人生の中で度々突きつけられる複数の選択肢。
人間は与えられた道の中から最良だと思えるものを選んでいく。
一寸先が不安定に揺れる漆黒の闇に包まれていようとも。
人間は与えられた道の中から最良だと思えるものを選んでいく。
一寸先が不安定に揺れる漆黒の闇に包まれていようとも。
私の決める未来
だるい。今の私の状態を表すのに最も相応しい形容詞だろうと朧げな意識の中ぼんやりと思う。
平日の午前中、学生は学校で勉学に勤しむ時間帯。
私は自室のベッドに仰向けになりぼんやりと天井を見つめていた。
脇に差した体温計が測定を終了した事を告げる電子音を鳴らした。のろのろと手を動かして抜き取り、ディスプレイに表示された数値を見てみれば、ここ暫く観測した事のなかったほどの高熱を示している。
「三十八度六分か……」
平熱を軽く凌駕する熱量に、道理で身体が重いわけだと納得して体温計をケースに仕舞う。久し振りに風邪をこじらせたという理由も少なからずあるだろうけど、上半身を起こすのさえ億劫に感じるまでとは思いもしなかった。
肺に溜まった空気を大気中に逃がして、再びシーツに背中をつける。
酷く痛みを発する頭と喉。感覚こそ違うものの、同時に引き起こされた病状は私を十分に苦しめる。
こんな辛さをゆたかは頻繁に体験しているのかと思うと、ゆたかがどれだけ心の強い女の子だったか痛いほど分かる。どんな人の前でも明るく振舞って、自分の素性を隠して、心配を掛けさせまいと努力する姿が目に浮かぶ。
病床という同じ立場に立ってからやっと分かった、友人の一面。
しかし、そこに新たな知識が増えた事への喜びは湧かない。
今までの私達の関係がどれだけ上辺だけのものだったかを証明しているようで、生まれてくるのは負の感情ばかりだった。
悲しさとも虚しさともつかない、胸にぽっかり大きな穴が空いたこの感じ。
確かに私達は親友と呼べるほどの間柄だったと思う。
けれど、著しい変化を見せる情動が、新たに解き明かされた事実が、まるでそれを否定するかのように私の心に揺さぶりを掛ける。
あなたは、ゆたかの大切な事を何一つ分かってはいない。
ゆたかも、あなたの大切な事を何一つ分かってはいない。
何処からか悪魔の囁きが聞こえる。そんな事はないと打ち消したい私と、そうかもしれないと受け入れてしまいそうな私が対立する。
勢力は圧倒的に後者の方が強大だった。
事実、私は初めて知るゆたかの情報に虚無感のようなものを抱いているし、ゆたかが私の隠れた心の内まで知っているとは到底思えない
片想いしていてそれに気づけなんて都合が良い願望にも程があるけど、この感情の所為で私も周りの人も、そして誰よりもゆたかが傷ついた。
伝えられないなら、諦めた方が良いと思ってしまう。
暴走してしまわないように、ゆたかから離れた方が良いと思ってしまう。
これ以上皆が傷つかないよう、私の負担を今以上に増やせば良いと思ってしまう。
そんな道辿っても、破滅の未来しか待っていないと容易に予測出来るのに。
私は自らの手で、その道以外へのルートを潰そうとしていた。
平日の午前中、学生は学校で勉学に勤しむ時間帯。
私は自室のベッドに仰向けになりぼんやりと天井を見つめていた。
脇に差した体温計が測定を終了した事を告げる電子音を鳴らした。のろのろと手を動かして抜き取り、ディスプレイに表示された数値を見てみれば、ここ暫く観測した事のなかったほどの高熱を示している。
「三十八度六分か……」
平熱を軽く凌駕する熱量に、道理で身体が重いわけだと納得して体温計をケースに仕舞う。久し振りに風邪をこじらせたという理由も少なからずあるだろうけど、上半身を起こすのさえ億劫に感じるまでとは思いもしなかった。
肺に溜まった空気を大気中に逃がして、再びシーツに背中をつける。
酷く痛みを発する頭と喉。感覚こそ違うものの、同時に引き起こされた病状は私を十分に苦しめる。
こんな辛さをゆたかは頻繁に体験しているのかと思うと、ゆたかがどれだけ心の強い女の子だったか痛いほど分かる。どんな人の前でも明るく振舞って、自分の素性を隠して、心配を掛けさせまいと努力する姿が目に浮かぶ。
