「だっちゃ氏ー!ヘアニスト氏ー!誰か、誰かいないのか!」
「くそう、もうあんまり時間がねえ……旅の扉も見つけなきゃいかんというのに……」
「諦めたらそこで試合終了だよ!頑張ろう!」
長野県跡地に程近い神奈川県の県境で盟友を捜す悲痛な声が上がる。
kskロワ出身の三人、kskst、
うっかリリカルロリィタ、必殺の土下座通信士は未だに仲間を見つけられずにいた。
「いっそ、二手に別れるか?俺はスターミーと一緒に向こうを探すからあんた達二人はそっちの方を……」
「駄目だよ!kskstさんにはスターミーしか戦力が無いじゃない。
どうしてもっていうなら私が一人で探しに行くよ!」
「何を言ってるロリィタ氏、君はまだまだ万全とはほど遠いだろう!
ここはリスクを減らすために全員で動くべきだ」
会場崩壊まで残り二時間もない。加えて離れた仲間達と合流する目処もつかない。
気付かないうちに、二重の焦りが全員を蝕んでいた。
ゆっくりと、ゆっくりと。
「うわあああああああああ!?誰か助けてくれえええええ!」
「!?今の声って……」
その時、まだほの暗い街に見知らぬ誰かの声が響く。
女の姿のだっちゃ氏やヘアニスト氏ではありえない、低い男の声。
日常では滅多に聞かない、しかしパロロワにおいては日常茶飯事のように叫ばれる弱者の悲鳴。
「何者かがマーダーに襲われているのか?」
「どうする、もう時間も無いぜ?……って聞くまでもないか」
時間がない今、余計な時間を使っている暇はない。
誰かが困っていたら助ける。人間ならば当然知っている常識は、しかしこの舞台では常識では無い。
そんなことぐらい、ここにいる全員が理解している。
油断をすれば死に誘われる弱肉強食の殺戮舞台。それがバトルロワイヤルと言うものだ。
関係のない者の為に命を散らした参加者の何と多いことか。
「待っていろ、見知らぬ誰かよ!今助けに言ってやる!
だからそれまで……死ぬなよ!!!」
「誰であろうと、もう死ぬのは見たくないよ!行こう、kskstさん!」
「ああ、これでこそkskロワだ!ノリと勢いで突っ走るぜえ!」
しかし、この場において見知らぬ誰かを見捨てるという選択肢は彼らの中に存在していなかった。
力があるとか無いとか、そんなことは関係ない。あってたまるものか。
ただ、同じロワ書き手という共通点だけで集まった彼ら。
しかし、打倒主催という魂をその身に抱えた書き手達(一人は読み手だけど)は思う。
ただ、誰かを助けたいと。
ただ、誰かを守りたいと。
(すまない、だっちゃ氏、ヘアニスト氏。あんたらも必ず時間内に見つけてやるからな……!)
だっちゃ氏とヘアニスト氏に心の中で侘びを入れ、熱きkskの戦士達は現場へと向かう……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「全く貴方も往生際が悪いですね、そろそろ死んでください」
「こんな所で死ねるかっ!俺には自ロワを完結させるという夢がある!」
思いっきり啖呵を切った男。その身にシルバースキンを纏い、油断無くポーズを構える。
だが、既にその息は上がり、徒手空拳で女の持つ斧に挑むには少々役不足だといえるだろう。
対する女は余裕綽々の表情でその刀身に毒を含んだ斧を構え直す。
既に勝敗は決し、二人だけの寂しい舞台は“闘い”から“狩り”へと演目を移しつつあった。
「そろそろ終わりにしましょう、時間もあまりありませんし。
その息の荒れよう、シルバースキンも長くは持たないでしょう」
「くっ……ちくしょおおおおおおおお!!!」
「スターミー、『スピードスター』だ!」
「衝撃のおおおおおおおファーストブリッドオオオオオオ!!!」
「―――――!?」
男へとゆっくり歩を進めるマーダーとおぼしき少女に突如、暑苦しい声と共に小さな星が襲いかかる。
女は即座に身を翻し無数の星を避けようと試みるが、いくつかの星がその身体に着弾。
そのまま為す術もなく後ろに吹き飛ばされる。
一瞬遅れ、体力の限界が来たのか男のシルバースキンが解除された。
「おい、お前、大丈夫か!」
「は、はい……助かりました……げほ……げほ!」
「外傷はないようだ、とりあえずは一安心だな。
だが、まだ油断は出来ん」
シルバースキンの男に駆け寄るkskロワ書き手達。
