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二輪の花 第8話

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【第8話 feel】

「じゃあ、こっちだから」
「うん、みなみちゃん。またあした学校でね!」
 そういってみなみちゃんは手を振る。私はそれに応えるように微笑み返す。
 私とみなみちゃんが分かれる駅。いつも悲しくなる。だってもうすぐみなみちゃんに「さよなら」もしくは「またね」と言わなければいけないから。
 本当は、そもそもみなみちゃんは私と同じ路線に乗る必要はない。東京都在住のみなみちゃんは、別の電車に乗ったほうがよっぽど早く帰ることができる。
 それなのに、みなみちゃんは私と知り合ったときからいつも私と一緒に帰ってくれる。
 時には委員会や二人の用事の都合上一緒に変えることができないときもあるけど。
 あしたになればまたあえる。そんなことはわかっているけど、それでも寂しい。

「またね、ゆたか」
 みなみちゃんは私の電車がくるまで待ち続ける。
 きっと体調を壊したとき、一緒に居ないといけないという義務感がぎりぎりまで私と付き合ってくれる理由なんだと思う。
 私は生まれつき体が弱い。保健室の利用回数は中学ではもちろんダントツ。
 高校入試でも――そう、あの時にみなみちゃんにであったんだけど――私は入試こそ無事終わらせられたものの、高校から出る前に貧血を起こした。

「…ああ、私って、なんでこんなに弱いんだろう」
 泣きたくなる。へとへとと倒れる。そんな私をみなみちゃんは嫌な顔ひとつせず、保健室に運んでくれた。
 それが、みなみちゃんと私の出会い。運命の出会いで、最高の出会いだと思った。

 新学期、新生活も少し慣れ始めた6月。私の虚弱体質は相変わらずで、すでに5回は保健室にお世話になった。
 体育の授業があるたびにみなみちゃんを心配させてしまう。
 自分が恥ずかしくて、悲しくて、こなたお姉ちゃんに知られないように一人で何度か泣いたことがある。
 だって最低じゃないか。私はいつもみなみちゃんに頼ってばっかりだ。それなのに私といったら何ができるんだろう? そう思うと枕をぬらしてしまう。

「私は、ゆたかと一緒にいたいから、いる」
 みなみちゃんの、精一杯私を安心させようとささやいてくれた言葉。
 その時の、いつもの無表情(これはあくまでも、みなみちゃんの内に秘めた優しさを知らない人にはそう見えるだけ。私から見れば表情豊かで、いつだって優しい)はどこいったのか、赤くなりながら微笑みかける。
 そんなみなみちゃんが暖かくて、私は本当に一番の親友を持ったと思った。

 電車が来て、私はみなみちゃんに別れを告げ、電車に乗る。
 黄色い線の内側に下がっていても風圧でふわりと髪が浮く。みなみちゃんのショートヘヤーも風圧でなびく。
「またあした」
 みなみちゃんの寂しげな顔をドアの窓越しにみると、やっぱり寂しい。私はきっと、みなみちゃん以上に寂しげな顔をしている。

 電車の中はよく冷房が効いていて、半そでのセーラー服では肌寒いくらいだった。こうした時に半袖融通が利かないので大変だ。
 幸手駅までは数駅。たいした時間ではないけれど、みなみちゃんと、こなたお姉ちゃんを心配させないようにまっすぐ帰ろうと思う。
――その矢先、お尻に感じる、異物。

(まさか、痴漢?)