病床という同じ立場に立ってからやっと分かった、友人の一面。
しかし、そこに新たな知識が増えた事への喜びは湧かない。
今までの私達の関係がどれだけ上辺だけのものだったかを証明しているようで、生まれてくるのは負の感情ばかりだった。
悲しさとも虚しさともつかない、胸にぽっかり大きな穴が空いたこの感じ。
確かに私達は親友と呼べるほどの間柄だったと思う。
けれど、著しい変化を見せる情動が、新たに解き明かされた事実が、まるでそれを否定するかのように私の心に揺さぶりを掛ける。
あなたは、ゆたかの大切な事を何一つ分かってはいない。
ゆたかも、あなたの大切な事を何一つ分かってはいない。
何処からか悪魔の囁きが聞こえる。そんな事はないと打ち消したい私と、そうかもしれないと受け入れてしまいそうな私が対立する。
勢力は圧倒的に後者の方が強大だった。
事実、私は初めて知るゆたかの情報に虚無感のようなものを抱いているし、ゆたかが私の隠れた心の内まで知っているとは到底思えない
片想いしていてそれに気づけなんて都合が良い願望にも程があるけど、この感情の所為で私も周りの人も、そして誰よりもゆたかが傷ついた。
伝えられないなら、諦めた方が良いと思ってしまう。
暴走してしまわないように、ゆたかから離れた方が良いと思ってしまう。
これ以上皆が傷つかないよう、私の負担を今以上に増やせば良いと思ってしまう。
そんな道辿っても、破滅の未来しか待っていないと容易に予測出来るのに。
私は自らの手で、その道以外へのルートを潰そうとしていた。
「みなみ」
自室の外から母親の声が聞こえて、私は遠のきかけていた意識を引き戻す。
それと共に耳に飛び込んできた戸が引かれる音。発信源に目を向けると、お盆を手にしたお母さんが立っていた。
「気分はどう?」
倦怠感や頭痛といった様態を言葉にしても感覚的にしか伝わらないと思い、私の知りうる最も正確な情報である計った体温だけを教えた。
「まぁ……高いわね」
瞳の中の不安げな光を微かに揺らし、お母さんが私と同じ感想を漏らす。ここ暫く家族で重い病症にかかる者がいなかったから、抱いて当然だろう。
不意にお母さんの手が私の前髪をかき上げて、手の平で額に触れた。
ふわりと身体が浮かぶような感覚になった。
「熱い……冷まさないとね」
それだけ呟いて、お母さんは冷却シートの用意を始めた。
接触した時に感じた不思議な感じは、お母さんの心配の表れなのだろう。使用する準備をひたすらに進めるお母さんの横顔を、半眼で見つめながら思う。
風邪というのは心身共々虚弱に、不安定な状態にしてしまうものなのだろう。
そこに看病という名の他人の優しさが入り込む事で、安らぎや安心感を得て治癒されるのだろう。
やはり久方振りに味わうものだからかもしれないが、自分の考えを大袈裟だとは思わなかった。
気遣いとか思い遣りは、心に効能を施す最も身近な薬なのだ。
面と向かってお礼を言うのは恥ずかしいから、私は丁寧な手つきでおでこに冷却シートを張ってくれているお母さんに、感謝の気持ちを心の中で並べた。
自室の外から母親の声が聞こえて、私は遠のきかけていた意識を引き戻す。
それと共に耳に飛び込んできた戸が引かれる音。発信源に目を向けると、お盆を手にしたお母さんが立っていた。
「気分はどう?」
倦怠感や頭痛といった様態を言葉にしても感覚的にしか伝わらないと思い、私の知りうる最も正確な情報である計った体温だけを教えた。
「まぁ……高いわね」
瞳の中の不安げな光を微かに揺らし、お母さんが私と同じ感想を漏らす。ここ暫く家族で重い病症にかかる者がいなかったから、抱いて当然だろう。
不意にお母さんの手が私の前髪をかき上げて、手の平で額に触れた。
ふわりと身体が浮かぶような感覚になった。
「熱い……冷まさないとね」
それだけ呟いて、お母さんは冷却シートの用意を始めた。
接触した時に感じた不思議な感じは、お母さんの心配の表れなのだろう。使用する準備をひたすらに進めるお母さんの横顔を、半眼で見つめながら思う。