男にたいした怪我が無いことを確認。そのまま臨戦態勢に移る。
彼らの視線の向こうには、斧を構えこちらを睨む一人の少女。
戦闘はまだ、始まったばかりだ。
「よくもやってくれましたね……!」
「俺が前に出る、サポートは頼んだぞ、kskst」
「任せろ!ロリィタ氏はその男の介抱を頼んだぜ」
「すいません、ここは危険なので……一人で立てますか?」
「ああ、申し訳ない。多少無理をすればある程度は行けます」
「男の介抱」
それの意味するところを理解し、ロリィタはそっとため息を漏らす。
「今は休んでいろ」と。発せられていないはずの言霊が聞こえたような気がした。
確かに今の自分は全身にダメージを負い、戦闘に参加できる状態ではない。
それを知りつつ、あえて口には出さず遠回しに自分を戦闘から遠ざけた二人の仲間。
適材適所だと分かってはいても、己の無力にちょっぴり自己嫌悪。
「私も何かできれば良いんだけど……」
「はあ、はあ、ふう……疲れた……
あの、助けてくださって
ありがとうございました。
ところで、あなたたちは一体……?」
「私はうっかリリカルロリィタ。kskロワの書き手です。
あちらのガイバーは必殺の土下座通信士、もふもふの方はkskst。
どちらも私と同じ、kskロワの書き手なんです」
「そうなんですか…………へえ。
きっとあなた方はお互いを信頼しあってるんでしょうねえ……羨ましいなあ」
「貴方は今までお一人でいらしたんですか?」
「最初は仲間がいたんですけど……あの少女に殺されてしまって。
……いえ、嘘を言っても始まりませんね。
俺は……仲間を見捨ててここまで逃げてきたんです」
男は話し出す。これまでの経緯を。
己の仲間が少女の凶刃によって戦闘不能に陥ったこと。
何の力もなかった自分があの少女に敵うわけがないと思ったこと。
……傷ついた仲間を放って、一人でここまで逃げてきたこと。
しかし、結局は女に追いつかれて、絶体絶命に陥ったこと。
「……畜生、俺にもっと力があったなら……」
そういって男は話を終えた。
その顔に浮かぶ苦痛と怒りは襲ってきた少女にだけ向けられた訳ではないだろう。
仲間を救えなかった自分への不甲斐なさ、仲間を見捨てた己の醜さ。
そう言ったものも含まれている、と半ば直感的に悟ったロリィタは―――――そっと男を抱きしめた。
「えっ……?ロリィタ……さん?」
「どうか自分を責めないで。貴方の仲間も、きっとそんなことは望んでいません」
服越しに伝わる確かな温もり。
生きている、そう実感できる証を感じながらロリィタは語る。
先程までの自分と重なる男に、今の己の今の気持ちを飛ばそうと。
「実は私も……誤殺とはいえ仲間を殺しました」
自身が仲間に勇気を貰ったように。今度は自分が勇気を与える番だというように。
大きくは無く、しかし決して聞こえなくはない音量で。
ぽつり、ぽつり、と。一言一言を噛みしめるように。
「でも、落ち込んでいた私を、彼らが励まし、勇気づけてくれたんです。
貴方もそのお仲間の遺志を無駄にせず、これから一緒に頑張っていきましょう?」
これが今の自分の精一杯。
上手く自分の感情を言葉には出来ないけれど、このあふれ出る想いを彼に届けたい。
だから、そっと力を込めながら自身の小さな体で男の大きな体を抱きしめる。
生きていることの素晴らしさを彼にも感じて欲しい。そう思ったから。
「ありがとう……ございます……
今はちょっとだけ、泣かせてください……」
男の小さな嗚咽を耳に通しながら、誓う。
このような悲劇をもう起こさせはしない、絶対に。
不屈の心をその胸に宿し、骨の一片まで誰かのために尽くそう、と。
絶対にこの腐ったゲームから脱出し、主催を倒そう、と。
それを、ぶっかけ管理人も望んでいるだろうから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「俺より年下の子に慰めて貰うって……情けないな。」
どれくらい時間が経ったのだろうか。
いつのまにか男の嗚咽は止まっていた。
何かを決意したかのような表情を浮かべ、しかしその後に突然顔を赤らめる。
「顔が赤いですけど……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですよ! お気になさらずにっ!
