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「吾は、禦なり、金革を執り、以て非常に禦すを掌るなり。」(応劭)
「金吾は、鳥名なり、不祥を辟けるを主る。天子出行、職は先導を主り、以て非常に禦す、故にこの鳥の象を執り、因りて以て名官とす。」

 執金吾とは、朝廷職官である。京師(京城、首都)とその周辺を警邏し、盗賊に備え、これを捕らえることを司る。
 宮中を巡回する衛尉と表裏を為すとされる。前漢初期には中尉と呼ばれた。名実共に、諸郡の群尉の任を中央において果たした職と言える。



目次


歴史

 中尉は、秦官。漢初これを承ける。
 武帝太初元年、更名して執金吾。



(前漢)
 、一人。秩中二千石。

(後漢)
 九卿、一人。秩中二千石(或いは比二千石*1。)



職掌

(前漢)
 京師を徼循(巡回警邏)するを掌る。
 徼は遮繞を謂うなり。いわゆる遊徼。徼循して盗賊を禁じ備えるなり。

(後漢)
 宮外の非常・水火の事の戒司を掌る。月三、宮外を繞行す。及び兵器を主す。
 衛尉宮中に巡行し、則金吾、外に徼す。表裏相為し、以て姦を擒じ猾を討つ



属吏(前漢)

 二人、千石。



司馬


千人

 それぞれ部隊を率いる。
 将軍制等に従えば、編成の上級単位であるを率いるのが部司馬。その下の単位であるを率いるのが千人という順序となる。



属吏(後漢)


 一人、比秩千石(六百石とも*2。)


宮司馬



都候

*3


員吏

 二十九人。
 その十人は四科、一人は二百石、文学は三人で百石、二人は斗食。十三人は佐学事で緹騎を主る。


持戟伍伯

 二十人。


緹騎

 二百人。
 秩無し、食奉は吏に比す。



屬官


武庫

(前漢)
  • 武庫令
 一人。

  • 武庫丞
 三人。


(後漢)
 兵器を主る。

  • 武庫令
 一人、六百石。

  • 武庫丞
 一人。


式道

式、表也。(顔師古)

(前漢)
 車駕が出づれば前に在りて道を清めることを掌る。還れば麾を持ち宮門に至り、門乃ち開く。

  • 式道中候
 秩六百石。
  • 丞、一人。

  • 式道左候
 秩六百石。
  • 丞、一人。

  • 式道右候
 秩六百石。
  • 丞、一人。


(後漢)
 中興しては一人式道候があるのみ。常には置かれず、出づるごとにを以て兼ね、事おわれば罷める。執金吾に属さず。


中壘

 中興して省く。
  • 中壘令
 一人。

  • 中壘尉
 二人。


寺互

 令、治水の官なり。
 初め、寺互は少府に属し、中ばは主爵に属し、後に中尉に属す。
 中興して省く。

  • 寺互令
 一人。

  • 寺互丞
 一人。


都船

 令治水の官なり。
 中興して省く。

  • 都船令
 一人。

  • 都船丞
 三人。


京輔都尉

 諸郡都尉の如く。京兆尹の武職甲卒を(つかさど)る。
 治所は京兆尹華陰県灌北。
 尉、丞、兵卒が有り
 中興して省く。


左輔都尉

 諸郡都尉の如く。左馮翊の武職甲卒を(つかさど)る。
 治所は左馮翊高陵県
 尉、丞、兵卒が有り
 中興して省く。


右輔都尉

 諸郡都尉の如く。右扶風の武職甲卒を(つかさど)る。
 治所は右扶風郿県
 尉、丞、兵卒が有り
 中興して省く。



所属項目(タグ)


関連項目・人物



詳説




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最終更新:2015年01月14日 02:02

*1 『漢官儀』

*2 『漢官儀』

*3 宮司馬、都候は共に『漢官旧儀』より