風邪というのは心身共々虚弱に、不安定な状態にしてしまうものなのだろう。
そこに看病という名の他人の優しさが入り込む事で、安らぎや安心感を得て治癒されるのだろう。
やはり久方振りに味わうものだからかもしれないが、自分の考えを大袈裟だとは思わなかった。
気遣いとか思い遣りは、心に効能を施す最も身近な薬なのだ。
面と向かってお礼を言うのは恥ずかしいから、私は丁寧な手つきでおでこに冷却シートを張ってくれているお母さんに、感謝の気持ちを心の中で並べた。
「食べれるだけちゃんと食べるのよ?」
目線で傍に置いてあるお粥の事だと説明を付け加えて、お母さんは穏やかな目をした。私は頷いて了解の意図を示す。
「薬も忘れないようにね」
優しげな目元で、今度はすぐ隣の水が注がれたグラスと未開封の錠剤数錠に視線を移す。
私が再び首を縦に振るのを見届けてから、お母さんは一瞬微笑みを浮かべて私の部屋を後にした。
腹の虫が煩く鳴いているわけではなかったが、折角作ってくれたのだし冷めない内に頂くとしよう。私は蓮華を手に持って、柔らかく炊けた米を生温い水と一緒に掬う。
仄かな湯気と香りを立てる、匙の中の粥。口に運ぶと喉越しが想像を超えて存外に良く、どんどんと食が進んだ。
あっという間に容器を空にした私は、病人が食後にすべき事をこなす為ガラスコップと薬剤をお盆ごと自分の方に引き寄せた。机上のみの移動に過ぎないけど身体を乗り出さなくても手が届く、幾分かは飲みやすい位置に変わったはずだ。
裏面から押し出してタブレットを取り出し右手に握り、空いているもう片方の手でコップを持ち口内に冷水を流し込む。間髪を容れずに錠剤を放り込んで、そのまま飲み下した。
嚥下し終わって一息つき、所持していたものを全て机の上に戻す。
特に睡魔は訪れていなかったが、他にする事もないしすぐに到来するだろうと考え横たわり布団を被る。
少し気になって額を押さえると、ひんやりと冷たい感覚が直接脳に呼びかけているようで、そこから更に癒しの冷感が全身へと影響範囲を拡大していった。
これが装着されてからは格段に快適な睡眠が約束されるだろう。数時間前とは比較の対象になり得ないぐらい落ち着いた頭の状態の中、確信する。
そして今一度、弱っているときほど人の心遣いが染み渡るものだと思った。
事実私は親から好意を受け取って、結果過ごしやすい環境を得ている。私しかいなかったら、確実にもっと苦しい時間は増えていただろう。
ある意味健康な人間は希望の光のような、救世主のような存在なのだ。
そこまで考えて、ふとゆたかの顔が浮かんできた。
私はゆたかにとって、そういう存在だったのだろうか。
目線で傍に置いてあるお粥の事だと説明を付け加えて、お母さんは穏やかな目をした。私は頷いて了解の意図を示す。
「薬も忘れないようにね」
優しげな目元で、今度はすぐ隣の水が注がれたグラスと未開封の錠剤数錠に視線を移す。
私が再び首を縦に振るのを見届けてから、お母さんは一瞬微笑みを浮かべて私の部屋を後にした。
腹の虫が煩く鳴いているわけではなかったが、折角作ってくれたのだし冷めない内に頂くとしよう。私は蓮華を手に持って、柔らかく炊けた米を生温い水と一緒に掬う。
仄かな湯気と香りを立てる、匙の中の粥。口に運ぶと喉越しが想像を超えて存外に良く、どんどんと食が進んだ。
あっという間に容器を空にした私は、病人が食後にすべき事をこなす為ガラスコップと薬剤をお盆ごと自分の方に引き寄せた。机上のみの移動に過ぎないけど身体を乗り出さなくても手が届く、幾分かは飲みやすい位置に変わったはずだ。
裏面から押し出してタブレットを取り出し右手に握り、空いているもう片方の手でコップを持ち口内に冷水を流し込む。間髪を容れずに錠剤を放り込んで、そのまま飲み下した。
嚥下し終わって一息つき、所持していたものを全て机の上に戻す。
特に睡魔は訪れていなかったが、他にする事もないしすぐに到来するだろうと考え横たわり布団を被る。