そんなことより、俺の支給品に凄いものがありましてね!」
「はあ……そうですか」(どうしたんだろ?急にテンション上げて)
男の顔の赤色はちょっとした羞恥心だろうか。
その朱色は肉体年齢ならば10以上も離れている少女に慰めて貰った事への気恥ずかしさからか。
それとも単に、己を抱きしめた少女がスク水を着ているだけの赤裸々な姿だったことに気付いたからか。
どちらにせよ、赤く染まった顔を隠しながらデイパックをごそごそあさるその姿はどこか微笑ましい。
「あったあった。これです。
説明書には、確か身体の傷と疲れを癒してくれるものだと」
「へえ、こんなものが。ゲーム関係の出典ですかね」
男が取り出した物はFFなどでよく見る、所謂ポーション等の回復アイテムが入った瓶。
しかし、その瓶には青色の液体の代わりにさっぱりした緑色の液体が入っている。
「良く見ると貴方は全身ぼろぼろじゃありませんか!
どうぞ、使ってください。傷が治れば貴方に出来ることも増えるでしょう?」
「確かにそうですね……」
確かに今これを使えば自分の身体は回復するだろう。
そうすれば、傷だらけの自分を気遣う仲間達にかける余計な心配もなくなる。
しかし……本当に自分なんかが使っても良いのだろうか。
もしも近くに傷を負い、死にかけた人がいたのならば。
これを持っていればその参加者を救えるのでは無いだろうか。
でも、今戦っている仲間がいるのに私だけがここで待っているのも歯がゆい思いだ。
信頼、そしてそれ以上のものをも感じている仲間のために今を取るか。
それとも、困っている人を助けられるかも知れない不確定な未来を取るか。
瓶を睨みながら思案に暮れるロリィタに男が“とどめ”となる一言を投げかけた。
「そういえば……あの少女の斧には毒が塗ってあると彼女本人が自慢げに話していました。
もしもそれが本当だった場合、貴方の仲間が一太刀でも傷を負ったら危険です!」
「えっ……毒って……本当に?」
「はい、その毒で私の仲間も戦闘不能に陥りました。
まず、嘘ではないと思います」
もしも少し触れたぐらいで身体を蝕む毒がだったらどうしよう?
大切な仲間であるあの二人が死ぬかも知れない?
苦しみ、のたうち、倒れ伏す二人の姿が脳内でまざまざと再生される。
その生々しい光景が、自分が殺したぶっかけ管理人の姿と被る。
そんなのは――――――――嫌だ!!!
私はまだあの二人に何の恩も返せていない。
ここからだ、と誓ったところで彼らを死なせる訳にはいかない。
私が皆を守るんだから。kskロワの皆を!
「……分かりました。ありがたく使わせていただきます!」
「いえ、お役に立てて嬉しいですよ」
男の言葉を尻目に焦るように瓶の栓を開け、中身をぐっと飲み干す。
ごくっ、ごくっ、ごくっと。
たちまちの内に口の中に消えていくソレ。
回復の秘薬は意外なことにメロンジュースの味がした。
喉を通り、食道を通り、全身まで行き届き、効能を発揮。
その姿を見届けながら男は静かに、静かに笑う。
その目に宿る暗い感情をロリィタが見抜けなかったのも仕方のないことだろう。
なにせ、男は『嘘』のプロフェッショナル。
役になりきり、自分自身さえも騙せるかも知れない悪質な存在なのだから。
「それじゃあ、物語を始めよう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「もう諦めろ、少女よ!投降すれば悪いようにはしない!