 この時間帯は帰宅ラッシュに重なるのか、乗車率はとっくに100%を超えている。冷房が効いているとはいえ、時には気分が悪くなる。
 それでも、恥ずかしいことながら、困っているといつも誰かが助けてくれる。情けないとは思うけれど……
 くにゅっ
 やっぱり痴漢だ。お尻を揉まれた。
――怖い。大声を張り上げればいい。
 「この人、痴漢です!」とテレビでやっているように、あるいは昔こなたお姉ちゃんが実演してみせてくれたように、やってみせればいい。

 そんなことできやしない。
 怖いから。

 そうしている間に、痴漢も慣れてきたのか、スカートの上から触るのをやめて、その手を中に滑り込ませる。
 密集した、人だらけの密室。そっと周りを除いてみると、誰も気づいていないみたいだった。
 不安と安心が同時に訪れる。恥ずかしいのと、誰も助けてくれないという絶望。
(や、やめてください……)
 声に出したはずなのに、恐怖でかすれてしまう。自分ですら何をいったかわからないのに、痴漢にも、誰にも聞こえないと思う。

 パンツがずらされ、お尻にエアコンの聞いた冷気を感じる。
 じかに触られたとき、言いしようのない悪寒が全身を駆け巡る。男の人はごつごつとしていて、ざらざらとしていた。
 その手が汗で濡れていて、私は全身をぶるっと振るわせた。

 い、いや……っ!

 もうだめ。泣いてしまいそう。ひっく、瞳に涙を浮かべたとき――

「この人、痴漢です!」

 どこかで聞いた声。男の手に別の誰かの手がつかんで、私と引き離される。
 何がなんだかわからないまま呆然としつつも、羞恥心を感じですぐに下着をはきなおす。秘部がじんわりと生暖かった。
 さっきまで私を弄んでいた手が、か細い手によって手首をを掴まれ、高らかとつり革近くまで挙げられていた。
 あとで聞いた話だと、それは手の甲、つまり偶然触れてしまったとき、手のひらで、つまり故意なのかをはっきりするのに有効らしい。

 電車内に響くような凛とした声に、車内の観客の視線がその少女と、男、そして私に向く。

「ゆたかちゃん、大丈夫?」

 何度かあったことがある。そう、いつもこなたお姉ちゃんと一緒に居る。
 長い長いツインテールが特徴的。こなたお姉ちゃんの話で何度も聞いた、みなみちゃんと比べると小さいけど、私から見たら大人の女性。
 かがみ先輩はそうした注目を意に介せず、私に話しかける。
 ひっく。
 安堵のあまり私は、えぐえぐと涙を流した。情けないと思った。

 初めて私は痴漢していた男の顔を見た。40歳くらいの、初老の男の人。サラリーマンなのだろうか、スーツを綺麗に着こなしている
 とてもそんなことをするようには見えない。優しそうなのに、拳をつり革近くまで挙げさせられていることが、何よりの証拠で私は悲しくなる。
 その男の人は、観念したように黙っていた。

 幸い次は幸手で、私の降りる駅だった。かがみ先輩も一緒に降りた。もちろん左手にはその男を連れて。
 もともと私の家、つまりはこなたおねえちゃんに会う用事があったらしい。
 今日も学校はあったけどかがみ先輩は放課後用事があり、こなたお姉ちゃんはバイトで二人とも別に帰った、と聞いた。
 そのまま駅員室に立ち寄り、警察の方を呼んでもらう。
 かがみ先輩が怖いのはわかるけど、こういうことはきちんと警察に説明しようね、と私を励ます。私の目は涙で赤く腫れていたけど「はい」と力強く頷く。かがみ先輩が一緒に居てくれるということはとても心強かった。

 いかにも警察官という男の人に経緯を聞かれる。お姉ちゃんが来るのかなと一瞬思ったので残念だった。
 そもそもお姉ちゃんは交通課勤務だから管轄は違うのだけれど、警察官であることは限りないから、やっぱり残念だと思う。
 痴漢していた男も犯行を認めていて、すんなりと私は解放された。
 検挙や告訴についてなど、詳しいことは小早川さんの落ち着いたころに、こちらから連絡差し上げますと警察の方が丁寧に教えてくれる。

