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 武帝八校尉は、前漢武帝が長安城の内外に新設した八つの部隊と、その指揮官。
 史書では、この八校尉が一個の軍団として行動した記録はなく、互いに独立した部隊だったと考えられるが、後漢北軍五校尉西園八校尉と区別して、当事典ではこのように呼称する。城門校尉はこの八校尉に数えない。
 各々校尉司馬を有す。詳細は個別の項にて。


中壘校尉

 一人、秩二千石。
 北軍壘門内を掌り、また外には西域を掌る。


屯騎校尉

 一人、秩二千石。
 騎士を掌る。


步兵校尉

 一人、秩二千石。
 上林苑の門屯兵を掌る。


越騎校尉

 一人、秩二千石。
 越騎を掌る。
 越人内に附き、以って騎と為すなり。
 別説に、(胡人の)その材力の超越を取るなり、とも言う。


長水校尉

 一人、秩二千石。
 長水宣曲胡騎を掌る。
 長水は、の部落の名。宣曲は、観の名。宣曲観に胡騎の屯があった。


胡騎校尉

 一人、秩二千石。
 池陽胡騎を掌る。常には置かず。
 胡騎が池陽に屯すものである。


射声校尉

 一人、秩二千石。
 待詔射声士を掌る。
 射に(たくみ)な者なり。冥冥中、声を聞き則ちこれに中てる、因り以って名とすなり。
 須くの命ずる所、而して射る。故に曰く待詔射なり。


虎賁校尉

 一人、秩二千石。
 軽車を掌る。





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最終更新:2015年02月12日 21:15