けたままでいられる爆発的な閃光が辺り一帯に広がり、脳髄を刺激していった。
 過去の情報を宿すパズルピースが組み立てられていき、僅かだが十数時間前の出来事や風景が断続的に頭を過る。
 金曜日の電話の後、多様な感情が複雑に絡み合い高熱を出してしまった私は、お姉ちゃんやおじさんの言われるがままに休養を取った。
 後日になっても熱が引く気配は一向になく、やはり栄養と睡眠の摂取を繰り返した。
 そして日曜日、みなみちゃんと田村さんがお見舞いに来てくれた。
 この日が特に曖昧なのだ。
 痛む頭部と歪む視界の中、はっきりと覚えているのは部屋に入ってきて間もなくと帰り際に交わした簡単な挨拶のみ。
 相当具合が悪かったからであろう、友達がいるにもかかわらずに睡眠の誘惑に抗えなかった。それで途切れ途切れの状態で記憶されているのだろう。
 だが眠りと目覚めの狭間を彷徨っていた時もある。
 その部分が不明確なのだろうか。起き抜けで割程度思考力が低下した頭で必死に考える。
 みなみちゃんと田村さんが家にいた昼下がりを構成する内容。
 大半ははっきりとしていないものだった。
 何か、冷たく突き刺さるもの。
 何か、温かく染み渡るもの。
 曖昧模糊とした、実体が不明な感情。
 前者はきっと、みなみちゃんの態度なのだろう。
 私を心配して駆けつけてくれたみなみちゃんは、何処か本当の心情を隠しきれていなかったように思えた。
 恐らくみなみちゃんは、お姉ちゃんか田村さんに誘われて断れなかったのだろう。
 そんな事でもなければ、散々手を煩わせた私を見に来るなんてあり得ないから。
 分からないのは後者の感覚だ。
 一瞬の内に去来した理由が理解出来ない。
 私はこれに似た感じを良く知っていた。
 間違えようもない、みなみちゃんの温もり。
 それも普段よりも更に深みを帯びた、ひたすらに浸透するものだった。
 明らかな矛盾が生じている。共存は不可能に近い二つの対極の感情が、短く同じ時空の中でお互いを相容れ合っている。
 不完全ではあるけれど、決して妄想や思い違いなどではない。
 それらは確かに、共に同じ頃の記憶を形成する物質なのだ。
「ゆーちゃーん!」
 一階からお姉ちゃんの声が聞こえて、私はようやく思考の迷路からの突破口を見出した。強制的に中断させたに過ぎないのだけれど、今はそれで構わないと意識を戻す。
「朝ご飯出来たよー!」
 再び耳へと入り込んできた言葉に命じられたかのように時刻を確認すれば、起きてから約十分が経とうとしていた。
 どうやら時間の経過を忘却の辺境へと追いやっていたようだ。何かに真剣に取り組んでいると本当に忘れるものなのだと改めて実感する。
「早くしないと遅れちゃうよー!」
「はーい!今行くよー!」
 負けないくらいの大声で返事をして、私は自室を後にした。
 本質が見抜けないなら、あれこれ当て推量をしていても仕方がない。
 万物も到達しえぬ未知の領域に、真実を知る手がかりがあると。
 それをこの手に掴む為に、きっかけが舞い降りてくると信じて―――