今のままでは君には万が一の勝ち目もないぞ!」
「そうだぜ、俺たちも君みたいなロリは……げふんげふん。
君みたいな可憐な美少女は大歓迎だ!一緒に対主催しようぜ!」
「だが断る、と言ったらどうします?」
「それなら君の頭を……冷やしてやる!!!」
所変わってこちらは激しい戦闘の場。
演目は“狩り”を終え“逆襲”へとその趣を変える。
残虐非道な狩人を二人の心優しき獣が追い詰め、その爪を立てる。
ksk書き手達の猛攻は未だ止まず。手を休める気配すらなし。
その代わりというように少女の動きは先程に比べて目に見えて鈍くなっていた。
立ち向かったのは最初の数回のみ。その数回で手ひどい反撃を受けた。
ガイバーの男を狙えばスターミーから『スピードスター』が飛んでくる。
ソレを操るネコを狙おうとすれば進行方向上に毎度ガイバーが立ちふさがる。
お互いに相手を信頼することで発生する絶妙のコンビネーション。
それによって少女に攻撃の糸口を掴ませはしない。
ガイバーの高周波ソードを受け止めるだけ少女の全身が揺らぐ。
続く一太刀が少女を虚空へと誘い、小さな身体が宙を舞う。
そこに打ち込まれた何度目かのスピードスターを斧で受け止めようとするが耐えきれず。
唯一の武器であるディアボリックファングが手からはじかれ、弧を描きながら地面に落ちた。
大きくバックステップを踏みながら体勢を立て直すが、最早武器は無し。
既に決着はついた。
「終わりだな……素直に負けを認めろ、名も知らぬ少女よ」
「今なら土下座1000回で許してやるから、なあ?」
「死んでも嫌です。土下座なら貴方がしててください。
私がソレを入念に踏み倒してあげますから」
「やべえ、それ、意外と良いかも……嘘だよ!だからそんな目で俺を見るなああああ!!!」
「この人、馬鹿ですか?」
「違う……とは言い切れんから困るな」
「なっ、何を言おうが俺たちの勝ちは明白!
さあ、少女よ、跪け、己の罪を懺悔しろおおおおお!!!」
妙にテンションを上げて土下座を迫るガイバーとため息をつくネコを交互に確認。
馬鹿な発言をしているが、隙は全くと言っていいほど見つからない。
恐らく、見逃してくれるほど間抜けでもないだろう。
この姿に油断してくれればいいのに、と心の中で毒を吐く。
致命傷は受けていないものの、身体は『スピードスター』によって満身創痍。
対する相手は、多少疲れがあるだけ。自分とは雲泥の差だ。
加えて、斧をも失った今の自分では勝率は0に等しい。
だが、その“奥”の光景を見据え、少女は冷たい笑みを浮かべた。
「……何がおかしい?」
「遂に覚悟を決めて土下座をする気になったか!」
「いいえ、ただ確信しただけですよ、私の、私“たち”の勝利を」
追い詰められて遂に狂ったのか。
顔を見合わせ頭にハテナマークを浮かべる二人の戦士達。
だが、少女は狂ったわけでも、ましてや強がりを言っているわけではない。
「はい、そこまで~。そこの二人、大人しくしてねえ」
突如、殺し合いの空気にそぐわない気の抜けた声が響いた。
慌てて振り向いたkskstの目に映ったのは銃を持った先程の男。
そして、彼の隣でぴくりとも動かずに大地に突っ伏しているロリィタ。
「いやあ、『メロンジュース』に混ぜておいた麻痺毒が即効性のもので良かったよ。
こっちが気を遣ったふりをして勧めたら全然疑わずに飲んじゃうんだから。
知らない人に貰ったものは食べたり飲んだりしたらいけませんって習わなかったのかな。」
「勝負に勝って勝利を逃した、というところですか。
相変わらず間抜けですね、あなた方対主催は」
「てめえらまさか……グルか!」
埼玉に着いた『舞い踊る車輪』と『
喪失の物語』はその場で一芝居を打った。
『喪失の物語』が哀れな被害者役、『舞い踊る車輪』が無慈悲なマーダー役。
そもそもの事の発端はこうである。
「バトル以外で上手く参加者を殺す方法はありませんかねえ」
「俺が対主催を装って集団に入って人質でも取れば、ぱぱっと虐殺できないかい?