 私はかがみ先輩と一緒に家に帰った。
 かがみ先輩はほとんど一日中一緒に居て、私を慰めてくれた。


「――さん、小早川さん」
 その声に目を覚ます。
「え?」
 顔をあげると、見知ったクラスメートがいた。
 あまり話したことはないけど、席が近くということもあり、授業の合間とか、授業中にひそひそとおしゃべりくらいはする。
 腰まで届く長髪、人懐っこい大きくて丸い瞳の持ち主で、クラスの中でも明るくて人気者の部類に入る。
「六時間目、終わったよ。珍しいね、小早川さんが居眠りしちゃうなんて」
「う、うん。ちょっと、疲れていたのかな。先生、怒ってなかった?」
「大丈夫。あの先生、かわいい子には甘いからね。あたしがやったら、どうせたたかれるんだろうけど」
「そ、そんなことないよ」
 適当に挨拶をした後、その子は他の、より仲のいい友達のところへ向かってゆく。

 ホームルームは時間割上は10分後であるけど、実際には担任が来るのをもって開始とするのでまちまちだ。
 私の担任は、さほどずぼらではないが、授業の関係か、やはり20分くらいは遅刻してくる。
 みなみちゃんは丁寧にノートを取っている途中だった。黒板を見ると、女の教師らしいこまごまとした字が黒板一面にびっしり書き付けられている。私は授業はまじめに聞くほうだが、気づいたら寝てしまっていた。
 最近はいろいろと疲れているからかもしれない。
 仕方ない、私はみなみちゃんに話しかけ、作業を中断させたことに多少の罪悪感を感じながら、
「みなみちゃん、ごめんね。私寝ちゃって、あとで写させて貰っていい?」
 そうみなみちゃんにお願いすると、みなみちゃんはすぐに頷いてくれた。
 図書室にはコピー機があるから、そこでコピーさせてもらおう。お代はかかるけど。

――それから、夢の内容を私は思い出した。
 6月のはじめのことだ。私が痴漢に会ったのは。その時のかがみ先輩がかっこよくて、私はいけないとは思っていたけど、好きになってしまった。
 いつだってかがみ先輩は優しかった。告訴はしない方向で、示談で済ませることになった。
 相手の弁護士側からの提案だ。
 痴漢されたという屈辱よりも、どうしようもできなかった自分に怒りを覚えていたから、別段私は相手の男性に憎しみも抱かなかった。
 精神的苦痛、そのほか諸々の示談金は私から見れば大金だった。結局使わずに銀行の口座にいれてもらう。
 私の姉であるお姉ちゃんは本当に怒っていて、むしろ私はお姉ちゃんを宥めるのに苦労した。
 交通課配属なのに「逮捕してやる!」と、暴れまわっていたらしい。
 そうした手続きのときも、いつもかがみ先輩は私を心配してくれた。

 ……それで、私は思い切って告白して、そうして撃沈した。
 かがみ先輩は「うん、その気持ちはありがとう。でもね、やっぱしゆたかちゃんとは、そういう関係じゃないと思うんだ。
 ゆたかちゃんのこと、私も好きだけど、それはあくまで可愛い後輩、こなたの従妹として、だから」

 仕方ないと思う。かなわない恋だったし、第一女の子同士だ。
 だから、もう諦めよう。すっぱり忘れて、みなみちゃんや、田村さん、パトリシアさんと一緒に普通の高校生活をおくろう。
 そう思っていたし、事実私はこの失恋を私だけの心の日記にしまい、厳重に鍵をかけて心の一番深い深い闇にしまっていた。

 あの日、かがみ先輩は私の家――というより、こなたおねえちゃんの家――に来た。
 私が三月からお世話になっている泉家の家。
 珍しくもない。かがみ先輩やつかさ先輩とこなたお姉ちゃんは、小中は違うものの、家自体も近いせいか、よく私が住んでいる家に遊びに来ている。
 高校に入学する前も、何どかかがみ先輩達にまざって、高校での心構えをご教授してもらった。