少し気になって額を押さえると、ひんやりと冷たい感覚が直接脳に呼びかけているようで、そこから更に癒しの冷感が全身へと影響範囲を拡大していった。
これが装着されてからは格段に快適な睡眠が約束されるだろう。数時間前とは比較の対象になり得ないぐらい落ち着いた頭の状態の中、確信する。
そして今一度、弱っているときほど人の心遣いが染み渡るものだと思った。
事実私は親から好意を受け取って、結果過ごしやすい環境を得ている。私しかいなかったら、確実にもっと苦しい時間は増えていただろう。
ある意味健康な人間は希望の光のような、救世主のような存在なのだ。
そこまで考えて、ふとゆたかの顔が浮かんできた。
私はゆたかにとって、そういう存在だったのだろうか。
ゆたかが体調不良を訴えてきたら、保健室まで連れていく。
そして自由な時間の許す限り、傍にいる。
話し相手になってあげたり、励ましの言葉を掛けてあげたり。
私が選んだ保健委員、いや、親友としての一連の流れ。
ゆたかはそんな私を、どういったように見ていたのだろうか。
今の私が母親に重ねた理想像と似たようなものを思い描いていたのだろうか。
全く同じイメージを浮かべたというわけはないだろうけど、恐らく酷似したものを想像したのだと思う。
私の身勝手な妄想かもしれない。私はゆたかの全てを知っているわけではないのだから。まして胸の内など、他人がそう簡単に踏み込んで良い領域ではない。
けれど、過去を遡ると鮮明に蘇ってくるゆたかの笑顔は、紛れもなく本物の安息から出てきたものだ。
根拠はないけど、何となしに伝わってくるのだ。
だとしたらゆたかが私に心の平安を求めていたと考えるのも、あながち道理に適っていないとは言えない。
一時でも支えになっていたのなら、離れてしまうと崩れてしまうのではないだろうか。
以前察知したとおり、私がゆたかと完全に縁を切る事は不可能なのだ。
中途半端にしか距離を取れないのなら、まだ密接に関し合っていた方が―――
そこまで考えて、ようやく気づいた。
私がいかに自分勝手な人間であるかという事に。
今の考えは全て私の思うように作られた、何の確証もない都合を優先した解釈なのだ。私の主我を優遇した、夢物語に過ぎないのだ。
自覚している以上に、どうやら私は相当のエゴイストらしい。
どれだけ拒絶されても、好きだから。
どれだけ苦しめてしまっても、ゆたかの近くにいたいから。
掛かる迷惑も考えずに、知らぬ間に私欲を何よりも先んじたくなるのだろう。
虚無の仮想空間に推し量った予測は、私が理想とする未来に繋がる確たる証拠のない主観的な信念でしかないのだ。
ゆたかが私と同様の考えを持っていると思うのも。
完璧に別離するのは出来ないと思うのも。
私がゆたかと離れ離れになりたくないと切実に願っているから思うのだ。
叶ってはいけないと理解をしてはいる。あれだけゆたかを傷つけたのだから、私にそんな事を願望する資格なんてない。
道理に適っているなんて真っ赤な嘘。
道理に適うように私が事実を歪めているのだ。
現実から逃げているのだ。
ゆたかが私を避けていると一概に絶対だとは言えないが、その確率は明らかに高いだろう。
少し前なら僅かな可能性、ゆたかが私を慕ってくれているかもしれないというもしもの道がまだ残されていると思えただろう。そんな証拠存在しないが、私を拒んでいると間違いなく証拠立てる事もまた出来ないのだと立ち上がれただろう。
だが今の私は、すっかり臆病者になってしまっている。
そしてゆたかとの関係に悩み、どちらともつかない場所で左右からそれぞれの誘惑に振られている優柔不断な者にもなってしまっている。
距離を置くのと、詰めるのと。
どちらがゆたかの為になるのかは、明白だ。
でもその道を選択した時、欲望で形成されたもう一人の私は黙っていられるのだろうか。
きっと、無理だろう。
だからといってもう片方の道を進めば良いのかというと、決してそうではない。
結局私は双方のどれを正しいと判別する事が出来ず、狭間で彷徨い続けるしかないのだろうか。