君の毒を液体に溶かして飲ませれば動きは簡単に止められるだろうし」
「そ の 発 想 は 無 か っ た」
(一部、もしくは大部分省略)
近くのスーパーマーケットでフェイクのメロンジュースを購入。
シナクの支給品だった『エリクサー』と中身を入れ替え、ジュースに微量の麻痺毒を混入。
あまり入れすぎると臭いや色でばれる可能性が高かったので多くは入れられない。
本当に微量、効果は見積もって10分程度。
それでも二人が“事”を済ませるには十分過ぎる。
もしも喪失の物語の悲鳴を聞いたのが対主催だったならばどうだろう。
その時は『舞い踊る車輪』を囮にして『喪失の物語』が騙し討ちを仕掛ける。
方法はいくらでもある。
相手が一人ならば『喪失の物語』を庇って戦うであろう対主催を後ろから狙い撃てばいい。
相手が複数ならば、『舞い踊る車輪』がなんとか時間を稼ぎ、対主催を引き離す。
その隙に、喪失の物語を守るために残るであろう一人に得意の話術でジュースを勧め、仕込んだ麻痺毒で自由を奪う。
その後“人質”として有効に使わせて貰う。
マーダーならば協力を要請、無理そうならバシルーラの杖でどこかに吹っ飛んで貰う。
穴だらけのような作戦だが、舞い踊る車輪曰く
「貴方の話術で上手く相手を丸め込んでください。
対主催なんて馬鹿みたいに初対面の相手を信じるんですから、大丈夫ですよ」
あながち否定できないところが怖い。
ついでに、ゼイゼイと息を荒げていた喪失の物語の疲れは嘘ではなく
時間がないと悟り、宮城から埼玉まで全力疾走したツケである。
それすらも対主催の目を欺くための材料にするのだから恐ろしい。
「ふう、残ったのがか弱いお姫様で良かったよ。
化け物揃いの書き手ロワだから不安に思ってたけど、上手くいったね」
「だから言ったでしょう。対主催は馬鹿ばかりだと」
弛緩したロリィタの体を地面に擦りながら、喪失の物語は語る。
落とした斧を拾いつつ、舞い踊る車輪は嘲笑う。
己の敵達の愚鈍さを、迂闊さを。
「ああ、そうそう、その前に出来ることはしておきましょうか」
動けない対主催達の射抜くような視線。視線で人が殺せるならばどれだけ良かったことか。
それを軽く受け流し、己の傷を癒すために彼女は手を動かす。
デイパックを開け、市販のペットボトルに入った“本物”のエリクサーを確認。
口を付け、本物の秘薬を余すことなく体内に染み渡らせる。
それだけで、身体の痛みが、傷が、手の痺れが、疲れが抜けていく。
まるで、kskst達が今までしてきたことが全部徒労であったかのように。
今までのダメージも全て計算ずくだったかのように。
「これからどうするんだい?」
外道王が問う。答えなんか分かり切っている質問。
「……虐殺です」
少女は答えた。それが当然であるかのように。
かくして、この世界は悲劇に染まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
犯人の要求には決して応じてはならない。
昔、テレビで聞いたことがあるような気がする。
でも、やっぱりテレビと現実は違う。
分かり切ってることなのに、今はその事実が酷く重いものに感じた。
ロリィタは人質に取られ、俺たちは身動きがとれない。
こういうときはどうすればどうすれば良いのか。
俺の駄目な頭は何も答えてくれない。
いや、嘘だ。
(何を迷うことがある?ロリィタを見殺しにしてやつらを殲滅すればそれで終いだろう。)
俺の頭から離れない、不愉快な考え。
違う、俺はこんな事を考えない。絶対に。
つまりこれは
(キャラの影響……ってやつか)
俺はkyonがモデルになっているらしい。
おかげでガイバーが無条件で使えるのは嬉しい誤算だったが、こういう場では……
(所詮、人間なんて自分の身が一番可愛いのさ。構うことはない、やっちまえよ)
弱気になった俺の隙を突き、俺の中のkyonが心に侵攻を始める。
書き手2でもキャラに影響を与えられた人がいたな。
そう考えるが、何の打開策にもならない。むしろ、kyonはますます俺の中に入り込んでくる。
(どうせお前がゲームに乗らなかったのだって、俺と比較されるのが嫌なだけだろう?
