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 歩兵校尉(步兵校尉)は、前漢武帝期以降に置かれた朝廷職官。いわゆる武帝八校尉北軍五校尉の一。
 前漢では上林苑門の屯兵を司った。
 後漢に到ると光武帝が再び置き、北軍に組み込まれた。
 後漢以降は宮中に宿直する宿衛兵を掌った。後漢代で征伐に従った記録はみえないが、はしばしば外戚諸氏の有力者が任官した。

目次



歴史

 武帝が置く。
 以後、漢魏晋ともに置き続ける。



(前漢)
 一人、秩二千石。


(後漢)
 一人、秩比二千石。


(魏・西晋)
 一人。
 秩比二千石、四品官か。(宋志より)



職掌

(前漢)
 上林苑門の屯兵を掌る。


(後漢)
 宿衛兵を掌る。


(魏・西晋)
 営兵を領す。



属吏

(後漢)
  • 司馬
 一人、秩千石。

  • 員吏
 七十三人。

  • 領士
 七百人。


(魏・西晋)



  • 営兵



所属項目(タグ)


関連項目・人物


詳説

 後漢では、宿衛兵を掌る地位から、外戚の与党が就任して皇帝を守護したり、儒士が宮中に出入りするための官として多く記録に残る。
 外戚としては馬豫、梁冀、竇紹。また竇憲の与党として鄧磊が任官している。
 儒士としては桓焉、劉愷*1の名が見える。




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最終更新:2015年02月12日 20:11

*1 劉愷は宣帝の系譜に当たる皇族でもあった