破滅の未来を迎えるのは、私かゆたかか、はたまた両者か。
誰も傷を受けない理想的な選択肢なんて、あるのだろうか。
そして自由な時間の許す限り、傍にいる。
話し相手になってあげたり、励ましの言葉を掛けてあげたり。
私が選んだ保健委員、いや、親友としての一連の流れ。
ゆたかはそんな私を、どういったように見ていたのだろうか。
今の私が母親に重ねた理想像と似たようなものを思い描いていたのだろうか。
全く同じイメージを浮かべたというわけはないだろうけど、恐らく酷似したものを想像したのだと思う。
私の身勝手な妄想かもしれない。私はゆたかの全てを知っているわけではないのだから。まして胸の内など、他人がそう簡単に踏み込んで良い領域ではない。
けれど、過去を遡ると鮮明に蘇ってくるゆたかの笑顔は、紛れもなく本物の安息から出てきたものだ。
根拠はないけど、何となしに伝わってくるのだ。
だとしたらゆたかが私に心の平安を求めていたと考えるのも、あながち道理に適っていないとは言えない。
一時でも支えになっていたのなら、離れてしまうと崩れてしまうのではないだろうか。
以前察知したとおり、私がゆたかと完全に縁を切る事は不可能なのだ。
中途半端にしか距離を取れないのなら、まだ密接に関し合っていた方が―――
そこまで考えて、ようやく気づいた。
私がいかに自分勝手な人間であるかという事に。
今の考えは全て私の思うように作られた、何の確証もない都合を優先した解釈なのだ。私の主我を優遇した、夢物語に過ぎないのだ。
自覚している以上に、どうやら私は相当のエゴイストらしい。
どれだけ拒絶されても、好きだから。
どれだけ苦しめてしまっても、ゆたかの近くにいたいから。
掛かる迷惑も考えずに、知らぬ間に私欲を何よりも先んじたくなるのだろう。
虚無の仮想空間に推し量った予測は、私が理想とする未来に繋がる確たる証拠のない主観的な信念でしかないのだ。
ゆたかが私と同様の考えを持っていると思うのも。
完璧に別離するのは出来ないと思うのも。
私がゆたかと離れ離れになりたくないと切実に願っているから思うのだ。
叶ってはいけないと理解をしてはいる。あれだけゆたかを傷つけたのだから、私にそんな事を願望する資格なんてない。
道理に適っているなんて真っ赤な嘘。
道理に適うように私が事実を歪めているのだ。
現実から逃げているのだ。
ゆたかが私を避けていると一概に絶対だとは言えないが、その確率は明らかに高いだろう。
少し前なら僅かな可能性、ゆたかが私を慕ってくれているかもしれないというもしもの道がまだ残されていると思えただろう。そんな証拠存在しないが、私を拒んでいると間違いなく証拠立てる事もまた出来ないのだと立ち上がれただろう。
だが今の私は、すっかり臆病者になってしまっている。
そしてゆたかとの関係に悩み、どちらともつかない場所で左右からそれぞれの誘惑に振られている優柔不断な者にもなってしまっている。
距離を置くのと、詰めるのと。
どちらがゆたかの為になるのかは、明白だ。
でもその道を選択した時、欲望で形成されたもう一人の私は黙っていられるのだろうか。
きっと、無理だろう。
だからといってもう片方の道を進めば良いのかというと、決してそうではない。
結局私は双方のどれを正しいと判別する事が出来ず、狭間で彷徨い続けるしかないのだろうか。
破滅の未来を迎えるのは、私かゆたかか、はたまた両者か。
誰も傷を受けない理想的な選択肢なんて、あるのだろうか。
夢を見ている。
やけに暗い周囲や見覚えのない風景から悟った。ベッドに身を預けていたのに、自室に微塵も関連のない場所にいつの間にか移動しているなんてあり得ないのだから。
服装は現実のものと変わらず寝巻きのままだった。辺りには誰もいないから気にする事なんてないけど。
見渡す限りの薄暗い闇。どんなに遠くを、はたまた手が届くぐらいの近くを見ても色彩に一切の変化はない。外界なら様々な表情を織り成す雄大な空も、この空間では果てしない薄墨色のみと多様な面は持ち合わせていなかった。