もしお前がズーマやアスカの姿をしていたらゲームに乗ってたんじゃないのか?)
黙れ。
(主催に敵うはずもないんだ。ここいらでマーダー転向しておいても損はないぜ。
あの二人とマーダートリオでも組めば、お前の生存確率も上がるに違いない)
黙れ黙れ。
(さあ、あの二人の信頼を得るためにあのkskstとか言うネコをぶっ殺そうぜ。
仲間っつってもたかが読み手だろ、誰も悲しみはしない)
黙れ黙れ黙れ黙れ。
駄目だ、このままでいると俺がどうかしちまいそうだ。
kyonに呑まれ、身体が勝手に動きそうになる。
しっかりしろ、俺は土下座通信士だ。決してkyonなんかじゃない。
「車輪君、普通に殺したらつまらないと思わないかい?
もう少し楽しんでいこうじゃないか」
「具体的にはどうするんですか?」
あの外道どもが楽しそうに談笑している。くそったれ。
俺の背筋に嫌な汗が流れる、こういう時の俺の予感は大抵当たるんだ、当たらなくても良いのに。
「そこのガイバーの君、必殺の土下座通信士君だったっけ。
君に選ばせてあげるよ、これからどうするか」
「……何のつもりだ」
「①ロリィタ君を見捨てここから逃げる。
これが一番妥当だろうね、君たち二人は生きることが出来る。
俺たちが追撃しないとは限らないけど。
②ロリィタ君の命は諦めて俺たちと戦う。
先に行っておくけど、俺、実は舞い踊る車輪君より強いから。
さっきのは演技だから、あんまり参考にしない方が良いよ。
③そこのネコを殺す。おや、意外そうな顔をしているね。
この選択肢の意味は分かっているよね?トップマーダーのkyon君♪」
意外そうな顔なんてもんじゃ断じてない。こいつは俺の心でも読めるのだろうか。
俺はまるで雷にでも撃たれたかのような顔をしていたに違いないからな。
なんてヤツだ、選べる選択肢は三つ。でも全てがバッドエンドじゃないか。
恐る恐るkskstの方を見る。
ヤツも俺に負けず劣らず驚いているようだ。
だけど……その顔にはほんの少し、恐怖も含まれているように見える。
いや、錯覚だ、錯覚に違いない。そう思いたいのに
(ほら、渡りに船だ。
さっさと③選んでマーダーの仲間入りしようぜ)
俺の中のkyonはここぞとばかりに大暴れを始める。
止めろ、頼むから止めてくれ!
(どうしてそう死に急ぐ?
死にたくないと思うのは動物の本能だ。
この場は土下座してでも生き残る事を優先するべきだろう)
俺は……
(どうした?最終的に生きてればそれで良いんだよ。
あいつらもやばくなったら裏切って、強いヤツについて行けば良いんだ。
別に卑怯なんかじゃないぜ、生きていくための知恵ってやつだな)
俺は、俺は、俺は、俺は…………どうすればいいんだ。
「そん…な話…聞く…必要は…無いよ……」
混迷を極めた俺の脳みそはその瞬間、あらゆる活動を放棄した。
「ロ、ロリィタ……?」
「へえ、もう口が開けるようになったんだ。
さあ、もう時間がないよ?残り30秒で答えを決めて貰おうか。
決まらなかった場合はロリィタ君を殺してから君たちも殺すからね」
「わた…しは…大丈夫…だから…戦っ……て」
あと30秒だって!?どうする、どうする、どうする、どうする?