 階段を下って別の階層に移動する。まだ少し眠たさを下がり具合で訴えている瞼を擦りながら、私は一日の始まりに最初に行くべき場所に続く扉を引いた。
 何も言わないでも家族が集まるリビング。一番身近にいる人達に、今日という日を過ごす為に色々なものを貰ったりあげたりする所。
 温かい家庭を築いていくには必須となるであろう。
「お早う御座います、お姉ちゃん、おじさん」
 私より先に居間に来ていた二人の家族に挨拶をする。
「おはよー」
「おう、お早う」
 お姉ちゃんはエプロンを脱衣する手を止めて、おじさんは目を通していた新聞紙を少しずらして、私の方を向いて返事をくれた。
「さて、朝ご飯にしようか」
 お姉ちゃんの一声におじさんは手に持っていた新聞を畳み始めた。
 暗黙の了解でほぼ指定席となった自分の席に向かう中途二人とも私を待っててくれたのだという事を読み取って、私は全然お早くないなと心中苦笑する。
 目の前のお皿には半熟の目玉焼きとハムトーストが乗っている。その傍らには、湯気を立てて自身は寒い朝には適任だと誇示しているかのような、ホットココアが注がれたマグカップ。
「いただきまーす」
 三人で揃えた唱和の後、香ばしくこんがりと焼けた食パンを一口齧る。
 出来立てだという事を暗示させる芳しい香りが鼻腔を擽り、しっかりと中まで火の通った食材の温かさが口内に広がる。
 用意されていたフォークを取り目玉に見立てられた卵の黄身に突き入れると、留まる手段を奪われた黄色の奔流がほんの僅かな焦げ目をつけた白い部分に浸透していった。程なくして器にも及ぼす範囲を拡大させていく。
 一度で口に入る大きさに切り分けてそれを食べる。固まっていない卵黄が白身と絶妙にマッチしていて、食がどんどん進む。
「良かった」
 ふと、お姉ちゃんが微笑んで呟いたのが聞こえた。
「もうすっかり元気になったみたいだね」
「そ、そうかな?」
「うんうん、昨日まであんなに食欲なかったのになぁ」
 二人が顔を合わせて笑う。
 言われてみればそうだった。
 部屋から出るに出れなかった休日は、折角作って持ってきてくれたお粥や饂飩を殆ど残してしまい続けていた。
 その都度私の健康状態に悩んでいてくれたのだろう。今の二人の心から安堵したような表情に、私はそう思った。
「ありがとう、お姉ちゃん、おじさん」
 口に出した方が断然この胸に募る思いを伝える事が出来るから、私は今一度、今度は言葉を紡いで感謝の意を告げた。
「いやいや、一番良くやってくれたのはみなみちゃんだよ」
「!」
 みなみちゃん―――
 その名前がお姉ちゃんの口から出てきて、私の心臓は跳ね上がる。
「わざわざ来てくれてね」
「へぇ、そうだったのか」
 お姉ちゃんの目には、私とみなみちゃんは今まで通りに映ったのだろうか。話し込む二人の近くで考える。
 そんな事は、ない、はず―――
 仲睦まじく見える事を否定している私の心の中の声はしかし、断定の語尾を選ばなかった。
 どうやら私は、自分が思っている以上にみなみちゃんの事が好きらしい。
 どんなに冷たくされても、拒絶されても、諦めきれないらしい。
 可能性なんて零に限りなく等しいって、とっくの昔に悟ったはずなのに。
 ここにきて、想いが増幅を止めない。
 あの時感じた不思議な感じが、未練がましい私を後押しする。
 一体、その正体は何なのか。
 そこに辿り着くまでの記憶を秘めた、私の中の海に沈む欠片を引き上げる事は出来るのか。
 ありとあらゆる不安や期待が、渦巻いている。
 そんな心中を汲み取られないように、私は食事の手を変えず休めなかった。
 味は少しだけ、色褪せたような気がした。

 家を出る間際、荷物の最終確認をしている時も。
 早く春の陽気にならないかなと、寒い通学路を歩いている時も。
 常時浮かんでくる映像はみなみちゃん。
 笑っている顔も、落ち込んでいる顔も、楽しんでいる顔も、照れている顔も。
 私の脳裏に焼きついている様々な表情は、目まぐるしく脳内を駆け回っている。
 これでも大分前向きになれたと思う。
 少し前の、みなみちゃんに拒まれた時の私には、そんな多種多様の様相をイメージする事は無理だったから。
 前方に顔を上げたその先に見える希望は、虚偽かもしれない。
 都合の良いように解釈して生み出された、虚仮かもしれない。
 それでも、やっと分かったから。
 このまま距離が離れてしまうのは嫌だって、分かったから。
 何もしないで悔やむのは嫌だって、分かったから。
 どんなに茨の道でも、確立が低くても、私が望む未来にはみなみちゃんがいてくれないといけないって。
 やっと、分かったから。
 諦めるなんて以ての外だ。
 意地でもへこたれるものか。
 みなみちゃんと正面から向き合うんだ。
 そして私の気持ちを伝えて、現実を受け止めるんだ。
 校門の目前、自分とみなみちゃんが共に過ごす教室を見上げて誓った。