右方も左方も、上方も下方も、たったの一色にその全てを支配されている。
そんな感じを持たせる空間だった。
ふと気づいたが、私は浮遊していた。状況の理解を終えたところで多少の余裕が生まれ、足裏が何かを押している感覚が全くないのに思い至ったのだ。
それなのに身体に無理が生じてないのだから、私は無意識に浮いているのだろう。常闇の世界では正確な地面の位置は把握出来ないが、足が地表に着いていない事は認識する。
非科学的な事だけど夢だし何でもありなんだろうと思い、散策しようと移動を開始する。足を動かさずとも動こうと思うだけで身体が進むのは実に不思議な感覚だった。
際限なしに広がる単調な景色は、一体私の何を表しているのだろうか。目的もなくぶらつきながら思う。
夢とは当人の将来に対する希望や願望、またはこれから起き得る危険を知らせる信号を指すという話を聞いた事がある。
私の物覚えの通りだとしたら、この夢はどちらかに繋がりがあるのだろうか。
私が暗色系統の色から受ける印象は陰鬱、沈静、有罪、絶無といったところ。一般的な感受性と比べても大いに差異があるわけはないだろう。
当然だがあまり良いイメージではない。呆けかけた頭で虚ろに考える。
私が進むべき道と直結しているのだろうか―――
「みなみちゃん……」
ふと聞こえた声に思考を中断する。
夢現に動き回っていたからだろう、私は目の前に人がいるのに気づかなかった。
ゆたかと、私、正確に言えば夢の世界のもう一人の私が、今にも唇を重ねてしまいそうなほど接近して見つめ合っている。
私はその光景に、ゆたかの見舞いに行った時の出来事を思い出す。
「私、知ってるんだよ」
昔の記憶に浸る前に、ゆたかの声が私の追憶に歯止めを掛けた。
「みなみちゃんが、私が寝てる間に何したか」
続いた言葉が棘となり、私の心に突き刺さった。呼吸が荒くなり心臓が早鐘を打つ。
ゆたかの表情は、その華奢な身体を支えている私じゃない私の背中に阻まれて窺えなかった。
「だから……」
そうゆたかが呟いて、聞こえないほど小さくなって継がれた言詞にゆたかの目の前の人が頷く。
途端、世界は音もなく崩壊を始め、暗転した。
やけに暗い周囲や見覚えのない風景から悟った。ベッドに身を預けていたのに、自室に微塵も関連のない場所にいつの間にか移動しているなんてあり得ないのだから。
服装は現実のものと変わらず寝巻きのままだった。辺りには誰もいないから気にする事なんてないけど。
見渡す限りの薄暗い闇。どんなに遠くを、はたまた手が届くぐらいの近くを見ても色彩に一切の変化はない。外界なら様々な表情を織り成す雄大な空も、この空間では果てしない薄墨色のみと多様な面は持ち合わせていなかった。
右方も左方も、上方も下方も、たったの一色にその全てを支配されている。
そんな感じを持たせる空間だった。
ふと気づいたが、私は浮遊していた。状況の理解を終えたところで多少の余裕が生まれ、足裏が何かを押している感覚が全くないのに思い至ったのだ。
それなのに身体に無理が生じてないのだから、私は無意識に浮いているのだろう。常闇の世界では正確な地面の位置は把握出来ないが、足が地表に着いていない事は認識する。
非科学的な事だけど夢だし何でもありなんだろうと思い、散策しようと移動を開始する。足を動かさずとも動こうと思うだけで身体が進むのは実に不思議な感覚だった。
際限なしに広がる単調な景色は、一体私の何を表しているのだろうか。目的もなくぶらつきながら思う。
夢とは当人の将来に対する希望や願望、またはこれから起き得る危険を知らせる信号を指すという話を聞いた事がある。
私の物覚えの通りだとしたら、この夢はどちらかに繋がりがあるのだろうか。
私が暗色系統の色から受ける印象は陰鬱、沈静、有罪、絶無といったところ。一般的な感受性と比べても大いに差異があるわけはないだろう。
当然だがあまり良いイメージではない。呆けかけた頭で虚ろに考える。
私が進むべき道と直結しているのだろうか―――
「みなみちゃん……」
ふと聞こえた声に思考を中断する。