 次の日が休日だったせいか、こなたおねえちゃんの部屋で泊り込みで遊ぶらしい。
 つかさ先輩は宿題におわれているとかで、来ていなかった。
 私からすると、こなたおねえちゃんはどうなんだろう……と思ったけど、私は何も言わなかった。
 私は居候の身として、早めにお風呂に入り、わりあててもらった自室でくつろいでいた。
 そうじろう叔父さんは、とある大物作家主催のパーティーに参加のため、朝から幸手をでて、東京の帝国ホテルにでかけていた。

「あんなところででられるんだから、幸せだよ」
「ふーん……そんなに、すごいことなんだ」
「なんたって帝国ホテルだからな。あのキアヌリーブスをも感動させたんだ」
「そうなんですか?」
「おう、映画の台詞であどりぶで帝国ホテルの名前を追加したそうだぞ」
 朝食のときの会話だ。
 上機嫌で叔父さんはでていった。いってらっしゃいです、と私はこなたおねえちゃんと一緒に見送った。

 こなたお姉ちゃんが、お風呂に入るから、かがみんは適当にぶらぶらしてていいよ、と言ったのを聞いた。
 こなたお姉ちゃんは最低でも一時間は湯船に使っている。
 ……ほんの、出来心だった。
 三十分くらい立ってから、私はきまぐれにこなたおねえちゃんの部屋に訪れた。
 かがみ先輩は頭がいい。私はこなたお姉ちゃんも尊敬していたけど、少なくても学問的なことはかがみ先輩や高良先輩に聞いたほうが早いことを学習していた。
 だから、この宿題の質問をしよう、そう自分を納得させて私は、こなたおねえちゃんの部屋に入った。

 ノックをし忘れたのがいけなかったのかもしれない。

「こなた…こなたあっ!」
 開きかけた扉を、かがみ先輩の嬌声を聞いて、思わず閉めた。
 幸い音はほとんどでなかったし、かがみ先輩は「行為」に熱中していたせいか、小さな物音には気づかなかった。
 あわてて、扉を閉じ、耳を澄ます。

「もう、こなたのばか。私がこんなに、こんなに好きなのに、こなたはどうして気づいてくれないんだろう。
 そりゃあ、女の子同士だし、変なことはわかる。
 でも、こんな風に誘われ一人っきりにさせられたら、緊張しちゃうじゃないの。
 なんだか今日は妙に生活観が感じられて、体がうずくし……」

 あ、ああ!
 色っぽい艶やかな声。生々と聞いたのは初めてだった。
 しばらく私は立ち尽くして、いけないいけないと頭に言い聞かせながら私は聞き耳を立てていた。
 だって仕方ない。
 私の好きな人だ。好きな人の情事。私はまだ、諦め切れていなかった。
 厳重に鍵をかけて、誰にも知られないように封印していた、私のかがみ先輩にたいする思いが紐解かれて、氾濫する。決壊したダムのようにあふれ出た感情は、私には到底抑えきれるものではなかった。

――魔が差した。密かに感じていたデジャヴがはっきりと形となって私の心に巣食っていた。
 こなたお姉ちゃんが、私がやめてといっても、無理やり私に聞かせた話。
 私は真っ赤になりながら聞いていた、えっちなゲームの話。
 それが頭の中に浮かんだ。
「ヒロインのえっちな所を偶然覗いちゃってさー、それをネタにゆするんだよ。そのヒロインのツンデレっぷりがもう」
「やだ、お姉ちゃん」
「あー、ゆーちゃんには早かったかな」
「ち、違うもん! 私高校生だもん!」

 無意識にズボンのポケットに手をあてる。
 確かな感触。
 動画機能付きの携帯電話。一世代前の、1円でかった携帯電話。
 くすり、と冷たい笑みを漏らした。
 どす黒い、自分でも信じられないような残酷な感情が私に生まれ、私を支配していた。

 どうしてだかわからない
 私はカメラモードに設定して、がちゃりと、扉を開いていた。









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  • この回の話を読んで、ようやく私の
    頭の中でストーリーが繋がりました
    、深いです!読みごたえあり! -- チャムチロ (2012-10-15 21:56:14)

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