 数人のクラスメートと言葉を交わしながら、自分の席を目指す。
 持参した鞄を自席の備え付けのフックに掛け、みなみちゃんを探すべく視線を巡らす。
 改めて辺りを見回したが、鮮やかな浅緑のショートの友人は見当たらなかった。
「ゆーちゃん」
 背後から降り掛かった声に身体の向きを変えれば、田村さんが軽く手を上げて私の方に歩み寄ってきていた。
「お早う田村さん」
「お早う。もう良くなった?」
「うん、もうばっちりだよ」
 元気になった事を示すように笑って答える。つられたのか田村さんも顔が綻んだ。
 会話の花が一時的に枯れて、私は再び咲かそうと新しい話の種を探す。
「まだみなみちゃん来てないのかな?」
 先程疑問に思った事も相俟って、私は迷いなく話題を振る。
「ん?ああ、今日はまだ来てないみたいね」
 室内を見渡しつつ田村さんが応答する。
「いつもはこの時間には来てるのにね」
 違和感を覚えたところをそっくりそのまま言われて、私は頷くしかなかった。
「二人トモ、何の話デスカー?」
 今し方登校を終えたのか、スクールバッグを利き手に持ったままパティちゃんが私達の話の輪の中に入ってきた。
「いやー、みなりんが今日は遅いなって話」
 田村さんの口からこれまでに談話していた事と白い吐息が出る。
「そう言えば遅いデスネ」
 パティちゃんも手を顎に当てて考え込む。
 一方の私は、膨大する不安感に押しつぶされそうになっていた。
「レイトしないと良いのデスガ……」
「ゆーちゃん、どうかしたの?」
「えっ?」
 不意に顔を覗き込まれ、私は声を漏らす。
「顔、真っ青だよ」
「ううん、何でもないよ」
 私は降り積もる気掛かりな気持ちを払拭するように首を振った。

 その日、みなみちゃんは欠席した。

 やはり、避けられているのだろうか。
 半ば上の空でぼんやりと考え事をしていた。
 黒板にチョーク走り大昔の人名を記す音も、それについての説明を加える年配の教師の声も、全てが耳に入るがしかしもう片方から何の情報も残さずに通り抜けていく。
 私に備わる器官が機能しなくなったかのような、だが脳内では一つの事に延々と思考を張り巡らせている、摩訶不思議な感覚。
 はっきりとしているようで、何処かぼんやりとしているような。
 意識があるようで、無意識さも思わせるような。
 表現がとても困難な、初体験の感じ。
 避けられて、いるのだろうか。
 一度思い始めてしまうと、しつこく付き纏って離れない。
 負のしがらみが刺々しさを増し、私を執拗に締めつける。
 心の虚空に浮かび上がる数々の画像は精度をあからさまに欠き、信ずるべき将来と苦難の現在を繋ぐ通路に失墜の暗闇が差す。
 何気なく窓に目を向ける。
 透明なガラスが張られた開口部は採光、通風、観賞等実に種々の用途を秘めている。
 風景を賞翫するつもりはなかったが、私は僅かに顔を傾けるだけで別の面を見せる外観に見入っていた。
 体操着に着替えた生徒が活発に動き回る運動場。
 見知らぬ社会人が忙しなく駆け回る街並。
 曇る素振りの細片も見えない碧空。
 私の部屋から眺めたそれと何ら変わりはないはずなのに、丸っきり違うものに見えた。
 ―――ああ、変わったのは私の方か。
 不明瞭な認識ながらも見定まった答え。
 あの時の私は晴天の空に通ずるものを感じたけれど、今の私は正反対の存在になっているのだと気づく。
 避けられて、いるのだろう。
 三度目は自身への問い掛けにはならなかった。

 鬱積する感情に俯いた、その時を見計らったかのように先生の声が聞こえた。
「では最後に宿題のプリントを提出」
 思わず時計に目をやれば、授業は終了直前という時間だった。
 薄く霞んだ意識のまま受けてしまっていた。理解した頃には時既に遅し、塗板は開始前と同じ何も書かれてなく、私の机に広げられたノートもまた同様だった。
 しまったと思いながらも、課題は出さないといけないと鞄の中からクリアファイルを取り出す。
 目的物を探していると、はらりと紙切れが舞い落ちた。
 以前休学した時にみなみちゃんが書いてくれた手紙。
 綺麗な文字に目が留まれば、泉のように湧き出してくる想い。
 勝手に関係するのを嫌われていると決めつけて良いのか。
 このまま何も変化しないまま時間が流れても良いのか。
 私の身体に次々と流れ込んでくる、素直な気持ちは今まで私を支配していた情動を再び揺るがそうと働きかける。
 幾つもの心のあり方が入り混じる。
 関し合うそれらに自分の気持ちを伝えるんじゃなかったのかと問われては、拒否されてもなお近づくのかと問われ。
 後悔先に立たずと諭されては、熱願冷諦と諭される。
 私は宿題を出すのも忘れて、振れる情緒の行く末に戸惑っていた。





 私の決める未来に続く








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  • 気持ちの交錯が凄いですね! -- チャムチロ (2012-10-23 15:20:17)

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