夢現に動き回っていたからだろう、私は目の前に人がいるのに気づかなかった。
ゆたかと、私、正確に言えば夢の世界のもう一人の私が、今にも唇を重ねてしまいそうなほど接近して見つめ合っている。
私はその光景に、ゆたかの見舞いに行った時の出来事を思い出す。
「私、知ってるんだよ」
昔の記憶に浸る前に、ゆたかの声が私の追憶に歯止めを掛けた。
「みなみちゃんが、私が寝てる間に何したか」
続いた言葉が棘となり、私の心に突き刺さった。呼吸が荒くなり心臓が早鐘を打つ。
ゆたかの表情は、その華奢な身体を支えている私じゃない私の背中に阻まれて窺えなかった。
「だから……」
そうゆたかが呟いて、聞こえないほど小さくなって継がれた言詞にゆたかの目の前の人が頷く。
途端、世界は音もなく崩壊を始め、暗転した。
飛び起きるように上半身を起こす。
視界を占める景色は昨晩からずっと私がいる自分の部屋の他なかった。
「夢……覚めたのか」
誰もいない室内で独り言を言い、息を吐く。
今のは、何だったのだろうか。
夢には違いないのだが、ただの夢ではない気がしたから心の中で問い掛けてみた。
まるで実際に体験したかのように憶えている、ゆたかの台詞を繰り返し脳内で再生する。
だから、何だったのだろうか。
後を受け継ぐ言葉は幾通りかは思い浮かぶ。
しかしどれもが不安定に揺れて、確実性を少しも示そうとしないのだ。
それとも、全ては私が生み出した偽りなのだろうか。
夢が真実を表す事は少ない。自分自身に微かな希望を与える為、作り出された虚偽なのかもしれない。
幾つもの可能性が扉となって新しい未知の未来へと私を導くが、混乱しきってしまった私にどれかを決めるなんて無理な話だった。
色んな想い、色んな道、色んなしがらみ。
複雑に絡み合って、締めつけられる。
「ゆたかっ……!」
愛しい人の名前を呼んでも、何も解決しない。
一滴落ちた水滴が、シーツに染みを作った。
視界を占める景色は昨晩からずっと私がいる自分の部屋の他なかった。
「夢……覚めたのか」
誰もいない室内で独り言を言い、息を吐く。
今のは、何だったのだろうか。
夢には違いないのだが、ただの夢ではない気がしたから心の中で問い掛けてみた。
まるで実際に体験したかのように憶えている、ゆたかの台詞を繰り返し脳内で再生する。
だから、何だったのだろうか。
後を受け継ぐ言葉は幾通りかは思い浮かぶ。
しかしどれもが不安定に揺れて、確実性を少しも示そうとしないのだ。
それとも、全ては私が生み出した偽りなのだろうか。
夢が真実を表す事は少ない。自分自身に微かな希望を与える為、作り出された虚偽なのかもしれない。
幾つもの可能性が扉となって新しい未知の未来へと私を導くが、混乱しきってしまった私にどれかを決めるなんて無理な話だった。
色んな想い、色んな道、色んなしがらみ。
複雑に絡み合って、締めつけられる。
「ゆたかっ……!」
愛しい人の名前を呼んでも、何も解決しない。
一滴落ちた水滴が、シーツに染みを作った。
コメントフォーム
- バットエンドという風にとらえるしか無いのか...? -- 名無しさん (2023-02-21 00:08:31)
- 終わりなのですか??? -- チャムチロ (2012-10-23 20:58:16)
- 続きを、二人の幸せを全力で求む!!! -- (2010-03-25 15:34:06)
- これで終わりなんていやだよー悲しすぎるよ。 続きを作ってハッピーエンドにしようよ〜(泣) -- らきすた (2010-03-15 04:04:45)
- ギブミー!ハッピーエンド!! -- 名無しさん (2009-09-06 16:23:44)
- これで終わりですか?
2人には幸せになってほしかった 両想いなのに、こんなの悲しすぎる
是非とも続きをm(_ _)m -- オビ下チェックは基本 (2009-06-10 18:09:08) - 二人が幸せになるエンドが欲しい・・・! -- 名無しさん (2008-09-26 15:39:26)