「私も頑張る…から…ゲン…キ君みたいに…最後まで……諦めないで…」
どうす……いや、待て、そう言うことか。
何故今まで気付かなかったのか。自分の脳味噌が嫌になる。
この状況はkskロワの“あの”話とそっくりじゃないか。
だからロリィタはあんな発言を……それなら合点がいく。
「残り15秒だよ」
kskstの方をちらりと見る。
彼も、何かを理解したかのような表情を俺にそっと返してきた。
これはタイミングが鍵だ。
少しでも間違えると俺たち全員の命は無いかもしれない。
でも、やるしかない。俺たちが全員生き残れるために。
「答えを教えてやる」
「へえ、ようやく決まったかい。
君は果たして何番を選ぶのかな?」
ちらりとロリィタの方を伺い見る。
身体はピクリとも動いていなかったが、その目には強い決意が込められているような気がした。
もうkyonの声は聞こえてこなかった。ざまあみろだ。
「――――――――答えは④土下座をする、だ!!!」
綺麗に、華麗に、優雅に、美しく。
俺は土下座する、見る方が呆れるほど潔く。
上目使いでやつらの方を向くと、一瞬惚けたような顔をした。
計算通り、一瞬でも隙が出来ればそれで良い。あとは……
「今だロリィタ!!!」
慌てて男が拳銃の引き金を引く。遅い。
人類の英知が生み出した命を狙う鉛の玉はしかし――――――――ロリィタには届かなかった。
ロリィタの起動した地球人専用専守防衛型強化服のシールド。
それが銃弾から彼女を完全に守り抜いた。
少し遅れて反対側から襲ってきた女の斧も、もう片方のシールドを展開して防ぐ。
斧は完全に弾かれ、ついでとばかりに少女の隙を生み出した。
これが俺たちの作戦。
生憎、俺はネーミングセンスに乏しい。
kskロワの該当話を借りて『Scars of the War』とでも呼ばせて貰おうか。
ロリィタの着ているスクール水着は普通のものではない。
本来はギロロ伍長が日向夏美のために作った、地球人専用専守防衛型強化服である。
これの優れたところは、異空間から武器や防具をいつでも取り出せると言うところ。
この特性によって、kskロワのキョンの妹はアスカの凶刃から逃れることが出来た。
ロリィタ、そして俺たちはその話を参考に、この作戦を実行に移したのである!
麻痺して身体が動かなくても、シールドを展開することくらいなら、子供でも出来る。
ここにいる誰か一人でもkskロワ出身でなかったならこの作戦は成功できなかっただろう。
やつらの最大の敗因はロリィタをただの少女と侮ったこと。
そのツケを倍返しで払わせてやる。
「スターミー、『スピードスター』だ!
PPが無くなるまで撃ち続けろ!!!」
「もっとだ、もっと……もっと輝けえええええええええええ!」
「喰らえ!ヘッドビーム!」
ロリィタは良く頑張った。あとは……俺たちの仕事だ!
ノリと勢いとkskで何でもやっちまうkskロワの力、その身でとくと味わうが良い!
スピードスターが、俺の放ったヘッドビームが、男達を強襲する。
慌ててその場から離脱するマーダー二人。
「「逃がすか!!!」」
出し惜しみはしない。
今もてる全力全開の力を持って、やつらをここで倒す!
「スターミー。『りゅうせいぐん』だ!!!」
「力だけでも……想いだけでも……!」
「メガァァァァ・スマッシャアアアアアアアアア!!!」
ドラゴンタイプ最強の攻撃が炸裂する。
ガイバー最大最強の武装がそれに追随するように逃げようとする男達へ向かっていく。
そして――――――――爆音。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
死を届ける光の奔流が近づいてくるのが見える。
避けることが出来そうにない星の欠片が自分めがけて落ちてくる。
これは死んだな。俺も年貢の納め時ってことか。
せめて第一放送は迎えられると思ってたんだけどねえ。
まだ俺はロワをエンジョイしきれてっていうのに困っちゃうよ。
善良な参加者を利用したり、頭脳派対主催と腹の探り合いをしたりとかしたかったのに。
ごちゃごちゃ言っても仕方ない。後は最期に残る台詞を何にしようか考えるかな。
――――――――さん、起きてください。
うん……?ああ、君か。
やれやれ、死に際に君を見るなんて、俺も心の内で罪悪感を感じてたってことなのかな。
それとも、少し早めの死者スレからのお迎えかい?
――――――――気色の悪いことを言わないでください。ほら、始まりますよ。
始めるって何を?死者スレでフルボッコタイムかい?
〈解除ワード『喪失の物語が死を意識した瞬間』を認識〉
〈『はじまりの物語』再生開始、並びに全能力の解放を認可〉
――――――――始めましょう。貴方の物語の『プロローグ』を。
そして、俺の意識は真っ白に染まった。
時系列順で読む
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最終更新:2009年06月01日 21:23